「あの子」と共に、芳乃は走る。
走りながら、頭の中でもう一度整理する。
輿水幸子と、白坂小梅。2人を救う方法を。
彼女達は過去にとある出来事を体験し、その衝撃を受け止めきれなかった。
結果、幻想という逃げ道を創り出し、それを見続けることで自分を保ってきた。
だが、それは一時的な応急処置に過ぎない。
いつか現実と向き合わなければならない時が来る。
思い出す時が来る。
そしてその時に、再び衝撃が、一気に押し寄せたとしたら。
彼女達は、また、受け止めきれない可能性が高い。
そうなれば、堂々巡りだ。
思い出し、受け止めきれず幻想に逃げ、時間を置いて再び思い出す。
そんな堂々巡りが、延々と続くことになる。
これを回避するためには、衝撃をいくつかに分割し。
それらを少しずつ与えなければならない。
一度に全てを思い出すからいけないのだ。
徐々に徐々に、1つずつ受け入れさせる。
そうすれば、彼女達の幻想は消え、現実と向き合うことが出来るだろう。
そしてそのためには、彼女達よりも先に。
まず芳乃が彼女達の過去を知る必要がある。
彼女達が思い出すことなく、しかし芳乃はそれを知っている。
その状況になって初めて、この案を実行に移すことが出来る。
つまり。彼女達に気付かれてはいけないのだ。
自力で思い出されてはいけないのだ。
しかし今。小梅は、思い出してしまうかもしれない。
彼女を取り巻く状況が、思い出させてしまうかもしれない。
それが只の勘違いであることを願い、芳乃は考える。
小梅と「あの子」の特徴を。
彼女達の人物像が、どういうものであったかを。
──小梅があの校舎を見るわけにはいかなかったのだろう。
「あの子」は小梅の見る幻覚を維持させる為に、彼女に校舎を見せまいとした。
行かせなかったに留まらず、映像すら見せまいとしていた。
小梅が校舎を視認することが、小梅を幻覚から覚まさせる引き金だった。
──……違う?
悪意を隠しちゃ、いけない?
小梅の幻覚は彼女に「幽霊は悪意を隠してはいけない」と言った。
幻覚とは即ち彼女の抑圧された精神。
「隠さない」ではなく、「隠してはいけない」。
それは、隠すような存在であって欲しくないと言っているようなものだ。
──うん……そう、だよ……。
これで、ゾンビと、いっしょ……。
小梅はゾンビが好きだった。
ノロノロと歩いて襲ってくるのが可愛いと。
そして髪を金に染めることと、ピアスを付けることは。
自身をゾンビと同等の存在にすると、彼女は嬉しそうに言っていた。
──あれは恥ずかしさを隠そうとする行為ではない。
ただ恐れ、戸惑っていただけだ。
小梅が服を見つめていた時。
幸子に話しかけられ、彼女は明らかに恐怖していた。
服の特徴は確か、上品な色合い、適度に短い袖、控えめにあしらわれたフリル。
そう。可愛らしくも落ち着いた印象の服だった。
──小梅は平然と嘘を吐けるほど対人関係において器用ではないし、幸子のことを大切にしていないわけでもない。
彼女は、あまり器用には話さない。
小梅は普段からゆっくりと話す。
まるで、慎重に言葉を選ぶように。
その発言の結果何が起こるのかを、慎重に模索するかのように。
──案内役を申し出たのは、ひとえに小梅が撮影に参加できない罪悪感を紛らわすためだろう。
その幻覚の発言を利用し、小梅に見られない状況を作り出して、「あの子」は芳乃を脅迫した。
小梅の見る幻覚も、本物も。
どちらの「あの子」も、校舎を案内することができた。
そうでなければ幻覚は案内役として立候補しないし、本物はああまで的確に芳乃達を案内できない。
あれが、単に幽霊の居場所が分かるからではなく。
校舎の内部構造を知っていたからだとしたら。
それら全てが、あの事件に起因するものだとしたら。
「…………ぁ、」
幸子ちゃんのママが、幸子ちゃんを追いかける。
幸子ちゃんは「あの子」に担がれて、ママから逃げている。
もし、捕まったら。
捕まってしまったら、きっと。あの日のように。
……あの日?
自分の思考に、疑問を覚える。
あの日のようにって、どうなるの?
私の友達が、捕まって、その次は。
分からない。
分からない、けど。
その次には、行かせちゃ、いけない。
幸子ちゃんの元に、行かせちゃいけない。
ここで、逃げちゃいけない。
立ち止まっちゃ、いけない。
見ているだけじゃいけない。
だから私は手を伸ばす。
幽霊を止めるために。
あの子を殺させないために。
「……小梅殿!」
芳乃さんの声に、我に返る。
声の方を見ると、しかし芳乃さんは見えなかった。
真っ黒だった。
黒以外の色が、世界から消えていた。
それが幽霊の姿なのだと理解するのに、少し時間がかかった。
その時間だけで、十分だった。
幽霊が私を襲うには。
掲げられた手のような何かを、私目掛けて振り下ろすには。
あの子が私を突き飛ばし、代わりに傷を負うのには。
「…………ゃ、」
嘘みたいな速さで、あの子は壁に叩きつけられる。
悪霊は、ゆっくりと近付いていく。
地面に倒れたあの子の元へ。
「や、だ、」
再び腕を振り上げる。
もう一度、傷を与えるために。
確実に息の根を止めるために。
「そ、れは、」
何処かでこの光景を見たことがある。
何処かで同じ経験をしたことがある。
何処か。何処かで。
そして、その時と同じことになるのなら。あの子は。
「やめ、て、」
あの子が私の方を見る。
駄目だ。見るな。それを見るな。
あの子を見るな。見ちゃ、駄目だ。
それでも、目が閉じられない。
それでも、視線を動かせない。
それでも、私は動けない。
「だ、め、」
あの子は、まだ立ち上がれない。
立ち上がれないまま、私の方へ。
きっと、私を守るために。地面を這って。
その動作が、何かに似ている気がした。
その姿が、私の好きなもののような気がした。
好きなもののはずなのに、大嫌いな気がした。
「あ、ぁ、あ、」
何かがぐちゃぐちゃになっていく感覚がした。
何かがぐちゃぐちゃになっていく予感がした。
何かがぐちゃぐちゃになっている気がした。
何かがぐちゃぐちゃになった頭で、考えるのを止められなかった。
あの子が死ぬ。
あの子が死んでしまう。
またあの子が死んでしまう。
また?
そうだ。
前にもこんなことがあった。
私の友達が捕まって。
あの子が捕まって。
私は動けなくて。
あの子は。私を。
『考えるな!!!』
あの子の声が聴こえた。
その方向を見ようとして、でも。
その声は何処から来たのか、分からなくて。
きょろきょろと辺りを見回すと、私の右上にあの子が居た。
「…………え?」
再び地面を見る。
あの子が居る。
右上を見る。
……あの子が居る。
『……それも含めて、今は考えないで!!』
「え、う、うん……?」
考えるなとあの子は言う。
でも、どうしても気にしてしまう。
何であの子が2人居るのか。
今喋っているあの子の声が、何処から発せられているのか。
そもそも、私はあの子の声を聴いたことが……?
「──小梅殿!!」
再び、芳乃さんの声。
今度は、しっかりと姿を確認することができた。
「……良いですか、「あの子」殿はそなたに憑いた幽霊でしてー。
いざとなれば逃げられますし、亡くなることもありませぬー。」
私の頬に手を当て、諭すように芳乃さんが言う。
ここまで走ってきたみたいなのに、汗1つかいていないし息も乱れていない。
「う、うん……。」
そうだ。
あの子は幽霊。
もう既に死んでいる以上、死ぬはずがない。
幽霊が幽霊に傷付けられて死んだなんて話も聞いたことがない。
「申し訳ありませぬが、詳しい話は後ほどー。
……今は、今直面している問題をー。」
芳乃さんは私の頬から手を離し、悪霊の方へ向き直る。
「……うん、分かった……!」
今は、考えない。
あの子と芳乃さんの言葉通り、私は頭を切り替える。
「……小梅殿ー。あれは、危険でしてー?」
「うん……すごく……危ない……。」
「……わかりましてー。では……、」
目の前の悪霊を、何とかする。
私の様子を見て、芳乃さんは作戦を話し始めた──
「──ボク、いつまで待ってればいいんですかね……?」
輿水幸子は、ひょっとして忘れられてるのではないかと不安になる。
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[Mission] 悪霊を除霊してください
幸子の母親の幽霊は、幸子が幻覚を見ていることを知らなかった。
幸子の発言に心を乱された結果、悪霊化してしまう。
小梅の様子を見る限り、悪霊化した幽霊は非常に危険なようだ。
一刻も早く除霊を試みよう。
〔Mission List〕
・幸子の父親の未練を晴らしてください
・白坂小梅を救ってください
・輿水幸子を救ってください
・2人の過去を探ってください
・2人に過去を想起させないでください
・悪霊を除霊してください
【caution】白坂小梅が気付き始めています