惻隠の情   作:坂口

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21話 港湾棲姫と間宮さん(2)

 カーテンの隙間から差し込む陽射しを嫌がるように、ゴロリと寝返りをうつ港湾棲姫。

 しかし、目元を照らす明るさからは逃げられないようで、数秒後、ムクリと起き上がれば、その場で背伸びをする。港湾棲姫は周りを見渡す。隣にはベッドが置かれており、部屋の中心のテーブルには水差しが置かれていた。

 

 彼女は柔らかなベッドを嫌がり、絨毯の敷かれた床に丸まって眠っていた。客間に置かれたベッドは大型の艦娘も安らかに眠れるよう、大き目に作られている。しかし、彼女の生活圏は海である。陸地の生活で便利と言われている家具が、彼女の身体に合うとは限らなかったのだろう。

 

 港湾棲姫はそのままテーブルに備えられた椅子に座る。

 目の前の水差しには手を出さない。十分、二十分と時間が経過していくだけである。港湾棲姫は何をするでもなく、大人しく椅子に座っているだけであった。

 その時、遠慮がちに扉がノックされる。港湾棲姫が駆け足で扉に近付き、来客を迎え入れるように扉を開けると、そこにはカートを運んでいる間宮の姿があった。

 

「あっ、起きてらしたんですね? 体調はいかがですか。朝食を持ってきました!」

「………………」

 

 間宮を招き入れた港湾棲姫はテーブルへ向かう。

 続くように間宮がニコニコとしながら朝食をテーブルの上に並べて行く。ご飯に味噌汁。ブリの照り焼きと、佃煮。食後の為なのか、八等分に切られたリンゴが四切れ、小皿に盛られていた。

 

「………! ………!」

 

 港湾棲姫が目の前の料理に、フンス、フンスと鼻を鳴らす。

 そんな嬉しそうな港湾棲姫の様子を見て、間宮は朝食の説明をする。

 

「今日はブリの照り焼きです。甘酢で和えてみたんですけど、お口に合いますか?」

「オイシイ、オイシイ」

 

 港湾棲姫がむしゃむしゃとスプーンで料理を平らげる。

 ご飯、照り焼き、佃煮、りんご。

 口に詰め込んだ料理を咀嚼しながらも、のどに詰まるのか、味噌汁をゆっくりと飲んでいく。港湾棲姫は猫舌なのだろうか。少し飲んでは一息、少し飲んでは一息、と、味噌汁を堪能していた。

 

 

 

 

 皿に盛られた食事を綺麗に平らげた港湾棲姫は、名残惜しそうに照り焼きの皿をペロペロ舐めていた。満足いくまで堪能すれば、そっと皿をテーブルに戻す。それを間宮がカートに片付けていけば、朝食の時間は終わりとなる。

 

「ゴチソウサマデシタ」

「はい、お粗末様でした♪」

 

 港湾棲姫の口元にソースが残っているのを見つけた間宮は、自身のハンカチで拭ってあげている。されるがままの港湾棲姫は、まるで大きな子供のようである。

 

「じゃあ、私はお仕事がありますから失礼しますね?」

 

 間宮が食器を片付け、客間から退室しようとすると、港湾棲姫が椅子から立ち上がり間宮に近付いた。間宮はこれから何かが起こるのかと様子を伺うのだが、港湾棲姫は立ったままである。

 頭に疑問符を浮かべながらも間宮が港湾棲姫に挨拶し、客間から廊下へ出ると、テクテクと間宮の後ろを港湾棲姫が付いて行く。

 廊下から食堂へ向かう。港湾棲姫も黙って付いて行く。

 まるで親鳥と雛鳥である。

 しかし、今の時間は食堂で艦娘たちが朝食を楽しんでいるはずである。昨日の瑞鶴の様に、騒ぎが起きてしまうのは良くない。間宮はその場に立ち止まり、港湾棲姫に声を掛ける。

 

「え、え~っと。港湾棲姫さんはどこに行くのかな?」

「ゴハン」

 

 ご飯に行くようであった。

 いや、そんなはずはない。しかし、間宮はすぐさま答えに辿り着いた。

 

「あっ、おかわりですか? それなら客間に持って行きますので…………」

「オナカイッパイ」

「!!?!?!」

 

 港湾棲姫のまさかの答えに、間宮の頭は疑問で埋め尽くされてしまった。しかし、落ち着いて彼女の性質を考える。すると、彼女の求めている答えが間宮には理解ができた。

 

「あ~……。あの人のご飯ですね? 用意してますけど、持って行ってくれるんですか?」

「…………チガウ。ツクル。ゴハンツクル」

 

 数秒の間の後、間宮は完全に思い出した。

 港湾棲姫が昨日、あの男の人に料理を作る約束をしていた事を。

 しかし、このタイミングで作るのは非常に難しい。食堂に港湾棲姫が現れたら阿鼻叫喚は確実だ。そして、朝食は残念ながら用意してしまっている。食材を無駄にする事は許されない。

 間宮は打開策を考える。しかし、それはすぐさま思い付いた。

 

「じゃあ、お昼ご飯を一緒に作りましょう! ヒトヒトマルマルになりましたら、食堂に来て頂けますか?」

 

 港湾棲姫は頷く。

 

「では、朝食は私が用意しましたので、地下室で待っていてくれますか? 何もすることが無いなら、時間まであの人と一緒に……」

 

 港湾棲姫は再び頷いた。そして、身体の向きを変えると、一人で地下室までの階段へと歩いて行ってしまった。

 残された間宮は考える、港湾棲姫でも作れそうな美味しい料理を。

 そして、すぐに思い浮かんだのか、微笑みを浮かべたまま、食堂へとカートを運ぶのであった。

 

 

 

 

「じゃあ、一緒にお昼ご飯を作りましょうか♪」

「………ウン」

 

 厨房に用意されたのは、乾麺と大量の野菜。そして、調味料である。

 

「今日は、さっぱりとしたサラダ麺を作りましょう。麺は私が茹でますので、港湾棲姫さんはお野菜を切って下さいね♪」

「ガンバル」

 

 港湾棲姫が目の前に置いてあったトマトを手に取り、グシャリと握り潰した。ポタポタと汁が垂れるそれを不思議そうに港湾棲姫は見つめるのだが、その残骸をポイッと、皿の上に放り投げた。

 

「………………ちょっと違うかなー?」

 

 間宮が包丁を片手に、港湾棲姫にお手本を見せる。

 トマトにきゅうり。レタスやネギ、しょうがを手際良く切り分ける。

 

「……ナルホド」

 

 間宮の真似をするように、港湾棲姫が野菜をザクザクと切って行く。

 大きさは(まば)らになってしまうのだが、辛うじて口の中に入るサイズである。間宮の食事に慣れている艦娘たちは不思議に思うかもしれないが、恐らく、港湾棲姫が手伝ったものだとは思わないだろう。

 

「切り分けたお野菜をですね、ここに並べたお皿に盛りつけてくれますか? こ~んな感じに……」

 

 間宮の手本を熱心に見ながら、港湾棲姫がたどたどしい手付きで野菜を盛りつけて行く。その間に間宮は大量の麺を茹で、冷水でしめながら、調味料でゴマダレを作っていく。

 

「ナンダソレ」

 

 間宮が作ったゴマダレを、港湾棲姫が指で(すく)い、ペロリと舐める。美味しそうに口内で味わえば、それが気に入ったのか、目を輝かせながら何度も指で(すく)い、味わい始める。

 

「ちょ、港湾棲姫さん! 無くなっちゃいますよ!」

「……オイシイ」

 

 間宮が慌てた様に、ゴマダレの入ったボウルを己の背中に隠す。

 港湾棲姫が悲しそうな表情で間宮を見つめるのだが、間宮は手を叩きながら、進行を促していく。

 

「ほらほら、早く作ってあげないと、あの人もお腹を空かせちゃいますよ?」

「………………!!!」

 

 港湾棲姫が慌てた様に盛り付けを再開する。

 皿に盛られた野菜の上に、間宮は麺を盛りつける。薬味をふりかけ、ゴマダレを掛ける。

 

 二人の共同作業の最中、間宮は一つの皿に目を止める。

 他の皿はしっかりと丁寧に盛り付けられていたのだが、それは、言葉で言うなれば『独創的』な盛り付けがなされていたのであった。重ねられたレタスの間にはネギやしょうがが隠され、先ほど握り潰されたトマトが堂々と皿の中心で自己主張をしている。

 

「港湾棲姫さん、これは……」

「トクベツ」

 

 港湾棲姫が胸を張りながら、自信満々に答える。

 予想通りの答えに間宮は頷くと、麺の入ったボウルも港湾棲姫に手渡す。

 

「愛情が一番の調味料ですからねっ♪」

「!!?!」

 

 間宮の言葉を聞いた港湾棲姫は、その意味を理解したのか、突然に張り切りだす。ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら、冷水でしめられた麺をどんどん盛り付けていく。横須賀鎮守府の所属艦娘のお目付け役的な存在である加賀に用意された大盛を超えた、特盛の完成である。

 

 その時、間宮の頭に名案が閃いた。朝食のブリの照り焼きが冷蔵庫に残っているのだ。野菜サラダ麺だけでも十分な美味しさだとは思うのだが、具材として、照り焼きをほぐしたモノが軽く和えられていれば、一味加えられるだろう。

 

「港湾棲姫さん、冷蔵庫に朝食のブリの残りがありますから、特別に少し、加えてあげましょうか。多すぎると、ゴマダレと喧嘩しちゃいますので、少しだけほぐして……」

「マカセロ」

 

 特別と言う単語に反応し、港湾棲姫が張り切って冷蔵庫に向かう。

 そして、冷蔵庫にしまわれたブリを手に取ると、鼻歌を歌いながら皿の上でそれを握り潰した。

 

 港湾棲姫の様子に、顔を青白くする間宮。

 止まる事無く野菜サラダ麺に絞られたそれを見て、思わず目を背けるのであった。

 

「…………港湾棲姫さん。そ、それ………それは違います…………」

「……ブリ」

 

 港湾棲姫の手に握られたそれは、調理前の、鮮度の高いブリであった。

 朝市で送られたそれは血抜きもされていなかったのか、生のブリ汁に混じって赤色の何かが滴り落ちていた。平和な昼食が、途端に生臭い何かに代わってしまった。港湾棲姫は満足そうであった。

 

 間宮は己の失敗に気付いてしまった。

 港湾棲姫は海に生きていた。港湾棲姫が今まで、調理された鮮魚を食べてきたとは到底思えない。恐らくではあるが、生食であろう。

 そして、彼女は朝食のブリの照り焼きを、魚類のブリから作られた料理だと気付いていなかった可能性が高い。風味は残っているが、調味料によってほとんどが打ち消されている。そして、歯ごたえも全く異なるだろう。『そういうもの』だと思いながら食べていた可能性は、否めなかった。

 

「カンセイ! オイシソウ!」

 

 野菜サラダ麺はゴマダレの香りと生臭さの混じった何かに生まれ変わり、ブリの残骸と言って良い物が、トマト以上に過激な自己主張をしていた。

 嬉しそうに特盛のそれを手に取った港湾棲姫は、丁寧ながらも、落ち着きのない様子で廊下へと出て行った。自分の手料理を、食べてもらえるのだ。その嬉しさは万感(ばんかん)であろう。

 間宮にも、そのような経験は過去に何度もあった。その為、港湾棲姫を止める事は出来ない。間宮は心の中で願う。どうか、港湾棲姫の心遣いを無碍にしない様に。どうか、港湾棲姫の前で嫌な顔をしないように。

 

 しかし、間宮は知る由も無かった。

 男がそれを口に含んだ瞬間、景気よく噴き出してしまった事を。

 そして、港湾棲姫の驚いた顔を。




Q:全部食べたんですか?
A:全部食べました
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