太陽と月に背いても   作:ゴルト

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未知なる脅威

『響君、今何処にいる!?』

 

 スマホの緊急回線から弦十郎の声が響く。

 

「市民公園付近です。民間人の避難を促しながら、ノイズ反応の中心へと移動してます」

 

 また1人、右往左往する民間人を発見し、最寄りのシェルターへと誘導してからそれに答える響。

 狭い路地を駆け抜け、公園へとそのまま躍り出る。

 

『分かった! 今から翼がそちらへ向かう! くれぐれも無茶はするなよ!』

 

 弦十郎の言葉を耳に入れつつ、公園内の気配を探る。

 吹き上がる噴水も、並ぶベンチも、ぼんやりと辺りを照らす街灯も、全て異常無しだ。

 

(待てよ……? なんで、何も異常がないんだろう?)

 

 しかし、その事に響は違和感を覚える。

 ノイズの発生源は、最早目と鼻の先。公園を突っ切った先の雑木林だ。

 だと言うのに、公園に何も異常がないのは明らかに不自然だ。

 

(ノイズにやられた人の灰も残ってない……。そろそろ日が暮れるとはいっても、今日は休日なのに)

 

 悲しいことだが、ノイズ出現の警報が出てから響がここに辿り着くまでにそれなりの時間は経っている。

 つまり、ノイズが出現した時にこの場にいた人々はそのまま襲われていてなんらおかしくない筈なのだ。

 

「現場に到着しました。しかし、ノイズの気配が有りません。襲撃の痕跡もなく、恐らくですが、反応の中心部である雑木林内部に未だに留まっているのかと」

 

 未知の現象に、一応本部へと連絡を入れる。

 これが、何らかの前触れかもしれないからだ。

 

『何? 妙だな……。翼が到着するまで周囲を警戒しながら待機していて……何事だ!?』

 

『更にノイズの反応が追加で出現! 場所は、第3シェルター付近です!』

 

『なんだと……?』

 

 無線の向こうからアラート共に弦十郎の唸る声が聞こえてくる。

 第3シェルターといえば、街の中心を挟んで丁度ここと真逆の方角だ。

 

「翼さんは向こうの対処をお願いします。ここは、私1人で対処します」

 

『……致し方あるまい。早急に片付けた後、そちらの援護へ向かう』

 

 不承不承といった様子の翼の返事が返ってくる。

 だが、実際翼の言うように仕方がないことだ。響がどう思おうが、翼がどう思おうが。それどころか、弦十郎がどう思った所で、人命救助を第一とする以上ここは二手に別れる以外の選択肢はないのだから。

 

「大丈夫です。翼さんの手を煩わせはしません。そちらは、そちらの事に集中して下さい」

 

 未だ自分が十分に信頼されていないことに歯噛みしつつ、響は翼へそう返答する。

 何も。翼が来るまでのんびり待つ必要はない。自分1人で、全て終わらせるのが一番なのだから。

 

(焦ってなんていない。そう、これは必要な事なんだ)

 

 自分にそう言い聞かせて、響は林の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「無茶をしないといいのだが……」

 

 第3シェルター方面へと急行しながら、翼はそう呟く。

 何かと背負い込みがちな響の事だ。今回も、自分1人でやれるだけやろうとするのだろう。

 

『あら、響ちゃんの事が心配なの?』

 

 そんな翼をからかうかのように、無線越しに了子が声を掛けてくる。

 

「えぇ。まあ、彼女からしたら私が心配しているということ自体が面白くないでしょうが」

 

『ほんと、近頃の娘はすぐ背負い込むわねぇ。もっと、気楽に生きてもいいのよ?』

 

 了子の言う”近頃の娘”に心当たりがあった翼は思わず苦笑する。

 

「そういうふうに生きられないからこそ、こうして戦っているんですよ。私も、彼女も」

 

『損な性格ねぇ……。まあ、余り気負いすぎない事ね。きっと上手くいくからどーんと構えてるくらいが丁度いいのよ』

 

「そういう訳には……」

 

『もう、頭が硬いんだから。何のために私達が後ろにいると思ってるの? 前線に出る貴方達は気楽に構えるくらいがいいのよ』

 

 言っていることを鵜呑みにするわけにもいかないが、翼を少しでも励まそうとしてくれているのだろう。

 毎度の事ながら、ふざけているようでそれでいて鋭いこの女史の言動には振り回されてばかりだ。

 

「そうですね。ならば、立花の方を頼みます」

 

『あらあら、翼ちゃんに嫌われちゃったかしら?』

 

 クスクスと笑う了子。この何処か人を小馬鹿にしたような感じがなければもっと付き合いやすいのにと思いつつ、翼はため息をつく。

 

「冗談はそろそろ終わりにしましょう。これより、作戦行動に入ります」

 

『はいはーい。まあ、そんなに心配しなくてもきっと向こうは向こうで上手くやるわよ』

 

 あまりに軽い返答に少しばかりの不安を覚えないでもないが、ああ見えても櫻井了子はやり手の技術者だ。

 仕事に於いて手を抜くということをするような人間でもないだろうし、心配はない。

 

 意識を切り替えて、目の前の任務へと集中する。

 シェルターは最早目と鼻の先。幸いにも、ノイズが殺到している様子もない。

 

 背後に民間人を庇っての防衛戦だ。

 楽に終わる仕事でもないだろう。だが、望むところでもある。

 

「来い! そして、防人の刃、その身でとくと味わうがいい!」

 

 姿を表し始めたノイズたちへと一直線に翼は駆け出した。

 

 

 

『ふふ、そう。きっと上手くやるはずよ。向こうの”あの娘”も……』

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 日が沈み、夜の帳が下りつつある中、薄暗い木立を掻き分け響は進む。周囲の警戒は怠らず、一歩一歩ノイズの反応の中心点を目指して。

 当然のことながら人の気配はなく、そして何故かノイズの気配もない。

 

 虫の声だけが聞こえるある種の静寂の中を草をかき分ける音をBGMに進んでいく。

 

(反応自体が誤報だった……? でも、二課がどういう原理でノイズを感知してるか分からないからなぁ……)

 

 探索を始めてまだ数分も経っていないが、最早この場にノイズがいないことは明白だった。

 そもそも、この雑木林自体がそれほど大きな物でもないのだ。反応になるほど大量のノイズが隠れられるとも思えない。

 

 あるいは、地下などの()()()()()()()()にいるというのなら話は別だが。

 その場合は、そもそも響にはどうしようと手出しが出来なくなるだけだ。

 

(ギアを恐れてノイズが逃げた……?)

 

 もう1つ考えられる可能性としては、響や翼のギアを恐れてノイズが逃げたという可能性。

 ノイズがどのような生物かは知らないが、自分達を狩る存在が現れてそれから逃げだすという行為を行っても然程不思議ではない。

 

 しかし、そもそもの話ノイズ自体一人一殺ならぬ一ノイズ一殺が基本だ。

 自己の保存なんていう本能があるなら人間を襲うなんてしないだろう。

 

 結局の所、分からないということが分かるだけで堂々巡り。

 そも、専門家である了子達が分からない事なのだ。響がない頭を捻った所でどうにかなるはずもないだろう。

 

(司令の言うように、大人しく待機すべきかな……)

 

 いるであろうノイズを前に、じっとしていなければ成らないのは口惜しいが、無理なものは仕方ない。 

 踵を返し、雑木林周囲の巡回に戻ろうとした所で、ガサガサと草木を掻き分けこちらに近づいてくる音が耳に入った。

 

「誰かいるんですか!?」

 

 もしや、生存者かと声をかける。この異常事態に何らかの関係があるのかも知れない。

 

 だが、返事は無く、代わりに棘の付いたムチのような物が空を切り響へと襲いかかる。

 

「なっ!?」

 

 間一髪で回避するも、まるで生物かのように動きを変えた鞭に横薙ぎに薙ぎ払われ、響は地面へと叩きつけられる。

 

「おいおいおい。少しは出来るってんだろ? 折角歓迎の準備までしてたのにガッカリさせるなよ」

 

 月明かりの下、1人の少女が暗がりから現れる。

 まっ白な装束に包まれ、バイザーで顔を隠した姿からは表情は窺えないものの、その声は愉悦を含んでおり明らかに響を侮っていると理解できる。

 手元でクルクルと弄んでいる肩から伸びた棘の付いた鞭は、まごうこと無く先程響を打ちのめした物で、先程の言葉と併せて彼女がこの襲撃の下手人であることを証明していた。

 

「っ……。一体何を? 貴方は……?」

 

 突然の事態に思考がついていけず、少女へと問いかける。

 

「馬鹿が。答えるとでも思ってんのか?」

 

 響の疑問へ答えること無く、再び両手の鞭を振るう白装束の少女。

 1度目の不意打ちはともかく、流石に2度も黙って食らってやるほど響ものろまではない。

 

 その場から跳ね起き、回避する。

 虚しく空を切る鞭はそのまま木々を穿ち抉っていく。そう何度も食らってやれるほど軟な攻撃ではなさそうだ。

 

「貴方に何の目的があるのかは分からないけど、今は争ってる場合じゃない! この付近にノイズがいるかも知れないんだ!」

 

 何か、恨みでも買ってしまったのだろうか?

 人助けがあるいは裏目に出てしまったのかも知れない。世の中には余計なお世話と言われることだってある。どこか響の知らない場所で致命的に歯車が噛み合わなかった出来事が起きてしまったのかも知れない。

 

 けれど、今はそれで争っている場合じゃないのだ。

 この付近にはノイズが潜伏している可能性もあるのだから。

 

「はっ、ノイズねぇ。じゃあ、面白いもんでも見せてやるよ!」

 

 響の言葉を鼻で笑い、少女が空中へと手を翳す。

 すると、ぐにゃりと捻れたかのように景色が歪み、その中からノイズが出現してくるではないか。

 

「ノイズ!? そんな、嘘!?」

 

 思わず否定の声を上げてしまう響。

 ノイズとは制御不能の化物。それが、常識だったはずだ。

 

 だが、その常識は今まさに目の前で打ち破られた。

 

 目にした人間を無秩序に襲うノイズは、周囲のあちこちに出来た空間の歪みから続々と湧き出し、白装束の少女の指示を待つかのよう待機しているのだから。

 

「おいおい、呆けてていいのか? そら、いくぞぉ!」

 

 驚きの余り、思考が停止していた響を少女の叫び声が現実へと引き戻す。

 

 そして、響へと投げかけられたのは叫び声だけではなかった。

 少女の掛け声の元、一斉にノイズ達が響へと襲いかかってきたのだ。

 

「くっ!」

 

 再び跳躍し、ノイズの突撃をいなす。

 そのまま宙を蹴り、強引に後方へと跳び退く。

 

 間一髪の所を少女が振り下ろした鞭が過ぎる。

 強引に中空で方向転換していなければ、今頃もう一度地面との激しいキスを味わうハメになっていただろう。

 

「逃げるだけか? そらそら!」

 

 両手で鞭を振り回し、響へと少女が躍りかかってくる。

 腕を交差し、攻撃を防ごうとするも無軌道に振り回される鞭相手には些か分が悪い。

 

 そして何より、攻撃の合間を縫って突進してくるノイズの対処に否が応でも手が割かれる。

 

(兎に角、ノイズの数を減らさないと……!)

 

 謎の少女の目的も気になるが、現状はそれどころではない。

 引っ切り無しに飛びかかってくるノイズ達を始末しないことには、目の前の少女と話すことすらままならない。

 

 鞭を捌き、ノイズを1匹1匹始末しているだけでは、ジリ貧だ。必ず何処かで限界が来て破綻する。

 

 決めるなら、一瞬で方を付ける必要がある。

 

(一か八かだ……!)

 

 身を屈め、手も足も出ない様を装う。

 最低限の攻撃だけをガードし、食らってもいいものは敢えて食らう。

 

 全身に激痛が走るが、歯を食いしばりそれも耐える。

 

 こんなもの、未来の背負った痛みに比べればなんてことはない。

 

 だから――

 

「手も足も出ないってか? なら、これで終わりにしてやるよ!」

 

 一向に反撃しない響の様子に、気を良くしたのか、少女は大ぶりの攻撃で止めを刺そうとしてくる。

 

「へいき、へっちゃらだ!」

 

 今までとは違い、一直線に振り下ろされ、軌道が丸わかりのそれをギリギリの所で躱し、そのまま踏みつける。

 

「何!?」

 

 驚く少女を尻目に、踏みつけた勢いのままに脚部のパワージャッキを作動させる。

 

「ちっ! だが、このネフシュタンがその程度で破壊できるとでも」

 

 喚く少女の言葉を無視して、そのまま振り下ろす。

 響の目的は破壊ではないのだから。

 

 勢いそのままに地面へと突き刺さるジャッキだが、ここは雑木林。

 腐葉土を多く含み、なおかつ湿度の高さ故に柔らかくなっていた地面へと吸い込まれるように突き刺さっていく。

 

 下敷きにしていた鞭を巻き込んで。

 

「ぐぁッ!? 馬鹿な!」

 

 渾身の振り下ろし故に、伸び切っていた鞭。それが地面へと吸い込まれれば、必然的に繋がっている少女も引きずられる。

 たたらを踏み、姿勢を崩しす少女。

 

 漸く、隙きができた。

 当然、その隙きを埋めるべく、ノイズ達が響へと突進してくる。

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

 しかし、それは既に予想済みだ。

 地面へと思い切り拳を叩きつけ、碗部のパワージャッキも作動させる。

 

 轟音とともに、土が舞い上げられ、辺りの視界が遮らえる。

 

 ノイズは物体を透過することは出来るが、透視する事は出来ない。

 そして、指揮を出しているであろう少女は咄嗟の出来事に対応しきれていない。

 

 結果、生まれたのはノイズ同士の衝突事故。

 既にいない響へと殺到し、団子となって身動きが取れなくなったノイズ達を上空へと退避していた響が強襲する。

 

 中空を蹴り、勢いに乗って拳から地面へと叩きつけられるように着地する。

 辺り一面の地面が抉れ、ノイズ達が衝撃で吹き飛び、灰へと還っていく。

 

 後に残ったのは、そもそも響へと向かっていなかった少数のノイズ達と先ほどの衝撃で鞭が地面から抜け、呆然と立ち尽くしている少女だけだった。

 

「投降して下さい。これ以上、戦いたくはない」

 

 地面から拳を引き抜いた響が、少女へと投降を呼びかける。

 リーチに優れてはいるものの、懐に入られたら対処が難しいであろう鞭という武器。その弱点を補うためのノイズの飽和攻撃だったのだろう。

 

 だが、既に均衡は崩された。

 少数のノイズでは響を留めきれず、懐に入られればそのまま食い千切られる。

 

 先ほどとは一転、状況は響優位へと傾きつつあった。

 

「おい」

 

 俯いたまま、少女が響へと声をかける。

 

「なんで、あたしを狙わなかった。あたしが指揮を出してることに気付いてたんだろ?」

 

 先程の一撃で姿勢を崩していた少女に、土煙で死角となった位置から飛び込めば、あるいは少女を倒し切ることが出来たかも知れない。

 そうすれば、残るのは頭を失った有象無象のノイズの群れ。響の敵ではないだろう。

 

「私の目的は、貴方を倒すことじゃないから」

 

 だが、響はそうはしなかった。

 

「どうして貴方は戦うの? なぜ、ノイズを操れるの? 私に、教えてくれないかな」

 

「はっ。それを聞いてどうするってんだ?」

 

「分からないよ。だって、私はあなたのこと、何も知らないから」

 

 少女へと歩み寄りながら、語りかける。

 

「わからないまま、決めつけてしまう事が一番怖いから。もし、理由があるなら教えて欲しい。助けがいるなら何だってする。だから、私の手を取って?」

 

 未来の時のように、ただ悪と決めつけて罪を背負わせてしまいたくはない。

 もちろん、少女のしていることが許されることではないとは分かる。ここ最近のノイズの襲撃にしても、恐らくこの少女の仕業だろう。

 

 だからといって、全てをこの少女のせいにして一件落着としたくはない。

 

「分かってんのか? あたしは犯罪者だぞ?」

 

「それでも、私は貴方を傷つけたくない。誰も傷つけたくないんだ」

 

「ふ、ふふ、はは、ははははっははは!!」 

 

 響の言葉を聞いて、少女が突然笑い出す。

 

「なんだそりゃ? お手手繋いでみんな仲良しってか!?」

 

 そして、そのまま響から距離を取る。

 言葉の端々からは、先程まで以上の響への敵意と苛立ちが現れており、どう考えても響の言葉で友好的になったようには見えない。

 

「はっ! 反吐が出るぜ! 皆仲良く世界平和なんて夢は、それこそ夢の中で一生見てるんだな!」

 

 そして、そのまま再び襲いかかってくる。

 

「っ! お願い、私の話を聞いて!」

 

 振るわれる道の嵐を回避しながら、響は叫ぶ。

 

「だったら聞かせてみるんだな! 口だけならなんとでも言える! ご立派な英雄様にはこういうのはどうだ!?」

 

 少女が一喝すると共に、周囲に残存していたノイズ達が再び動き出す。

 

「今更、この程度の数!」

 

 だが、最早響の驚異となる数ではない。少女の攻撃を捌きながらでも余裕で対処できるだろう。

 

「馬鹿が! 皆が皆構ってくれるとでも思ったか!?」

 

 しかし、ノイズ達は響の脇をすり抜け、そのまま背後へと走り抜ける。

 無理に通り抜けようとした数体が響の手により、灰へと還されるが、それでも3体ほどがすり抜けて走り去る。

 

「守ってみせろよ! 誰も傷つけないんだろ!? 英雄様よぉ!」

 

「まさか!?」

 

 走り去るノイズの行く先は先程響が通ってきた公園。そして、その先の住宅街だ。

 避難は済んでいるはずだが、もしもの可能性もある。

 

 見過ごすことは、出来なかった。

 

「間に合えッ!」

 

 強引に地を蹴り、ノイズへと跳びつく。

 

 最後尾の1体を踏みつぶし、そのままパワージャッキで宙を蹴る。

 

「おいおい、余所見してて大丈夫か?」

 

 残る2体へと走ろうとした所で、背後から聞こえる声と、風切音に反射的に跳躍する。

 

 一瞬前まで響がいた場所を鞭が通り過ぎ、地面が抉れる。

 

「くっ……」

 

 降り注ぐ土や小石から腕で顔を守りつつ、再びノイズへと向き直る。

 最早、悠長にしている余裕はない。

 

 あるいは、このノイズを見逃しても大したことはないと割り切るという手もある。

 合理的に考えれば、それが一番なのかも知れない。

 ここでこのノイズ達を逃した所で、元凶である少女を止めれば制御を奪えるかもしれない。

 そもそも、たかが2人程度を救うために、事の大本である少女に背を向ける事が間違いかも知れない。

 

 だが、それが何だというのか。

 誓ったのだ。もう、誰も傷つけさせやしないと。

 

 戦う理由なんてそれだけで十分だ。 

 

 この手に残った残照が、立花響を立花響足らしめてくれているのだから。 

 太陽に恥じぬ自分であるために、拳を振るおう。

 

「おりゃぁぁぁ!」

 

 追いついた1体を背中から打ちのめし、勢いのままに体を捻り、もう1体のノイズの方を向く。

 

 こちらに背を向け、走り去るその後ろ姿は遠く、既に林から抜けようかという位置だ。

 だが、手の打ちようはある。

 

 碗部のパワージャッキを伸ばし、思い切り打ち付ける。

 圧縮された空気の弾丸が一直線に発射され、そのままノイズを撃ち抜き、灰にする。

 

 だが、ノイズは倒せても本命が残っている。

 

 再び空を切り迫る鞭。

 先ほどと同じく、宙を蹴り逃れようとする響だが、ある異変に気がつく。

 

(ジャッキが伸びない!? どうしてッ……!)

 

 普段なら自らの身体の一部のように扱えていたギアが言うことを聞かない。

 脚は虚しく空を切り、無理な体勢のまま身体は宙を舞う。

 

 そして、それを見逃してくれるほど甘い相手ではない。

 

「がッ、あ……!」

 

 背中から思い切り打ち付けられ、地面へと叩き落とされる。

 受け身も取れず、地面で二度三度とバウンドする響。衝撃に肺から空気が抜け、目の前が白くなる。

 そのまま地面を転がり、なんとか拳を地面に突き立てて立ち上がろうとする。

 

 しかし、先程から様子のおかしいギアは鉛のように重く、膝が笑い真っ直ぐ立つことすら困難だ。

 

「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだ? よちよち歩きの赤ん坊みてーじゃねーか」

 

 響を嘲笑いながら、少女が一歩ずつこちらへと近づいてくる。

 どうにか構えようにも、ただでさえ言うことを聞かないギアに加えて、先程の攻撃ダメージも合わさりフラフラと体勢が崩れてしまう。

 

「この、程度ッ」

 

「あんまり暴れんなよ。なるたけ無傷で連れて帰ってこいって言われてるんだからな」

 

 少女の言葉とともに、響の直ぐ側の空間が歪み、そこから水飲み鳥のようなノイズが現れる。

 常ならば、悠長に出現をまったりはせず即座に撃破するのだが、生憎と今の響にそれだけの余力は残っていなかった。

 

 なんとか姿勢を整え、殴りかかろうとするも足元向けて振るわれた少女の鞭に対応しきれず、無様に地べたへと崩れ落ちる。

 

 そして、その響の上に、ノイズ達が謎の液体を撒き散らす。

 

「っ! 動けない……!」

 

 粘着質の液体に全身を捉えられ、身動きが取れなくなる響。

 

「分かっただろ? 力も無いくせに、守るだの何だの言うからそうなるんだ」

 

 芋虫のように身じろぎするだけとなった響に向けて、少女が語りかける。

 今までのように響を嘲笑うような内容だが、言葉とは裏腹に少女の口調はどこか哀愁を帯びている。

 

 まるで、響に誰かを重ねているかのように。

 

「一体、貴方に何が……」 

 

「じゃあな、大馬鹿野郎。精々、いい夢でも見てるんだな」

 

 問いかけに答えること無く、先程までのある種嗜虐的な様子とは裏腹に淡々と響へと最期の言葉を告げる少女。

 

(ここで、死んじゃうのかな)

 

 絶体絶命の状況に、響の脳裏に諦めが過る。

 

(でも、そうしたら……)

 

 少女が鞭を振りかぶるのが見える。

 

(未来に、また会えるかな……)

 

 ギロチンの如く振り下ろされたそれを目を瞑り、受け入れる。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……?」

 

 だが、いつまでたっても死神の鎌が響へと振り下ろされる事は無かった。

 あるいは、これが死というものかと思い閉じていた目を開ける。

 

「てめぇ……。なにもんだ?」

 

『……』

 

 目に飛び込んできたのは、鞭を振り下ろした姿勢の白い少女と、その鞭を腕で受け止める黒い影。

 

 夜の闇のように黒いその姿。

 

「ゴースト……ナイト?」

 

 こちらの呟きに反応してか、振り返ったその継ぎ目すら無い甲冑の向こう。

 その奥にあるであろう瞳と目が会った気がして、響の心は、なぜだか無性に騒いだ。

 




 未来さんのイメージは新世界樹の迷宮2のファフニールの騎士です(今更)。

 それにしても、暑くて中々執筆が進みません……。
 みなさんも、熱中症にはお気をつけ下さい。

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