惻隠の情   作:坂口

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8話 佐世保鎮守府(1)

 日本国、九州地方に位置する佐世保鎮守府は平均気温が高めで温暖な気候に恵まれている。

 しかし、曇天に覆われる事も少なくなく、あたかも深海棲艦に怖気(おじけ)を震う日本国民の心地を代弁しているようでもあった。高温多湿と言われてしまえば、あまり快活な気分には至らないかも知れない。だが、佐世保鎮守府にはそれらにすらも勝る、歓楽さを持ち合わせていた。

 

「Hey、心臓を撃ち抜かれた比叡はGame Overデース! 陸に帰るのデース!」

「ひえー! 岩陰に隠れていたお姉さまに正面突破されるなんて…………。榛名、霧島、後は任せたからね!」

「ふっふっふ、可愛い姉妹たちを蹂躙(じゅうりん)するのは忍びないデース。しかし、演習とは言え戦場で手を抜く事は出来ないヨー!」

 

 佐世保鎮守府に隣接している演習場にて、賑やかな声と模擬弾を発射する景気の良い破裂音や、身体に響く重低音が聞こえてくる。

 そこには肩が出ている巫女服のような衣を纏った、二人の艦娘の姿が見える。袴の色は各々異なるが、お揃いを着ている彼女達は、日本国でも有数な知名度を持つ艦娘、金剛四姉妹の金剛と比叡である。

 しかし比叡の様子を見るに、演習をしているのは二人だけでは無く姉妹全員のようである。

 先駆けて戦線離脱してしまった比叡の様子をどこかで見ているのだろう。三番艦の榛名と四番艦の霧島の姿は、まだ見えない。そんな演習場に向かって、鎮守府には不似合いの、成熟とは言い難い女性が走り寄ってくる。

 

「みんなー! 演習は中止! 中止です! 艦娘の皆さんに、お伝えする事があります!」

「What? 演習中に騒々しいデース! 戦場では小さな物音にも注意を払う必要がありマース! 消え失せろデース!」

「お姉さま! 隙ありです!!!」

 

 岩陰から飛び出し比叡を撃墜した金剛が陸地から声を掛ける女性に顔を向けた瞬間、金剛の背後で大きな爆発音が起こった。

 海面に何かが叩きつけられるような物音と共に、大きな水柱(みずばしら)が立つ。飛沫が水面に立っている金剛と比叡、陸地の女性に降りかかり、まるで夕暮れの通り雨のようである。

 

「榛名、やりました! ぶいっ!」

「上出来ね榛名。提督をデコイにするなんて、普通の艦娘には想像も出来っこない作戦よ」

「Huuuuuuuuuuuuuuuuuuuuh?!?!!? って事は、このオンナは無邪気な顔して私を陥れた、Fuckin Girlって事ですネー?!?!」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 提督である私の中止の指示に従わなかった榛名こそ、Fuckin Girlって事なんじゃないの? ねぇ!」

「ohhhhhhh! このオンナ、人の可愛い姉妹の事をFuckin Girl呼ばわりしやがりマシタ! 許せまセーン!!?!?!?!」

「ちょ、ちょっと、なんで私が怒られなきゃいけないのよ!!?!!!」

 

 金剛と言い争っているのは、この佐世保鎮守府に任命された提督、吉田(ゆき)。彼女は幼少の頃から勉学に類稀なる才を発揮し、若干、十五の若さで士官学校を卒業した。

 この記録は士官学校の最年少記録を更新しており、現在舞鶴鎮守府に所属している提督、稀代の天才、鬼島(きじま)稔の記録をも打ち破った。

 その後は様々な研修を受け、去年ようやく佐世保鎮守府の所属となる。現在、齢十八。

 やはり、経験不足は否めない。そして、日本軍初の女性提督と言う事から、色々気苦労を負う事も多い。しかし、彼女はめげなかった。如何(いか)に不遇に晒されようと。若輩(じゃくはい)扱いされ、舐められようと。彼女は既に知っていた。この苦渋や辛酸が己の精神を昇華させることに。そして、御国の為の(いしずえ)になれるという事を。

 

「それで、提督。私たちの演習を止めてまで伝えたい事とは、何でしょう?」

 

 演習場から陸に上がりながら、霧島が眼鏡を光らせながら、吉田に鋭い視線を浴びせる。

 

「はい、あの、あとから川内型の皆さんにも伝えますけど、ちょっと伊丹元帥に呼ばれたので、横須賀まで行ってきますね。それで、秘書艦を……」

「oh! ついにテイトクも年貢の納め時ってやつですネー! 今までお世話になったデース!」

「比叡、今までの事は忘れません! お元気で、吉田司令!」

「榛名としては……やっぱり提督は、男の人の方が嬉しいかなって思います」

「そうね。この霧島の頭脳を使いこなせるのは、天才と名を馳せた舞鶴所属の鬼島提督、もしくは大湊所属、百戦錬磨の岩井提督くらいですかね」

「榛名、前から思っていました。やっぱり提督は凛々しくて素敵な人じゃないと。金剛お姉さまのモチベーションにも関わると思いますので……」

「そうデーーーーーーース! せっかくの艦娘としての生き様、こんな小娘の元じゃ、やる気も出ないデース!!!!」

「な、何それ?! もしかしてみんな、私の事そういう風に思ってたの?!」

「外れ引いたと思ってマーーーーース!!!!」

 

 ぐぬぬぬ、と苦し気に艦娘の不満を飲み込む吉田と、なぜか上から目線の金剛。

 彼女達は傍から見れば、まるで水と油のような関係である。しかし、その実、尊重し合っている事は互いに不言の事実であった。気を許しているからこそ、ここまで言い合える。そうとも言えるのだ。

 

「ま、まあ、私が不在の時は、変な問題起こさないで下さいね。…………って言うか、今の演習でも、榛名! あなた実弾使っていましたよね! さっきの爆発、模擬弾じゃ起こりませんよね!! (ただ)でさえ資材が足りてないのに……!!」

「oh! つまり、実弾が使いたいなら資材集めて来いって事ですネ? 比叡、榛名、霧島! 次の任務が決定しマシタ! 今すぐ準備をするデース!」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 戦艦のみんなが一斉に出撃なんてしたら燃料が……」

「艦娘の頭脳こと、霧島の計算によると、川内型の皆さんの出撃を控えれば、数回は私たち四姉妹で出撃が可能です!」

「ちょっとちょっと、それは聞き捨てならないかなー?」

 

 鎮守府から演習場に向かって、赤色気味の制服を揃えて着こなしている三人の艦娘が歩いてくる。川内型の軽巡洋艦、川内、那珂、神通の三人姉妹である。

 川内三姉妹は先ほどの会話を耳に入れていたのか、少々不満げな顔をしながら吉田と金剛四姉妹に近付いてくる。

 

「出撃した那珂ちゃんを見ないとぉ、国民の皆も安心できないって思うよぉ♪」

「そうですね……。提督は燃料や資材を懸念しています。それなら、軽巡の私たちが出撃した方が……、提督の悩みも減ると思います」

「って事で、ゴメンね霧島さん。私たち姉妹としては、金剛型の皆さんが出撃を控えるべきだと思うよ? そう! 鎮守府の為にも!」

 

 川内がニコニコとしながら、金剛の正面に立つ。

 金剛もまるで受けて立つかのように、笑顔を崩さずに川内へと詰め寄った。

 

「What? 川内は姉妹の親睦を深める重要性を理解していないですカー? 困ったお姉ちゃんですネー!」

「いやいや、それは理解してるよ? でも、親睦が目的なら、いつものようにお茶会すれば良いじゃん? おあつらえ向きに、これから提督はどっか行くって言ってるみたいだしね」

「無理デース! それはそれ、これはこれ、デース!」

「みんな可哀相……。那珂ちゃんはマイクがあればキラキラ出来るのに、みんなは資材が無いとキラキラできないんだねっ♪」

「おっと、艦娘の頭脳こと、霧島に妙案が浮かびました! 呉から資材貰ってきましょう! それで解決です!」

「調達役の提督が出掛けるから無理デース! 役に立たない提督デース!」

「……じゃあ、どっちが出撃するか……演習で決めましょうか……。今の時間帯なら、夜戦になる可能性も高いですし……」

「望むところデース!」

「ひえ~っ!」

 

 川内型と金剛型の話し合いが決裂し、お互いがお互いを挑発し始める。

 いつもの光景なのか、吉田は特に口を挟む事はしない。だが、挟む事をしなかったが為に、演習が再開される運びとなってしまった。

 これには吉田も頭を抱える。資材不足の話をしたばかりなのに、なぜ七人で演習が始まるのか。

 燃料が、模擬弾が、修復材が、減ってしまう。

 

「や、やめて……。資材が……燃料が……」

 

 吉田の悲哀の籠った呟きは、演習場に入水していく艦娘の水のさざめきに掻き消されてしまった。

 哀れである。

 

 佐世保鎮守府での建造は、誰もが頭を悩ませる謎の現象が発生する場合が多い。生まれた艦娘が他の鎮守府産と比べて、出撃好きになりやすいのである。

 そもそも建造とは、海に眠っている過去の戦艦の無念や心残りを(すく)い上げ、様々な資材を混ぜ合わせた肉体を与え、この世に唯一無二の艦娘として生まれ変わらせる儀式の事である。もちろん、毎回成功するとは言えず、装備品である艤装が完成したり、何も生まれない場合もある。

 

 さて、佐世保鎮守府から出撃し、水流沿いに南に降りて行くと鹿児島へと辿り着く。

 鹿児島には代々「チェスト」の文化が根付いており、この文化は俗に言う「知恵捨て」。つまり、「頭で考えるよりも早く、とりあえず突撃」を美学としたものであった。これは近隣事業所の仮説ではあるが、佐世保鎮守府で戦艦の精神を掬い上げる際に、鹿児島の文化も一緒に掬い上げているのではないかと言われている。

 真偽は定かではないが、これにより代々、佐世保に着任する提督は、資材不足に頭を悩ませる必要があるのであった。

 

「…………誰も私の話を聞いてくれない」

 

 肩を落としている吉田とは対照的に、演習場の皆は楽し気な声を上げながら、水上を走り回っている。先ほどまでのいがみ合いは(つゆ)ほど見られない。やはり純粋に、演習や出撃が好きなのだろう。

 吉田は今回消費される資材の量を計算し、その総量に、更に溜息をつくのであった。




大湊鎮守府提督 :岩井厳双
横須賀鎮守府提督:鳴本雷太
舞鶴鎮守府提督 :鬼島稔
佐世保鎮守府提督:吉田雪
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