小池一夫ニキ原作の艦これ劇画がいつまでたってもでンので俺がそれっぽい小説にしてみた   作:臣 史郎

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第2話になります。

もう少しはっちゃけた内容にするつもりがわりと真面目な話になりそう…


第2話

 銃から身を守ろうとした場合、第一は見つからぬことであり、第二は掩体に身を寄せることである。どちらも出来ない場合は、可能な限り身を低くして命中率の低下を期待する。

 日向は何れも採らなかった。

「何故に国軍の艦艇たるこの日向に、同じ国軍兵士が銃を向けるか!」

 自ら木戸を開き、遮るもののない浜へと出たのだ。

「人語を解するなら応えよ! もののふなら意趣を明らかにせよ!」

 陸兵たちからの距離はおおよそ100m程はあるであろう。

 一字一句漏らさず声が聞こえるとは思われないが、堂々と小屋から姿を現してわめいていれば何かもの申していることは分かるはずであった。

 向こうには銃を向ける理由があるだろうが、こちらには身に覚えのないことである。記憶すらないのだから仕方がない。

 ならば彼らから情報を聞き出すのが手っ取り早いと考えたのだ。

 狙撃を得意とする者が彼らの中に居れば、この距離、この悪天候下でも確実に日向の額を撃ち抜く。危険であったが、無謀とは考えなかった。彼らの目的は日向の殺傷ではなく、拿捕曳航であろうと考えられたからだ。

 殺傷目的であらばとっくに発砲して、小屋もろとも蜂の巣にしているだろう。

「指揮官は誰か! 姿を見せろ!」

 包囲の兵士は雨中、伏して身を隠しており、故に小屋の中に居る日向に見つかっているとは考えていなかったはずであった。

 しかし日向が呼びかけたことにより、隠れても無駄であると知ったはずである。

 やがて、松林より5名の人影が現れ、こちらへと歩んできた。

 言って見るものだ。本当にこちらと話をする気になったらしい。相手指揮官もなかなか肝が据わっている。

「超弩級戦艦伊勢型、二番艦日向だ。貴官が指揮官か、大尉殿」

 彼らは軍服を着用しており、合羽より覗く襟元から階級章が見えた。

 軍服を着ているということは彼らは服務中であり、軍令により日向を包囲していることになる。

「貴艦が日向か。武勲は陸に居ても聞こえてくる。呉の提督の座乗艦という話ではないか」

 陸軍大尉は、名乗るつもりはないらしい。

 大尉の部下であろう四人は、立位のままぴたりと小銃の筒先をこちらへと向けている。

 美しい立位であり、精兵であることが窺い知れた。

「陸海の違いこそあれ我らは共に国軍。同士討ちは好まん。よって貴艦の任意同行を求める」

「陸軍が私の連行を求める理由を聞こう」

「本官は、貴艦に話す権限を持たん」

「一通りの説明もなく、連行されるわけにはいかん」

「説明すれば、同行するのか」

「事と次第によっては、手向い致す」

「貴艦は我が中隊の包囲下にある。抵抗は無意味だ」

「小娘一人を押し包んで降伏を迫るか。陸軍も地に落ちたものだな」

「超弩級戦艦を名乗ったのは貴艦であろう。戦艦の乗員は本来大隊規模。一個大隊を一個中隊で包囲したところで、押し包むとは言うまい」

「至言尤も。では言い方を変えよう。本艦の戦力は貴隊を圧倒している。無意味な戦闘は止めて包囲を解き、退却されたし」

「…」

「…」

 どうやらお互いに、言葉に訴える意味はないことを悟ったようであった。

「最後に今一度言う。武器を捨て投降せよ、戦艦日向」

「投降の要求ならば受けかねる。任意同行というなら、その気にさせてみよ」

 日向は坐した。

 雨に濡れた砂浜に、正座をしたのだ。

「…」

 投降を意味しないことを、中隊長は見て取った。

 日向は刀を捨てては居ない。

「座構えか。実用する者は初めて見たぞ」

 刀剣を用いる艦娘は多い。天龍龍田、木曾など夜間肉薄を旨とする艦は、海戦ともなれば抜き身を携えて衝角戦に備える。一方伊勢型は同じく刀剣を携えるが、鞘に納め腰間に差す。伊勢も日向も昼間の遠距離砲戦を旨とする戦艦であるためだ。よって伊勢型が刀剣を用いる場面とは、即ち不測の急事である。

 不測は測り知れぬ故に不測である。

 艦対艦、砲対砲の艦隊決戦を戦うための存在が戦艦であり、敵艦の肉薄を許すなどは確かに不測の事態、戦艦の不覚と言えるであろう。

 だが日向は航空戦艦である。

 決戦任務より外れ、単艦による対潜対空、護衛に威力偵察、輸送に至るまでありとあらゆる活動を期待される存在であった。不測の事態も想定の内とし、迎撃を行うべく備えなければならない。それ故に伊勢型は刀剣を携え不測に備える。

 抜き身ではなく鞘の内とするのは、あくまでも迎撃を旨とするからである。

「清水。超弩級戦艦を切り伏せられるか」

 陸軍大尉は、4人の部下の1人を呼ばわる。

「質問をしてもよろしくありましょうか、隊長どの」

「許可する」

「任務は拿捕と伺っておりますが、斬ってかまわんのでしょうか。それと、今自分は刀を持ってませんが、どうすればよろしいでしょうか」

「かまわん。刀は俺のを使え」

「ハ、そういうことでしたら、謹んで拝借致します。おい、鉄砲を預かってくれよ」

「おう」

 隣の兵に小銃を預け、清水と呼ばれた兵士は陸軍大尉より軍刀を受け取る。

「有信館野間道場錬士五段、清水であります。命令によりお相手します」

「伊勢型二番艦、日向。戦艦に産まれついた故師も流儀も持たん。容赦願いたい」

 軍刀を携えた兵士は、鞘を払った。

 空高く投じた鞘が砂浜に落下しないうちに、兵士はするすると前に出てきた。

 座構えに坐する日向の間合いで止まり構えるかと見えたが止まらない。よどみなく、縦板を走る水のように進んでくる。

 走り寄っての拝み打ちは、道場の剣道には無い技法である。

 これをもっぱらにするのは戦場で刀剣を用いる場合であり、清水はその経験を十分積んだ兵士であったのだ。もし錬士五段という名乗りを日向が念頭に置いていたならば完全な奇襲であった。

 悄然と、金属音が一条鳴った。

 振り下ろした軍刀と、抜きつけた日向の佩刀が十字に触れている。

 両者の刀が切羽火花を散らす様子はない。噛みあうというより、刃筋と刃筋が羽のような軽さで触れ合った状態である。

 どうやら兵士の打ち込みは、坐した日向を据えモノ斬りに二つに斬ろうというものではなく、奇襲に斬りこみ、驚いた日向が反射的に…すなわち不用意に動いたところを二の太刀で斬ろうという剣であったらしい。それを日向が整然と反撃したため、二の太刀を送れず、十字に刀が噛みあう形となってしまったのだ。

 日向の方にしてみれば、これが想定通りであるわけはない。

 想定通りではないが、イーブンイコールで開始される立合いの技ではなく、不測に備える居合いの技こそが日向の本領であった。

 驚いたが、まあ、驚かされるだろうと思っていた。

 そのようなところであった。

「…」

「…」

 思い切り切り下したわけではないため、両者の刀に損傷はない。

 ここに至ってやっと、兵士の中空に投じた鞘が、砂浜へと刺さり落ちたが注意を払うものは居ない。

 兵士と日向は互いの呼吸を窺う。

 触れ合った刀には如何なる力も感じられない。

 何処にも入れていない力は、何処にでも入れて行ける。

 何処にも使っていない力を、どう使っていくか。

 その手がかりを両者は全力で探していた。目、つま先、呼吸、触れ合った刀と刀、全てに手がかりは潜む。先に見つけた方が、遅れた方を斬り伏せる。

 つまりが勝負は始まったばかりであった。

「それまで」

 あっさりと、ひと声があった。

 これからの勝負というのに、陸軍大尉は、引き分けを命じたのだ。

「え。もう止めるのでありますか」

 さすがに兵士は不満そうであった。

「まだ序の口なのでありますが」

「土橋。代われ」

 大尉は、有無を言わさぬ。

 奇襲を防がれてしまった部下よりも、奇襲を防ぎ切った日向に、一分の利を認めているようであった。

「…は。土橋上等兵、代わります」

 しぶしぶと剣を引いた兵士に代わって進み出てきたのは、先ほど同僚の小銃を預かっていた兵士である。

(…む)

 先ほどの兵士は刀を借り受けていたが、この兵士はそのような様子がない。

 代わりに小銃のボルトをコックして、弾丸を抜いた。

 小銃の筒先にはおおよそ一尺、30センチほどの銃剣が着剣されている。軍正式の銃剣であった。

(…銃剣術か)

 陸軍の兵士に徴用されれば必ず親しむことになる、歩兵必須の武技がこの銃剣術である。古伝の諸流派の長短を吟味して編まれた術技であるのは剣道に似ているが、射撃と同等に歩兵の教練に組み込まれている点が異なる。

 剣術が訓練されないのは、もはやその錬度が戦況が左右するものではないと考えられているからである。

 銃剣術が射撃と同様訓練されるのは、戦況に影響を及ぼす技術であると目されているからであった。銃剣術はまさしく、近代実戦のために編まれた最新技術なのである。

 銃剣の兵士は、先の兵士と違い遠い間合いからしっかりと構えた。

 突っ込んで突くだけが銃剣術ではない。大会があり、大会運営委員会も存在する立派な武道であり、上中下段の構えも研究されている。

 巌のような中段であった。

(今の剣の兵といい、なんたる精兵…)

 日向は内心、舌を巻いた。

(このような兵士が数居るならば、易々と亡国の浮き目を見ることはあるまい)

 しかしその精兵の切っ先は、今やこちらに向けられているのだ。

 その切っ先は徐々に下がり、下段となる。

 下段といっても、日向は坐しているから穂先は丁度、喉元に来る。

 砂浜とは水平であり、日向とは直角である。銃剣を盾とし、もっとも間合いの深くなる態勢であった。

「…」

 対する日向の切っ先は、鯉口へと戻って来ていた。

 兵士の銃剣が下段に下がるにつれ、同じくらいの速度で、徐々に納刀していく。むろんこれは投降を意味しない。再び発刀するための納刀である。

 銃剣が必殺の間合いへとにじり寄る。

 足場は砂浜であり、しかも雨に濡れている。剣道の面のように一足飛びに踏み込むには心細い足場である。それを理解している銃剣の兵士は、一度に踏み込もうとしない。しかし、間合いの内へ内へと注意深く、しかも執拗ににじり寄ってくる。

 日向は動かない。

 座構えである以上、全後左右に動くことは出来ない。ただ待ち、不測に対し即応するのみである。

 片方が動かず、片方が詰めていく以上、間合いは狭まっていく。

 次第に狭まって行き…ある距離で止まった。

 銃剣を一繰りすれば喉笛を刺し貫ける、その間合いよりわずかに遠いところである。

 そこで兵士の運足が凍り付いてしまっていた。兵士は気づいたのだ。我が刃圏が敵を捕えるより早く、敵の刃圏へと入り込んでしまったことに。

 銃剣は槍の一種である。

 槍は基本的に刀より長いが、それは柄の部分が長大であるからである。槍の刃渡り自体は、刀よりは短いものである。然るに、銃剣の長さとは、さほどのものでない。所謂六尺棒にも満たない長さである。全長は標準的な成人男子の身長より短く、いわば銃剣は、手槍、短槍に類別される槍だと言える。実はその間合いは、刀にさほど変わりがない。右手を銃把に、左手を添えた場合、おおよその間合いは中段に構えた刀の刃渡りと同程度になってしまうものである。

 しかるに、日向は先刻座構えでの抜き打ちを見せている。

 抜き打ちは片手斬りである。片手での保持は肩を入れられる分リーチが深いのが利点と言えるが、一方で両手保持と比べ威力や素早さに劣ってしまうものである。

 しかし鞘からの抜き打ちに限ってはその限りではない。

 抜き打ちは、鞘の使用による反作用力を用いた打ちであるからだ。

 シーソーを連想すれば理解しやすいだろう。両方に重しを置いたシーソーの片方から突如重しを取り去れば、シーソーは梃子の原理で急激にもう片方へと傾く。

 片方は鞘であり、もう片方は握った柄である。抜き打ちとは鞘を突如取り去ることにより、刀を急激に運動させる操剣であり、梃子の原理を味方とするため、並みの片手うちの非ではない威力を備えるのである。

 繰り返すが片手うちのリーチは深い。そしてそれが鞘からの抜き打ちである以上、威力も侮れないものとなる。銃剣の兵士は、この危険な抜き打ちの射程のうちへと、斬りこんでいかねばならない。

 ここで日向よりの抜き打ちを凌いで初めて、兵士は攻撃することが可能となる。アウトレンジ攻撃の危険に晒されているのであり、言うまでもなく不利であった。

 見て取れるか取れないか程の速度で、銃剣の切っ先が浮沈する。

 それと全く同じ拍子に、日向の右の指先が動作を示す。

 周囲には瀬戸内のおだやかな波音、濡れる端から乾いていく程度になった雨音。

 間近には四人の兵士が、さらに周囲には百人規模の兵士が居るはずであった。

 松風は相変わらずであった。

 そのような様々な音がありながらも、対峙した両者には静寂しかない。耳に痛みを感じるほどの静寂である。

 砂浜を支配する異様な静寂を破ったのは、

「…それまで」

 またも、陸軍将校のこの声であった。

 ゆるゆると浮沈していた銃剣の切っ先が跳ね、僅かながら日向の右掌が右ひざから浮く。

 もう少しでも大尉の声が大きければ、両者は切り結んでいたであろう。

「不覚を取ったな」

「居合の相手は不慣れです、間積りを誤りました」

 とうとう一度も切り結ばぬまま、銃剣の兵士はするすると、速やかに日向の刃圏より遠ざかって行った。

(恐るべし…)

 真におそるべき、銃剣の兵士だった。

 雨に濡れた状態であったが、それでも冷水のような汗を、日向は自覚していた。

「では、次は…」

 陸軍大尉が言うより先に、左端の兵士が突如動いた。

(…む)

 当面の相手であった銃剣の兵士が、まだ仲間のところまで下がり切っても居ないタイミングである。

 走り出していた。

 小銃は小脇に、大きく横手を迂回していく。

(…左舷から来るか)

 今は堂々の試合でも、立ち会いをしているわけでもない。斬り合いの最中であるから、卑怯打ちでもなんでもない。不意を打たれたとすれば非は一方的に日向の側にある。

 瞬きする間もなく間合いが詰まる。

 足場の悪い砂浜を走っているはずが、不気味なほどに体幹がぶれない。

 滑空するが如きの速さであった。

 そのまま日向の左手へと滑り込んだ兵士は、ものも言わずに小脇の銃剣を突きこんだ。

 防御を全く考慮しない渾身の突きであった。

 兵士の側からすれば、日向の左を取った時点で斬撃を考慮する必要がない。

 左差しの居合抜きは、基本的に右手にしか効果範囲が無いからだ。通常抜き打ちは右手に刀を持って行う以上右手の延長線上にしか効果が無く、左手の側に射程を持たない。

 これは日向が居合抜きであることを念頭に置いての戦法であり、数度の戦いを見ただけで弱点を看破した兵士は確かに、経験豊かであったのだろう。

 もし日向がその場で反撃しようとしたならば、串刺しは必定であった。むろん、日向は文字通り、坐して死を待つことはしなかった。

 確かに左翼を取ったと見た兵士が突いたのは、日向の真正面であった。

 べつに兵士が間違えたわけではない。日向が回頭し、兵士に相対しただけのことである。

 ただその回頭が、兵士の想像より著しく迅速であったに過ぎない。

 ギイン、と涼やかな刃鳴りとともに、銃剣は抜き打ちに跳ね上げられていた。想定を超えた戦況の変化に、銃剣の兵士は大きく飛んで間合いを取る。

(心配せずとも追いはせん)

 追えないのだ。

 基本的に、剣道のような直立ちの立位は前後に大きく踏み込めるが、細かい変化は得手としない。空手の平安立ちのような立位は大きな踏み込みより左右の精緻な変化に秀でている。

 立位によって得手な動きは異なる。然るに座構えは、一度だけ大きく動くことに徹しており、連続しての移動には甚だ適しない。

 座構えの長短の両方が現れた一局面であった。

「ま、避けられる予感はしていたよ」

 兵士は負け惜しみを口にする。

 言い添えるなら、座構えの特質として「構えているように見えない」ことが上げられるであろう。座っているのだから誰が見ても当然隙だらけに見えてしまう。兵士も隙と判断して突いていったのだ。

 座構えというのはしかし、完全に座っているわけではない。

 両足の親指の付け根に力を入れ、膝は紙一枚地面より浮かせる。例えるなら飛躍に備えた蛙の勢であり、見た目以上の働きを示すことが出来るのだ。

「誰がやれと言ったか」

「やれませんでしたからいいでしょう」

 大尉の苦笑交じりのけん責にはさばさばと応じ、兵士は銃剣を引く。

「こやつも一応は我が隊の選り抜きの一人でな」

「…」

 日向は応じない。

 陸軍大尉の手には、最初に相手をした兵士に貸し与えた軍刀が戻って来ていた。

 圧重ねの実用刀であり、真新しい切込み疵、刷り上げ疵が複数あるのを、切り結んだ際日向は認めていた。この軍刀を手に実戦に臨んだことの証左であり、その所持者であるこの陸軍大尉は当然ながら、刀剣を取っての実力者であろう。

「先の二人も隊の誇る白兵戦技の達者だ。貴艦が抵抗した際、拿捕強行を目的として伴ったものだが…ご覧の通り、当てが外れた」

 軍刀を手にした大尉は、雨中の砂浜に一歩を踏み出す。

「一つ聞くが…何れも手加減は困難な相手だったと思うが、何故に我が兵の殺傷を避けた?」

「加減をしていたのはお互い様かと思うが…なぜかと言われれば答えよう。貴隊の兵士が何れも優れていたからだ」

「敵が優れていたから、殺傷の恐れのある反撃は避けた、と?」

「然り」

「それでは強力な敵の脅威が減じず、優勢を得られまいが」

「敵に非ず、海陸の違いこそあれ同じ国軍兵士。もし我らが力及ばず斃れた後に、頼みとするに足る精兵と、貴隊を見た」

「ふむ」

「この日向、護国の任を帯びたる身故、理由も知れず拿捕されるわけにはいかん。しかし同時に護国の任を同じくする兵士を殺傷することも、出来かねる身だ」

「なるほど」

 陸軍大尉は歩みを進めた。

 日向の方にではない。

 先ほど砂浜に突き立った、軍刀の鞘の方にであった。

「戦艦日向よ。我らはどうあっても、貴艦を拿捕することは出来んようだ」

 鞘は易々と砂浜より抜け、所有者の許に戻る。

「我が隊に任務遂行能力無し。よって作戦は中止、帰投する」

「なんだと!?」

 そう口にしようとしたが、あまりのことに言葉にならなかった。

 忠勇無比、我が身命を我がものとも思わぬと名高き国軍の陸兵が、ただの剣刃二合を交えただけで何の成果もなく撤退するなど有り得ぬことであった。

「…どういうつもりだ、大尉殿」

「さっき貴艦は我らを敵に非ずと言ったな」

「言った」

「心せよ、戦艦日向よ。貴艦の鎮守府は海軍を裏切ったぞ」

「…なに?」

「今や貴艦は孤艦であると知るがいい。…いくぞ!」

 陸軍大尉は雨中にマントを翻す。

 それきり、振り向きもせず歩み去って行く。

 大尉の部下も翻然とそれに続き、突如敵を失った日向は茫然と立ち尽くす以外にない。

 ここで大尉が伴った四人の部下のうち、日向とはとうとう切り結ばず、小銃立位を崩さなかった一人が、ここでやっと銃を降ろした。

 その筒先は日向が戦闘中如何なる動作をしようともぴたりと額を照準しており、もし兵士を殺傷に及べばただちに射殺されていたであろう。

 殿の兵士は敬礼をすると、駆け足で仲間の背を追う。

 日向は呼び止めなかった。

 それを思い至る余裕すら、日向には無かったからである。

(裏切った? 鎮守府が? 海軍を?)

(如何なる事態か、これは…)

 蒼煌(そうこう)と日向の立ち尽くす砂浜に以前雨は降り続き、暗雲の去る気配は無かった。

 

 




ここまでありがとうございました。3話に続きます。
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