「なんでこんなことに……。」
幸子は両手で顔を覆い、震える声で呟く。
そのリアクションこそが原因だと伝えるのを、芳乃は止めておくことにした。
綺麗な満月のみが辺りを照らす真夜中。
3人はまたしても廃校の前に立っていた。
前回訪れた所に居た幽霊は全て除霊したため、今回はまた別の学校だ。
先日撮影した、廃校にて行われた3人の肝試し。
全国のお茶の間に放映されたそれは、かなりの高視聴率を誇ったようで。
早速第二弾が企画され、その結果、彼女達は今ここに居た。
芳乃は校舎の気を読む。
悪い気が、建物全体に蔓延していた。
前回のものと同じく、幽霊が土地に縛られているケースのようだった。
「……?」
携帯のバイブレーションと化している幸子の手を引き、早速校舎に足を踏み入れようとしたところで。
小梅の気配が後ろで立ったまま動かないことに、芳乃は気付く。
振り返ると、彼女は前回の撮影と同じように、校門の前で立ち止まっていた。
「あの子」が学校名を気にしていた、と。
幸子の所属する事務所で映像のチェックを行っていた際、小梅はそう言っていた。
今回も同じく、気になっているのだろうか。
少し待っていると、小梅は小走りで2人の元へ駆け寄ってくる。
これから自分の趣味でもある心霊スポットに訪れようというのに、彼女は嬉しそうではなかった。
その表情を見て、芳乃は彼女の気を読む。
「困惑」。
この学校が期待より心霊スポットとしての規模が小さいことによる不満。
或いは、期待より遥かに大きく、むしろ大きすぎることによる不安。
あの白坂小梅が心霊スポットに訪れたにも関わらず浮かない顔をする理由は、その2つしか芳乃には思い浮かばなかった。
しかし。彼女が纏う気の正体は、そのどちらでもない。
ただ、何かに戸惑っていた。
「……小梅殿ー、どうかなされましてー?」
芳乃は小梅の身を案じ、問いかける。
小梅はゆっくりと首を横に振り、答えた。
「私……は、大丈夫……。でも……。」
小梅は自分の左側、その虚空に目を向ける。
その先には、「あの子」の気配。
「芳乃さんや幸子ちゃんは、平気……だけど……。
私は、入らない方がいい、って……。」
なるほど。小梅が困惑するのも頷ける。
非常に困惑している自分自身を客観的に見つめ、芳乃はぼんやりとそう思った。
ここは自分達には手に負えないほど危険だから、全員入らない方がいい。
若しくは、幽霊を相手取る経験が少ない芳乃と幸子は入らない方がいい。
上記のいずれかならば、芳乃もここまで戸惑うことは無かっただろう。
しかし、「あの子」は小梅のみを引き止めた。
芳乃と幸子は足を踏み入れても問題ないが、小梅だけはそうではない。
「あの子」はそう警告していた。
しかし、芳乃には分からなかった。
自分や幸子は無事だが、小梅だけはそうは済まない。
そんな状況がこの場所で起こり得るとして。
では、そんな状況とは、何か。
具体的にどんなものが有り得るのか。
それが芳乃には、皆目見当がつかなかった。
芳乃は2人に気付かれないように「あの子」の気を読む。
対象が幽霊の場合、生者とは異なり、芳乃は善か悪かの2極しか読み取ることができない。
だが今回は、それで十分だった。
小梅に嘘をついているのなら、芳乃の目に「あの子」は悪と映るだろう。
「……そう、ですかー。
ではー、何かありましたら携帯にてお伝えくださいませー。」
「善」。
「あの子」は小梅の身を心から案じ、この警告をした。
その事実を確認して、芳乃は小梅をここに残し、幸子と2人で探索することを決めた。
「う、うん……。
芳乃さんも……危ないと思ったら、すぐ教えて……ね……?」
心配そうに自分を見送る小梅に、芳乃は微笑みながら頷く。
彼女に背を向け、校舎の中へ進もうと、1歩前へ。
と、そこで。
そういえば自分の横に居る少女が先程から静かだな、と。
そういえばこの前もこんなことがあったような気がするな、と。
そう思い、半ば予想が付きながらも、幸子の方へ視線を向ける。
「……なんとー。」
撮影中であることもあり、一応、驚いた素振りを見せておくことにする。
幸子は案の定、気を失っていた。
「ささささささ先を譲ってあげてもいいですよ! ボクはカワイイので!」
廊下の窓から、月の光が差し込んでいる。
青白く染まった道を、芳乃は歩く。
背中から幸子に全力で抱きつかれながら。
「動きづらいのでしてー……。」
動作こそ鈍重であったが、芳乃は迷うこと無く真っ直ぐに目的地へと向かっていた。
「あの子」が先導してくれているからだ。
小梅が付いて来られない代わりにと、「あの子」は自ら案内兼護衛役を申し出た。
……と、小梅が言っていた。
幽霊の対処に関しては素人である芳乃にとって、小梅の不在は非常に痛手であり。
それだけ、「あの子」の存在は心強かった。
廊下を渡り、階段を上り、再び廊下。
スタッフから渡された懐中電灯を使わずとも、月明かりだけで十分に明るかった。
普段日中にしか目にすることのない学校の、知られざる夜の姿。
それは芳乃の目を大いに楽しませた。
現実から切り離された、幻想的な世界が広がっていた。
「あの子」が壁をすり抜け、教室へと入る。
ここが目的地のようだ。
芳乃は引き戸に手を掛け、中へ足を踏み入れる。
「……これはー。」
思わず息を呑む。入り口で立ち止まる。目を見開く。
教室の全貌さえ見渡せない。視界を埋め尽くすほどの、幽霊の気配。
一足先に入った「あの子」は何処に居るのか、芳乃は既に見分けがつかなくなっていた。
何故なら気配の全てが、「あの子」と同じ「善」。
幽霊を個体ごとに認識することができない芳乃にとっては、間違いの無い間違い探しを見せられているようなものだった。
「な、何……? 何か居るんですか……?」
背後から離れないまま、幸子がおっかなびっくり聞いてくる。
キョロキョロと辺りを見渡していた。
幽霊がギッチリ詰まっていると伝えたら、また彼女の瞳から黒が消えるだろう。
「……はいー。2,3人ほどいらっしゃいましてー。」
嘘をつくときは、本当のことを少し混ぜるとバレにくい。
いつか何処かで聞いた豆知識を、芳乃は実践してみることにした。
さて。
害を及ぼすものではないようだし、幸子のマグニチュードも段々大きくなりつつある。
加えて、小梅を外で待ちぼうけにさせている。
さっさと除霊するのが吉だろう。
目を閉じ、心を落ち着かせる。
胸の前で両手を合わせ、ばばさまの記憶を脳内で再生する。
ばばさまが発した音を、自らの口から吐き出す。
音の羅列は神秘的な意味を内包し、教室に反響する。
そうやって、記憶の6割ほどを再生し終わった頃だった。
「──、……幸子殿ー?」
幸子が、芳乃から離れたのだ。
これまでの数週間で、芳乃は幸子のことを多少深くまで知ることになった。
その経験が告げていた。
輿水幸子は、この状況で芳乃から離れることができるほど、恐怖に耐性のある人物ではない。
幸子が取った動作は、明らかに異常だった。
芳乃に儀式を中断させるには、十分なほどに。
そして当然、芳乃は幸子の様子を伺うために。
閉じられた瞳を、ゆっくりと開く。
そうなれば、芳乃は目にすることになる。
「黒」。
「黒」。「黒」。「黒」。「黒」。「黒」。「黒」。
視界全てを覆い尽くす、どす黒い悪意。
瞬間、芳乃は自らの失態を悟る。
幽霊はこの時を狙っていたのだ。
「あの子」の行動を押さえ込んだ瞬間を。
芳乃が除霊の儀を行うために、目を閉じた瞬間を。
内に秘めた悪意を隠し、善を偽る必要の無くなった瞬間を。
「──依田、芳乃。」
輿水幸子を人質に取る瞬間を。
「……何が、望みでして?」
芳乃は幸子を、いや、幸子の身体に入り込んだ存在を睨みつける。
輿水幸子は、乗っ取られた。
何故なら、彼女の身体が震えていない。
何故なら、彼女はこんな冷酷な目をしない。
何故なら、彼女はこんな冷え切った声を発しない。
何故なら、彼女の気はこれほどまでに汚くなどない。
「今直ぐに此処を立ち去れ。」
悪意の中心に立ち、幸子は口を開く。
幸子の声を用いて、幽霊が言い放つ。
「……それだけ、ですか?」
芳乃は普段のおっとりとした口調を放棄する。
虚勢を張らなければならなかった。
自分が彼等に対して非力な存在であることを、知られるわけにはいかなかった。
攻撃手段を持ち合わせてはいるが、人質を取られているから動けない。
そう勘違いして貰わなければ、幽霊が芳乃に対し人質を取る意味が無いと気付いてしまう。
硬直状態ですらなくなってしまったら、一方的に蹂躙されるだけだ。
目の前のどす黒い黒に真っ向から視線をぶつけながら、隙を伺う。
携帯を用いて、外に居る白坂小梅にSOSを発信するタイミングを。
校舎に入る前に、あらかじめメールの文面は入力しておいた。
送信ボタンさえ押すことができれば、救難信号は彼女に届く。
だが、それは不可能だと芳乃は悟る。
目に映る黒の全てが、芳乃の挙動を監視していた。
ここで不審な行動を見せれば、その瞬間から幸子の身体は危険に晒されることになる。
そして、この数の脅威から幸子を守る手段を、芳乃は持ち合わせていない。
「輿水幸子に取り憑いた霊に、これ以上関わるな。」
要求を飲むしかない。
わざわざ幸子を人質に取り、こうして言葉を発しているということは。
この場で直接危害を加えることを、手段として用いる可能性はあっても、幽霊達は目的としていない。
言う通りにさえしていれば、取り敢えずは無事なはずだ。
「……承知致しました。
速やかにこの場を後にし、幸子殿の霊への干渉を取り止めましょう。」
芳乃が頷き答えると、幸子から黒が漏れ出していく。
その悪意が出尽くすと、彼女は目を閉じたまま、前のめりに倒れ始める。
気を失っているらしい幸子を、芳乃はその身で受け止めた。
「──あれ、ボクは、」
数秒が経過すると、幸子は目を覚ます。
現状の把握のため、キョロキョロと辺りを見回していた。
芳乃は彼女の気を読み、無事を確認する。
……大丈夫。この気は、確かに彼女のものだった。
「……除霊は済みましてー。小梅殿のところへ戻りましょうー。」
依然として自分達を取り囲んでいる黒を、見えないフリをして。
芳乃は幸子を安心させようと微笑んだ。
「そ、そうですか! では帰りましょう今すぐに!!」
芳乃の言葉を聞いて、幸子は目に見えて安堵する。
芳乃は頷き、教室を後にする。
校舎の外に出るまで、黒はずっと2人を監視し続けていた。
「おかえり……。どう、だった……?」
2人の帰還を小梅が迎える。
「ま、まあ余裕といったところですかね! 流石ボク、カワイイ!」
まだ膝が笑っている幸子が、精一杯の強がりを見せる。
芳乃はそれに笑って同意しつつ、幸子の死角になるように位置取る。
携帯を操作し、1通のメールを小梅に送信した。
『件名:幸子殿には内密に
内容:予期せぬ事態の発生により除霊失敗。要対応。
詳しくは後日、口頭にて。』
小梅の携帯が震え、彼女は通知を表示させる。
文面を確認し終えた頃を見計らい、芳乃は小梅の気を読む。
どうやら、正しく伝わってくれたらしい。
小梅は、除霊に成功したという体で幸子と会話を続けた。
と同時に、芳乃は校舎から近付く1つの善の気配を読み取る。
教室にて抑え込まれていた「あの子」だろう。
それはゆらゆらと宙を漂い、恐らくは定位置なのだろう、小梅の左後方へと収まった。
何がどうなっている。
芳乃は平静を装いながらも、内心で歯を強く噛み締めていた。
自分達の領域に侵入した生者を追い返した。
それだけならば分かる。
それだけならば理解できる。
だが幽霊が要求したものは、それだけではなかった。
幸子に憑いている幽霊への関与の禁止。
何故それが、廃校となった校舎の教室に縛られた幽霊の口から出てくる。
関係無いはずだろう。どうでもいいはずだろう。
幸子に憑いた霊があの校舎と関連があるのなら、そもそも幸子に憑きなどしない。
校舎に直接取り憑くか、あの幽霊達のように縛られるかだ。
幸子と校舎に関係があったのか。
いや、それはあり得ない。
幸子は私立のエスカレーター式に通学していると言っていた。
この学校は公立の小学校。幸子と関係など、あるはずがない。
「……もう夜も更けましてー。帰ると致しましょうー。」
今ここで考え続けても、答えは出ない。
後日、専門家である小梅に今日の出来事を説明し、意見を聞いてから考えるべきだ。
芳乃はそう判断し、他愛もない会話を続ける2人に声をかける。
今夜は、眠れる気がしなかった。
information : データが更新されました
[Tips] 2回目の撮影現場
「あの子」は撮影現場である校舎の名前を確認し、芳乃と幸子は大丈夫だが、小梅は中に入ってはいけないと忠告した。
芳乃が「あの子」の気を読んだ結果は「善」。悪意を持っての発言ではないようだ。
[Tips] 教室の幽霊
輿水幸子の身体を乗っ取り、芳乃に脅迫を行った。
脅迫の内容は以下の2点。
「今直ぐに此処を立ち去れ。」
「輿水幸子に取り憑いた霊に、これ以上関わるな。」
[Mission] 教室の幽霊の真意を探ってください
教室に居た幽霊は、輿水幸子に憑いた幽霊の詮索を禁止した。
だが、それらに関連性があるとは思えない。
何故このような条件を突きつけたのか、調べてみよう。
〔Mission List〕
・幽霊の未練を晴らしてください
・白坂小梅の動向を観察してください
・教室の幽霊の真意を探ってください