惻隠の情   作:坂口

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33話 舞鶴鎮守府(3)

工廠施設の引き戸を両手で開くと、身長の二倍はあろう見た目に反しキャスターの滑りが良いのか、ガラガラと鈍い音を立てながら室内が(あらわ)になっていく。

男が一歩足を踏み入れるが、すぐさま顔の周りを片手で払う。長らく人の出入りが無かったのか、微かに積もっている砂埃が気流で巻き上がり、チラチラと朝日を反射させる。

 

「運用停止になってたんやから当然やね」

「使い古し感が無いのは良い事だな」

 

内部施設の様子を観察しながら一歩、二歩と歩みを進めるうちに、男の視線は作業台へと向けられた。そこにはいつからいたのか、数人の妖精がごろりと横になっており、退屈そうにうたた寝(・・・・)をしているのであった。

 

「…………!!! ムシ!!! キモチワルイ!!!」

 

男が作業台へと近寄るよりも早く、港湾棲姫が作業台の方へと駆け寄る。

そして、台の上に横たわる妖精を両手で払うと、妖精はコロコロと転がって作業台の下へと落ちていってしまった。

 

「……虫じゃなくて妖精だろう」

 

男が港湾棲姫の横にしゃがみ、床を確認する。

床に落ちたであろう妖精は突然の来客に驚いた顔をしていたのだが、即座に両手を上げ、万歳をし始める。目の前の妖精が万歳をするにつれ、どこに潜んでいたのか妖精が次々とその姿を三人の前に現し始める。

最初は片手で数えられる人数の妖精であったが、少しずつ集まって来た結果、足元には数十人の妖精によってぎゅうぎゅうとした密集地が完成する事となっていた。

 

「イ、イッパイデテキタ…………!」

「思ったより多いんだな」

 

興味深そうに妖精を観察する男に対し、港湾棲姫は腰が引けていた。

しかし、そんな港湾棲姫の足元にはどんどんと妖精が集まってきており、(つい)にはその足元を妖精に囲まれる状態となっていた。

 

「コワイ……コワイ……」

「気持ち悪くは無いけど、素直に可愛いとも言われへんよね。吸い込まれそうな瞳をしとるし」

 

港湾棲姫が顔を青白くさせ、拒否反応を示す。

龍驤は手近な妖精を摘み上げその表情をまじまじと見ていた。

 

「………………」

 

怯える港湾棲姫に対し何を思ったのか、男が港湾棲姫の首元に手を伸ばす。

首元を撫でられると思った港湾棲姫は、安心したかのように男に身体を預ける。しかし、男は首筋に触れたかと思うとすぐに手を引き抜き、指に摘まれたその物体を港湾棲姫に見せ付ける。

 

「守り神みたいなもんだから、仲良くしなさい」

 

指には、妖精が摘まれていた。

しかし、工廠にて思い思いに活動し始めた妖精とは毛色が異なっていた。

妖精の外見は様々である。短髪に長髪。一つ結びや二つ結び。金や茶、桃の髪色をしている場合もある。

衣装も個性的であり、制服に軍服。魔女ルックに法被姿などである。

男に摘まれた妖精は、髪も肌も透き通るように白く、目は赤い。額には角が生えており、衣類は身体と同化しているのか、所々に黒い線が見える程度であった。

新しい仲間の登場に妖精間から口笛の様な音が聞こえるのだが、当の本人はどうにか悪感情は持ち得ていないのか、不思議そうな顔で三人を見回すだけであった。

 

「な、なんやねんそいつ! 肌の色と言い……深海棲艦そのまんまやん!」

「そうか?」

「こんなん、見た事ないで……」

 

龍驤が驚いたように男に摘まれている妖精を凝視する。

それは確かに、龍驤の言う通りであった。

 

「ウ、ウチは今まで気付かんかったけど、…………どういう事なん?! アンタだけに見えてたって事なら……!」

「…………横須賀のアイツも見えていたぞ?」

 

男は思い出す。横須賀鎮守府にて大本営の元帥達に交じり、会議を行った。

その際、妖精に対する可視(かし)を確認されたが、どうにも鳴本雷太も自分と同じ人数を(せい)としていたはずである、と。

 

「な、鳴本司令官も見えてたん?! くぅうううう! やっぱり司令官は素敵やわぁ……。誰もが見落としかねへん深海棲艦の身体に住まう妖精の姿。ああ、ウチ…………」

「………………」

 

隣で両肩を抱き、くねくねし始めた龍驤を放っておく事に決めた男は、摘んでいた妖精を作業台の上に乗せる。

妖精は男と港湾棲姫を交互に見比べるが、特に思う事も無いのか、机の上をグルグルと走り回るのであった。

 

「……さて、艤装を作りたいのだが」

 

男がしゃがみ、足元の妖精に話し掛けると、妖精が全身を使ったジェスチャーを始める。

両手で丸を作り、そのまま腰を振る。そのまま右手を上に上げると、なにやら宙に絵を描き始めた。

 

「…………なるほど、な」

 

妖精の一部始終を見ていた男が、納得したかのように、頷いた。

 

「妖精の声が聞こえてるん?」

「龍驤は聞こえないのか?」

 

龍驤と港湾棲姫が顔を見合わせ、頷く。

 

「そうか」

 

二人の回答にさほど興味が無いのか、男は資材の入っているであろうコンテナに近付いて行く。

開放されたコンテナは大きさだけを見るならば、相当量の資材が収納されていた事が予想される。その為、ある程度の期待を持って男と龍驤はコンテナを覗きこむのだが、目に入る光景は互いの想像を遥かに超えた、寂しい結果となってしまっていた。

 

「…………空だな」

「大本営から支給された資材、どこかえ片付けたんかな?」

「では、適当に使わせてもらうか」

 

男が周囲を見渡すと、工廠の片隅に大量の段ボールや鋼材が積まれているのが目に入った。

男が(おもむろ)に近付くと、そこには平仮名で「ほうしょう」と書かれた紙が貼られているのであった。

 

「……ああ! それはアカンで! それは鳳翔の為にとってあるやつや!」

「…………報奨? なるほど、信賞必罰(しんしょうひつばつ)は組織に()いて大事だからな」

 

男は龍驤の説明に納得したのか、段ボールを開け始め、中に入っている資材を適当に取り出し始める。鋼材やボーキサイトの重さを両手で確認し、満足そうに男は頷く。

 

「な、何で使おうとするねん! 鳳翔の為に大事にしてる資材やって!!!」

「報奨用であるならば、睦月の艤装を作るのに相応(ふさわ)しいのでないか?」

「それなら! 睦月型の皆が集めた資材を使うべきやん! なんで雷や電、響の三人が必死の思いで集めた資材をわざわざ……!」

「報奨用の資材も彼女達が集めているのか? それは本末転倒じゃないのか?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! なんやこの男?! 話が通じてる気配がさっぱりないねん?!」

「ちょっとした冗談なんだが…………鳳翔型を建造する為の資材なんだろ?」

 

男が手に持っていた数個の資材を近くに待機していた妖精に手渡す。

妖精は受け取った資材を両手で(かか)げる様に持つと、トコトコと作業台の方へと歩みを向けた。

 

「使うんかい!!!」

 

龍驤のツッコミが虚しく工廠に響き渡るのだが、男も港湾棲姫も妖精も、各々の作業に夢中になっており、反響している龍驤の言葉は誰の耳に入る事も無く、寂し気に消えてしまうのであった。

そして、数十人ともなろう妖精が資材を作業台まで運び終えた時、大きなハンマーや溶接機を持った妖精が資材を取り囲み、なにやら顔を寄せ、話し合いを始めた。

 

「……そうか。それは良かった」

 

足元の妖精を摘み上げた男が、静かに首を頷かせる。

 

「なんやって?」

「腕が鳴るってさ」

 

ふと、男が港湾棲姫の方に視線を向けると、彼女は建造炉を覗きこんだり、近くのスイッチを適当に押したり、ハンドルをグルグル回したりしていた。

摘んだ妖精を作業台の上に乗せると、男はフラフラと建造炉の方へと近付いて行く。

 

工廠に設置された建造炉は三つ。

建造炉は艦娘が中で悠々と横に寝られる大きさとなっており、それが工廠内の床に三つ設置されていた。壁際にあるそれはまるで落とし穴のようであり、足を滑らせない様に注意が必要だろう。

 

「…………ウゴカナイ。コワレテル」

 

港湾棲姫が悲しそうな表情を男に向け、失意の言葉を切々に伝える。

男は港湾棲姫の頬を指でつつくと、手近な建造炉を覗きこむ。そして、港湾棲姫と同じようにハンドルを回すと、途端に勢いのある水音が二人の耳に入ってくる。

港湾棲姫が慌てた様子で建造炉を覗きこむと、そこには海水が注入され始めており、いつの間に用意していたのか、水着姿の妖精が数人、浮輪に乗ってプカプカと浮いていた。

 

「工廠施設は基本的に提督にしか動かせへんねん」

「ザンネン」

 

不満げな顔をしている港湾棲姫の横に立ち、海水が流れる建造炉を覗く龍驤。

しかし、排水の事を考えていた龍驤の目に映るは、水底に沈められたいくつもの資材であった。

 

「な、なんで資材が入ってんねん!!?! 何、勝手に建造始めてんねん!!!」

「俺は知らないが」

「ワタシモチガウ」

 

男と港湾棲姫が揃って首を横に振る。しかし、その答えに納得が出来ないのか、龍驤は二人に詰め寄って行くのであった。

 

「でも入っとるやん!! 建造始まるやん!!」

 

龍驤の声が合図になったのか、大きな金属音が工廠内に響き始める。

建造炉には入れ替わるように妖精が沈み込み、少し時間が経つと一仕事を終えたのか、びしょ濡れの妖精が建造炉から這い上がってくるのだった。

 

「あ、ああ……。建造される…………仲間が増える……」

「仲間が増えるなら良いじゃないか」

「増えればな! 失敗したらどうなると思ってん?! 良くて艤装の完成! 悪ければ資材の消滅や!」

「リスクが大きいな」

「そうや! …………なんや、アンタ青白い顔をして! ウチの説明にびびったんか!」

「……外の空気を吸ってくる」

 

龍驤の圧に押されたのか、青白い顔を隠しながら男は工廠の外へと足を急がせる。

男の様子に気付いた港湾棲姫が慌てた様に男の後を追うのだが、そんな二人を龍驤は鼻を鳴らして見送るだけであった。

 

男が横切った作業台の上では、トントン、カンカンと、軽快な音が鳴っており、男は更に顔を(しか)める事となる。

そんな男の動向に気付いた足元の妖精が、身体を大きく使って両手を振るのだが、男には返す余裕がないのか、一層早足となるのであった。

港湾棲姫がすれ違い様に妖精を威嚇するのだが、遊び相手の存在に妖精は喜びの色を見せるのみで、彼女を怖がる様子を一片も見せないのであった。

 

 

 

 

「ほれ、お土産やで」

 

食堂にて資料を読んでいた男を見付けた龍驤が、テーブルの上に己の持っていた単装砲を静かに乗せる。男が手に取るよりも早く港湾棲姫がそれを手に取り、初めて見るおもちゃの様にガチャガチャと動かし始めた。

 

「どうだ? 強そうか?」

「ワカンナイ」

「……君は装備出来ないのか?」

「…………???」

 

港湾棲姫が単装砲の持ち手を握ろうとするのだが、駆逐艦用に開発されたそれは指を通す部分が小さく、どうやろうとも港湾棲姫の手に一致する大きさでは無いようであった。

首を傾げながら単装砲を持とうとする港湾棲姫と、それを静かに見つめる男。

その時、ふらりとテーブルに近付く人影が一つ。片眼に眼帯をしているその艦娘は、見間違える(はず)も無い、天龍であった。

 

「…………テメーが新しい提督か」

「顔合わせは朝に済ませたと思うが」

 

目線を合わす事も無く、男は天龍に言葉を返す。

そんな男の様子に苛立ちを隠す事も無いのか、天龍は男が手に持っていた一枚の資料を力づくで奪い取った。

 

「…………何だよこれは!!! テメーはオレ達の名前も覚えてないってか?!」

「覚えていない事も無いのだが、油断すると型番で呼んでしまうからな」

 

男が溜息を付く。

天龍の手に奪われた資料には、舞鶴鎮守府所属の艦娘の名前が一覧となって書かれている。

そんな男の様子に天龍はわなわなと身体を震わせ、手元の紙をぐしゃりと握り潰すのだが、男はそれに対し何も言う事が無い。

 

「鬼島提督が再就任しないで喜んだのも束の間、新任がこんなヤローだとはな……」

「…………なんやて? 鬼島提督の再就任が舞鶴の皆の総意やないんか?」

「……ここの皆は大本営を疑っている。だけど、オレはそれ以上に鬼島提督を疑っていたぜ」

「…………?」

「……ここに鬼島提督が戻って来なくて良かったって事だよ」

 

天龍の言葉に疑問が浮かぶのか、腑に落ちない様子の龍驤であったが、そんな龍驤に対して特に思う事も無いのか、天龍はそれだけ言うと三人に背を向け、その場を後にしようとする。

 

「待て。睦月にこれを渡しておいてくれ。俺は嫌われているようだからな」

 

男が立ち上がり、天龍の肩を引き留める。

しかし、振り返った天龍の顔に浮かぶは男に対する怒気では無く、悲愴の籠った表情であった。

 

「睦月達には避けられてんだよ。長門か文月にでも頼んだ方が良いぜ」

「……天龍も嫌われ者なのか?」

「ちょっ!!」

「ちげーよ……。睦月達に信用されてないんだよ、オレは…………」

 

静かに自嘲気味の言葉を口にすると、天龍は最後だと言わんばかりに三人に背を向け、食堂から立ち去って行くのであった。

そんな天龍を心配そうな顔で龍驤は見送るのだが、男は無表情を貫いており、港湾棲姫に至っては手元の単装砲に夢中になっていた。

 

「舞鶴所属の艦娘の関係を把握するのが先か……?」

 

男の言葉に、龍驤が頷く。

椅子を引き、静かに男が立ち上がる。

そのまま厨房へとふらりと身体を向かわせ、三人の遅めの朝食がこれから始まるのであった。

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