輿水幸子の同一性   作:maron5650

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2.そんなあなたにお似合いの

試着室のカーテンが勢い良く開かれる。

 

「フフーン! どうですか2人とも!」

 

値札の付いた服を身に纏い。

ファッション誌に載っているようなポーズをバッチリと決めた幸子が、お決まりの台詞を叫んだ。

 

「「おおー……。」」

 

何故か正座している芳乃と小梅が、感嘆の声を漏らしながら拍手を贈る。

 

「そうでしょうそうでしょう! ボクはカワイイですからね!」

 

その様子を見て、幸子は満足げに頷いた。

再びカーテンを閉め、もう一度開くと。

幸子は先程まで着ていた服を両手に抱えて、レジへと小走りで向かう。

どうやら購入を決意したようだ。

 

 

 

普段行っている場所。

幸子がそう尋ねられ、一考し、導き出した答えの1つがここ。

ショッピングモールでのウィンドウショッピングだった。

幸子が目についた店に入り、一通りエンジョイし、気に入った物を買う。

このルーチンを、3人は既に4周ほど繰り返していた。

 

「……本当にこんな感じでいいんですか?」

 

会計を済まし、芳乃と合流した幸子が、少し不安げに尋ねる。

現状、自分がやっていることは、普段の休日の過ごし方に2人を付き合わせているだけだった。

 

「はいー。そなたの行動範囲の何処かにー、未練に繋がるものがありますゆえー。」

 

幸子の戦利品である大小様々な紙袋を抱えた芳乃が、にっこりと笑った。

 

「すいません、持たせてしまって。」

 

「お気になさらずー。」

 

幸子は試着中芳乃に預けていたそれらを受け取る。

次の瞬間、これ以上買うと1人で持ち帰れなくなることを悟り。

もう今日は財布を開くのは止めようと、大量の荷物で前が見辛くなった幸子は静かに決意した。

落とさないようにしっかりと両手で持ち直し。

これからどうするか考えながら、会計中の暇潰しをしているのだろう、芳乃の側に居ない小梅の姿を目で探す。

 

「…………。」

 

すると小梅は、壁に掛けられた一着の服を。

黒を基調とした上品な色合い。

梅雨の季節にマッチした、適度に短い袖。

フリルが所々に、しかし過剰にならないよう控えめにあしらわれた。

可愛らしくも落ち着いた印象を受ける服。

それを食い入るように、じっと見つめていた。

 

「……小梅さん?」

 

幸子は小梅の背後に立ち、声をかける。

すると小梅は、彼女らしからぬ反応を見せた。

びくりと肩を震わせ、反射的にこちらに振り返る。

その一連の動作は、まるで驚いているようで。

普段は驚かす側である彼女の、こんな反応は。

幸子はこれまで見たことがなく、完全に予想外のものだった。

 

「……え、っと……あの……、」

 

あたふたと忙しなく動く小梅。

何故こんなにも慌てているのか、幸子はすぐには分からなかった。

あんなに目を輝かせながら見ていたのだ、きっとあの服が気になっているのだろう。

しかし、ならば試着してみればいい。

日常生活で着る気にはなれない、財布が寂しい等の理由で買う気が無かったとしても。

だからといって、ただ鑑賞することが咎められる行為であるはずがない。

少なくとも、このように慌てふためく必要は無いはずだ。

自らの行為を、取り繕うような行動は。しなくてもいいはずなのだ。

 

「……恥ずかしがることはないです! きっと似合うと思いますよ?」

 

しばし考えた結果。

幸子は小梅の行動の理由を、恥ずかしいからと解釈した。

こういった服に憧れはあるけれども、それを知られることに抵抗がある。

だからあのような反応を見せたのだと。

そして幸子からしたら、その悩みは杞憂だった。

この服は、きっと小梅に似合う。

幸子は心からそう感じ、故にこの言葉をかけた。

 

「ううん……いいの……。」

 

しかし小梅は首を横に振り、その場から離れてしまう。

着てみてもらいたい気持ちはあったが、流石に強要することはできず。

幸子も小梅の後に続き、店を出ることにした。

 

 

 

 

 

空は紅く染まり始め、ちらほらと帰り始める者が出てきている。

建物に設置された大型の時計の短針は4を示していた。

 

「さて、ボクはオフの時、大体こうしているんですが……。」

 

何か気付くところはあったかと、幸子は2人に問いかける。

バスの時と同じように、2人は同じ速さ、同じ角度で首を横に振った。

 

「そうですか……。」

 

まあ、こんなに楽に分かるはずもない。

真っ先に思いついた場所が場所だったこともあり、幸子は今日の収穫について、過度な期待はしていなかった。

両手にいっぱいの新しい洋服だけで十二分だろう。2人の意見のお陰で、いい買い物をした。

 

「幸子殿はー、このままお帰りになられるのでー?」

 

「いえ、事務所に寄って予定を確認してからですね。」

 

オフの日の終わりには、必ず事務所に寄ってから帰宅するようにしている。

幸子のアイドルに対する真摯な気持ちと、持ち前の几帳面さ故の習慣だった。

 

「ではー、参りましょうー。」

 

芳乃は柔らかい笑みを浮かべ、当然のように幸子の荷物をいくつか持つ。

それを見て、小梅も同じように紙袋を両手で抱えた。

 

「あの、皆さん……、」

 

申し訳ないからと、一度は辞退しようとして。

しかし、それは2人の優しさに対する、これ以上無い非礼だと気付く。

開きかけた口を閉じ、ぶんぶんと首を振り、笑顔と共に再び開く。

彼女達の行為に報いるための、幸子が取るべき態度。贈るべき言葉は。

 

 

 

 

 

「……カワイイですね!」

 

 

 

 

 

賛辞。

この言葉こそが、幸子にとっての、最上級の賛辞。

これ以外のどの言葉も、この一言には及ばない。

 

当然、そのことを理解する人間は、幸子をよく知る、ごく一部のみ。

自身の感情が正確に伝わることを第一に考えるならば、他の単語を用いるべきだ。

 

そんなことは、幸子自身よく理解している。

しかし、その上で幸子は常にこれを選ぶ。

何故ならこの言葉でなければ、口にする際、幸子の感情が適切に乗らないからだ。

この言葉でなければ、上辺のみを取り繕った形式的儀礼に成り下がってしまうからだ。

この言葉でなければ、精一杯に心を込めることができないからだ。

 

そのことを、小梅は経験から。芳乃は気を読むことで正確に理解し。

だからこそ、最大級の笑顔を以ってそれに応えた。

 

 

 

 

 

事務所への道中。

小梅の即席怪談に大いにビビる幸子を眺めながら。

芳乃は先程の2人の会話について考えていた。

小梅が服を眺め、幸子が声をかけた時。

芳乃は小梅の不可解な行動を見て、反射的に彼女の気を読んだ。

 

明らかに恐怖していた。

 

あれは恥ずかしさを隠そうとする行為ではない。

ただ恐れ、戸惑っていただけだ。

しかし、一体何を。

あの一連の動作の中に、恐怖を誘発する要素は見当たらなかった。

幸子が小梅に声をかけた。それだけだ。

驚かそうとも、怖がらせようともしていない。

ただ、様子を伺おうとしただけだ。

 

「……声がした方を、見ると……女の人の幽霊が……」

 

少し前を歩く小梅の姿を見る。

自分の怪談を聞いて青ざめている幸子を見て、嬉しそうに微笑んでいる。

やはり彼女は怖がらせる側、驚かせる側の人間だ。

怖がる、驚かされるといった行動は、どうしようもなく彼女に似合わない。

常日頃からホラーやスプラッタを鑑賞しているのだ、そういったものに耐性だってあるだろう。

それを観て怖がることはあるだろうが、それはあくまで娯楽の範疇だ。

白坂小梅という人物像と、恐怖という感情は。

何度考えても、結びつくはずのないものだった。

 

「……後になって、知ったんだけどね……その交差点では、昔……」

 

だからこそ、問いの答えが出ない。

何故彼女は恐怖した。

彼女から恐怖という感情を引きずり出すだけの何か。

それがあの場面の、一体何処にあったというのだ。

日常としか形容しようのないあの場面の、何処に。

 

「……はい! 着きました! 着きましたからお話は止めましょう! はい!」

 

幸子の涙ぐんだ声に、芳乃は我に返る。

見ると、幸子は目の前のビルを指差し。

まだ語り足りなさそうな小梅に、必死に懇願していた。

 

「小梅殿ー、続きは事務所の中でなされてはー。」

 

芳乃は幸子に助け舟を出すことなく、むしろ小梅の側に着く。

幸子のような反応をする者が身近に居なかった芳乃にとって、彼女のリアクションは新鮮で飽きなかった。

 

 

 

 

 

information : データが更新されました

 

 

[Tips] 輿水幸子

 

只の一般人。特別な能力などは特に無い。

世界で一番カワイイ、このボクの存在自体が、もはやスペシャル。

ナンバーワンでありオンリーワン、それがボクなんです。

 

【error】データの一部が破損しています

 

 

[Mission] 白坂小梅の動向を観察してください

 

小梅は店に展示されていた服を鑑賞中、幸子に声をかけられた。

その際、彼女は恐怖の感情を抱いていた。……一体、何故?

その理由が判明するまでは、一応小梅にも気を配っておこう。

 

 

〔Mission List〕

 

・幽霊の未練を晴らしてください

・白坂小梅の動向を観察してください

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