「それでそのウェントリコススとかいう奴は、アドミラビリス族の王を自称していると」
「そゆこと、物知りシンシャ先生はなんか分かりましたか?」
フォスは新しい仕事として、朝礼に出られないシンシャへの定期連絡行っていた。シンシャとの協力を断固として拒否したフォスを、金剛が新しい仕事という梃子で無理矢理動かした形である。
「さっぱりだ、見たことも聞いたこともない種族だな」
「あーもう!ピンクフロイトといい何も分かんないじゃんか!シンシャ本当に物知りなの?」
「さてな、みんなの俺に対する評価も、俺がどれだけ物を知っているかも俺は知らん」
「はぁ、つまり何も知らんというわけね」
「もういいだろ。用が済んだならとっとと帰れ」
「へいへい」
フォスの憎まれ口をシンシャが適当に流すという、淡白かつ不器用なコミュニケーションで2人の会話は成り立っていた。 フォスとしては何処か寂しそうな瞳を見せるシンシャに近づきたいと思うのだが、彼の態度はそれを徹底して拒んでいた。
「帰ろ、アメシスト」
「「りょーかーい」」
ユークレース提案の定期連絡用見回りローテーションにより、今回のフォス送り迎え担当はアメシストエイティ・フォー、サーティー・スリーの2人であった。
「それで、態々連絡しに来たボクをとっとと追い払うの。酷い話だと思わない、王?」
「そうかの?ワシそういう子好み」
「駄目だこの色ボケカタツムリ。全身ピンクの上思考回路まで真っピンク」
「カタツムリ言うな」
一方でカタツムリの殻から現れた、石たちや月人によく似た謎の生物ウェントリコススと、フォスは親しげに接していた。
「ねぇ王、なんであのカタツムリが消えたのか王は分かる?」
「確か突然全身が発光しだして、次の瞬間には殻を残して消滅しおったらしいの。残念じゃがワシにもさっぱり。何分、そのカタツムリの胃袋の中におったのでな」
ウェントリコススが語るには、アドミラビリス族は完全に月人に支配されており、月人に逆らった結果、見せしめとして巨大カタツムリの餌にされてしまったらしい。
「いやほら、体の中からならではの発見とかあるんじゃないかと思ってさ。何か普段と変わったことはなかった?」
「ほう?お主にしては中々知的な指摘。ふむ、そういえば胃の中に転がり込んできた薄紅の宝玉が薄っすら光ってた様な気がするの」
「薄紅の宝玉ってもしかしてピンクフロイト?」
「そうそう、お主らはそう呼んでおるのだったな」
なにやら含みのある言い方をするウェントリコスス。
「王はピンクフロイトを知っているの?」
「当然、なんてったって世界が6度割れて尚語り続けられる伝説の1つじゃしな」
「いくつもあるの?」
「そうさな。ワシが知っているのは全部で4つだが、聞きたい?」
「聞いてやらんこともない」
「捻くれてんのー。まぁよい、話してしんぜようではないか」
ウェントリコススは鷹揚な態度で、存分に勿体を付けて語りだした。
「この世界には格別に有名な5つの宝玉と、それに纏わる5つの伝説がある」
「さっき4つって言ったじゃん」
「ワシが知っているのはな。5つ目の伝説は失われて、今や真実を語る者は誰もいない。海を司る力を持っていたとかいう話はあるにはあるが、どれも噂話の域を出んものばかりよ」
「ふーん」
「それと、実を言うとピンクフロイトのことも余り詳しくは知らん」
「じゃあ何なら知ってんのよ?」
その質問にウェントリコススは誇らしげな態度を見せつつ、僅かに表情を曇らせた。
「ワシが1番詳しいのは4つ目の伝説じゃ。王女の宝玉、アドミラビリスの姫に代々受け継がれてきた国宝。そしてそれは、ワシの代で途絶えてしまった」
フォスは分かりやすく顔をしかめる。
「月人」
「奴等は、アドミラビリスの何もかもを奪っていった。いや、この話はまた今度にするとして、やはり1つずつ順番通りに話そうかの」
ウェントリコススは昔を懐かしむ様に目を伏せる。
「1つ目は叡者の宝玉の伝説。2度目の流星の軌道を、星の力を借りて逸らしたらしい。衝突自体は免れなかったが、それでも多くの生命を救った。衝突の衝撃と共に吹き飛ばされ、深い深い海の底に沈んだと言われておる。
2つ目は星屑の宝玉の伝説。最も有名かつ最も強い力を持った宝玉で、3度目の流星を完全に打ち砕いてしまった。だがその時、自身もバラバラに砕け、破片は世界中に散ってしまったという。そしておそらくだが、星屑の宝玉の破片は月人によって回収されておる筈じゃ。
3つ目は薄紅の宝玉の伝説。ピンクフロイトのことじゃな。ピンクフロイトは、4度目の流星によって大きく崩れた世界を癒しの力で修復した。その後どうなったかは知らんが、上から降ってきたというなら月人が落としたのやもしれんな。あやつら存外間抜けだしの。
4つ目は王女の宝玉の伝説。5度目の流星によって傷ついた生命に生きる力を与えた。アドミラビリス族の産みの親であり、生命を育むものとしてアドミラビリス族の王女に代々受け継がれてきた。そして、今は月人の下にある。
5つ目の伝説は先程言った通り、6度目の流星によって失われてしまった。僅かに伝え聞いた話によると、小さきものに希望を託して消えてしまったらしい。小さき者とは一体何者なのか、希望が何を意味するのか、そういったことは一切分からぬ。
ざっと話すとこんなものかの」
「1度目の流星の時は何もなかったの?」
「宝玉に纏わる伝説は無いな。確か、最初の流星の時は原生生物がどうにか頑張ったらしいぞ?」
「へぇー。それで、ピンクフロイトのことだけど」
「こちらにお出ででしたか、王よ」
2人の会話に渋い声が割り込んだ。
「おや、金剛殿。ワシに何か用かの?」
「はい、王のお食事のことで少しお話ししたいことがございます」
「ああ、失念しておった。そなたらは食を必要としないんだったな。姿形が似ておる故、つい頭から抜け落ちてしまったのぉ。そういう訳で、すまんなフォス。話の続きはまた今度じゃ」
そう言うとウェントリコススはフォスに背を向け金剛と共に去っていった。
「癒しの力かぁ、俄かに信じがたい話だけど……そういえば、誰が僕を治したのか分からないってルチルが言ってたっけ?」
フォスはつい最近の、虚の岬にいたと思ったらいきなり医務室で目を覚ました時のことを思い出す。ルチルの話によれば、割れて見つかった筈のフォスの腕はいつの間にか元通りに治っていたらしい、そして、意識が戻った時最初に目にしたのは、傍に置いてあった罅の入ったピンクの卵型。
「……まさかね」
フォスは、頭に浮かんだ考えを妄想として切り捨てた。
夜、皆が寝静まった頃。月人によく似た影がフォスの部屋へと忍び込む。宝石の鳴らす硬質な足音はせず、完全な無音。その存在に気づく者は1人としていない。
「……」
影は息を潜めてフォスの寝台へと近づくと、枕元に置いてあったピンクフロイトを持ち去り、学校を後にした。
「おい」
浜辺も目前といった所で、影を呼び止める者がいた。月食の様な赤銅色の髪を棚引かせ、銀の液体を纏わせた彼は、
「何してるんだ?」
夜の見回り、シンシャだった。
「……故郷の様子を、見に行きたくなってな」
「お前の故郷は月なのか?だとしたら、やっぱりお前は月人ってことでいいんだな、ウェントリコスス。ピンクフロイトをどうするつもりだ」
「……」
声を掛けられた影、ウェントリコススの表情は暗がりで読み取ることは出来ない。
「フォスからは、お主は無知蒙昧な輩だと聞いておったのだがな」
「はぐらかすなよ、全身毒液塗れにはなりたくないだろ?」
「見逃してはくれんか?我が同胞にして我が弟、アクレアツスと引き換えなのだ」
「断る、ピンクフロイトの調査が俺の新しい仕事だ。そもそも、奴らに渡していいものなんて、奪われていいものなんてこの国には1つもない」
「……そうか、ならば仕方ないな」
ウェントリコススの背後の空で、黒い染みの様な影が広がっていた。
3部から6部の主人公のスタンドが、プラチナ、ダイヤモンド、ゴールド、ストーンで見事に鉱石関連なのは偶然なんですかね?