輿水幸子の同一性   作:maron5650

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37.陽の光に目を覚ます

幸子、小梅、「あの子」、芳乃の4人は、校舎を出た後。

その足で交通事故現場へと向かった。

しかしそこには、幸子の母親の姿は無かった。

小梅と「あの子」が辺りを見渡しても、何処にも彼女が視えない。

芳乃の携帯だけが、電柱に立てかけるように置かれている。

幸子の背後に居るはずの父親も、忽然と姿を消していた。

動揺する3人とは対照的に、幸子はどこか納得したように空を見上げた。

 

芳乃が携帯を開くと、一件の未送信メールがあった。

それは幸子が幻覚に教えてもらうと言っていた、オムライスのレシピだった。

素知らぬフリをして、芳乃は袂に携帯を仕舞った。

予約送信。今日の昼過ぎ。

 

 

 

 

 

続いて、ショッピングモールのブティックへと向かった。

代金は勿論、礼を述べるために。

しかし、店長のプレートを付けていたのは、昨日の男とは違う人物だった。

嫌な予感を覚えながらも尋ねると、昨日の彼はいわゆる雇われ店長で。

しかも前々から(主に店の雰囲気にそぐわない外見のせいで)上に目をつけられており。

客に無償で商品を、ご丁寧にラッピングまでして、無断で渡したことをきっかけに。

とうとうクビになったとのことだった。

どうすれば彼に会えるか聞くと、近くの通りで屋台を出していると教えてくれた。

『いやどうして屋台だよ』と、「あの子」は小さく呟いた。

 

通りに出ると、確かに屋台が一件、ぽつんと立っていた。

口元に笑み、額に汗を浮かばせ、白い歯を輝かせながら、何かを鉄板で焼いている。

近寄ってみると、食欲を刺激する香りが漂ってきた。

 

「おう、幸子ちゃん! 昨日ぶりだな‼︎」

 

幸子が店の前に立つと、男はやはり快活に笑った。

 

「……あの、色々とツッコミが追いつかないんですけど。」

 

既に3つ用意されている、極長のソーセージを丸めて串に刺したもの。

暖簾に手書きで書かれている「ソーセージマルメターノ」。達筆。

男が着ている、ソーセージマルメターノらしきものがプリントされた白のTシャツ。

 

『ブラート‼︎ ヴルスト‼︎ シュネッケン‼︎‼︎』

 

「……必殺、技?」

 

全身全霊を込めて「あの子」がツッコむ。

自分の右側を見上げて、小梅が首を傾げた。

 

「丁度できたてだ! どうやら上手くいったみたいだし、それ祝いでタダ‼︎ 食っていってくれ‼︎」

 

そう言うと、男は有無を言わさず3人にソーセージマルメターノを手渡す。

一口齧ると、パキッ、という小気味良い音と共に、口の中でジューシーな肉汁が弾ける。

 

「……美味しい。」

 

幸子が思わずそう漏らすほど、文句無しの味だった。

芳乃に至っては言葉を忘れ、ハムスターのように何度も噛り付いている。

和服に肉汁が落ちては大変なので、「あの子」は手で受け皿を作った。

 

「そうだろう! また皆で来てくれよな‼︎

可愛いアイドルが美味しそうに食ってくれれば集客バッチリだ‼︎」

 

幸子達がソーセージマルメターノを味わっている間に、男は大量のソーセージマルメターノをプラスチック容器に詰めていた。

おみやげ、ということらしい。

またしても有無を言わさず手渡され、幸子達はその場を後にした。

その姿が見えなくなるまで、男はずっと手を振ってくれていた。

 

『……あたし達、あそこに何しに行ったんだっけ?』

 

彼の勢いに、全て持っていかれたような気がした。

 

 

 

 

 

「芳乃おかえりー……なにその大量の肉。」

 

事務所のドアをくぐった4人を、ソファに寝転んだままの少女が怠そうに出迎えた。

 

4人……「あの子」を抜いて3人にはちょっと多過ぎる量のソーセージマルメターノを受け取った幸子達。

どうしたものかと歩きながら考えていると、芳乃がひとつの提案をした。

この近くに自分の所属する事務所があり、そこには恐らく何人か人が居るので、そこで皆で食べないか、と。

断る理由も無く、4人は芳乃の属するプロダクションに。

超常現象プロダクションに足を踏み入れた。

 

「ただいま戻りましてー、お土産のそーせーじまるめたーのですー。」

「うん、ブラートヴルストシュネッケンね。確かにソーセージ丸めたのだけどもね。」

「ひっさつわざでごぜーますか!」

「正式名称ですね〜♪」

「お皿持ってくるねぇ☆」

 

一瞬で芳乃が事務所の輪に入ってしまい、幸子と小梅は取り残される。

すると、2人より14cmほど背の高い、黒髪の少女が声をかけてきた。

 

「あの……幸子さんと、小梅さん、ですよね。

番組では芳乃さんがお世話になりました。」

 

少女はぺこりとお辞儀をする。

同じようにお辞儀をしながら、幸子は少女の表情を見る。

人を安心させるような、落ち着いた優しい笑い方をする少女。

加えて、この礼儀正しい対応。

きっと自分よりずっと年上なんだろうと、幸子は直感した。

 

「私はほたると申します。

お茶をお出ししますので、お座りになってお待ちください。」

 

ほたるはそう言って、手でソファを指す。

促されるままに、幸子と小梅は、杏が寝転んでいるのとは反対側のソファに座った。

 

「おねーさんたち、芳乃おねーさんと一緒にテレビに入ってやがったですね!」

 

フードにウサギの耳があしらわれたパーカーを着た少女が、幸子の膝の上に座り、顔を覗き込んでくる。

テレビに入っていた……出演した番組を見た、ということだろうか。

 

「怖く……なかった……?」

 

小梅が心配げに尋ねる。

確かにこの幼い少女には、あれは刺激が強いように思えた。

14歳の幸子にとっても十二分に強かったのだが。

 

「…………ソンナコトネーデスヨ? ネーキラリオネーサン」

「ゼンゼンダイジョウブダッタヨネーニナチャン」

 

仁奈と呼ばれた少女は冷や汗を流しながら、きらりと呼ばれた少女と共に何度も頷く。

非常に疑わしい証言だが、真実はいかほどか。

 

「二度と深夜に見ないでよね……。」

 

あ、ダメだったんだな。

目の前の少女のウンザリとした顔が、雄弁に物語っていた。

 

 

 

 

 

時刻は正午を少し過ぎた頃。

幸子と小梅は、事務所の面々と徐々に打ち解け始めていた。

時間的に丁度いいからこれを昼食にしようか、などと話し合っていると。

ふと幸子の携帯から、メールの着信音が響いた。

膝の上の仁奈を撫でながら件名を確認すると、『レシピ : オムライス』とある。

差出人は──

 

「幸子おねーさん、オムライス作りやがるですか⁉︎」

 

──位置的に画面が見えた仁奈が、目をこれでもかというほど輝かせながら聞いてきた。

 

「え⁉︎ ……ええ、まあ、多分……?」

 

突然の発言に思考を中断されながら、たどたどしく答える。

 

「仁奈ー、作り置きのシチューがあるでしょー。」

 

作ってほしいなオーラを全開にする仁奈と、それを諭す杏。

芳乃だけが真意を把握できる。杏はただ、初対面の人間とあまり長い時間関わるのが面倒なだけだ。

 

「は〜い、お待たせぇ〜☆」

 

と、そこに、人数分のソーセージマルメターノが運ばれてくる。

きらりから皿を受け取ろうとした幸子の手は、しかし空中で静止した。

 

「……アナタ……。」

 

幸子はきらりの顔をまじまじと見つめる。

きらりは少し困惑しながら、しかしどうすればいいか分からずに幸子を見つめ返す。

ははあ。ふんふん。ほうほう。

ひとしきり鑑賞した末に、幸子は言い放った。

 

「カワイイですね!」

 

「ふぇっ」

「よーし仁奈ー今日の夕飯は幸子のオムライスだぞー」

「ほんとでごぜーますか⁉︎ やったー!」

「ちょっとそなたちょろすぎましてちょっと」

「じゃあ買い出しに出かけましょうか♪」

「いいんでしょうかそんな急に……」

「いいと、思う……ついでに、泊めてくれると……」

 

幸子の言葉をきっかけにして、あれよあれよと話が進んでいく。

わいわい、がやがや。

喧騒の輪の中に居る小梅から目を離し、「あの子」は窓の外を見る。

 

『……夏、か。』

 

一言にしてしまうには、あまりに惜しい情景を。

目を細めて噛み締める。

6年ぶりの時の流れを、しっかりと心に刻む。

 

「ね、買い出し……いこ……?」

 

景色を眺めているうちに、昼食の時間が終わっていたらしい。

小梅の声に振り向くと、皆がこちらを向いていた。

双葉杏。

諸星きらり。

市原仁奈。

白菊ほたる。

鷹富士茄子。

依田芳乃。

6人より一歩前に出た、輿水幸子と白坂小梅。

 

『……ん。』

 

あの子は小梅の元へと歩き、その右側へと収まる。

小梅の瞳は、髪に隠れて見えなかった。

しかし。彼女の口元を見て。

ああ、ここの視点も悪くない。そう思えた。

 

「じゃあ、いきましょうか。」

 

青い空。白い雲。遠くに聞こえる笑い声。

蝉時雨が鳴り響き、からんと氷がグラスを叩く。

梅雨は背後を過ぎ去って、月は頭上を過ぎ去って。

陽の光の明るさが、目覚めた世界を照らしていた。

 

 

 

 

 

夏が、始まる。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
「輿水幸子の同一性」、これにて完結とさせていただきます。

小梅の見た目や幸子の言動の理由を考えて書いてみました。

「32.故に藻搔き手を伸ばす」と「34.何も無くてもいいですか」には、文字を透明にしている箇所があります。
反転すると読めるようになるので、探してみていただけると嬉しいです。

お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
ご縁がありましたら、またどこかで。

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