輿水幸子の同一性   作:maron5650

21 / 38
20.あなたのわたしとあなたはわたし

「……それ、は、」

 

どうして。

どうして幸子ちゃんが、それを。

 

私が口走った?

……それは多分、ない。

 

芳乃さんの言動から推測した?

……できなくは、ない。

芳乃さんは幸子ちゃんの両親を存在しないと言った。

それが真実だということに、気付いたとしたら。

でも。

それで分かるのは、自分の見えている両親が幻覚ということだけ。

彼女は今、はっきりと言った。

自分が襲われかけたのは、自分の母親か、と。

つまり、芳乃さんの発言と、他にもヒントがあった。

 

『……小梅。幸子ちゃんのママの、さっきの話。覚えてる?』

 

あの子が苦い声を発する。

促されるままに、私は頭の中で記憶を再生する。

 

──私は一瞬で死んでしまったけれど、夫はそうではなかった。

病院に搬送されて、数時間は持ちこたえたと。

事故現場……私が立っているここに花を添えた知人が、私ではない何処かを見て呟いていた。

幸子ちゃんはお父さんの最期に立ち会えた。少しだけどお話もできた。

今は親戚にお金を振り込んでもらいながら、彼女の望みで1人で暮らしてる。

ちゃんと元気に生活してる。そう、教えてくれた。

 

『幸子ちゃんについて知ったのは、知人が教えてくれたから。』

 

知人が伝えた内容は、幸子ちゃん本人が話すべきもののように思える。

しかし幸子ちゃんのママは、知人から聞いて初めて幸子ちゃんの様子を知った。

と、いうことは。

 

『墓前で報告したか。……或いは、そもそも報告していない。』

 

幸子ちゃんは、事故現場を一度も訪れていない。

 

『両親の幻覚を見ていて、その事故現場に今まで訪れていなかった。

…ってことは。』

 

今日までずっと、無意識に避けていた。

幸せな幻を、終わらせないために。

 

『でも、幸子ちゃんは今、ここに居る。

きっと誰に強制もされていない、純粋な彼女の意志で。』

 

ということは。

……自力で、気付こうとしている?

 

『今ここで気付かれちゃったら、除霊どころじゃない。

自分の母親を消そうとしてると知ったら、どう出るか分からない。

そもそも冷静じゃ居られない可能性だって、十分過ぎるほどある。』

 

なら私は、どうすれば。

 

『……幸子ちゃんの顔、見てごらん。』

 

頭に響く声に従って、私は視界に意識を向ける。

目は開けていたけれど、どこか別の遠くを見ていた。

そのことに、ようやく気が付いた。

 

 

 

 

 

「……ママ、なんですね。」

 

 

 

 

 

諦めたように、幸子ちゃんは呟いた。

 

「…………え、っと、その、」

 

しまった。

それだけの時間、私は考え込んでいたのだ。

幸子ちゃんが私の沈黙を見て、それを肯定と受け取る程度には。

ずっと、黙り込んで考えていた。

 

「いいんです。」

 

何か言おうと焦る私の口を、幸子ちゃんは優しく指で塞ぐ。

今日2度目のその行動は、初めて確かな感触を伴った。

 

『……やけに、落ち着いてる。』

 

それこそ、違和感を覚えるくらいに。

自分がこれまで接していた自分の母親が幻覚だったと知って。

本物は既に死んでいると知って。

もう二度と会えないと知って。

14歳の少女が取るにしては、この反応は。

 

『大人びてる、ってレベルじゃない。』

 

母親の死という事実と向き合うことが、彼女にとって苦ではなかった?

そんなはずはない。それならば彼女は最初から事故現場を避けなどしない。

ひどく苦痛だったはずだ。目を逸らし続けてしまう程度には。

 

『にも関わらず、彼女は少しショックを受けた程度で収まっている。』

 

まだ彼女は、受けて然るべき苦痛を感じていない。

 

『母親の真実と向き合うことによって引き起こされる苦痛。

それを感じていないということは。』

 

母親について気付くこと、それそのものが苦痛の誘因ではなかった。

 

『母親の死亡と向き合うことが、何かに繋がる。

そしてその何かこそが、苦痛の誘因。』

 

彼女は未だ、その「何か」に至っていない。

 

『だから彼女はまだ冷静でいられる。』

 

薄々感づいていた悪い予感が正しかったというだけで済んでいる。

 

『では、その「何か」とは何だ。』

 

母親の死を、家族の死を認識することによって、彼女に起こる変化は何だ。

 

『彼女の母親は言っていた。』

 

彼女は父親と会えたようだと。

 

『最期に言葉を交わすことができたと。』

 

そうだ。ならば何故。

 

『何故彼女の父親は成仏できなかった。』

 

何故彼女の父親は彼女に憑いている。

 

『言葉を交わせたのならば。』

 

自らの過ちを正せたのならば。

 

『彼女をあの形容詞以外の言葉で褒めることができたのならば。』

 

彼に未練など無いはずだ。

 

『彼女に憑く理由が無いはずだ。』

 

幽霊は未練と関係のあるものに憑くのだから。

 

『しかし実際はどうだ。』

 

確かに視える。依然として彼は彼女に憑いている。

 

『彼には未練がある。』

 

彼女にしてあげられなかったことがある。

 

『あり得るとするならば。』

 

彼の望みと彼女の現実に、致命的な食い違いがあるとするならば。

 

『確かにある。1つだけ。』

 

明らかに存在する。彼女の言動に。

 

『彼女が望む言葉は、ただ1つの形容詞。』

 

彼が問題視していたのは、彼女の求める形容詞。

 

『その問題は未だ解決していない。』

 

彼はその問題を解決できなかった。

 

『言葉を交わすことができたのに。』

 

その機会には恵まれたのに。

 

『最期にチャンスがあったのに。』

 

彼はそこで失敗した。

 

『彼女の固執を正すことができなかった。』

 

それこそが彼の未練。

 

『それこそが彼女の抱える問題。』

 

それこそが彼女が目を逸らしてきた事実。

 

『彼女は。』

 

輿水幸子は。

 

『両親の死を認識しないことで逃げていた。』

 

彼の死に際の言葉から逃げていた。

 

『それが「何か」の正体だ。』

 

それが問題の根本だ。

 

『彼に自分の望む形容詞以外の言葉で褒められたことが。』

 

彼女が認めたがらないものの正体だ。

 

 

 

 

 

「『輿水幸子は、自らの価値を否定された過去から逃げていた。』」

 

 

 

 

 

その言葉は、自分の口から、ほんの少し。

誰にも聞こえないほど小さく発せられたものだ、と。

この事実に気付くまで、少しの時間を要した。

 

「──っ、」

 

また私は、ここではないどこかを見ていた。

目を上下左右に走らせると、まだ幸子ちゃんは私の口に指を当てたまま。

私が我を忘れてから、そう時間が経っていない。

 

今のは、何?

あの子と私が1つの脳を共有して思考したような感覚。

1人の人間の考えを、2人で分割して理解したような感覚。

それでも辿り着いた結論は、どうしようもなく納得がいくもので。

 

「…………ねえ、幸子ちゃん。」

 

私は否定に失敗した。

幸子ちゃんの言葉を笑うことができなかった。

幸子ちゃんは知ってしまった。

自分を襲おうとしたものの正体を知ってしまった。

 

そんな彼女が、これからどうするか。

そんな彼女が、これからどうなるか。

それが、悲しいくらいに分かってしまって。

だから私は、せめてと言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

「幸子ちゃんは、可愛いからね。」

 

 

 

 

 

〔Mission List〕

 

・幸子の父親の未練を晴らしてください

・白坂小梅を救ってください

・輿水幸子を救ってください

・2人の過去を探ってください

・2人に過去を想起させないでください

・悪霊を除霊してください

 

【caution】白坂小梅乗「?′豌嶺サ倥気付九a縺ヲています

【caution】輿水幸子が気付き始めています

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。