輿水幸子の同一性   作:maron5650

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17.既視感

「フギャーーー!!?」

 

輿水幸子は、叫んでいた。

訳も分からず、ただ叫んだ。

 

友人が道端で立ち止まり何かをしていたようだったから、声をかけた。

すると友人は何かに怯えるように逃げろと叫び、直後。

幸子の身体は何かに抱えられるようにひとりでに宙に浮き。

その事実を認識する前に、高速で移動し始めたのだ。

 

「えっ、ちょっ、何!? 何なんですか!?

誘拐!? ボクがカワイ過ぎるあまり!?」

 

勿論これは誘拐などではない。

「あの子」が幸子を持ち上げ、全速力で退避しているのだ。

母親の幽霊から逃げているのだ。

 

幸子の母親が望んでいるのは、自分という存在の認識だ。

幸子は母親の目の前で母親以外の人間を母親と呼んだ。

その事実を覆すためには、幸子が母親のことを母親と呼ぶしかない。

故に幸子の母親は、その場を去ろうとする幸子を引き留め、幸子と話をしようとする。

 

だが。

対話を望んでいるからといって、それが幸子にとって無害とは限らない。

人の形を保つ幽霊の持つ力は、成人男性のそれを大きく上回る。

そしてその力は、制御が難しい。

それを「あの子」は良く理解していた。

 

引き留めようと肩を掴めば、嫌を音を立てて妙な方向に曲がるかもしれない。

顔を見ようと手を添えれば、醜く圧し潰されるかもしれない。

しかも彼女は、完全に冷静さを欠いている。

絶対に無事では済まない。

 

幸子を脅威から遠ざけながら、考える。

あれは交通事故現場に縛られた幽霊だ。

あの場所から一定範囲以上遠くに行くことはできない。

だから、このまま幸子を遠くに運べば、取り敢えずは彼女は大丈夫だ。

 

しかし。

冷静さを欠いた幽霊が、求めているものを見失ったら。

呼び止めようとした愛娘が、自分の手の届かない場所へ行ってしまったら。

行き場を失った感情は、どうなる。

 

収まってくれるはずがない。

確かにこの目で見たのだ。彼女が悪霊に成る瞬間を。その過程を。

偽ってなどいない。あれは本物だ。

ああなってしまったら、当分は元に戻らない。

冷静になるまで、かなりの時間を要することになる。

それこそ、徹底的に壊すまで。

「あの子」はそれを、嫌というほど理解していた。

 

だから「あの子」は考える。

これから何をすべきかを考える。

あの場所に小梅を置いてきた。このままでは矛先が彼女にも向く。

だが小梅は視える人間だ。脅威を正しく認識し、すぐに逃げようとするだろう。

幸子の姿が見えている限り、悪霊は幸子を担いだ自分を追いかける。

自分が幸子を運んでいる間に、十分な時間が確保できる。

だから、小梅は大丈夫。

 

そう心で唱えながら、何かを見落としているような気がした。

だが、一体何を。

幽霊の狙いは幸子であり、小梅ではない。

幽霊は幸子を抱えて移動している自分に向かい、その間に小梅は逃げられる。

逃げられない……ということは無いはずだ。

場所が交差点である以上、一箇所を塞がれても他の三箇所のどれかを選べばいい。

だから、問題はない。はず。

なのに何故、こうも胸騒ぎが止まらない。

 

「──幸子殿!!」

 

前方から声。

見ると、依田芳乃がそこに居た。

急ブレーキをかけ、幸子を降ろす。

 

「……芳乃さん? すいませんが何が何だか説明を、」

「後で全てお話し致します、今はここを動かぬように!」

「ひ、ひゃい!」

 

芳乃の気迫に圧され、幸子はその場で気をつけの姿勢を取る。

……無理もない。ここまで焦燥した彼女は、今まで見たことがない。

 

幸子から目線を外し、芳乃は「あの子」を見る。

左手を伸ばし、袂を揺らす。

その動作を見て、「あの子」は芳乃の意図を汲む。

その中に手を入れ、携帯を取り出す。

 

『肯定は一度、否定は二度。携帯を開閉してくださいませ。』

 

ぱたん、と、携帯を閉じる。

「理解した」。肯定の合図。

 

「逃げているのは、小梅殿が会いに行った幽霊からでして?」

 

ぱたん。

 

「幽霊は最初から悪霊でして?」

 

ぱたん、ぱたん。

 

「悪霊に成ったのは、小梅殿の発言が切っ掛けでして?」

 

携帯を開いたまま、2秒ほど沈黙。

 

「……質問を変えましょう。

悪霊に成る直前、小梅殿は幽霊と会話をしていまして?」

 

……ぱたん。

 

「……っ!」

 

携帯が一度だけ閉じる音に、芳乃は唇を噛み締める。

何故だ。何故芳乃はこうも焦っている。

何故こうまで感情を剥き出しにする。

普段から決して落ち着きをなくすことのない彼女が、何故。

 

何かを間違えたような気がした。

してはいけない行動を取ってしまった気がした。

肉体を無くした身体が、ゾッと冷えていく感覚がした。

 

「直ぐに戻ります!

……恐らく小梅殿は、あの場を動けませぬ!!」

 

 

 

 

 

〔Mission List〕

 

・幸子の父親の未練を晴らしてください

・白坂小梅を救ってください

・輿水幸子を救ってください

・2人の過去を探ってください

・2人に過去を想起させないでください

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