どんよりとした灰色の空の下。
芳乃と小梅は状況の打開に奮励する。
一方その頃。幸子は1人、待ちぼうけを食らっていた。
「食材、置いてきちゃいました……。」
小梅が逃げてと言った瞬間、幸子は見えない何かに移動させられた。
その先には芳乃が居り、後で説明するから今は動くなと釘を刺された。
その声色が、あまりに鬼気迫っていたので。
幸子は芳乃の言葉通りに、その場を動かず待機し続けていた。
「……芳乃さん、大丈夫でしょうか。」
幸子から見た芳乃は、最近少し変だ。
夕方に突然「話がしたい」と幸子の家を訪れ。
リビングに案内すると、両親が居ないと焦燥した様子で言った。
目の前に居るにも関わらず。
それを見て幸子が少し変だと言うと、そうかもしれないと芳乃はその場を後にした。
その翌日である、今日。
幸子は母親に料理を教えてもらうために買い物をし。
何となくいつもと違う帰り道を通った。
その後は、前述の通りである。
果たして芳乃は、大丈夫なのか。
幸子がそう思うのは当然のことだった。
芳乃は、見えない何かと。
存在しない何かと戦っているようにしか見えないから。
もし今回幸子に関与した人物が、芳乃だけであったのなら。
そろそろこの場を動いて様子を見るという選択肢もあった。
しかし。小梅もだったのだ。
小梅もまた、あの交差点に留まらないよう言っていた。
だから幸子は待ち続ける。
きっと本当に、自分にとってあの場所は危ないから。
それは一時的なものではなく、こうして少しばかり待った程度では。
きっとその危険性は変わらないから。
しかし、そうなると。
先程の芳乃の発言の信憑性が、小梅の発言によって確立されるとすると。
芳乃の言動が事実に即したものであるとすると。
昨日の芳乃の発言の真偽についても、幸子の中で揺らぎ始める。
あの時、幸子は芳乃の言葉を真実ではないと断定した。
芳乃は両親が居ないとし、それは幸子が見る現実と明らかに矛盾していた。
だから幸子は芳乃の様子がおかしいと感じ、心配したのだ。
しかし、今日の芳乃は。
幸子を交差点から遠ざけようとした。小梅と同じように。
芳乃と小梅が同じタイミングで妄言を発するようになったとは流石に考えにくい。
少なくとも今日、芳乃は真実を発している。
昨日と同じように、事実に即さない発言をしていたのなら。
幸子は芳乃の様子がおかしいという認識をより確固たるものにしただろう。
だが、実際はそうではなかった。
故に幸子は考える。
昨日の芳乃も、おかしくなってなどいなかったのではないか。
仮に昨日の芳乃が変だったとして、昨日の今日で正常に戻る類いのものとは思えない。
両親の方を指差し、怯えた様子で「そこには誰も居ない」と叫んだのだ。
そもそも芳乃は、人に指を突きつけるなんて礼節を欠いた行動をする人間ではない。
冗談であのようなことをする人間でもない。
少なくとも芳乃自身は、本当に両親があそこに存在しないと認識していた。
そしてあの時の芳乃が、今日と同じく正常だったとしたら。
本当に両親はあの場に存在していなかったのではないか。
「…………いやいや。」
いやいやいやいや。
いくらなんでもそれはない。
両親が居なかったとしたら、自分は今まで誰と──
「──ボクは、誰と……?」
梅雨の曇り空。
水の中を歩くような湿度と熱気に包まれて。
幸子の身体は、場違いな寒さに襲われた。
ぶんぶん、と、良くない予感を振り払うように頭を振る。
そんなはずはない。確かに見たのだ。
確かにそこに居るのだ。
今日だって、料理を教えてもらうのだから。
ああ。
こんなに悩むことになるのなら、いつも通りの道で帰っていればよかった。
そもそも、どうして今日は違う道にしたんだっけ。
そう。確か、こっちから帰った方が近いから。
あれ?
こっちの方が近いなら、どうして遠回りしていたんだろう。
あれ?
この辺りの道は、知らないなんてことは無いはずなのに。
あれ?
どうして近道だってことを今まで忘れていたんだろう。
あれ?
どうしてあの交差点を避けるようにしていたんだろう。
あれ?
あれ?
「…………あれ?」
「……では、そのようにー。」
芳乃さんの立てた作戦は、次のようだった。
幸子ちゃんの母親の幽霊は、この交差点に縛られた幽霊。
であれば、芳乃さんの力で除霊が可能。
しかし除霊の儀は少し時間がかかる上に、その最中は完全に動けなくなる。
よって、あの子が芳乃さんを守る。
あの子が幽霊の気を引き、稼いだ時間で芳乃さんが儀式を完遂する、という。
非常にシンプルなものだった。
『……私は小梅の側を離れられないし、何の力も持ってない。
戦力として数えられるのは、あっちで伸びてる方の私だけ。
ボディガードとしては、期待しないでね。』
私の右上に居る方のあの子が口を開く。
でも、その声は口から発せられてはいなかった。
頭の中心から発せられているような。
頭の中に直接送信しているような。
『……向こうの私が動くよ。準備はいい?』
でも、今はそれについては考えない。
あの子の言葉に、私は黙って頷いた。
あの子が跳ね起き、幽霊に向かって走り出す。
その姿を幽霊が視認し、再び手を振り上げる。
その瞬間を狙った。
私は幽霊の背後を通り抜け、そのまま道を駆け抜ける。
幸子ちゃんを呼び戻すために。
幽霊が狙うのは芳乃さんではない。
彼女の目的は幸子ちゃんただ1人だ。
だからこのままでは、あの子や芳乃さんや私以外のものにも危害を加えようとする可能性が高い。
それらに何の優先順位の差も無いから。
芳乃さんを守らなければならない以上あの子は芳乃さんから離れられず。
離れられない以上芳乃さん以外に対する攻撃は傍観するしかない。
それを芳乃さんは問題視した。
いずれ幸子ちゃんに、説明しなければならない時が来る。
あの時の幽霊はあなたの母親なのです、と。
その時に、自分の母親が悪霊となって街を破壊した、などと。
そんなことを、幸子ちゃんが知ってしまえば。
きっと、自分を責めてしまう。
だから、幽霊がある1点以外を狙わないようにする。
そのために、幸子ちゃんを連れ戻す必要がある。
幽霊の行動範囲のギリギリまで。
そして、あの子が幸子ちゃんを守る。
そうすれば幽霊は幸子ちゃん以外見向きもしない。
芳乃さんの邪魔をするものも無い。
一直線上に、幸子ちゃん・あの子と私・幽霊・芳乃さん、という並びになる。
「幸子、ちゃん……!」
塀にもたれかかるように、幸子ちゃんが立っていた。
名前を呼んで、手を握る。
「……小梅、さん。」
私の声にこちらを向いた幸子ちゃんは、どうしてだろう。
いつものように笑ってはいなかった。
いつものように元気いっぱいには見えなかった。
何かに、戸惑っていた。
「…………すいません、変なことを、聞いてもいいですか?」
そんな様子で、そんなことを言われたら。
二つ返事で了承してしまいたくなってしまう。
でも。今は時間が惜しい。
だから、謝罪の言葉を発そうと。私は口を開く。
あの子が、人差し指を私の唇に当てたのが見えた。
感覚は、無かった。
『待って。……もしかしたら。
今の幸子ちゃんを連れて行くのは、まずいのかも。』
ほんの少しだけ眉をひそめて、あの子が言う。
開きかけた口をつぐみ、私は幸子ちゃんの目を見て頷いた。
「……その、本当に、変なことなので。
できれば、笑ってほしいんですけど。」
幸子ちゃんの手を握った私の手から、微かな震えが伝わる。
「……? うん……。」
言葉の意図が掴めず、曖昧に返事をする。
幸子ちゃんは1つ息を吸うと、意を決したように。
そっと、震える声を吐き出した。
「さっき逃げてと言ったのは、ボクのママから。ですか?」
〔Mission List〕
・幸子の父親の未練を晴らしてください
・白坂小梅を救ってください
・輿水幸子を救ってください
・2人の過去を探ってください
・2人に過去を想起させないでください
・悪霊を除霊してください
【caution】白????梅が気??き始め??います
【caution】輿水幸子が気付き始めています