輿水幸子の同一性   作:maron5650

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22.復元

「……駄目じゃないですか。」

 

目の前に居るのは、確かに芳乃さんのはずだった。

それ以外の人物であるはずがなかった。

だって彼女の外見は、どうしようもなく依田芳乃だったから。

 

「その人、ボクの友達なんですよ?」

 

でも。

目が。表情が。佇まいが。微かな動作が。

外見以外の全ての要素が。

 

「傷つけたりしちゃ、駄目です。」

 

ああ。

この人は、間違いなく。

ボクの、ママなんだ。

 

「……うん。」

 

やっと会えた。

やっと話せた。

随分と待たせてしまった。

墓参りすら、せずに居たから。

 

「ごめんね。……こうしなきゃ、いけなかったから。」

 

ママは申し訳なさそうに頬の傷を撫でる。

 

「ちゃんと、謝ってくださいよ?」

 

何故だろう。

ずっと、独りで話していたからだろうか。

久しぶりなはずなのに、言葉は自然と出てきてくれた。

 

「私はもう、生きていないから。

……幸子ちゃんが、伝えてくれる?」

 

自分で伝えてください。ボクの身体を貸してあげますから。

……なんて言っても、きっとママは、また寂しそうに笑って首を振るんだろう。

 

「……しょうがないですね、伝えておいてあげますよ! ボクはカワイイですからね!」

 

それはかつて交わしたものと、同じ言葉のはずだった。

あの頃と同じように、ボクは話したのだから。

あの頃と同じように、ママは笑ってくれるんだと思った。

 

「……そうね。」

 

そう、思っていた。

 

 

 

 

 

「幸子ちゃんは、■■■ものね。」

 

 

 

 

 

思って、いたのに。

 

「…………え?」

 

あの頃と違う見た目のママは。

あの頃と同じ笑顔を浮かべて。

あの頃と同じ色の声で。

全く聞き慣れない何かを、発した。

 

「幸子ちゃんは■■■わ。それに■■し、いつも■■■■■。」

 

何も言っていないわけではない。

見知らぬ言語なわけでもない。

なのに。脳が音を処理してくれない。

音を音としか認識できない。

言語であるはずの音を、言語に変換することができない。

 

「……何、言ってるんですか…………?」

 

そんな、わけの分からない言葉を。

平然と語り続ける、目の前の人物は。

 

「だからね、幸子ちゃん。」

 

 

 

 

 

「■■、■■■■■■■■■■■■■■。」

 

 

 

 

 

目の前にあるモノは、何だ。

 

「…………ぁ、」

 

違う。

これは私の知るママじゃない。

違う。

これは私の知る言葉じゃない。

違う。

一度たりともこれを聞いたことなんてない。

 

いや、違う。

 

どこかでこれを聞いたことがある。

これとよく似た音を聞いたことがある。

これとよく似たモノが発していた記憶がある。

ところどころが擦り切れた、不完全な映像が。

記憶の中に、刻まれている。

 

『──幸■ちゃ■。』

 

ひどく、寒くて暗い夜だった。

 

『■に、謝らな■■いけな■こと■あ■んだ。』

 

何かが無性に悲しくて、白い部屋で泣いていた。

 

『僕達■、■っと間違■た褒め方■して■■。』

 

聞かなければならない音だった。

 

『■子ちゃ■■、可■い、と。た■■れ■けを。』

 

取り零してはいけないものだった。

 

『そ■は■違いだ。■の取り柄■、■れだ■■■な■。』

 

深くその身に刻まなければならないはずのものだった。

 

 

 

 

 

『■■、■■■■■■■■■■■■■■。』

 

 

 

 

 

 

大切な家族の、最期の言葉だったのだから。

 

 

 

 

 

 

「…………っ、」

 

幸子ちゃんを避難させていた場所。

2人の居る地点から、少しだけ離れた場所から。

眼前の光景を見て、私は強く歯を噛み締めた。

芳乃さんの目論見は失敗に終わった。

幸子ちゃんをこの場に連れ戻して尚、悪霊の注意を逸らすことは叶わず。

結果、悪霊に対する唯一の攻撃手段を持つ芳乃さんの身体を、人質に取られることとなった。

 

どうする。

芳乃さんの中に入ってしまった以上、こちらから悪霊に何かをすることはできない。

私は芳乃さんのような特技を何も持っていないし、あの子だって物理的に干渉できるだけ。

 

どうする。

あの言葉を聞いてから、明らかに幸子ちゃんの様子が変だ。

額に滲んでいる汗は、きっと暑さから来たものじゃない。

目は大きく見開かれ、まるで信じられないものを見たかのよう。

……幽霊が見えると私が告白した時ですら、あんな顔はしなかったのに。

 

どうする。

きっと、あの言葉が引き金だ。

幸子ちゃんが幻覚を見るようになったのも、そして今も。

あの言葉が発端だったんだ。

このままでは、再び繰り返す。

彼女の父親と交わされただろうやりとりを、母親にも再現してしまう。

 

どうする。

こんなことになるのなら、まだ。

最初からあの子を経由して、2人で話をさせた方が良かったのかもしれない。

話さえさせていればあんなに落ち着いてくれるのなら、まだその方が──

 

 

 

──あれ?

 

そもそも、どうしてこうなったんだろう。

 

あれ?

 

私が、逃げてと言ったから、だっけ。

 

あれ?

 

どうして逃げてと言ったんだろう。

 

あれ?

 

襲われてしまうと思ったからだっけ。

 

あれ?

 

どうして、襲われてしまうと思ったんだろう。

 

あれ?

 

前にも同じようなことがあったからだっけ。

 

あれ?

 

その時は、誰が誰に襲われたんだろう。

 

あれ?

 

 

 

 

 

「……私が、あの子、に?」

 

 

 

 

 

【error】依田芳乃からの応答がありません

【caution】??ス????ー??「????ー??サ?????ァ??????ヲ????セ??

【caution】輿水幸????気付??始めていま??

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