小池一夫ニキ原作の艦これ劇画がいつまでたってもでンので俺がそれっぽい小説にしてみた   作:臣 史郎

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艦これの連作になります。舞台は戦前に似た架空の世界で、架空戦記っぽいものになっています。オリジナル設定を含みます。
小池一夫先生、本当に劇画やってくれませンかね、いやマジで。



第1話

 これは波の音なのか。

 いや、波風に伴う物音なのか。

 浅やかな磯の香と波濤の如きものに入り混じり、時折懐かしきかの声が我が身を呼ぶ。

(…ぅが…)

 そうだ。君が呼ばわる、それこそが我が名だ。

(日向…)

(…日向…)

 超弩級戦艦伊勢型、二番艦日向。三十六センチ砲四基八門を主砲とし、後部航空装備に搭載可能機二十二機を誇る、世にも稀なる航空火力艦こそが、我が身である。

「…む」

 呼びかけに応じ瞳を開いた日向は、それにより今の今まで我が身が瞼を閉じたままであったことを知る。

(ここは…何処だ? 私は何をしていた?)

 立木に背を預ける姿勢で己は、正体を失くしていたらしい。

 四肢に痛みのようなものはなく、五体満足な身の上であるようだ。着衣にも問題はなく、被弾被雷の類の痕跡は見られない。

 こうして身辺のチェックを自身で行えるようになったことは、太平洋戦争当時の己と比べ特段の進歩と云うことが出来るだろう。何せ、かつてはそれら全てを乗員に頼っていたというのが今に至っては信じ難い。

 とはいえ、こと艤装のこととなれば艦娘の目視では限度がある。

「各艤装の詳報、報告せよ」

 虚空に呼ばわると、続々と報告が寄せられてくる。

 報告の主は、戦艦日向の艤装に宿る英霊――妖精たちのものである。

『主機問題なし』

『主砲動作問題なし』

『機関銃手、欠員なし』

 艤装の機能に欠損は認められなかった。その気になれば艤装展開を行うことが出来るであろう。

 ただし、座礁の覚悟をせねばならない。

 皇国港湾の海軍基地、所謂鎮守府の内では艤装を展開しても大事に至ることはない。鎮守府とは古来防人の英霊達の住まいであり、海の英霊たちの船たる艦娘も艤装も、≪浮力≫の加護を得るからだ。

 然るに、ここは鎮守府の内ではなくただの陸地である。英霊の加護が得られる可能性は低い。艤装展開したが最後、艤装の真の重み…総排水量は36000トンに達する…を我が身に受け立ち往生、甚だしきは圧死の危険すらある。

 つまり現在、超弩級戦艦の艦娘であるところの日向は、ただの娘の身に過ぎぬ機能しか持たぬということである。

(記憶混濁があるか…しかし、状況は最悪ではない)

 渦巻く波音にも似たそれの正体を、日向は我が目で確認した。

 松籟(しょうらい)であった。。

 波音の正体は風に煽られる松林の、葉ずれの音であったのだ。

(海は程近い)

 日向は確信した。

 松は浜辺の樹木であるからだ。

 針葉樹である松は、広葉樹が生息不可能な過酷な環境であっても根を張る。たとえば潮風に煽られる浜辺に、樹木のほとんどは根を張らない。葉に付着する塩によって光合成も呼吸も困難な上、塩水は殆どの陸の植物にとっては害毒であるからだ。

 しかし松は針葉樹である故に葉を塩害を受けにくく、塩水にも強い。よって次第に松以外の植物は死に絶え、松のみの林が出来上がる。

 松林は、海の功徳というわけだ。

 松に遮られてか、肌に風は感じられないが、しかし風上と思しき側に歩めばほどなく、松林を揺らす潮風を送ってくる海に出るはずであった。

 海には港がある。港から洋上に出さえすれば、鎮守府でなくとも艤装が展開出来る。

 松の幹に預けた背を起こし、日向は二本の脚での歩みを始める。

(帝国海軍の艦艇も、進歩したものだ)

 徒歩陸上機動を行い得る船舶など、かつては夢想だにされなかった。

 現在我が身は、それを行い得ている。

 そう思えば、10ノットにも満たない我が歩みも、日向にとっては痛快であった。

 

***

 

 その小屋を見つけたのは、小一時間も歩んだ先であったろうか。

 たどり着いた海岸は白砂の遠浅であった。港湾施設らしきものを求め波打ち際を添って歩めばコンクリの桟橋と、投錨した小船を見つけることが出来た。発動機は船外機であり、漁船ほどの大きさもない小舟である。おそらくは、靄に霞んで見通せる小島へと行き来する為のものであろう。

 小舟を徴収し、洋上に出ることも考えたが全艤装が問題なく稼働出来るほどの外洋に、出られるほどの燃料は無いと見られ、それは採らなかった。

「航空隊。この状況で瑞雲は使用可能か」

 日向は呼ばわる。虚空への呟きではなく、日向艤装の内の航空隊に対しての質問である。

 第六三四航空隊は、外史においては日向に配備予定でありながら、陸上基地の航空隊が優先されたためついに配備されることのなかった航空戦力である。爆撃が専門ながら偵察にも長けた彼らの瑞雲が運用出来ることは日向にとって幸いであった。

『限定的だが可能』

 程なく日向はこの回答を得る。

「限定的とは?」

『艤装展開が制限されており、空気圧搾式カタパルトによる発艦は不能なれど、搭載機は水上離着陸が可能』

 日向搭乗の飛行隊はカタパルト発艦にも関わらず三十分を待たずに全22機出撃を果たす錬度を有するが、現在緊急発艦は求められていない。差し支えないだろうと判断し、日向は着衣を海水へと浸しつつ、打ち寄せる波間へと分け入っていく。

 海面が膝上に達するあたりまで進むと、左腕を海面へと浸すこと凡そ五分。海面に1機の航空機が見事相転移する。

 水上爆撃機『瑞雲』の精巧なる模型…と見えるが、これは英霊たちの搭乗する立派な航空機である。搭載している爆弾も、実物サイズ同様の威力を有している。確証を求めるなら、爆弾の重量を計測するのが早い。親指ほどの大きさのそれが250キログラムの質量を有するのは、動かしがたい事実なのだ。

「では頼むぞ」

 水上を疾走して揚力を得、やがて空へと飛び立っていく瑞雲に、日向はいくつか偵察目標を与えた。

 一つ、現在座標より近隣の鎮守府、或いは港湾施設までの距離。

 一つ、近隣の人家、村落、交通設備などの有無。

 一つ、近隣に活動している人間の有無。

 その他、気が付いたことがあれば逐一仔細報告の手はずとなっている。

 先立つものは先ず情報であった。情報が無ければ行動は愚か、思考すら出来ない。

 瑞雲の報告まで暫くはあるであろうから、遠浅の浜辺を歩んで行くと幸運にも日向は、一件の小屋を見つけ出すことが出来た。

 掘っ建て小屋である。

 戸板に施錠の類はされておらず――田舎にはこういうことが珍しくない――容易に侵入することが出来た。床は無く、土間には指ほどの太さの女竹を3センチほどの輪切りに刻んだもの、洗面器やバケツ、ナイロンの綱などが見て取れる。

 そういえば洋上にはカキ筏が点々と見て取れた。置かれた資材の様子からも、この小屋は主にカキ漁のための物置と推察出来る。

(波の高さもさほどではない。総合するならばここは瀬戸内、太陽の向きから恐らくは本州側)

 艦娘の為の瀬戸内の施設では、先ず呉の鎮守府が思い当る。神戸には造船工廠があるし、水島にはプロペラやスクリューの工場がある。尾道、備前その他造船所なら沿岸に点在している。

(ふむ)

 そもそも海軍港湾施設の何れかに在り、来るべき決戦に向け待機するのが戦艦たる日向の常であったはずだ。

 それが何故に、何処とも知れぬ浜辺に倒れていたのか。

 理由も事情も、全く思い当らない。自分で歩いてきた者か、誰かに運ばれてきたものか、それも分からない。

(ごく最近のもののみだが、記憶に欠損が見られるようだな)

 最後の記憶は定例の演習であった。佐世保鎮守府の駐留艦隊の反航射撃演習に駆り出されたのである。日向は僚艦の姉、伊勢型一番艦の伊勢とともに秘書艦として鎮守府詰めにされていることが多かったが、この日に限って何故か伊勢が居らず、一艦で七艦の相手をする羽目になったのを覚えている。

(あの後提督に報告を入れに行ったはずだが…)

 もうその辺りから記憶が曖昧であった。

(演習の際、何かあったか?)

 日向は歴戦の戦艦であった。事故、被弾の際に起こる記憶の混濁ならば何度も見聞きしているし、経験もしてきている。酷い吐き気や発熱を伴うものだが、しかし今はそのような様子は見られない。

 打撃を受けて1日ほどを置いて自覚症状が出ることも珍しくないから、これから訪れてくるものなのかも知れなかったが、ならば艤装にも日向当人にも、何ら痕跡が見られないとは奇妙なことである。

(記憶がなければ思考も出来ん。記憶欠損のわけを考えることも出来ん。これでは埒があかん)

(座標が分かったら、呉に戻る手段を講じねばならんな)

 近隣に交通施設があるなら自力で戻る。人家があるなら電話を借り受け、タクシーなりなんなりを利用する。最悪は呉に直接迎えを寄越してもらわねばならない。

(呉に戻ったら…)

 戻ったならばなんとするか。

(…む)

 奇妙なことに、鎮守府に戻れば何とかなる、と思えるところのはずなのに、今の日向には何故だかそうは思えない。

(何だ。この感じは)

 呉には提督も、皆も居るはず。

 姉の伊勢も居るはずである。

 なのに何を不安に思うのか。その理由は分からないが、己の記憶が消失していることと、己が呉の鎮守府を離れ、何処とも知れぬ浜辺をさ迷い歩いていることに、関連が無いとは思えない。

 恐らくは、関連があるのだ。

 呉を出撃したのち、戦闘か、あるいは事故の類で記憶を喪失したのか。

 よもや鎮守府の内で記憶を失うほどの状況に陥り、意識の混濁したまま彷徨い出てしまっているのか。

(何れにせよ、待ちだな)

 偵察に出した瑞雲の報告を待つ。他にどうしようもない。

(ひとまず腰を据えるとするか)

 小屋の床は土間であったが、幸い茣蓙(ござ)を見つけることが出来たのでそれを敷くと、佩刀を腰間より降ろして坐する。

 日向の佩刀は、この世に産まれつき日向が所持していたものだが艤装の一部ではないようで、海戦においては衝角戦に用いることが可能な反面、こうして日々持ち歩く手間が生じる。天龍や龍田、木曾なども刀槍を所持するがこれば同じであるようだった。

 元帥刀もかくやの絢爛さであったが、抜いてみれば元帥造り――元帥刀は皇室御物の小烏丸を模し、切っ先のみ諸刃となっている――ではなく、圧重ねの実用刀でずしりと重い。

 その重みは常に頼もしく、今や百万の味方にも勝った。 

 瞳を閉じる。

 睡眠を摂るつもりであった。

 食事が摂れない以上、肉体を動かすには肉体の中の養分を使用するしかない。その為には睡眠が必要であった。

 熟睡しないよう、横臥はしない。

 艤装内の英霊たちにも半舷休息を命じ、ほどなく日向は半睡した。

 

***

 

(日向…)

(日向…)

 先ほどからの、何者かの声。

(この声、やはり伊勢か)

 声はすれども、姿は見えない。

 姿は見えないが、今やはっきりとわかる伊勢の声であった。

(何故、私の名を呼ぶ)

(私が応えぬからというならば応えよう。私はここだ、伊勢)

 伊勢と日向は、生まれた日こそ違え、終世を共にした姉妹であった。

 進むも戦うも共にあり、共に航空戦艦へと改装を受け、終焉の地もまた、共にあった。

(日向…日向…)

 呼ぶ声は止まぬ。

 何故に呼ぶのか。呼ぶ伊勢はどこに居て、何を伝えようと云うのか。

 分からない。

 夢幻のことだけあって奇妙であった。

 もし何か緊急の用件があるなら無線を使用すればよい。艤装を展開しない状態であっても、電波状態が良好ならば受信は可能だ。姿も見えぬほどの遠くより、声を大にして呼ぶ必要はない。

 そういえば、伊勢の呼ぶ声は囁くようで、遥か遠くより声を張っている様子が感じられない。

 近くに居るのだ。

 近くに居るのに、姿が見えない。

 ならば何処なのか。

 この日向の間近の、一体何処に居る?

(…気を付けて…)

「…なに?」

 今度は、名を呼ぶ声ではない。

 意味のある言葉であった。

(気を付けて、日向…)

 気を付けろだと? 何にだ? それだけではどう行動のしようもない。日向はもっと聞き取ろうと、夢幻の内に耳を澄ます。

(気を付けて、日向…)

(鎮守府に…提督に気を付けて…)

「…なんだと?」

 その、自分自身の声で、日向は覚醒した。

「…」

 耳に寄せては返す、波乱の如き松籟の音に、変化が見られる。

 雨音だ。

 さほど眠っても居ないはずなのに、天候が大きく変わったらしい。

「…なんと言ったか?」

 夢の中の伊勢は、何と言った?

 思い出せる。

 鎮守府に気を付けろと、伊勢は言ったのだ。

(鎮守府に、それに提督に気を付けろ…だと?)

 伊勢と日向は、呉の鎮守府を本拠としている。故に鎮守府とは、呉鎮守府のことを指すのであろう。提督というのも、呉の提督と見るのが自然だ。

(それに気を付けろ、とはどういうことなのか)

 日向は、そのような状況をとっさに想像することが出来ない。

 むろん、夢現に聞いた言葉のことであるから、まともに受け止めることは無いように、常識的な見地では思える。

 しかしそもそもが人知の埒外に存在するのが艦人たる日向たちであった。

 艦の見る夢は、人の見るそれとはまた違ったものであるのかも知れなかった。

(瑞雲の報告はまだか)

 日向には事の前後の記憶がない。

 夢幻に伊勢の告げた言葉の意味を反芻しようにも、圧倒的に情報が欠けていた。とにかく今欲しいのは情報であった。唯一の頼みは、先刻放った瑞雲である。

 しかし、外は雨だ。

 妖精が操るとはいえ、雨天での飛行には著しい危険が伴う。天候がひと段落するまでは、近海に着水しているかも知れない。

 当てにするのは酷と分かっているものの、待つ身に焦りを募らせるうちに、ついに第一報があった。

『緊急。緊急。街道ヨリ小屋ヘト向カウ車両複数ヲミトム』

 ただならぬ調子の、無電である。

(こちらへ向かってくるだと?)

 最初に考えたのは、鎮守府からの迎えである。

 行方不明となった日向の行方が知れ、迎えを寄越したというものだが、もしそうだとしたら引っ掛かるのは先刻夢幻の内に姉、伊勢が残して行った言葉である。

 鎮守府と提督に気を付けろ、と言っていたのだ。

 その鎮守府からの迎えが来たというのであれば、諸手を挙げて歓迎出来る気分にはならない。

「日向艦橋より瑞雲1号機。車両の台数ならびに乗員を知らせ」

『大型車両。4台以上多数多数。乗員小銃ニテ武装』

「武装だと」

 陸軍の用いているようなトラックであろう。それが複数車両、小銃で武装した歩兵を満載してこちらに向かってくるというのだから穏やかならない。

 左手にあった太刀を腰間へと戻し、日向は小屋の周囲へと注意を凝らす。

 松風に波音、それにしとしとと降る雨の音。

 それらに混じって聞こえてきた発動機の排気音は、小屋のかなり遠くで止まった。

 その代わりに感じられる気配は、泥濘を踏む軍靴の音、雨の合羽に落ちる音、兵士の息づかい…しかしそれらは、小屋に近づいて来る様子がない。

 小屋を遠巻きに包囲し、動かぬ様子である。

(海軍艦艇たるこの日向を、陸軍が討ちに来たのか? いったい何の意趣があって?)

 身に覚えなし、とは言い難い。なにせ日向にはことの前後の記憶がないのだ。

 だからといって、いいやだからこそ易々と討たれてやるわけにはいかない。

 身に覚えのないことで討たれなければならないほど、軽い身分ではない。海軍主力の一翼を担う、超弩級戦艦たる我が身である。

(手向い致すべし)

 問答無用というならば、相応に報いる。

(陸上機動に加え、陸戦能力までも得られようとは、皇国海軍艦艇も格段の進歩を果たしたものだ)

 艤装展開を考えないとした場合、武装は腰間の軍刀一振となる。自衛に限れば申し分ないが、軽歩兵中隊規模の制圧はさすがに至難と言えるだろう。

 艤装展開したばあい艦人当人に圧死の危険があるし、そうでなくともそのまま座礁となり艦人もろとも立ち往生となる可能性が高い。

 とはいえ、艤装展開しさえすれば7.7ミリ機関砲が使用可能と思われ、軽歩兵相手なら優位に立てるであろう。

 つまりは、佩刀により行けるところまでは行き、いよいよとなれば艤装を展開、砲台となって抵抗し、矢尽き刃折れるまで戦い立ち往生。

(…まあ、そうなるな)

 我知らず口角が吊り上る。

 日向は、笑っていた。

 




ここまで読んでいただいてありがとうございました。2話へと続きます。
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