惻隠の情   作:坂口

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10話 横須賀鎮守府(2)

 横須賀鎮守府の会議室は、少々重苦しい雰囲気に包まれていた。

 室内には八人。伊丹元帥と秘書艦の大和がコの字に設置されたテーブルの上座に座っている。その隣の議長席には大湊鎮守府の岩井。伊丹の斜め前にはこの鎮守府の司令塔である鳴本が座っており、対面、扉に一番近い席には佐世保鎮守府の吉田が座り、彼女は必死にメモを取りながら会議に参加していた。

 提督である三人の背後には秘書艦が控えている。

 

 岩井の秘書艦、あきつ丸。

 鳴本の秘書艦、龍驤。

 吉田の秘書艦、金剛。

 

 あきつ丸は議長席の後ろで実に誇らしげな顔をしており、それに気付いた龍驤は呆れた視線を送っている。吉田の背後に立っている金剛は対面に座る鳴本の顔を食い入るように見つめていた。

 

 この会議室の重苦しい空気は、主に提督の三人によって作られていた。

 事前に伊丹と連絡を取っていた岩井は把握していたのだが、内密に無線電信が届き、元帥を交えた緊急会議に参加する事となった鳴本と吉田は、この場に舞鶴鎮守府の鬼島提督の姿が見えない事に疑問を持って臨んでいたのだ。

 そして、会議が始まった。内容は確実な機密。岩井主導で、舞鶴鎮守府への違和感がこんこんと説明されたのである。岩井が重い口調で言葉を発する毎に、本質を察した鳴本は苦し気な表情を作り、吉田は突然の衝撃的な会議内容に頭が混乱し、物事を整理する意味合いも兼ねて只管(ひたすら)にメモを取っていた。

 

「以上。確証はないが、疑惑としては十分だと……考えている。これは伊丹元帥も同様である」

「この場に鬼島君がいないのはそう言う事でな。……君たちの所見を聞きたい」

 

 伊丹の視線が吉田へと動く。

 まさか自分から発言する事になるとは思っていなかった吉田は慌てて起立する。その際に勢い余って、椅子を後ろに倒してしまった。金剛は呆れた様に頭を抑え、伊丹元帥は可愛い孫を見るかのように微笑み、会議を一旦打ち切る。

 

「鳴本君、吉田君。担当海域を守り抜く為に頭を悩ませているのに、違う問題を持ち込んでしまってすまんな。本来ならば、大本営の方で片付けるべき問題ではあるのだが…………」

 

 伊丹は険しい顔をする。そう、本来は大本営の方で問題を解決すれば良い。しかし、現場組と違って家柄や肩書を(おのれ)の威光として扱っている大本営の人間には、まともな人間と、そうでない人間に分かれてしまっていた。そして、派閥が存在していた。各々、自分が入れ込んでいる提督に活躍し、出世してもらいたいと考えているのだ。

 大本営に認められ、提督が栄達(えいたつ)した際に「大将、元帥の御力添えで……」の一言があれば、今後、大本営での名望(めいぼう)が約束されたも同然だからである。

 一部の大本営の人間は、己の名誉の為に力を扱う。御国の為ではない。自分の為なのだ。そんな乱臣賊子(らんしんぞくし)な人間が蔓延(はびこ)る大本営にて舞鶴鎮守府の問題を取り上げても、鬼島派の人間に握り潰される事を予見するのは実に簡単な事であった。

 

「オジキ、後は実際に舞鶴の様子を見てからだろう。(おれ)たち凡人には鬼島の思考は理解できん。今の舞鶴の様子も鬼島の作戦だとすれば、(おれ)たちは鬼島の顔に泥を塗る事になっちまう。それだけは避けてやりたい」

 

 岩井が背伸びをしながら馴れ馴れしく伊丹に話し掛ける。そんな岩井の態度を見、鳴本や吉田が緊張を緩め、艦娘の四人も思い思いに動き始める。

 大和は席を外し、隣の給湯室からティーカートを運んでくる。ティーカートに反応した金剛は、早々と大和の方へと近付いて行った。あきつ丸は世間話をしている伊丹と岩井に交ざっており、時折意見があるのか、挙手をしながら会話に参加している。

 

「な、鳴本さんはどう思いますか? 鬼島さんの話……!」

 

 メモ帳を胸に抱えた吉田が、窓際に立ち空気の入れ替えをしている鳴本に話し掛ける。鳴本の側にいた龍驤が姑のような表情で吉田を威嚇するのだが、吉田の視線は鳴本一人に向いており、龍驤の事を気にする様子は欠片も無い。

 

「鬼島提督とはあまり親交が無かったけど……秩序的で真面目な人だと知ってるから、ちょっと動揺してるかな」

「わ、私もです! 呉鎮守府で数回顔を合わせたんですけど、いつも佐世保の心配をしてくれて……。厳しい人ですけど、そ、それは御国の為だと思いますし…………」

 

 鳴本と吉田がお互いに顔を見合わせ、笑い合う。そんな二人を龍驤はつまらなさそうに見ていたのだが、そんな三人に割り込むように入り込む人影がある。トレイに四つのカップを載せた金剛である。

 

「oh! アナタが横須賀鎮守府の提督ですネー! お噂はカネガネー!」

「あっ! この艦娘は金剛型、一番艦戦艦の金剛です。私の初めての建造で、出会って…………」

 

 吉田が鳴本に一生懸命に説明をしている。その言葉はたどたどしいが、微笑ましい。

 そんな金剛を龍驤がちらりと見据え、一言挨拶をする。

 

()()()()やね。金剛」

「三年ぶりデース! あの騒乱で志半(こころざしなか)ば、ヴァルハラに召されましたガ、テイトクのおかげで、また姉妹に会えたネー」

 

 金剛と龍驤のやりとりに、吉田が驚いたような顔をする。

 そんな顔を見て金剛は満足したのか、上から目線で、吉田に対し言葉を続ける。

 

「テイトクは私たちが轟沈したら終わりだと思ってますカー? ohhhhhhhhhhhhhh! 得意なのはStudyだけで、私たち艦娘の事は興味Nothingですカー? それは間違いネー。私たちの意識は、沈んでもYet、海底に眠ってマース!」

「そう言っても、永遠ってわけやないけどな。早ければ数ヶ月、長ければ数年で、完全消滅や。やっぱり感情の深さによるんかね。ウチらの意識を掬い上げるのが建造やねんから、艦娘によっちゃ、記憶が残ったままの艦娘も多いんや。もちろん、ウチの司令官含め、そこんとこ考えながら建造してるはずやねんけど……」

「Sorry! これでも佐世保のテイトクなのデース! 温かい目でLookingオネガイシマース!」

「…………金剛、私にそんな事教えてくれなかったじゃん」

 

 鳴本の様子を気にしながら、ジト目で金剛に非難の目を向ける吉田。そんな吉田と金剛の様子を鳴本は「姉妹みたいだなぁ」と思いながら、金剛から渡されたティーカップに口を付けつつ見守っていた。

 

「oh! それにしても三年前の私は、横須賀鎮守府に勤めていましター。あの騒乱を生き残れていれば、こんなに素敵なテイトクに出会えていたはずなんだネー!」

 

 嫌な予感を感じ、龍驤が金剛を睨みつける。

 だが、金剛はお構いなしで鳴本の方に身体を寄せて行く。その胸元はティーカップを持つ鳴本の腕に当たっており、平静を装おうと努力している鳴本に顔を近づけ、囁くように話し掛ける。

 

「……鳴本提督(・・)ぅ、嫌じゃなかったら、私たち四姉妹を横須賀にHeadhuntingしてくれてもGoodですヨー?」

 

 一番最初に「ブフゥー!」と紅茶を噴き出したのは吉田である。

 

「佐世保の戦力はOKデース。代わりに龍驤をTradeデース。龍驤はこう見えてもVeteranな艦娘。テイトクのHelpfulになってくれマース」

 

 金剛が告げた内容に驚いた龍驤が、吉田に続いて「ブフゥー!」と紅茶を噴き出し、慌てた様に金剛に食って掛かる。

 

「ふざけんなや! ええ加減にしぃひんと怒るで!」

「oh? 何か不都合ですカー? 龍驤はずっと横須賀にStayしてマース! 見識をSpreadする為にも、異動は悪い話じゃ無いデース!」

「それは確かに一理あるけど……。せやけどそれを決めるのはアンタじゃなくて大本営や。自分を売り込むのはせんとき!」

「oh! じゃあ逆にThinkingデース。鳴本提督ぅ、佐世保にGo with somebody…………。一緒に行きまショー。伊丹元帥にオネガイシマース」

 

 金剛は鳴本から身体を離し、紅茶を一口。手に持っていたトレイを吉田に押し付けると、伊丹と岩井の方に歩みを向けるのだった。金剛は佐世保鎮守府で生まれた艦娘である。佐世保生まれの艦娘は「チェスト」を美学とする。今の彼女の行動は「頭で考えるよりも早く、とりあえず突撃」をひたすらに凝縮した物であった。

 

「ちょ……ちょっと! マジで止めて!!! …………うぅ、まだウチは鳴本司令官と………!」

「……!! そ、そうだよ金剛! 鳴本さんも龍驤さんも困ってるから、冗談はほどほどにしておきなよ!」

「What? 別に、冗談のつもりは……」

「冗 談 は ほ ど ほ ど に し て お き な よ !」

 

 龍驤の様子に女の勘が働いた吉田は、佐世保の提督として金剛を止める。吉田も恋する乙女である。龍驤の気持ちは痛いほど分かってしまうのだ。まあ、お互いライバル同士だという事も理解してしまったわけなのだが。

 

 

 

「大事な御話し中、大変申し訳ございません! 失礼を承知で報告させて頂きます。先ほど、捕らえました不審者についてですが……」

 

 会議室の扉が勢いよく、しかしながら内部の人間を驚かせないようなほどよいバランスを保ちながら開き、憲兵が入室してくる。

 彼は三人の提督に頭を下げながら、伊丹に近寄って行く。

 

「話は聞き出せたのか?」

 

 伊丹がその場に立ち上がり、彼を迎い入れる。

 伊丹は既に報告されていたのだ。この横須賀鎮守府に到着した際に、横須賀にて発見された、ボーキサイトを不正に保持した不審な男を、つい先ほど捕らえたという話を。そして、伊丹は彼らに簡単な取り調べを行うようにと命じていたのであった。

 

「いえ、あの……。……何と言いますか、彼とは話が噛み合わないのです。まるで自分が軍人か何かであるかのような振る舞いを続け……」

「ん? 取り調べじゃなく拷問が必要か? それなら(おれ)が」

「いや、岩井君、待ちたまえ。…………ふむ」

 

 伊丹は把握した。不審者は捨て駒なのだろう、と。

 アヘンか何かと交換で、運び屋を任せていたのだろう。こんな時代である。悲しい事ではあるが、ドラッグに逃げる輩も少なくはない。……恐らく男は既に理性的な思考は持ち合わせておらず、薬物中毒者としての最期を迎えるのだろう。

 

「……せめてもの手向けだ。苦痛なく殺してやれ。それで、男の住まいに他の手掛かりは残されていなかったのかね?」

「はっ、その件なのですが……」

 

 憲兵の顔に苦悩の色が広がる。

 容疑者を捕縛する部隊とは別に、容疑者の近辺を調査する部隊が同時に行動していたのである。捕縛部隊が結果を上げ、男は横須賀鎮守府に連れて行かれた。元帥の指示を受け、取り調べを行っている最中、別動隊からようやく無線電信で連絡が届いたのだ。

 だが、その内容を聞いた際、彼は青ざめた。即座に上官に報告し、指示を仰ごうと判断した。しかし、無線電信の向こうでは慌てた様子が感じられず、即時に応援は不要だと伝えられたのだ。時間はかかるが、危険は無さそうだ、と。

 

「あ、あのですね。これは私も信じ難いのですが…………」

「おい!!! 来たぞ!!! 調査部隊が港湾棲姫を連れて来やがった!!!」

 

 廊下から焦った声を隠そうともせず、もう一人の憲兵が走り寄り、怒号を発しながら会議室の開いている扉に手を掛ける。彼は焦りから失念していた。この部屋では元帥と三人の提督が重大な会議を開いていたのだと。

 しかし、そんな彼の様子を伊丹は咎める事が出来なかった。秘書艦の大和も、百戦錬磨の岩井でさえ耳を疑い動きを止めたのだから、それは当然だったのだろう。

 

「おい、今、なんと……」

 

 瞬間、窓の外から大きなざわめきが聞こえてくる。

 本来であれば、横須賀鎮守府の艦娘たちは何事にも動じない。鳴本に「何事にも平常心であれ、冷静に物事を判断しろ」と教えられているからだ。

 しかし、そんな彼女達のざわめきが聞こえる。不審に思った鳴本が窓の外に目を向けると、その光景に目を疑った。龍驤が咄嗟に艤装を展開し、金剛も窓枠に足を掛ける。吉田は驚きのあまりにトレイとティーカップを床に落とし、飲みかけの紅茶が会議室の絨毯(じゅうたん)を汚してしまった。

 

 窓の外には一台の九四式六輪自動貨車が停められていた。運転席と助手席からは、警察隊の人間が降りている。問題は、荷台に載せられている荷物である。否、それを荷物として扱って良いのだろうか。

 そこには全身を拘束された港湾棲姫が横たわっていたのだ。彼女に動きは無い。まるで死んでいるかのようであったが、人間が港湾棲姫を殺す事は不可能である。地力が違いすぎるのだ。

 

「……生きて、いるのか…………?」

 

 会議室の中、誰の口からともなく、声が漏れ出る。

 それを(おのれ)への確認だと判断したのか、扉の横に立っていた憲兵が声を張り、答えを口にする。

 

「はっ! 連絡によりますと、郊外の廃屋にて捕らえたとの事です。その際、戦闘は無し。言葉が通じているかも不明の事。抵抗が見られなかったので、全身を厳重に捕縛の末、この横須賀鎮守府にまで連れてくる事に成功したとの事であります!」

「…………理解が追いつかん。男の関係者であるのは間違いない…………のか? すまんが、地下の牢屋に移動させておいてほしい。……私もすぐに向かう」

 

 辛うじて元帥としての面目(めんもく)は保てたであろうか。

 威厳ある言葉に二人の憲兵は一礼し、退出していく。

 会議室が再び密室になると、元帥、提督、艦娘の八人は静かに顔を見合わせ、(おのれ)が見てしまった物の正体を、静かに確認し始めたのであった。




ver1.01 2019/01/21
ver1.01 2019/08/15
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