輿水幸子の同一性   作:maron5650

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36.まだ生きててもいいですか

雲ひとつ無い、満月が照らす夜。

肌に当たる風の感触が新鮮だった。

落ち着いて見ようとしなかった両腕は、生々しい紫に染まっていた。

それを空気に晒すことが、心臓を差し出しているように思えた。

 

『…………小梅。』

 

剥き出しの私を見て、あの子は寂しそうに笑った。

 

「……久し、ぶり。」

 

私はきっと、笑ってしまうくらい、ぎこちなく笑っているんだろう。

 

『うん……そうだね、そうだ。

本当に、久しぶり……。』

 

私の言葉を噛み砕くように、あの子は何度も軽く頷く。

何を言えばいいか分からなくて、私は彼女を見つめる。

最後に見た時と、何ら彼女は変わっていなかった。

髪の長さや肌の色。背の高さも、その声も。

でも。あの頃とは、何もかもが変わってしまっていた。

あの頃のように、自然と言葉が出てこなかった。

 

「あの……あのね、えっと……っ、」

 

でも。言わなきゃいけなかった。

確かめなきゃいけなかった。

あの日に起きた、あらゆる全ての物事の。

答え合わせを、しなきゃいけない。

 

『……あの日。』

 

私が何かを言おうとすると、あの子はそれを遮った。

少しだけ驚いて、彼女の目を見る。

感情が、見えなかった。

 

『あたしは、小梅を傷つけた。』

 

あの子は、淡々と話し始めた。

感情を抑えようとしているのか、私なんかに浪費する感情なんて無いのか。

それすらも分からなくて、私は次の言葉を待った。

 

『……そんなつもりじゃ、なかったんだ。』

 

混乱する頭を押さえつける。

今、彼女は、何て言った?

……そんなつもりじゃなかったと、そう、言ったの?

 

『小梅を、死なせたくなかった。

無事かどうか、確認したかった。

……それだけ、だったのに……っ!』

 

あの子の声は、何故か震え始めていて。

感情が漏れ始めていて。その感情は悲哀のようで。

私が謝るはずなのに、許しを請うはずなのに。

そんな表情をするのは、私の方なはずなのに。

 

『でもっ! ……あたし、傷つけちゃった……!

一番、したくなかったのに!

傷跡は殆ど残らないって、少しでも残るなら意味が無い!』

 

あの子は、まるであの時の行いを。

私に傷を負わせたことを、後悔するように。

罪を懺悔するかのように、叫んだ。

 

『髪型も髪色も! ピアスも趣味も! 腕の傷も喋り方も目の隈も、ぜんぶ‼︎

全部あたしが捻じ曲げた‼︎ あたしが白坂小梅を殺した‼︎』

 

あの子は、慟哭を止めなかった。

それは彼女の、断末魔のように聞こえた。

あの日聞いた、耳にこびりつく最期の音を。

そのまま意味のある言語に置き換えたような、慟哭。

 

『殺したくなかったのに‼︎

生きててほしかったのに‼︎

幸せでいてほしかったのに‼︎』

 

それを聞きながら、どこか期待してしまう。

もし、幸子ちゃんが言うように。

私達に御都合主義が、残されているのなら。

 

『こんなのっ‼︎ 怖がられるに決まってる‼︎ 嫌われるに決まってる‼︎』

 

何もかもがうまくいくような。

苦しまずに済むような。

そんな理想が、存在するというのなら。

 

『……だから、せめてっ‼︎

──忘れていてほしかったのに!!!』

 

それはもしかして、こういうことなんじゃないか。

 

「……ねぇ。」

 

声が震える。涙が滲む。

それを確かめることが、どこまでも怖かった。

でも。もし、ダメだったら。

御都合主義なんて、やっぱり無くて。

あの子は私を憎んでいて。

私が死ななきゃいけないのなら。

 

 

 

 

 

「私、あなたのこと、だいすきだよ。」

 

 

 

 

 

私の憧れが、私を殺してくれるから。

 

 

 

 

 

「だって、助けてくれたよ。」

 

あの日、殺されかけた私を。

 

「だって、一緒にいてくれたよ。」

 

あの日から、いつだって私と。

 

「だって、だって……っ、」

 

あの日より前から、今まで、ずっと。

守っていて、くれたから。

 

「…………あなたの、名前、すら……、思い出せない、けどっ、」

 

必死に伝えようとして、言葉が喉につっかえて。

嗚咽だけが押し出されて、涙が後から溢れてく。

 

「あなたを……死なせ、ちゃった、けど……っ、」

 

でも。それでも。

 

「それでも……、わた、しっ……、あなたを、すきでも……いい、かな。」

 

それでも、言わなきゃ。

 

「あなたと……ともだちで、いいかな……。」

 

それでも、聞かなきゃ。

 

「……まだ、いきてても。……それでも、いいかなぁ……っ、」

 

それでも、伝えなきゃ。

 

なのに、涙は止まってくれなくて。

前が滲んで見えなくなって、喉が熱さに焼き切れて。

口が動いてくれなくなって、私は何も言えなくなって。

でも、言わなきゃいけないことは、きっと言えたと思うから。

 

どれだけ泣いていたんだろう。

冷たさは、そっと私の右頬に触れた。

それはあの子の、手のひらだった。

流れ続ける透明は、あの子の形をかたどった。

 

右頬に触れた冷たさは、あの時と同じ感触がした。

前髪の下を潜るように、瞼の上をそっと撫でていた。

ひんやりと心地良いそれに、私の手を重ねた。

たったこれだけのことに、随分と長くかかってしまった。

 

『……うん、いいよ。』

 

子供のように泣きじゃくるだけの私を、冷たさが包み込む。

それは、ただ、優しく私を抱きしめた。

それは、私を傷付けようとはしなかった。

最初から、傷付けようとなんて、していなかったんだ。

 

『いいに、決まってる。』

 

あの子の声も、私と同じだった。

あの子の身体も、私と同じだった。

私と同じように、震えていた。

 

『死んだりしたら、許さない。』

 

あの子も、私と同じだったんだ。

 

 

 

 

 

「『ごめんなさい。』」

 

同じ言葉を、あの子と紡ぐ。

 

「『あなたを助けられなくて。』」

 

同じことを思っていた。

 

「『あなたを傷付けて。』」

 

同じことを悔んでいた。

 

「『それでも、友達でいてくれますか。』」

 

同じことを願っていた。

 

「『笑顔でいてくれますか。』」

 

同じことを夢見ていた。

 

 

 

 

 

「『側に居てもいいですか。』」

 

 

 

 

 

同じことを、許してほしかった。

 

 

 

 

 

ふたつの笑顔がドアから覗く。

 

「『ただいま。』」

 

「はい、おかえりなさい。」

 

ふたりを見て、彼女は笑った。

 

 

 

 

 

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[Tips] 「あの子」の未練

 

・小梅の右目に映ること

・小梅に名前で呼ばれること

 

 

[Mission Complete] 憧れを救ってください

 

 

〔Mission List〕

 

2人を縛るものは、もう何もありません。

 

 

 

 

 

information : 夜が明けました

information : 輿水幸子が夢から覚めました

information : 白坂小梅が夢から覚めました

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