輿水幸子の同一性   作:maron5650

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18.いないいない、ばあ

「あの子」と共に、芳乃は走る。

走りながら、頭の中でもう一度整理する。

輿水幸子と、白坂小梅。2人を救う方法を。

 

彼女達は過去にとある出来事を体験し、その衝撃を受け止めきれなかった。

結果、幻想という逃げ道を創り出し、それを見続けることで自分を保ってきた。

だが、それは一時的な応急処置に過ぎない。

いつか現実と向き合わなければならない時が来る。

思い出す時が来る。

 

そしてその時に、再び衝撃が、一気に押し寄せたとしたら。

彼女達は、また、受け止めきれない可能性が高い。

そうなれば、堂々巡りだ。

思い出し、受け止めきれず幻想に逃げ、時間を置いて再び思い出す。

そんな堂々巡りが、延々と続くことになる。

 

これを回避するためには、衝撃をいくつかに分割し。

それらを少しずつ与えなければならない。

一度に全てを思い出すからいけないのだ。

徐々に徐々に、1つずつ受け入れさせる。

そうすれば、彼女達の幻想は消え、現実と向き合うことが出来るだろう。

 

そしてそのためには、彼女達よりも先に。

まず芳乃が彼女達の過去を知る必要がある。

彼女達が思い出すことなく、しかし芳乃はそれを知っている。

その状況になって初めて、この案を実行に移すことが出来る。

 

つまり。彼女達に気付かれてはいけないのだ。

自力で思い出されてはいけないのだ。

 

しかし今。小梅は、思い出してしまうかもしれない。

彼女を取り巻く状況が、思い出させてしまうかもしれない。

 

それが只の勘違いであることを願い、芳乃は考える。

小梅と「あの子」の特徴を。

彼女達の人物像が、どういうものであったかを。

 

──小梅があの校舎を見るわけにはいかなかったのだろう。

 

「あの子」は小梅の見る幻覚を維持させる為に、彼女に校舎を見せまいとした。

行かせなかったに留まらず、映像すら見せまいとしていた。

小梅が校舎を視認することが、小梅を幻覚から覚まさせる引き金だった。

 

──……違う?

悪意を隠しちゃ、いけない?

 

小梅の幻覚は彼女に「幽霊は悪意を隠してはいけない」と言った。

幻覚とは即ち彼女の抑圧された精神。

「隠さない」ではなく、「隠してはいけない」。

それは、隠すような存在であって欲しくないと言っているようなものだ。

 

──うん……そう、だよ……。

これで、ゾンビと、いっしょ……。

 

小梅はゾンビが好きだった。

ノロノロと歩いて襲ってくるのが可愛いと。

そして髪を金に染めることと、ピアスを付けることは。

自身をゾンビと同等の存在にすると、彼女は嬉しそうに言っていた。

 

──あれは恥ずかしさを隠そうとする行為ではない。

ただ恐れ、戸惑っていただけだ。

 

小梅が服を見つめていた時。

幸子に話しかけられ、彼女は明らかに恐怖していた。

服の特徴は確か、上品な色合い、適度に短い袖、控えめにあしらわれたフリル。

そう。可愛らしくも落ち着いた印象の服だった。

 

──小梅は平然と嘘を吐けるほど対人関係において器用ではないし、幸子のことを大切にしていないわけでもない。

 

彼女は、あまり器用には話さない。

小梅は普段からゆっくりと話す。

まるで、慎重に言葉を選ぶように。

その発言の結果何が起こるのかを、慎重に模索するかのように。

 

──案内役を申し出たのは、ひとえに小梅が撮影に参加できない罪悪感を紛らわすためだろう。

その幻覚の発言を利用し、小梅に見られない状況を作り出して、「あの子」は芳乃を脅迫した。

 

小梅の見る幻覚も、本物も。

どちらの「あの子」も、校舎を案内することができた。

そうでなければ幻覚は案内役として立候補しないし、本物はああまで的確に芳乃達を案内できない。

あれが、単に幽霊の居場所が分かるからではなく。

校舎の内部構造を知っていたからだとしたら。

 

 

 

 

 

それら全てが、あの事件に起因するものだとしたら。

 

 

 

 

 

「…………ぁ、」

 

幸子ちゃんのママが、幸子ちゃんを追いかける。

幸子ちゃんは「あの子」に担がれて、ママから逃げている。

もし、捕まったら。

捕まってしまったら、きっと。あの日のように。

 

……あの日?

自分の思考に、疑問を覚える。

あの日のようにって、どうなるの?

私の友達が、捕まって、その次は。

 

分からない。

分からない、けど。

その次には、行かせちゃ、いけない。

幸子ちゃんの元に、行かせちゃいけない。

 

ここで、逃げちゃいけない。

立ち止まっちゃ、いけない。

見ているだけじゃいけない。

 

だから私は手を伸ばす。

幽霊を止めるために。

 

あの子を殺させないために。

 

「……小梅殿!」

 

芳乃さんの声に、我に返る。

声の方を見ると、しかし芳乃さんは見えなかった。

真っ黒だった。

黒以外の色が、世界から消えていた。

それが幽霊の姿なのだと理解するのに、少し時間がかかった。

その時間だけで、十分だった。

幽霊が私を襲うには。

掲げられた手のような何かを、私目掛けて振り下ろすには。

 

 

 

 

 

あの子が私を突き飛ばし、代わりに傷を負うのには。

 

 

 

 

 

「…………ゃ、」

 

嘘みたいな速さで、あの子は壁に叩きつけられる。

悪霊は、ゆっくりと近付いていく。

地面に倒れたあの子の元へ。

 

「や、だ、」

 

再び腕を振り上げる。

もう一度、傷を与えるために。

確実に息の根を止めるために。

 

「そ、れは、」

 

何処かでこの光景を見たことがある。

何処かで同じ経験をしたことがある。

何処か。何処かで。

そして、その時と同じことになるのなら。あの子は。

 

「やめ、て、」

 

あの子が私の方を見る。

駄目だ。見るな。それを見るな。

あの子を見るな。見ちゃ、駄目だ。

それでも、目が閉じられない。

それでも、視線を動かせない。

それでも、私は動けない。

 

「だ、め、」

 

あの子は、まだ立ち上がれない。

立ち上がれないまま、私の方へ。

きっと、私を守るために。地面を這って。

その動作が、何かに似ている気がした。

その姿が、私の好きなもののような気がした。

好きなもののはずなのに、大嫌いな気がした。

 

「あ、ぁ、あ、」

 

何かがぐちゃぐちゃになっていく感覚がした。

何かがぐちゃぐちゃになっていく予感がした。

何かがぐちゃぐちゃになっている気がした。

何かがぐちゃぐちゃになった頭で、考えるのを止められなかった。

 

あの子が死ぬ。

あの子が死んでしまう。

またあの子が死んでしまう。

 

また?

 

そうだ。

前にもこんなことがあった。

私の友達が捕まって。

あの子が捕まって。

私は動けなくて。

あの子は。私を。

 

 

 

 

 

『考えるな!!!』

 

 

 

 

 

あの子の声が聴こえた。

その方向を見ようとして、でも。

その声は何処から来たのか、分からなくて。

きょろきょろと辺りを見回すと、私の右上にあの子が居た。

 

「…………え?」

 

再び地面を見る。

あの子が居る。

右上を見る。

……あの子が居る。

 

『……それも含めて、今は考えないで!!』

 

「え、う、うん……?」

 

考えるなとあの子は言う。

でも、どうしても気にしてしまう。

何であの子が2人居るのか。

今喋っているあの子の声が、何処から発せられているのか。

そもそも、私はあの子の声を聴いたことが……?

 

「──小梅殿!!」

 

再び、芳乃さんの声。

今度は、しっかりと姿を確認することができた。

 

「……良いですか、「あの子」殿はそなたに憑いた幽霊でしてー。

いざとなれば逃げられますし、亡くなることもありませぬー。」

 

私の頬に手を当て、諭すように芳乃さんが言う。

ここまで走ってきたみたいなのに、汗1つかいていないし息も乱れていない。

 

「う、うん……。」

 

そうだ。

あの子は幽霊。

もう既に死んでいる以上、死ぬはずがない。

幽霊が幽霊に傷付けられて死んだなんて話も聞いたことがない。

 

「申し訳ありませぬが、詳しい話は後ほどー。

……今は、今直面している問題をー。」

 

芳乃さんは私の頬から手を離し、悪霊の方へ向き直る。

 

「……うん、分かった……!」

 

今は、考えない。

あの子と芳乃さんの言葉通り、私は頭を切り替える。

 

「……小梅殿ー。あれは、危険でしてー?」

 

「うん……すごく……危ない……。」

 

「……わかりましてー。では……、」

 

目の前の悪霊を、何とかする。

私の様子を見て、芳乃さんは作戦を話し始めた──

 

 

 

 

 

「──ボク、いつまで待ってればいいんですかね……?」

 

輿水幸子は、ひょっとして忘れられてるのではないかと不安になる。

 

 

 

 

 

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[Mission] 悪霊を除霊してください

 

幸子の母親の幽霊は、幸子が幻覚を見ていることを知らなかった。

幸子の発言に心を乱された結果、悪霊化してしまう。

小梅の様子を見る限り、悪霊化した幽霊は非常に危険なようだ。

一刻も早く除霊を試みよう。

 

 

〔Mission List〕

 

・幸子の父親の未練を晴らしてください

・白坂小梅を救ってください

・輿水幸子を救ってください

・2人の過去を探ってください

・2人に過去を想起させないでください

・悪霊を除霊してください

 

【caution】白坂小梅が気付き始めています

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