惻隠の情   作:坂口

6 / 37
6話 伊丹元帥

『オジキの話を前提に考えると、確かに陸奥は違和感がある、と言っておりますぜ』

「ふむ…………」

 

 無線電信の向こうから聞こえる岩井君の言葉をよく吟味(ぎんみ)し、反芻(はんすう)する。今まで集めた情報を総じて考えると、舞鶴鎮守府に問題が起きている可能性は高い。

 だが、舞鶴鎮守府の提督は頭が良く気品も備えた完璧な男である。そんな彼が間違いを犯すなど、考えられない。否、どうしても目を背けてしまう。

 

『舞鶴の提督を信じたいのは理解できるさ。だが、それも時と場合によるんじゃねぇかな』

「………………」

『まあ、間違ってたら、それで済む話じゃねぇか。いや…………オジキの場合は立場的に責任問題が生まれちまうのか』

「……分かった。追々、正式な形で召集令状を発行する。横須賀鎮守府に、来てもらいたい」

『……了解』

 

 岩井君の肯定の意を耳に入れながら、無線の電源を切る。

 ふぅ、と溜息をつくと、側に控えていた秘書艦の大和が温かいお茶を出してくれた。

 

「お疲れ様です、伊丹元帥。岩井提督は何と仰っていましたか?」

「……所属艦の陸奥が舞鶴の長門と定期的に文通をしていたらしいが……陸奥が言うには、長門の手紙の内容に、違和感を感じるらしい。それも、一年前からだそうだ」

「そんな…………」

 

 自分の返事を聞いた大和の表情が、一気に曇る。

 

「呉鎮守府の物資の総量が備蓄状況を記す日報とズレ始めたのは、一年と半年前から、と言う話ですよね?」

「そうだ。吉田君が呉鎮守府の日報を全て見直し、その結果を最近提出してくれたからの」

「……呉鎮守府は、舞鶴鎮守府と佐世保鎮守府の物資倉庫的な意味合いもあります。このズレを指摘したのは、佐世保の吉田提督です。つまり…………」

 

 大和が何か確信したかのような表情をしながら、考え込む。

 いや、もしかしたら、前々から何らかの答えが大和の中にはあったのかもしれない。しかし、私の立場や負担を考慮した結果、ここまで問題が隠されたまま来てしまったのかもしれない。

 

「…………舞鶴鎮守府の件は、もう終わる。終わらせる。スマンが、岩井君と吉田君に横須賀鎮守府に集まるよう、召集令状を発行してくれんか」

「畏まりました」

「横須賀の鳴本君……には、あまりこういった問題を見せたくなかったんだがの……」

「では、移動手段をご用意いたしますので、伊丹元帥も業務を終わらせ次第、ご準備をお願いします」

 

 大和がこちらに向かって一礼し、隣の一室に姿を消した。

 さて、時は有限である。本日の予定を消化しなくては。

 手元にあった無線電信の受話機を再び手に取り、電波の周波を合わせる。士官学校の方にて、妖精が見える学童が現れたという報告を受けていたのだ。詳しい話を聞かねばならない。

 

「……ああ、伊丹だ。それで、妖精が見える…………、は? いや、そうか。まあ、想定内だ。また、頼む」

 

 無線を繋ぎ、一言、二言。案の定、外れだった。

 何だ、宗教的な精霊信仰とは。違う何かが見えてるだけなのでは……?

 ついつい、頭を抱えてしまう。どうしても、見つからない。三年前の大乱から、一気に妖精が見える人間が減ってしまった。

 いや、ある程度の報告は事業所の方から上がってきている。おそらく、先の大乱をきっかけに、ほとんどの人間が深海棲艦を恐れ、艦娘や深海棲艦から目を背けているのが原因であろう。もちろん、未だに海軍志望の学童は多い。提督に任命されれば、得られる給金は()の追随を許さず、権力的な意味合いでも非常に勝る。

 だが、自己の欲求が強い者は妖精に愛されない。

 妖精と触れ合う事は許されない。

 

 純粋な愛国心。

 深海棲艦を恐れぬ精神と、艦娘への深い情愛、理解。

 そして、強い心。

 

 自分の勝手な予想と経験、今までの歴史を紐解けば、妖精が見える条件はこんなものだろう。そして、これらを口で言うのは簡単で、態度に表すのも、これまた簡単である。しかし、妖精は偽りを瞬時に見抜く。偽りを許さない。一度でも妖精から遠ざかった人間は、二度と妖精を感じる事は出来ない。

 

 三年前の大乱が落ち着き始めた頃合い、再び提督の人数を揃えようと、退役した提督や候補生に会いに行った事がある。彼らは横須賀での戦闘にショックを受け、退役を願い出た者だ。しかし能力は優れており、いつかは海軍に戻って貰いたいと思っていたのである。

 だが、結果は実らなかった。全員が全員、妖精を見る事が出来なくなっていたのだ。

 疲労。イジメ。派閥争い。喪失感。疲労。怪我。病気。家族の為。婚姻。疲労。逃走。

 彼らは、自らの意志で海軍から去った。それによって、妖精に見放されたのかもしれない。この事実は日本軍全体を揺るがす、非常に大きな大事件になった。提督は替えが効かない。

 

 自分は未だ辛うじて妖精を見る事が出来る。大和の肩に乗っていたり、楽し気に机の上で転がっていたりする。

 しかし、残念ながら体力の方が限界だった。自分が提督の座についても、艦娘たちは力を発揮できない。彼女達を、私は生かす事が出来ない。自分の力不足が許せない。何度この身を呪った事だろうか。だが、奇跡は起きない。私はもう、現場に出る事は出来ない。出来る事は、元帥として皆のサポートをする事だけである。

 

「…………そろそろ、大和君も用意できたか」

 

 思考に(ふけ)ってしまった。執務用の机から立ち上がり、肩のコリをほぐす。妖精が私の姿を真似るが、実に微笑ましい。

 

 

 

「お忙しい所、申し訳ございません! 横須賀の街にて、大問題が発生いたしました」

「何だ」

 

 廊下を走ってきたのか、その男は肩で息をしながら手元の書類をはっきりと、読む。

 

「この度、横須賀の闇市にて、ボーキサイトを所有する民間人を発見したとの、報告、あり。只今、早急に情報の精査をし、軍、及び民間に混乱が……」

「ふ、ふ、ふ、ふざけるなああああああああああああ!!!」

 

 彼に全く罪はないのだが、度重なる問題に堪忍袋の緒が切れてしまった。高齢になりタガが外れやすくなってしまっている。頭を冷静に働かせる。

 

「声を荒げて、すまない。横須賀、と言ったな?」

「は……はっ! 只今、警察隊が民間に聞き込みを入れ、憲兵、海軍は、共に内部からの情報漏洩や横流しが発生してないかを確認の上、」

「いや、良い。良い。後は私に任せよ。奇遇な事にな、これから横須賀鎮守府に向かう予定でな」

 

 男の表情に安堵が生まれた様に見える。なるほど、まだまだ、こんな老いぼれを支持してくれている人間もいるようだ。

 

「横須賀鎮守府、および、近隣の事業所、警察隊に連絡せよ。容疑者を見つけ次第、横須賀鎮守府の牢獄にぶち込めとな」




ver1.01 2019/01/21
ver1.02 2019/08/08
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。