小池一夫ニキ原作の艦これ劇画がいつまでたってもでンので俺がそれっぽい小説にしてみた   作:臣 史郎

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祝艦これ2期&2期初イベ終了。臣はALL甲達成するも、最終海域攻略は8日夜とギリギリで、堀の類には注力出来ず、ゴトランドは2隻確保も岸波は掘れませんでした。重装甲のボス艦の前に火力不足を露呈した観があります。
課題を残したイベでした。皆さまは如何でしたか?

さて、昼ドラ展開。6話は伊勢のお話です。



第6話

 千年を経ても変わらぬと云う白金の輝きは永遠の象徴と云われ、指輪となって結実したならば、男女の誓いの証ともなる。

 艦娘と提督の間においても、白金の指輪の取り交わしは同様の、特別の意味合いを持つ。

 そのはずであった。

「ねえ提督。聞いていい?」

「何をだ」

「理由だよ。どうして私なの? どうして日向じゃないの?」

「こういうことに理由を求めるのは、お前の言うところの、おしゃれ、ではないのではないか?」

「やっぱり提督は、分かってないわね。おしゃれであろうとなかろうと、女は知りたい者なのよ。知って安心したいものなの」

「安心したいか」

「うん」

「では答えねばなるまい。日向と私とは、似過ぎているからだ。己の分け身、己の鏡像であるとすら思えるほどに」

「……うん」

「恋は二名の間において行うものであり、己が己と行うものでは有り得まい」

「そうだね」

「それに日向には、私を討ってもらわねばならん。私の戦いを戦ってもらわねばならん。それが出来るものは日向だけだし、討たれるならば日向が良いと思う。よって私は伊勢、お前を選んだのだ」

「……そっか。それを聞いて分かった気がするよ」

「何をだ」

「提督が日向に似てるから私は、提督でいいって思ったんだ」

「――」

「……」

「伊勢。私はお前を裏切る」

「うん」

「この鎮守府も、海軍も裏切る」

「うん」

「おそらくは、己自身をもだ」

「……うん」

「……さらばだ。伊勢」

「さよなら、提督」

 

***

 

 皇国艦隊泊地には、このような施設が珍しくない。

 畳を敷き詰めた柔道場、盛った土に的を置いた弓道場、立木の枝に釣り下げたサンドバック――

 訓練の合間、武道に親しむ艦娘は多い。

 呉鎮守府においては、伊勢型戦艦姉妹が用いる巻き藁が、それに当たろう。

「だ、あああああッ!」

 掛け声も勇ましく、巻き藁を逆袈裟に切って落としたのは伊勢であった。

「……はぁ」

 対照的な溜息は、その妹艦の日向である。

「居合の理念からかけ離れているにも程がある」

「え? なあに日向!? 聞こえないよ!」

 日向と伊勢の距離はだいぶ……普通に会話するのは困難なくらいには開いていた。

 伊勢は、今日向が立っている位置から、十メートルほど離れた巻き藁までを走り、逆袈裟に抜き打ちざま見事巻き藁を二つに切り割ったのである。

 濡れた御座を一畳巻いて拵える試斬用の巻き藁を両断するには、人間の胴を両断するだけの刃圧が必要とされる。

 片手の抜き打ちで両断することは難しいが、伊勢は、刃筋を盾に助走を付けて巻き藁に、体当たりでぶつかっていったに等しい用刀でそれを実現する。

 確かに白刃取っての斬り込みには力を発揮するだろうが、戦国時代ならいざ知らず近代の戦艦である伊勢や日向は突発的な白兵戦に備えればよく、自ら好んで白兵距離に突撃するような事態は有り得ぬはずであった。

「伊勢のあれは、抜刀術と称するべきものだろう。居合とは、似て非なる」

「だから問題なのだ、提督。主武装たる主砲の長射程を自ら捨ててどうする」

「有効な場面は来る。敵の砲射程が我より勝った場合然り。相手が航空兵装運用可能艦である場合然り」

「……確かに。だがそのような場合は、我も航空兵装を駆使すればよい。その為の航空戦艦なのだろう?」

 本来抜刀術は戦場において隆盛した。戦国期、第一武装である矢や鉄砲を捨て、第二武装の刀をもって敵陣に斬り込む際の技が、先ほど伊勢の見せたような剣であった。

 では居合とは、どのような剣であるのか。

「然り、だ」

 この提督のセリフの、終わるか終わらないかの辺りには既に、提督の元帥刀は鞘の内には無かった。既に鞘を飛び立ち、日向の頸動脈、その皮一枚のところに御されていた。

 目にもとまらぬ抜刀であった。

「戦艦は確かに決戦兵器ではあるが、航空戦艦はそうではない。そしてお前は、皇国最初の航空戦艦だ」

「航空戦艦は決戦艦とはなり得ぬと?」

「平成未来において、洋上艦は全て航空火力艦となる。その先駆けがお前ということだ、日向」

「航空戦艦の時代か。もしも真なら、痛快至極」

 一方の日向の刀も、既に鞘の内にはなかった。

 その刃筋はまるで合わせ鏡のように、提督ののど元に御されていた。

 提督の抜刀したとき、日向もまた同時に抜刀していたのだ。

「咄嗟の剣即ち、平時の剣。鞘の内、という言葉は日向、お前も知ろう。平成未来においての皇国では、それが国是となるのだ」

「鞘の内の勝ちと云うは、常在戦場と表裏だぞ、提督。何故ならば居合は平時の剣、よって平時こそが居合の戦場であるからな」

「……自衛隊」

「じえいたい?」

「平成未来の皇軍の名だ。お前の剣は未来に通じる。鞘の内に勝ちを求める、平成未来の皇軍に」

 提督の刃は日向の喉に。

 日向の刃は提督の喉に御されていた。

 しかし、両者はそれを忘れていた。

「私とお前は似ている」

「ああ。私もそう思う」

「もし私に何かあったときには、伊勢を頼む」

「ああ。私もまさに、それを言おうとしていたところだ」

 刃先を喉元に突き付け合いながら、提督と日向は微笑んでいた。

(日向……提督……)

 提督も日向も、ほんの手首の返しで互いの頸動脈を断つことが、その気になれば可能である。そうと分かっていながら、互いに絶対にそのようなことにならないことを知っているようであった。

(ああ……遠いな……)

 日向の今いる場所も、提督の今いる場所も、伊勢にとって、求めている居場所であった。かつては提督のように日向のことを分かってると思っていたし、今も日向のように提督のことを分かっていたいと思っていた。

 だのに、遠かった。

 伊勢だけが遠い。

 伊勢と日向の関係と、提督と日向の関係とはまるで違うし、伊勢と提督の関係と伊勢と日向の関係とはまるで違う。比べたり羨んだりする性質のものではないことくらい分かっている。だけど、伊勢が欲っしていたのは、今の日向と提督の関わりであり、提督と日向の関わりであった。

 そう。互いに向き合い見つめ合いたいのではない。

 肩を並べて征きたいのだ。

 背と背を預け、戦いたいのだ。

(あれ、それじゃあ私……)

 日向のように提督に接したい、ということは、日向のように成りたいのか。

 提督のように日向に接したい、ということは、提督のように成りたいのだろうか。

 

***

 

 そのようなことのあった、とある後日。

 伊勢は提督の私室に呼集を受ける。

「戦艦を辞めないか?」

「え?」

 秘書艦、という呼び習わしが定着したのは、≪提督≫出現以降の極早い段階であった。

 対深海棲艦隊戦の切り札、≪提督≫は艦娘の機能維持に必要な鎮守府機能と「平成」未来記憶という二つの特質を持つが、その内の一つであるところの鎮守府機能は、秘書艦という補助演算機能があって始めて正常動作するものである。よって鎮守府とは提督と秘書艦が共同運用するものであり、提督を父とするならば、秘書艦は鎮守府の母とも言うべき立場にあると言えるだろう。

 往々にして秘書艦は各鎮守府における最高錬度の者が務め、高練度であるが故に鎮守府駐留艦隊旗艦を務めることが多かった。

 皇国西海の要、呉鎮守府において、秘書艦として広く知られるのは伊勢型航空戦艦の二隻、伊勢と日向である。皇国最高錬度と云われるこの二艦を有する呉鎮守府こそは、皇国最強の鎮守府ではないのかと囁くものは多い。

「……どういうこと?」

「言った通りだ。艦娘を辞める気はないか、と聞いている」

 いつぞや見た、刃を御し合いながら微笑みあう日向と提督が、一瞬脳裏に現れる。

 現れたと思ったら、二人の姿は見る間に遠ざかっていき、すぐに二人が何をしているのか、笑いあっているのか、分からなくなった。

 当然、二人の声は聞こえない――

「言っておくが、お前をリストラしようと考えているわけではない」

「え?」

 りす、とら? 聞きなれぬ言葉に伊勢は小首を傾げる。

「理由はこれだ」

「それって……」

 提督の話には、時折平成の言葉が混じる。りすとら、の意味は分からなかったが、提督の掌にあるのが何が収められている小箱であるのか、伊勢には一目で分かった。

(分からない艦娘が居るとすれば、それは日向くらいだよ……)

 提督が小箱を開くと、千年変わらぬという白金の輝きが、指輪と化身してそこに有った。

 艦娘の強化として知られているものの一つに≪改装≫である。

 他の艦娘を補助端末として使用する≪近代化改修≫とは異なり、これは艦娘がある程度の錬度を備え、自力で幽世より実艦の姿を現出することが出来た時点でこれを現世に固着するもので、これを行って初めて、外洋で活躍できる一人前の艦娘となる。提督の説明では「こちらの世の艦娘に幽世の実艦をブックマークとして記憶させることにより、幽世を検索することを省略し、容易に素早く艦を呼び出せる」ということだが、伊勢には「ぶっくまーく」がよく分からない。

 後日、高い練度を備えた扶桑や日向が行なったように実艦の姿を現世に現出させるには、この改装を終えていることが前提となる。

 今一つの改装と言われる「第二改装」所謂改二は極々限られた艦に行われるものである。これを行った艦の艦容こそはまさしく、その艦の断末魔の姿と云われ、これにより艦の最期即ち、艦の錬度が最高に達した瞬間を幽世より手繰り寄せ、導き出しているのだと云われている。このような性質上、幽世の実艦が勲功を上げていたり、また歴戦をかいくぐった幸運艦であったりしたなら、第二改装はより有意義なものとなる。

 その為、第二改装の開発に着手するには先ず幽世での艦歴が判明しなければならず、また判明した艦歴が相応の勲功を上げていなければ、開発自体が有意義とは見做されないため、第二改装は極限られた艦娘にしか成されないのである。

 さて、このような≪改装≫や≪近代化改修≫以外にも艦娘を強化する方法が存在する。

 それが提督の≪指輪≫である。

 これを得た艦娘は、艦の最期であるはずの第二改装の性能をも上回る性能を備えると云われるが、その原理は皇国総鎮守たる皇国府大本営にも皆目分からないという。一説には、とある提督がとある艦娘と祝言を上げ、市販の指輪を渡したところ艦娘の全性能の向上が観測され、皇国府が慌てふためいて同種の指輪の買占めに奔走したということで、提督の携えるのも、大本営がその時在庫としたものの一つであろう。相応に高価なものであったのと、艦娘との婚姻という性質上、支給は鎮守府にたった一つ、とされているようだ。

 それと同じ指輪でなければ効果がない、という話じゃあないと伊勢などは、思っている。多分艦娘になら誰にでも分かるけど、大本営の兵器開発局にはおそらく永遠に分からない、そういう性質の理由があるのだ。

「男子は刹那を好み、女子は永遠を好むと言うが、それは艦娘も変わらんようだな」

 しかし伊勢は、知っている。

 提督は決して、指輪を贈ることはない。艦娘との婚姻という性質が付きまとう以上、艦の誰かにそれを贈るということは即ちその艦を特別なものと扱うことであり、それを潔しとする人間では、提督はない。部下となった者は平等に愛し、それが不可能なら平等に愛さない。そのような人間であり、そのような軍人であった。

 そうと知っているはずなのに、そんなに物欲しそうな顔をしていたのなら不覚という他はない。大体が、伊勢に送るつもりのものであるとは限らないではないか。

 伊勢よりも相応しい者が、提督の傍には居る。

「そ、そっちこそ、どうしたちゃったのさ、提督。そんな指輪なんかちらつかせるなんて、ひょっとして、軍人としての信念とやら、曲げる気になったの?」

「いいや」

「よその提督さんはみんな、普通にカッコカリしてるよ? そんなこと言うの、提督くらいだよ?」

「所信を捨てずとも指輪は渡せる」

「どうやって」

「先ほどの問いがそれだ。私は呉の艦娘を預かる身だが、伊勢が艦娘を辞めたなら、当然お前は俺の旗下を離れる」

「それで艦娘を辞めないか、って?」

「そうだ」

「部下でなくなったなら、平等に扱わなくてもよくなって、指輪を渡せるから?」

「そうだ」

 かかっていた霞が、吹き消えた。消えかかっていた日向と提督の姿が見えた。

 そんな気がした。

(手が……届く?)

 伊勢が求めていた、肩を並べて進む未来とは少し違うが、それと同じか、それ以上に輝かしく思える未来が、指輪の形となってそこにある。

(手が届くかもしれない)

 提督の指輪さえあれば、それが出来るかもしれない――

「い、いやいや。そうじゃなくて。意味ないよ、それ。分かって言ってるの?」

 その指輪は艦娘の強化を行うため、大本営より支給されたものだ。

 それを贈るための条件が艦娘を辞めてしまうことなら、全く持って本末転倒、無意味なことではないか。

「全然、意味がない……」

「では無用か」

 では、仕舞っておこうと閉じた小箱が、提督の掌から消えた。

 伊勢がひったくったのである。

「……」

 提督は唖然としている。

 伊勢のこの行動を、全く予期していなかったという顔である。

 なかなかの間抜けツラに、伊勢は少しだけ満足した。きっとこの鎮守府の、いや皇国の誰も、西海総支配とすら呼ばれる提督のこんな顔を見たことなんてないに違いない。

 少しだけ伊勢は、満足した。

「そうきたか」

「驚いた?」

「なかなかに驚いた」

 それはそうだ。

 花婿から指輪をひったくった花嫁なんて、さすがに聞いたことがない。

「返してほしい?」

「一応、軍の物資なのだがな」

「だったら提督、あなた提督辞めなさい」

「なぜだ」

「私が艦娘辞めたら部下じゃなくなって指輪渡せるんでしょ? だったら提督が提督辞めたって同じことじゃない」

「できん」

「なんでよ」

「皇国の海権を取り戻し、皇国を平成の未来に導くまで、私は勤め上げねばならん」

「だったら私も同じよ。海を深海棲艦隊から取戻し、提督が務めを果たすまで、私は艦娘辞めない」

 提督は、嘆息した。

 如何なる海域で、如何なる苦境に陥っても漏らしたことのない嘆息であった。

「命令違反、不服従……」

「軍法会議ね。銃殺ね」

「戦艦を銃殺出来る軍法なぞ有るか。では俺が見事、本懐を仕遂げたら、お前は艦娘を辞めるか」

「辞めてもいいよ。そのかわり提督も、提督辞めてね」

「何時になるか分からんぞ」

「何時になってもいいよ」

「ならば、約定としよう。証文が居るか?」

「あー、そういうのいいから。おしゃれじゃないから。口約束がいいのよ、こういうことはね。本当に提督は、こういうの素人ね」

「おしゃれではないか」

「うん。おしゃれじゃない」

 伊勢は、提督の手をとり、その上に指輪の小箱を置く。

(こんなにも簡単に、手に入れられるものなんだ)

 そのことが分かった。

 どうしても欲しかったものが、何時でも手に入れられることが分かった。今はもうそれだけでいい。

 だから、まだ指輪は要らなかった。

「じゃあ、その時まで、これは預けとくね」

「承知した。その首洗って待っていろ」

「お。言うようになったねえ、提督」

 伊勢と提督の間に約束が生まれたのは、この時であった。

 ほんの一昔、今は遠のくばかりの、過去の話。

 光にも等しい速度で、時は流れると言ったのは欧州の物理学者であったか。遥か未来と思ったその時は、意外にも早く、二人に訪れる。

 

***

 

 軽油を燃料とするエンジンの、振動は大きい。

 近年完成を見たというディーゼル乗用車は、軽油を使うため燃費は良いが、乗り心地とは無縁の代物であった。

 久方の帝都に行き来する車はまばらで、たまにすれ違ったと思ったらこの車同様、ディーゼル車特有の黒煙をマフラーからまき散らして行く。

 運転者は、提督自身ではない。

 「あきつ丸」と紹介された陸軍の艦娘がハンドルを握る。

 助手席に座っているのも「まるゆ」という名の、陸軍の艦娘であった。

「フネがクルマを運転するのか」

「それを言うなら、この車は艦娘の泊地二つを、バックシートに乗せて運搬していることになるぞ」

 呉の提督に答えたのは、かの陸軍将校であった。総理大臣官邸に来た送りの車の後部座席には、この男が同乗していたのである。

 深海棲艦隊現出以降、対米英開戦に傾きかけていた国論は大いに紛糾した。

 深海棲艦隊自体の脅威もむろんあるが、海軍内に平成の記憶を持つという≪提督≫達が現れたこともある。彼らはこぞって米英敵視に反対し、深海棲艦隊出現をきっかけに大陸より手を引き米英との関係修復に勉るべしと唱え譲らなかった。

 対する陸軍内では、深海棲艦隊と米英を同一視する者や、深海棲艦隊とある程度の協調を行い米英の海軍力減殺を行うべきだと唱える者すら居た。 

 状況が複雑化したのは陸軍内にも≪提督≫――陸軍内での呼称は≪将校≫――が現れ始めてからである。

 陸軍も艦娘の運用能力を得るべく始めた計画により偶発的に現れた平成の記憶を持つ陸士たちは、言うなれば陸軍版の≪提督≫であった。彼らは≪提督≫たち同様陸軍の立場でありながら親米英に同調し、一大閥となりつつあったのである。

 海軍も敵中の味方として彼ら≪将校≫たちに便宜を図り、提督が率いる艦娘に当たるべき存在の建造を、呉鎮守府内に認めることとなる。

 こうしてまるゆや、あきつ丸といった陸軍籍の艦娘が呉の工廠で建造され、運用を研究されるようになった。この陸海混成で編まれた前代未聞の特異兵団こそが、海軍特殊部隊の草分けとも云われる、呉鎮守府101特別陸戦隊であった。

 彼らは呉鎮守府付きであり呉の提督の指揮下であるが、兵の殆どは陸軍出向であり、部隊長も陸軍≪将校≫の彼であった。

「車両を用いれば、半日を待たず日本海側から太平洋側まで回航可能な艦か…時代は変わったな」

「列車を用いれば、連合艦隊が丸ごと陸路で回航が可能だろう。深海棲艦現出以来、確かに、戦は変わりつつある」

「しかし変遷はおそらく、奴らが現出せずとも同じであろうよ。我らの知る≪平成≫も、そうであったようにな」

「……」

「……」

 ゴム式サスペンションの突き上げが、地面の凹凸をいちいち拾う。

 動力音は車内にあっても容赦がなく、さらに後部座席は無駄に広く、話をするのに向いていると言えるものではなかった。

「……で、大本営はなんと言っていた?」

「語る意味はない」

「なぜだ」

「概ね貴様の聞いている通りであろうからだ。既知のことを改めて語ったところで時間の無駄だろう」

 呉の提督は日々、陸海軍の統合一本化を唱えていたが、実は皇国にも陸軍と海軍を束ねる機関は存在する。

 所謂「大本営」がそれであった。

 常設でなく、議会と帝の了承を経て有事に設置される臨時特設機関であり、総指揮は内閣総理大臣がこれを執り、陸海軍省の大臣と、参謀本部、軍令部の本部長がこれに列席する。

 提督は先ほどまで、一同会した国家元勲とも言うべき者たちに、査問を受けていたのである。

「ふむ。俺が把握している限りでは、現下の情勢で艦隊縮小という、有り得ない話が持ち上がっているということだが、その話であったのか?」

「圧力をかけていたのは陸軍の方だろう。総理もそれについに屈した、ということだ」

 現首相は現海相と共に、現在の艦娘-鎮守府体制の生みの親とも言うべき存在である。

 第一世代と言われる艦娘5隻の建造を許可したコンビであり、その後所謂≪提督≫たちの未来視の証言を聞き、海軍の内から五人の≪提督≫を選抜し五つの鎮守府を託したのも彼らであると言われている。

 艦娘の父とも言うべき二人であったが、だからと言って味方と考えるべきではない。彼らは提督の味方でも艦娘の味方でもなく、皇室と皇国臣民の代表であるからだ。両者の利害が一致せねば迷わず、後者を取る。

「圧力といえば恰好はいいが、我ら陸軍としては恥を忍んで海軍に泣きついたに等しい。度重なる人員削減、予算縮小……さらに大陸を捨てるとあってはいかに陸相と参謀本部長であっても、兵の不満を抑えてはおけん。下手をすれば、陸軍は大本営に背く」

「良いのか。そのようなことを海軍の俺の耳に入れても」

「良くはない。代価を所望だ、提督殿」

「……良いだろう。大本営は軍縮計画の対象となる艦をこの私に一任した。よって我が隷下の艦の何れかが、処分となるだろう」

「つまり呉鎮守府の艦の何れがが除籍される、と解釈してもよいのか」

「かまわん」

「理解出来ん。呉の艨艟はその何れもが一騎当千精兵無比。駆逐艦に至るまで、皇国になくてはならん艦ばかりではないか。もっと、他の泊地や鎮守府に当たれば、不要の艦も有ろう」

「それは出来ん」

「何故だ」

「他の提督にそれを命じれば、そ奴は大本営を離反する」

「無用の艦を解体させたら離反……それはつまり、≪提督≫と言われる人種は、皇国より艦娘を取るということか?」

「大半の≪提督≫の意識は、そうだ。その提督のみの離反で済めばいいが、下手を打てば艦娘全てに波及する、大反乱のきっかけにもなりかねん」

 米英のみならず、世界は艦娘を恐れ、艦娘を保有する皇国を恐れた。

 深海棲艦よりも、である。

 一方の皇国は、国際協調無くば深海の脅威に太刀打ち出来なくなることを予見していた。米英の要求を呑み、艦娘を通常艦艇と見做し、艦保有数の制限に加えるとしたロンドン軍縮条約に署名した先の内閣は≪提督≫たちの大抗議を浴び、ついに≪提督≫たちは時の首相を凶刃にかけるに至る。

「正義は法律に優先する」

 警察に自首した≪提督≫の一人はそう言い放ったという。

 その後釜に据えられたのが連合艦隊司令長官、海軍大臣を歴任してきた現首相であり、その経歴からも艦娘の未来は明るいものとされていた。さりとて、艦娘軍縮を履行せねば米英との協調は成らない。対深海棲艦隊の人類大同盟を実現するには、避けては通れぬ道と成りつつあるのもまた事実であった。

 国際協調を選び、≪提督≫たちの期待を裏切れば、代償は大きいものになるだろう。

「呉鎮守府においては、そうはならんと?」

「ならん。それに、処分艦の候補に、駆逐艦は入らぬ。この後、彼らの対潜能力が海上護衛の要となる。駆逐艦を率いる軽巡洋艦も同様だ」

「…では、重巡を?」

「それもない。彼らはその速力、火力、防御力、航続距離を持ってシーレーン維持の前衛となってもらわねばならん。巡洋戦艦もこれに準じる」

「…では、まさか…」

「まさかでもあるまい。処分するのは戦艦だ。戦艦を撃沈するための砲力も、戦艦の火力に耐える防御力も、艦隊決戦の生起しないこれからの時代には無用の長物となる。また敵戦艦が現れたとしても、母艦航空隊で撃沈が可能だ。≪大戦≫の記憶を持つ≪将校≫たる貴様も知っていよう」

「貴様の自由になる戦艦と言ったらしかし、皇国最高練度たる伊勢と日向ではないのか」

「不足か?」

「いや、不足があろうはずがないが……」

「不足なら、現皇国総旗艦、長門の処分でどうか」

「正気か、貴様。伊勢、日向は戦功隠れもなし。長門にいたっては、実力もさることながら、我が国の海権の象徴たる艦だぞ」

「であるからこそ大きい。長門を処分出来うれば、他の艦娘の処分は不要であろうと思うが、どうか?」

 戦艦長門処分。或いは、伊勢、日向処分。

 陸軍の人間たる≪将校≫にとりこの上なき朗報である。海軍の屈伏とも取れるこの事実が知れれば若手将校に燻る不満も和らぐはずであったが、しかし……

「おい、呉の。貴様、総理を…いや、海軍を裏切るつもりか」

「海軍を裏切る?」

「そうであろうが。長門の処分にせよ、伊勢日向の処分にせよ、官邸は不承知だぞ。確かに艦を減らせとは命じたかも知れんが、それが長門や伊勢や日向になるとは露も思っておるハズがない。反乱にも等しい行為だぞ」

「その空いた穴には貴様が、そこのあきつや、まるゆを連れてつけ入ればよい。貴様らにとり、海軍乗っ取りの第一歩……そして我が悲願、陸海軍統合への第一歩だ」

「海軍を陸軍に売るつもりか貴様は!」

「端的に言えば、そうなる。しかし、海軍を裏切るか。成程。海軍を裏切る……」

 海軍を裏切る、というフレーズを気に入ったのか、提督は何度も、声に出して反芻する。

(何というやつだ。この化け物、嗤っておるとは)

(提督も将校もともに化け物に違いないが、こやつは正に極め付け)

 車は停まった。

 目的地の耐火煉瓦建築物……東京駅であった。

「伊勢日向処分となれば、貴様、秘書艦を失うこととなろうが。そうなれば貴様は呉の泊地機能を使用出来ん。提督を辞めることになるがそれでもいいのか」

「俺が提督で無くなるときとは、皇国に≪提督≫が不要となるか、俺が死するときだ」

「……そうか」

 ドアを開くと、車の動力装置の低い唸りが大きくなる。

 十分に防音処置をされたドアであると、それで知れた。

「おい」

「何だ」

「陸軍に、同盟国海軍招致の計画が秘密裏に進んでいる」

「……なに?」

「同盟国海軍。即ち独国と伊国の艦娘だ。戦艦、空母も含む」

「……」

 提督の顔から、笑みが掻き消えていた。

 海軍が艦娘運用派と条約派に分かれて争うように、陸軍も一枚岩ではない。幽世での統制派と皇道派の暗闘を、未来記憶を持つ提督と将校はともに、想起する。

「欧州ではいち早く艦娘建造に成功した独伊だが、未だ≪提督≫に相当する存在が現れておらず、艦娘の泊地が存在しない。艦娘の基地たる鎮守府が存在するのは世界で唯一、我が国だけだ」

 艦娘の竣工に成功しているのは目下皇国の他には独伊があるのみで、米英はこれに成功していないと云われている。

 米英に艦娘が建造出来ない理由は不明だが、一説には幽世の大戦における戦勝国であり、戦没艦が少ないため、「艦の亡霊」たる艦娘は生み出せないのだと言われている。しかし皇国においても戦没しなかった艦の艦娘は生まれており、このことからも推論を出ない。

 ほどなく、米英はそれぞれアイオワ、ウォースパイトの建造に成功したが、枢軸国より三年ほども遅れてのことであった。

「独伊は≪提督≫を接収して艦娘の修理補給を可能とし、運用を確立させたい。艦娘を得て海軍に対する発言権を高めたい陸軍と利害の一致を見たということか」

「今まで本格的な艦娘を持たなかった我が陸軍も、ついに本格的な艦娘の運用が可能となる、舶来の艦娘ではあるがな。これにより晴れて、海軍側に傾きすぎた天秤を均衡状態にもどせるわけだ」

「……悪手に過ぎる。陸軍は独伊の意向無しでは何も決められなくなる」

「俺たち≪将校≫は、このあきつ丸やまるゆを陸軍の艦娘として建造し、海軍との対抗を模索してきたがどうも、それでは不足であるらしい。下手を打てば陸軍は、独伊の傀儡となり果てるだろう」

「……良いのか、海軍の私に、そのような話をして」

「ふ……貴様がそれを言うのか?」

 ディーゼル発動機の駆動音は、ボンネットの内に収まっていてもなお大きく、周囲を圧する。よって東京駅前の雑踏の中、二人の会話を正確に聞き取れた者は居ないであろう。

 それ以上何も言わず、両者は敬礼を交わした。

 提督は踵を返し、将校は車へと残った。

 車が走り去った後、残るのはただ、雑踏のみであった。

 

***

 

「戦艦を辞めろ、伊勢」

 つい先日もこのようなことがあった。

 あの時提督の手には白金の指輪があった。

 今、提督の手にあるのは、拳銃である。

 それがこの間とは違うところだ。

(どうしてこうなっちゃったかな……)

 どこで何を間違ったのか、伊勢にはよくわからない。

「何度言われても同じ。私が戦艦を辞めるときが来るとしたら、それは提督が提督を辞めるとき。その気持ちは今も変わらない」

「私が辞めるなら、お前も辞めると言ったな」

「言ったわ」

「俺は提督を辞める。いや、もう提督では無くなっているかもしれん」

「意味わかんないよ。どういうこと?」

「これより俺は、艦娘を処分せねばならんからだ」

「処分って……解体するってこと?」

「或いは、海没処分だ」

「それで……私を?」

「私は呉に来てより本日に至るまで、ただの1艦の艦娘も失ったことはない。それが私の本日まで生きながらえている理由でもある」

「じゃ聞くけど、もし誰か、呉に帰ってこなかったならどうするの?」

「艦の喪失を引責せねばならん」

「引責……って?」

「呉の艦は全て、私の艦。そして古来提督は、艦と命運を共にするものだ」

 日向と提督は似ている。こういう考え方とか、特に。

「提督らしいよ」

 伊勢は、呟く。

「どうせ上から命令があったんでしょ。艦を減らせって。でも提督はそれを言わない。独自の判断で通す。その結果、提督は汚名を残し、その提督の汚名を提督ごと拭えば、大本営はきれいなまま。大方そんなところでしょ?」

「他の提督に、汚名を着せるわけにはいかん。いや、そのような汚名を甘んじて着る提督は居ない。他の提督に命じれば、そ奴は大本営に背くだろう」

「だから提督、あんたが買って出るの?」

「猶予はない。この上海軍が勢力を伸長すれば、陸軍がことを起こし、この国は割れる」

「……」

「……」

「分かったよ」

「辞めてくれるか」

「んーん。辞めない」

 提督の口が、ぽかんと開く。

 どうやら呆れたもののようだ。

「……辞めないって、伊勢、お前な……」

「確かに提督は私と一緒に提督を辞めてくれるかも知れないよ。それは分かった。でも日向は残される。そして日向が、提督の戦いを引き継ぐんだ。それじゃあ提督の戦いは終わらない」

「然りだ。深海棲艦は未だ滅びず、皇国の未来も知れぬ」

「だったら日向と一緒に、私も戦う。日向を置いて私だけ幸せになるなんて出来ないよ」

「分かるが、堪えろ」

「どうして?」

「分かってくれ」

 提督は、右手の銃を置く。

「一つには、このような思いを後進の提督たちの誰にもさせたくはないからだ。今一つには、私が艦ではなく、女でいてほしいと思ったのは伊勢、お前だけだからだ」

「……」

「他の誰にも……日向においてもこのようには思わん。よってこのようなことは言えぬ。為に、このような私はお前しか知らぬし、お前にしか話せん」

 そう来たか。

 伊勢は思った。

 提督もやるじゃないかと、そう思った。

(仕方ないなあ)

 そういう本音を出されたら、仕方ない。

 伊勢は大きく息を吸い込み、瞳を閉じる。 

 そうすることで、眼裏に去来するのは、幽世の最後の戦いであった。

 身動きもならぬ、縛められた身体。

 許されるのはただ、敵を撃つことだけ。

 そんなになってもなお、伊勢は誰をも恨まなかった。呉に落ちた太陽の光を見ながら、ただただ、無力を感じていた。

 それが最後の記憶になると思っていたのだ。

 ところがそうはならず、今伊勢は、ここにこうして生きている。

(どうせ、一度は死んだ身なんだ)

 この伊勢さんも、心を決めなきゃ。

「……いいよ」

 提督にそう告げた。

「私が処分出来ればいいんだよね。いいよ。戦艦を辞めてあげる」

「……伊勢」

「だけど、私は提督の戦いを放り出すつもりも、日向と離れ離れになる気もない。だったらさ。うってつけの方法があるよ」

 艦娘の末路は三つある。

 一つは戦いの果て、海へと還る轟沈。

 一つは、艤装を廃棄する解体。

 そして、今一つは……

「私は戦う。提督の戦いを、日向と一緒に」

 この日、この時、私の近代化改修の運命は決まった。

 




何となく世界構造を見せつつ、次回に続きます。
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