惻隠の情   作:坂口

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7話 大湊鎮守府(1)

「あきつぅ! 今すぐ食堂に全員集合させろ! 大至急だ!」

「了解であります!」

 

 無線電信を終えた男が、荒々しく背後に立っている秘書艦に指示を出す。

 あきつと呼ばれた少女は黒い軍服を着ており、日本海軍に所属している艦娘の中では少々、毛色が違う存在に感じられるかもしれない。

 

 小走りで廊下に出て行った彼女を見送ると、その男は執務用の椅子から立ち上がる。

 ゴゴゴゴ…………、と言う効果音が出そうなほどに、その男の体躯には威圧感があった。身長は二百センチを超え、軍服に包まれている四肢もその体躯を支えるが為に、太い。彼の二頭筋は華奢な艦娘の太ももくらいは有りそうであり、彼の太ももは大樹の丸太のような力強さと頑強さが感じられた。

 短く刈られた頭に、銃創が目立つ顔。その存在感は誰もが振り返っても仕方のない事だろう。

 

 彼は元々陸軍に所属していたベテランの軍士である。縁あって、この大湊鎮守府に提督として勤務していた。

 名は岩井厳双(げんそう)。勇猛果敢な男は見た目だけでなく内心共々である。御国の為なら深海棲艦をも自らの手で捻り潰し、大海を守り抜く、という気概を持った慷慨忠直(こうがいちゅうちょく)な男であった。

 彼の名誉の為に補足しておくと、だからと言って彼は暴力的な男ではない。常々(つねづね)大湊鎮守府に所属している艦娘を自分の娘の様に思い、接しており、また、艦娘たちもそんな男を非常に慕っていたのである。

 

 

 

 

 岩井が食堂に到着すると、そこには大湊鎮守府に所属している艦娘たちが一堂に会していた。

 

「司令の到着だ! 敬礼!」

 

 褐色肌に、銀色の髪。顔に眼鏡を乗せた大和型、二番艦の武蔵が号令を出す。

 緊急の岩井からの命令に、尋常ならざる事態が発生したのだと、食堂に集められた彼女達は考えていた。凛としたその緊張感は、日ごろ和やかな雰囲気を醸し出す食堂の空気をも、まるで凍り付かせるようである。そんな彼女達の雰囲気に岩井は虚を突かれたような表情をするのだが、それも一転、威厳ある態度を彼女達に返す。

 

「……楽に。急ですまないが、(おれ)は横須賀まで行く事になった」

「い、異動と言う事ですか?!」

 

 岩井の言葉に、驚きの声を上げる艦娘がいた。

 肩まである茶色のナチュラルボブに、頭に巻いた鉢金が目立つ艦娘。千代田である。

 

「あれ? それならこの鎮守府には横須賀の提督が来るの? うふふ、それはそれで、ね」

「ち、千歳お姉?!」

 

 千代田の言葉に反応したのは、姉妹艦である千歳だ。

 彼女は悪戯っぽい表情で提督を見つめているが、慌てふためいてるのは提督では無く千代田の方であった。

 

「横須賀の提督って噂によると、素敵なお兄さんタイプ、って話なのよね~。うふふ、今から歓迎の準備しちゃおうかな~。「ぱんぱかぱーん!」ってね♪」

「あ、愛宕! 提督が目の前にいるのに……。ああ、違うんです! 愛宕も悪気があるわけじゃ……!」

 

 千歳の発言に乗っかった愛宕に、隣の高雄が慌てて弁明を始める。

 そんな彼女達を武蔵は楽し気に見やり、先ほど執務室にいた、あきつ……あきつ丸は、ハラハラとした表情で提督の横顔を見ていた。

 

「ん? お前たちは頼りがいのある提督よりも、顔が整っている提督の方が好みか。そうかそうか! そりゃ残念だ!!!」

 

 岩井は大口を開け豪快に大笑いをする。そんな岩井の様子を見て、今回の集まりは緊急性が無いものだと艦娘たちは各自判断を下した。

 

 この大湊鎮守府の艦娘たちには、とある一貫した共通点がある。

 食堂に勢ぞろいしている艦娘だが、提督に向かって右から『武蔵、陸奥、千歳、千代田、雲龍、高雄、愛宕、隼鷹、浜風、あきつ丸』と並んでいた。

 彼女達を一見すると、はたまた目を引くのは胸部装甲の大きさである。だが、特別に岩井厳双の性的嗜好が『大きめ』に偏っているという事は、無い、はずだ。

 単に、岩井厳双が艦娘を招集する際に命じた特徴が『体脂肪が少なくない者』だったのだ。

 この大湊鎮守府は北海に続く津軽の海峡を臨み、北上して行くという、極めて困難な海域を守る鎮守府である。只でさえ津軽の海峡は寒く激しい。うねる強風に、荒れる大海。一寸先も予測不可能だというのに、更には深海棲艦までもが襲い掛かってくるのだ。

 軍の中心となる大本営陸海軍部や、同志である横須賀鎮守府までの距離も遠く、まさに孤立無援の鎮守府なのである。そんな鎮守府だからこそ、大本営は岩井厳双の希望する艦娘を大湊鎮守府に向かわせたのだ。

 胸部装甲が大きいのは、もしかしたら大本営からのささやかな気遣いだったのかも知れない。

 

「まあ、(おれ)が横須賀に行くって話は残念ながら一時的な話だと思うぞ。残念だったな愛宕」

「ぶぅ~」

「……あまり大きな声では言えないが、どうやら、舞鶴鎮守府で問題が起きたらしい。いや、この問題ってのも『只事ではない』と言う感じで、問題が起きているのかどうかを断定して良いモノでもないんだが……。この件に関しては、伊丹元帥が自ら御動きになり、(おれ)、横須賀の、佐世保の嬢ちゃんの判断を加味した上で、解決に努めるらしい。まあ、早ければ一週間、遅くても二週間以内に戻って来れると考えている。問題が無ければ、な」

 

 岩井が何かを含んだような口ぶりをしながら、陸奥の方を見る。

 それだけで陸奥は自分が求められている事を理解し、口を開く。

 

「あ、あのね。私の考えすぎなのかもしれないんだけど、最近、舞鶴鎮守府にいる長門の様子が…………普通じゃないっぽいと言うか……。なんか、手紙を読んでも、長門らしさを感じないって言うかね? ……うん、考えすぎなのは分かってるけど、最近、色々な事を耳にするから……ブラック鎮守府とか、ブラック事業所とか…………色々、ね」

「気にし過ぎだぞ陸奥。長門は強い艦娘だ。不安な時は悪い方に考えがちだぞ、気を強く持て!」

 

 陸奥の雰囲気に、武蔵が喝を入れる。

 

「……では、そう言う事だ。これから(おれ)は横須賀に向かう。その前に…………景気づけだ! 大湊鎮守府は任せたぞ手前ら! せっかく食堂に集まらせたんだ、皆、飲め、歌え!」

 

 岩井の一声に彼女達の顔が明るくなり、武蔵と隼鷹が備蓄室の方へと向かって行った。

 

「パーティーなんて久しぶりね~♪ 鯨を捕まえた時以来、かしら~?」

「そうですね……美味しいご飯がいっぱい食べれて、嬉しいです」

 

 ニコニコとしている愛宕と浜風。

 そんな暗い雰囲気も吹き飛んだ食堂に、酒樽を担いだ隼鷹が駆け足で戻って来た。

 

「あ゛ぁ~! 提督ぅ、まさかこのタイミングで酒盛りが始まるなんて思わなかったよぉ! 皆、今日は無礼講だからな、雲龍も、ほら、そんな隅にいないで…………」

「胃……胃が、もたれる……」

 

 隼鷹の誘いに食が細い雲龍はひどく辛そうな顔をするのであったが、他の艦娘は嬉しそうに喜んでおり、何かを言える雰囲気では無かった。そんな雲龍に、あきつ丸は同情の視線を送る事しか出来なかったのだった。




ver1.01 2019/01/21
ver1.02 2019/08/15
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