輿水幸子の同一性   作:maron5650

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8.安寧な幻想の中で

2人が幸子の所属する事務所に着くと、そこに幸子の姿は無かった。

話を聞くと、今回は流石に面白半分に付き合わせていいものではないと考えたらしい。

妥当な判断だ。仮にこの場に幸子が居たら、芳乃は無理矢理にでも映像を見せまいとしただろう。

 

「ではー、お願い致しましてー。」

 

幸子のプロデューサーは頷き、DVDを手に取る。

 

その動作を眺めながら、芳乃は1人思考する。

先程ファミレスで目にした、明らかな異常について。

思えば、今回だけではない。

彼女の行動に疑問を覚えたことは何度もあった。

幸子のショッピングに付き合った日。

ホラー映画の鑑賞会をした日。

2度目の撮影の日。

もしかすると、2度目のファミレスでの会議ですらも。

 

芳乃は、ただ注視する。

彼の手にあるDVDと、1つの気。

その動向を、注意深く観察する。

 

それらの多くを知覚しながら、芳乃は現在に至るまでその真意に気付くことはなかった。

それに辿り着くには、どうしようもなく決め手が欠けていた。

何か様子がおかしいかも知れないし、何ら問題は無いのかも知れない。

彼女は正常と異常の中間に位置し続けた。

 

あれが再生されては困る者が居る。

あれを見られては困る者が居る。

あれに気付かれては、困る者が居る。

 

芳乃はやっと確信する。

これまでの不可解な事象は、全て同一の存在が引き起こしていた。

これまでの不可解な現象は、全て同一の理由に基づいて引き起こされた。

これまでの不可解な状況は、全て同一の真実を隠すために存在した。

 

彼は機器の前で膝をつき、その口を開かせる。

 

彼女はツークツワンクの状態にある。

可能ならば動きたくないだろう。

今までとは異なり、動けば少なからずリスクを伴う。

だが。彼女は必ず自ら動く。

今までとは異なり、動かなければ彼女は即座に詰みの状態になる。

彼女の行動の意味が、全て水泡に帰す。

 

さあ。もう猶予は無くなった。

動け。打開しろ。そうしなければ全てが終わる。

彼の手にあるDVDは、真っ直ぐに機器へと移動し──

 

 

 

 

 

ぱりん。

 

 

 

 

 

──その中へ収まることなく、音を立てて2つに割れた。

 

瞬間。芳乃は小梅に目を向ける。

彼女の視線は彼の手に注がれ、こちらに気付いていない。

その気を読み取る。

彼女の心理状態を暴く。

何の物理的刺激も受けていないはずのものが、一瞬で壊れた。

それを見て、彼女が弾き出す思考。

白坂小梅の感情は。

 

 

 

 

 

「驚愕」。

 

 

 

 

 

予想だにしない状況を目にした者に、これ以上なく相応しい感情。

それを彼女が抱いている、ということは。

白坂小梅は、この現象に加担していない。

 

「……割れ、ちゃった。」

 

目を見開きながら、ぽつりと小梅が呟く。

芳乃の仮説が正しいことは立証された。

だが、その問題は未だ潜在のまま。

今ここで無闇に顕在化したとしても、決して良い方向には転ばない。

ならば。

 

「……呪われていたのでしょうー。此処に霊は「あの子」殿しか居りませぬー。」

 

DVDが破損した瞬間、それに触れていた生者は幸子のプロデューサーのみ。

そして彼が意図的にそれを割ることはあり得ない。

これが何らかの存在の意思によって直接行われたものならば、犯人は幽霊に限られる。

 

「うん……。あの子、ずっと隣に……居た、から……。」

 

小梅は頷いて、自らの左側を見る。

この場に存在する唯一の幽霊である「あの子」は、小梅の側を離れていない。

故に破壊は不可能だと。彼女自身がそう証言した。

ならば、彼女は何を疑うこともなく結論付ける。

これは呪われていた。だから壊れたのだ。

 

映像を確認するまでもなかった、これは放送してはいけないものだ。

バックアップデータも直ぐに削除する。

彼はそう言って、2人に謝罪する。

無駄足を踏ませてしまった、と。

2人の力を借りずとも判断できるものだった、と。

 

「いえー、お気になさらずー。」

 

芳乃はふんわりと笑い、小梅はコクコクと頷く。

同じように彼を許した2人。その理由は、それぞれ違っていた。

芳乃は心の中で呟く。

無駄足であるものか。意味はあった。十分過ぎるほどに。

 

 

 

 

 

「本日はもう日が暮れましてー、お話はまた後日に致しましょうー。」

 

2人は事務所を後にする。

ファミレスに戻るかどうか小梅が尋ねると、芳乃はそう返して微笑んだ。

小梅は普段夜更かしに慣れているのか、少し意外そうにしていたが。

芳乃は早寝早起きの生活をしているのだろうと納得し、その場で別れた。

 

「……さてー。」

 

小梅の推測は半分が正解であり、もう半分は間違っていた。

芳乃は普段、早寝早起きの生活をしている。これは正解。

不正解なのは、もう片方。

話の続きを後日に回した理由は、芳乃の生活リズムではない。

 

「もしもしー、わたくし依田は芳乃と申しましてー。」

 

小梅から十分に離れた芳乃は携帯を取り出し、電話をかける。

情報が必要だった。

彼女の過去を知る必要があった。

故に芳乃は、彼女と深い関わりのある人物に声をかける。

 

「急で申し訳ありませぬがー、少々お話がしたく存じましてー。今からお会いできますでしょうかー?」

 

『構いませんよ、ボクはカワイイですからね!』

 

受話器の向こうで、少女は元気良く了承した。

 

 

 

 

 

〔Mission List〕

 

・幽霊の未練を晴らしてください

・白坂小梅の動向を観察してください

・教室の幽霊の真意を探ってください

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