惻隠の情   作:坂口

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 海面を叩く爆発から身を(よじ)り避けようとするのだが、その先にも彼女達は待ち構えており、一方的に彼女を攻撃していた。彼女は何度も来るなと言っているのに、聞く耳を持たない彼女達の狂気に、只々(ただただ)恐怖しながら逃げ惑う。
 しかし、多勢に無勢。いつしか身体の痛みを感じなくなっている事に彼女は気付く。彼女達は彼女が探し物をしていただけなのを知らない。彼女達の目的も本来は別にあった。互いに運悪く鉢合わせしただけにすぎない。只管(ひたすら)に彼女は悲しみ、いつしか意識が消えていくのを感じる。
 そんな彼女を見て、彼女達は祝砲を打ち上げるのだった……。


2話 日常(1)

「…………ウ、ウゥ」

 

 横たわっている身体が身じろぐ。その身体には痛々しそうに包帯が巻かれており、傷口には縫われた形跡もある。

 

「ウ……。…………ココハ…………?」

 

 少しずつ意識が覚醒していったのか、半開きの(まなこ)をきょろきょろさせながら落ち着かない様な素振りを見せる。しかしそこには彼女以外誰もおらず、彼女の疑問に答える者はいない。彼女の思考を妨げる者もいない。

 モゾモゾと身体を起き上がらせ、腕や身体をさすりながら彼女は自身を確認する。巻かれた包帯を無造作に引き千切り、縫われた部分は違和感を感じるのか鋭い指先で無造作に掻いてしまっていた。しかしながら爪に糸が引っ掛かると肉が引っ張られ痛みを感じるのか、その整った顔つきに歪みが表れる。

 

「…………」

 

 彼女は思考を巡らせるが、自分が今置かれている状況を把握する事は出来ないようだった。

 

「…………」

 

 静かにその場に立ち上がると、ぎしりと床が鳴った。

 そして、静かに机の上に置かれた食べかけのパンに手を伸ばし、掴む。警戒する様にクンクンと臭いを嗅ぎ、一口ずつ齧っていく。既に固くなっているそれは、カリカリ、ボリボリと音を立てるが、彼女は気にした様子も無い。

 

 一口、二口、三口。

 四口、五口、六口。

 

 指に付いた食べかすをぺろぺろと舐めていると、彼女のお腹から「ぐぅ」と小さい音が鳴った。胃に入った食料に反応して身体が栄養を欲していたのだが、彼女の周りには他に食べられそうな物が見当たらない。そもそも基本的に物が無い為、彼女の興味が引かれるようなシロモノもこの空間には存在しないようだった。

 

 

 

 

「…………ああ、起きたのか」

 

 扉の方から聞こえる声に反応し、彼女の鋭い視線がその人影を貫いた。しかし、扉を開けたその人影、男は彼女の威圧にも臆することなく静かに部屋に入って来る。

 

「換金したついでに食べ物を買ってきたんだ。君は食べるのか?」

「……ク……クルナ」

「と、言っても玄米だが。口にした事は? 陸地の食事も口にするのか?」

「……クルナ!」

「炊く必要がある。少し待っていて欲しいが……」

「……クルナ……ト……イッテイル……ノニ……」

 

 彼女の様子に思う所は無いのか、自分のペースを貫く男に対し彼女は静かに俯き、涙を流し始める。そんな彼女の様子に気付いたのか、気付いていないのか、男はシンクで玄米を研ぎはじめ、飯盒(はんごう)に米を詰め始める。

 

「申し訳ない。時間が掛かるんだ。俺は外にいるが、何かあったら呼んでくれ」

「…………」

 

 俯いている彼女に背を向け、男は再び外に出て行った。

 室内には一人、彼女だけが取り残される。彼女の脳裏に浮かぶのは、哀しみ、驚き、戸惑い。(ある)いは、その全てか。全く別の感情か。

 

「ホッポ…………」

 

 微かに呟いたその言葉は誰の耳に届く事も無く、部屋に溶けてしまう。囚われているわけでは無い為、去ろうと思えば彼女はこの部屋から外に出る事が出来てしまう。しかし、身体が一歩目を踏み出さない。自分の置かれた状況も分からないままに、外へ出る勇気を彼女は持ち合わせていなかった。

 

 部屋の隙間から、光が差し込み、風が通る。

 扉の外には光が溢れている。

 光の数歩先には彼女の慣れ親しんだ海があり、世界がある。

 しかし彼女はそこに立ち尽くす事を選んでしまった。選んでしまった。否、彼女の内面的な部分がそれを選ばざるを得なかった事実に、最後まで彼女は気付く事が出来なかったのである。




ver1.01 2019/01/21
ver1.02 2019/08/08
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