「……ただいま。」
自分で鍵を開け、玄関に入る。
返事が聞こえないまま、靴を脱ぐ。
足元の靴は1人分。
「パパ。」
パパの部屋に、重い足を運ぶ。
扉を数回叩いても、何も返ってこない。
ドアノブを捻り、中に入る。
古本の掠れた香りと、開け放たれた窓。
カーテンがなびく室内に、人の影は1人分。
「ママ。」
振り返り、部屋を出る。
ダイニングキッチン、窓から夕陽。
片付けられたテーブルを、なぞる手のひら1人分。
「……。」
冷蔵庫。作り置きは1人分。
物置。残った荷物は1人分。
浴室。風呂用品は1人分。
クローゼット。お洋服は1人分。
ボクの部屋。ここもやっぱり1人分。
ボクの家。生活の跡は1人分。
「……本当に。」
本当に、もう、居ないんだ。
パパとママは死んだんだ。
あの日。交通事故で。
ママは、あの交差点で。
パパは、ボクの目の前で。
2人共、確かに死んだんだ。
「本当、なんですね。」
なら、あの言葉も。
気のせいでも、なんでもなく。
ただの、本当の出来事だったんだ。
「本当に、ボクは。失敗しちゃったんですね。」
鏡を見る。ボクが居る。
大嫌いなボクが居る。
ちっとも可愛くなんてない。
カワイイボクが、そこに居る。
「……バレちゃったんですね。」
ボクが可愛くないということを。
それを必至に取り繕っていたことを。
何もかもを騙し続けていたことを。
「……ああ。誰も、居ないなら。」
いいですよね。不細工に泣き喚いても。
「……っ、ぁ、……ぁあ、」
雨音だけが世界を満たしていた。
どうせ誰も、居ないんだ。
誰も居てはくれないんだ。
最初から、居なかったんだ。
「──ぁ、っ……!」
ボクを愛してくれる人なんて、誰も、
「忘れもんだよ、泣き虫野郎。」
「んぶっ!?」
唐突に何かを顔面シュートされる。
微妙に柔らかくてカサカサと音がするこれは。
……買い物袋と、その中身?
「取り敢えず冷蔵庫に突っ込んどくから。」
じんじんと痛む鼻を涙目で抑えると、よく知った声。
知ってはいるけれど、どこか違う声。
普段は、この声はもっと穏やかで、優しくて──
「──芳乃さん、じゃ、ない?」
見た目は確かに芳乃さん。
でも、外見以外の全ては、彼女ではない。
つまりこれは、さっきママと会ったように……。
「小梅が言うには、あの子だよ。」
乗っ取られている、と。
「……いきなり何するんですか!? 雰囲気ぶち壊しですよ、もう!」
人が折角、感傷に浸ろうとしたっていうのに。
今までの空気は何処へ。
というか、芳乃さん乗っ取られ過ぎじゃないですか?
「うるさいよ、アンタは適当にコメディしてりゃいいんだ。」
なんと酷い。
「……まあ、持ってきてくれたのは感謝します。」
梅雨の日中に放置したら、すぐに腐ってしまうでしょうし。
「でも、芳乃さんの身体は返していただけませんか?」
芳乃さんの見た目で、芳乃さんの声をした、他の人が存在するのは。
なんというか、すごく。すごく違和感がある。
性格とか全然違うし。
「嫌だ。」
「ええ……。」
そんなキッパリと。
「だってアンタ、ウジウジ悩んでただろう。」
「むぐ。」
それとこれがどう繋がってるのかは全く分からないけど。
悩んでたことについては、何1つ言い返せない。
「困るんだよ。アンタがそんなんじゃ。
小梅を助けてくれなきゃ困るんだ。」
「……でも、どうやって。」
確かに、芳乃さんはボクに言った。
何も持たないボクにしか、頼めないことがあると。
小梅さんを、救ってほしいと。
でも、何も持っていないのに。
一体どうやって、救えって言うんだ。
「聞いてたんですよね? 知っているんですよね?
ボクは何も、いいところなんてないんです。
そんなボクが、どうやって……、」
「方法なんて知ったこっちゃないさ。
あたしはアンタが出来るって聞いたから来ただけだ。」
「……? 芳乃さんに、ですか?」
芳乃さんの見た目をした「あの子」さんは、ボクの言葉を鼻で笑う。
「ソイツが言うにはね。」
姿勢を正し、真っ直ぐにボクを見つめ。彼女は言い放つ。
「『だって、私の娘だもの。』」
「っ、」
「……だってさ。」
「私の娘」。
「私」の、「娘」?
それって。「私」って。ボクの。
「ママと、会ったんですか!?」
どうして。
だってママは、知っているはず。
だってママは、あの場所に居たはず。
居たのなら、聞いていたはず。
ボクは本当は、可愛くなんてないって。
ママが見ていた、ママの理想の輿水幸子は。
ボクが騙し続けた、偽物だって。
「アンタだって会っただろう。」
なのに、どうして。
どうして、その言葉が出てくるの。
貴方の娘は、可愛くなんてなかった。
貴方が私に見出した、愛するに足る要素は。
何一つ、無かったのに。
「それは、そうですけど……。」
どうして、そんな。
ボクを、信じるようなこと。
「とにかく。アンタには小梅を助けてもらう。
アンタがどう思ってようがね。
この身体は、人質だ。」
「あの子」さんは、ぽんぽんと芳乃さんの身体を叩く。
そんなことを言われたら、断ることができない。
どうやら本当に、ボクのことは一切考慮してくれないらしい。
「必要なあれこれも、そろそろ届く頃だってさ。」
と、付け加えられた次の瞬間。
ボクのポケットが振動を始めた。
「メール……、芳乃さんから?」
「コイツは最初から、考えてはいたみたいだ。」
「あの子」さんは自分の頭を──芳乃さんを指差す。
時間を設定して、メール送信を予約していたということ?
「……読みなよ。」
促されるままにボクはメールを開封し、内容を読み進める。
「……っ、」
それには全てが記されていた。
白坂小梅に関する、これまでの全てが。
「…………。」
小梅さんの人生。「あの子」さんの人生。
外見の理由。内面の理由。趣味の理由。
「あの子」さんだけを、視えていなかったこと。
幽霊の仕組み。できることと、できないこと。
過去を思い出して、それでも否定しようとしていること。
彼女が、苦しんでいるということ。
「…………ボクは。本当に。」
一文字一文字。丁寧に。
取りこぼしてしまわないように。
慎重に、読み進める。
これが小梅さんの、これまでの人生。
ずっと一緒に居たボクが、少しも気付けなかった傷。
「ダメな人間です。」
知らなかった。気付けなかった。
これが、この文章が全てなら。
小梅さんを成す全ては、余すことなく傷痕だ。
「親友の、何も。何1つ。」
染められた金色も。
飾られた耳の銀色も。
袖が長いパーカーも。
消えない目元の濃いクマも。
彼女の見た目の全部が、彼女の悲鳴だったんだ。
「……気付けなかっ、」
「だーから。」
「む゛ぇ!」
再び鼻先に衝撃。
天丼はいけないと思うんです。
「感傷ごっこに付き合う気はないの。
小梅んとこ行って、会って、助けて、帰る。」
「……あな゛た本当に小梅さんの友達でひゅか……?」
またしても涙目になりながら、細やかな抗議。
余りにも性格が違い過ぎる。
この2人が仲よしになるビジョンが見えない。
ええ、これっぽっちも。
「……ほら、行くよ。居場所は乗っ取る前に聞いといた。」
痛みに悶えるボクの背を容赦なく押す。
ボクより9cm高いその体格に負け、ズルズルと身体が移動を始める。
空は依然として重苦しく、しかし雨の勢いは、少しずつ弱まっていた。
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