試着室のカーテンが勢い良く開かれる。
「フフーン! どうですか2人とも!」
値札の付いた服を身に纏い。
ファッション誌に載っているようなポーズをバッチリと決めた幸子が、お決まりの台詞を叫んだ。
「「おおー……。」」
何故か正座している芳乃と小梅が、感嘆の声を漏らしながら拍手を贈る。
「そうでしょうそうでしょう! ボクはカワイイですからね!」
その様子を見て、幸子は満足げに頷いた。
再びカーテンを閉め、もう一度開くと。
幸子は先程まで着ていた服を両手に抱えて、レジへと小走りで向かう。
どうやら購入を決意したようだ。
普段行っている場所。
幸子がそう尋ねられ、一考し、導き出した答えの1つがここ。
ショッピングモールでのウィンドウショッピングだった。
幸子が目についた店に入り、一通りエンジョイし、気に入った物を買う。
このルーチンを、3人は既に4周ほど繰り返していた。
「……本当にこんな感じでいいんですか?」
会計を済まし、芳乃と合流した幸子が、少し不安げに尋ねる。
現状、自分がやっていることは、普段の休日の過ごし方に2人を付き合わせているだけだった。
「はいー。そなたの行動範囲の何処かにー、未練に繋がるものがありますゆえー。」
幸子の戦利品である大小様々な紙袋を抱えた芳乃が、にっこりと笑った。
「すいません、持たせてしまって。」
「お気になさらずー。」
幸子は試着中芳乃に預けていたそれらを受け取る。
次の瞬間、これ以上買うと1人で持ち帰れなくなることを悟り。
もう今日は財布を開くのは止めようと、大量の荷物で前が見辛くなった幸子は静かに決意した。
落とさないようにしっかりと両手で持ち直し。
これからどうするか考えながら、会計中の暇潰しをしているのだろう、芳乃の側に居ない小梅の姿を目で探す。
「…………。」
すると小梅は、壁に掛けられた一着の服を。
黒を基調とした上品な色合い。
梅雨の季節にマッチした、適度に短い袖。
フリルが所々に、しかし過剰にならないよう控えめにあしらわれた。
可愛らしくも落ち着いた印象を受ける服。
それを食い入るように、じっと見つめていた。
「……小梅さん?」
幸子は小梅の背後に立ち、声をかける。
すると小梅は、彼女らしからぬ反応を見せた。
びくりと肩を震わせ、反射的にこちらに振り返る。
その一連の動作は、まるで驚いているようで。
普段は驚かす側である彼女の、こんな反応は。
幸子はこれまで見たことがなく、完全に予想外のものだった。
「……え、っと……あの……、」
あたふたと忙しなく動く小梅。
何故こんなにも慌てているのか、幸子はすぐには分からなかった。
あんなに目を輝かせながら見ていたのだ、きっとあの服が気になっているのだろう。
しかし、ならば試着してみればいい。
日常生活で着る気にはなれない、財布が寂しい等の理由で買う気が無かったとしても。
だからといって、ただ鑑賞することが咎められる行為であるはずがない。
少なくとも、このように慌てふためく必要は無いはずだ。
自らの行為を、取り繕うような行動は。しなくてもいいはずなのだ。
「……恥ずかしがることはないです! きっと似合うと思いますよ?」
しばし考えた結果。
幸子は小梅の行動の理由を、恥ずかしいからと解釈した。
こういった服に憧れはあるけれども、それを知られることに抵抗がある。
だからあのような反応を見せたのだと。
そして幸子からしたら、その悩みは杞憂だった。
この服は、きっと小梅に似合う。
幸子は心からそう感じ、故にこの言葉をかけた。
「ううん……いいの……。」
しかし小梅は首を横に振り、その場から離れてしまう。
着てみてもらいたい気持ちはあったが、流石に強要することはできず。
幸子も小梅の後に続き、店を出ることにした。
空は紅く染まり始め、ちらほらと帰り始める者が出てきている。
建物に設置された大型の時計の短針は4を示していた。
「さて、ボクはオフの時、大体こうしているんですが……。」
何か気付くところはあったかと、幸子は2人に問いかける。
バスの時と同じように、2人は同じ速さ、同じ角度で首を横に振った。
「そうですか……。」
まあ、こんなに楽に分かるはずもない。
真っ先に思いついた場所が場所だったこともあり、幸子は今日の収穫について、過度な期待はしていなかった。
両手にいっぱいの新しい洋服だけで十二分だろう。2人の意見のお陰で、いい買い物をした。
「幸子殿はー、このままお帰りになられるのでー?」
「いえ、事務所に寄って予定を確認してからですね。」
オフの日の終わりには、必ず事務所に寄ってから帰宅するようにしている。
幸子のアイドルに対する真摯な気持ちと、持ち前の几帳面さ故の習慣だった。
「ではー、参りましょうー。」
芳乃は柔らかい笑みを浮かべ、当然のように幸子の荷物をいくつか持つ。
それを見て、小梅も同じように紙袋を両手で抱えた。
「あの、皆さん……、」
申し訳ないからと、一度は辞退しようとして。
しかし、それは2人の優しさに対する、これ以上無い非礼だと気付く。
開きかけた口を閉じ、ぶんぶんと首を振り、笑顔と共に再び開く。
彼女達の行為に報いるための、幸子が取るべき態度。贈るべき言葉は。
「……カワイイですね!」
賛辞。
この言葉こそが、幸子にとっての、最上級の賛辞。
これ以外のどの言葉も、この一言には及ばない。
当然、そのことを理解する人間は、幸子をよく知る、ごく一部のみ。
自身の感情が正確に伝わることを第一に考えるならば、他の単語を用いるべきだ。
そんなことは、幸子自身よく理解している。
しかし、その上で幸子は常にこれを選ぶ。
何故ならこの言葉でなければ、口にする際、幸子の感情が適切に乗らないからだ。
この言葉でなければ、上辺のみを取り繕った形式的儀礼に成り下がってしまうからだ。
この言葉でなければ、精一杯に心を込めることができないからだ。
そのことを、小梅は経験から。芳乃は気を読むことで正確に理解し。
だからこそ、最大級の笑顔を以ってそれに応えた。
事務所への道中。
小梅の即席怪談に大いにビビる幸子を眺めながら。
芳乃は先程の2人の会話について考えていた。
小梅が服を眺め、幸子が声をかけた時。
芳乃は小梅の不可解な行動を見て、反射的に彼女の気を読んだ。
明らかに恐怖していた。
あれは恥ずかしさを隠そうとする行為ではない。
ただ恐れ、戸惑っていただけだ。
しかし、一体何を。
あの一連の動作の中に、恐怖を誘発する要素は見当たらなかった。
幸子が小梅に声をかけた。それだけだ。
驚かそうとも、怖がらせようともしていない。
ただ、様子を伺おうとしただけだ。
「……声がした方を、見ると……女の人の幽霊が……」
少し前を歩く小梅の姿を見る。
自分の怪談を聞いて青ざめている幸子を見て、嬉しそうに微笑んでいる。
やはり彼女は怖がらせる側、驚かせる側の人間だ。
怖がる、驚かされるといった行動は、どうしようもなく彼女に似合わない。
常日頃からホラーやスプラッタを鑑賞しているのだ、そういったものに耐性だってあるだろう。
それを観て怖がることはあるだろうが、それはあくまで娯楽の範疇だ。
白坂小梅という人物像と、恐怖という感情は。
何度考えても、結びつくはずのないものだった。
「……後になって、知ったんだけどね……その交差点では、昔……」
だからこそ、問いの答えが出ない。
何故彼女は恐怖した。
彼女から恐怖という感情を引きずり出すだけの何か。
それがあの場面の、一体何処にあったというのだ。
日常としか形容しようのないあの場面の、何処に。
「……はい! 着きました! 着きましたからお話は止めましょう! はい!」
幸子の涙ぐんだ声に、芳乃は我に返る。
見ると、幸子は目の前のビルを指差し。
まだ語り足りなさそうな小梅に、必死に懇願していた。
「小梅殿ー、続きは事務所の中でなされてはー。」
芳乃は幸子に助け舟を出すことなく、むしろ小梅の側に着く。
幸子のような反応をする者が身近に居なかった芳乃にとって、彼女のリアクションは新鮮で飽きなかった。
information : データが更新されました
[Tips] 輿水幸子
只の一般人。特別な能力などは特に無い。
世界で一番カワイイ、このボクの存在自体が、もはやスペシャル。
ナンバーワンでありオンリーワン、それがボクなんです。
【error】データの一部が破損しています
[Mission] 白坂小梅の動向を観察してください
小梅は店に展示されていた服を鑑賞中、幸子に声をかけられた。
その際、彼女は恐怖の感情を抱いていた。……一体、何故?
その理由が判明するまでは、一応小梅にも気を配っておこう。
〔Mission List〕
・幽霊の未練を晴らしてください
・白坂小梅の動向を観察してください