「なるほど……。」
とあるファミレスのテーブル席にて。
紅茶の入ったグラスを脇に置き、目の前にノートを広げ。
これまでの彼女達の講義をその上に纏めた幸子は、口元に手を添えて軽く頷いた。
小梅の話によれば。
幽霊とは、本来発生しないはずの。
言ってしまえば事故のようなものに巻き込まれた死者を指す。
その種類は千差万別で、細かく分ければ、いずれ幽霊の数と同じだけになる。
大別すれば、2種類。
未練があって逝くに逝けない者。
死んだ場所、その土地に縛られ、逝きたいのに逝けない者。
先日の学校で遭遇した霊達は後者に分類され。
現在幸子に取り憑いている幽霊は前者なのだという。
未練がある幽霊を成仏させるには、その未練を晴らす必要がある。
そして多くの場合、こちらが協力を申し出れば、幽霊は非常に友好的だ。
利害が一致している以上当然のことと言える。
幽霊はあの手この手でこちらに未練の具体的内容を知らせようとしてくるだろう。
ならば霊との交信が可能な小梅に聞き出してもらえばいい。
……とはいかず、事態はそれほど簡単ではなかった。
それは幽霊全般に共通する特徴と密接な関係がある。
曰く。
幽霊とは生者の魂が身体から抜け出たものであり。
魂にはそれぞれ強さというものが、身長や髪の色のようにあらかじめ決まっており。
強い魂の霊ならば、人の形を保ち、言葉を発し、故に意志の疎通が可能であるのだが。
弱い魂の霊は、言葉を発せず、人の形すら保てず、ただぼんやりと存在するのみ。
故に、意思の疎通は非常に困難である。
幸子の背後に存在するそれは、磨りガラス越しに見る電球のように。
明確な境界すら存在しない、ただの光る球。
だから、未練の内容を聞き出すのは諦めた方がいい。
こちら側で収集可能な情報を最大限駆使して。
未練の内容を推測し、突き止め、解決する。
それが、幸子の望みを叶える必須条件だった。
これだけでは、雲を掴むような話だ。
だが小梅が言うには、既に自分達は1つの指標を得ている。
それは、幽霊が輿水幸子に取り憑いたという事実そのものだった。
幽霊は成仏できない原因、それと密接に関わりのあるものに取り憑く。
土地に縛られているのならばその土地に。
そして、未練があるのならばその未練に。
それらに近い存在に、憑く。
つまりは、幸子本人或いは幸子と関わりのある何かが、幽霊の未練と関係している。
「……なるほど?」
ほんの少しだけ眉間にシワを寄せ、首を横に傾ける。
いや、だって、そんなこと、ねぇ?
自分が関係する何かが、幽霊の未練だなんて言われましても。
人に恨まれるようなことはしていない……と思うし。
自分の知り合いに、恨みを持たれるほど極悪非道な人物だって居ないし。
まだ葬式に参列した経験も無いし。
ましてや喪に服したことなんてあるはずもない。
幸子には全く心当たりが無かった。
これまでの人生に、死や未練という概念は、あまりにも馴染みが無かった。
しかし、確かに幽霊は自分に取り憑いていて。
それは、自分の周りの何処かに未練があるからで。
それでも、心当たりが欠片ほども思い当たらない。
幸子はただ、頭の上に浮かぶクエスチョンマークを揺らすことしかできなかった。
「ただ座して悩むのみではー、晴らせる未練も晴らせませぬー。」
両手で湯気の立つカップを包むように持つ芳乃が口を開く。
ドリンクバーにてほうじ茶を発見したからか、その口角は普段より少しだけ上がっていた。
幽霊とのコミュニケーションが困難であっても、他者の気を読むことのできる彼女ならば。
一度はそう思った幸子だったが、しかし芳乃は申し訳なさそうに自身の説明を簡潔に述べた。
芳乃が行えるのは、人や物の在り処を突き止めることと、他者の気を読むこと。
この「他者の気」という言葉は、生者の魂を意味する。
肉体に収まった状態の魂でなければ、芳乃の能力は最大限の効力を発揮しない。
つまりは、芳乃にとって幽霊は専門外の存在。
撮影の最中に多少試してみて、分かったことは。
できるのは、彼女がばばさまと呼ぶ存在が行っていた除霊の義を見様見真似で。
あとは、何となく霊の存在を、気を読むことで察する程度のもの。
視覚的に霊を知覚することは、芳乃には辛うじて可能であるというだけで。
気の内容も、善か悪かの二極でしか判別がつかず。
幽霊が具体的に何を考えているのか、どんな感情を抱いているのかは、全く分からないとのことだった。
「そう……だね……。動いて、みる……?」
芳乃の言葉に、アイスココアの入ったグラスを目の前に置いている小梅が賛同を示す。
その声色は普段より全体的に高く、弾むようなリズムを刻んでいた。
正直なところ、小梅は幸子が未練について心当たりが「ある」ことを危惧していた。
霊が幸子に憑いている以上、幸子本人若しくは幸子の行動範囲内に、未練と関係するものがある。
これはもう、疑いようのない事実。この前提がひっくり返されることは、まずあり得ない。
故に、幸子が自身の身の回りについて内省するだけで、未練の内容が判明する可能性が大いにあった。
最近誰々が亡くなったとか。事故や事件などに巻き込まれ、自分だけ生還したとか。
自分自身でなくとも、知り合いがそのようなことを体験したとか。
幽霊が成仏できないほどの未練というのは、それほどに大きなものであり。
大きいからこそ、簡単に思い出す可能性が高かったのだ。
小梅はこの状況がある程度続くことを望んでいる。
それは幸子の知られざる過去を追及しようとか、そんな腹黒いものではない。
13歳という年齢にはむしろ少し不似合いなほどの、純粋な気持ちによるものだった。
何故小梅が現状の持続を望んでいるのか。
それはこの事態が、小梅が幸子の役に立つ機会だからだ。
自分が慕い、尊敬の念すら抱いている人物。
そんな相手が自分を頼ってくれる、またとない機会だからだ。
これまでの恩返しをしよう。
バスの中で除霊を懇願した幸子を見て、小梅はそう心に決めた。
普段支えてもらっているからこそ、今度は自分が助けになろうと。
だからこそ、簡単に解決されては困るのだ。
こんな短期間で解決されてしまっては、とても恩は返しきれない。
「幸子殿ー、構いませぬかー?」
小梅の提案に芳乃は頷き、幸子に是非を問う。
幸子本人が未練について思い当たるものが無いのなら。
第三者の目線に立たなければ見付からないものである可能性がある。
本人にとっては無意識に候補から外してしまうほどの些細なものであっても。
他人にとっては、重要なものであるかもしれない。
よって、幸子にいつも通り振舞ってもらい、その様子を観察して。
未練に関わりのある何かを見つけ出そう。
芳乃と小梅の意見は、綺麗に一致していた。
「えっ、あっ、はい。……何処に行くんですか?」
この中でただ1人話についていけていない幸子が、筆記用具を片付けながら質問する。
「行き先はー、そなたが決めてくださいませー。」
「幸子ちゃんが……いつも、行っている場所……教えて……?」
頭上のクエスチョンマークの数を1つ増やしながらも、幸子は立ち上がる。
普段行っている場所。
改めて言われてみると、自分の行動範囲って結構狭いのかも。
幾つかしか浮かばなかった選択肢を指で数えながら、幸子はそんなことをぼんやりと思っていた。
information : データが更新されました
[Tips] 依田芳乃
失せ物探しと悩み事相談、石ころ集めが趣味。
それらに対応した能力を持っている。
幽霊は専門外の存在であり、それに関した知識は乏しい。
昔「ばばさま」が行っていた除霊の儀を見様見真似で行うことができる。
除霊の儀で成仏させられるのは「土地に縛られた幽霊」のみ。
・悩み事相談
対象を直接視認することで、その気を読み取ることができる。
常に見えているわけではなく、意識して見ようとしなければ読むことはできない。
生者については、非常にアバウトな感情を読み取る。単語の羅列として現れることが多い。
幽霊については、善か悪かの2通りしか読み取ることはできず、シルエットも視認不可。
あくまで幽霊の気が見えるのみである。
・失せ物探し
対象が現在何処にあるのかを探知することができる。
その対象がどのようなものなのかを具体的に知っていることが条件。
[Tips] 幽霊
生者が死ぬ際に激しい感情を抱き、その魂が何らかのモノに取り憑いたもの。
魂には身長や髪色のように生まれつき強さが決まっており、強ければ強いほど人の形を保つ。
人の形をした幽霊は喋ることができ、白坂小梅とコミュニケーションが可能。
逆に魂が弱い幽霊は、人の形を保てず、ただふわふわと曖昧に存在するのみである。
以下の二種類に大別される。
・未練がある幽霊
生前にやり残した未練がある幽霊。
その未練と密接に関係のあるものに憑く。
未練を晴らすことで成仏が可能。
芳乃の除霊の儀では成仏させることはできない。
憑いたモノと離れて単独で行動することが可能。
・土地に縛られた幽霊
死んだ場所に縛られてしまい、そこから動けなくなった幽霊。
本人に強い未練は無い場合が多い。成仏したいが土地から離れられず成仏できない。
未練がある場合とは違い、自力で成仏する手段は皆無。
依田芳乃の除霊の儀によって無理矢理に土地から魂を剥がし、成仏させることができる。
縛られているので、土地から大きく離れて行動することはできない。
〔Mission List〕
・幽霊の未練を晴らしてください