芳乃さん……じゃない。「あの子」さんに、無理矢理に外に出されて。
彼女の後ろを歩きながら、ボクはひとつのことを考えていた。
「あの子」さんによれば、ママはボクが小梅さんを助けられると言った。
「だって、私の娘だもの」。そう言っていたと。
……どうしてママは、そんなことを言ったのだろう。
パパとママは、事あるごとにボクを可愛いと褒めた。
だからボクは、「可愛い」であり続けようとした。
でも、その言葉の意味を知って、気付いた。
ボクは「可愛い」とは程遠い存在だったことに。
だからボクは、「カワイイ」を取り繕った。
可愛くないボクは、必死で「カワイイ」を演じた。
でも、それはバレてしまった。
最期の最後に、バレてしまったんだ。
だからパパはあんなことを言った。
だからママはあんなことを言った。
そう。そのはずだ。
そのはず、なのに。
「──からアンタは極力あたしの……、てい。」
「む゛ぁっ!?」
容赦のない頭部への手刀。
「今、割と大事な話してたんだけど?」
「……もう一度……お願いじまず……。」
涙目で頭を抑えながら言葉を返す。
何だろう。何なんだろう。
なんだかやたらと当たりが強い。あと力も強い。
「はぁ……。」
これみよがしにため息を吐いて、彼女は説明を始めた。
纏めると、次のようになる。
小梅さんが移動した先は、先日の撮影現場。
小梅さんと「あの子」さんが、事件に巻き込まれた場所。
芳乃さんによれば、かなり多くの幽霊が小梅さんの周りに居るという。
あの校舎に居る幽霊は、その殆どが、あの事件の目撃者。
そうでない者も、伝聞で知っている。
つまり周囲の幽霊達は、小梅の事情を把握している。
だからあの時は「あの子」さんの言う通りに動いてくれた。
気を偽り、芳乃さんを脅す手助けをしてくれた。
でも今回、幽霊は恐らく小梅さんの味方をする。
あんな事件は、忘れて生きた方がいい。
それが幽霊達の考えだった。
小梅さんに幻覚を見せ続けることを、幽霊達は望んでいる。
だから、きっとボク達の邪魔をしてくるだろう。
あの中には人の形を保つほどの力を持った幽霊が。
つまりは物に触れることができる幽霊が、何人も居る。
そしてボクは彼等の姿を見ることすらできない、ただの無力な人間。
よって、「あの子」さんの後ろに付き、決して離れず、守られながら進むこと。
それを彼女は警告していた。
「……ってことは、一度芳乃さんの身体から離れるんですか?」
幽霊の攻撃からボクを守るには、きっと幽霊としての力が必要だ。
芳乃さんの身体を乗っ取った、つまり芳乃さんと同じ状態では。
芳乃さんができる範囲と同じことしかできないはず。
「……いや、それがさ。」
「あの子」さんは怪訝そうな顔をする。
どうしてそんな表情をするのか分からないでいると。
「ピェッ!?」
「できちゃうんだよね、何故か。」
ボクの右手首が、何かに掴まれる感触。
彼女の腕は何にも触れていない。
ひんやりとしたそれは、あの日ファミレスで感じたものだった。
「身体も異様に軽いし、乗っ取ったまま部分的に離脱できる。
……乗っ取られるために生まれたような身体だよ。」
彼女の話しぶりからして。
本来はできるはずのないことだが、何故か芳乃さんを乗っ取った場合だけは。
乗っ取った状態を維持しつつ、自分の一部分を肉体の外に出すことで。
肉体の手の届かない場所まで物理的に干渉できるということだろうか。
「……何者なんです? 芳乃さんって。」
「……あたしに聞かないでほしい。」
どこか常人離れした雰囲気を持っているとは、前々から思っていたけれど。
そこまで違うとなると、本格的に芳乃さんが分からなくなってくる。
ちっとも見えてこない芳乃さんの背景が、どうしようもなく深く思えた。
「まあ、とにかく。心配しなくていいよ。」
「あの子」さんはボクの手首を掴んだままブンブンと上下に振る。
どうやら芳乃さんを解放してくれる機会は無いらしい。
「この通り──」
──着信音。
ボクのポケットが、振動と共に音色を奏で出した。
「あの子」さんの言葉を遮ったそれは、普段よりも周囲に響き渡った。
携帯を取り出し、画面を開く。
「……芳乃、さん?」
メールの着信通知。
差出人は、依田芳乃。
「……は?」
画面から顔を上げ、目の前の少女を見る。
芳乃さんの身体を纏った「あの子」さんは、驚愕に目を見開いていた。
「依田、芳乃……? ……なんで……だって、もう……、」
彼女がボクの家に来てから、今この瞬間まで。
「あの子」さんは、一度も携帯を取り出していない。
……予約送信? 2通目? もう既に送ったのに?
伝えるべき情報は、既に用意されていたのに?
「……っ!
幸子!! 1通目、何時に来てた!?」
何かに気付いた「あの子」さんが、焦燥のままに叫ぶ。
受信フォルダから、時間を確認する。
「18時、ちょうどです、けど。」
「2通目、今のは!!」
矢継ぎ早に飛んでくる要求に少し疑問を覚えながらも。
ボクは言われるままに確かめる。
「……19時、6分。」
口に出してやっと、違和感を覚えた。
少なくとも1通目は、芳乃さん自身による予約送信。
届いた時に「あの子」さんがそう言っていたし。
芳乃さんならば、この状況を想定して手を回していてもおかしくない。
そして予約送信ということは、何時に送信するか設定していたというわけで。
わざわざ中途半端な時間にする理由は無いわけで。
だからこそ1通目は18時ちょうどだったわけで。
ということは、2通目は。
「……予約送信じゃ、ない……?」
今この瞬間に、誰かが芳乃さんの携帯を持っていて。
今この瞬間に、誰かが文章を入力して。
今この瞬間に、誰かがボクに送った。ならば。
今この瞬間に、誰が芳乃さんの携帯を持っている?
「あの子」さんは言っていた。
ママに、ボクならできると聞いたから来たと。
「あの子」さんは知っていた。
芳乃さんから予約送信のメールが来ることを。
「あの子」さんは会っていた。
ママと芳乃さんに会ってから、ボクに会いに来た。
「あの子」さんは、芳乃さんとママと同じ場所に居た。
今、「あの子」さんはどう見ても焦っている。
何か予想外の事態が起こっているということだ。
1通目は予約送信。2通目は今発信された。
この状況に、何か不利益がある?
……いや、きっと、もっと単純だ。
「依田芳乃、なんで、だって、もう」。
「あの子」さんはそう漏らしていた。
「だって、もう」の次に続く言葉があるとしたら。
「だって、もう送られたはずなのに」。
そうだ。彼女にとっての予想外は、2通目のメールの存在そのもの。
本来メールは1通しか送られてこないはずだった。
そのように3人は打ち合わせていた。
打ち合わせをした上で、芳乃さんは乗っ取られた。
芳乃さんは、自分の意志で乗っ取られた。
そして今、誰かがこの瞬間に入力したメールが、芳乃さんの携帯から届いた。
芳乃さんは身体を乗っ取られている。
「あの子」さんは携帯を取り出していない。
ならば、残る可能性は。
「……ママ?」
3人で話をした後、ママが芳乃さんの携帯を預かった。
「今! 芳乃さんの携帯を持ってるのは、ママなんですね!?」
狼狽えるままの「あの子」さんに詰め寄ると。
自分の記憶を確かめるように、「あの子」はぽつりと呟いた。
「……幸子の母親が、メールで、情報を……纏めて。
それを、芳乃からの予約送信ってことに……なのに。
……まさか、本当に……?」
本来、ボクの元に送られるメールは1通のはずだった。
それはママが入力した、小梅さんの救出に必要な情報を纏めたもののはずだった。
それを芳乃さんが前もって用意しておいた、予約送信されたものということにするはずだった。
恐らくは、ただでさえ不安定なボクの精神状況を不必要に揺さぶらないために。
芳乃さんはそんなものを用意していないが、用意していたということに事実を捏造する、はずだった。
しかし、来るはずのない2通目のメールが届いた。
これは予約送信ではなく、今まさに送信されたもの。ママが送信したもの。
1通目は、本当に予約送信だった。
1通目が届いた時、ママはまだメールを入力している途中だった。
つまり。今来た2通目こそが、本来1通目のはずだったもの。
本当の予想外のメールは、1通目。
芳乃さんは本当に、この状況を予測してメールを準備していた。
「……っ!」
ボクはスマホを操作し、メールを開封する。
ママが携帯を操作していたなら、気付いたはずだ。
芳乃さんが、既に情報を纏めたものを用意していたと。
自分がするはずだった役割は既に果たされていたと。
なのに、ママはボクにメールを送った。
文章を読む。
つまり。これは。このメールは。
必要に迫られたものではなくて。
ただ送りたいものがあったというだけで。
ママがボクに宛てた、ごくごく個人的な。
言葉を読む。
「あの子」さんは18時に来た1通目を、ママのものと勘違いした。
ということは、18時の時点で、それだけの量を書けるはずだった。
それから更に、66分。
ママは、ボクに送る文面を、ずっと。
感情を読む。
件名は空白だった。
本文は、決して長くはなかった。
でも。考えてくれたんだ。
ボクのために。ボクなんかのために。
言葉を選んで。内容に悩んで。
この、1kbにも満たない電子データを。
願いを読む。
ただ、読む。
携帯を握った手を降ろす。
「……教えてください。」
空を見上げ、呟く。
「今。芳乃さんの携帯を持っているのは。ママですね。」
黒は依然として、青を覆い尽くしていた。
「……そうだ。正真正銘、アンタの母親が送ったもののはずだよ。」
しかし。確かに雨は止んでいた。
「ありがとうございます。」
どす黒い雲の隙間からは、オレンジ色が射していた。
携帯を操作し、芳乃さんへ電話をかける。
少しの間を置いて、コールが止まる。
「…………ママ。」
『……幸子ちゃん。』
ホワイトノイズが耳を満たした。
声が返ってくることはなかった。
きっとこれが言葉なんだと、どこか腑に落ちていた。
「ママ、なんですね。」
『……っ、聞こえるの!? 幸子ちゃん、ママよ、私──、』
ノイズが少し大きくなった。
何かを伝えようとしてくれていた。
「ありがとうございます。」
『──、っ、』
それだけで、十分だった。
「……ありがとう、ございます。」
『……うん……。』
ただ、感謝を口にする。
誰かに何かをしてもらったら。
それが嬉しく感じたのなら。
この言葉を贈りなさい、と。
貴方が教えてくれたから。
「ボク、頑張ります。頑張りますから。」
『うん。頑張って。頑張ってね。
幸子ちゃんならできるから。絶対、できるから。だから……っ、』
思ったことをそのまま口にした。
纏まりなんてありはしなかった。
きっと伝えたいことなんて、殆ど伝わってなどいなかった。
「だから。もう、大丈夫です。
ボクは、カワイイですから。」
『……うん、大丈夫。
……ふふ。嬉しいなぁ。……嬉しい。』
でも。きっと、それだけで十分だと。
そう、笑ってくれると思うから。
「……もう少しだけ、待っていてください。」
『いつの間に、そんな頼もしい声。出すようになったのかな。
……生きてるうちに、見たかったなぁ。』
一方的に、想いを告げる。
「夜が明けたら、また。」
『頑張れ、私の娘。』
通話を切る。
ノイズは簡単に立ち消え、辺りは静寂を取り戻した。
「……「あの子」さん。」
白坂小梅を救う。
何ができるとか、手段はどうとか。
そんなものは、どうでもよくなった。
ボクが、小梅さんを救う。
それだけ。ただ、それだけの話。
「少し、寄り道をしてもいいですか?」
でも。何も持たずに行っていいというわけでは。
準備をせずともいいわけでは、ない気がする。
何か、引っかかる。
何かが、あったような気がする。
小梅さんに関係する、前もって備えておく何かが。
彼女に持っていく何かが。
彼女に贈るべき何かが、あった気がする。
「……場所は? 急ぐから、跳ぶよ。」
小梅さんは「あの子」さんに負い目がある。
小梅さんは身体の傷を隠している。
小梅さんは自分を化け物だと思っている。
可愛くないと思っている。
そうだ。きっとある。贈るべきものが。
今の彼女に必要なものがある。
それが何なのか、具体的には分からない。
それが本当に存在するのか、根拠すら分からない。
それでも。この直感的な感情が、もし合っているとしたら。
「ショッピングモールまで……え? 跳ぶってな──」
跳ぶって何ですか? と、聞こうとして。
しかしその言葉は、言葉としてアウトプットされることはなく。
首根っこを冷たい何かに掴まれて。
そのまま身体が宙に浮いて。次の瞬間。
「──ぁぁぁぁあああああ!?」
10数メートル遠くなった地面を見て、彼女の言葉の意味を知った。
information : データが更新されました
[Tips] 愛情の形
私の可愛い愛娘へ
小梅ちゃんを助ける、なんて、難しいことは考えないで。
幸子ちゃんが思っていることを、そのまま言ってあげて。
それだけでいいの。
それがきっと、小梅ちゃんが一番求めているものだから。
大丈夫。幸子ちゃんになら、できるから。
貴方は優しくて。賢くて。いつも頑張ってる。
私の、自慢の娘だもの。
それでも、もし。
もし不安になったら、思い出して。
例え幸子ちゃんの良いところが、何ひとつ無くなってしまったとしても。
何もかもが駄目になってしまったとしても。
自分のことが嫌で嫌で、どうしようもなくなってしまったとしても。
私は絶対に、貴方を愛します。
愛しています。これからも、ずっと。
自信を持って。ママを信じて。
幸子ちゃんは、可愛いんだから!
貴方の母親より
[Tips] カワイイ
ママはボクを愛してくれた。
何も無いボクでも、愛してくれると。
カワイイボクでも、愛してくれると。
可愛くないボクでも、愛してくれると。
ボクは、可愛いと。そう、言ってくれた。
それでもまだ、自信なんて持てやしないけれど。
前を向く方法が、後ろ向きでもいいのなら。
何も持たないボクの証を。この言葉を宛てがおう。
愛してくれた、証明に。
[Tips] 輿水幸子
ボクはカワイイんです!
だって、ボクは
information : データが修復されました
[Mission] 憧れを救ってください
アナタのようになりたいと思っていた。
得意なことがあって。可愛くて。
ボクとは何もかもが違う、アナタに。
だから。もしもアナタが。
ボクと同じように、苦しんでいるのだとしたら。
ボクなんかが、アナタの力になれるのなら。
ボクは、アナタを助けたい。
〔Mission List〕
・憧れを救ってください