ぜったい天使と大魔王   作:夢見 双月

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ぜったい天使と大魔王

 ある日。

 

 

 

 –––––––––天使は忽然と姿を消した。

 

 

 

 誰もが困惑のなか、大きな傷跡を残して。

 

 

 

 その後。

 

 

 

 –––––––––魔王は拙い歌を泣きながらも届けた。

 

 

 

 聞いてくれているだろう、消えた仲間に些細な想いを。

 

 

 

 しばらくして、魔王はリベンジを謳い。

 

 

 

 –––––––––あの時と同じ歌を歌う事を決めた。

 

 

 

 涙でなく、笑顔で迎え入れられるように。

 

 

 

 

 

 ここまでは同じ過程であり、道筋。

 

 決して変わる事のない過去の事実。

 

 

 

 

 この物語は、ただそれでは満足が出来なかった。

 

 それだけの些細な事から始まる未来の話であり。

 

 

 彼らが辿るかもしれない終着点の一つでもある。

 

 

 

 『ぜったい天使と大魔王』

 

 

 

 

 

 

 数年後。

 

 

 天使、起床。

 

 復活、という意味ではなく。ベッドから起き上がっただけである。大きな背伸びをして、天使は若干の無気力を孕みつつも起き上がった。

 

 

 復活していない、ということは。つまり、『あのVtuber』には戻っていないと言うこと。あの日から彼女は表舞台に立っていないことを意味していた。

 

 

 しかし、彼女にとってそんな事実は既に過去の一部になりつつあった。それを彼女は後ろめたく思いながらも今の日々を過ごしている。

 

 朝、八時十分。身だしなみを整える為、洗面所に向かった彼女は鏡で自分を確認する。

 

 寝ぼけ眼で歯を磨く自分が一瞬だけ、赤い髪になるのを幻視する。寝起きでただでさえ細い目が、顔をしかめることによってさらに細くなる。

 

 そこに先程までの虚像は既になく。

 彼女はため息を吐いて歯磨きを再開した。

 

 

 長い髪を適当にまとめ、赤いフレームの伊達メガネをかけ、キッチンに向かう。

 今日のために買ってきた惣菜パンと微糖のコーヒーを持ってきて、椅子にどかっ、と勢いよく腰を下ろした。

 

 あむっ、とパンに齧りつく。

 

 うん、パンの味がする。

 

 齧りついたまま、テーブルに置いてある封筒に目を向ける。

 

 気づくと、パンを咀嚼することも忘れて、封筒の中にある小さな紙を凝視していた。

 

 

 二、三ヶ月ぐらい前の事だった。はず。

 友人からとあるライブのチケットを渡されたのだ。

 

 

 それは、かのVtuberが一堂に会し、現実世界で本格的なライブを行うイベント。その記念すべき第一回目の、最終日のチケットである。

 

 

 是非、来て欲しい。絶対に、来てくれ。

 

 

 元々、興味がなかった訳ではなかった。その友人の必死の勧誘も見ていてイベントに懸ける思いが垣間見えた。しかし、そこまでされると、このチケットで行くしかないではないか。

 

 個人的には、人知れず自分でチケットをゲットして。気づかれないようにライブに参加して。参加するであろう友人達を見てニヤニヤし。「実はいたよ」みたいな事を後から言いたかった。そこまでのリアクションも含めてからかいたかったのだ。

 

 自分を特別に見てくれていたという嬉しさと、いたずら心を邪魔された悔しさが混ざり、少し複雑に感じていた。

 

 わざわざチケットを取りに行く準備もしていたのに拍子抜けである。盛大な肩透かしを食らってしまった。渡した当人はあくまで善意だろうが。

 ……あくま、で。

 ふと思いついたダジャレを自分でスルーし、残りのパンを放り込んで微糖のコーヒーを一気飲みする。

 

「ケホッ!?ケホ、……っあー」

 

 コーヒーが気管に入った。なんか悔しかった。

 

 

 

 髪をとかす為に洗面所に戻る。櫛を動かす手がいつもよりぎこちなく感じた。余程、自分は今日のこの予定を意識しているのだろうと自嘲する。

 

 しかし、実際その通りだ。せっかくの仲間の晴れ舞台である。出来るだけちゃんとした容姿で行かなければならないだろうと思うのは決して悪いことではない。

 

 そのライブイベントは今日が最終日。18時に始まるライブまで九時間とちょっと。待ちに待って、待ち望んだ日である。格好がつかない、なんて事はなんとしてでも避けたい。

 

 自然と、髪型を『いつものツインテールような髪型』にしていた。彼女の前髪には、真っ赤っかは恥ずかしいから、と妥協した赤が艶やかに光っている。このメッシュに至っては今日のために染めたものだった。

 

 

 この天使。人知れずライブに行こうとした割には、ちゃっかりと本来の要素を少しでも残そうとしている。

 彼らから隠れたいのか見てもらいたいのか。

 

 そして、彼女はほぼ自然に付けたメガネをどうするか思案した。メガネは伊達である。なので、つけたままにするか外すかを少し逡巡して–––––––そのままにした。

 

 ––––––––決して、最初に大魔王様と一緒にやった時にメガネをかけていたから。とか、じゃないから。

 

 そう自分に言い訳をして。ファッションの一部であると言い聞かせる。

 

「さて、こっから。……どうしよっか」

 

 残っている事は、化粧は後でするとして、問題は服選びである。

 特に良さそうなコーディネートが思いつかないのでとりあえず、片っ端からタンスの引き出しを荒らす事にした。引き出しをタンスごとひっくり返すほどの勢いになっているが問題はない。

 

 後で…………なんとかする。多分。

 

 

 

 

 

 それから、一時間はとうに過ぎていただろう。そんな中やっとの事で決めた服は黒基調の服である。スカートではなくパンツタイプのものだ。ちょっと薄着で寒いので、上着は着る。

 

 あーでもない。こーでもない。でもこっちの方がいいのかな?……なーんて。デート前の女子かよ。

 

 

 なんだかんだで選んだ服を見ると、あの天使のものに似ていた。というか、自分から似せにいっているのでは、と考えてしまう程だ。

 

 

 ちなみに翼はない。

 流石に昼からコスプレ擬きはどうかと思うし。

 

 

 こうして、上着のポケットにスマホを突っ込み、カバンを持って外に出る。

 

 ……うん。大丈夫だなっ。

 

 小さな雲が漂う全くもっていい天気のなか、天使は駆け出した。

 

 

 

 

 現在、開場前のため、行列に並んでいた。

 しかし、もうしばらくで入れるという時になって、当の本人は既にかなりやつれていた。

 

 今までの経緯を簡単に言うとこうである。

 やはり会場は遠く、昼頃に手早く食事を済ませるためにファストフード店に立ち寄った。自分では上手く考えていたつもりだったが、会場に着いた途端に酷い後悔に苛まれた。

 物販コーナーには既に、長蛇の列が複雑に絡まり合っていたからである。

 

 来るのは確かに遅かったけど、ここまでとは思わないじゃないか。これなら食べるために寄らない方が良かったな……。

 

 それでも臆することなく突っ込んだ結果であった。

 

 よく考えれば分かることではあった。アイドルでさえ物販の列はすごいのだ。彼女たちVtuberにともなればその物販の量もバリエーションも豊富に用意されている筈だ。ましてや記念すべき第一回目のライブイベントともなればこそ、こうなることは正に必然であったと言える。

 

 それでも、まぁ、欲しいものはあった訳で。

 一番気にしている人達以外は購入出来なかったが、なんとかギリギリ満足できる戦果だ。だが、必死だった分体力の消耗が激しい。始まるまでに力尽きないだろうか?と、少し心配になった。

 

 そこの君(?)、列に並んでいるだけで疲れないだろう、とは言ってはいけないぞ。ライブは恐ろしいからな。

 立ちっぱなしだけでもかなりつらいんだからなっ。

 

 並びはじめの時が大体13時頃。開場が16時なので、2時間半ぐらい粘っていたのか。

 

 そう思案していると、列が動き始める。どうやら開場したらしい。

 でも、長い列でありながらゆっくりと止まる事なく進んでいたので、彼女はスマホを取り出し、進むペースを合わせながら歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 それはかなり唐突だった。

 

 並ぶというのも退屈で、スマホに意識を向けていてしばらくのことである。

 怒号と思わしき叫びが耳に打ち付けられた。

 

 何事か、と列から顔を出す。

 

 そこには水色の法被を着た集団が円陣を組んでいた。一人だけとても大きな旗を持っており、高校生ぐらいの青年が声を張り上げていた。

 結構な人数であり、先程の大声は怒りではなく気合を込めたものだとわかったのには少し時間がかかった。

 

 というか、その旗はなんだ。デカすぎるだろ。パフォーマンスでも披露する気なのか?

 

 

「諸君ッ!!我々は何者かッ!!」

 

「「「ときのそらを見守る、そらとも応援団です!!」」」

 

 うるさい。せめて迷惑にならないようにしろ。

 

「いいかッ!ときのそら様のためならば命を懸けろッ!」

 

「「「応ッ!!」」」

 

 いや、「応っ」じゃないって。命を懸ける程の事は要求されないでしょ。

 

「全てはそら様を御心のままに!全てを女神に捧げるのだッ!!」

 

「「「応ッ!!」」」

 

 ときのそらちゃんがママから女神にジョブチェンジしてるんだけど。

 

「この『ときのそら応援旗』の下、全力を尽くしてエールを送るぞぉ!!」

 

「「「突撃ぃ〜ッ!!!」」」

 

「「Aちゃぁぁあんッッ!!!」」

 

 やばい、バカすぎて笑えてきた。

 必死に笑いをこらえる。ちらほらとくすくす笑う声が聞こえていた。

 

 僕はあのノリについて行けそうにはないな、と独りごちた。

 

 

「んっ!?空島さん!!馬組の奴らです!!」

 

「なにっ!?」

 

 下っ端らしい人物が、焦った様子でリーダーに報告する。

 

 

 馬組って、あの……?わっ、馬マスクの人達がぞろぞろきた。

 気持ち悪っ。

 

 馬だらけの集団と空色の法被を着た集団が相対する様は、誰が見ても奇異に映っていただろう。

 

「馬のさんっ。奴ら、そらとも一派です」

 

「ほう」

 

 馬が腕を組んでいる馬に目の前にいる人達がそらともだと伝える。

 もうわかんないな、これ。なんだよこの状況。

 

「全員ウマスクで登場とは張り切っているじゃないか、馬組の」

 

「ここにある全てのマスクをこの俺が自前で用意した。そらともの。どうだ、カッコいいだろう」

 

「いや、それだけはないと思う」

 

「……」

 

 軽く言葉を交わすが、馬組の自慢をバッサリと斬り捨てるそらともリーダー。いや、馬組の方もその程度で凹むなよ。

 

「まぁいい。そんな事は些細な事だ」

 

 仕切り直す馬組リーダー。

 ……地味にカッコよさは些細なものと投げ捨てたっぽい。

 

「今日は妙な諍いは存在してはならない。あのシロちゃんとの謁見の際にそんなものは必要ない。分かるか、そらともよ」

 

「分かるさ。せっかくの祭りだ。そんなものは無粋極まる」

 

「ならばこそ」

 

「ああ」

 

「「お互い、今日は楽しもう!!」」

 

 固い握手を交わす二人。二つの団体は一つとなり、ボルテージが早くも上がっていく。

 

 

 ……今更だけど、馬組なのにばあちゃるさんを応援せずにシロちゃんを応援するって……これも無粋なのかな?

 

 

「では、先に行くぞ。そらとものみんな、入るぞ!」

 

「ああ、後に続かせてもらおう」

 

 そう言って、そらともと馬組は団体用のゲートの中に入っていった。

 

 

 

 

 

「すいません。大変申し訳ありませんが、その大きな旗はぶつかったり、他の人の迷惑になってしまう可能性がございますので回収させてもらいます。ライブ終了後、受け取りに来てください」

 

「すいません。大変申し訳ありませんが、馬のマスクはばあちゃるさんだとスタッフが混同してしまい、混乱してしまう恐れがあります。回収しますのでライブ終了後、受け取りに来てください」

 

 

「「…………」」

 

 

 ……涙、拭けよ。

 

 

 

 

 チケットをスタッフに渡し、無事に会場内に入ることが出来た天使はふぅ、と一息ついた。

 

 幸い、時間はある。

 これなら少なくともライブまでに席に行けない事はないと思い、飲み物を買いに行くついでに辺りを散策することにした。

 

 しかし、こうしてみるとコスプレみたいに推してるVtuberの姿をしている人が多い。簡単に似せている人もあれば、かなり本格的に身に纏っている人もいて、鮮やかで飽きない。殆どは写真撮影などして充実に待っているようだ。

 ゴリラくんも何人かいた。

 

 

 

 だからこそ、見知った衣装を見ると嫌でも反応してしまうのだが。

 

 

 赤い髪に黒い服。控えめな翼を付けた、贋作。

 

 

 知っていてくれて、嬉しいとは思う。だが、それ以上に–––––––––。

 

 

 彼女は早足になった。

 離れたくて仕方がない。

 

 逃げるように自分の席であろう場所へ向かった。

 

 

 

 

「えっと……あっ、あった」

 

 半分になったチケットの番号を見て指定席を探し当てた。思ったよりも簡単に見つけるが出来たので少し気が楽である。ちなみに一区画の一番前の左端に位置している席だ。彼女は席に身を投げてゆったりし始めた。

 

「あっ、そうだ。戦利品確認しとこ」

 

 おもむろにカバンを漁る。欲しい物を選んで買ったつもりだけど、人混みにもみくちゃにされながら購入したのだ。ロクに見たい商品も確認出来ていなかったために、突発的に買ってしまったものがあるはずというのも理由の一つである。

 

 ともかく、彼女は早速確認し始めた。

 

 

 

 

 

 

「」←あっくん大魔王の頭部型サイリウム

 

 早速、やってしまった感が否めない。

 

 なんだこれは。なんだこれは(2回目)。

 しかも二つ入ってた。なんなんだこれは(3回目)。

 あれか。両手で持って、オタ芸を披露すんのか。

 スイッチを押すと、赤、紫、青、オレンジ、緑の順に光る。

 

 おっ、意外とキレイ。

 

 

 次の物をカバンから取り出す。

 

 

 

 

「」←ニーツちゃんのヘッドセット

 

 これは……可愛い。中々いい買い物をしたと思う。

 後で付けてみよう、と天使は思った。

 

 

 

 

 

「」←乾の字が刻印されているスリケン

 

 ……手抜きではないだろうか。正直、乾の文字以外に忍者くん要素がない。いや、忍者って事は分かるけどっ。

 

 

 

 

 

「」←リアルゴリラマスク

 

 ……最早、手抜きどころの騒ぎではなかった。

 

 一周回って笑ってしまった。こんな顔で「恐縮です」とか喋るのか。怖いわっ。

 

 

 

 他にも、タオルなど色んな物がゴロゴロと出てくるわ、出てくるわ。

 

 

 

 そして、最後に出て来たものは自分が唯一売っていると覚えていた物であった。

 

 Tシャツである。表には、左胸にそれぞれ五人を象徴するマーク(私のは翼)があり。裏には『天魔機忍verG』と描かれたデザインのもので、白と黒の二色ある内の黒色の方であった。

 

 何故知っていたか。それは、『天魔機忍verG』には天使も含まれているため、本人に許可を取る必要がある。許可を取るために彼女へあっくん大魔王を通して連絡が来たからである。

 

 中々悪くないな、と思いつつ。後ろにあるいつものワードに懐かしさも感じた。

 

 

 

 

 開演の時が近づく。

 その時まで、天使は舞台を静かに見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大分、いや、とても楽しめた。満足。

 

 僕は未だ興奮冷めやらぬ心持ちのままだった。

 

 

 初手からばあちゃるさんがりあちゃるになってたのには思わず吹き出していた。

(なお、開始5秒ぐらいでモニターに『☆持ちネタ終了☆』と流れた模様)

 

 さらには、あの四天王(五人)が一緒に現れたりしてた。

 あれは初音ミクとかと同じ写し方だったと思う。なんだっけ?

 なんたらら・マッピング?ま、いっか。

 

 他にも沢山のVtuber達が変わる変わるイベントをやっていった。歌を歌ったり、トークイベントだったり、簡単なゲームをやったりと様々な盛り上がり方をしていた。

 

 

 僕が一番楽しみにしていたあの四人は、というと。

 

『フゥーハッハッハッハ!!下等生物のみんなぁー!!ご機嫌よぉーー!!我輩は、あっくん大魔王である!!今日は楽しんで帰るのだぁー!!』

 

 〔どーも。メカチューバーの、ニーツ 、です〕

 

「おはござー!!乾 伸一郎でござる!今日は一緒に楽しむでござるよ!!」

 

『あ"あ"い!!VirtualYoutuberの…………ゴリラでっす!!!というわけで今からは私たちが進行していきますよ!!』

 

 

 テンションは最高潮のまま。

 彼らは現実世界に進出していた。

 

 

 

 

 

 違った。大魔王さまとゴリラくんだけだった。

 

 

 二人とも着ぐるみになっており、特にゴリラくんはもっさりしてた。忍者くんとニーツちゃんはホログラムになっている。

 ……まぁ、仕方ない。忍者くんとニーツちゃんはコスプレすると顔バレしちゃうからね。でもなんでゴリラくんはそんな毛深いの?もうゴリラそのものなんだけど。

 

 大魔王さまの頭が大きくて、そのせいで頭をフラフラさせながら企画を進める姿に微笑みながら見ていた。

 

 しかし、かなり驚いた。ばあちゃるさんの専売特許だと勝手に思ってた分、いい意味で裏切られた。

 

 

 何より、みんながとても楽しそうで。

 

 

 

 何より、僕の居場所が。ほんの少しだけ。

 

 

 

 ないかも、と思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 もう、遠いところに行ってしまったみたいで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、終わったら早めに帰ろうと思っていたんだ。

 思っていた…………んだけど…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は、どうにも帰る気にはなれなかった。

 

 外のベンチに腰掛け、煙草に火をつける。時計を覗くと、既に9時半を過ぎている。お腹も少しすいていた。

 

 それでも、動く気になれない。

 

 

 何故だろうか、なんて事は言わない。分かっている。大魔王さまのせいだ。

 

 

 

 

 指定席で舞台から離れた一区画にもかかわらず、大魔王さまと何回も目があった気がしたからだ。

 

 あの目は何を言おうとしていたのか。私には分からないし、第一気のせいかもしれない。だが、目が合う回数が偶然を超えていると思う。これはおかしい。しばらく思案すると、その違和感は新たな疑問を浮き彫りにした。

 

 

 –––––––––あの指定席、何処にするかを決めたのは誰だ?そもそもチケットを渡したのは––––––。

 

 

 

 ちらちらと見る魔王さまには、ここにしか私はいないだろうという確信があった。それでも確認のために何回もこちらに目を向けていたんだ。

 

 きっと、着ぐるみのせいでほとんど見えなかったんじゃないか。頭はアンバランスに見えてしまう程の被り物をしていたのだから。

 

 なのに、僕と目が合った。

 

 

 なら、恐らくこんな端っこの分かりやすい席を決めたのは魔王さま。又は魔王さまと情報を共有している誰かだ。どちらにせよ、魔王さまが関与している事に違いはない。

 

 

 それを確かめるべく、少し周りを見て回る事にしていた。

 

 

 

 最初こそ、分からなかった。だが、しばらくイベントが終わっても会場の中をぶらぶら歩くとそこにはあの空色の法被を着た人達が何人もいた。

 客が少ないせいでよく目立ち、お互いがお互いと会話しているが目線は誰もがスマホに向いていた。他愛もない会話ですら注意して聴くとどこかぎこちない。

 

 

 

 僕の中で違和感が確信に変わった。

 間違いない。僕の居場所を特定してる。

 

 

 

 少なくとも、僕に何かを伝えたい人の為に彼らは動いている。僕と話したい人の為に。そうじゃなきゃ最低限僕と接触する筈だ。

 

 誰が僕に逢いたいのか。検討はつく。

 

 なんにせよ、その人が僕のところへ来ない限り、僕は離れる訳には行かない。

 

 

 ベンチに座ったまま、煙草をふかして空を見上げる。煙草から流れた煙は高くまで昇っていき、そよ風によって散っていった。

 

 

 

 唐突に。しかし鮮明に、あの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「……くるみちゃん。禁煙したらどうだ?大事な喉がダメになったら目も当てられないぞ」

 

 

 

 

「僕にその忠告をしに、息が上がるまで必死に探してたのかい?魔王さま」

 

 

 

 

 天使として、振り向く。

 

 

 そこには被り物がない、素顔を晒した魔王がいた。

 

 

 

 

 

 煙草を灰皿に捨て、大魔王さまに近づく。

 そこには誰が知ってる声の、誰もが知らない素顔の魔王がいる。

 

「今日は素顔を見せちゃって良いのか?まおーさま。チケットを渡しに来た時はサングラスにマスクのフル装備だったじゃん」

「人が少なくなって来ていたからな。もう帰ったかも知れないと急いだんだが、間に合ってよかった」

 

 間に合ってないよ。帰りたかったよ。私が何でにここにいると思ってんだ。ばーか。

 

「それで?どうしたの?……えーっと、まさか……そういう事?」

「えっ……?そういう事って?えっ、あ、違うっ!!そうじゃなくて、えーっと…………あ"ー!!何て言えば良いの!!」

「いや知らないよ。魔王さまから言ってくれないと」

 

 僕はいつも通りの魔王さまに呆れつつも言葉を待つ。

 少しだけ、ちょっとだけ、残念だけど。うん。残念と思っている割には口角は上がってるけど。

 今は僕から動く気は無い。魔王さまの声を待つ。

 

 

 

 

「一緒に、歌ってくれないか?」

 

 

「は?」

 

 

 

 

 正直、斜め上の提案だった。驚きを隠せない。

 大魔王さまは話を続ける。

 

「まずは勘違いしないで欲しい。我輩は復帰してくれと無理を言うつもりじゃないんだ。そちらの事情も分かっているつもりだし」

 

「……」

 

「我輩が考えたのはくるみちゃんと歌ってるところを録りたいとかじゃなくて、本当にただ一緒に歌いたいだけなんだ」

 

「……どういう事?」

 

 イマイチ、要領を得ない。次の言葉を促した。

 

 

「我輩がこんな大きなイベントに参加出来たというのは、何も自分一人のものじゃない。見てくれる人とか、コラボをしてくれた人とか、たくさんの人に応援されて支えられたお陰だ。だから、みんなにはいつかお礼をしなきゃいけないと思ってる」

 

「でも、気付いたんだ。そんな中でもくるみちゃんにだけは、Vtuberとしての活動を通じてお礼を伝えるのはおかしいんじゃないかって」

 

「だって、くるみちゃんがいなくなった後も我輩たちは交流があっただろう?それこそ、歌を贈ってくれたりとか。他にも喋るだけで、会ってくれただけで楽しかった時もあったぞ。だからこそ、活動を通じてじゃない、別の形でお礼をするべきだと思ったのだ」

 

「そこで、一緒に歌った事がなかった事に気付いたんだ」

 

 

 言われてみればそうかも知れない。うたを贈ったり贈られたりはあっても、どれも言ってしまえば一方的なものだ。

 

「それで、ライブが出来るまでになったよ、ってお礼の為に呼んだの?」

 

「いや、どちらかというと、お礼の話が先だな。そこにライブの話が来て、どうせなら豪華な機材を使わせてもらおうとな!」

 

「……スゴイね魔王さま。僕には考えられないよ」

 

「そうだろう!」

 

 

 

「でも、わたし、は……僕は、どうすればいいんだろう」

「……く、くるみちゃん……」

 

 

 今まで、復帰を考えたことはある。でも確実に言えることは、今日まで復帰をしなかった事実である。

 

 一時とは言え。撮らない、アーカイブに残らないとは言え。それはVtuberではないだろうか。

 

 

 

 

 最後の一歩が踏み出せない。

 

 

 

 

「くるみとして。今更、歌っていいのかな……」

 

 

 思わず、そう、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはただのワガママだ」

 

 

 魔王さまが急に声を上げる。下を向いていた顔が思わず魔王さまに向く。

 

 

「我輩はくるみちゃんと歌を歌いたいわけじゃない」

 

 

 ………………え?

 

 

 

 

 

「Vtuberのくるみちゃんではない、今、我輩の……いや、俺の目の前にいるあなたと歌いたい。それでは駄目だろうか……?」

 

 

 

 

 

 

「僕は……私は『くるみ』じゃなきゃなんなのさ」

 

「俺の大事な友人だ。それこそ、『天使』のような」

 

 

 

 

 

 

「ワガママ過ぎない?あんた。まるで『魔王』みたい」

 

「あなたに言われるなら、きっとそうなんだろう」

 

 

 

 

 

「なら、私も型式番号も何もない、ただの『メカ』ですね」

 

「えっ?なんでここにニーt「名も知らない『魔王』さん。そんな名前は知りませんよ」

 

 

 

「ならば、未だに名も明かせない『忍者』が一人いても問題はないでござるな」

 

「忍者くん……!」

 

「それはそれとして、準備完了でござるよ。『天使』殿」

 

 

 

「私もただの『ゴリラ』ですが、仲間に入れてくれませんか?」

 

「ゴリラく……くふっ」

 

「なんで笑うんですか」

 

「くっ、なんでゴリラくんはそのリアルなマスクつけてるのさぁ!!」

 

「拙者は止めたんでござるよ?なのにゴリラ殿がどうしてもと聞かなくて……」

 

「ヒドイ仲間の売り方を見ました。面白そうだと勧めてきたのはどこの忍者殿ですか」

 

「着ぐるみの方でいいじゃん……!そのマスク買っちゃったんだけど!」

 

「買ってたんですか!?」

 

 

 

 

 

「さて、行こうか。みんな」

 

「はい、行きましょう」

 

「そうでござるな」

 

「分かりました」

 

 

「くる……て、天使ちゃん。小さな魔王の願いではあるが、聞いてもらえないだろうか?」

 

 そう言って、魔王は手を差し出した。

 

 

 ……卑怯だ。

 

 あんたは卑怯だ。言えるわけない。

 

 

「わかったよ。……やってやるよ!台無しにするなよおまえらー!」

 

 

 駄目だ、なんて言えるわけがない。

 

 

「もちろんだ!この日の為に練習してきたからな!フハハハハ!」

 

「私の美声が火を噴きます、よ」

 

「それはただのドラゴンブレスなのではござらんか?」

 

「むしろ、兵器ですかね」

 

 

 

 

「駆逐します」

 

「「すいませんでしたぁー!」」

 

「……」

 

「む、無言で追いかけるのは怖過ぎでござろう!?ふざけたのは悪いと思うでござるが!!」

 

「忍者殿がそう言えと言ったんですよ!!」

 

「同罪、です」

 

「「ギャァアアアア!?!?」」

 

 

 

「あはははは!……なんか、やっぱいいね。こういうのは」

 

「いつも通りがとても嬉しいな。さぁ、いつまでもスタッフを待たせたらいけない、急ごう」

 

「うん、行こっか」

 

 天使と魔王はじゃれ合う三人を尻目にゲート内に向かう。

 かつての笑顔が、そこにあった。

 

 

 

 上着を脱ぎ、メガネを外す。

 マイクをもらって、天使は一夜のみ、再び表に出る事となった。

 

 初めての舞台の上にもかかわらずに緊張はなく、むしろ高揚していた。

 

 大きい深呼吸をすると、興奮していたライブイベントの空気が残っている気がする。それにあてられてか、思ったより落ち着かない。

 

 それは、後ろの面々も同じだろう。

 各々がそれぞれの緊張を隠せていない。

 

 それもそのはず。

 

 

 

 

 彼らの目の前には、夥しい程の観客で埋め尽くされていたのだから。

 

「なんでこんなにいるの!?僕のイメージだと、観客も誰もいない中でこっそりやるみたいな感じだったんだけど!?」

 

「我輩は知らんぞ!?ただ、企画段階の時にサプライズを提案した程度で……」

 

「あー、言い忘れてたでござるな。『こんな楽しい事、教えてくれないのはずるい』と、拙者達を知っている人達が集まって来てしまったのでござる。これだけのために来た人達もいて、断りづらかったのでござるよ」

 

「しかも、全員がVtuberですからねぇ」

 

 

「え!?そうなの!?」

「え!?そうなのか!?」

 

 

「なんで魔王様も、驚いてるんですか」

 

 

「不確定情報だったはずなのに、こうなるとは思いもよらなかったでござるよ……」

 

 

「……あー、まぁいいよ。歌う事に変わりないなら」

 

 

「そ、そうだな!よし、やるぞ!」

 

 

「待ってよ。こういうのは挨拶からでしょ」

 

 

 天使はそう言って前に出る。

 目の前の観客に、有名も無名も関係ない。

 私たちらしく、やるだけだ。

 

 

「子羊のみんなー!」

 

 ここで、低音に声を切り替えた。

 

「御機嫌よう。私の名は……ぜったい天使である。……よろしくね☆」

 

 

 

「よし」

 

「いや全然、よし、じゃないぞ!?それ我輩の……!?」

 

「じゃあ僕の挨拶をやればいいじゃん。ほら、がんばってがんばって」

 

「えぇっ!?えーと……」

 

 

「貴様ら、下等生物の事など、一握りィっ!!」

 

「大魔王、だぞっ!」

 

 普通にかわいい。

 

 

 

 

「その他、いつものメンツ、です」

 

「拙者達、まさかの省略でござる!?」

「さっきの事、結構根に持たれてます!?」

 

 

 

「みんな聞いてくれ」

 

 大魔王は静かに告げる。誰もが静まりかえった空気の中、魔王は話し始めた。

 

「今日は、特別な日だ」

 

 

「我輩達にとっての、だ」

 

 

「きっとこれは、時が一瞬と感じられる程度のちっぽけな奇跡なんだろう」

 

 

「その分、想いを込めて。精一杯。歌おう、みんな」

 

 

「そうだね、魔王さま」

 

「はい」

 

「そうでござるな」

 

「わかりました」

 

 

 

「それでは行こう。曲名は––––––」

 

 

「「「「「1/6の夢旅人2002」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この歌を歌う時、最初のあの時を思い出す。

 

 

『登録者、やっぱり増えないなぁ。どうしよっかなぁ。……そうだ』

 

 

 かつての景色。一人でなく、誰かを初めて頼ったあの日。

 

 

『忍者くんはダメだったかぁ。でも、魔王さまがイケるなら、まぁ、なんとかなるかな』

 

 

 大きな一歩だと分かる前の、小さな半歩。

 

 

『……魔王さまの今までの動画でも見直そ』

 

 

 ただ、こう考えていただけ。

 

 

『きっと、面白いだろうなぁ』

 

 

 そして、それはやがて波として広がる。

 

 

『やった、今度こそ忍者くんが来るぞぉ!!楽しみだ!!』

 

 

 人が人を呼び。

 

 

『でも、三人はキリが悪いな……誰か誘えないかな?』

 

 

 集まりが集まりを呼び。

 

 

『そうだな……。ニーツちゃんを誘ってみよう。やってくれるかな?』

 

 

 楽しさを分かち合う為に。

 

 

『早速、頼もう!!ええっと、なんて連絡しよう……』

 

 

 されど、彼女がつくったものは決して潰えず。

 

 

『まさか、本当にゴリラくんが来てくれるとは』

 

 

 彼は確かに引き継いでいた。

 

 

『新しいネーミングはどうしよう……?』

 

 

 この時、確かに二人は繋がっていたのだ。

 

 

『いや、ぜったい楽しく!』

『でも、天魔機忍である事を忘れない様に』

 

 

 

 

 ––––––––––生きていきたいんだ。

 

 

 

 そう、願ったが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 ………………………………。

 

 

 

「……………………んぅ……?」

 

 

 

 

 

 起き上がる。

 

 

 

 

 寝ぼけ眼でリビングに顔を出すと、いつもの顔がいた。

 

「おはよう」

「ん、おはよう」

 

 挨拶をされたので、適当に返しながら洗面所に向かう。

 

「昨日は大丈夫だったか?」

「なにが?」

「ほら、俺と一緒にずっと酒を飲んでいただろう。二日酔いとか大丈夫か?」

「まぁ、うん……大丈夫」

 

 

「やけに機嫌がいいな。いい夢でも見たのか?」

「あぁ……うん。そうだね」

 

 

 

 

 

「魔王さまと一緒に歌った時の、夢を見てた」

 

 

 

 

 

「そうか」

 

 

 

 

 

 

「なんか、思い出されると恥ずかしいな。その日からトントン拍子で、一緒に住み始めるようになったんだし……」

 

「いいじゃん。Vtuberの活動だって手伝ってるし」

 

「そこは助かってるぞ。いや、しかし、その、最近忙しすぎないか?スケジュール管理を任せたのは俺だけど……」

 

「あ、ごめん。休み欲しい?」

 

「まぁ……そうだな。欲しい」

 

「ちょっと待って。……次の土日ならまだ予定入ってないから、ここには入れないようにするけど」

 

「ああー、頼むぞ」

 

「じゃあ、土曜日に私とデートでも行こっか」

 

「ヘェア!?で、でデートって……!?」

 

「そのまんまの意味だけど?それじゃあ、そういう事で」

 

「もうカレンダーにデートの予定が入れられてる!?ちょ、早い……」

 

 

 

 

 

 

「あっくん」

 

「どうした、くるみちゃん」

 

「。ううん、なんでもないや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ありがとう。

 

 

 

 

 

「そう言えばあっくん、天魔機忍のTシャツ着てるんだね」

 

「くるみちゃんも着てるではないか。色違いではあるけど。……そのシャツは寝間着ではないのだが……」

 

「たまたまこれで寝ちゃっただけだよ!……今、まだ時間あるよね?ちょっとだけゲームしよ」

 

「今からぁ?まぁ、いいけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤダヤダ……拳銃ゥ!!」

「アッハハハ……!!」

 

 

 

 

『大魔王とぜったい天使』完。




以下、あとがきにつき読みたくない方は飛ばしてどうぞ。

私事ですが。
自分があっくん大魔王さんを見つけた時は四月上旬。その時にはもうくるみちゃんさんはいなくなってしまった時でした。
その事実を知った時、自分は愕然としながら「なぜ、早く見つけなかったのか」と後悔する程でした。

「なんとか、くるみちゃんの元気である、という報告はないものか」色々探し回り、ニーツさんのVRCのアーカイブで現れたのを知りました。
そして、伝説の飲み会でのくるみちゃんさんの声をリアルタイムで聴くことが出来ました。あの時は大はしゃぎして、その後寝落ちして、寝過ごしました。

その時から、創作意欲が湧いてしまい、出来てしまったのがこの作品です。

この結末はいわゆる「仲良く同居(しかし付き合ってはいない)エンド」なのですが、ここで一つ持論をば。
「早く復帰してほしい」という声があるのは重々承知なのですが、やはり、くるみちゃんさん本人の事情があるので無理に復帰して不祥事に発展するよりは、ゆっくりなされた方がいいと思ってしまうのです。
ですが、どうしても疎遠にならずに関わっていて欲しい、という願望から出来たのがこの終わり方です。あっくん大魔王さんのサポートをしている、というのはやり過ぎたかも知れませんが(そもそも同居も)、一つの世界線やら選択肢やらと思ってもらえれば。

最後に、迷惑ならホントに消しますんで!
ホントに!
なんか、ごめんなさい!勢いで作っちゃいました!

皆さん、応援しております!陰ながらですが!
頑張ってください!

夢見 双月

〜追伸〜
しばらくしたら、あっくん視点やこの物語の裏で起きていたことなどをギャグテイストを交えて書くかも知れないです。

〜修正のお知らせ〜
歌詞を書いてしまっていたのが、禁止行為に抵触していたのが分かったので早急に修正しました。(危ない……!教えてくれた方、ありがとうございました……!)
気を付けます。
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