「……駄目じゃないですか。」
目の前に居るのは、確かに芳乃さんのはずだった。
それ以外の人物であるはずがなかった。
だって彼女の外見は、どうしようもなく依田芳乃だったから。
「その人、ボクの友達なんですよ?」
でも。
目が。表情が。佇まいが。微かな動作が。
外見以外の全ての要素が。
「傷つけたりしちゃ、駄目です。」
ああ。
この人は、間違いなく。
ボクの、ママなんだ。
「……うん。」
やっと会えた。
やっと話せた。
随分と待たせてしまった。
墓参りすら、せずに居たから。
「ごめんね。……こうしなきゃ、いけなかったから。」
ママは申し訳なさそうに頬の傷を撫でる。
「ちゃんと、謝ってくださいよ?」
何故だろう。
ずっと、独りで話していたからだろうか。
久しぶりなはずなのに、言葉は自然と出てきてくれた。
「私はもう、生きていないから。
……幸子ちゃんが、伝えてくれる?」
自分で伝えてください。ボクの身体を貸してあげますから。
……なんて言っても、きっとママは、また寂しそうに笑って首を振るんだろう。
「……しょうがないですね、伝えておいてあげますよ! ボクはカワイイですからね!」
それはかつて交わしたものと、同じ言葉のはずだった。
あの頃と同じように、ボクは話したのだから。
あの頃と同じように、ママは笑ってくれるんだと思った。
「……そうね。」
そう、思っていた。
「幸子ちゃんは、■■■ものね。」
思って、いたのに。
「…………え?」
あの頃と違う見た目のママは。
あの頃と同じ笑顔を浮かべて。
あの頃と同じ色の声で。
全く聞き慣れない何かを、発した。
「幸子ちゃんは■■■わ。それに■■し、いつも■■■■■。」
何も言っていないわけではない。
見知らぬ言語なわけでもない。
なのに。脳が音を処理してくれない。
音を音としか認識できない。
言語であるはずの音を、言語に変換することができない。
「……何、言ってるんですか…………?」
そんな、わけの分からない言葉を。
平然と語り続ける、目の前の人物は。
「だからね、幸子ちゃん。」
「■■、■■■■■■■■■■■■■■。」
目の前にあるモノは、何だ。
「…………ぁ、」
違う。
これは私の知るママじゃない。
違う。
これは私の知る言葉じゃない。
違う。
一度たりともこれを聞いたことなんてない。
いや、違う。
どこかでこれを聞いたことがある。
これとよく似た音を聞いたことがある。
これとよく似たモノが発していた記憶がある。
ところどころが擦り切れた、不完全な映像が。
記憶の中に、刻まれている。
『──幸■ちゃ■。』
ひどく、寒くて暗い夜だった。
『■に、謝らな■■いけな■こと■あ■んだ。』
何かが無性に悲しくて、白い部屋で泣いていた。
『僕達■、■っと間違■た褒め方■して■■。』
聞かなければならない音だった。
『■子ちゃ■■、可■い、と。た■■れ■けを。』
取り零してはいけないものだった。
『そ■は■違いだ。■の取り柄■、■れだ■■■な■。』
深くその身に刻まなければならないはずのものだった。
『■■、■■■■■■■■■■■■■■。』
大切な家族の、最期の言葉だったのだから。
「…………っ、」
幸子ちゃんを避難させていた場所。
2人の居る地点から、少しだけ離れた場所から。
眼前の光景を見て、私は強く歯を噛み締めた。
芳乃さんの目論見は失敗に終わった。
幸子ちゃんをこの場に連れ戻して尚、悪霊の注意を逸らすことは叶わず。
結果、悪霊に対する唯一の攻撃手段を持つ芳乃さんの身体を、人質に取られることとなった。
どうする。
芳乃さんの中に入ってしまった以上、こちらから悪霊に何かをすることはできない。
私は芳乃さんのような特技を何も持っていないし、あの子だって物理的に干渉できるだけ。
どうする。
あの言葉を聞いてから、明らかに幸子ちゃんの様子が変だ。
額に滲んでいる汗は、きっと暑さから来たものじゃない。
目は大きく見開かれ、まるで信じられないものを見たかのよう。
……幽霊が見えると私が告白した時ですら、あんな顔はしなかったのに。
どうする。
きっと、あの言葉が引き金だ。
幸子ちゃんが幻覚を見るようになったのも、そして今も。
あの言葉が発端だったんだ。
このままでは、再び繰り返す。
彼女の父親と交わされただろうやりとりを、母親にも再現してしまう。
どうする。
こんなことになるのなら、まだ。
最初からあの子を経由して、2人で話をさせた方が良かったのかもしれない。
話さえさせていればあんなに落ち着いてくれるのなら、まだその方が──
──あれ?
そもそも、どうしてこうなったんだろう。
あれ?
私が、逃げてと言ったから、だっけ。
あれ?
どうして逃げてと言ったんだろう。
あれ?
襲われてしまうと思ったからだっけ。
あれ?
どうして、襲われてしまうと思ったんだろう。
あれ?
前にも同じようなことがあったからだっけ。
あれ?
その時は、誰が誰に襲われたんだろう。
あれ?
「……私が、あの子、に?」
【error】依田芳乃からの応答がありません
【caution】??ス????ー??「????ー??サ?????ァ??????ヲ????セ??
【caution】輿水幸????気付??始めていま??