輿水幸子の同一性   作:maron5650

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15.自称・カワイイ

大して珍しいことでもなかった。

こういうことは、前にも何度かあったから。

 

『……そう。小梅ちゃんって言うのね。』

 

珍しいことでもないから、今まで気に留めることもなかった。

私にとってこれは、何の変哲もない日常の一部に過ぎなかったから。

 

『ごめんなさいね、引き止めたりして。

私はここから動けないし、視える人も通らないから。

少し、寂しかったの。』

 

少しだけ昔の話。

私が幸子ちゃんと知り合って間もない頃。

ある交差点。その隅に、幽霊が居た。

大人の、女性の幽霊だった。

 

「……私で、よかったら。話し相手になりましょうか?」

 

私がそう提案すると、幽霊は私のことが聞きたいと言った。

私は幽霊に促されるままに、自分のことを話し始めた。

最近アイドルになったこと。でも自信が持てないこと。

友達ができたこと。彼女のようになりたいこと。

思いつくものを、思いついた順に。

話にまとまりなんて無い。あっちに行ったり、こっちに行ったり。

 

「それでね、その子はいつも、自分のことを可愛いって言うの。」

 

目の前の幽霊は、それを一言一言。

噛みしめるように、味わうように。

目を瞑って、うん、うん、と頷いて。

きっと誰かのお母さんだったのだろう。

どこか懐かしい暖かさだった。

 

『そうなの。その子は、小梅ちゃんから見て、可愛い?』

 

彼女の言葉に、私は迷わず頷いた。

 

『…………ねえ、小梅ちゃん。』

 

すると彼女は、今までと同じような、しかしどこか違うような。

苦しいような、安らいだような、悲しいような、嬉しいような。

そんな表情で、私を見ていた。

 

『その子と、仲良くしてあげてね。』

 

私はもう一度、力強く頷いた。

 

 

 

 

 

『……久しぶりね、小梅ちゃん。』

 

あの時と同じ場所。

あの時と同じ姿で。

あの時と同じように、彼女は微笑んでくれた。

 

「……幸子ちゃんの、お母さん。ですよね。」

 

私の表情を見て、彼女は悲しそうに笑った。

 

『まだ、ピアスを着けてるのね。髪も昔のまま。』

 

その言葉を聞いて、あの子が私の前に突然現れる。

まるで私を庇うように。何かから守るように。

でも、一体何から守ろうとしているのだろう。

あの子は敵意すら彼女に見せていた。

 

『……今は、止めましょうか。

幸子ちゃんについて、話があるのよね?』

 

そんなあの子の姿を見て、彼女は話を切り替える。

 

「幸子ちゃんの、可愛いについて。

……いえ、「カワイイ」について。」

 

何か違和感がある。ずっとそう感じていた。

私や彼女のプロデューサーさん、芳乃さんが言う「可愛い」と。

幸子ちゃんの言う「カワイイ」は。

何かが違う。ただ偶然、会話が成立しているように見えるだけで。

それの指す意味は、どこか異なっている。

 

『…………そう。』

 

その単語を聞いて、彼女は姿勢を正す。

目を瞑り、何かをゆっくりと考える。

やがて意を決したように、その瞳は開かれた。

 

「話して、いただけませんか。」

 

違和感こそ感じていたけれど、それはぼんやりとしていて。

どこがどう違うのか、はっきりとは分からなくて。

「ありとあらゆる肯定的な状態を表すもの」。この推測だって、一番違和感が少ないというだけ。

でも、芳乃さんは何かに気付いたようだった。

「幸子の母親に会い、カワイイについて聞くこと。聞けばきっと答えてくれる」。

それが芳乃さんが私に頼んだことだった。

 

『……そうね、どこから話そうかしら。』

 

幸子ちゃんの指す「カワイイ」の意味は何なのか。

何故幸子ちゃんは両親の幻覚を見続けているのか。

それらは全て1つに繋がっている。

その全ての発端は、きっと些細なすれ違い。

芳乃さんはそう言っていた。

 

『あの子がああなったのは、私達が原因なの。』

 

彼女は、そう話を切り出した。

 

 

 

 

 

『……そうだ、幸子にはコネがあった。

正確に言うと、幸子の父親だが。』

 

芳乃の握る携帯から、幸子のプロデューサーの声が漏れた。

 

芳乃は小梅に、幸子の母親に話を聞きに行ってもらい。

その間、幸子のプロデューサーに確認を取っていた。

 

その内容は、オーディション映像に存在する明らかな矛盾について。

何故彼は幸子を合格にしたのか、その理由についてだ。

 

輿水幸子のキャラクター性を理解した人間が見るならまだしも。

初対面の人間にとって、彼女の取った言動はマイナスイメージしか与えないはずだ。

どこからどう見ても大失敗。それが芳乃から見たオーディションの評価だった。

 

しかし実際、彼は幸子を合格とした。

映像で見た彼の反応からして、大喜びで原石を掴み取った、という訳ではないだろう。

嫌々ながらも仕方なく、彼は幸子を採用した。そう考えるのが自然だった。

 

『お父さんはウチの事務所のお得意先でな。

そんな御方に頼まれたら、取り敢えず頑張らざるを得ないんだよ。』

 

まあ、今では良かったと思ってるけどな。

彼はそう付け足した。

くれぐれも内密に頼む、とも。

決して他言しない旨と謝辞を丁寧に述べ、芳乃は通話を切る。

携帯を耳から離すと、ボタンを何度か押し、再び耳に近付けた。

 

芳乃が幸子の家を訪れたのは、元々は小梅について尋ねるためだった。

小梅の過去について。

彼女と校舎の関係性について。

 

だが、それは失敗に終わった。

だから芳乃は、誰か他の人間に聞く必要があった。

まずは「あの子」に遠回しに聞いてみたが、あっさりと拒絶されてしまった。

「あの子」は芳乃に、自身や小梅の過去を知って欲しくないようだった。

 

聞くなら、今が良い。

小梅は幽霊の元へ行き、「あの子」は幽霊と会う以上、護衛役として側を離れられない。

目撃されて不審がられることも、邪魔される可能性も無い。

 

「もしもしー、わたくし依田は芳乃でしてー。

突然で申し訳ありませぬがー。

小梅殿の通っていた小学校についてー、調べていただければとー。」

 

 

 

 

 

携帯を閉じ、袂に仕舞う。

ひとつ息を吐いて、頭の中を整理する。

芳乃はあの映像を見て、真っ先に彼女のある台詞に着目した。

 

「い……い……いやいやいや、勘違いしてもらっちゃ困りますね!

『一番』っていうのは、オーディションの順番ではなく『ボクが一番カワイイ』ってことですから!」

 

「そうなんです、ボクは何でも一番!

ハッキリ言って、ボクが一番カワイイでしょう!

成績で言っても……たぶん一番、身長順で並んでも一番です!」

 

彼女は「一番」を「ボクが一番カワイイ」と定義した。

その上で成績でも一番、身長順でも一番と自称した。

 

では、この「一番」の次に省略された言葉は何か。

安直に考えれば、成績が一番「良い」、身長が一番「低い」となる。

しかし。本当にそうだろうか。

 

芳乃は思う。省略された言葉は全て「カワイイ」ではないかと。

 

成績が一番カワイイ。身長が一番カワイイ。

それは一見、日本語としておかしいようにも見える。

しかし、その発言者が他ならぬ輿水幸子だったなら、どうか。

違和感が無いのだ。そのこと自体に違和感を感じてしまうほどに。

 

思い返せば、幸子は最初からそうだった。

徹底して「カワイイ」以外の言葉で自身や他者を形容しようとしなかった。

そして芳乃は、気を読むことで何となく察していた。

彼女にとって「カワイイ」とは、彼女が唯一心を込めて発することができる賛辞の言葉だと。

 

彼女にとって「カワイイ」以外の言葉は、余すこと無く賛辞たり得ないのではないかと。

 

成績が「良い」。身長が「低い」。

そんな言葉を投げかけられたとして、彼女は全く嬉しくなどないのではないか。

「カワイイ」という言葉を貰えなければ、それ以外の言葉は等しく意味が無いのではないか。

だから彼女は事あるごとに自らを「カワイイ」と称すのではないか。

その自分の言葉に周囲の人間が反論しないことを根拠として、自らを「カワイイ」と結びつけ続けているのではないか。

 

そうやって「カワイイ」に固執し続けているのではないか。

 

自分は一番カワイイ存在で居なければならない。

幸子の言動は、そんな使命感すら感じさせる。

 

では、彼女は何故、自らのカワイさを周囲に誇示し続けようとするのか。

彼女自身が自分をカワイイと思い、それを周囲に納得させようとしている。

芳乃は長い間、幸子をそう評していた。

小梅の目にも、幸子はそう映っていた。

自分に自信があるから、そういった言動を取っているのだと。

 

だが。今、芳乃は考える。

本当に、彼女には。

輿水幸子には、自分に自信があるのか?

心の底から自分をカワイイと思い、だからこそああ振舞っている。

それが彼女の真実か?

 

何か。何かがおかしい。

しかし、一体何が。

それが分からないからこそ、芳乃は小梅に話を聞くよう頼んだのだ。

幸子の過去を誰よりも知っているだろう、彼女の母親に。

そして芳乃の根拠の無い予想が、もし当たっていたとしたら。

きっと幸子は──

 

──机の上に置かれた携帯が震える。

すぐに終わるという彼の言葉通りだ。

早速画面を開き、文面を確認する。

 

そして、文章の意味を理解した。

 

 

 

 

 

「…………な、」

 

 

 

 

 

不味い。

不味い、不味い、不味い。

芳乃は反射的に、小梅達の気を読む。

 

近くに居るのは、小梅、悪霊、幸子、そして幽霊がもう一体。

小梅は交差点から微動だにしない。

そのすぐ隣に、悪霊。

もう一体の幽霊は……幸子を抱え、小梅から遠ざかろうと……、

いや、悪霊から遠ざかろうと……?

 

「……っ!」

 

弾かれるように席を立ち、走り出す。

最悪だ。

ただでさえ最悪だ。

だというのに、何故幸子が。

よりによって、何故幸子がそこに居る。

 

ドアを開けると、外は相変わらずの曇り空。

空気中の水を掻き分け、地面を蹴る。

 

このままでは。

もし間に合わなければ。

 

 

 

 

 

小梅が、手遅れになる。

 

 

 

 

 

information : データが更新されました

 

 

[Tips] 廃校の真実

 

白坂小梅の母校について

 

先日お蔵入りになった撮影のロケ地。

6年前に廃校となった。小梅は当時7歳。

原因は、同年に発生した児童殺傷事件。

 

校内に刃物を隠し持った男が侵入。

校庭にて児童2名と接触。担任教師の知人と偽り教室に案内させ、犯行に及ぶ。

児童1人が死亡、1人が重傷を負った。

警察が現場に突入すると、男は既に死亡していた。

男の死因は公表されておらず、児童が殺害したという説と。

殺された児童の怨念という説がネット上で囁かれた。

 

 

 

 

 

〔Mission List〕

 

・幽霊の未練を晴らしてください

・白坂小梅を救ってください

・輿水幸子を救ってください

・2人の過去を探ってください

・2人に過去を想起させないでください

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