輿水幸子の同一性   作:maron5650

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23.ここに居る価値が無いのです

「……ボクはね。」

 

きっと前にも、同じことを思ったんだろう。

届いた言葉が信じられなくて。

それが真実だと認めたくなくて。

だからその事実を、真実ではないように仕立て上げたんだろう。

 

「……ただ……。」

 

粗いヤスリを手に取って。

記憶した映像を。音声を。自らの眼球を。

乱雑に削り取ったんだろう。

丸いガラスの球体を、歪な磨りガラスに変えてまで。

湧き上がる悲鳴と痛みすら無視して、視界をぼやけさせたんだろう。

そうして、目を逸らせるようにし続けていたんだろう。

 

「……ただ、ほめてほしかっただけで。」

 

でも。もう、それはできなくなった。

粗く削ったボクの目は、時間に研磨されていた。

次第にはっきりと物が見えるようになっていた。

よく見えないモノの正体を、推測で決めつけることは。

パパとママは、未だ生きていると思い込み続けることは。

もう、できなくなっていた。

 

「ただ、愛してほしかっただけなんですよ。」

 

ああ。認めなければ。

ボクは最期に愛されなかった。

望む言葉をかけてもらえなかった。

ボクという存在を否定された。

その事実を、認めなければ。

 

「それだけなのに。」

 

ボクがカワイイと、パパは喜んでくれた。

ボクがカワイイと、ママは笑ってくれた。

だからボクは、カワイイであり続けようとした。

ボクにはそれしかなかったから。

ボクの取り柄は、それしかなかったから。

 

「ただ、それだけだったのに。」

 

それが唯一の、愛される手段だったから。

 

「……ボクを。」

 

ボクはカワイイ。そうでなければならない。

そうでなければ、パパを笑わせてあげられない。

そうでなければ、ママを喜ばせてあげられない。

そうでなければ、ボクが生きている意味がない。

 

「もっともっと、かわいがってください。」

 

でも、それはもうできない。

カワイくないボクは、かわいがってもらえない。

 

「……もっと、愛して。」

 

愛してなんてもらえない。

 

「パパもママも。トモダチも。ファンも。プロデューサーさんも。」

 

誰からも、愛してなんてもらえない。

 

「……みんな。」

 

足元から目を移す。

誰かに縋り付くように。

何かに助けを求めるように。

 

「…………ぇ、っ……?」

 

 

 

 

 

誰も、いない。

 

 

 

 

 

「ママ? ……小梅さん!?」

 

前を向く。誰もいない。

横を見渡す。誰もいない。

後ろを振り向く。誰もいない。

誰も。誰も……だれも。

 

「芳乃さ……っ、」

 

ボクがカワイくなくなったからだ。

ボクの取り柄がなくなったからだ。

ボクの必要性がなくなったからだ。

ボクが要らない子になったからだ。

 

「……ぁあ、っ……、……ぁ、」

 

だれも。だれも。だれも。だれも。だれも。

かわいがってくれない。愛してくれない。

側にいてくれない。暖めてくれない。

 

「ぁ……、れか、……だれか。」

 

だれか。だれか。だれか。だれか。だれか。

ボクをかわいがって。ボクを愛して。

ボクをひとりにしないで。

 

「だれかぁ……っ、」

 

纏わりつく梅雨の湿度も。目から落ちる涙さえ。

ボクの身体に触れる全てが、どうしようもなく冷たくて。

自分を抱きしめる両手が、寒さに震えるのを止められない。

 

「……たすけて……たすけてよ……!」

 

 

 

 

 

「承りましてー。そなたを助けましょー。」

 

 

 

 

 

……あたたかい。

 

「……芳乃、さん?」

 

芳乃さんだった。

芳乃さんが、ボクを抱き締めていた。

こちらを見て、いつものように微笑んでいた。

カワイくないボクでも、微笑んでくれていた。

 

「はいー。わたくし依田は芳乃でしてー。」

 

凍えそうな身体を、思い切り押し付けても。

回した両腕を、どれだけ強く引き寄せても。

芳乃さんはずっと、微笑んでいてくれた。

 

「ごめ、……さ、ボク……、」

 

芳乃さんの手が、そっとボクの頭を撫でる。

優しく触れられる度に、その熱が伝わってきて。

手の震えが、少しずつ収まっていくのを感じた。

 

「よいのですー。」

 

ボクの言葉を遮るように、芳乃さんは、ほんの少し。

ほんの少しだけ強く、ボクの頭を後ろから押した。

抵抗するはずもなく、ボクは芳乃さんに吸い込まれる。

 

「……よいのですよー。」

 

乱れた息が。震える両手が。責め立てる焦燥が。

ボクを掻き回していた全てが。

芳乃さんの言葉によって、静かになっていく。

 

「そなたが落ち着かれるまでー。このままでよいのですー。」

 

暖かさと、彼女の鼓動に包まれて。

ボクはしばらくの間、考えるのをやめることにした。

 

 

 

 

 

時間は、少し遡る。

芳乃が幸子の元へ辿り着く、その少し前。

「あの子」は現実を目の当たりにして、取れる行動を必死に模索した。

 

協力関係にある芳乃は身体を乗っ取られた。

それによって悪霊と幸子の会話が可能となり、幸子は明らかに狼狽えている。

2人の会話は、「あの子」と小梅が立っている場所からも容易に聞き取れた。

……あの言葉が引き金だったのだ。

 

どうする。

あまりに突然だ。あまりに不意打ちだ。あまりに準備ができていない。

どうする。

このままでは幸子は、きっとどうにかなってしまう。

どうする。

……無理矢理にでも、意識を奪ってしまうか。あの時のように。

 

「あの子」は幸子の元へ移動し、その体内に入り込もうとする。

幽霊が生者の身体を乗っ取る動作を。

しかし。

 

ばちん。

 

『……な、っ!?』

 

あの時と同じようにはいかなかった。

弾かれたのだ。幸子の、明確な意志によって。

 

幽霊が生者の身体を乗っ取る際の条件。

生者が気絶しているか、乗っ取られることを承諾しているか。

とにかく、拒絶されない状態にあること。

 

どうして。

あの時は拒絶なんてしなかった。

まさか、再び否定しようとしているのか。

長い時間をかけて、少しずつ認めようとしたそれを。

両親の死を。

また、振り出しに戻そうとしているのか。

 

いや、違う。

それをするには、幸子は情報を受け取り過ぎた。

自宅での芳乃の反応。今まで訪れなかった交差点。

そして何より、幸子自身が認めてしまった。

目の前に居る人物は、幸子の母親なのだと。

かつて行ったような、両親の死を、その幽霊の存在を否定できるような状況じゃない。

 

ただ、受け入れきれていないんだ。

理性で認めてしまったそれを、感情が否定している。

否定しようとしているんじゃない。否定したがっているだけなんだ。

どう足掻いてもできるはずのないそれを、反射的に求めているだけ。

 

幸子にこれ以上何も考えさせない為には。

幸子をこれ以上壊さない為には。

幸子に何らかの刺激を外部から与えなくては。

そうだ。小梅に──

 

 

 

 

 

「──私が、あの子、に?」

 

 

 

 

 

『……嘘、でしょ?』

 

幸子だけでも手に余るのに。

小梅も、何かを思い出そうとしていた。

思い出してはいけない何かを。

そういう表情だった。

何年も一番近くで見てきたんだ。今更間違えようがない。

小梅は、何かに気付きかけている。

 

では、一体何を。

今の光景から何が思い起こされる。

「小梅があたしに」の次に続くものは。

 

『……駄目だ! 小梅!』

 

あれしか、ないじゃないか。

 

反射的に振り向き、小梅の身体に滑り込もうとする。

それは駄目だ。それだけは嫌だ。

思い出してほしくない。無かったことにしていたい。

小梅を壊したくない。

小梅に、嫌われたくない。

 

ばちん。

 

『……っ、あ……!』

 

弾かれた。

拒絶された。

小梅が、幽霊を拒絶した。

あたしを、拒絶した。

 

このままでは小梅が壊れる。

また、壊れてしまう。

どうすればいい。どうすれば。

芳乃は乗っ取られた。幸子は小梅と似たような状況だ。

あたしは誰の身体も乗っ取れない。

この状況で、どうすれば小梅を助けられる。

 

……範囲外。

そうだ、範囲外に。

芳乃を乗っ取った状態だとしても、悪霊の行動範囲外に芳乃の身体を運べば。

芳乃から悪霊を引き剥がせるのではないか。

 

「あの子」は極めて根拠の無いあやふやな推論に縋り付く。

芳乃の身体を抱きかかえ、全力でその場を離れる。

そうして、先程幸子を避難させた辺りまで。

小梅が立ちすくんだままでいる場所まで飛ぶと。

がくん、と、芳乃から力が抜ける。

塀に寄りかからせるように、芳乃をそっと降ろした。

 

「…………、っ、……?」

 

程なくして、芳乃が目を覚ます。

縋り付いたものが正しかったことに心底安堵しつつ、「あの子」は芳乃の携帯を操作する。

 

『のっとられてた 範囲外 ひきはがした

こうめもさちこも思い出しかけてる

どっちのからだものっとれない』

 

「…………ほー。」

 

芳乃は画面を見つめ、口元に手を当てる。

意識を取り戻したばかりだというのに、彼女は不思議なほど冷静だった。

考えを纏めたらしい芳乃が手を降ろし、小梅を見つめ始める。

小梅の気を、読んでいるのだろうか。

 

「……わたくしの声などー、とうに届かぬ場所に居られるようでしてー。」

 

乱雑にボタンを押す。

 

『ならどうすれば』

 

「親しい間柄である幸子殿ならばー。まだ届くかも知れませぬー。」

 

『さちこもそれどころじゃない』

 

「……存じておりますー。故にー。

どちらか一方、先に助けられた方に御助力を願うしかないでしょうー。」

 

幸子と小梅、どちらも等しく危機的状況にある。

そしてどちらも、誰かの助けを求めている。

その誰かに、最も相応しいのは。

親友同士であるお互いだ。

幸子は小梅を、小梅は幸子を。

互いに助けるのが、最善の手。

 

だが、それはほぼ不可能。

よって、どちらか一方。

先に助けられた方が、もう一方を助ける。

 

「わたくしは幸子殿の元へ参りますー。

そなたは、小梅殿をー。」

 

そう残して、芳乃は幸子へと走り出す。

置いて行かれた「あの子」は、頭を抱えたくなった。

自分だけで助けられるのなら最初から助けている。

そもそも小梅は自分を認識してすらいないんだぞ。

 

自分にできるのは、良くて時間稼ぎが関の山。

芳乃が幸子を何とかすると信じ、それまで小梅を持ちこたえさせる。

「あの子」に残された手段は、それくらいしかなかった。

 

小梅を見る。

芳乃が言った通り、こちらの声など届かない場所に居るかのようだった。

小梅の目は、どこか別の遠い場所を見ていた。

それはきっと、あの日のことを。

あたしが死んだ日のことを、見ているんだろう。

「あの子」はせめてと、小梅の手を優しく握った。

 

 

 

 

 

「あの子」は、自らの死を回顧する。

 

 

 

 

 

〔Mission List〕

 

・幸子の父親の未練を晴らしてください

・白坂小梅を救ってください

・輿水幸子を救ってください

・2人の過去を探ってください

・2人に過去を想起させないでください

・悪霊を除霊してください

 

【caution】輿水幸子が気付きました

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