惻隠の情   作:坂口

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25話 確然たる舞鶴の明星(3)

伊丹と鬼島が食堂から退室し、残された者は手筈(てはず)を整える為に、各々の役割を明確にしていた。

 

本来、海上を共に守る仲間、と言う事で大和と龍驤。そして、同性で親しみが持ちやすいだろうとの理由で吉田が選ばれ、三人が主導で面談を行う予定であった。

しかし、舞鶴鎮守府の真相に触れた今、大和と吉田の二人を相手に艦娘達が本音で話をするとは、到底思えなかった。大和は大本営側の艦娘であり、吉田は舞鶴から資材を受け取っていた佐世保の提督である。普通に考えれば、火に油を注ぐ事態になりかねない。

その為、急遽の代役として鳴本が選任された。

鳴本は元より崩壊していた横須賀鎮守府を盛り立て、周辺区域の民衆からも支持を受けている。

天賦の才なのか、後天的なのか。どちらにせよ、意思疎通能力に優れている事は疑いの余地も無いだろう。

 

そんな鳴本はまず、食堂にて冷静さの欠けた艦娘達を各々の自室へと戻らせた。

 

「面談は三十分後、階下の者から行わせてもらう。同室の者は同席してくれても構わない。よろしくお願いします」

 

鳴本の発した声に渋々ながらも承知したのか、艦娘たちは静かに食堂を後にしたのであった。

鳴本と龍驤が面談をするとなれば、岩井、吉田、大和、あきつ丸、金剛の五人は余る。

その為、五人は散り散りとなり、舞鶴鎮守府の調査を行う事にした。ブラック鎮守府は、艦娘達だけを傷つけるだけでは済まない。施設や妖精を含め、全てをボロボロにしていくものなのだ。

 

岩井と大和の二人は、食堂での艦娘同士のやり取りを振り返る。

見る限り、現状の舞鶴鎮守府を『ブラック』などと、便宜(べんぎ)上の言葉で(くく)って良いモノか、判断を迷っていたのだ。

事実、舞鶴の艦娘達は、不埒(ふらち)な提督の暴虐によって虐待されているわけでは無かった。

だが、やはり。

艦娘達の瞳に宿るは日本国復興の輝きなどでは無く、何を見据えているのか、汚泥(おでい)のような濁りが色濃く表れている。故に、舞鶴鎮守府の艦娘達が幸せであるはずが無かった。

艦娘たちは、感情を持っている。喜怒哀楽を仲間と共にし、国防に務めるのが、彼女達の在り方なのではないだろうか。

 

岩井も大和も、固定概念を捨てる決意をする。

どこに現状の原因が隠されているかは分からない。五人は些細な情報も見落としが無いよう、必死になって舞鶴鎮守府の現実に立ち向かうのであった。

 

 

 

 

鳴本と龍驤の二人によって行われた艦娘との面談は、つつがなく順調に進んでいた。

艦娘寮の一、二階には駆逐艦の部屋が集められていた為、鳴本はまず、睦月型の部屋を訪れたのであった。

 

疲れた顔をしている文月に迎え入れられたその一室は、四人部屋。

内装は質素。カーテンは色褪せ、座卓の上には書き込みによって汚れた海図が広げられていた。

 

「あたし達は十一人。三部屋与えられてたけど、一部屋に収まっちゃった……」

 

文月の力ない声を聞きながら、鳴本が入室する。

その時、如月と皐月が鳴本と入れ替わるように退室するが、鳴本は止めない。自室にはいた。つまり、同席する気が無いだけなのだろう。

睦月はベッドに腰掛けており、目を合わせない。

そっと、鳴本が文月の頭に手を乗せる。嫌がる様子も、受け入れる様子も感じられなかった。

鳴本が部屋の隅に置いてある何かに気が付いた。

ピンク色のそれは動物を(かたど)った何かであり、しかし長い間そこにあるのか、静かに埃が積もり始めていた。

 

―――――――――

 

――――――

 

―――

 

陸奥型の四人から話を聞き終え、そして暁型の三人からも話を聞き終えた鳴本、龍驤は静かに階段を上っていた。

軽巡洋艦の天龍の部屋が三階にある為だ。

 

「…………みんな、辛いんやね。仲間が沈んで……。己の身体を傷つけてまで、資材を集めて、せやけど資材は集まらんて……」

 

駆逐艦である彼女達から聞き出せた内容は、大まかに分類して二つであった。

 

「仲間の為に資材が必要だ」

「大本営はもう信用できない」

 

そして、睦月型の四人は「天龍さんが信用できない」と言葉を並べ、同じように暁型の三人は「長門さんは信用できない」と言葉を揃えた。

他にも、艦娘同士の大小の悪口、小言はあったのだが、それも現状を考えれば、仕方のない事なのであろうか。

 

「龍驤、もしも私が死んだらどうする。提督が変わったら、どうなる」

 

鳴本の突然の問い掛けに、龍驤の身体が震える。

 

「…………!!?! な、なに言ってん。そんなん、ウチ、嫌や……」

「好きとか嫌いとか、そういう話じゃない。人間は死ぬ。私も死ぬ。提督の代役は限られているが、岩井さんも吉田さんもいる。配置換えは起きる」

「………………」

 

龍驤が不安そうな顔で鳴本を見つめる。しかし、鳴本は正面を向き、視線を虚空に向ける。

 

「提督である私が死んだら、横須賀では大々的な葬式が行われる」

「う、ウチは忘れへん! 他の司令官が来たって、鳴本司令官の事は絶対忘れへんからな!」

 

龍驤が立ち止まり、震える声で宣言する。鳴本はそんな龍驤に対し優しく微笑むと、再び階段を上り始めるのであった。

龍驤の態度を受け止めた鳴本は、一つの仮説を思い浮かべていた。それは艦娘達にとってどのような影響を与えるのかは分からない。慈愛のようでもあり、残酷さも持ち合わせている。人間の為に作られた艦娘たちは、その(くさび)に繋がれている限り、一生、兵器のままで生を終えるのであろう。

いや、終えられるのであれば(さいわ)いであろうか。兵器は、壊れても、幾度も、幾度も、悲鳴を上げ、涙を流し、心を壊しても、人間に使われ続ける。

 

「龍驤、天龍さんの部屋はどこだろうか」

 

鳴本が、俯き気味の龍驤に手を差し伸べる。

そんな鳴本の行動に、龍驤はパッと顔を明るくさせ、愛嬌のある愛玩動物の様に、パタパタと走り寄ってくる。

 

「駆逐艦の話は司令官がめっちゃ聞ぃたからな。今度はウチが頑張る番や。天龍、覚悟しとけよー」

「お手柔らかにね」

 

鳴本雷太は誰よりも早く、舞鶴鎮守府に構築されたシステムに気付き始めていた。

鬼島稔が非常に優秀な提督である事は、岩井と大和から既に聞いていた。詳しい詳細は資料などを実際に見ないと判断できないが、鬼島稔は確実に「最少戦力で最大限の戦果」を生み出すタイプの人間性を持ち得ている事を、艦娘達との面談から捉えていた。

この性質を、鬼島本人は自覚していなかった。鬼島にとって、それが普通なのだ。気付き得るはずもない。

 

鳴本は、己の胸に浮かんだ小さな熱を、少しずつ大きくしていく。

天龍と長門の話を聞き、一つの仮説を導き出す事が出来れば、舞鶴鎮守府の艦娘達を救う事が出来るかもしれないからだ。

龍驤に手を引かれる鳴本は、決意を静かに胸に(たぎ)らせるのであった。

 

 

 

 

吉田が鎮守府周辺を探索し始めてから、既に数時間が経っていた。

共に行動していた皆とは既に別行動になっている。岩井と大和は共に舞鶴鎮守府内を虱潰(しらみつぶ)しに捜索しており、それに嫌気がさした吉田は門柱や中庭の様子、そして、演習場や埠頭などの様子を探っていたのであった。

それにしても、ずっと外にいた為、吉田の顔には汗が浮かんでいた。照りつける日光が徐々に吉田の体力を奪っていき、吉田はなんかもう、室内に戻りたくなっていたのであった。

 

「Hey、テイトクー。何かありましたカー?」

 

僅かな痕跡も逃さぬよう、中腰の姿勢を維持していた吉田に声を掛ける人影がいる。

 

「何も…………って、何で優雅に金剛はお茶を飲んでるの?! 冷たそうで美味しそう! 私の分は?!」

 

声の方向に視線を向けた吉田は、目の前の金剛が手に持つガラス製のコップに目を奪われていた。

数個の氷が軽薄な音を鳴らし、金剛はストローに口を付け、美味しそうにそれを飲んでいる。

 

「ナイネー」

 

無情な金剛の言葉に落胆する吉田。

そんな様子を気にした様子も無く、金剛が吉田の横に立つ。

 

「oh! 演習場デース。ふんふん、なるほどなるほど。佐世保もGoodだけど、舞鶴もなかなかネー」

「…………演習場が使われた形跡、無いんだよね」

 

舞鶴鎮守府は燃料も弾薬も不足していた。模擬弾を作る余裕も無かったのだろう。

 

「金剛は演習による調整も無しで、実戦で砲撃を命中させられる?」

「ほぼ、無理デース。『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる作戦』が許されるなら、話は別かもヨー。But、可愛い姉妹の霧島、あとは神通なら、Possibleかもしれないカナー?」

 

舞鶴鎮守府は駆逐艦が多い。戦艦である長門は単艦出撃が多かったようである。

舞鶴鎮守府はそれでも日本の防衛海域を少しずつ広げ、深海棲艦と争っていた。深海棲艦も様々である。駆逐艦だけでなく、軽巡、重巡。戦艦や空母と出会う事もあるだろう。しかし、それでも彼女達は生き延びてきた。つまり、鬼島の作戦が優れているか、艦娘達の練度が凄まじく高いという事になる。

 

「…………練度が高いなら、皆で連携した方がもっと効率的に資材とか集まるんじゃないの?」

「that is so! ワタシも孤独に戦うより、Sisterと戦った方がGoodlyな戦果が得られるヨー。だから佐世保に帰ったら、四人で出撃させろヨー」

「それとこれとは話が別! 資材が足りなくなったら舞鶴にまた迷惑が掛かるでしょ!」

 

金剛の隙あらば姉妹出撃願望に、本人も思いがけない大きな言葉で返事をする。

 

「それなら、なんで鬼島提督は艦娘同士がギクシャクするまで放っておいたのかな? 私だったら仲裁に入って、仲良く出撃してもらうのに」

「…………テイトクは、意図的だと、Thinking?」

「え、でもそれだと…………。…………………………。お互いが轟沈し合って……、こ、こんなの蟲毒(こどく)じゃない…………」

 

吉田の脳裏に恐ろしい想像が思い描かれる。

過酷な状況の中、亡者の呻き声に包まれながら、身を削ぐ様な出撃をこなし、轟沈し、数を減らす艦娘。それでも生き延びた艦娘は、彼女達の業を背負い、悲哀を捨て、喜悦も捨て、どんどん兵器として精錬されていく。淡々と任務をこなし、無表情になった彼女達も、どんどん数を減らしていく。ゆくゆくは最後の一艦となり……。

 

「ああ、もう! なんか変な想像しちゃったじゃない! 金剛のせいだからね!」

「ohhhhhhhhhhhhhhh! ここはHotデース。室内に戻りまショー!」

「じゃあ、工廠にでも行こうか。そろそろ、鎮守府内を周り終わった岩井さん達も見に来るでしょうし」

 

やる気のない金剛を引き連れ、工廠へ向かう吉田。

しかし、彼女はどうしても拭い去れずにいた。己の頭に浮かんでしまった、血塗れとなった艦娘の姿を……。

 

 

 

 

吉田が工廠に到着した時、既に岩井と大和の姿があり、その前には面談を終えた雷と電の姿もあった。雷と電は噛み付かんばかりに大和に何かを言っており、大和が困ったように二人に何かを説明していた。

 

「…………どうしたんですか?」

 

静かに静観している岩井に近付き、声を掛ける吉田。

そんな吉田に対し、岩井は静かに親指を差し向け、「ん」と静かに声を上げた。

岩井の親指の先には、舞鶴鎮守府の現状を考えると、大量とも思えるような資材が積み重ねられていた。

燃料に弾薬。鋼材にボーキサイト。

ふと、吉田の目が一枚の紙を見つけた。そこには平仮名で「ほうしょう」と書かれており、つまり、そう言う事なのであった。

 

「あ、あのですね。この資材は日報でも報告されてない物で…………」

「そんなの関係ないのです!!! 何かと理由を付けて、大本営は何でも持って行っちゃうのです!!!」

「大本営って、本当に最低だわ。鬼島司令官の言った通り、私達の事なんか、何とも思って無いのよ……」

 

鳳翔用の資材。

昨晩、執務室で見た鬼島の資料。それにより存在は明らかにされていたが、不明瞭な物もあった。その正体が、この資材である。

この資材を前にし、大和は秘書艦としての仕事と、艦娘としての感情。この二つに板挟みされていた。

 

「なにこれ…………」

 

その時、吉田が腕を組みながら、静かに呻き始める。

一つ一つの資材を凝視し、そして、何度も呻き声を上げる。そんな吉田の奇奇怪怪(ききかいかい)な動きに岩井と金剛は目を背け、他人のフリを貫いていた。

 

「…………いや、でも。軽空母を建造するなら、この資材量は納得が出来る…………。でも、比率が…………。ねぇ! 鳳翔って鎮守府の雑務を担当してくれる艦だよね? 横須賀で言う間宮さん。佐世保で言う伊良子。それだと、やっぱり弾薬量が…………」

「鳳翔さんは海上に出てたのです。一緒に出撃して、いっぱい深海棲艦を倒したのです…………」

 

大切な思い出を確かめる様に、電が静かに説明する。

 

「あっ、そうなんだ。じゃあ、弾薬が多いのも納得出来る…………? でも、偏りが……。鬼島提督の指揮下で割合が変わったとか? いや、でも、このままだと鳳翔じゃない、攻撃型にならない……? …………。いや、分かんないけど! 鬼島提督がそう計算してるなら、私は知らないけど! 実際、駆逐艦で結果出してるし! 天才すぎる! でも、何だろう。私にこれを用意されても、鳳翔を作ろうとはしないけどなぁ。燃料と鋼材がもう少し多くて、弾薬が少なければ『ああ、鳳翔を建造しようと努力してるんだなぁ』くらいは感じられるけど。とはいえ、他に鬼島提督が建造したい軽空母って、存在するのかな……?」

「これじゃあ鳳翔さん、完成しないの……?」

 

雷が不安そうな声を上げる。電は小さく(うずくま)り、耳を塞いでいた。

吉田の声をこれ以上聞きたくないようであった。

 

「舞鶴鎮守府に配置されている軽空母は、鳳翔さんだけです。以降の建造で軽空母が完成したとの報告もありませんし、鬼島提督が鳳翔さんを建造しようとしていたのは、間違いないのでは?」

「…………三年前の舞鶴の大乱で鳳翔が轟沈したのであれば、鳳翔の意識に一番近いのは、舞鶴だろうが。(おれ)だって鳳翔を建造する努力をする。貴様もそうだろう?」

 

大和の声に続くように、岩井も己の意志を示す。

岩井の言葉の通り、吉田も現状を考えれば、鳳翔を建造するであろう。

だが、それでも吉田は何が引っ掛かるのか、首を傾げている。

 

「鬼島提督って、一度でも軽空母を建造しようとした事はあった?」

「ないわよ……」

 

目の前の資材は鬼島が大本営に報告もせず、鳳翔用の資材として別枠に貯蓄されていた物である。

ともすれば、建造しても良かったのではないか、と、吉田は思考する。

それとも、失敗して駆逐艦を失望させないために、鬼島は確実性を得るまでタイミングを計っていたのだろうか。

しかし、舞鶴鎮守府の現状を聞くに、鳳翔用の資材も最近は減っているという。つまり、これ以上待っても、資材を無駄に消費するだけだろう。

 

「…………納得がいかない」

 

忘れがちではあるのだが、佐世保鎮守府に着任した吉田雪。彼女もまた、優秀な人材である。

彼女は勉学に類稀なる才を発揮した。国語算数理科社会などでは断じて無い。

提督になる為に、彼女は只管(ひたすら)努力をしていた。海図を読み、過去の作戦術を己の(かて)とし、緻密(ちみつ)な計算を以て建造理論を構築させていった。

日本国の海域を守る事に必要なのは、如何(いか)に強大な戦艦を建造するかどうかで決まる。

燃費の悪い貧弱な戦艦を誕生させても御国の為にはならない。それを理解していた為、吉田は一人、黙々と自己流で建造技術を研ぎ澄まさせていたのであった。

 

「………不安にさせてごめんね。ちょっと、不思議に思っただけだから」

 

心配そうな雷と電に気付いた吉田が、二人に対し笑顔を向ける。

その笑顔に少しでも安心出来たのであろうか、雷は目を背け、電は下を向くのであった。

 

「終わったでありまーす。皆さんは食堂に集まって欲しいのでありまーす」

 

岩井と大和が黙って吉田を見つめていると、工廠の出入り口の方からあきつ丸が走ってきた。

あきつ丸はそのまま岩井、吉田、大和、金剛、雷、電の横を通り過ぎると、反対方向の出入り口まで走り去ってしまった。

 

「おい、あきつ! 貴様どこへ行く!」

「みんなを集めるのが自分の仕事でありまーす! 先に行ってて欲しいのでありまーす!」

 

あきつ丸の声が反響し、工廠施設に響き渡った。そんなあきつ丸の腑抜(ふぬ)けた声に力が抜けたのか、皆が疲れた様に、食堂の方へ向かおうとする。

その時、金剛が吉田の下へ近付き、誰にも聞かれぬよう、耳元で囁く。

 

「テイトクは、狙ってワタシを建造したんデスカー?」

「そうだよ。でも、絶対作れるって自信は無かったけどね」

 

吉田が小さくはにかみながら、答えを返す。

しかし、その答えに金剛は満足したのか、納得したかのように、しっかりと頷いたのであった。

 

 

 

 

「鬼島提督は、大本営にて身元を預かる事になった」

 

壇上に立った伊丹の発言に、食堂内にざわめきが広がった。

舞鶴所属の艦娘の驚き、不安、失望、様々な感情が渦巻く。そしてそれは徐々に伝播(でんぱん)していく。岩井、吉田、大和、龍驤の驚きも一入(ひとしお)であり、それを鎮める様に、伊丹が言葉を続けて行く。

 

「今後の処分は大本営陸海軍部にて行われる将官会議にて決定される。だが、提督と言う肩書が外れるわけでは無い。(しば)しの(のち)、再び前線にて手腕を発揮してもらう予定ではある」

「鬼島提督を連れて行っちゃいやなのです!!!」

「そ、そうです! 鬼島提督がいなくなったら、私たちはどうなってしまうのでしょうか!」

 

電と如月が焦ったように立ち上がる。他の艦娘も気持ちは同じなのか、伊丹に対し非難の目を隠そうともしない。

 

狼狽(うろた)えるな。今生(こんじょう)の別れというわけでも無いのだ」

 

鬼島の言葉に、ざわめきが静まっていく。舞鶴の艦娘は鬼島を尊敬しており、信奉しきっていた。

 

「舞鶴鎮守府が清廉潔白な鎮守府である事は既に証明している。そして、大本営からの支援も約束した」

「…………そうだ。しかし! 君達には悪いが、数週間、舞鶴鎮守府は運用停止にさせてもらう。出撃、及び演習、建造。その類は一切禁止させてもらう。解除命令が出るまで、君達には休養を取ってもらう。これは、命令である。正式な通達として発布させてもらおう」

「Wow! 舞鶴を含む南西諸島海域は、ワタシ達で防衛するって事ですネー」

「そうだ。その際、資材は気にしないでくれ。大本営から支援を送る」

 

伊丹の言葉に、口笛を吹く金剛。

そして、そんな金剛の頭を叩く吉田。

 

「これは決定事項である。速やかに実行し、我々も即座に横須賀へ戻らせてもらう。……大和、大本営と横須賀鎮守府に通信を頼む」

 

大和が一礼し、食堂から退室していく。

己が何をすべきか察したあきつ丸も共に室外へ向かう。移動用の車を用意するのだろう。

 

「鬼島提督、私、寂しいです……!!!」

 

食堂では鬼島を中心に、艦娘の集団が出来ていた。そんな艦娘に対し、鬼島は淡々と言葉を交わしていく。

目元に涙を浮かばせる艦娘達に、鬼島の表情は届かない。長年親しんだ舞鶴を離れる事実に、鬼島は何を思うのだろうか。

 

長かった舞鶴の闇は、ようやくその日の目を浴び、白日の(もと)へ晒される事となった。

しかし、少しずつ堆積(たいせき)されていた問題を無視するかのような伊丹の決定に、もちろん不満が出ない訳は無かった。

それでも鬼島の同意を得、伊丹は少しでも早い解決を目指していたのであった。

 

一つに、伊丹の頭に浮かんでいたのは、五人の提督の姿であった。

岩井、鳴本、鬼島、吉田。そして、港湾棲姫を連れ、妖精が見える、あの男。

形はどうであれ、提督の資質を持った人間が揃ったのである。

これでようやく、資材置き場としての役割しか持たなかった呉鎮守府が、機能する様になる。

艦娘は事業所にて待機している。すぐにでも召集を掛ければ、艦隊を組む事も可能である。

 

そして、鬼島稔と言う男を、舞鶴鎮守府から引き剥がしたかったのである。

もちろん、鬼島が素直に応じるとは思えなかった。そもそも、鬼島は結果を出している。応じる必要も無かった。

大本営からの正式な手続きを踏むとなると、大幅に時間が経ってしまう。故に、伊丹は単刀直入に願い出た。

しかし、伊丹の想像を嘲笑(あざわら)うかのように、二つ返事で鬼島は了承した。

何の抵抗も無く、躊躇(ちゅうちょ)も無い。

ただ一言、「問題ない」だけであった。

 

伊丹の脳裏に、今後の展望が広がっていく。

鎮守府と言う大きな戦力が日本国に増設されれば、御国の明るい未来に、近付く事が出来るのだ。

 

新入りの彼は、呉にて香取君や鹿島君と共に成長してもらいたい。

そして、大本営の目が届く横須賀にて、鬼島君に海域を守ってもらうべきか。

吉田君には、佐世保の負担が大きいのかも知れない。

艦娘を上手く仕切れる、岩井君に佐世保を任せるべきか。

しかし、大湊に女性の吉田君は辛すぎるだろう。

吉田君には女性提督として舞鶴を癒してもらい、鳴本君に大湊を任せるのが盤石か……?

 

伊丹の頭には、日本の海域を守り、深海棲艦を打破する為のベストな布陣が描かれていた。

しかし、伊丹は知っていた。大本営にて会議を行えば、己の理想は容易く打ち砕かれ、各々の欲望が溢れんばかりの提案がされるのであろうと。

大本営は、未だに派閥争いの残る、盤根錯節(ばんこんさくせつ)の集団であった。

 

今後を(うれ)う伊丹。

今後を悲観する艦娘。

そして、一難が去ったと安堵を浮かべる岩井と吉田の二人。

 

この慌ただしい騒動の中、誰も気付く事は出来なかった。

鬼島の眼鏡が怪しく光り、(いや)らしく口元に笑みが浮かんだ事を……。

 




Q:盤根錯節(ばんこんさくせつ)
A:利害や経緯が錯綜(さくそう)して、からみあったさま。
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