薬品工場跡に爆音が轟く。ただでさえ埃っぽい一帯が、飛び散った瓦礫と土煙に包まれ、一時的に視覚と聴覚が機能しなくなる。
(まずいわね……。こんな時に”アレ”の襲撃を受けるだなんて)
櫻井了子は見えぬ視界の中、思考を続ける。
この土煙の向こう側では、現在も三つ巴の戦いが続いているはずだ。
完全聖遺物【デュランダル】。それを輸送するに当たって、敢えて襲撃を避けるために目立つ行動を突き進むこの作戦。
一見無謀に見えるが、了子は確かな勝算のもとにこの作戦を立てていたのだ。
途中で危険地帯への突入というアクシデントこそあったものの、流れは了子に確かに在った。
だが、そこで想定外が現れた。
不明自立聖遺物。通称【ゴーストナイト】。
騎士のような漆黒の甲冑に包まれた外見からナイト、幽霊のような神出鬼没さからゴーストと名付けられたその存在。
数回だけ捉えられたアウフヴァッヘン波形から、聖遺物であるということだけは分かっているが、その正体は不明。
その他に分かっていることは、戦闘能力を持っているということと思考及び会話能力があるということだろう。
そして、土煙が晴れ、再び戦況が見えだす。
「どうして、どうして貴方は戦うの!?」
ガングニールの少女、立花響。
「まだそんな臭ぇ事を言いやがるか! ヘドが出るんだよ! ちんちくりん!」
ネフシュタンを身に纏う、雪音クリス。
『ソレガ、ワタシノツミダカラ』
漆黒の甲冑姿の謎の存在、ゴーストナイト。
三者三様の主張をしながらも、開けた広場にてお互いに向き合い、隙きを伺っている。
周囲の廃墟には視認は出来ないがまだ危険物がある可能性もあり、あまりに派手な動きをすれば、確保対象のデュランダルも巻き込む可能性があるからだ。
『ラチガアカナイ。サイショカラ、コウスレバヨカッタンダ』
最初に動いたのは、ゴーストナイトだった。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!』
「ぐぁ!?」
「きゃぁ!」
突如として、悍ましい咆哮を放つゴーストナイト。比喩ではなく、空気が震え、側にいた2人は弾き飛ばされる。
悲しみ、怒り、憎しみ。この世の全ての負の感情を込めたか泣き声とも叫び声とも取れる雄叫び。
そして、その余波は当然周囲で見ていた了子へも及んでいた。
「ッ! 了子さん!」
受け身を取り、急ぎ了子の下へと駆け寄る響。
敵に背を向けた絶好のチャンスではあるが、響を狙っているクリスは咆哮の余波で直ぐには対応できない。
攻めの姿勢と守りの姿勢の明暗が別れた形だった。
「ッ! アタシを無視するのか! どこまでも、馬鹿にしやがってッ!!!!」
もちろん、敵に背を向けての全力疾走はクリスの既に切れた堪忍袋更に細切れにしていっているのだが。
だが、それでも。立花響は止まらなかった。
怒声と身の毛がよだつ咆哮を背に、瓦礫を踏み越え、無力な一般人である了子の下へと急ぐ。
「了子さん! 無事……そうですね!」
「えぇ! それより、アレを!」
駆け寄って見れば、以外にも了子は無事でいた。
彼女の周りだけ、不自然に瓦礫が無い。
一体何故? と思う響であったが、了子の声に釣られて上を見る。
「なッ!?」
そして、絶句する。
そこにあったのは、起動して宙に浮かぶデュランダルだった。
『デュランダル、ダッタカ』
まず、咆哮を終えたゴーストナイトが動き出す。
先程までの騎士らしい姿とは一変。
歪んだ3本の角が生え、相変わらず目が見えないままに歯がむき出しとなり、不気味さの増した頭部。
胸部の球体は赤、黄、青に明暗をくりかえし、角や刃の先端が同じ色に暗く輝く。
物を持つことすら苦労しそうなほど細い腕と小さな手。引き換えに、膝下から頭頂部まで達する腕部の刃。
脚も人間のものとは思えない細さとなっており、最早昆虫のようで。
極めつけには、節くれだった尻尾まで伸びている。
さながら、悪魔と言ったほうが正しい姿であった。
「お前、その姿は!?」
『ミニクイワタシノ、ホンショウダ』
そして、その細い脚からは考えられない様な脚力で浮遊するデュランダルへと飛びつく。
「させるかよぉ!」
クリスもさせじと、ネフシュタンから伸びる棘の鞭で追いすがる。
(クソッ! 何がどうなってやがる!? なんで、デュランダルが起動してやがるんだよ!)
一瞬の混乱。事前に知らされた情報になく、想定も全くしていない状況に一瞬だけ気を取られた。
故に、視界から外してしまった。
ネフシュタンの鞭を手でつかみ投げ返すゴーストナイト。棘が生え、常人なら手がズタズタになるであろう行動も、その装甲を貫くには至らないようだ。
だが、それでも、攻撃に反応し、受け止め、反撃する。
その一連の流れで隙きは出来た。
故に、間に合わない。
「渡すものかぁッ!」
『マニワナイ、カ』
「しまった!?」
響が脚部のパワージャッキを起動させ、猛然と飛びかかる。
ただの跳躍ならいざしらず、そのすさまじい推進力に2人とも、手出しが間に合わない。
何より、下手に手を出せばデュランダルそのものを壊す可能性がある。
「やった……ぁ?」
しかし、デュランダルを握った響の様子が急変する。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁ!!!!!!」
爛爛と光る眼、黒く覆われた体表。
奇しくも、その姿は先刻までのゴーストナイトに酷似していた。
違いと言えば、目が見えているか否かくらいだろうか。
「あのバカ……! 完全聖遺物に呑まれて暴走しやがったかッ……!」
ネフシュタンの鎧は攻撃性能自体はそこまで高くない防御向きの聖遺物だ。
暴走したデュランダルと変身してパワーアップしたと思われるゴーストナイト。
この2人相手を相手にするのは得策ではない、とクリスは考えた。
実際、不滅のネフシュタンなら耐えることはできるだろう。だが、耐えるだけだ。
進んで地獄のサンドバッグになる趣味はないし、その利も見いだせなかった。
「覚えてろよ!」
故に、この場を離れる。
漁夫の利を狙うならば、一旦離れて様子を伺うだけでも十分だと判断したからだ。
使いたくはないが、もう1つの手段も使えば、最悪遠距離からでも十分対処できるのだから。
そして、必然的に遺された2人は激突する。
『ワタシノツミ。ウケイレヨウ』
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!!!!!」
デュランダルから放たれた極光の斬撃がゴーストナイトを襲う。
「うっ……私、一体、何を?」
極光の斬撃を放った後、唐突に暴走した衝動から解放された響はペタリとその場に座り込んだ。
辺りには再び粉塵が舞っており、とてもではないが、周囲の様子は伺えない。
「さっきまでの私……。一体どうなって……」
自分の中の黒いナニかが、自分を突き動かす感覚。
衝動のままに放った、全てを壊さんとする一撃。
何より、それをそれを躊躇いなく放った自分。
その全てが怖くなって、思わず身震いをする。
「ッそうだ! 了子さん! 無事ですか!」
大声で叫び、安否を確認する。
最初の爆発はデュランダルが起動したお陰で無事だったが、今回も無事とは限らないのだから。
「…………ぅっ……」
そして、声が聞こえた。微かな呻き声故に、誰の声かまでは分からなかったが、それでも生きている人間が助けを求めているのだ。
響は迷うことなくそちらへと向かった。
「大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄った響の目に映ったのは、瓦礫に埋もれたゴーストナイトの姿だった。
悪魔のような変身は解け、装甲のあちこちに亀裂が入っている辺り、最後の響の攻撃で大分ダメージを食らったのだろう。
先程までの圧倒的な威圧感も消え、瓦礫と埃にまみれ、傷だらけのその姿は、今にも消えそうな幽霊を思わせる。
「おーい、響ちゃーん。無事ー?」
「了子さんは無事だったか……。待っててください、今助けますから」
遠くから了子の無事を知らせる声も聞こえてきて、安心して目の前の負傷者を助けるべく瓦礫に手をかけた響。
だが、次に聞こえてきた言葉が、懐かしい声が、響の動きを止めた。
「やっぱり、響はやさしい、ね。こんな風になった私にも、手を……差し伸べてくれるんだもの」
「……嘘、だよ、ね?」
甲冑も消え、中から出てきたのは1人の少女だった。
綺麗な黒髪も。吸い込まれるような緑の瞳も。優しげに細められたその目も。
全て、記憶の中の小日向未来そのままだった。
「ごめんね、響……」
「嘘でしょ!? 返事をして! ねえ! 返事をしてよ!」
だが、響の問いかけに応える声はなかった。
「未来ーーーーーーー!!!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
降り注ぐ雨の中、傘もささずに一人の少女が墓前に花を添えている。
「……私、今年からリディアンに入学するんだ」
墓前に向かって、一人語りかける少女。墓石は傍目からも、手入れが行き届いており頻繁にこの少女が手入れをしているであろうことが伺える。
「一緒に入ろうって約束、してたもんね。一緒に、入って……一緒に歌うんだって……」
いつしか、少女の語りには嗚咽が混ざり始めていた。
「っ……! 逢いたいよ……未来……」
ずぶ濡れになっていることも気にせず、少女はしばらくその場で泣き崩れていた。
しかし、しばらくして立ち上がったその目からは涙は消え、変わりに決意が浮かんでいる。
「見てて、未来。私は、今度こそ、守ってみせるから。この手を決して離さないから」
「守って、救ってみせるからっ……!」
そして、祈りをもう一度捧げた後、少女はその場を後にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
いきなりだが、私【小日向 未来】は転生者だ。
何の因果かは知らないが、ある日ふと前世の記憶とやらを思い出してしまったのだから仕方がない。
転生したからといって何が変わるというわけでもない。特別な力や世界を救う使命が与えられたわけでもない。
ただ、歪に生まれた子供というだけだ。
転生前の私が何歳だったのかは覚えていない。
記憶自体は有るのだが、それが体系だって思い出せないせいだ。
例えば、ニュースで新商品発売なんて流れたとする。そうすると、前世では何歳の頃にこんなのがあったなぁ、なんて記憶がぼんやり浮かんでくるといった感じ。
大事なのは女性だったって言うことと、大体30代に入る前くらいで記憶が出てこなくなるから、そのへんで死んだのだろうという事くらいか。
別にそれで何が困るというわけでもない。前世の記憶なんて、普通は持っていないのが当然なのだから。
だから、困ることが有るとすれば。
「おーい! 幽霊だ! 幽霊がいるぞ!」
「バーカ! 近づくなよ! 呪われんぞ!」
このように、虐められているという事くらいだ。
教室の窓際で黄昏る私を現在進行系でおちょくる男子が2名。
まあ、現在絶賛小学校生活満喫中の子供からしたら私のような露骨な”異物”は排除されてしかるべきなのだろう。
小学校ともなると、色々と人間関係も面倒なのだなぁと今更のように再確認。幼稚園はそれなりに平和だったのに……。
小学生のテンションについていけず、毎日地蔵のように窓際で過ごす日々で付いたあだ名が【幽霊】。確かに、前世の記憶に縛られて、現世から浮いている私を言い表すあだ名としてはピッタリだろう。花丸を付けて上げたい。
そんなこんなで、私自身はこの虐めをそれほど苦に思っていない。
だから、一番問題なのは……
「こらー! やめろー!」
「うわ! 立花が来たぞ!」
「逃げろー!」
こうして、毎回私を助けてくれる【騎士様】だ。
彼女、立花響はどうやら困った人を見捨てられないという人格者のようで、こうして定期的に私に救いの手を差し伸べてくれているわけだ。
「ふう、もう大丈夫だからね!」
いじめっ子を追い払い、そう言って輝くような笑顔でこちらを見てくる【騎士様】。……いや、
「立花さん……」
「もう、響でいいって言ってるのにぃ」
私が名字を呼ぶと拗ねたように頬を膨らます。
さっきまでの凛々しさは何処へとやら。
「じゃあ……響さん?」
「ちがーう! ひ・び・き!」
相も変わらず押しが強い。というか、どう育ったらこんな絵に描いたような天真爛漫な少女が出来上がるのだろうか。
私なんか、前世の知識という圧倒的アドバンテージを活用した結果、生まれたのが幽霊系影薄少女だというのに…。
というか、前世の知識が一々浮かぶせいで、なにか物を見るたびに目の焦点が合わなくなってることに気がついたときには本気で泣けた。やばい奴じゃん、私。こんな気味の悪いやつ、そりゃ皆も虐めるよ。
「……私の名前呼ぶの、嫌?」
やばい、そんな事考えてたら立花さんが泣きそうだ。
というか、泣き顔も可愛いなこの娘……。
って、そうじゃない!
「そ、そんな事無いよ! ちょっと恥ずかしかっただけだから……」
「うんうん! 素直が一番!」
君はちょっと素直すぎるんじゃないかな……。泣き止むの早いよ。
というか、名前呼びはそんなに重要な事だったのか? くっ、小学生時代の記憶は何故か少ないからよくわからん……! ぼっちだったのか、前世の自分!?
「じゃ、じゃあ、私は未来でいいよ」
「ほんと!? やったー! 未来! えへへー」
取り敢えず、なけなしの記憶から正解と思われる返事をしてみたが。なんだ、この可愛すぎる生き物は……。
家に持ち帰って死ぬほど可愛がってやりたい。いや、むしろ彼女もそれを望んでいるのじゃないだろうか?
私の手を取り、全身を使って喜びを表す彼女を見ていると、なんだか前世がどうとかどうでもよく思えてくるぞ。
「立花が幽霊に取り憑かれたぞー!」
「呪われたぞー!」
彼女とじゃれている最中に聞こえてきた、男子達の声にふと我に返る。
そうだ、私と一緒にいたら彼女まで虐められてしまう。こんな太陽のような笑顔を私なんかのために曇らせるわけにはいかない。
いつもなら両者ともに適当にあしらうのだが、今日はぼーっと思考していた隙きを突かれてしまった。
「そうだよ立花さん。私は幽霊だから、あんまり近よると呪っちゃうよ」
そう言って、彼女の手をそっと放す。
きっと、彼女はたくさんの人から愛されるだろう。そして、たくさんの人を愛するのだろう。彼女の世界に、私のような異物が混ざるべきではないのだ。
太陽が輝くには、青空の下じゃなければいけないから。そして、そこは私の居場所ではない。
「むー! 未来は幽霊じゃないもん!」
しかし、何を思ったのか彼女は急にしゃがむと、
「とぅ!」
「っ!?」
「「え?」」
私のスカートをめくり上げた。
……え、何、え?
「足がある!」
呆然としている私といじめっ子コンビを尻目に、私の太ももを自信満々に指さしてそう宣言する彼女。
まさかこの子、それを確認するためだけにスカートを……?
なんていう……この、
「おバカー!!!!」
「痛い!」
思わず頭を叩いてしまった。
私は悪くない。
暮れなずむ校舎の片隅、平謝りする少女とそれを無視する少女というイジメのような絵面が繰り広げられている。
まあ、私と響のことだが。
「ごめんってー、許してよ未来ー」
「ふーん」
しどろもどろになって退散していったいじめっ子コンビを見送り、放課後まで待ってから響へとお説教をした。
一応、乙女の尊厳というものを彼女もギリギリのラインで持っていたらしく、パンツは見えなかったのだが。それでも、うら若き乙女のスカートをめくるなど言語道断である。
とは言え、私だって精神年齢30越えの大人なのだしここは寛容に許してあげるべきだろう。
決して、目に涙が溜まってうるうるしてきた彼女に絆されたわけじゃないのだ! 決して!
「……まあ、私を守ろうって思ってやったことだし、許してあげる」
「やったー! ありがとー!」
本当に表情がコロコロ変わる娘だなぁ……。
「方法はともかくとして、ありがとうね」
「えへへ」
それにしても、
「なんで、何回も私を助けてくれるの?」
「困ってる人を助けるのに理由がいるの?」
今まで気にかかっていたことを聞いてみたら、即答されてしまい言葉に詰まる。
「だって、私なんか」
「なんかじゃない!」
思わず発した言葉も遮られる。
「でも」
「でもじゃないの!」
肩を掴まれ、強引に目を合わせられる。
今までのにへっと崩れた笑い方じゃない、真剣な彼女の表情が目を逸らすことを許してくれない。
他に誰もいない、夕暮れの学校で二人きり。
なんだか、彼女の瞳に吸い込まれてしまいそうで、無性に怖くて、つい、否定の言葉を放ってしまう。
「何が、何があなたに分かるの? 私のことなんて、何も知らないくせに!」
こんな事を言いたいわけじゃないのに。
それでも、溜まっていたナニカを彼女に吐き出してしまう。
「確かに、私にはわからないし、知らない」
「だったら……!」
だったら、放って置いてよ……!
「だから、友だちになろう? 私は未来のことを分かりたいし、知りたいから」
「え?」
「私は立花響! 誕生日は9月の13日で、血液型はO型! 趣味は人助けで好きなものはごはん&ごはん! 未来の好きなところは歌がとっても上手な所! 友達になったらたくさん歌を聞かせてもらうの!」
唐突な自己紹介に思考が吹き飛ぶ。
え、これ私も自己紹介返したほうがいいの というか、ごはん&ごはんって何!?
いや、そんなことよりも重要な事がある。
「う、歌が上手って、何の話かなぁ?」
私は彼女に歌なんて聞かせたことがない。
音楽の時間なんかで歌う事はあったけど、今更小学校の授業なんて……という気持ちが大きすぎて真面目になってやっていない。
――――一応、心当たりはある。有るのだが、できれば当たってほしくない。
「んーとね、この前森で日向ぼっこしてたら歌が聞こえてきて」
「あぁぁぁぁぁ……」
「? どうしたの未来? それで、綺麗な歌だなぁって思って見に行ったら未来が歌ってたんだ!」
ぼっち特有の謎行動を見られてたァァァァ! しょうがないじゃない! カラオケなんて一人で行ける年齢じゃないし!
しかも、歌ってた歌は前世の曲で、こっちの世界にはないから、完全にオリジナルソングを歌ってるイタイ子だよこれ!
これが、太陽の差し込む森の花畑で歌っているとかならまだ格好もつくだろう。
当然ながらそんなことはなく、普通に薄暗い森の中で歌っていただけだ。幽霊呼ばわりも致し方なしである。
「へ、変な子だと思わないの? 1人で森の中にいるなんて?」
「思う」
「ぐはぁ」
変な子に変な子扱いが一番クるなぁ……。
いや、森の一人歩きの時点で大分変なんだけど……でも、街中を歩くと、変な記憶が湧いてきちゃうし……。
「すごい綺麗な歌なのに、なんだか寂しそうで……なんでこんなに悲しそうに歌うんだろうって」
あぁ、変に思うってそういう事か。
「私は幽霊だから……」
「足があ」
「スカートはめくらないでね」
「あ、はい」
油断もすきもありゃしない……。
「浮いちゃってるんだよ。だから、そう見えただけ」
そうだ、私は別に辛くない。大人として、私は我慢しなければならないんだ。
前世が何だ。所詮人よりちょっと知識が多いだけ。どうせ、あと10年もすれば只人と変わらなくなる。
だから、別に辛くないんだ。
「そんな辛そうな顔して言うことじゃないよ」
そんな私の手に響は手を重ねながら微笑みかけてくれる。
「浮いちゃうって言うなら、こうやって手を繋いでいてあげる! これなら何処にも行かないよ!」
彼女はどうやら、額面通りに私の発言を受け取ったようだ。
本当に素直で、どうしようもなくて、だけど――――
「ありがとう」
そんな”響”に、この手のぬくもりに、私は救われたんだ。
「ねえ、変なこと聞いてもいい?」
「どうしたの? 未来?」
一緒に手を繋ぐ帰り道。ふと、響へと問いかけてみる。
「私が、私じゃなかったらどうする?」
「どういうこと? 未来は未来だよ?」
私は誰なのだろうか。
小日向未来? それとも、前世の■■■■? それとも、誰でもない誰か?
「本当は、全く別の誰かが私の振りをしてるだけなのかもよ?」
「それでも、未来は未来だと思うけどなぁ」
その言葉に、心の中で安堵のため息を吐く。
あぁ、私は小日向未来でいていいのだと。
彼女の傍に、いられるのだと。
日の暮れた帰り道。重ねた手を強く握りしめ、夕陽を背にして2人で歩く。
まるで、響という太陽を世界から切り取ろうとしているようで、少しの罪悪感と喜びがこの翳りゆく夕陽のように心に差し込んできた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「待ってよ~未来ぅ~」
「もう、響ったら。また人助けしてたの?」
「いやー、道に迷ったおばあちゃんを案内してたらちょっと、ね? えへへ」
あれから5年以上の月日がたち、今では私達もすっかり中学生。
手を繋いだままグイグイと引っ張ってくれる響のお陰で、私も以前ほどの疎外感を感じることはなくなって久しい。
「待ってって言った私が言うのも何だけど、遅刻しそうなのに待っていてくれなくてもいいんだよ?」
「私の手は誰かさんにずっと握られてるから。一人じゃ何処へもいけないの」
「うぅ~、それを言われると弱いですなぁ……」
「ほら、行きましょう?」
困ったように笑う響へと手を差し伸べる。
「うん、行こうか未来」
その手を受け取る響。
いつも通りの日々。かけがえのない毎日。
願わくば、いつまでも続きますように……。
「そういえば未来。あの話どうなったの?」
「ええ、ちゃんと2人分取れたから安心して?」
「やったー!」
「いやー、楽しみだね! ツヴァイウィングのライブ!」
いつまでも……。