大して珍しいことでもなかった。
こういうことは、前にも何度かあったから。
『……そう。小梅ちゃんって言うのね。』
珍しいことでもないから、今まで気に留めることもなかった。
私にとってこれは、何の変哲もない日常の一部に過ぎなかったから。
『ごめんなさいね、引き止めたりして。
私はここから動けないし、視える人も通らないから。
少し、寂しかったの。』
少しだけ昔の話。
私が幸子ちゃんと知り合って間もない頃。
ある交差点。その隅に、幽霊が居た。
大人の、女性の幽霊だった。
「……私で、よかったら。話し相手になりましょうか?」
私がそう提案すると、幽霊は私のことが聞きたいと言った。
私は幽霊に促されるままに、自分のことを話し始めた。
最近アイドルになったこと。でも自信が持てないこと。
友達ができたこと。彼女のようになりたいこと。
思いつくものを、思いついた順に。
話にまとまりなんて無い。あっちに行ったり、こっちに行ったり。
「それでね、その子はいつも、自分のことを可愛いって言うの。」
目の前の幽霊は、それを一言一言。
噛みしめるように、味わうように。
目を瞑って、うん、うん、と頷いて。
きっと誰かのお母さんだったのだろう。
どこか懐かしい暖かさだった。
『そうなの。その子は、小梅ちゃんから見て、可愛い?』
彼女の言葉に、私は迷わず頷いた。
『…………ねえ、小梅ちゃん。』
すると彼女は、今までと同じような、しかしどこか違うような。
苦しいような、安らいだような、悲しいような、嬉しいような。
そんな表情で、私を見ていた。
『その子と、仲良くしてあげてね。』
私はもう一度、力強く頷いた。
『……久しぶりね、小梅ちゃん。』
あの時と同じ場所。
あの時と同じ姿で。
あの時と同じように、彼女は微笑んでくれた。
「……幸子ちゃんの、お母さん。ですよね。」
私の表情を見て、彼女は悲しそうに笑った。
『まだ、ピアスを着けてるのね。髪も昔のまま。』
その言葉を聞いて、あの子が私の前に突然現れる。
まるで私を庇うように。何かから守るように。
でも、一体何から守ろうとしているのだろう。
あの子は敵意すら彼女に見せていた。
『……今は、止めましょうか。
幸子ちゃんについて、話があるのよね?』
そんなあの子の姿を見て、彼女は話を切り替える。
「幸子ちゃんの、可愛いについて。
……いえ、「カワイイ」について。」
何か違和感がある。ずっとそう感じていた。
私や彼女のプロデューサーさん、芳乃さんが言う「可愛い」と。
幸子ちゃんの言う「カワイイ」は。
何かが違う。ただ偶然、会話が成立しているように見えるだけで。
それの指す意味は、どこか異なっている。
『…………そう。』
その単語を聞いて、彼女は姿勢を正す。
目を瞑り、何かをゆっくりと考える。
やがて意を決したように、その瞳は開かれた。
「話して、いただけませんか。」
違和感こそ感じていたけれど、それはぼんやりとしていて。
どこがどう違うのか、はっきりとは分からなくて。
「ありとあらゆる肯定的な状態を表すもの」。この推測だって、一番違和感が少ないというだけ。
でも、芳乃さんは何かに気付いたようだった。
「幸子の母親に会い、カワイイについて聞くこと。聞けばきっと答えてくれる」。
それが芳乃さんが私に頼んだことだった。
『……そうね、どこから話そうかしら。』
幸子ちゃんの指す「カワイイ」の意味は何なのか。
何故幸子ちゃんは両親の幻覚を見続けているのか。
それらは全て1つに繋がっている。
その全ての発端は、きっと些細なすれ違い。
芳乃さんはそう言っていた。
『あの子がああなったのは、私達が原因なの。』
彼女は、そう話を切り出した。
『……そうだ、幸子にはコネがあった。
正確に言うと、幸子の父親だが。』
芳乃の握る携帯から、幸子のプロデューサーの声が漏れた。
芳乃は小梅に、幸子の母親に話を聞きに行ってもらい。
その間、幸子のプロデューサーに確認を取っていた。
その内容は、オーディション映像に存在する明らかな矛盾について。
何故彼は幸子を合格にしたのか、その理由についてだ。
輿水幸子のキャラクター性を理解した人間が見るならまだしも。
初対面の人間にとって、彼女の取った言動はマイナスイメージしか与えないはずだ。
どこからどう見ても大失敗。それが芳乃から見たオーディションの評価だった。
しかし実際、彼は幸子を合格とした。
映像で見た彼の反応からして、大喜びで原石を掴み取った、という訳ではないだろう。
嫌々ながらも仕方なく、彼は幸子を採用した。そう考えるのが自然だった。
『お父さんはウチの事務所のお得意先でな。
そんな御方に頼まれたら、取り敢えず頑張らざるを得ないんだよ。』
まあ、今では良かったと思ってるけどな。
彼はそう付け足した。
くれぐれも内密に頼む、とも。
決して他言しない旨と謝辞を丁寧に述べ、芳乃は通話を切る。
携帯を耳から離すと、ボタンを何度か押し、再び耳に近付けた。
芳乃が幸子の家を訪れたのは、元々は小梅について尋ねるためだった。
小梅の過去について。
彼女と校舎の関係性について。
だが、それは失敗に終わった。
だから芳乃は、誰か他の人間に聞く必要があった。
まずは「あの子」に遠回しに聞いてみたが、あっさりと拒絶されてしまった。
「あの子」は芳乃に、自身や小梅の過去を知って欲しくないようだった。
聞くなら、今が良い。
小梅は幽霊の元へ行き、「あの子」は幽霊と会う以上、護衛役として側を離れられない。
目撃されて不審がられることも、邪魔される可能性も無い。
「もしもしー、わたくし依田は芳乃でしてー。
突然で申し訳ありませぬがー。
小梅殿の通っていた小学校についてー、調べていただければとー。」
携帯を閉じ、袂に仕舞う。
ひとつ息を吐いて、頭の中を整理する。
芳乃はあの映像を見て、真っ先に彼女のある台詞に着目した。
「い……い……いやいやいや、勘違いしてもらっちゃ困りますね!
『一番』っていうのは、オーディションの順番ではなく『ボクが一番カワイイ』ってことですから!」
「そうなんです、ボクは何でも一番!
ハッキリ言って、ボクが一番カワイイでしょう!
成績で言っても……たぶん一番、身長順で並んでも一番です!」
彼女は「一番」を「ボクが一番カワイイ」と定義した。
その上で成績でも一番、身長順でも一番と自称した。
では、この「一番」の次に省略された言葉は何か。
安直に考えれば、成績が一番「良い」、身長が一番「低い」となる。
しかし。本当にそうだろうか。
芳乃は思う。省略された言葉は全て「カワイイ」ではないかと。
成績が一番カワイイ。身長が一番カワイイ。
それは一見、日本語としておかしいようにも見える。
しかし、その発言者が他ならぬ輿水幸子だったなら、どうか。
違和感が無いのだ。そのこと自体に違和感を感じてしまうほどに。
思い返せば、幸子は最初からそうだった。
徹底して「カワイイ」以外の言葉で自身や他者を形容しようとしなかった。
そして芳乃は、気を読むことで何となく察していた。
彼女にとって「カワイイ」とは、彼女が唯一心を込めて発することができる賛辞の言葉だと。
彼女にとって「カワイイ」以外の言葉は、余すこと無く賛辞たり得ないのではないかと。
成績が「良い」。身長が「低い」。
そんな言葉を投げかけられたとして、彼女は全く嬉しくなどないのではないか。
「カワイイ」という言葉を貰えなければ、それ以外の言葉は等しく意味が無いのではないか。
だから彼女は事あるごとに自らを「カワイイ」と称すのではないか。
その自分の言葉に周囲の人間が反論しないことを根拠として、自らを「カワイイ」と結びつけ続けているのではないか。
そうやって「カワイイ」に固執し続けているのではないか。
自分は一番カワイイ存在で居なければならない。
幸子の言動は、そんな使命感すら感じさせる。
では、彼女は何故、自らのカワイさを周囲に誇示し続けようとするのか。
彼女自身が自分をカワイイと思い、それを周囲に納得させようとしている。
芳乃は長い間、幸子をそう評していた。
小梅の目にも、幸子はそう映っていた。
自分に自信があるから、そういった言動を取っているのだと。
だが。今、芳乃は考える。
本当に、彼女には。
輿水幸子には、自分に自信があるのか?
心の底から自分をカワイイと思い、だからこそああ振舞っている。
それが彼女の真実か?
何か。何かがおかしい。
しかし、一体何が。
それが分からないからこそ、芳乃は小梅に話を聞くよう頼んだのだ。
幸子の過去を誰よりも知っているだろう、彼女の母親に。
そして芳乃の根拠の無い予想が、もし当たっていたとしたら。
きっと幸子は──
──机の上に置かれた携帯が震える。
すぐに終わるという彼の言葉通りだ。
早速画面を開き、文面を確認する。
そして、文章の意味を理解した。
「…………な、」
不味い。
不味い、不味い、不味い。
芳乃は反射的に、小梅達の気を読む。
近くに居るのは、小梅、悪霊、幸子、そして幽霊がもう一体。
小梅は交差点から微動だにしない。
そのすぐ隣に、悪霊。
もう一体の幽霊は……幸子を抱え、小梅から遠ざかろうと……、
いや、悪霊から遠ざかろうと……?
「……っ!」
弾かれるように席を立ち、走り出す。
最悪だ。
ただでさえ最悪だ。
だというのに、何故幸子が。
よりによって、何故幸子がそこに居る。
ドアを開けると、外は相変わらずの曇り空。
空気中の水を掻き分け、地面を蹴る。
このままでは。
もし間に合わなければ。
小梅が、手遅れになる。
information : データが更新されました
[Tips] 廃校の真実
白坂小梅の母校について
先日お蔵入りになった撮影のロケ地。
6年前に廃校となった。小梅は当時7歳。
原因は、同年に発生した児童殺傷事件。
校内に刃物を隠し持った男が侵入。
校庭にて児童2名と接触。担任教師の知人と偽り教室に案内させ、犯行に及ぶ。
児童1人が死亡、1人が重傷を負った。
警察が現場に突入すると、男は既に死亡していた。
男の死因は公表されておらず、児童が殺害したという説と。
殺された児童の怨念という説がネット上で囁かれた。
〔Mission List〕
・幽霊の未練を晴らしてください
・白坂小梅を救ってください
・輿水幸子を救ってください
・2人の過去を探ってください
・2人に過去を想起させないでください