「うーん……。」
後日。
この前と同じファミレスにて。
この前と同じように、幸子はノートとにらめっこをしていた。
この前と異なるのは、ノートが1冊でなく、2冊あるということくらいだ。
3人のオフが重なった日は、ここに集合するのが暗黙の了解となっていた。
しかし、現在テーブル席には幸子のみ。
どうやら小梅や芳乃よりも一足早く到着したようだ。
集う理由は当然、幸子に憑いている幽霊について。
それが成仏する方法、それの未練を見つけるためだ。
常人ならざるモノを持っている2人とは異なり、只のカワイイ一般人である幸子は、彼女達の会話にしばしば置いていかれる。
だから幸子は、彼女達が来る前に現状のおさらいをしていた。
趣味欄にノートの清書と書くほどの、彼女の勤勉さ故の行動だった。
「……結局、何も分かってませんね……。」
幸子が2人に協力要請をしてから、2週間ほどが経過した。
その間、幸子はいつも通りに行動し、小梅と芳乃はそれに付き合った。
それによって得られたものは、何もなかった。
自分に憑いている幽霊、その未練に繋がるものは、ヒントすら見つかりはしなかった。
「本当に、ボクの……?」
小梅の話によれば、幽霊は自らの未練と密接に関係のあるものに憑く。
であれば、輿水幸子は未練と非常に近い位置に居るはずだった。
しかし、2週間自分の行動を見てもらって、未だ手掛かりすら掴めないとなると。
未練は本当に自分と関係のあるものなのか、疑ってみたくもなるのが人情というものだった。
当然、これは幸子が小梅を疑っているという意味ではない。
幸子は小梅に全幅の信頼を置いているし、小梅も幸子に同じ想いを抱いている。
その小梅が言ったのだ。未練は自分の近いところにあると。
それを疑う理由は何処にも存在しない。必ず、自分の近くに存在する。
幸子が疑っているのは、小梅の言葉を基盤とした、現状の仮説。
「幽霊の未練は輿水幸子の行動範囲に存在する」。
これが間違っているのではないかと、幸子は思考した。
自分の近いところとは、当然その行動範囲も含まれるのだろうが。
しかし、それだけではないのだとしたら。
自分と近くはあるが、関係は無いものだとしたら。
近いけれども、普段行かない場所。起こさない行動。
そういったものに、未練に繋がる何かがあるのではないか。
2週間もかけて未だ収穫無しという事実が、そのまま幸子の考えの信憑性となっていた。
「……あれ、幸子ちゃん、早い……ね?」
ふと、前方から声。
見上げると、白坂小梅が壁に掛けられた時計を確認していた。
「ノートの清書をしてたんです、どうですかこのカワイイ止め跳ね!」
幸子は2冊のノートのうち、正面に置いていた方を両手で広げて小梅に見せる。
幸子は現状の判明点と自分の考えを頭の中に纏めるために、趣味である清書をしていたのだ。
「うん……やっぱり、綺麗……。可愛い、よ……。」
それを見て、小梅はにこりと笑う。
2人の間で頻繁に繰り返された、いつも通りの受け答えだった。
小梅の反応を見て、やはりいつも通り満足げな顔を浮かべながら、幸子はテーブルに広げた筆記用具を片付ける。
約束の時間が近付いていた。
幸子は芳乃が来るまで、雑談でもして時間を潰すことにした。
このまま趣味を続けていても、目の前の少女は暇をしてしまう。
「それにしても、暑くないんですか? その格好。」
小梅の身に纏う衣服を見て、幸子はハンカチで額を拭きながら尋ねる。
今年の梅雨は例年より暑く、そして湿気が多く。
特に今日は、温泉の中を歩いているのかと思えるくらいに空気が執拗に身体に纏わりついてきた。
エアコンの効いた店内で30分ほど涼んでいても、まだじっとりとした感覚が引いていない幸子に対し。
ついさっきまで暑苦しい屋外を歩いていたはずの小梅は、汗1つかいていなかった。
「落ち着く……よ……?」
彼女の手を完全に隠しているパーカーの袖部分をゆらゆらと揺らしながら、何でもないように小梅は言う。
「それに……あの子が、いる……から……。」
何も無い虚空を見つめながら、何でもないように小梅は言う。
「ボクが悪かったですこの話は止めましょう今すぐに」
幸子は思い切り頭を下げ、手を合わせて懇願する。
何ですか。あの子が居るから何なんですか。
涼しいんですか。ひょっとして涼しかったりしちゃうんですか。
だからあの格好でも平気だと。成る程納得しました。
納得したので今すぐ違う話題にしましょう。ホラーは勘弁してください。
目は口ほどにものを言うなら、幸子の瞳は非常に達者だった。
「試して……みる……?」
口元に手を添え、くすりと可愛らしく笑いながら。
小梅がそう言うと、幸子の右腕が、ひやり。
「フギャーーーー!!??」
「……そちらでしてー。」
そのリアクションは、タイミング良く入店した芳乃にとってこれ以上無い目印となった。
「……ふむー。では、普段とは異なることをなさろうとお考えでしてー?」
芳乃の確認に、幸子はしっかりと頷いた。
芳乃は頭の中で彼女の言葉を反復し、確かにそうするべきだと納得していた。
その根拠は、幸子が言うように、これだけ時間をかけても進歩が無いという事実に加え。
芳乃のみが知り得る情報も、幸子の考えを支持しているからだった。
芳乃が幸子を家まで送り届けた日。
芳乃は確かに幸子の家と、幸子自身の気の巡りを確認した。
どちらも、問題は見られなかった。
「幽霊が成仏できない原因の土地には、悪い気が流れている」。
それが先日の撮影で芳乃が学んだことであり、それを当てはめれば。
幸子の家は、未練の原因ではないということになる。
土地だけでなく人間にもその適用範囲を広げるならば、幸子自身も原因ではなくなるのだ。
この考えは少々楽観が過ぎることは確かだ。
撮影の時に対面した幽霊は、あくまで皆土地が原因であるケースのものだった。
原因が人間である場合にも同じ考えが当てはまるという確証は無い。
幸子の家に原因が無いことはひとまず確定されたが、幸子本人の気の巡りも同様に良かったからといって、完全に問題無しということにはできない。
しかし、幸子の普段の行動範囲に原因が無いという幸子の考えを、多少後押しするには十分だった。
この芳乃の考えが、合っていようと合ってなかろうと。
現に収穫が無い以上、アプローチの方法を変えてみる必要は確かにあるわけで。
幸子自身に原因がある可能性は、排除するのは流石に早計だが、一旦無視する分には。
膠着した状況を打破するために、有効だと芳乃は判断した。
「ではー、何を致しましょうー。」
幸子が普段起こさない行動。訪れない場所。
最近知り合った芳乃よりも、昔からの付き合いである小梅の方が、思い当たるものが多いだろう。
そう思って、芳乃は小梅の顔を伺う。
「…………ほ、」
すると小梅は。
今まで芳乃が一度も見たことがないような輝きを瞳に宿し。
身を乗り出して幸子を見つめていた。
興奮しすぎて言葉に詰まっている。
「ほ……」何なのだろう。法螺貝?
「…………ほ?」
対する幸子は、ぽかーん、と擬音が聞こえてくるような。
何故小梅がこんなに嬉しそうな表情をするのか、把握しかねている様子だった。
「…………ほー?」
そんな2人の様子を見て、芳乃はきょとんと首を傾げる。
小梅はようやく、ある程度の落ち着きを取り戻し。
それでも興奮を抑えきれない様子で、幸子に提言した。
「ホ、ホラー映画……見よう……!」
幸子が分かりやすく固まった。
彼女の周りだけ、時間でも止まっているかのように。
それを見て、また可愛らしい反応が見られることを芳乃は経験から悟る。
口元の緩みを隠すために、ほうじ茶を口に運ぶ動作を取った。
「…………えっ」
幸子の時が動き出す。
目の前の少女が嬉々として発した言葉を理解する。
彼女の表情とその内容は、幸子にとって到底結びつかないものであり。
しかし小梅にとっては、容易に結びつくものであることも、幸子は理解していた。
故に、幸子の思考は結論付ける。
これは単なる冗談などではない。
彼女は。白坂小梅は、本気だ。
「いいいいい嫌です! 嫌ですよ!?」
ぶんぶんと音が聞こえるほどの勢いで、幸子は大きく首を振る。勿論横に。
どうして小梅と幸子は仲が良いのだろう。
口元の緩みを悟られないよう茶をすすり続けながら、芳乃は2人を見て思う。
こんなにも趣味嗜好が異なる2人が、何故。
「いつも、嫌がっても……結局見てくれる……でしょ……?」
無論、2人の現状に不満があるわけではない。仲が良いことに越したことはない。
ただ、単純に珍しく感じた。
ホラーが大好きな小梅と、ホラーが大の苦手な幸子。
この2人が今まで親友で居続けられた事実が、とても希少なものに見えて。
だからこそ、2人の会話は見ていて微笑ましいものだった。
十数分の攻防の果てに。
今日は小梅の部屋で、彼女オススメのホラー映画鑑賞会を執り行うことが決定。
小梅は「あの子」とハイタッチし、芳乃はほうじ茶をおかわりし、幸子は1人頭を抱えた。
〔Mission List〕
・幽霊の未練を晴らしてください
・白坂小梅の動向を観察してください