輿水幸子の同一性   作:maron5650

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7.剥き出しでいなければ

「……以上が、先日の一部始終でしてー。」

 

芳乃はそう言うと、ほうじ茶で乾いた唇を潤す。

定番の集合場所となったファミレスのテーブル席。

芳乃の反対側に座った少女は、袖で隠れた左手を口元に当てて思案した。

彼女の左側で、気配がゆらゆらと揺れていた。

 

「それは……確かに、要対応、だね。」

 

小梅は頷き、芳乃の判断に同意する。

明らかに異常だった。

これまでの情報では説明のつかない事態が、確かに発生していた。

 

 

 

 

 

最初から整理しよう。

芳乃は廃校での肝試し番組の撮影にて、幸子と初めて接触した。

その際幸子に幽霊が取り憑いていることを、気を読むことによって発見した。

小梅は芳乃が幸子と出会う以前から彼女と交流があり、幽霊は小梅が初対面の時から憑いていた。

つまりは、芳乃や小梅が幸子と出会うより前に、幽霊は彼女に憑いた。

 

撮影の帰りに初めて幸子はそのことを伝えられ、2人に除霊を要請した。

芳乃はばばさまの見様見真似で除霊の儀を行うことができ、それを用いれば成仏は可能である。

しかしそれは、2種類あるうちの片方のみ。

未練は無いが土地に縛られていて成仏できない幽霊にしか、その効果は無い。

幸子に憑いた幽霊が成仏するためには、その未練を晴らす必要がある。

しかし幸子に憑いた幽霊は殆ど力を持たず、コミュニケーションを取ることは不可能だった。

よって、未練に近いモノに憑くという幽霊の特性から、未練は幸子と関係があると仮定。

幸子の日常生活を観察し、彼女の行動範囲から未練を見つけ出すことにした。

 

それは失敗に終わった。

2週間という歳月を捧げても尚、未練の手掛かりすら得られることはなかった。

その結果から、幸子は1つの仮説を提示した。

自分と近くはあるが、関係のないもの。

近いけれども、普段行かない場所。起こさない行動。

そういったものに、未練に繋がる何かがあるのではないか。

 

芳乃はこの考えを支持した。

彼女が幸子とその家の気を読んだ結果が、幸子の仮説を裏付けていた。

幽霊の未練と関係するモノには、悪い気が流れている。

肝試し撮影の経験から、芳乃はこの仮説を見出した。

そして幸子にも、幸子の住む家にも、悪い気は流れていなかった。

 

しかし。

2度目の肝試し撮影にて、以上の出来事や推測のみでは説明できない、新しい事態に直面した。

その経験から、芳乃は3つの新たな仮説を導き出した。

 

「幽霊は自らの気を偽ることができる」。

芳乃は「あの子」に案内された教室に入ると、視界を覆い尽くすほどの大量の幽霊を目撃した。

それらは全て善の気を纏っており、故に芳乃はその場で除霊の義を試みた。

校舎に入る前に建物の気を読み、この場に居る幽霊は土地に縛られているものと分かっていたからだ。

未練がある場合でないならば、芳乃は幽霊を成仏させることができる。

そのために目を閉じ、幸子の行動に違和感を抱き、次に視界を取り戻した瞬間。

善であったはずの幽霊は、全てが悪に変化していた。

隙を伺っていたと、芳乃は判断した。

2人と1体の侵入者の内、同じ幽霊である「あの子」を行動不能にし、自分達を認識できる芳乃が目を閉じる瞬間を。

確実に幸子を人質に取り、要求を飲ませる状況を作り出す機会を。

それを狙っていたのだ。悪である自らの気を、善と偽って。

 

「幽霊は生者の身体を乗っ取ることができる」。

芳乃が幸子の異変に気付き、目を開けると、既にそれは幸子ではなかった。

幸子の身体を使って、幸子の声を用いて、何者かが芳乃に接触した。

芳乃は、芳乃だけは確信を持って断言できる。

他者の気を読み取ることができる芳乃ならば。

決して気のせいなどではない。あれは輿水幸子ではなかった、と。

 

「幸子に憑いた幽霊の未練は、校舎に居た幽霊と何らかの関係がある」。

幽霊は芳乃に一方的な要求を告げた。

今すぐにこの場所を立ち去ること。

そして、幸子に取り憑いた幽霊への関与を止めること。

幸子に憑いた幽霊は、幸子に近いものに未練を抱いているはずだった。

しかしこの要求は、未練は校舎の幽霊と関係があると言っているようなものだ。

芳乃達が未練に近付くことは、校舎の幽霊にとって不都合なもので。

だから止めさせようとした。安直に考えれば、そういうことになる。

 

 

 

 

 

「これら3つについてー、御意見をお聞きしたくー。」

 

これらの仮説が合っているのか、少しズレているのか、それとも全くの見当違いなのか。

芳乃には皆目見当もつかなかった。

そもそも幽霊と関わるようになったことすら最近の話だ。

経験の数。それが芳乃には不足していた。

しかし、小梅ならば。

芳乃よりも圧倒的に幽霊に関する経験の多い彼女ならば。

芳乃よりも正確に、正否を見分けられるはずだ。

 

「まず……身体の、乗っ取り。

これは、条件付きで……できる……。」

 

小梅はそう言うと、パーカーの袖から指の先だけを2本、ほんの少し覗かせる。

それはどうやら、2を表しているらしかった。

 

「第一に、幽霊の魂が、ある程度の強さを、持っていること……。」

 

小梅はそっと中指を折る。

人差し指だけが、こちらを覗く。

 

「そして、生者が……気を失っているか、乗っ取られることを、承諾しているか……。

とにかく、抵抗していない状態に、なっている、こと……。」

 

人差し指も折られ、その小さな手の全てが袖の中に収まる。

……そういえば、幸子は事あるごとに気絶していたような。

彼女は本格的に幽霊と相性がよろしくないらしい。

 

「次に……幸子ちゃんに憑いた、幽霊の、未練。

これも、芳乃さんの考える通り……だと、思う……。」

 

3つ目についても、小梅も芳乃と同じ考えのようだった。

それが具体的に何なのかは調べなければ分からないが、何かの関係がある。

幸子に憑いた幽霊と、校舎に居た幽霊に。

 

「でも、幽霊が気を偽る、のは。

きっと……無いんじゃ、ない、かな……。」

 

しかし、1つ目。

幽霊が気を偽ることができるという、芳乃の仮説については。

小梅は、はっきりと反対の立場を表明した。

 

「……理由をお伺いしても、よろしいでしょうかー?」

 

小梅の反応は、芳乃にとって予想外のものであった。

芳乃はむしろ、3つ目の仮説の方が自信がなかった。

より現実味がないと感じていたからだ。

幸子とあの校舎との関係が何一つ思い当たらない事実が、どうしようもなく妥当性を低下させていた。

 

しかし、1つ目については。

何ら矛盾もなく、引っかかる点もなく。

すんなりと受け入れられるものだと芳乃は考えていた。

それを小梅は否定した。

その行動は、小梅から見れば芳乃の考えに明らかな矛盾があることを意味していた。

 

「理由……上手く、言えない……けど……。

幽霊は、悪意を隠せない……ような……。」

 

芳乃の言葉に、小梅は言葉を濁す。

彼女自身、言語化できるほど自らの思考の根拠を咀嚼できていないようだった。

 

「……焦らずとも、良いのでしてー。

ゆっくり、ゆっくり、言葉を探してくださいませー。」

 

小梅にとって、それは最早説明が不要なほどに当たり前のことなのだろう。

わざわざ言語化する必要が無いまでに、必然とすら言えることなのだろう。

何故海は青いのか。その問いに、答えは確かに存在する。

だが、それを答えられるのは、過去に疑問を持ち、調べ、納得した人物のみだ。

海は青いという当たり前を、当たり前としか感じていない者は、その原理を理解することはない。

故に当惑する。「だって海は青いものじゃないか」と。

 

「……えっと、ね?

幽霊は、自分の感情に、忠実……で。

だから……、」

 

それは恥ずべきことではないし、誰にでもあることだ。

芳乃はそういった考えの持ち主だった。

この場に恥ずべき人物が居るとしたら、それは芳乃自身だ、とすら考えていた。

芳乃は海が青いことを知らないが故に、その無知が故に。

海が青いことを当然として知っている小梅を、困らせてしまっているのだから。

 

「……違う?

悪意を隠しちゃ、いけない?」

 

小梅が言葉を紡ぐ、その途中で。

まるで何者かに話を遮られたかのように、小梅は右上を見上げる。

 

「……小梅殿、悪意を隠してはならないとはー?」

 

隠してはいけない。小梅はそう漏らした。

そういった制約が存在しているのだろうか。

或いは隠すという思考が、幽霊と成るにあたり、すっかり抜け落ちるのだろうか。

 

「自分にも分からない、でも、そういうものだ、って……。」

 

しかし、「あの子」はそれ以上のことは語ろうとしない。

いや、語ることができないようだった。

 

「……そう、ですかー。」

 

芳乃は、それ以上追及をすることはなかった。

 

「──もしもしー、わたくし依田は芳乃と申しましてー。」

 

ふと、懐から電子音。

出ると、相手は幸子のプロデューサーだった。

撮影した映像のチェックを、またお願いしたいという。

 

「……あれはー、皆々様にお見せできるものではないと存じましてー。」

 

この目で確認するまでもない。

あれは決して、広めて良いものではない。

映像はお蔵入りとするべきだろう。

……と、そのように伝えると。

彼もそのことは承知しており、ボツにする気ではいるのだが。

その為には「その筋の者が実際に映像を見て警告した」という事実が必要なので。

適当に映像を流し見して適当に意見を言ってくれ、とのことだった。

いわゆる大人の事情というやつらしい。

 

「じゃあ……行こ?」

 

小梅に電話の内容を伝えると、彼女は頷き立ち上がる。

話の続きは、映像を確認した後にすればいいだろう。

そう思い、芳乃は小梅を引き止めることなく、共にファミレスを出る。

どんよりした雲が、空を覆っていた。

 

 

 

 

 

information : データが更新されました

 

 

[Tips] 乗っ取り

 

幽霊は一定の条件を満たすことで、生者の身体を乗っ取ることができる。

条件は以下の2点。

・幽霊となった魂がある程度の強さを持っていること

・生者が身体を乗っ取られることに抵抗しない状態であること

 

 

[Tips] 幽霊の悪意

 

白坂小梅曰く、幽霊は悪意を隠すことができない。

「あの子」によれば、悪意を隠してはいけないようだ。

 

 

〔Mission List〕

 

・幽霊の未練を晴らしてください

・白坂小梅の動向を観察してください

・教室の幽霊の真意を探ってください

 

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