輿水幸子の同一性   作:maron5650

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5.姿の見えないあの子の友達

「フギャーーー!!!」

 

これで何回目なのだろうか。

幸子が叫んだ回数を数えることを、芳乃は随分前に諦めていた。

最後に頭の中で唱えた数字は、確か13。

 

白坂小梅が住む、彼女所属の事務所が管理している女子寮の一室にて。

備え付けのテレビの前に置かれたソファに、左から芳乃、幸子、小梅の順で横に座り。

小梅が20分かけて厳選したホラー映画を鑑賞していた。

当然、雰囲気を出すためにカーテンは全て閉め、明かりも消している。小梅のこだわりである。

 

ゾンビの軍団が男を囲み、ゆっくりとその距離を詰めてくる。

その様子を、幸子は涙を溜めながら。小梅は百点満点の笑顔を浮かべながら見つめている。

同じものを見ても、ここまで反応が異なるものなのか、と、芳乃は道中で購入した緑茶をすする。

空になったグラスをテーブルに置き、注ごうとペットボトルに手を伸ばす。

 

しかし、ペットボトルは芳乃の手に触れることなく。

ひとりでに、宙に浮いた。

 

「…………。」

 

芳乃は驚かない。

彼女は気を読むことができるからだ。

ペットボトルは勝手に浮遊しているのではない。

その周りに、ぼんやりと気配が見える。

今この部屋に居るのは、5人。

芳乃。幸子。小梅。幸子に憑いている幽霊。そして「あの子」。

2体の幽霊のうち、物体に干渉できるほどの力を持つのは消去法で「あの子」となる。

つまり。この気配の正体は、「あの子」。

 

芳乃は焦らない。

ただでさえ画面に恐怖している幸子がこれを見たら、流石に失神でもしてしまう気がしたからだ。

目だけで幸子の方を見る。彼女は画面に釘付けになっていた。

その奥に居る小梅も、幸子同様に映画に魅入っていた。

ここで芳乃が明らかな反応を見せて注目を集めさえしなければ、幸子は異変に気付かないだろう。

それに、この気配に悪意は感じない。

ただ、グラスに緑茶を注ごうとしてくれているだけなのだろう。

焦る必要など、何処にもない。

 

キャップがくるくると回転し、やがて外れる。

ペットボトルがゆっくりと傾き、トポトポとグラスに液体が注がれる。

その8割ほどを満たしたところで、ペットボトルは再び直立。

きちんとキャップが閉められた。

 

芳乃はグラスを手に取り、ぺこりと一礼する。

感謝を口に出して伝えたかったが、そうすると幸子が気付いてしまうかもしれない。

だから芳乃は、できるだけしっかりと礼の体制を取った。

「あの子」に感謝が伝わるように。

 

芳乃が礼をし終わると、気配は小梅の左後方に戻る。

どうやら、伝わってくれたようだ。

心の中で安堵しながら、目線を画面に戻す。

スタッフロールが流れていた。いつの間にか終わっていたらしい。

 

「じゃあ……次は、これ……。」

 

スタッフロールも最後までしっかり堪能した後。

小梅はテーブルの上に積み重ねられたブルーレイの塔から、一番上の1枚を抜き取った。

パッケージには、やはりグロテスクなゾンビがアップで写されている。

 

「小梅殿はー、和風のものはお好きではないのでしてー?」

 

ホラーといえば、廃村や廃屋に迷い込んだ主人公が実体の無いモノに襲われる、といった。

いわゆる「和風ホラー」のイメージを、芳乃は強く持っていた。

しかし、今日小梅がチョイスしたラインナップは、どれもが街中で実体のある狂気的な化け物に襲われる。

スプラッタに分類されるだろうものばかりだった。

 

「幽霊モノも……好き……だけど……。

ゾンビが出てくる映画が、特に、好き……。」

 

せっせとブルーレイを入れ替えながら、普段より少し抑揚の高い声で小梅が答える。

その理由を芳乃が尋ねると、小梅は続けて答えた。

 

「ゾンビって、ノロノロ歩いて、襲ってきて、かわいい……。」

 

人には多種多様な価値観というものがある。

芳乃は頭では理解していたそれを、実感を伴って再認識した。

 

「…………幸子殿ー?」

 

ふと、つい先程まで叫びに叫んでいた少女の声が一切聞こえないことに気付く。

その顔を覗き込むと、幸子は白目をむいて気絶していた。

 

「……なんとー。」

 

これが仕事だったなら、文句なしの一発撮りで即終了だっただろう。

映像的にオイシイ反応をしてしまうが故に、苦手な部類の仕事が絶えず殺到する。

難儀な体質をしているものだ。こればかりは同情してしまう。

 

「小梅殿、小梅殿ー。幸子殿がー。」

 

言語設定と字幕設定をしている最中の小梅に声をかける。

基本的に、言語は英語、字幕は日本語が小梅のジャスティスだ。

しかし吹き替え声優や字幕の訳者によっては、その限りではないらしい。ケースバイケース。

 

「幸子ちゃん……せめて安らかに……。」

 

どこからともなく取り出した十字架を両手で掲げ、祈りを捧げる小梅。

意識があったら全力で飛んできただろうツッコミが無いということは、本当に気を失っているようだ。

そのことに気付いた小梅は、つまらなそうに十字架を机の引き出しに仕舞った。

 

「しばしー、休憩致しましょうー。」

 

芳乃の提案に、小梅は頷いて。

幸子をソファに寝かせ、彼女が意識を取り戻すまで目を休めることにした。

しばしの雑談タイム。

 

「先程ー、「あの子」殿からお茶を注いでいただきましたー。」

 

幸子が眠っている今なら、この話をしてもいいだろう。

芳乃は小梅に、ついさっきの出来事を話す。

 

「そう……なの……?」

 

小梅は首を傾げ、自分の左側、その虚空を見つめる。

その先には当然、「あの子」の気配。

単に気付かなかったというだけで、驚いてはいないようだ。

 

「物に触れることができるのですねー。」

 

先日の撮影でもポルターガイストが起きていたから、そう意外なことでもなかったが。

幽霊が物体に触れることができる、と、改めて認識すると。

それは非常に驚くべきことのように思えた。

 

「うん……でも、外だと騒ぎになっちゃうから……。」

 

確かに、幸子のようなただの一般人が、物体が勝手に浮遊する様を見たら何事かと思うだろう。

人目のつかない場所でのみ、「あの子」はその善意に基づいてこちらの手助けをしてくれるということか。

 

「改めまして、ありがとうございますー。」

 

芳乃は再び、「あの子」の気配に向かってお辞儀をする。

 

「どういたしまして、だって……。」

 

小梅が「あの子」の言葉を聞き、芳乃に伝える。

それを聞いて、芳乃は静かに笑った。

 

「ね……聴いても、いい……?

……芳乃さんの、それ、って……地毛……?」

 

ふと、小梅が芳乃の頭部を見つめながら尋ねる。

思えば、3人で行動することは多々あったが、小梅と2人きりで会話する機会は今まで殆ど無かった。

薄い茶色な彼女の髪が、小梅は以前から気になっていたようだった。

 

「はいー、生まれつき、このような髪色でしてー。

……小梅殿はー、染めていらっしゃるのでしょうかー?」

 

芳乃は微笑みながらそう答え、小梅にも同様の質問をする。

小梅の服の趣味やピアスを付けていることなどから、芳乃は彼女の金髪は染色したものだと推測していた。

 

「うん……そう、だよ……。

これで、ゾンビと、いっしょ……。」

 

ピアスに触れ、小さく笑いながら小梅が返す。

しかし、芳乃にはその返答の意味が理解できなかった。

髪を金色に染めることに加え、その仕草から推測するに、ピアスをつけること。

その2つの行為が、「ゾンビといっしょ」に結びつくとは思えなかった。

 

「小梅殿、それは──」

 

芳乃が口を開こうとしたその瞬間、袂の携帯が震える。

続いて、小梅、幸子の携帯からも、着信音が鳴り響いた。

 

「……もしもしー、わたくし依田は芳乃と申しますー。」

 

相手は、プロデューサー。

芳乃が着信に応じ、お決まりのフレーズを口にすると。

彼は新しい仕事が決まった旨を彼女に報告した。

 

その細かい日時や場所、そして仕事の内容を聞きながら、横目で小梅の表情を伺う。

小梅は芳乃と同じように、スピーカー部分を耳に当てながら。

心底嬉しそうに、楽しそうに。

ポケットの中で携帯を震わせ続ける幸子の寝顔を見つめていた。

 

 

 

 

 

〔Mission List〕

 

・幽霊の未練を晴らしてください

・白坂小梅の動向を観察してください

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