「……それ、は、」
どうして。
どうして幸子ちゃんが、それを。
私が口走った?
……それは多分、ない。
芳乃さんの言動から推測した?
……できなくは、ない。
芳乃さんは幸子ちゃんの両親を存在しないと言った。
それが真実だということに、気付いたとしたら。
でも。
それで分かるのは、自分の見えている両親が幻覚ということだけ。
彼女は今、はっきりと言った。
自分が襲われかけたのは、自分の母親か、と。
つまり、芳乃さんの発言と、他にもヒントがあった。
『……小梅。幸子ちゃんのママの、さっきの話。覚えてる?』
あの子が苦い声を発する。
促されるままに、私は頭の中で記憶を再生する。
──私は一瞬で死んでしまったけれど、夫はそうではなかった。
病院に搬送されて、数時間は持ちこたえたと。
事故現場……私が立っているここに花を添えた知人が、私ではない何処かを見て呟いていた。
幸子ちゃんはお父さんの最期に立ち会えた。少しだけどお話もできた。
今は親戚にお金を振り込んでもらいながら、彼女の望みで1人で暮らしてる。
ちゃんと元気に生活してる。そう、教えてくれた。
『幸子ちゃんについて知ったのは、知人が教えてくれたから。』
知人が伝えた内容は、幸子ちゃん本人が話すべきもののように思える。
しかし幸子ちゃんのママは、知人から聞いて初めて幸子ちゃんの様子を知った。
と、いうことは。
『墓前で報告したか。……或いは、そもそも報告していない。』
幸子ちゃんは、事故現場を一度も訪れていない。
『両親の幻覚を見ていて、その事故現場に今まで訪れていなかった。
…ってことは。』
今日までずっと、無意識に避けていた。
幸せな幻を、終わらせないために。
『でも、幸子ちゃんは今、ここに居る。
きっと誰に強制もされていない、純粋な彼女の意志で。』
ということは。
……自力で、気付こうとしている?
『今ここで気付かれちゃったら、除霊どころじゃない。
自分の母親を消そうとしてると知ったら、どう出るか分からない。
そもそも冷静じゃ居られない可能性だって、十分過ぎるほどある。』
なら私は、どうすれば。
『……幸子ちゃんの顔、見てごらん。』
頭に響く声に従って、私は視界に意識を向ける。
目は開けていたけれど、どこか別の遠くを見ていた。
そのことに、ようやく気が付いた。
「……ママ、なんですね。」
諦めたように、幸子ちゃんは呟いた。
「…………え、っと、その、」
しまった。
それだけの時間、私は考え込んでいたのだ。
幸子ちゃんが私の沈黙を見て、それを肯定と受け取る程度には。
ずっと、黙り込んで考えていた。
「いいんです。」
何か言おうと焦る私の口を、幸子ちゃんは優しく指で塞ぐ。
今日2度目のその行動は、初めて確かな感触を伴った。
『……やけに、落ち着いてる。』
それこそ、違和感を覚えるくらいに。
自分がこれまで接していた自分の母親が幻覚だったと知って。
本物は既に死んでいると知って。
もう二度と会えないと知って。
14歳の少女が取るにしては、この反応は。
『大人びてる、ってレベルじゃない。』
母親の死という事実と向き合うことが、彼女にとって苦ではなかった?
そんなはずはない。それならば彼女は最初から事故現場を避けなどしない。
ひどく苦痛だったはずだ。目を逸らし続けてしまう程度には。
『にも関わらず、彼女は少しショックを受けた程度で収まっている。』
まだ彼女は、受けて然るべき苦痛を感じていない。
『母親の真実と向き合うことによって引き起こされる苦痛。
それを感じていないということは。』
母親について気付くこと、それそのものが苦痛の誘因ではなかった。
『母親の死亡と向き合うことが、何かに繋がる。
そしてその何かこそが、苦痛の誘因。』
彼女は未だ、その「何か」に至っていない。
『だから彼女はまだ冷静でいられる。』
薄々感づいていた悪い予感が正しかったというだけで済んでいる。
『では、その「何か」とは何だ。』
母親の死を、家族の死を認識することによって、彼女に起こる変化は何だ。
『彼女の母親は言っていた。』
彼女は父親と会えたようだと。
『最期に言葉を交わすことができたと。』
そうだ。ならば何故。
『何故彼女の父親は成仏できなかった。』
何故彼女の父親は彼女に憑いている。
『言葉を交わせたのならば。』
自らの過ちを正せたのならば。
『彼女をあの形容詞以外の言葉で褒めることができたのならば。』
彼に未練など無いはずだ。
『彼女に憑く理由が無いはずだ。』
幽霊は未練と関係のあるものに憑くのだから。
『しかし実際はどうだ。』
確かに視える。依然として彼は彼女に憑いている。
『彼には未練がある。』
彼女にしてあげられなかったことがある。
『あり得るとするならば。』
彼の望みと彼女の現実に、致命的な食い違いがあるとするならば。
『確かにある。1つだけ。』
明らかに存在する。彼女の言動に。
『彼女が望む言葉は、ただ1つの形容詞。』
彼が問題視していたのは、彼女の求める形容詞。
『その問題は未だ解決していない。』
彼はその問題を解決できなかった。
『言葉を交わすことができたのに。』
その機会には恵まれたのに。
『最期にチャンスがあったのに。』
彼はそこで失敗した。
『彼女の固執を正すことができなかった。』
それこそが彼の未練。
『それこそが彼女の抱える問題。』
それこそが彼女が目を逸らしてきた事実。
『彼女は。』
輿水幸子は。
『両親の死を認識しないことで逃げていた。』
彼の死に際の言葉から逃げていた。
『それが「何か」の正体だ。』
それが問題の根本だ。
『彼に自分の望む形容詞以外の言葉で褒められたことが。』
彼女が認めたがらないものの正体だ。
「『輿水幸子は、自らの価値を否定された過去から逃げていた。』」
その言葉は、自分の口から、ほんの少し。
誰にも聞こえないほど小さく発せられたものだ、と。
この事実に気付くまで、少しの時間を要した。
「──っ、」
また私は、ここではないどこかを見ていた。
目を上下左右に走らせると、まだ幸子ちゃんは私の口に指を当てたまま。
私が我を忘れてから、そう時間が経っていない。
今のは、何?
あの子と私が1つの脳を共有して思考したような感覚。
1人の人間の考えを、2人で分割して理解したような感覚。
それでも辿り着いた結論は、どうしようもなく納得がいくもので。
「…………ねえ、幸子ちゃん。」
私は否定に失敗した。
幸子ちゃんの言葉を笑うことができなかった。
幸子ちゃんは知ってしまった。
自分を襲おうとしたものの正体を知ってしまった。
そんな彼女が、これからどうするか。
そんな彼女が、これからどうなるか。
それが、悲しいくらいに分かってしまって。
だから私は、せめてと言葉を紡ぐ。
「幸子ちゃんは、可愛いからね。」
〔Mission List〕
・幸子の父親の未練を晴らしてください
・白坂小梅を救ってください
・輿水幸子を救ってください
・2人の過去を探ってください
・2人に過去を想起させないでください
・悪霊を除霊してください
【caution】白坂小梅乗「?′豌嶺サ倥気付九a縺ヲています
【caution】輿水幸子が気付き始めています