惻隠の情   作:坂口

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20話 天龍の孤独

「天龍様のお帰りだぜ~! ガキ共、良い子にしてたか~?」

「戻りました」

 

 天龍と弥生が一年間の長期遠征から帰ってきた時、二人が感じたのは舞鶴鎮守府の雰囲気の重さであった。二人が出撃した頃は、暗い雰囲気を振り払う様な明るさがあったのだが、今の鎮守府にはそんな面影が全く無かった。天龍は己の不在時に再び悪い事案があったのかと危機感を抱き、弥生を置いて執務室へ駆けた。

 辿り着くままに勢いよく執務室の扉を開けたその先の光景は、響の頭を優しく撫でる、いやに機嫌の良い鬼島稔の姿があった。

 

「…………ただいま」

「ああ、おかえり」

 

 平穏な光景に安心しながらも、納得のできない天龍は頭を傾げながら廊下を歩く。渡り廊下を通り、食堂へ行こうとそのまま工廠の近くを通りがかった時、声が聞こえた。何かを争っているような、聞き覚えのある駆逐艦の声が。

 

「どうした?!」

 

 慌てた様子で工廠に入った天龍の目に入ったのは、雷、電と言い合いをする睦月と文月であった。

 

「返しなさいよ! 私達が一生懸命集めた資材を、何で持ってっちゃうのよ!」

「酷いのです……。それは鳳翔さんに使う資材なのです……。返してほしいのです……」

「少しだけ貸してくれても良いじゃん! これで、これさえあれば水無月ちゃんを建造できるって提督が……!」

「や、やっぱり睦月、この方法は……」

「文月ちゃんは皆が帰って来なくても良いの?! 私は…………嫌だよ…………。あと少しなのに……」

 

 既に、鬼島が指示する海域内での資材発掘は困難を極めていた。

 ついに、その日が来たのであった。辛うじて見つかる資材も、微々たるもので、出撃すればするほど赤字になってしまっていた。しかし、鳳翔を建造する分も、睦月型の四人を建造する分も未だに集まっていなかった。

 だからと言って、鬼島の指示海域から外れて探索する事は既に不可能であった。そこから先の海域にいる深海棲艦を、彼女達の疲労の残る身体でどうにかするのは、轟沈と隣り合わせになってしまうからだ。

 

「おいおい! なんだよ、どうしたんだよ! 皆で仲良くやってんじゃねーのかよ!」

 

 争う四人の間に入る天龍。しかし四人の目は天龍を見ておらず、(よど)んだ瞳の奥の光は、憎むべき相手の方に向いていた。

 話を聞かない四人に対し、やれやれ、と言った溜息を付きながら、天龍は内ポケットから二枚の紙を取り出した。

 

「……資材の発掘地点ならオレ様が見つけてきて――」

「下さいなのです!」

「天龍さん、ごめんなさい!」

 

 天龍の手から一枚ずつ奪い取るように持って行った二人の背中を、天龍は呆気に取られた表情で見送る。電と睦月の後を追うように、雷と文月も遅れて後を追う。その場に残された天龍は、この状況に納得できないように首を何度も傾げるのであった。

 

 

 

 

「邪魔するぜ」

 

 執務室に再び訪れた天龍は一見、冷静であった。しかし、(まと)う空気は刺々しく、不機嫌さを隠すつもりは毛頭無いようだった。。

 執務机にて資料を読んでいる鬼島の前に立つと、天龍は荒々しくその両手を執務机の上に叩きつける。

 

「…………てめぇ、長門に何をした」

「………………」

「長門だけじゃねぇ。四人のガキもなんか変だ。睦月や如月達もピリピリしやがってて、空気が悪いぜ……」

「………………」

 

 鬼島は手元の資料から目を離さない。そんな様子の鬼島に己の苛立ちを隠す気はないのか、天龍は執務机に乗り上がり、鬼島の胸倉を無理やり掴み上げた。

 

「…………遠征帰りの割に余裕があるな」

「おかげさまで提督が優秀だからよぉ!」

 

 鬼島の軽口に軽口で返す天龍。しかしその目は瞳孔が開いており、迂闊な事を言った瞬間、力任せに鬼島の身体を執務机に叩き付けそうな雰囲気であった。

 艦娘の馬力は非常に高い。本気でやれば執務机ごと鬼島の脊椎を砕く事も可能だろう。だが、艦娘は人間に害を為す事は出来ない。単なる脅しである事は、互いに理解していた。

 

「鬼島司令官、お茶の時間なんだから」

 

 ガチャリと扉が開き、暁と響が入ってくる。

 天龍は慌てて執務机から降り、鬼島は首元を整える。

 

「…………二人とも、駆逐艦の前で刺激の強い行為は、控えてもらえると嬉しいな」

「ち、ち、ち、ち、ちげぇし! そんなんじゃねーからな!!?!」

 

 顔を赤くする天龍を気にした様子も無く、鬼島は暁からティーカップを受け取る。

 

「暁、ありがとう。暁の入れる紅茶は、一味も二味も違うからな」

「と、当然よ! レディーなんだからそれくらい当然よ!」

 

 言葉とは裏腹に嬉しそうな表情を隠しきれない暁と、それを羨ましそうに見つめる響。全体を見れば、楽し気な提督と艦娘の一コマである。天龍が遠征に行く前にもあった、日常感である。

 ただ、それも暁と響の瞳が濁っていなければの話である。表情は笑っているのだが、目だけが笑っていないのだ。そして天龍が注意深く観察すると、目の下にはうっすらと隈が残っており、袖口や服の下から打撲のような跡が見え隠れするのであった。

 

「…………オレがいなくても平気だったか? 飯とかちゃんと食ってんのか?」

「ハラショー。毎日、司令官が美味しいご飯を作ってくれてるよ」

「天龍さんも今日は一緒に食べれるわね。遠征の土産話、楽しみにしてるんだから!」

「毎日ちゃんと休んでるか? ガキ共は寝るのも仕事だぜ?」

「子ども扱いしないでよ! 一人前のレディーとして扱ってよね!」

「心配無用さ。夜は、眠くなるものさ」

 

 二人が嘘を言っている様子は感じられない。そして、天龍の揺さぶりに対して鬼島が動じる事も無い。だが、天龍は納得しない。自分がいなかった一年の間に、確実に何かが起きてしまっている。そして、それは良い方向でない事は確実なのだ。

 

「……入渠はちゃんとしてるか? 疲れた時は、風呂が一番……」

「入渠すると資材が減っちゃうじゃない!」

「そうだよ。鳳翔さんも誰も建造出来てないのに、僕たちが資材を無駄にするなんて出来ないさ」

「ちょっと二人とも、鬼島提督と二人で話させてくれねぇか?」

 

 天龍の発言に、首を傾げながらも従う暁と響。

 二人が廊下に出てから数秒後、天龍のドスの利いた声が、執務室内に響いた。

 

「…………これがてめぇのやり方かよ」

「私のやり方では無い。彼女達が選んだやり方だ」

「おかしいだろうが! 何で辛い思いをさせてまで……」

「彼女達にとっては、仲間がいない事の方がよっぽど辛いようだ。そして、私は彼女達のやる気を奪う気はない。それこそ提督失格だろう。そもそも、彼女達がこうなっているのは資材を提供しない大本営のせいではないのか? あいつらが横須賀では無く、舞鶴に支援を始めるだけで、彼女達の苦労や悩みの半分以上は解消される。彼女達も薄々感付いているのではないか? 己の不遇は、大本営のせいであると」

 

 鬼島の淡々とした答えに、天龍が口ごもる。

 その時、天龍に向かって鬼島が二枚の書類を投げつける。床に落ちたそれを天龍が拾うと、天龍は慌てた様に鬼島に目を向ける。天龍の手にあるのは、半年間の遠征計画書であった。

 

「ふ、ふざけんなよマジで! 鎮守府がこんな状態なのに、黙って従うオレ様だと……」

「従うさ。現時点で長期遠征に出られる艦娘は天龍、貴様しかいない。そして、この長期遠征はれっきとした意味合いを持っている。貴様が断れば、舞鶴鎮守府の名声は傷つけられ、仲間たちが辛い思いをするぞ。私はいざとなれば異動を願う事が可能な立場だ。しかし、貴様たちは役立たずの烙印が押される。それでも構わないのであれば、好きにするが良い。………………私はお前だから頼んでいるんだ。私が信用できないのならば、この計画書を皆と確認し合ってくれても構わない。もちろん、相談にも乗る。だが、現段階ではどうしてもこれが最善策なんだ。私は君を遠ざけたいわけじゃ無い。実力を見込んでいるんだ。早く済ませば早めに帰ってきてくれても構わない」

「………………ごちゃごちゃうっせーぞ提督」

 

 鬼島の圧に押されたかのように天龍が怯むが、そのまま不快感を隠す事もせず執務室から退室する。早足で歩く天龍は、食堂に戻る途中の響と舞鶴鎮守府に毒されていない弥生を連れ、長門の部屋へ向かったのであった。

 響は長門の部屋が近付くにつれ困惑の表情を浮かべるのだが、何も言う事は無かった。

 

「…………この遠征計画書の問題点を炙り出してくれ。オレには分かんねーからな」

「……嫌なのか? ふふっ、それなら私と代わって欲しいがな。一人なら、誰にも迷惑を掛ける事もあるまい……」

「ハラショー。最近の長門さんは頑張ってると思うよ。三人とも、鳳翔さんに早く会いたいだけなんだ」

「そういう話は四人でしろよ! ほら、弥生も見やがれ!」

「見てるよ……」

 

 この場に集められた三人は天龍の意図が読めなかったのだが、天龍の真剣な口調に反応し、真剣に計画書を読み込む。しかし、四人がどんなに真剣に意見を出し合っても、この計画書に不備があるとは思えないのであった。むしろ、話し合えば話し合うほど、この計画書の隙の無さが際立ってしまうのであった。

 

「く、クソ! なんでだよ! おかしいじゃねぇか! 提督の意図は分かってるっつーのに……」

 

 立ち上がり、いきなり怒り出す天龍の様子に三人は驚きを隠せない。

 天龍の目には涙が浮かんでいた。不甲斐なさと悔しさの入り混じった涙であった。天龍は舞鶴鎮守府の様子と鬼島の様子で、現在何が起こっているのかを直感的に理解してしまっていた。

 

 …………艦娘の体調より資材を優先している

 …………艦娘同士は不仲に見えるが鬼島提督への忠誠度は高い

 

 この二つが何を意味しているのかは、天龍には分からなかった。しかし、天龍は己の力で鬼島の目論見(もくろみ)を崩す事に決めていた。

 天龍は舞鶴鎮守府を大事にしていた。信頼できる仲間と、楽し気な駆逐艦たち。それをぶっ壊そうとしている鬼島稔を、天龍は許せなかった。

 長門の部屋を飛び出した天龍は執務室へ駆けこみ、鬼島に遠征の件を承諾した。

 

「行ってやるぜ。だが、絶対に早く帰って来てやる。オレ様がおめーの計画、ぶっ潰してやんよ」

「……頼りにしてるぞ」

 

 執務室の扉を蹴破らんかのように廊下へ飛び出していった天龍は皐月を呼び出し、すぐさま遠征を開始した。弥生から皐月にパートナーが変わった事を(いぶか)しんだ天龍であったが、鬼島から皐月に何か吹き込まれている様子は無かった。

 天龍は鬼島の計画書を何度も読み込み、一切の無駄なく遠征を敢行した。

 

―――――――――

 

――――――

 

―――

 

 折り返し地点。後は、舞鶴鎮守府に戻るだけの状態。だが、帰還時に問題が起きてしまった。不慮の事故にて、深海棲艦の砲撃を受けた皐月が大破してしまったのであった。

 一瞬、天龍は鬼島と皐月がグルなのではと考えたが、提督命令だからと言って大破するような命知らずはいない。疑いようのない完全な事故である。

 しかし、これにより舞鶴鎮守府への帰還は遅れてしまった。天龍の目標である五ヶ月を過ぎ、本来の予定であった半年間の遠征となってしまったのであった。

 

 遠征から帰還した天龍は舞鶴鎮守府の様子に絶望した。艦娘同士の仲は更に(いびつ)となっており、轟沈が起き始めていたのである。原因は日本国防衛海域の資材が枯渇したため、深い海域を目指すようになっていたからである。

 しかし、轟沈による悲壮感は鎮守府に広がっていなかった。資材を消費してしまった事に対しての後悔と焦りはあるようだったが、轟沈に対しては何とも思っていないようなのだ。

 轟沈は『死』である。意識が海中に眠っていようが、提督の手によって救われない限りは暗闇の中である。舞鶴鎮守府に所属の艦娘の精神には大乱で沈んだ仲間の事が深く刻まれており、轟沈を恐れないはずがない。疑問に思った天龍が駆逐艦に問い詰めれば、響が大した事じゃなさそうに、口を開いた。

 

「轟沈したとしても、鬼島司令官がすぐに蘇らせてくれるんだ」

 

 

 

 

 何度目かの遠征を繰り返した天龍が帰ってきたその日、ドラム缶に詰め込んだ燃料を使って天龍は入渠施設を動かした。蒸気を出しながら動き始めるそれにより、お湯が沸騰し始め、心地良い空間が広がり始める。

 天龍は片っ端から力づくで入渠施設に仲間をぶち込み始める。在りし日の楽しかった日々は、もう見る影も無い。心身ともに完全に壊れていた仲間達は天龍に対して悪態を吐くのだが、入渠施設の湯船にその身体を浸けさえすれば、夢心地なのか天龍のされるがままとなっていた。

 仲間を順番に見付け出した天龍だったが、睦月の姿がどうしても見付からない。もしかしたら夜戦に出ているのかもしれないと、天龍はすぐさま頭を切り替え、己の予定を進める。

 

 長門。

 睦月、如月、皐月、文月。

 響、雷、電。

 

 舞鶴鎮守府に所属している艦娘は、既に彼女達だけであった。

 何度も繰り返された轟沈により、使える資材が底をついてしまったのだった。

 

 舞鶴鎮守府を深海棲艦から防衛した日から、三年が経っていた。

 彼女達の表情は暗く、負の感情に取り憑かれ、資材の為に義務的に出撃するだけの機械に成り果てていた。あの頃の笑顔は、面影も無い。

 

 為すがままにされる彼女達の身体を丁寧に洗い、湯冷めしない様にしっかりと着替えさせた天龍は、彼女達を部屋に送る。どのような結果になろうとも、今この時は、幸せな気持ちで眠っていてほしかったのだ。

 

 

 

 

「…………邪魔するぜ」

「………………」

 

 夜も更けた執務室へ天龍が入室すると、明かりに照らされた鬼島の視線が天龍を射抜いた。

 

「貴様も面倒くさいな。私の落ち度は彼女達の命令違反を止められなかった事だけであろう」

 

 何度も繰り返したやりとりなのか、鬼島が面倒くさそうに手を振る。

 そして事実、艦娘達は自主的に出撃を続けていたのだった。

 そんな鬼島の様子に天龍は何も言わない。

 

「――――――」

 

 否、口元が何かを呟いた瞬間、天龍が艤装を展開する。

 鬼島が反応する余地も与えない。すぐさま『15.2cm単装砲』が火を噴き、窓際の壁を景気良くぶち抜いた。

 

「…………修理にも資材は用いられるのだが」

「知ったこっちゃねぇよ!」

 

 天龍の頬には涙が流れていた。

 威嚇射撃程度では鬼島稔は動じない。それは天龍も理解していた。

 潤んでいる瞳で鬼島の足元に目を向ける。足元を狙えば足場の崩壊諸共(もろとも)、鬼島は大地に叩き付けられるだろう。艦娘が海軍関係者に手を上げた事例は、今までにない。故に、己がどのような処罰を受けるか天龍は理解していなかった。

 否、処罰を恐れていなかった。

 彼女が恐れていたのは、これ以上、大好きだった舞鶴鎮守府が崩壊していく事のみであった。

 

「………………クソ共が」

 

 鬼島が何かに気付いたように、舌打ちをする。

 髪を掻き上げながら鬼島がその場から離れると、天龍の視界が光を感じた。

 水気で乱反射したそれを拭うと、今度は天龍の目にはっきりと見えた。

 二台の車が、鎮守府前にて止まっている事を。

 

 へなへなと力が抜ける様に座り込んだ天龍は、身体を丸め、静かに涙を流し続けた。

 彼女の戦いが、ようやく報われた瞬間であった。




ver1.01 2019/08/22
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