SynCrossnize World   作:獅子の一等星

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感想をくださった方、お気に入りをして下さった方達は本当にありがとうございます。
頂いた助言を元に1話もこの話も修正を加えております。
読み易い文章になっているといいなあ……


第二話 自由への飛翔

 「彼が、逃げ出したようだ」

 

 そう重々しく告げたのは、白銀の鎧に覆われた『天使』であった。

 

 天高く、輝かしいほどの清らかさを湛えて聳え立つ白亜の塔。

 遍く神聖系デジモンが畏敬を込めて仰ぎ見る聖地“サンクチュアリタワー”の最上階にて、三体の天使が円卓を囲んでいた。

 

 口火を切った白銀の天使はセラフィモン――天使九階級の頂点に立つ神の御使い。“デジタルワールド・カノン”のホストコンピュータ――“メサイア”直属たる三大天使の一角である。

 

 「追手はすでに出ている。事の顛末は私から『メサイア』様に報告しておこう」

 「ちょっと待ってくれ、セラフィモン。彼って、あのピヨモンのことを言っているのかい? 」

 

 有無を言わせぬセラフィモンの厳格な声に、獣の如き異形の天使――ケルビモンが怪訝な声色で問い返す。ウサギのぬいぐるみのようにも見えるユーモラスな外見ながらも、その瞳には確かな知性の光が見て取れる。

 彼もまた三大天使の一角。セラフィモンに次いで聖獣を統べる第二位である。

 

 「残念だが、その通りだケルビモン」

 「そんな……信じられません、セラフィモン。何かの間違いでは? 」

 

 ケルビモンに追随するように疑問を投げかけたのは、第三位として残る一席を占める女性型の天使。聖母と謳われし座天使オファニモン。兜に覆い隠された表情を窺い知ることは出来ないが、その様子には動揺が滲んでいた。

 

 「ピヨモンはモノセイズムサーバーの聖獣達の導となる存在です。ホストコンピューター“メサイア”様を裏切るなんて……」

 「まあまあ、オファニモン。でも……彼なら僕達『三大天使』の助けになって、『レコンキスタ』をより確実に行えると思ったんだけどな」

 

 動揺が伺えるオファニモンを落ちつかせながらもケルビモンは手袋のような右手を自身の顎へと当てて計画の狂いへの対応を考え始める。聖獣を統べる存在である彼は、即座にピヨモンの逃走により発生する『レコンキスタ』への影響を予測しているようだ。

 

 「追手はすでに出ている。事の顛末は私から『メサイア』様へと報告しておく」

 「捕らえることができたら、聖なる心へ浄化を行うのですか? 」

 

 ピヨモンへの対処を自身達の主に報告しようと翼を羽ばたかせ宙に浮くセラフィモンに、オファニモンは感情を含ませない平坦な声で問いかける。

 その問いかけに彼は仮面に包まれた顔をオファニモンへと向けて答えた。

 

 「いいや、逃げ出す程に聖なる心が穢れてしまっている……捕獲しても我らが裁きを与えなければならない」

 「聖なる心がそこまで穢れてしまっていたら、もうデジタマに戻って綺麗にする位しか方法がないもんね」

 「追手にも捕獲が困難であれば仕留めよと命じてある」

 

 セラフィモンは僅かな希望すらないという口調で断言し、ケルビモンもその意見に同意しているという。オファニモンが視線を向けると、もうお手上げだとばかりにケルビモンの羽のような両腕が天へと向く。

 

 「裁きの際は、彼を見出した私がその役目を引き受けましょう……」

 

 オファニモンからの絞り出すような言葉にセラフィモンは無言で頷くと、翼を羽ばたかせて塔の最上層へと飛翔していく。ほんの数回の羽ばたきで数秒の内にその姿は豆粒のように小さくなっていった。

 

 「ピヨモンの心を汚すほどの穢れがカノンにまで広がっているとは……やはり、彼らに我が主の聖なる浄化を授けなければ! 」

 

 人知を超えた速さで眼前に広がる雲海へと突入し、その雲海の先……サンクチュアリタワー最上層へと向かうセラフィモン。白銀の鎧を纏った天使は穢れを内包しているもう一つのデジタルワールドに主の慈悲を届ける決意を固め、背中の翼を更に羽ばたかせた。

 

 

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 桃色の影が狭い地下水路を必死に飛んでいる。それに続く様に複数の羽ばたく音が聞こえるのでどうやら何者かに追われているようだ。

 

 「せっかくここまで来れたというのに……」

 

 桃色の影……小さな鳥は後ろを見ながらも水路の出口へと急ぐ。それを阻止しようと迫るのは……

 

 「待て、ピヨモン! 戻るんだ、今ならまだ間に合う!! 」

 「聖獣としての道が定まっていたお前が何故脱走を!? 」

 

 6枚の羽根を持つ天使……エンジェモンが2体。どうやら彼らがセラフィモンから差し向けられた追手のようだ。

 仮面に隠されて口元しか表情が伺えないが、声色からはピヨモンを追うことに対しての動揺が浮かんでいる。

 

 「私は、個々の生き方が……他者によって強制されるこの世界に疑問を持っただけです! 」

 

 羽を懸命に羽ばたかせ、地下水路の出口へと向かうと同時に追手の天使達に言い放つピヨモン。語気の強さから硬直した世界からの脱出を心の底から望んでいるのが伝わってくる。

 しかし、彼の言葉を主達の慈悲への侮辱受け取った天使達は、動揺を吹き飛ばすほどに唇を噛みしめて語気を強めた。

 

 「『メサイア』様や三大天使の方々への侮辱、とうとうそこまで穢れてしまったのか! 」

 「手荒な真似は本意ではないが……捕獲が困難であれば確実に仕留めよとのセラフィモン様からの『聖務』……実行する! 」

 

 怒りのあまり手に持った槍を折れそうなほどに握り締め、エンジェモンの1人がピヨモンを力強い言葉で攻め立てる。

 もう一方もピヨモンの言葉に更生が期待できないと判断し、斧を左肩へと担ぎ『聖務』を実行に移すようだ。両者はそのまま右拳を引き絞ると、裂帛の気合と共に……

 

 「ヘブンズ! 」

 「ナックル!! 」

 

 聖なる力を込めた二つの光拳が放たれ、その拳はピヨモンへと迫る。一方はピヨモンを掠め、もう一方はピヨモンの前方に着弾した。

 その威力は下手な成長期デジモンなら一撃でデリートしてしまえる威力である。

 

 「くうっ!?」

 

 ピヨモンが何とかかわして直撃を回避するも、必然的にスピードが落ちてしまう。その直後地下水路に聞こえたのは大きな崩落音。爆発音とともに水面への落着音が複数回聞こえ、反響により音が増幅していく。

 暫くすると土煙が収まり、周囲に静寂が戻った……

 

 「私のヘブンズナックルで道を塞いだ以上、逃げてはいないだろう」

 

 周囲を確認していた斧を担ぐエンジェモンはぽつりと呟き、自身達の任務が終了したことを確信する。

 

 「こちらのヘブンズナックルが直撃してこの水深が深い水路に沈んだのならば、もう……」

 

 槍を持つエンジェモンは状況証拠から推測を立てる。下位三隊「精霊」のヒエラルキーであるエンジェモン達はサンクチュアリ・タワー周辺の警護や見回りも行うので周辺の地形を詳細に把握している。

 そうした経験から導き出した結論は……ピヨモンはもう生きていないということだ。

 

 「では、戻ってセラフィモン様へ報告をしなければ」

 「ああ……現状ではそれが妥当だろう」

 

 2体のエンジェモンは『聖務』を命じたセラフィモンへと報告へ向かうために翼を羽ばたかせ、その場を後にする。彼らは、背後の水面に小さな気泡が浮かんできているのに最後まで気が付いていないようだった……

 

 (こんなところで、終われ……ませんっ! )

 

 エンジェモン達が飛び去った後、水中から何とか水面に上がる影があった。先程の攻撃でデリートされたと思われていたピヨモンだ。

 彼は水路を塞いだ瓦礫の上を、地下水によりずぶ濡れの状態で息も絶え絶えだが攀じ登る。少しでも先へ進もうと瞳に強い光を宿し、ピンクの翼腕で一歩一歩這いずっていくも……

 

 「もう、ダメ……なのでしょうか」

 

 ヘブンズナックルによるダメージからは生存したが、危険な状態には変わりはない。諦めを含んだようにぽつりと呟くと、自分の翼腕が何かに吸い込まれるような感覚がピヨモンを襲う。

 

 「これは、一体!? 」

 

 瓦礫の頂上付近の空間が歪んでおり、その歪みの中心へと自分の体が引き寄せられていくが消耗した体ではその引力に抗えない。歪みは引力を強め、周辺の瓦礫ごとピヨモンの体は歪みへと吸い込まれていく。

 

 「体が…吸い込まれて……早くここから……離れない、と……」

 

 その言葉を呟いた瞬間にピヨモンの体は完全に歪みへと吸い込まれ、デジタルワールド・カノンから姿を消した。

 

 

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 夕陽に包まれる守神町……陽光を水面に映し出す守神沼はまるで大きな鏡のようにも見える。

その畔にある古い古い守神神社はこの田舎町の希少な観光名所の1つだ。

 守神神社の参道入り口には小さな喫茶店が存在しており、そこに向かって駆けていく少年が1人……そう、武正である。喫茶店の古ぼけた看板には『喫茶いちのせ』と文字が刻まれていた。

彼は店の扉を勢いよく開くと、大きく口を開き……

 

 「ただいまー! ごめん、遅くなった! 」

 

 窓ガラスがビリビリと響くかのような声量で、武正は店内の人達へと帰宅を告げる。店にかけられた看板と入って来た時の口ぶりからして、どうやらここは武正の住居らしい。

帰宅の挨拶を終えて店内を見回す武正の視線は、彼が毎日顔を合わせている人物へと向けられる。

 

 「遅い! どこで寄り道してたの? 」

 

 首筋で一括りにした黒のロングヘアーを揺らしながら、会計へ立っている女性は武正へと怒りを含ませた答えを返す。細められてはいるが、優しさの中に厳しさを感じさせる焦げ茶色の瞳はどこか武正の瞳と似通っている。

 

 「母ちゃんただいま! ちょっとね……祖父ちゃんと祖母ちゃんもただいま! 父ちゃんは? 」

 「ちょっと武正! 話はまだ……全くもう! 」

 

 会計に立っていて武正を叱った女性……自分の母親の追及を軽く流して、彼は店の奥へと歩いていく。奥のキッチンに入ると、作業をしている老齢の男性と女性……武正の祖父と祖母がいる。

 2人にも帰宅の挨拶をしながらも、唯一姿が見えない父の行方を尋ねると……

 

 「おかえり、武敏なら桃香ちゃんの家だ。後少ししたら戻ってくるじゃろう」

 「神社に来るお客さんに出すお茶菓子の打ち合わせに行ってるんよ」

 「へー、桃香の家か。そういえばそんなこと言ってたなー」

 

 棚の整理をしていた祖父が振り返り、洗い物をしていた祖母が顔を上げて返事を返す。

 祖父母からの情報で父の行き先が隣の幼馴染の家であると知って納得したのか、ランドセルを奥の居間に投げて手洗いを始める。それを見た祖父の武は眼鏡越しに優しい瞳を向け、タオルを手渡し、武正はそれで手を拭くと祖母の若葉に手渡す。若葉はニコニコとそれを受け取り、白髪交じりの髪を結ったお団子頭を揺らしながら奥の洗濯場へと持っていった。

 

 「よっと、遅くなった分ちゃんと手伝うって! 」

 「ランドセルは静かに置く! ええ、よろしくね」

 

 エプロンをつけて気合を入れた声を母親の若葉は軽く流してランドセルの扱いを注意するが……それを聞き流して武正は家業の手伝いに移った。カーゴパンツのポケット内のDチューナーを気にしつつも、ホールへと歩を進める。

 すると直後、夕方の『喫茶いちのせ』にドアベルの音が鳴り響く。どうやらお客さんが来店したようだ。

 

 「いらっしゃいませー! 」

 

 武正はホールに飛び出し、元気に接客をし始めた。

 

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 「武正ー! そろそろいいわよ、ありがとう! 」

 「夕飯は作ってあるから、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんと春奈の4人で先に食べててくれ」

 

 時刻が夕方から夜になる頃、皿洗いをしていた武正はカウンターに立つ母と、帰宅してキッチンに立っている父に声をかけられ顔を上げる。手伝いを開始して1時間半……家の手伝いは終了の時間だ。

 

 「わかったー、じゃあ先に上がる」

 

 エプロンを脱いで、近くのハンガーへとかけると店の奥から住居スペースへと上がっていく。多少の疲れがあるのか、どこか普段よりテンション低く答えた。

 

 「ああ、いつもありがとう。それと今日はお前の大好きなトンカツだ! 食べ過ぎるなよ?」

 

 息子の疲労をを察したのか、武敏へと労いの言葉と共に夕飯のメニューを伝える。武正の雰囲気は先程とは打って変わって明るくなり……

 

 「よっしゃ! やりぃ!! 」

 

 父親の言葉に疲労も吹き飛び、武正は自宅の居間へと嬉々として向かっていく。勢いよく居間の襖を開けて、部屋へと足を踏み入れるとそこには、女の子が1人。

 

 「あっ、お兄ちゃん……」

 「……春奈」

 

 小学3年生になった自分の妹が、箸をテーブルの上に置いたままの姿勢で視線を武正へと向けている。妹の瞳には動揺がありありと浮かんでいた。それは兄である武正も同じようで……

 

 「…………」

 「…………」

 

 2人の間に気まずい沈黙が走る。お互いにどう話していいのか掴みかねているのだろう。そのまま距離が縮まらずに、双方がお見合い状態になっている中、台所から祖父と祖母の声が響く。

 一足先に上がって夕飯の準備を春奈と共にしていたのだ。

 

 「武正、手を洗ったらご飯盛っておくれー」

 「春奈はお味噌汁をお願いね? 」

 「お、おうっ! 」

 「……うん」

 

 祖父母の言葉が助け船となり、武正は逃げるように春奈の前から離れて流しで手を洗い始める。ほっと一息をつきながらも冷たい流水が先程の重い気分を押し流してゆく。

 一方、春奈は少し悲しそうな顔をしながら味噌汁の鍋の方へ向かい、表情は晴れないがお椀にわかめと豆腐の味噌汁をよそう。そうして家族4人が茶碗やお椀、皿に盛り付けをして席に着けば夕食の準備完了だ。

 

 「よし、準備完了だ! 」

 「では、いただこうかの」

 「そうですねぇ、春奈もありがとう」

 「う、うんっ! 」

 

 食事の準備が整い、4人は自身の席へと移動して着席する。祖父が音頭をとって、祖母は手伝ってくれた孫娘に礼を言いながらもそれに応じて手を合わせる。武正と春奈もその動作に追従して手を合わせた後に……

 

 「「「「いただきます!」」」」

 

 家族の食卓に元気な挨拶が響いた。

 

 「今日遅くなったのはどこで寄り道してたの? 」

 「えっ!? いやー少し遅くなっちゃって、近道しようと守神沼の林突っ切ってたらちょっと迷っちゃってさ……」

 

 空腹からか、肉野菜炒めをご飯の上に乗せて勢いよくかき込んでいる武 正に祖母が帰りが遅れた理由を尋ねた。武正は突然の指摘にドキリと心臓の鼓動を速めながらも箸と茶碗を置き、口ごもる。

 ズボンの上からポケットに入っているDチューナーを左手で無意識に触れながら、ぽりぽりと右手の親指で右の頬を掻いて言葉を紡いでいく。隣の席に座る妹は、彼の動きに視線を送って何か喋ろうとしているが、上手く割って入ることができないようだ。

 

 「あの林でか? お前さんにとっては庭みたいなもんじゃないか。桃香ちゃんや春奈と昔から一緒に遊んでたろう? 」

 「そのはずなんだけど、何だかよくわかんない内に方向掴めなくなっちゃってさ。でも何とかなったからいいじゃん! 」

 

 少し疑問を持ったのか、祖父の追及にも頬を掻いたままで誤魔化すために言葉を重ねていく。そのままの勢いで押し切ると、食事を再開することで自らの口を開けない状況にして新たな追及を逃れようとしている。

 

 「あんまり危ないことはしないようにね? 」

 「わかりました、気をつけます! 」

 

 最後の祖母からの注意の言葉に素直且つ丁寧な言葉遣いで返し、夕飯を口に詰め込んでいく。妹の視線は時折武正の顔へとちらちら向けられているのだが……

 それに気がつきながらも気が付いていないフリをしつつ、彼はなるべく早くこの場から離れる為に咀嚼速度を速めた。

 

 「むぐっ……と。ごちそうさま!」

 「食べるの早いねぇ、軽く洗ったら食洗機の中へ入れておいておくれ」

 

 素早く食事を食べ終わると、自分の分の食器を持って立ち上がり流しへと向かう。抱えていた食器を流しに置き、水道の蛇口を開いてスポンジに洗剤を含ませて泡立てていく。祖母の言葉に従うように洗剤と流水で大まかな汚れを落とし、水気を切って自動食器洗い器へと納めてテーブルの方へ振り返ると……

 

 「よっと、終わったよ!じゃあ俺部屋に戻るね、ごちそうさま!」

 

 その言葉とともに二階の部屋へと戻ろうと、軽やかに居間の床を駆けていくと階段へ向かい、どたどたと勢いよく階段を上がっていった。部屋へ向かっていく彼の背中へ向けて…

 

 「ああ、ごちそうさま」

 「ごちそうさまね」

 「ごちそう、さま……お兄ちゃん」

 

 祖父と祖母、それに春奈もそんな彼に声をかけて見送る。武正が駆けあがっていった直後、祖母は落ち着きが無いのが嘆かわしいというようなニュアンスで……

 

 「全く、嵐みたいだねぇ武正は……」

 「元気な証拠さ、男はあれくらいがちょうどいいんじゃよ」

 

 孫の騒がしさを嵐に例える祖母に、祖父が同じ男として武正をフォローする。この家の日常風景ではあるのだが、そんな二人を見ていた春奈が、意を決したかのように口を開いて……

 

 「あ、あのね……お祖父ちゃん、お祖母ちゃん」

 「どうしたんじゃ、春奈? 」

 「もうお腹いっぱいかい? 」

 

 彼女には珍しい強め口調に、祖父母はお互いに顔を合わせた状態から、視線を春奈へと向けた。その口調を心配した祖父母の言葉に静かに首を横に振ると、兄の行動を見抜いたかのように語り出す。

 

 「お兄ちゃん……さっきのこと、嘘ついてると思う」

 「さっきのって、遅れた理由のことかい? またどうして……」

 「理由を言う時に、お兄ちゃん右の親指でほっぺ掻いてたの。あれ嘘をついてる時にする仕草」

 「あら、そうなのかね!?でもどうして嘘なんかついたのか……」

 「何か隠したいことがあるんだと思う。あたしにもいつも以上に素っ気なかったし」

 

 祖父の疑問の言葉に、はっきりとした声で言葉を続けてそう考えた根拠を示した。兄の僅かな癖を頼りに嘘を見抜く春奈。その顔は少し悲しそうで……

 それを聞いた祖母が何故そんな事をしたのかと疑問符を浮かべるが、今のところ心当たりが見当たらない。悲しそうな孫娘の顔を見た祖父母も眉を八の字にして少し悲しそうな顔になってしまう。

 

 「武正は5年前のこと、やっぱりまだ気にしてるんだねぇ」

 「あの日から春奈への接し方も余所余所しくなって、見ていられないが……本人の気持ちが変わるまで見守るしかないんじゃよ、こういう問題は」

 「あたしは、昔みたいにまたお兄ちゃんと仲良くしたい……! 」

 

 兄と妹の間に出来てしまった溝を改めて感じて、家族の表情が更に陰っていく。しかし、祖父の言う通りで武正自身の気持ちが変わらない限りは解決が難しい問題だ。

 春奈の純粋な願いが、彼女の口から零れる。そんな時にインターフォンが鳴り、丁度その暗くなっていた雰囲気を破壊してくれて。

 

 「誰だろうね? はいはい、ちょっと待ってておくれ! 」

 「それじゃあ私達は片づけをしちゃおうかね、春奈」

 

 誰が来たのだろうか、と祖父は玄関へと向かい歩いていく。祖父へお客を任せて祖母と春奈は食器を片づけ始めた。

 

 「こんな時間にどなたかのう? 」

 「あ……こんばん、は……武ちゃんは? 」

 

 玄関の引き戸を開けて訪問者へ視線を合わせると……家族ぐるみで付き合いのある孫の幼馴染、守神桃香がそこに立っていた。

 いつものように、武正に用があってやって来たようだ。

 

 「おお、桃香ちゃん! 武正なら部屋じゃよ、上がっていくかい? 」

 「……はい、お邪魔……します。お祖母ちゃん、春奈ちゃん……こんばん、は」

 

 祖父の言葉に桃香はこくりと頷くと、靴を脱いで一之瀬家へと上がる。そのまま武正の祖母と春奈に一礼をして……

 

 「あら桃香ちゃん、こんばんは」

 「こんばんは、桃香さん」

 

 祖母と春奈は笑顔で挨拶を返し、それを受けた桃香も微笑を浮かべる。

 

 「じゃあ……失礼、します」

 

 そう言葉をかけると武正の部屋へと向かい階段を昇っていく。桃香の後ろ姿を見て、祖母が春奈へと顔を向けると孫娘へとウインクをしつつ……

 

 「麦茶入れるから、武正の部屋に持っていってあげとくれ。そうすれば、桃香ちゃんもいるし話し易いだろう? 」

 「あっ!? うんっ! 」

 

 春奈は兄との会話の切欠を作ろうとしてくれる祖母の気遣いに感謝して、自身は早速お茶の準備を手伝い始める。

 果たして、兄妹のが再び仲良くなれる日は来るのだろうか……

 

 

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 布団や本棚、折り畳みテーブルが置いてある他には遊び道具が散乱している五畳ほどの自室で、武正は一人布団の上で胡坐をかいて佇んでいる。腕組をした目線の先には布団の上に赤と白で色分けがされたDチューナーが置かれていた。

 

 「まだ寝てる……いつになったら起きるんだこれ」

 

 Dチューナーの画面の中では、守神沼でのことは夢ではないという証拠とばかりにハックモンが寝息を立てている。しばらく見守っていると、画面の中のハックモンが起き上がり、どうやら目が覚めたようで。

 

 「……あれっ、ここどこだ? 俺は確か、クワガーモンの変種を倒して……」

 

 Dチューナーの画面の中でハックモンが起き上がって周囲を見回している。気絶する前の状況と現在の状況が結びついていないようだ。

 武正は早速、目覚めた彼へと声をかけてみる。家族には聞こえないようにひっそりとした声でだ。

 

 「ハックモン、聞こえてる? こっちこっち! 」

 「その声は、確か……武正? ってでっか!? 」

 

 彼の呼びかけにハックモンは反応して顔を向けるが、掌に収まる小ささのDチューナーの中から見ている為に武正が大きく見えてしまい驚いて大声を挙げた。その大きな声に武正も驚いて思わずDチューナーの中のハックモンへ向けて人差し指を口に当てるジェスチャーをし、音量を下げるよう促す。

 

 「……あんまり大きい声出すなって、俺の家そんなに壁厚くないんだから」

 「あっと、その、ごめん……」

 

 武正からの注意に、頭を垂れて謝るハックモン、再び顔を上げると周囲にあまり聞こえない程度の大きさで会話を開始した。

 

 「俺、クワガーモンの変種を倒した後から記憶が無くてさ……」

 「あのでっかいクワガタのクワガーモン、だっけ? そいつを倒した後にバオハックモンってのからハックモンに戻ったんだよ。そこまでは覚えてる? 」

 「うん、そこまでは覚えてるけどその後すぐに気が遠くなってさ」

 

 ハックモンの記憶がどこまであるのか、守神沼での出来事を回想しながら確認をしていく1人と1匹。順を追うことで意識がどの辺りまでしっかりしていたのかある程度の把握ができてくる。2人が出会った戦いでハックモンが気絶した直後からのことを武正は彼へ説明し始めた。

 

 「あの後ハックモンが気を失っちゃってさ、どうしようかと思ってたらこれが光ってハックモンが吸い込まれたんだ」

 「今俺が入ってるこれ? 」

 「そう、これ。聖なるデバイスのDチューナーっていうんだって」

 

 武正はハックモンの疑問に答えるようにDチューナーを指差す。一見すると赤い勾玉のようだが、画面やボタン、ダイヤルが付いている不思議な機械を。

 

 「ああ……進化する前に溺れそうになった時に頭に響いた声がそんな名前言ってたな」

 「あれ? ハックモンにもあの声聞こえてたの? 」

 「にも、ってことは武正にも聞こえてたんだね、あの声」

 

 Dチューナーを受け取った際に聞こえた言葉が武正とハックモンの双方に聞こえていたことをお互いが認識する。出会った時のハックモンには無く、今のハックモンにあるものに気がついたのか、武正はDチューナーから視線を外しながら、Dチューナー内のハックモンの首元を指差し……

 

 「俺にはDチューナーっていうので、ハックモンはほら、首元についてる石なのかな。最初に会った時はついてなかったよな? 」

 「ほんとだ、この石の力もあって進化出来たのかな……」

 

 ハックモンも首元の違和感に気付いたのか、視線を下へと向けると……確かに羽織っている赤いマントの首元にDチューナーと同じような形の赤い石があった。爪先で首元にある未知の石を触りながらハックモンは自身の進化した理由を推測し始める。

 その間に武正は少し小腹が空いたのか、部屋に持ち込んでいたチョコレートの包み紙を開けて一個口へ。すると、それを見たDチューナー内のハックモンの瞳が突如輝いた。

 

 「武正、今食べたそれ何? 」

 「何って、チョコだけど……」

 「食べてみたい! 」

 

画面へ顔を近づけ、輝く瞳でチョコレートを食べたいと主張するハックモン。武正は無茶な要望に少し呆れつつ手を横へ振りそれは無理だと彼に告げた。

 

 「その中にいるから食べられないって」

 「食べたいっ! ぜーったい食べたい!! ……うわっ!? 」

 

 それでもチョコレートを食べたいと主張するハックモンは画面へと顔を密着させる。次の瞬間、Dチューナーの中にいたはずの彼はこちら側へと飛び出してきた。1mほど質量の物体が飛び出して落ちた為に、部屋の中に大きな衝撃音が響く。

 

 「どわっ!? 痛いな全くー」

 「出てこれた!? これでチョコが食える! 」

 

 喜ぶハックモンと、彼へ腹部に乗られた状態になる武正。中々の重さで上手く動けないようだ。

その時、控えめに“ガチャッ”と部屋のドアが開く音がして……

 

 「武ちゃん? 凄い音が、した……けど……」

 「「あっ……」」

 

 武正に見えたのは、逆さまの幼馴染の姿だった。どうやら凄い音がしたので心配になって開けたらしい。

 一瞬2人と1匹は硬直するが、折り重なっていた1人と1匹は慌てて姿勢を正す。

 

 「桃香、これはさ! 何というか、とにかく……」

 

 言い訳ができない状態でなお誤魔化そうと武正は口を開くも、この場を乗り切れるような言葉は出そうにない。ハックモンは武正から降りて隣に座っているが、初めて見る女性という存在に興味深々のようで。

 

 「……武ちゃん」

 

 しかし幼馴染は、普段感情をあまり表に出さないのが嘘のように能面のような笑顔を浮かべると……

 

 「説明、して? 」

 「はい……わかりました」

 

 幼馴染の放つオーラの重さに観念した武正は素直に白状することを選ぶ。答えを聞いて表情が普段通りになった桃香は武正の部屋へ入り、その直後周囲に扉が静かに閉まる音が響くのであった。

 

 

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 一方同じ頃、夜道を黒塗りの高級車が守神町へ向かって走っている。運転しているのは、中年に差しかかろうかという少し白髪交じりの整った髪にスーツを着た紳士だ。

 

 「昭二郎坊ちゃま、今日の塾はいかがでしたか?」

 

 運転しながら、後ろの座席の主の子息へと声をかける。助手席には誰も乗っておらず、左側の後部座席に少年がドアに寄りかかるようにして座っていた。

 

 「別に、普段と変わらないよ。心配しなくても成績はトップを保ってる」

 

しっかり整えられた黒い髪の短髪に、紫の瞳のたれ目でアンダーリムのメガネをかけた少年……昭二郎が答えた。パワーウインドウに寄りかかったまま、彼の目線は窓の外へ向いている。

 

 「それはようございました。奥方様も心配しておられましたよ」

 「瀬羽、母の過剰な心配性はいつものことじゃないか……」

 

 母親が心配しているという使用人の言葉に、呆れたように過保護であることを皮肉る昭二郎。そのまま窓の外の景色に視線を戻して会話を切り上げ、双方無言のまま時間が流れていく。

 とある細い道路を走っていたところ、道端の電信柱の影に倒れている何かが……ほんの一瞬だが昭二郎の目に入った。普段なら何かの見間違いだろうとそのまま無視するだろうが、今の彼には何故か無視できなかったようですぐに運転席へ顔を近づけると……

 

 「瀬羽、車を止めて! 」

 「え? で、ですが坊ちゃま」

 「いいから早く! 」

 

 突然の主の言葉に困惑する瀬羽を言葉の勢いで抑えつけ、車が止まると即座に外へ降りて通り過ぎた電柱へと走っていく。何かに魅入られたような主の姿を見て、瀬羽は……

 

 「坊ちゃま、どうかお待ちを! 」

 

 彼も車のハザードランプを出して道端に寄せた後に鍵を閉め、昭二郎を追いかける。まだ幼い主に何かあれば一大事だ。その声を背に受けながらも目的の電柱へと辿り着いた昭二郎の目に映ったのは、傷だらけでピンク色の鳥だった。

 

 「これは……鳥、なのか? 」

 「ようやく追い付きました……坊ちゃま、1人で行動されて何かあったら奥方様が……っ、これは!? 」

 「ひどい傷だ……このままじゃ危ない」

 

 ピンクの鳥は荒い息で、体の至る所には切り傷や擦り傷がある。このまま放っておいては命に係わるのは素人にも一目瞭然だ。普通の人間ならばこの状況ではパニックになるだろうが、父親が医師である昭二郎は倒れている鳥の状況を観察していく。

 

 「酷い……」

 「私は……自由、に……なる」

 「しゃ、喋った!? 」

 

 その時、ピンクの鳥が人語を発した。一般常識では驚くが、そういう生物なのだろうと不思議と昭二郎は納得はできたようだ。大人である瀬羽は、自身の常識外の存在に本能的な恐怖を抱いたのか……少し後ずさる。

 呟かれた言葉は無意識な意志の表れだろう。この鳥は、生きて自由を得たいとこの状況でも心の底から願っている。ピンクの鳥――ピヨモンの強い思いがこの時、何故か昭二郎の心へと深く突き刺さった。

 ただ母の過度な干渉を受け続けるだけでいいのか、自分ももっと自由でいたいという前々から抱いてきた気持ちが湧きあがってくる。

 

 「自由、か……」

 「坊ちゃま? 」

 

 無意識に呟かれる自身の願望。それが漏れ出ると同時に使用人へと昭二郎は振り返る。困惑している使用人へ向けて、気合を入れるように息を一息吸うと……

 

 「瀬羽、この子を保護したいんだ」

 「で、ですが坊ちゃま! このような未確認生物を保護するなど奥方様がなんと言われるか……」

 

 彼の一言に瀬羽は飛びあがり、使用人達が一番恐れる存在である昭二郎の母を持ち出し反論をしてくるが、昭二郎がそれを遮る。

 

 「たとえ見つかっても僕のせいだ、瀬羽には迷惑はかけないよ。約束する! 」

 「し、しかし! 」

 「医者の息子として、怪我をしている者は放ってはおけない」

 

 それも当然あるのだが、ピヨモンの自由への意志に共感を覚えて興味を持ったのが一番大きいのだろう。今までに見せたことのない覇気のある表情を見せる少年に、使用人は驚きを浮かべて諦めたように首を振る。

 

 「わかりました。坊ちゃまがそこまで言うのでしたらもう何も言いません」

 「ありがとう、瀬羽! 車をここへ戻してくれるかい? 」

 「かしこまりました」

 

 根負けしたように瀬羽は笑顔を見せ、昭二郎は彼が了承してくれたことに安堵したように微笑みを返す。彼は止めていた車へと走って戻っていき、しばらくすると車のエンジン音が鳴り始めた。

 その間に昭二郎はピヨモンを助け起こそうと体に触れた瞬間、彼の頭の中に声が響く。

 

 『カオスより与えられし可能性の光が、今君達を包み……導くだろう。そして自由求める心……その心を守る光を授けよう』

 

 厳かな声は、彼の頭の中に直接響き渡って意思を伝える。その声色に含まれているのは悔悟と期待……

 

 『デジタルとアナログを繋ぐ聖なるデバイス《Digimon-mediate-Tuner》Dチューナー。この聖なるデバイスはこれから君達に襲い来る困難を打ち砕く助けにきっとなってくれる……』

 

 次の瞬間、青色の勾玉が出現してピヨモンの右足首に光の紐で結ばれる。一方昭二郎の右手には青と白の勾玉のような機械……Dチューナーが握られていた。

 更に昭二郎の頭に走る突然の頭痛。顔を顰めるも、次の瞬間にはDチューナーの扱い方が知識が頭に直接書きこまれたかのように理解出来て……

 

 「これが、聖なるデバイス……っ!?今度はこっちから!」

 

 左手でピヨモンを抱いたまま、昭二郎が右手に握られたDチューナーをまじまじと見ていると画面が発光し、ピヨモンへと光が注がれる。次の瞬間、ピヨモンは光の玉に包まれて中に吸い込まれていった。その証拠に彼の左腕には先程の重みが感じられなくなっている。

 追いかけるようにDチューナーへと視線を向けると、聖なるデバイスの画面には穏やかに眠っているピヨモンの姿があった。

 

 「まるで夢を見ているみたいだ……」

 

 頭に響く声はもう聞こえなくなっていた。心の中で声をかけてみても反応はない。昭二郎が一人呟くと、暗くなった夜道を聞き慣れた車のエンジン音が近づいてきている。

 しゃがんだ状態から立ち上がり、使用人へこの不思議な現象の説明はどうするべきかと指を顎に当てて昭二郎は考え始めた。

 

 

                  ・

                  ・

                  ・

 

 

 「……というわけで、ハックモンが気絶した後にこのDチューナーの中に入ったから、家に連れてきたってわけ」

 「俺もついさっき目が覚めたところなんだ! あむっ、うまい! 」

 

 守神沼での出来事を桃香へと一通り説明し終わり、武正は一息ついた。ハックモンはそれを捕捉しつつもチョコレートを口に入れ、その甘さを堪能している。

 

 「武ちゃん、あんまり……危ないこと、しちゃダメ」

 「でもあれはしょうがないって、クワガーモンはこっち追ってきてたし」

 「それでも……気をつけて」

 「……はい」

 

 危険な行動をした武正をジト目で見る桃香と、それに対して反論する武正。しかしその反論も桃香の心配による圧力であっさりと返されてしまう。

 続いて彼女はハックモンへと自分の中で気になっていたことを問うた。

 

 「ねえ、ハックモン……」

 「むぐっ!? どうしたの桃香? 」

 「武ちゃんと、ハックモンが出会った時のことは……聞いたけど、ハックモンはどうして……守神沼の林にいたの? 」

 

 桃香は二人が出会う前、ハックモンがなぜあの場所にいたのかと疑問符を浮かべる。ハックモンはまだチョコを食べていたが、桃香の言葉に口の中のチョコを飲み込んで話せる状況へ。

 

 「そういやそうか、ハックモンみたいなデジモン? って初めて見たし」

 

 武正も同意してハックモンに視線を向けて、ハックモンの姿を再度まざまざと観察する。見れば見るほどこちらの世界では見ない生物だ。

 

 「それがさ、はっきりは覚えてないんだよね! 」

 「ってダメじゃんか! 」

 「……武ちゃん」

 「……はい」

 「あはは! 師匠達と一緒にいたところまでは覚えてるんだけど……」

 「それじゃあ、そこからでいいから……教えて? 」

 

 ハックモンの正直な回答に思わずツッコんでしまう武正。そんな武正を桃香は視線と一言で制して、ハックモンへ続きを促す。

 

 「俺はデジモン、デジタルモンスターっていうんだ!デジタルワールドって世界で師匠達と暮らしてた」

 「デジタルワールド、この世界とは別の……もう一つの、世界だっていう? 」

 「うん。俺も武正と会うまで、人間は実際に見た事なかったんだ! 師匠に話を聞いてただけ」

 「そんなこと確かに言ってたな。デジモンはクワガーモンみたいな色々な奴がいるのか? 」

 

デジモンの正式名称、デジタルワールドの存在をハックモンは自身の言葉で出来るだけ分かり易く2人へ解説を行う。優等生である桃香はもちろん、学校の授業であまり真面目ではない武正も今回ばかりはしっかりと知識を学び取っていく。

 

 「クワガーモンみたいに乱暴なのもいるけど、他にもいいデジモンはいっぱいいるよ!」

 「わかった、わかったから声を少し小さく!」

 「守神沼でハックモンは、変身したって聞いたけど……」

 

 デジモンはあのような乱暴者だけではないと憤慨するハックモン。荒げる声の大きさを抑えるようにハックモンの口へ武正は手を当てる。

 更に桃香が姿が変わったという現象について問うと、ハックモンは瞳を輝かせながら……

 

 「デジモンは幼年期、成長期、成熟期、完全体、究極体って進化していくんだ。俺はまだ成長期なんだけど、さっきは成熟期に進化出来た! 」

 「バオハックモンのことか。確かに体も大きくなって強くなってたな、あれが成熟期への進化ってやつなのか? 」

 「うん、多分そのDチューナーってデバイスの力で一時的に進化できたんだと思う。本当なら進化には長い時間が必要だから……」

 

 長い年月が必要な進化を一時的といえど行ってしまうDチューナーの底知れない力を感じて、神妙な顔になる二人と一匹。武正は右手に持ったDチューナーを凝視していたが、突如脳裏にもう1つの疑問が浮かぶ。

 

 「あ、そういえばハックモンの言ってる師匠ってどんなデジモンなんだ? すげー尊敬してるみたいだけど」

 「私も、気になる……」

 

 師匠のことを聞かれた瞬間に、ハックモンの目は輝きは更に増した。その輝きはまるで物理的に輝いているかのようで……

 

 「師匠のこと? 師匠はね、ロイヤルナイツの1人でガンクゥモンっていうんだ! すっごく強くて俺の憧れ!! 」

 「……ロイヤルナイツ? 」

 「ああ、ロイヤルナイツっていうのはデジタルワールドを守ってる聖騎士デジモンの集まりなんだ」

 

 話題となった師匠の名前や、桃香が疑問に思った所属している集団についても解説を始めた。力強く語っていくその勢いに若干圧されながらも、武正と桃香はハックモンの師匠であるガンクゥモンの情報を頭に入れていく。弟子である彼の口から興奮気味に語られる印象は、とにかく厳しくも強く優しいというものだ。

 

 「つまりもの凄く強いデジモンってことか? 」

 「ものすっごく強いよ! それで厳しいけど優しくて、他のデジモン達にも慕われてる! 」

 「そんなに……凄い人、なんだね」

 

 尊敬する師匠であるガンクゥモンの強さをまるで自分のことのように誇るハックモン。その眩しい笑顔に、武正や桃香も思わず微笑ましさから笑顔になっていく。

 しかし、ハックモンがそれほど慕っている師匠と離れ離れになってしまっている事実に……まるで自分のことのように桃香は心を痛める。

 

 「それじゃあ余計に、ガンクゥモン……心配、だね……」

 「師匠の事だから、きっと無事だよ! 」

 

 桃香がハックモンの気持ちを気遣うが、ハックモンは師匠の生存を確信しているようだ。その迷いのない言葉から、彼ら師弟は強固な絆で結ばれていることが伺える。

 

 「さっき聞いたように、デジタルワールドで次元の歪みっていうのを調べてたらその歪みにみんなで吸い込まれちゃったんだろ? 」

 「うん、師匠もシスタモンノワールやブランも一緒に。やっぱり別々の場所に飛ばされちゃったのかな? 」

 

 改めてこの世界へと飛ばされる直前のことを武正と確認をし、予測を立てるハックモン。自分の師匠の強さを知っていてもやはり一刻も早く合流したいのだろう。

 その内に、ハックモンは強い意志を宿した瞳を二人の方へ向けると……

 

 「俺、師匠達を探そうと思うんだ!」

 「「ええっ!? 」」

 

 そう、力強く宣言した。思わず二人は驚愕の声を挙げる。いち早く冷静さを取り戻した桃香は、まるで子供の心配をする母親のような表情をハックモンへ向けて……

 

 「でも、ハックモン……この町のこと、あんまり……知らないでしょ?それに手掛かりとか、あるの? 」

 「ぐえっ! 」

 

 彼女の優しくも厳しい的確な指摘に思わずハックモンは妙な声をあげて仰け反る。桃香は人差し指を立てて、まるで学校の先生のようなポーズになると一言。

 

 「だから……私も手伝うよ、ハックモン」

 「ほ、本当!? やった! 」

 「まあ……桃香が手伝うっていうなら、俺も」

 「ありがとう、桃香! 武正! 」

 

 桃香が言うのならばと武正も幼馴染に勢いに流されて手伝うことに。彼女たちの申し出にハックモンは大喜びで二人の手をそれぞれ掴んでブンブンと勢いよく握手する。

 その際に桃香は一瞬武正へと視線を向けて、僅かに心配そうな瞳になるがすぐに表情を元に戻した。

 

 「それじゃあ、明日……から探そう、か? 」

 「ええっ!? 今からじゃないの? 」

 「俺もてっきり今からかと……」

 

 桃香の提案に今からではないのかと驚く立ち上がったハックモンと、同様の武正。いざ決まったら即行動の無鉄砲さがどうやら彼らの共通点の1つであるようだ。

 

 「もう夜だから、しょうがないよ……暗いし、危ない……もん」

 「……わかった」

 「よくよく考えるとそうか、何か体が勝手に動いちゃったな……」

 

 先走る1人と1匹を窘めるように桃香の言葉に、ハックモンと武正は落ち着きを取り戻す。そうして彼らが座ろうとした瞬間、突如武正の手の中にあったDチューナーが一瞬光を放って……

 

 「わ……!? な、何……? 」

 

 驚いた声を上げたのは桃香だけで、武正はDチューナーを持ったまま、空いている左手で頭を押さえている。彼の両目は閉じられていて、何かの痛みに耐えているようだ。

 更に気がつくとハックモンが何故かその場から姿を消していた。

 

 「武ちゃん、どうした……の? 」

 

 そんな幼馴染を心配し、武正の服の袖を引きながら桃香が声をかける。

 

 「いきなり過ぎだろ、説明が。頭痛い……」

 「……薬とか、いる? 」

 「いや、だいじょぶ。ありがとな桃香」

 

 桃香の心配する声に武正は心配は無用とばかりに顔を振る。痛みを振り払えたのか目をパチクリさせながらも……

 

 「このDチューナーの使い方が頭の中にいきなり入って来ただけだから大丈夫」

 「頭の中に、入ってきた? それにハックモンも、いない……」

 

 彼女は武正の言葉の意味が理解できず、ハックモンがいなくなったことにも気付き、周囲を見回す。

 そんな中、どこかからハックモンの声が彼女の耳へと届いた。

 

 『桃香、ここだよ! 』

 「……どこ? 」

 

 ハックモンの声を追って再度辺りを見回す桃香だが、見つからない。武正が右手で持ったDチューナーを指差す。

 

 「ここに戻ったんだよ、ハックモン」

 「そ、そうなんだ……」

 

 そう言われて液晶画面を覗き込む桃香に、Dチューナーの中のハックモンは右手を振っている。痛みが薄くなったのか、頭に当てていた左手を降ろして武正はざっくりとした説明を桃香へとした。

 

 「このDチューナーをハックモンに向けて、《デジタライズ》って言えばこの中に入るみたい。反対にDチューナーを前に出して《リアライズ》って言うと外にまた出てくる……らしい」

 「やっぱり、凄いん……だね、この機械」

 『俺もびっくりした、初めてだよこんなの! 』

 「まあ家族の目気にしないで良くなるから、いっか! 」

 

 Dチューナーの新たな機能が発現し、困惑と同時に行動する際に便利になったとポジティブに考える武正。ハックモンはDチューナーの中で初めての体験に楽しそうにはしゃぎ、桃香は新たな現象を起こした幼馴染の持つ謎の機械を借りて様々な個所を触り調べている。

 そこへ、部屋の扉がノック音を立てた。

 

 「お、お兄ちゃん、桃香さん。お茶持ってきたんだけど……入ってもいい? 」

 

 扉の向こう側にいるお茶を運んできた春奈の声に、部屋の中にいる一同は背筋を正す。桃香は素早くDチューナーの中にいるハックモンへ静かにするように口元に左の人差し指を当てるジェスチャーをし、その迫力に思わずハックモンも自分の両手で口を塞ぐ。

 武正も姿勢を正したまま、桃香から阿吽の呼吸でDチューナーを受け取ると上着のポケットの中へと仕舞いこんだ。その焦りを表に出さないように……

 

 「春奈、ちゃん? わざわざ……ありがとう」

 「あ、ああ。入っていいぞ」

 

 二人はそう口に出しつつもお互いに視線を合わせる。【春奈に心配をかけないためにこのことは内密にする】とアイコンタクトで即座に決め、何事も無かったかのように扉が開く前に最初の位置へと戻った。

 

 「じゃあ、失礼します」

 

 ガチャッと音がすると扉が開き、麦茶のコップが乗っているお盆を持った春奈が部屋の中へと入ってくる。それを迎える武正と桃香は、若干の後ろめたさを感じながらも春奈と暫くの間茶飲み話を楽しんだのだった……

 

                  ・

                  ・

                  ・

 

 翌日、武正と桃香は学校への通学路を歩いている。後50m程で学校の正門に着くだろう。桃香と共に歩道を歩いている武正は、ズボンからDチューナーを取り出す。画面の中にはもちろんハックモンがおり、好奇心が疼くのか辺りを見回していた。

 

 「今日の図工の時間からちゃんと探すから、学校では大人しくしてろよ? 」

 『うん、わかった! 大人しくしてる!! 』

 「しーっ、ハックモン……」

 

 ハックモンの返事が元気で大きいため、慌てて桃香は声量を小さくするように諭す。武正は怪しまれていないか周囲をチラチラと見回したが……怪しまれてはいないようだ。

 

 『あはは、ごめん……』

 「大丈夫か、本当に……」

 

 そのことに胸を撫で下ろして安堵する武正と軽い口調で謝罪をするハックモン。出会って2日目ではあるが、大分打ち解けてきたようである。

 

 「武ちゃん、あんまりゆっくりしてたら遅刻しちゃうよ」

 「それもそうか、よっと! 」

 『うわっ!? 』

 

 桃香からの忠告に、武正は改めて学校へ向かおうと右手に持っていたDチューナーをカーゴパンツのポケットと入れた。いきなりのことに思わず声が出てしまうハックモンだが、約束を守ろうとしているのかそれ以上反応はない。

 そうして二人はまた登校を再開する。そのまま10mほど歩いた時、後方から風を切る音が聞こえた。

 

 「そこのお二人さん、どいてくれ! 」

 「おっと!? 」

 「……きゃっ!? 」

 

 風を切り、2人の後方から走って来たキャップを被った少年の声に慌てるが、何とか桃香を守りつつも回避する武正。一歩間違えば怪我をしていたかもしれない危険な行動に武正は走り去るキャップの少年の背中へと抗議の声を挙げるも……

 

 「危ないって! そっちも走る時気をつけろよー? 」

 「ああ、悪かった。次は気をつけるさ! 」

 「ってオイ! 」

 

 抗議の声に軽い口調で返してキャップの少年は振り返らずに手を降ってそのまま走り去っていく。武正はそれをツッコミしつつ見送り、桃香とまた歩き出す。少したった後、人指し指をこめかみに当てて思案顔で歩く幼馴染を気にして、桃香は声をかけた。

 

 「ねえ、武ちゃん……どうかしたの? 」

 「いや、ついさっきDチューナーが震えた気がしてさ…ハックモン、さっき……」

 『うん、ほんの一瞬だけどDチューナーがガタガタして光った。何だったんだろうね? 』

 

 カーゴパンツのポケットからDチューナーを取り出し、ハックモンとついさっき感じた現象について話す武正。画面の中のハックモンも、ついさっき起こった事態に困惑の表情を浮かべていた。

 しかし詳しい情報は結局わからないようで、その内に武正と桃香は歩き出す。前日に遭遇した出来事を思い出した武正は浮かない表情を浮かべるも、首を振ってそれを振り払いつつもポツリと一言。

 

 「なんだか嫌なことが起こりそうだ、今日」

 「私も…何だか、嫌な予感……がする」

 「桃香の予感は当たるからなぁ……気をつけよう」

 

 桃香の感じる嫌な予感が的中しないようにと祈りながら眩しい朝日の中、2人は正門を通り昇降口へと向かうのだった。

 

 

                  ・

                  ・

                  ・

 

 

 同じころ、先ほどのキャップを被った少年は、走りながらもパーカーのポケットから何かを取り出す。取り出された物体は、緑と白の勾玉のような機械……Dチューナー。

 それに向かって、彼はぶっきらぼうな声をかけた。今手に持っている機械がつい先程震えた原因を聞いてみるためだ。

 

 「おい、今の何だ? 」

 『知らないね、俺だって昨日から知らないことだらけなんだ』

 「役に立たねぇ……」

 『何だと? もう一回言ってみろ! 』

 

 Dチューナーから帰ってくる声も、どこか投げやりで声の主の無愛想さが伺える。キャップの彼がボソリと呟いた悪態はDチューナーの中のデジモンに聞こえたらしく、抗議なのか画面内で暴れ始めた。

 目立つのを避けるため、手早くハンカチでDチューナーをぐるぐる巻きにしてパーカーのポケットへとしまう。画面の中からの抗議の声を強制的に消音するための措置だ。

 

 「めんどくせーことにならなきゃいいがな……」

 

 教室へ向かう途中に、ぽつりとキャップを被った少年は呟くのだった。

 

                  ・

                  ・

                  ・

 

 「……ん? 」

 

 登校中の車内で、後部座席の昭二郎もスラックスのポケットから青と白のカラーを持つDチューナーを取り出した。液晶画面の中のピヨモンは、未だ眠り続けている。昨日出会った際に追っていたダメージはやはり相当のものだったようだ。Dチューナーを見ながら、先程感じた震動はこの機械から発したものなのか、はたまた車の振動なのかを考えていると……

 

 「どうかなされましたか、坊ちゃま」

 

 ハンドルを握る瀬羽が声をかける。その声に昭二郎は顔を挙げ、気のせいかと首を振りながら答える。

 

 「いいや、何でもないよ瀬羽。そろそろ校門だね」

 「ええ、そして伝えそびれる前に。本日は18時より坊ちゃまのお部屋で英会話のレッスンです」

 「わかってるよ、迎えは何時くらいになる? 」

 「本日は16時30分頃になるかと。また校門の前でお待ちしております」

 

 今日、学校が終わるのは15時30分のはず。

 小さい頃から仕えてきてくれている彼は、1時間の自由時間を昭二郎にプレゼントしてくれるようだ。使用人の気遣いに思わず微笑みを浮かべた昭二郎は……

 

 「ありがとう、瀬羽。おかげで良い1日になりそうだ」

 「私は何もしていません。ただし、無茶はお控えください」

 

 お礼を告げ言いつつも、こっそりと手に握られたDチューナーを見る昭二郎はポツリと瀬羽に聞こえない位の小ささの声で呟く。

 

 「本当に、気のせいだったのか……? 」

 

 武正を含めたDチューナーを持つ3人の少年はそれぞれ学校へと向かっていく。これからこの小さな街で起こり始める事件の火種は、町の各所に迫り始めていた……




デジモン図鑑#2

名前 :ピヨモン
レベル:成長期
タイプ:雛鳥型
種別 :ワクチン
・解説
翼の部分が腕の様に発達している雛鳥型デジモンで、翼を器用に動かすことができるが、それ故にに空を飛ぶ事を苦手としている。
将来は大空を意のままに飛び回るバードラモンになりたいらしく、空を飛べないコカトリモンにはなりたくないとのこと。
好奇心が旺盛な性格だ。必殺技は幻影の炎を口から吐く『マジカルファイアー』


名前 :エンジェモン
レベル:成熟期
タイプ:天使型
種別 :ワクチン
・解説
光り輝く6枚の翼と、神々しい純白の衣を身に纏った天使デジモン。完全なる善の存在であり、幸福をもたらすデジモンと呼ばれている。
反対に悪に対しては非常に冷徹で完全に相手が消滅するまで、攻撃を止めることはない。
必殺技は黄金に輝く拳で相手を攻撃する『ヘブンズナックル』
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