「フギャーーー!!?」
輿水幸子は、叫んでいた。
訳も分からず、ただ叫んだ。
友人が道端で立ち止まり何かをしていたようだったから、声をかけた。
すると友人は何かに怯えるように逃げろと叫び、直後。
幸子の身体は何かに抱えられるようにひとりでに宙に浮き。
その事実を認識する前に、高速で移動し始めたのだ。
「えっ、ちょっ、何!? 何なんですか!?
誘拐!? ボクがカワイ過ぎるあまり!?」
勿論これは誘拐などではない。
「あの子」が幸子を持ち上げ、全速力で退避しているのだ。
母親の幽霊から逃げているのだ。
幸子の母親が望んでいるのは、自分という存在の認識だ。
幸子は母親の目の前で母親以外の人間を母親と呼んだ。
その事実を覆すためには、幸子が母親のことを母親と呼ぶしかない。
故に幸子の母親は、その場を去ろうとする幸子を引き留め、幸子と話をしようとする。
だが。
対話を望んでいるからといって、それが幸子にとって無害とは限らない。
人の形を保つ幽霊の持つ力は、成人男性のそれを大きく上回る。
そしてその力は、制御が難しい。
それを「あの子」は良く理解していた。
引き留めようと肩を掴めば、嫌を音を立てて妙な方向に曲がるかもしれない。
顔を見ようと手を添えれば、醜く圧し潰されるかもしれない。
しかも彼女は、完全に冷静さを欠いている。
絶対に無事では済まない。
幸子を脅威から遠ざけながら、考える。
あれは交通事故現場に縛られた幽霊だ。
あの場所から一定範囲以上遠くに行くことはできない。
だから、このまま幸子を遠くに運べば、取り敢えずは彼女は大丈夫だ。
しかし。
冷静さを欠いた幽霊が、求めているものを見失ったら。
呼び止めようとした愛娘が、自分の手の届かない場所へ行ってしまったら。
行き場を失った感情は、どうなる。
収まってくれるはずがない。
確かにこの目で見たのだ。彼女が悪霊に成る瞬間を。その過程を。
偽ってなどいない。あれは本物だ。
ああなってしまったら、当分は元に戻らない。
冷静になるまで、かなりの時間を要することになる。
それこそ、徹底的に壊すまで。
「あの子」はそれを、嫌というほど理解していた。
だから「あの子」は考える。
これから何をすべきかを考える。
あの場所に小梅を置いてきた。このままでは矛先が彼女にも向く。
だが小梅は視える人間だ。脅威を正しく認識し、すぐに逃げようとするだろう。
幸子の姿が見えている限り、悪霊は幸子を担いだ自分を追いかける。
自分が幸子を運んでいる間に、十分な時間が確保できる。
だから、小梅は大丈夫。
そう心で唱えながら、何かを見落としているような気がした。
だが、一体何を。
幽霊の狙いは幸子であり、小梅ではない。
幽霊は幸子を抱えて移動している自分に向かい、その間に小梅は逃げられる。
逃げられない……ということは無いはずだ。
場所が交差点である以上、一箇所を塞がれても他の三箇所のどれかを選べばいい。
だから、問題はない。はず。
なのに何故、こうも胸騒ぎが止まらない。
「──幸子殿!!」
前方から声。
見ると、依田芳乃がそこに居た。
急ブレーキをかけ、幸子を降ろす。
「……芳乃さん? すいませんが何が何だか説明を、」
「後で全てお話し致します、今はここを動かぬように!」
「ひ、ひゃい!」
芳乃の気迫に圧され、幸子はその場で気をつけの姿勢を取る。
……無理もない。ここまで焦燥した彼女は、今まで見たことがない。
幸子から目線を外し、芳乃は「あの子」を見る。
左手を伸ばし、袂を揺らす。
その動作を見て、「あの子」は芳乃の意図を汲む。
その中に手を入れ、携帯を取り出す。
『肯定は一度、否定は二度。携帯を開閉してくださいませ。』
ぱたん、と、携帯を閉じる。
「理解した」。肯定の合図。
「逃げているのは、小梅殿が会いに行った幽霊からでして?」
ぱたん。
「幽霊は最初から悪霊でして?」
ぱたん、ぱたん。
「悪霊に成ったのは、小梅殿の発言が切っ掛けでして?」
携帯を開いたまま、2秒ほど沈黙。
「……質問を変えましょう。
悪霊に成る直前、小梅殿は幽霊と会話をしていまして?」
……ぱたん。
「……っ!」
携帯が一度だけ閉じる音に、芳乃は唇を噛み締める。
何故だ。何故芳乃はこうも焦っている。
何故こうまで感情を剥き出しにする。
普段から決して落ち着きをなくすことのない彼女が、何故。
何かを間違えたような気がした。
してはいけない行動を取ってしまった気がした。
肉体を無くした身体が、ゾッと冷えていく感覚がした。
「直ぐに戻ります!
……恐らく小梅殿は、あの場を動けませぬ!!」
〔Mission List〕
・幸子の父親の未練を晴らしてください
・白坂小梅を救ってください
・輿水幸子を救ってください
・2人の過去を探ってください
・2人に過去を想起させないでください