惻隠の情   作:坂口

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28話 鬼の住まう島

鬼島稔を乗せた四輪駆動車は、横須賀鎮守府へ向かう。

八年か、九年か。

鬼島稔の人生の四分の一は舞鶴で経過しており、彼の気質に少なからずの影響を与えていた事は否定できないはずだ。

しかし、少しずつ離れ行く舞鶴鎮守府の姿に、鬼島稔が執着を見せる気配は一切なかった。

 

もちろん、視察と言う名の取り調べ、伊丹や鳴本の行った査問(さもん)に鬼島は苛立ちを覚えた。

だが一方、勘の良さ、嗅覚の鋭さに敬服の意を覚えた事も事実であった。

鬼島は大本営陸海軍部が腐敗していると断じていた。絶対的な上意下達(じょういかたつ)であり、上官に逆らう事は、さながら大元帥に楯突(たてつ)く事と同義であった。

しかし、万が一にでも。己の信念を貫く伊丹の様な人間が存在するのであれば、大本営陸海軍部にも救いようはある。

鬼島稔の脳裏に映る大本営の状態は、三年前で止まっている。それならば、現状を把握する必要があると鬼島は結論を出したのだった。

だからこそ、鬼島は何の反抗も無く、伊丹の(げん)に従ったのだ。

 

「……貴様、舞鶴の皆に申し訳ないと思わんのか」

 

鬼島と共に四輪駆動車の後部座席に座る岩井の言葉に、運転席のあきつ丸は耳を反応させる。

 

「馬鹿か。兵器に対しどのような感情を持てと言うのだ。劣情を(もよお)すと言うのであれば、それこそ提督失格であろう」

「………………貴様は例えが極端すぎる」

 

鬼島の言に対し、岩井は強い否定を返せない。

艦娘に感情移入しすぎるとどうなるか、それこそブラック鎮守府、事業所にて起こった艦娘への虐待に繋がるのだろう。もしも艦娘が物言わぬ兵器。自活しない兵器であったならば、誰も艦娘に手を挙げる事は無かったはずだ。

だが、艦娘には感情がある。共に過ごす事で、それはヒシヒシと感じられるはずであろう。

 

「…………元陸軍所属提督様から見て、我が日本国の明日はどう映る」

「無論、日本軍の勝利で終わる。(おれ)が終わらせる。深海棲艦を殲滅し、日本国の領海は……」

「違う、その次の話だ」

「なんだと……?」

 

鬼島の言葉を盗み聞いていたあきつ丸は考える。

このような問いは、寝付きが悪い夜更けに艦娘が考えてしまう問題であった。

艦娘は深海棲艦と対抗するために生み出された。深海に眠る戦艦の意識を掬い上げ、現生に再び蘇らせる事によって、艦娘は誕生したのだ。

それなら、深海棲艦が全滅したらどうなるのか。

戦いは終わる? だが、艦娘は元より戦艦である。(いくさ)の為に生み出された存在である。

 

「…………貴様はどのような答えを出したのだ?」

 

岩井の問い掛けに、鬼島が答える事は無かった。

腕を組み、静かに前を向いていた。鬼島の意識は内在に深く沈められ、横須賀鎮守府に到着するまで、何度も岩井が声を掛けようと、返事をする事は一切しなかったのであった。

 

 

 

 

横須賀鎮守府にて入浴を済ませた鬼島稔は、華やかな廊下を歩きながら客間に向かっていた。

幅広いそれは、十人程度が(つど)っても悠々とすれ違える余裕があり、足元には柔らかい絨毯(じゅうたん)が敷かれていた。

鬼島の頭に浮かぶは、『無駄』の一言であった。

鎮守府は深海棲艦を打倒するために一時的に設置された作戦基地である。深海棲艦が全滅すれば、その用向きも無くなるだろう。

なぜ、困窮に近付きつつある日本国にてこのような無駄遣いをするのか、鬼島には理解が出来なかった。

海軍の力強さと華やかさの象徴だという声もあるのだろう。だが、力強さなら戦力を増強すべき話であり、華やかさなど、泥臭い戦場では一番最初に捨て去る感情であった。

元々の、三年前に崩壊した横須賀鎮守府はもう少し清貧な作りがされていた。

それでも十分であった。民衆が過ごす場所と比較すれば、如何(いか)に住み心地の良い空間だった事であろうか。

 

鬼島には、目の前を歩く存在が有象無象(うぞうむぞう)にしか見えていなかった。同志などとは、一縷(いちる)も思えなかった。

所詮(しょせん)、大本営の飼い犬なのだろうと断じる。与えられる飴に尻尾を振り、海軍の剛健さを己の力強さと履き違える無能ばかり。

楽しそうにはしゃぐ佐世保の提督は、食堂にて甘味(かんみ)をたらふく食べていた。その秘書艦も同じである。明日(みょうにち)に行われる会議に臨むその心持ちは、彼女の糖分に満たされた身体のどこに存在し得るというのだろうか。それを許す伊丹元帥も同罪であろう。甘すぎて、反吐が出そうであった。

 

しかし、そのような内情を(おもて)に出す事は無かった。

一見すれば、鬼島稔は常時、変わらぬ男なのだろう。

だが、その内面は三年前に大きく変わっていた。(うち)は激情に侵され続け、溢れ出る感情を抑え続ける毎日。一瞬でも気を抜けば、その(げき)が空気を震わせ、己の計算をぶち壊してしまう事を重々に理解していたのだろう。

だからこそ、耐え続けた。耐え続け、艦娘を運用し、領海を広げ続けた。

己の力を過信する事も無く、淡々と効率的な運用をし続け、そして今日(こんにち)まで至った。

 

平常心を是とする鬼島稔に、揺らぎが生まれた。

鬼島稔の目に横須賀鎮守府に存在してはいけないはずの敵影が映り込んだからである。

目の前の愚鈍な艦娘がようやく艤装を展開するが、先手を取る様子は見られなかった。戦場であれば、轟沈していただろう。

そして、空気の緊張は一瞬であり、すぐさまに弛緩していく。

この瞬間、鬼島稔は悟った。日本軍は既に汚濁に漬かり切っており、のうのうと生きる孑孑(ぼうふら)共は、己の存在価値に疑問を持っていない。成熟しきった存在が大本営陸海軍部であり、他人の栄誉を吸い尽くす、禍害(かがい)を生み出す害虫なのだと。

おあつらえ向きに、明日(みょうにち)、大本営の人間による会議が開催される。

それがどのような結果になろうとも、鬼島稔に躊躇(ちゅうちょ)の二文字は生まれないのだろう。

 

鬼島は己の存在価値を再確認する。

日本国の為に生きる、海軍所属の提督である。

己は九天(きゅうてん)を極める事を望まれていた。真なる和平の為に、粉骨砕身した。

その結果が現状足るならば、地べたを這いずり回る落伍者に足を引っ張られる筋合いは、もう無い。これ以上の猶予(ゆうよ)は、己の身が滅ぼされるだけであろう。

自然に生まれそうになる笑みを必死に隠そうとすれば、口元は歪んだ形となってしまう。しかし、それを悟らせる事も無く、鬼島は一人早足になり、静かに客間へと向かうのであった。

 

 

 

 

解放感と新たなる緊張感が揉み合う駐車スペースは、少しずつ人影が減っていた。

横須賀鎮守府へ来訪した元帥、将官に浮かぶ思いはほぼ同じであった。鬼島稔の大本営入りが確実となった今、如何(いか)なる手段を用いて、己の立場を守り抜く事ばかり考えていた。

もちろん、まともな思想の人間もいる。鬼島の徴用のみならず、港湾棲姫の処遇について思考を巡らす人間もいた。

しかし、それは少数派であった。今や大本営陸海軍部は日本国の中枢を巡らす重要な立場となっており、安寧(あんねい)な将来は約束され、万が一にでも深海棲艦を殲滅させる事に成功すれば、日本国家に()ける重要な地位は勝手に転がり込んでくる状況であった。

 

「申し訳ありませんが、酔い易い体質なもので」

「……ふん」

 

確かな足取りを見せる高齢の男は、鬼島に対する忌々し気な表情を隠そうともせずに、豪奢な乗用車へと乗り込んでいく。

一人、二人と乗り込めば、最後には鬼島だけが残される。微かな煙草の臭いが鬼島の鼻を突くが、鬼島は気にした素振りも無く、静かに後部座席へ乗り込んだ。

先に乗り込んだ二人は、陸軍出身の元帥であった。現在の日本軍に於いて、優遇されているのは海軍である。陸軍出身の人間にはそれが面白くなかった。故に、大本営へ向かう車内にて二人は、新参者となる鬼島稔に今後の身の振り方について丁寧な教育を施そうとしていたのだった。

しかし、助手席には柔和(にゅうわ)な表情を浮かべた鬼島派の人間が乗り込んでおり、後部座席にて鬼島稔を挟み込む事に失敗した今、わざわざ火種を作る必要も無いだろうと判断した二人は、不機嫌に鼻を鳴らし、背もたれに身体を預けるのであった。

鬼島が乗り込み後部扉を閉めると、それを合図にしたのか、乗用車は静かに発進した。

 

振動も、外部の音も感じない乗用車で数十分と移動し、海が見える道路を走る。舗装がされたその海道には景観の為か、等間隔に立派な樹木が植えられており、時折吹く海風がその木々を揺らしていた。

そんな長閑(のどか)な光景。後部座席に座っていた鬼島稔は何の気なしに懐から十四年式拳銃を取り出し、二回引き金を引く。パンッ、パンッと軽快な音が車内に響くと同時に、鬼島の隣に座っていた二人の命の灯が一瞬で消え去る。

車内には血生臭さが充満し始め、拳銃を手にした鬼島の顔には返り血がべったり付着しており、乱れの無かった真白な軍服は悲惨な事になっていた。

突然の破裂音に驚いた運転手は、ハンドル操作を誤らせる。後部座席が開き、鬼島が転がり降りた事にも気付かない。

それは自衛の為なのか、必死さの表れだったのか。運転手は決して後部座席を見ようともせずに、車の制動を整えるのに必死になっていた。左右に激しく揺れる車体に後輪が悲鳴を上げ、破裂したそれは金属の摩擦によって火花が生まれ、鈍い低音を響かせながら道路を横滑りし、勢いそのままに手近な木々と衝突する事によって、ようやく落ち着きを取り戻すのであった。

 

この時代、エアバッグなど存在しなかった。全身を強く打ち付けた運転手、助手席の元帥は運良く意識を保っていた。

二人が苦し気に呻いている数秒後、助手席が開かれる。

血に濡れた男の存在に鬼島派の元帥は悲鳴にもならない息を吐くのだが、その存在が鬼島稔だという事に気が付くと、安堵の表情を見せた。

 

「鬼島君、怪我は無かったか」

 

その言葉が発せられる直前に、軽音な破裂音が響いた。あんぐりと口を開いたそれは運転席に倒れ込むような形となり、ぎょろりと見開いた右目と、着弾の結果か、コポコポと血が零れる左眼底を運転手の方へ向けていた。

 

「ひっ! …………ひっ!」

 

運転手の男は声が(かす)れて悲鳴も出せない。そもそも、目の前で何が起こっているのかが把握できない。指はハンドルから離す事が出来ず、それでも必死になって両手を揺らすのだが、蝋で固定されたかのように身体は動かず、ただただ、己に降りかかった厄災に謝罪の言葉を繰り返すしかなかった。

助手席の扉がバタンと力強く閉められる。その音が身体のスイッチを切り替えさせたのか、バネ人形の様に運転手は必死になって運転席から転がり出た。両足を(もつ)れさせ、四つん這いになりながらも必死になって車体から離れようとするのだが、悲痛な事に、数メートルもその場から離れる事が出来ていなかった。

男が乗用車の方を見る。瞳孔が開ききっているのか、人影がはっきりと見えるのだが、誰が、どのような表情で、どこに視線を向けているのか全く分からなかった。

しかし、人影はそこから動く事をしようとせず、刻々と時間が過ぎるだけであった。

体感、運転手は一生分の生を感じた事であろう。しかし、実際は数秒である。数十秒ですらない。我に返った運転手は必死の様相で立ち上がり、噛み合わない己の四肢を我武者羅(がむしゃら)に動かし、何とかその場を後にするのであった。

 

 

 

 

男が立ち去るのを見届けた鬼島は、静かに息を吐き、徐々にその音を大きくしていった。

身体の奥底から生まれるそれは、純真無垢で、一つの(けが)れも無い、ただ純粋なる笑い声であった。

心底おかしかったのか腹を抱えるほどなのだが、それでも徐々に息を整え、最後にその場に立っていたのは毅然たる姿の鬼島稔であった。

鬼島は乗用車の後方へ移動し、給油口を開ける。

赤黒い飛沫で汚れた軍服を脱ぎ、袖口を給油口へ突っ込み少量のガソリンを染み込ませる。給油口から車体へ垂れる様に軍服を被せ、もう片方の袖口に陸軍元帥の懐から拝借したライターで火を点けると、簡素な導火線が完成した。

軍服の袖口に火が点き、焦げ臭さとガソリンの強い臭いが鬼島の鼻孔を刺激する。

鬼島稔にとって、車体が炎に包まれようが、途中で鎮火されようが、(のち)の事などどうでも良かった。

鬼島にとっての価値は、この行為によって確実に大本営陸海軍部と敵対関係になったという事実だけであった。

完全なる離反であった。そこに、後悔の念など存在し得なかった。

 

軍服に炎が這っている事を確認した鬼島は、その場から離れる。道路を渡り、ガードレールを乗り越え、海辺へ臨む埠頭に降り立った。

付近を見れば、打ち捨てられた倉庫や漁業組合の寄り合い場などが目に入る。

そして、そこにはあった。徴収を逃れ、だからと言って長らく手入れされる事も無かった、錆だらけで運用に不安の残る小さな漁船が。

運転席に乗り込み、計測器を確認する。発動機に油を差し、給油口に燃料を入れれば、どうにか駆動を開始した。

 

漁船が陸地から少しずつ離れて行く。ゆっくりとした動きは徐々に調子を上げ、静かな海面に波を立てる様に疾走を始める。

陸地から離れるにつれ、鬼島稔が再び笑い出す。

明快なその様子は、囚われていた鬱屈を全て振り払った結果なのだろうか。

 

鬼島稔は日本国を見限った。腐敗している大本営が支配する国家は、鬼島が欲している世界では無かった。豚共が巣食う大本営に、自浄作用は存在しなかった。

鬼島稔は己を自覚していた。罰則に従う意思もあった。

しかし、鬼島稔に下された審判は大本営への昇格であった。これには鬼島も失望を禁じ得なかった。伊丹が準備した資料には鬼島を弾劾する確かなる言質が記されていたはずであった。しかし、それを黙認した大本営は、鬼島を罰する事より、鬼島の能力を買い、大本営の子飼いとする事に決めたようであった。

 

馬鹿げている。馬鹿げている。

鬼島稔は実直で、軍人気質の男であった。

数年前に士官学校を卒業した男の根底的な部分は、未だに変質する事が無く、己の能力を発現させる原動力となっていた。両親の目論見(もくろみ)通り、日本国の為に人生を賭す事を正道としていた。

しかし、提督の肩書を得、横須賀、舞鶴鎮守府で日々を過ごした鬼島の目に映るのは、腐敗しきった大本営の存在であった。

富と栄光のみに固執し、不正を隠し、互いに足を引っ張り合い、派閥争いに順ずる毒素の詰まった肥溜(こえだめ)であった。

 

現状を許せば、日本国の為にならないと鬼島は確信した。

機会は与えた。それさえも無能な豚共は蹴散らし、食い漁り、自己満足に費やした。

故に、鬼島稔は断罪を敢行した。それだけであった。

 

漁船を走らせる鬼島稔の脳裏には、無数の航海ルートが想定されていた。

厄介なのは領海内の艦娘と、不意に現れる深海棲艦の存在であるが、長らく海域を突破し続けたのは鬼島稔の才があったからである。水平線を見れば、(おの)ずと進むべき方向は分かった。

そもそも、陸地に辿るまで漁船に乗り続けるつもりは無かった。

輸送船にでも乗り込み、他国への密航も辞さないつもりであった。

 

海外諸国も提督の素質を持った人材を求めている事は知っていた。

故に、米兵だろうが、露兵だろうが、構わなかった。

密漁者として拿捕(だほ)されようが、己の自力で切り抜け、軍部上層まで上り詰める気概であった。

そしてその力を用い、日本国を植民地と化し、大本営を解体させる工程を脳裏に構築していった。

日本国の真なる和平の為を思えば、他国に従順するフリくらいは容易い事であった。

 

 

 

瞬間、漁船の真横を砲弾が(かす)めていった。

鬼島はアクセルを全開させ、蛇行していく。

追手(おって)が来るにしても早すぎる。最速のタイミングで島風型一番艦が投入されたのなら分からないでもないが、横須賀の提督が問答無用で爆撃を仕掛ける人間だとも思えなかった。しかし、それが本性なのだとすれば、鬼島は鳴本を再評価せざるを得ないだろう。

 

鬼島がハンドルを切った瞬間、船底に着弾する。爆風が広がり、鬼島稔は海に投げ出される。

漁船は轟々と燃え盛り、広がる水平線に立つ狼煙(のろし)のようであった。

鬼島はすぐさま持っていた拳銃にて自決を敢行する。拳銃を咥え込み引き金を引くが、火薬が湿っているのか、それは発砲されなかった。

鬼島の眼鏡は何処かへ飛び去り、軍帽など彼方であろう。

鬼島らしい整然とした姿は無い。顔には血色(ちいろ)が映え、頭髪は整う事も無く水に濡れていた。

しかし、鬼島稔の瞳に鋭さが失われる事は無かった。

ぼやける視界に映るは、海上に立つ人影である。

深海棲艦であるはずがない。深海棲艦の行動パターンを読み切る鬼島は、密集地を避けながら海上を進んでいたのだから。

 

「…………フ、フフ」

 

ふと、人影が笑い声をあげる。

鬼島の撃墜がそんなに嬉しかったのか、顔には笑みが浮かんでいる。

ゆっくりと鬼島に近付く人影は、近付いても尚、影のままであった。

否、鬼島の目にそう映るだけであって、彼女の素肌は真白である。

だが、全身に黒いコートを纏い、黒いフードを被ったそれは、黒い影として鬼島の前に立つ。

 

「フ、フフ…………フフフ。…………ニンゲン、ヲ、サガシテ……イタ」

 

鬼島は理解した。即座に身体を反転させ、燃え盛る漁船へとその身を近づける。

海で死ぬ事に後悔は浮かんでいなかった。しかし、敵対している深海棲艦に殺される不名誉だけは、自身が許さなかった。

それであれば、燃え死ぬ方が何倍もマシである。鬼島の死に向かう、しかし、活力の溢れる行動に、深海棲艦は笑いを止めない。

 

「コワガルナヨ」

「生食だけだと腹を壊すぞ。今から焼かれた肉を提供してやる。そこで待て」

 

鬼島の様子に深海棲艦は興味深そうな視線を向ける。

死が近付いていようが、狼狽せず、命乞いも無く、自死を望む胆力に、深海棲艦はひどく喜んでいた。

 

「イッタダロ。ニンゲン、ヲ、サガシテイタ、ト…………」

 

頬まで裂ける様な深い笑みを浮かべた深海棲艦は鬼島の首元を掴み、海上を進んでいく。

瞬間、鬼島稔は動かなくなった。鬼島の意識は底に沈んでいた。

 

この場で、鬼島稔が深海棲艦と出会ったのは単なる偶然であった。

鬼島が位置するそこは未だに日本国の防衛海域であり、鬼島稔が選抜した進行ルートは深海棲艦に対する危険性が極めて低かった。

鬼島は運が悪かった。深海棲艦が散歩するなど、(つゆ)ほど思っていなかっただろう。

 

海上を進む深海棲艦のフードが海風に(あお)られ、その顔が(あらわ)となる。

赤目に純粋な笑みを浮かべる女性的な顔立ち。

後述、日本国に保存される資料にて彼女はこう記された。

 

 

 

絶対的な存在

 

――――戦艦レ級――――

 

 

 

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