輿水幸子の同一性   作:maron5650

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33.だからあなたにお似合いの

「……でしてね? その時に小梅さんは──、」

 

幸子の口が活性化を始めて十数分。

それくらいしかすることがない、それを加味して尚。

「あの子」はそろそろ、うんざりし始めていた。

 

「……よくもまあ、そんなに喋れるもんだね。」

 

2つの意味を込めて「あの子」は言葉を吐く。

それは単純に、小梅に関する話題が尽きないというのと。

そして何より、実体のないモノの手で空を跳んでいるのによくそんな余裕があるな静かにしろ、という称賛混じりの嫌味だった。

 

「まだまだありますよ、この前のライブなんて──、」

 

お構いなしに幸子は続けようとする。

幸子の要望通りに、ショッピングモールへと移動している時。

言い換えれば、ビルの屋上からまた別のビルへと、跳び移りながら移動している時。

最初のうちは、幸子は叫んでいた。

それはもう、叫びに叫びまくった。叫ぶ以外幸子にできることはなかった。

しかし、数分経つと、次第にボリュームが下がっていき。

突如「なんか慣れました」と言い放つと。

今度は言葉が交わされない空気を嫌ったのか、話をし始めた。一方的に。

小梅に関するものばかりなのは、共通の話題がそれくらいしかないからという、彼女なりの配慮なのだろうか。

 

「いや、ストックの話じゃなくて……いや、その話でもあるけど……。

……よく慣れるよね、この状況。」

 

「あの子」は別に幸子と会話をしたくないわけではない。

アイドルになってからの小梅をよくサポートしてくれていたし、遊び相手にもなってくれていた。

個人的な感情はどうあれ、一定の恩義はある。

だが、現在の「あの子」の立場は、芳乃を人質にして小梅の救出を強要する悪人だ。

だから、できるだけ悪人っぽく振る舞おうと。そう「あの子」は心がけていた。

余計な会話をせず、淡々と命令のみを、と。

 

「慣れるとスカイダイビングよりは気が楽ですよ、常に掴まれてる感触があるだけ。」

 

しかし。流石に気になった。

立場が逆なら、「あの子」は失神している自信すらあった。

度胸と言うべきか。適応力と言うべきか。

その類のものが、あまりに突出しているように感じた。

 

「……大変だね……あんたも……。」

 

目を伏せ、「あの子」は労るように呟く。

幸子に気付かれないくらい、ほんの少しだけペースを落としてやることにした。

それは幸子の話が徹底的に小梅を褒めるものだったのが、何だか誇らしく。

単に自分が良い気分になっていたからでもあった。

 

「それで、何すんの?」

 

移動を開始してから初めて、「あの子」は自分から幸子に話しかける。

ショッピングモールに何の用があるのか、未だ聞かされていなかった。

 

「……いえ、具体的に何を、とは、分からないんですけど……。」

 

すると、幸子の歯切れが急に悪くなる。

「あの子」は次の着地点を見極めながら、静かに言葉を待った。

 

「……何か、ある気がするんです。絶対に、必要な……。」

 

「……そ。」

 

「あの子」はぶっきらぼうに返す。

それ以上、深く聞くことは無かった。

聞く必要が無かった。

幸子のマシンガントークにうんざりしていたからだ。

うんざりするほど、理解させられたからだ。

幸子にとって小梅が、どれほど大切か。

どれほど助けたい存在か。

だから幸子の言葉が、不思議なほど腑に落ちた。

きっと本当に、何かがあるんだろう、と。

 

摩天楼を、2人が跳ぶ。

夕焼けは色褪せ、コバルトブルーに染まり始めた。

 

 

 

 

 

「いーよいしょっ、と。」

 

ショッピングモールから少し離れた、ビルとビルの隙間。

両の壁を交互に蹴りながら、地面へと落下する。

「あの子」が勢い良く着地し、続いてふわりと幸子が降ろされる。

この移動のうちに、かなり芳乃の身体にも慣れてきていた。

それは、この身体でできることが判明してきたことと同義だった。

 

芳乃を乗っ取っている状態では、幽霊としての自分を自由に形を変えて外に出すことができる。

しかし芳乃の身体と繋がっている必要があり、また当然だが、幽霊としての自分の体積以上のものを出すことはできない。

芳乃の身体の制御には、幽霊としての自分をほんの少しでも体内に残しておけばいいらしい。

感覚としては、自分の体積分の粘土を身体から生やして操るようなものだ。

「あの子」は背中から3本の大きな腕を生やし、1本は幸子を掴み、残りの2本を脚のように動かして移動していた。

 

「……さて。」

 

かなりの長距離を身一つで移動しながら、やはり汗1つかかない身体。

その肩をくるくると回しながら、「あの子」は幸子に語りかけた。

 

「どうやって見つける?」

 

絶対に必要な何かがある。幸子はそう言っていた。

ならば、それを見つけるための、何らかの行動を起こさなければならない。

何かがあると認識しているということは、過去に目にしたことがあるのだろう。

だが、幸子は小梅達と訪れる前にも日常的にショッピングモールに入り浸っている。

それこそ、小梅と芳乃に「普段行っている場所」を聞かれて指定するくらいには。

故に、捜索範囲が広すぎる。単に皆で行った時のルートを辿るだけでは不十分だ。

 

小梅の状態は一刻を争う。遅ければ遅いだけ、手遅れになる確率が上がる。

しらみつぶしに探すのでは間に合わない。

何かしらの策を講じなければ。

 

「……芳乃さんが所属してる事務所、俗称があるんです。」

 

幸子は「あの子」の言葉に、暫し考える素振りを見せる。

やがて口元に当てた手をゆっくりと離すと、「あの子」の目を見て呟いた。

 

「へ? ……ああ、そう……なんだ?」

 

幸子の真意が分からず、間抜けな声を出す。

その様子を見て、幸子はにやりと笑った。

 

「超常現象プロダクション、って。」

 

その顔は、遠い昔。

自由帳と鉛筆で、一緒にイタズラを考えていた頃の小梅と。

笑えるくらいに、よく似ていた。

 

 

 

 

 

「ほんとに大丈夫なんだろうねぇぇぇぇぇ!?」

 

ショッピングモールに、少女の声が反響する。

その発生源は空気を圧縮するほどの速度で移動し、周囲に風を巻き起こしていた。

 

「たぶん大丈夫なはずでぇぇぇぇぇす!!」

 

発生源は2人の少女。

「あの子」と、輿水幸子だった。

 

幸子の提案は以下の通り。

このまま徒歩でショッピングモールを片っ端から見て回るのは博打に等しい。

ならば、徒歩でなければいい。

「あの子」がここまで幸子を運んだように、幽霊の力で飛ぶように移動する。

ここまで運んだ時よりも、ずっと凄まじい速さで。

そうすれば、時間を大幅に短縮し、かつ余すこと無く全体を見て回ることができる。

 

それはつまり、かなり多くの人々に、常識から遥かに逸脱した現象を目撃されるということに他ならない。

「あの子」が何故ショッピングモール近くのビルの裏に降りたかと言えば、ひとえに目撃されたくないからだ。

2人の人間が空中を浮遊している、そんな場面を見られたら確実に大騒ぎになる。

大騒ぎになればどうなるか。人だかりが発生し、行動を阻害される。

浮遊している2人がアイドル(実際には片方の中身は幽霊なのだが)と知られたら尚更だ。

そこで対応に間違いがあれば、間違いなく今後の活動に支障が出る。

それだけではない。最悪、幸子と小梅を取り巻く一連の出来事にすら辿り着かれてしまうかもしれない。

 

しかし、以上の懸念を、幸子は杞憂と判断した。

何故なら幸子が発言した通り、芳乃の所属事務所は通称「超常現象プロダクション」。

所属アイドルのファンならば、この程度のトンデモ現象は日常茶飯事。

多少注目は浴びるだろうが、行動を制限されるほどにはならない。

 

……と、幸子は主張している、のだが。

いやいやいやいや。流石に無理があるでしょ。

他に方法も無いからやるよ。やるけどさ。それでも無理でしょ。

半ばヤケクソになりながら、「あの子」は周囲の人間の反応に目を向ける。

 

「ねぇ、あれ [神様少女] じゃない?」

「ほんとだ、芳乃ちゃん空飛んでる! すごーい!」

「おー、また輿水幸子が凄いことされてるぞ」

「幸子ちゃーん頑張ってー!!」

 

マジかよ。

 

「頑張りますよぉぉぉぉぉぉ!!

カワイイボクの勇姿を拝めたアナタは幸運ですねぇぇぇぇぇぇ!!」

 

ちゃっかりファンサービスしてるんじゃないよ。

多分後半聞こえてないよ。

 

「……ねぇ!! [神様少女] って!! 何!!」

 

先程聞こえた声の中に、聞き覚えのない単語があった。

それが何故か引っかかって、「あの子」は説明を求める。

 

「芳乃さんの二つ名です!! 事務所の経営方針ですよ!!」

 

二つ名。

言い換えれば、異名、通称、あだ名、通り名、その辺りのもの。

それを事務所側で付ける、ということは。

アイドルの最も特徴的な要素を二つ名としてつけることで、より印象に残そう、といったところだろうか。

 

……しかし。よりによって、神様?

妙な胸騒ぎを、「あの子」は感じずには居られなかった。

だが、そのことは後回しだ。

今は、小梅を。

 

「ここは!」

「違います! 次!」

 

「こっちは!」

「んー! 次!」

 

「はい!」

「はい!」

 

「…………!」

「…………!」

 

ショッピングモール内の店を片っ端から回っていく。

何度もやり取りを繰り返すうちに、最後の方はアイコンタクトだけで会話できるようになっていた。

 

「…………!」

「…………!!!」

 

何件目か数えるのもやめるほど繰り返した末に。

幸子の目が「ストップ」と叫ぶ。

「あの子」は店内の中央に飛ぶと、幸子の足を初めてフロアに触れさせた。

 

そこは、小梅と芳乃を連れて、幸子がウインドウショッピングをした時。

見て回った数々の店のうち、最後に訪れた場所だった。

 

「……すいません! これください!」

 

幸子が店員を呼ぼうと叫ぶ。

すると、既に綺麗にラッピングされていた商品を差し出しながら、店員は快活に笑った。

 

「ひょっとしたら、それじゃないかって思ったよ。

……幸子ちゃん、よく分からんが応援してるぜ! 気張れよ!!」

 

金の髪を後ろに流し、同じく金の髭を蓄えた。

マッチョで豪気なオッサンが、幸子を激励する。

店長と書かれた胸のプレートが輝いた。笑顔から覗く白い歯と共に。

……本当にブティックの店長なのか? 鍛冶屋とかじゃなく?

というか仮にも少女に対して「気張れよ」はどうなんだ?

 

「……任せてください! ボクはカワイイので!」

 

幸子が商品を受け取ると、オッサンは幸子に手を伸ばす。

幸子は空いている方の手を伸ばし、固い握手を交わした。

 

「すいません、御礼は後で必ず!」

「サイン会でいいぞ!」

「そんなのでいいんですか! 謙虚な方ですnぇぇぇぇぇぇ……!」

 

そんなやり取りを残し、幸子は「あの子」に抱えられ屋上へ跳ねる。

「あの子」は会話の最後まで我慢することができなかった。

 

 

 

 

 

なんというか、その、ツッコミ不在の空気に。

 

 

 

 

 

information : データが更新されました

 

 

[Tips Update] 芳乃の身体→乗っ取りに適した身体

 

依田芳乃の身体を乗っ取った「あの子」は、他の人間とは異なる特徴を発見した。

乗っ取った状態を維持しつつ、自身の一部分を肉体の外へ出し。

肉体の手の届かない場所にも、ある程度の距離までは物理的に干渉できる、というものだ。

異様に動きやすい事といい、芳乃はとにかく乗っ取られることに適した身体をしている。

 

 

〔Mission List〕

 

・憧れを救ってください

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