小池一夫ニキ原作の艦これ劇画がいつまでたってもでンので俺がそれっぽい小説にしてみた   作:臣 史郎

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長かった春イベが終わったと思ったらもう夏イベの告知ですね。お久しぶりです、臣です。

臣は甲難度でクリアも残念ながら、フレッチャーを師兄の墓前に伴うこと叶いませんでした。これ程高難度の海域が連続したイベはちょっと記憶になく、一面一面死闘でありました。一方難易度の調整にのたうち回った痕跡がそこかしこに見え、運営にとっても大変な戦であったんだろうなと思います。

さて本編、お楽しみいただければ幸いです。


第8話

 本州側より望む瀬戸内の日の出は四国山脈に阻まれる為水平線より姿を現すものではないが、それ故の光の屈曲を生み、湿度雲量によっては今朝の如き、落日もかくやの異様な払暁となる。

 それはまさに、薄暮に燃焼する火の玉の如き旭日であった。

「…む」

 皇国屈指の要塞都市、呉。

 中四国の山地とそこここに備えられた見張り電探、その探知に即応する航空基地複数に配備の局地戦闘機、さらには呉港自体の駐留艦隊。掻い潜るのは容易なことではなく、事実、皇軍発祥以来瀬戸内の内海に侵入を遂げた水上部隊は存在していない。

 故にこれは、皇軍史においても幽世の近代戦史においても類例のないケースである。

「来たか、日向」

 揺らめく朝日は逆光となり、目視での確認は至難であったが、長門には確かに…いやだからこそ、日向の存在を感じ取ることが出来た。

 太陽を背とするは古今変わらぬ兵法の常道である。そして水上より呉港に突入するに当たって太陽を背とすることが出来るタイミングはこの日この朝の十数分に限られる。

 島嶼多数の呉港沿岸は電探の探知を阻む上、光学測距儀も逆光により正常動作を妨げられる。長門の砲は日向の砲を射程や威力で上回るが、この僅かな時間、その有利を活かせない。

 長門の不利であった。

 敵手となる日向はむろん、それを知っていよう。

 だからといってなかなか、僅か十数分の日の出を背負って敵の本営に現れることが出来るものではない。それは人知を超えた幸運あってこそ可能なことであり、可能とした日向こそは、まさに日輪の加護を受けし、皇国主神たる天照大神の申し子であった。

「まさに日輪の化身か…航空戦艦日向よ」

 日向はあそこに居るのだ。

 あの紅蓮の旭日の内に。

「長門単艦だと…?」

 一方、果たせるかな、その朝日を背に呉へと突き進んでいた日向も長門の姿を認める。

≪艤装だけは装着してるみたいだけど…≫

「実艦の姿となってはいないな」

 長門は艤装を装着したのみの生身の姿で、ただ独り水上に立ち塞がっていた。

 実艦の姿を白日に現しうるのは、よほどの錬度の艦に限られる。これが行なえるということは、幽世の深海に沈む艦の全ての力を引き出し得るということであり、成せる艦人は数少ない。

 日向はそのうちの一人であり、先に矛を合わせた扶桑もそうであった。

 そして日向や伊勢の知る限り、長門もそれを成し得る一人である。 艦人が実艦の姿を現せば威嚇になり、また決闘の布告ともなることは述べた。

 その姿を現していない長門に、戦意在りや無しや?

「…皇国総旗艦…これほどのものか…」

 問うまでもない。

 日向の電探も見張り妖精も、朝日の照らしだす長門を認めている。

 日向も妖精たちも、艦橋で日向の傍らに立つ伊勢も、目に映らぬものを見て取る異界の存在である。

 格上の相手は大きく見えると格闘競技の経験者は口をそろえる。確かに、眼前の敵手は日向よりも大きかったが、この場合大きいという形容詞で言い表せはしまい。

 長門の背には呉鎮守府、その内陸の広島市、引いては中国地方が黒々と横たわっていたが、日向の瞳には、その中国地方が…本州が、あるいは皇国全土すらもが長門の艦影であるかのように見えた。一度そう見えたらもう、そのようにしか思えなかった。

≪こうして敵に回して見ると、凄さがわかるわね…こりゃ水爆でも沈まないはずだわ…≫

 あれはただ3万トンの自重を支えて浮いている艦ではなかった。

 皇国全土と皇国臣民の生命悉くを乗せてなお沈まぬ艦であった。皇史1900年の歴史を重きを負ってなお前方へ推進せんとする艦であった。

≪…どうする日向。あんな化け物と戦うの?≫

「むしろ僥倖だ」

≪どう僥倖なのさ≫

「あれに敗れたとて、この日向を弱しと哂う者は在るまい」

≪負けるの前提なの!?≫

「名誉の敵ということだ。例え海の藻屑となったとてこの敵ならば悔いはなし」

≪ちょ! なに言ってんの! 藻屑になっちゃだめでしょ!≫

「艦我一体を解き、艤装のみで戦う。伊勢。航空隊の指揮を頼む」

≪あ! こら! 話を聞きなさい! 聞きなさいってば!≫

 わめく伊勢を尻目に超弩級艦日向の姿は、紅蓮の旭光の揺らめきに溶けて失せた。

 今や艦人日向の姿となった日向は、一番砲を天へと掲げ号砲一発を轟かせる。弾頭の装着されていない、空砲である。

 礼砲であった。

 長門は皇国総旗艦であるとともに、英国における騎士号を持つため、礼砲一発により敬礼を示すのが公海における軍艦の礼節であった。

「尋常なる挨拶いたみ入る、航空戦艦日向。ついては貴艦に糺(ただ)したき事在り」

「応えよう。連合艦隊旗艦長門よ」

 戦艦同士の砲戦は30キロ以遠で行われる。肉声の届く声では有り得ないため、日向も長門も、通信設備を頼っての会話となる。

 暗号の類は用いていないため、呉よりも傍受が行なわれているはずであった。

「皇国鎮守に任じられた身であるはずのお前が、何故に呉鎮守府に攻め入り皇国の安寧を脅かすのか」

「逆に糺そう、連合艦隊旗艦よ。我が身は皇国艦艇。呉港は本艦の母港である。皇国艦艇が皇国鎮守府に帰投するに何の不都合があるか。長門貴艦は、何故にそれを阻むのか」

「攻め入るのではなく、帰還するのだというのか」

「然り」

「日向の言に瑕疵(かし)を認む。現下貴艦は皇国艦艇に非ず、反乱艦なり。これにより呉の鎮守府より日向撃沈の命下る在り。よって本艦長門は貴艦の入港を阻むものなり」

「連合艦隊旗艦たる貴艦には、本艦への停船命令も可能であり、それが順序とも思われるが、それをせぬのは何故か」

「連合艦隊は…いや、呉の鎮守府はそれを望まぬようだ。それに…」

「それに?」

「命じたからとて、お前がそれに従うのか?」

 貴艦、と呼んでいたところが「お前」に変わっていた。

「ことと次第によっては、従わざる場合もある」

「ことと次第だと? 連合艦隊旗艦たる我が命に服さぬならば、軍令部に、引いては皇帝に従わぬも同然だぞ?」

「我が身は呉鎮守府直卒。命を受け服するはただ我が提督のみ」

「その提督より、日向撃沈を拝命したのだがな」

「自沈せよとの命は、提督より頂いておらぬ」

「命じられれば従うのか」

「然り」

「呉鎮守府より直接の自沈命令の無きが故に、呉鎮守府より日向撃沈の命を受けたこの長門に手向いすると」

「然り」

「面白し」

 にんまり、と長門の口角が上がる様が、30キロ以遠においても目に浮かぶようであった。

「航空戦艦日向を敵手と認む。長門型一番艦長門、只今より貴艦を撃沈し任を遂行せん」

「存分に勤め果たされたし」

 日向にはそう言うより他に無い。任を帯びたる身である以上、親兄弟も討たねばならぬのが皇軍の兵であった。

 しかし日向とて死にに来たのではない。

 ただ逢いに来たのだ。

 易々と討たれることは、してやれなかった。

「両舷、合戦用意! 伊勢、航空隊発進だ。おい伊勢! 聞こえているのか!」

≪はいはい航空隊ね。分かってますよ≫

「何を拗ねている。この上も無き敵手だ。心躍るだろうが」

≪その心躍る場面から、強制的に締め出したくせに…ま、日向らしいし、いいか。やったげるよ≫

 所謂近代化改修と呼ばれる強化の本質は、早い話が乗組要員増強にある。呉の提督風に言うならCPUの追加ということになる。本来一艦を操る艦人を一人犠牲にして、妖精と同様のサブプログラムとして用いる。合成とも、合体とも俗称される所以であった。

≪そういうことだから、今日からあんたら伊勢航空隊ね≫

≪まっぴらごめんです!≫

≪どういうことなの…≫

 猛然と六三四航空隊の妖精たちが口答えする。

≪仕方ないじゃないのさ。私の手下の飛行隊は日向にゃ連れてこれなかったんだから≫

≪ごめん意味分らない!≫

≪俺ら日向艦載機隊なんですけど!≫

≪四の五の言わないで出撃。日向艦載機1号改め伊勢航空隊1号は弾着観測、2号はそれに倣え。残りの有象無象は爆装!≫

 マッハ0.5にも迫ろうという水上急降下爆撃機、瑞雲に並びうる水上機は平成の世に至るも存在しない。瑞雲こそは世界最強かつ古今無双の水上機である。

 爆装は、呉防空飛行隊に対抗する為であった。

 空中戦においてはさすがに、新鋭局地戦闘機・紫電改を有する呉飛行隊に及ぶべくもない。上がってくるのを防ごうという伊勢の指示は適正と言える。

≪1号機、2号機は先発。以下は爆装出来次第順次発艦よ! 現時点より航空戦の指揮は、この伊勢がとる!≫

 日向航空隊の全機発進、全力出撃であった。

 日向左腕の航空兵装艤装、2基のカタパルトが競うように打ち出した瑞雲たちは勇躍して飛翔していく。

「舐められたものだ。この長門への配当はなしか」

 その殆どが長門の頭上を通過し、呉鎮守府へと脇目も振らぬ。

「それについてはこの日向が、当艦主砲にて仕(つかまつ)る。貴艦こそ、呉への攻撃を見過ごしてよいのか?」

「呉鎮守府よりこの長門に課せられたは日向、お前の撃沈のみ。呉を守れとは、言われておらぬ」

「成るほど。ならば先ず当方、日向が先手仕る」

 本来ならば、日向主砲に勝る射程の長門の41センチ連装砲が先手を取るはずであったが、折からの逆光で、正確な諸元を出すのが遅れている。一方、伊勢が一手に航空戦を仕切ってくれるため、日向は、砲戦に集中することが出来た。

「正面砲戦。一番、二番主砲、交互撃ち方…」

 斉射は行わない。着弾観測によ次弾のり正確を期する為だ。

「始めッ!」

 三十六センチ大口径主砲…長門型登場までは皇国最強を謳われた日向の主砲が火を噴く。

 今度は、空砲ではない。

 扶桑との時には、一切の砲撃を、日向は行わなかった。皇国鎮護の為、扶桑の損失を恐れたからであった。

 然るに、長門に対しては砲撃、用いたのは新式徹甲弾である。

(鉛弾風情でどうこう出来る相手ではない)

 日向は、我が頼みの主砲で長門がどうこう出来るとは全く思っていなかったのだ。

(皇国全土を灰塵と帰す新型水爆の威力にすら耐えた相手…)

(長門ほどの者を相手とするからには、畏くも皇国本土を真っ二つに轟沈せしめるの覚悟を持って仕らねばならん)

 先に日向に酸素魚雷を放った時雨がそうだったように、日向は長門を信じていた。信仰していたと言ってもいいであろう。

 眼前の艦は、それほどの相手であった。

≪弾着…近遠! 狭叉!≫

≪目標、進路速度変化なし!≫

 薄暮の薄闇をものともせず、長門上空に陣取った瑞雲より弾着が報じられる。

「射撃諸元修正急げ!」

≪射撃諸元修正…!≫

 長門と日向が一対一での砲戦となった場合、長門の勝ち目はない――

 長門の同型艦、陸奥の言の真意はここにある。

 瑞雲二十二機搭載の日向に対し、長門は水上観測機四機を搭載するのみであり、航空戦での優位は日向にある。そして艦対艦の砲戦において上空を獲った側は、弾着の観測を行うことにより命中精度で優位を得ることが出来る。

 現在こそ艦上攻撃機や艦上爆撃機を搭載し、対艦航空戦を行うようになった空母航空隊であるが、空母自体、元々戦艦の弾着を観測する為の航空機を搭載するために開発されたものである。それほどまでに、艦対艦の砲戦においての制空権の確保は、優劣に寄与するのだ。

≪諸元修正、よろし!≫

「主砲第二射…撃ち方始め!」

 必中を期し、日向1、2番砲塔が必中を期し払暁の空気を、再び揺るがす。

 

***

 

 始まった。

 大気を揺るがすのはおそらくは皇国の誇る三十六センチ大口径主砲。払暁の窓をさらに明々と照らすのは恐らくは日向艦載機隊の装備する250キロ爆弾のものだろう。

(砲戦は海上…爆撃は、方角からして呉の航空基地を狙った?)

(ということは…日向は航空撃滅戦をやるつもりか)

 制空権確保の為に敵航空勢力を漸減せしめようとする、航空撃滅戦こそが日向の腹積もりであるようだ。恐らく艦載機隊の弾着観測により、呉港での砲戦を有利に戦おうとする為であろうと、時雨には看破出来た。

(日向は本気だ)

 これでは呉駐留艦隊も防空隊も本気に成らざるを得ない。

(だめだ…このままじゃあ…)

 殺し合いが始まってしまう。

 皇軍同士の、愚劣極まりない殺し合いが。

「…そこをどいてくれないかな?」

 時雨が戦場となっているであろう呉沖へと行くには扉を開けて部屋の外に出ねばならない。

 それを阻んでいる者がいる。陸軍出向と思しき潜水艦娘…まるゆである。

「君が任で僕を見張っているのは分かっている。僕になんの恨みもないことも…だけど僕は行かなきゃならない。その邪魔をするなら、君を…」

 脅かしてやろうという風ではない。

 心底困っているからどうにかしてほしいという、むしろ哀願に近い時雨の口調である。

「もういちど言うよ、まるゆ。そこをどいて」

「出来ません」

 震える声で、それでもはっきりとまるゆは拒絶する。

 拒絶すればどうなるのか、分かっていないはずはない。だからあんなに震えているのだ。

 けどまるゆは拒んだ。

 彼女だって皇国の艦娘なのだと時雨は思い知る。

「…止めないと取り返しのつかないことになる。このままじゃ本当に日向は反乱艦になってしまう。そしたら、もう止められない。皇軍の艦娘同士の殺し合いが始まる。いや、もう始まってるんだ! 犠牲が出る前に、頼む、ここを通して!」

「…出来ません!」

「く…」

 通してもらおうと、無理に押し通ろうと、きっとまるゆは罰を受けるだろう。

 陸軍の艦娘が、呉や佐世保ほど立場を得ているとは時雨には思われない。おそらくは筆舌に尽くせぬ壮絶なものとなろう。

 それが分かってしまう時雨には、どうしてもこれ以上まるゆに詰め寄る事が出来かねた。

 なんと我が身の不甲斐なきことか。僚艦の朝雲や満潮ならどうするだろう。思い切ることが出来るのか…ぐるぐると思いを巡らすうちに、二度目の砲声と弾着が来た。

「きゃ!」

「…今のは!?」

 爆風は丈夫なサッシを薄氷の如く打ち割り、地鳴りのような弾着によりバラバラと落ちていく。

(日向の砲撃? いや…)

 そうと考えるのは不自然だった。

 砲声と弾着が短すぎる。両者の間隔がほとんどなかったのだ。

 砲撃も、その目標も鎮守府の敷地内にあったとしか思われないほどに…

「…いったい何が起こっているんだ」

「知りたいかね?」

 時雨に応じたのは、まるゆではない。

 扉の外からと思しき、男の声であった。

「誰だい?」

「俺か? 俺は…」

 まるゆが扉を開き、声の主を挙手礼で迎え入れる。

「この呉鎮守府の、新たな提督だ」

 時雨に応えたのは昨日日向拿捕の隊を率いていた、かの陸軍≪将校≫であった。

 

***

 

≪命中! 命中!≫

 長門上空に張り付いた瑞雲より主砲命中が報じられる。

≪命中4…全弾命中!≫

 九十一式徹甲弾四発を受ければ、いかな長門といえども無事では済まぬはずであった。

 それを受けた。

 回避しようという様子も見てとれなかった。

「伊勢型二番艦たるこの日向を侮るか? 長門」

 確かに長門は皇国屈指の巨艦であったが、日向とて長門と同等の武装装甲を備えるとされる深海棲艦隊の戦艦ル級やタ級を何隻も葬ってきている艦だ。長門が日向を過小に評価していたとするなら、この勝負は先が見える。

「瑞雲隊、砲撃の効果を確認せよ」

≪現在確認中…ん!?≫

≪あれは!?≫

 未明の呉鎮守府の中央を、閃光と炎が貫く。

 重い弾着音が、上空の瑞雲隊の肺腑にすら届いた。

 日向の砲撃ではない。主砲弾ならば4門の放った4発全てが長門艦体に吸い込まれた。それは上空の瑞雲が確認している。

「鎮守府内で弾着だと…?」

 異変は、呉沖で戦闘中の日向の許からも見て取れた。

「我が瑞雲隊の爆撃ではないな」

≪違うわ。目標は呉航空施設の滑走路。勝手知ったる呉で誤爆なんてする輩じゃないし≫

 滑走路が穴だらけになれば邀撃機隊は飛び立てない。

 しかしそれは一時的なものである。戦闘機が破壊されたわけでも戦闘機妖精たちを殺傷されたわけでもないので、施設課が数日汗を流すだけで航空施設が機能を回復するはずであった。日向の狙いはあくまで敵航空施設の麻痺であって破壊ではないし、もちろん呉鎮守府中枢の破壊は意図していなかった。

「何が起こっている?」

「あれは陸奥だな」

「…む!」

 日向の独語に応えたのは長門である。

≪主砲命中も長門健在!≫

≪被害認められず! 被害認められず!≫

 上空の瑞雲がしきりに寄越して来る報告を聞くまでもない。

≪…ありえない≫

「いや、長門なら有りうるさ。長門ならな…」

 日向も伊勢も、慄然とするより他に無い。

 徹甲弾の命中弾4発を受けてなお轟然と、長門は呉港洋上に微動だにしていなかったのだ。

「陸奥め勝手なことをしおって…いや、勝手は私も同じか。やはり姉妹というわけだな」

「長門。如何なる事態かこれは」

「知らぬ。いや、知っているとしてもよい。何れにせよ日向。お前が仔細を知りたければこの私を退ける他にはないぞ?」

 呉洋上の長門より、二つの瞬き。

≪長門より火点! 気を付けろ! 長門より火点!≫

「…! 総員衝撃に備えよ!」

 その次に来るのは砲音と、それと同じ速度で飛来する41センチの巨弾であった。

「うおおおおお!」

 総排水量3万トンの巨躯が、小舟の如く翻弄された。

 至近弾であった。

 右舷に一つ。

 左舷に一つ。

 狭叉された。

(い…いかん…!)

 今のはボクシングで言えばリードジャブ。探り撃ちだ。次は効力射を撃ちこんでくる。

(一発の命中あらば、木端微塵は必定…!)

 同等の口径の砲なら何度も受けてきている。木端微塵になったことはない。なのに、長門の砲に限っては、到底我が身が原型を留め得るとは思われない。一合でこの世からあの世の果てまで吹き飛ばされそうな重みを、日向は感じ取っていた。

「取り舵!取り舵!」

 日向は回避する。

 今日向が居たそこの海原に、さっきの巨弾が水柱を立てる。

「三番砲塔、射撃諸元修正! 目標日向…てーっ!」

 その弾着を許に、長門は再び効力射を撃ちこんでくる。

≪長門発砲2!≫

「く…面舵…!」

 日向はまた回避する。回避したそこに、二つ水柱が立つ。

「四番砲塔! てーっ!」

「回避!」

 日向が躱す。また水柱が立つ。長門が撃つ。

「日向! ダメよ! 回避運動が激しすぎてこっちの主砲の狙いが付けられない!」

「…分かっている!」

 分かっている。分かっているのだ。  

 分かっていながら、それが出来ない。

 これほどの重圧は初めてであった。

 そして反撃を行わなければ、この重圧が取り払われることはない。

(分かっているのだ…!)

 

***

 

 一方長門は、京都二条の伝えを偲ぶ。

(敵艦日向の回避は見事。二条大橋の牛若丸さながら。とすれば…この長門こそは武蔵坊弁慶といったところか)

 日向の敏速は、超弩級の巨人艦とは到底思われぬものであった。

 元々が伊勢型の舵の効きは鋭いと知ってはいた。幽世の大海戦において300を超える敵機の空襲を寄せ付けなかったと云うが、信じる他はないようであった。

「操舵の回復状況はどうか」

≪人力操舵に切り替えるも、依然操舵困難!≫

「弁慶の私は、立ち往生するが定めか」

 いかな長門と言えども、触接により精度を高めた日向の砲を受けて無傷とはいかなかった。

 バイタルへの命中は重装甲が阻んでくれたが、そのうちの船尾先端への一発が舵に深刻なダメージを与えていたのである。

(この上の接近されれば、我が装甲とて危うい)

(いや、奴が回避の足を止めて撃って来れば…)

 長門は最善を決断した。

 即ち、我は足を止めて日向を狙撃し、回避運動を強要させる。それも斉射を行わず、砲塔一基ずつによることで、途切れなく行うのだ。回避を行っている限り、日向は正確な射撃を行えないはずであった。まさに攻撃は最大の防御であったが…

「四基の砲塔の内、一基が照準を仕損じれば反撃は必定…必中を期せよ、各砲!」

≪了解!≫

 爆炎荒れ狂う呉港を背に、長門はその口角を上げた。

「さて、我慢比べといこうか、日向よ」

 

***

 

 さて、呉鎮守府内の砲音について、長門には、心当たりが大いにあった。

 成り行き次第によってはこのようなことになるかも知れぬと思っていた長門だが、まさしくその通りの運びとなったようであった。

「惜しい。外したか」

「鎮守府内で砲使用とは、乱心したか陸奥!」

「乱心もするわよ、提督。まさかこの呉鎮守府が既に敵地がなってるとは思わないもの」

 砲を使用したのは、提督執務室に在った陸奥であったのだ。

「この距離で外すなんて。掌副砲妖精には再訓練が必要なようね」

「陸奥…アナタは…」

「金剛。皇国主力たるあなた達四人から同時に至近の一斉射を受ければ、いかに長門型の装甲をもってしても持たないでしょうね。けれど、その間にそこの反乱分子を吹き飛ばすことくらいは出来るわ」

「反乱分子はアナタの方デース! 提督に何かあったら、呉鎮守府の機能は停止! これより予定されてる作戦の殆どが実行不能にナルデスヨ! 陸奥は皇国を滅ぼすつもりデスか!」

「あらあら金剛ったら何言ってるのかしら。長門が居なくなっちゃった皇国なんて、私が守っても仕方ないじゃない。貴方意外と女心が分かってないのね」

「…陸奥ッ!」

 金剛の艤装の砲旋回は速い。

 二度の改装を経た砲旋回速度、射撃速度は1.5倍もの向上を見ており、砲口径だけでは計れない強化が成されている。単艦であっても、砲力は陸奥に劣るものではない。

 長女に倣い、比叡、霧島、榛名の合わせ16基32門の大口径主砲が、四方より御される。

 いかな陸奥と言えど絶対絶命のはずであったが、思わぬところから助け舟が出た。

「待て金剛。発砲はするな」

「テートク!? 何言うですカ!」

「陸奥を沈めるなと言っている」

「そんなこと言ったって…」

 それを成さねば、死するのは提督自身であるのが分からぬのか。そうでなければ陸奥を舐めているのか? 

 戦には引き金を引かねばならぬ時がある。情けに流されても、我が身可愛さに負けてもならぬ時が訪れる。

 陸奥はそれを弁える者である。

 華やいだ女人の姿でありながら、無情の引き金を引くべき時には引く。それが陸奥であった。

「情けをかけてくれるのかしら。だったらうれしいわ。ありがとう。さよなら、呉の提督」

 今度こそ必中を期し、轟音を放った副砲は、今度は鋼の装甲に阻まれていた。

「ぐ…!」

「比叡!」

 金剛姉妹随一の打たれ強さを誇る比叡が陸奥と提督の射線に割り込んだのだ。

「大丈夫です、お姉さま! 例え至近であっても、副砲程度ならこの比叡、びくともしません!」

 外史においては大戦時最初に喪失した戦艦とされ、不遇な比叡であったが、敵国米の兵に比叡を哂う者は誰も居ない。「不死身の戦艦」と言われ、最も恐れられた戦艦である。

「計算によれば、貴方が我々の防御をすり抜け、提督を打ち倒せる可能性は0.2パーセントもありません」

「陸奥、どうか考え直して…私は貴方を撃ちたくない…いいえ、撃つことなんて出来ない」

 比叡に続き、霧島と榛名も陸奥の射線に割って入った。

「どいてくれ、と言っても無理なんでしょうね」

「Yes。いくら貴方でも、無理な相談ネ。本土に数える程しかいない提督は艦娘より貴重。失うわけには行かないヨ」 

「そう…そうか」

 陸奥は瞑目する。

「確かにそうね。貴方達四人を突破出来る艦なんてこの世には存在しない」

 戦闘状態を解いた…ように見える。

 むろんまだ油断は禁物。現出した艤装を収めるべきではない…金剛型四姉妹の何れもがそう考えていた。警戒を解いたわけではなかったのだ。

「だけど…運が悪かったわね、貴方達。この陸奥には切り札がある」

「…まさカ! 陸奥! それはイケナイ!」

 重ねて言うが、金剛らが油断していたわけではない。

 単に陸奥が、想像を超えていたのだ。

「皇国と長門をお願いね、金剛、みんな。じゃあね」

「…陸奥!」

 閃光が、執務室を充たした。

 

***

 

 可能ならやっている。

 出来ないのだ。

「日向!」

「分かっている…!」

 速力をゆるめれば長門は確実に効力射を撃ちこんでくる。撃ちこまれれば確実に我が身は滅ぶ。

(不惜身命、不惜身命…)

(粉骨砕身、粉骨砕身…)

 日向は、喰いしばった歯の内に繰り返し念じる。そうでもせねば、悲鳴をあげそうであったからだ。

 事に当たりて身命を惜しまずの、不惜身命の念は皇軍の初心でありまた同時に、精髄でもある。

 粉骨砕身という言葉は、骨身を惜しまず労苦を厭わずという意味合いに用いられるが、これには伏せられた意味がある。我が骨髄を粉砕されるとも、敵の身に一創(いっそう)を付ければよしという、肉を斬らせて骨を断ち、及ばねば骨を斬らせて肉を断つの心得をここでは指す。

 何れも皇国の兵ならば誰であろうと学び、親しみ、かく在ろうと我が胸に期する言葉であった。皇国の戦闘艦たる日向の内にももちろん、堅く在ろうはずのそれを吹き飛ばすほどの何かを、長門の主砲は放っているようであった。

(くそ…! 何も出来ん!)

 これほどまでの弱卒であったのか、己は。

 思いがけぬ我が身の惰弱に日向は愕然とする。

(認めざるをえん…私は恐ろしい)

(やつが…長門が恐ろしいのだ…)

 これほどの大敵は初めてであった。

 艤装を展開しない長門は、確かに女子としては大身だが成人女子として少々、というくらいのもののはずだ。

 今や日向には、その長門が天蓋をも覆う神魔の類にすら見えた。今にもその手に一握りにされそうにすら思えたのである。

(…ならん)

(…大剛に敵し死するは止む無し…だがこのまま沈んではならん)

 敵に敗北するよりなお、敵に侮られるを好まぬのが皇国の兵である。

(かくなる上は…)

 速力を落とす。

 その瞬間に我が身は真っ二つの憂き目となろうが、余命を持って斉射を長門へと叩き込む。

 回避運動の影響により射撃諸元は信頼出来るものとならないであろうが、命中弾を得られなくとも構いはしない。長門に反撃したという、その事実だけがあればよいのだ。

≪…! 日向!? 何する気!?≫

 ここが死に場所のようだ。

 だが決して悪くはない。皇国、いや世界最強の艦と戦い、母港の海に沈むのだ。恐らくは戦況を見守っているであろう、呉の提督の目の前で…

≪日向! 止めて日向!≫

 その伊勢の声をかき消したものは、呉の鎮守府よりの閃光であった。

「!?」

 何事か。

 対敵たる長門も事態を測り兼ねた。

 それほどの大爆発であったのだ。

 数瞬を置いて、爆風が呉近海の波を蹴立てる。日向、長門ほどの大艦が翻弄されるほどの大波であった。

(如何なる事態かこれは…!)

 如何なる大艦の主砲をもってしてもここまでの大威力は不可能だ。

 それはまるで、数十発、いや数百発の砲弾が一斉に炸裂したかのような…

(いや、不可能ではない)

 可能とする艦はある。それを行った艦が――

(陸奥めまさか…!)

 陸奥終焉の地は呉の近海、柱島にある。

 大爆沈の原因は三式弾の事故とも、何者かの工作とも伝わる。何れにせよ、その爆発により第三砲塔は艦橋よりさらに高く吹き飛び、艦体は二つ折りになって沈んだ。この「陸奥の火遊び」により誘爆した砲弾は千発以上とも云われる。

 戦艦級の艦の轟沈は、往々にして弾薬庫の被弾による誘爆により起こるが、陸奥の場合、敵弾を必要としない。黄燐火薬艦砲千発分を自爆させた艦の断末魔が記憶されているのだから――

「む…」

 陸奥は自爆した。確信に近い予感が長門にはあった。金剛四姉妹と四対一の争いに、彼我必滅の自爆を選んだのだ。そう、呉の提督を斃す為に――

「陸奥ゥゥッ!」

 長門は、胸の悲痛を露呈した。

 たった二人きりの姉妹であった。

 かけがえのない伴侶であった。

 だから仕方のないことだ。

 この瞬間、国内最強の…いや、恐らくは太平洋最強の大戦艦は一人の人間に、ただの女になってしまっていたのだ。

≪日向接近!≫

「ぬっ!」

 しかし今はそれが許されぬ時であった。

(し…しまっ…)

 戦の最中に、敵から目を逸らしてしまったのだ。

 その代償が如何なるものか、歴戦艦たる長門には良く分かっていた。ましてや相手は皇国最高錬度たる日向であった。見逃してくれるはずがなかった。

(…この長門とて武運には頼むところがあったが…)

 いや。戦のさなかに敵を忘れるとは、なんたる我が身の未熟。

 未熟にも程が有ろう。

(ふっ…負け戦か…)

(この戦あまりに、拙き運びとなったわ…)

 振り向けば既に日向は眼前であった。日向主砲のゼロ距離射撃を受ければ、如何な長門の装甲とて持たない。

(しかし、まあ、よいか…)

 今度も、どうやら陸奥を待たずとも済みそうであった。

(そう思えば、まあ、悪くはない…)

 あちらの世ではまたも陸奥が先輩というのは癪の種であったがまあ、よかろう。ある意味、悪い武運ではなかったのかもしれない。

(それに…最期の相手が貴艦とは…)

(この長門、何よりの僥倖であったぞ、伊勢型二番艦、日向よ…)

 長門は、その口角を上げた。

 眼前の日向と、今まさに終止符を打たるる、我が艦歴への訣別の笑みであった。

 それでもなお、瞳を閉ざすことはしなかった、その長門の横を…

(な…!?)

 日向は、長門を一顧だにしなかった。

(なん…だと…!?)

 日向は一発の砲も撃たず、長門の横を通り過ぎて行ったのだ。

「提督…提督!」

 叫びながら水上を疾る日向の艤装は、既に霧散していた。

 戦闘態勢ではなかった。長門以上に、日向は戦闘どころではなくなっていたのだ。

(…なんと)

 さしもの長門も、開いた口が塞がらぬ。

(皇国総旗艦たるこの長門を敵としながら、一顧だにせぬとは…)

 気持ちは分からなくもない。瑞雲を飛ばしていたのだから、爆心は鎮守府執務室であったと日向には知れたであろうから。

 分からなくもないが、それにしても未熟である。

 未熟にも程が有ろう。

「ふ…」

 日向は無防備にも長門を背に、一直線に呉港目指し突き進んでいた。

 恐らくは呉鎮守府執務室を――いや、呉の提督の許へと突き進んでいるのであろう。この長門のことなど、当の昔に念頭より無くなってしまっているのではなかろうか。

「ふっふ…」

 皇国海軍の頂点として幾多の戦いを勝ち抜いた己と日向が、戦の最中に二人が二人ともに、それも同時に対敵のことを忘れようとはなんたる未熟。そして、なんたる愉快か。

「ふははははははははは! ははははははは!」

 長門は、声を上げて笑う。

 これが笑わずには居れようか。

「掌機関妖精、操舵回復はどうか」

 笑いに笑うこと一しきり、長門は問いを発する。

≪は! 依然機械操舵は不能なれど、人力操舵ならぬ妖精力操舵は不可能ではありません!≫

「よし。目途が付き次第日向を追うぞ。今度も妙な幸運で陸奥に死に遅れるわけにはいかんからな」

≪了解≫

「待っていろ、陸奥。私もすぐに逝くぞ」

 呟く長門は既に、戦いを忘れた者の顔ではなくなっていた。

 




ここまで読んでくれてありがとうございました。
多分次回が一応の最終回になろうかと思います。
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