「ゴースト…ナイト?」
「なんだぁ? てめぇは……?」
2人の誰何をどこ吹く風とばかりに受け流し、立ち尽くす黒の騎士。
鞭を受け止めていた腕をだらりと下ろし、明後日の方向を向く姿からは、話に聞いていた残虐な印象は浮かばず、暗い森の中というロケーションも相まって、まるで幽霊のような非現実味を感じさせる。
「なんだか知らねえが、邪魔するってんなら容赦はしねぇぜ!」
一向に返答の無い相手に業を煮やした白装束の少女が、鞭を振りかざし再び襲いかかる。
左右から襲いかかる凶器を前にしても、怯む素振りすら見せないその様子はいっそ不気味ですらあった。
棒立ちのままのゴーストナイトへと、鞭が叩きつけられる。
しかし、甲高く鳴り響く金属音とは裏腹にその身体に傷が付いたようには見受けられなかった。
「ちっ、その見た目は伊達じゃねーって事か」
いよいよ本格的にゴーストナイトを脅威だと認識したのか、白い少女の目つきが鋭くなる。
すると、それに反応するかのようにゴーストナイトも構えを取る。
クルクルと鞭を弄ぶ少女。
腕に付いた半身ほどもあるブレードを夜闇に煌めかせゆっくりと歩き出すゴーストナイト。
少しずつ両者の距離は縮まっていく。不敵な笑みを湛える少女に対し、無表情――尤も、黒い甲冑に覆われたその顔に表情が浮かぶはずもないが――のゴーストナイト。
白と黒、対極的な両者が今正にぶつかろうとしていた。
先に仕掛けたのはゴーストナイトだった。
先程までのゆったりとした動きから一転、突如駆け出すとブレードに炎を灯し、そのまま斬りかかる。
「プリンセスの窮地に現れる白馬のナイト気取りか? ちょっせぇんだよ!」
ブレードに鞭を絡め、突進の勢いを受け流す少女。
ひらりと攻撃を躱されたゴーストナイトは勢いそのままに放り投げ出され、顔面から木へと衝突する。刃に灯った炎が燃え移り、木々が燃え始め、辺りを煌々と照らし出す。
「はっ、見掛け倒しかよ。そのまま黒焦げになっちまいな。ま、元から真っ黒だけどな」
炎に照らされる少女の嘲笑を余所に、何事も無かったかのように立ち上がるゴーストナイト。
無機質な動きが、ゆらゆらと揺れる炎に照らされ得も知れぬ気味の悪さを醸し出している。
「ちったぁなんか言ってみろよ。お人形さんか、てめーは!?」
そんな再びの罵声も無視し、ゴーストナイトはユラリと立ち上がると再び腕を構えた。
(ツイてねえな……)
心の中で悪態をつきながら、ネフシュタンの少女――雪音クリス――は眼前の敵を見据える。
彼女の上司にして、保護者でもあるフィーネから言い渡された今回の目的はただ1つ、立花響の拉致だ。
通信の妨害に、多方面へのノイズの展開、予めノイズを配置しての奇襲と、クリスからしてみれば過剰なほどの下準備を経て実行された今回の作戦。
フィーネ曰く、それなり以上に出来るとの事だったが、蓋を開けてみればなんてことはない。
確かに、ノイズの包囲を抜けて来たのには多少驚いたものの、それ止まり。甘っちょろい理想を振りかざすだけで、ちょっと煽ってやればギアの限界を超えて直ぐにダウンだ。
気の乗らない仕事なんてさっさと終わらせるに限ると、意識を奪おうとした正にその瞬間に現れたのが、この黒騎士だった訳だ。
(甘ちゃん馬鹿に、騎士気取りのクソ野郎か)
一緒にいるだけで反吐が出そうだ。
フィーネからは下手に手を出すなと言われていたが、先程の跳躍を見るにあのバカを担いだまま逃走することは不可能だろう。
この行き場のない感情をぶつけるついでに、この時代錯誤のアンティークも土産としてフィーネの元に放り出してやろう。
フィーネの澄ました顔が驚きに染まり、自分を見直すかもしれないと考えれば、割に合わない仕事も多少は張り合いが出るというものだ。
「めんどくせぇから、投降してくれねぇか? あー、ほら、身の安全ってやつは保証するからよ」
足元の響を皮肉りつつ、ゴーストナイトへと投降を促す。
もちろん、こんなふざけた提案が通るなどとは思っていない。そもそも、提案をすること自体、響への当てつけ優先なのだから。まあ、身の安全云々は一応本当だ。尤も、フィーネがどうするかは知ったことではないが。
ふざけた問いかけに対するゴーストナイトの返答は、腕の一振りだった。
「はっ! そういう答えのほうがアタシ好みだぜ!」
ただ振り下ろされただけでなく、炎を纏う刃から放たれた一条の炎刃を鞭で叩き潰してこちらも返答とする。
飛び散った火の粉が頬を掠め、その熱がクリスの闘争心に文字通り火をつけた。
「おもしれぇ! たたっつぶしてやる!」
「足元!」
駆け出したクリスに対して、突如として響が声をかけた。
「なっ!? ちょせぇ手を!」
警告と足元の違和感に目をやると、いつの間にやら、氷によって地面へと貼り付けられているではないか。
ネフシュタンの堅牢さが逆に仇となり、冷たさに気が付かなかったのだろう。このまま走り出せば、否応なしに地面へと膝をついていた所だ。
響の警告によって、転ぶことはなんとか避けたものの、体勢が崩れた所に今度こそゴーストナイト本体が突撃してくる。
「くそ、がぁッ!」
振り下ろされる刃を肩のアーマーで受けようとしたが、触れた箇所から流れる鋭い痛みに、思わず怯む。
痺れるような感覚と、視界の隅に映る、バチバチと紫電を放つ刀身の輝きから、どうやら電流が流されているようだ。
(炎に氷に電撃に、想像以上になんでもありかよコイツは!)
ダメージ自体はそこまででもないが、痺れにより身体が上手く動かせない。
不滅のネフシュタンは伊達ではなく、食らうそばから回復こそしているものの、電流の流れる刃を押し付けられている以上、ただのいたちごっこだ。
相手もそれは分かっているだろうが、そもそも膝をついた状態で防御のために姿勢を崩しているクリスと、攻撃のために刃を押し付けているだけのゴーストナイト。
仕切り直した際にどちらが有利かは、火を見るより明らかだ。
遂に、ゴーストナイトが刃をクリスから放し、再び振りかざす。
追撃が来ると身構えるが、突如としてその動きが鈍ったではないか。
「このぉ……!」
何事かと見てみれば、響がゴーストナイトの足へとしがみついている。
ノイズの粘着液により、動きが制限されている上に、ギアの出力が未だに上がりきっていない状態ではあるものの、足止めには十分だった。
「よわっちょろいやつが余計なことしてるんじゃねぇよ!」
だが、クリスにとっては面白くない。
不覚を取った自分も、そして何より、こんな状況でさえ自分を助けようとする響も。
「すっこんでろ!」
動きの止まったゴーストナイトを強引に弾き飛ばし、再び距離を取る。
「誰が助けてくれなんて頼んだ!」
「でも、」
「自分の立場ってもんが分かってんのかオメーは!?」
なおも言い募る響へと一喝する。
(クソ! イライラさせやがる……。どいつもこいつも!)
いつだって世の中に一握りはいるお人好しというものが、クリスは大嫌いだった。
そういう人種は大抵、悪意ある人間にしゃぶり尽くされた挙げ句、最期には使い捨てられると相場が決まっているのだ。
(そうだ、力こそが全てなんだ)
ネフシュタンの鞭を掴む手に自然と力が籠もる。
フィーネから与えられた世界を変えるための力。それが、このネフシュタン。
そう、争いなんてより強い力で消してしまえばいい。自分にはその力が有るのだから。
だから――
「邪魔するんじゃねぇよ!」
鞭を振り上げ、ゴーストナイトへと叩きつける。
避けること無く、刃で受けるゴーストナイトだが、その対応は既に予想済みだ。
そのまま鞭を刃へと巻き付けて、渾身の力で逆方向へと振り上げる。
思ったよりも軽いその身体を宙へと巻き上げ、勢いよく地面へと叩きつける。
「これで終わりじゃねぇ! おかわりだ! 持っていきな!」
土煙を上げて地に伏せるゴーストナイトへと、追撃に鞭の先端を幾度も幾度も突き立てる。
流石にこれだけの連撃を浴びれば、少なくとも行動不能程度には追い込めるだろう。
「はっ、漸く静かになったか」
最後に一撃、自分の苛立ちも上乗せして両の鞭を思い切り叩きつけて終わりにする。
ゴーストナイトがいるであろう周囲は、地面も木々も全てが穴まみれで、まるで銃弾の嵐が通った後のようだ。
「そんな……」
そんな、凄惨な光景に反応してか、響が声を上げる。
「お優しいお姫様は白馬の王子様の心配でもしてんのか? あいつが何をやってきたか、知らねーわけじゃないだろ? そもそも、人間かすらも怪しいってのに、よくやる」
「私は……」
「夢を見る時間はもう終わったんだよ。まあ、これからは覚めない夢の中に永遠に居候することになるかもしれねぇけどな」
踵を返し、今度こそ響へと止めを刺そうとするクリスの耳に、地面を踏みしめる音が聞こえた。
響が拘束を破ったわけではない。彼女は、クリスの眼前で地に伏している。
つまり――
「あれを食らって起き上がるのかよ……。本物のバケモンだな……」
振り向いた視線の先にあったのは、立ち上がるゴーストナイトの姿。全身に傷こそ負っているものの、それによって行動に支障をきたしている様子もない。
さしものクリスもこれには面食らい、動揺を隠せない。
とはいえ、一度や二度の攻撃で倒せないなら、倒れるまで殴ればいい。
「今度こそ、おねんねさせてやるよ!」
再び両者が駆け出し、ぶつかり合う。
鞭が刃を絡め、刃が鞭を切り払う。炎が舞い、氷が飛び散り、雷が煌めく。
無駄に多彩な攻撃を受け流しつつ、果敢に攻め立てるクリスだが、如何せん本体の耐久度が桁違いに高い。
既に数回、本体へと打撃を与えることに成功しているものの、体勢を崩すだけで、有効打となっている気配がない。
(ちぃッ……。使いたくねーが、あれを使うしかねぇか……)
最早、通常の攻撃では埒が明かない。
そう判断したクリスは、一気に方を付けるべく、ギアの出力を上げる。
「お遊びはここまでだ! これで今度こそお終いにしてやるぜ!」
「それは困るな。折角来たのだから、私とも遊んで貰わねば」
威勢よく啖呵を切ったクリスに、ここにはいないはずの人物が答える。
「ちっ……。遊び過ぎたか……」
(こりゃ、フィーネの折檻は免れそうにねぇな)
どんどんと悪化していく状況に、クリスは溜息をつくのであった。
「何事かと思えば、お前のような無頼漢がいたとはな。おとなしくお縄についてもらおう」
「大遅刻かました割には言うじゃねぇか。えぇ? 無能な防人さんよぉ」
目の前の少女からの挑発に思わず歯を食いしばる。
「無能、か。なるほど、貴様のその鎧をみれば私をそう称するのも当然の帰結というわけか」
「流石の無能もこの鎧までは忘れてなかったみてぇだなぁ。ははっ、いつもいつも、肝心な時に大事なもんを守れねぇな」
「確かに、私の不手際で鎧も、奏も、そして何より、大勢の無辜の民の命も失ってしまった」
「だが、だからこそ、もう二度と、何も失いはしない! 私はそう誓ったのだ!」
「出来るもんかよ! てめぇ如きに!」
一緒即発、売り言葉に買い言葉で2人がぶつかろうとしたその時、間に割り込む影があった。
「あぁ、そういや特別ゲストもいたな」
「貴様は……」
黒い影――ゴーストナイト――が翼の方へと向き直る。
『カザ、ナリ……ツバサ……』
そして、驚くべき事に翼の名前を呼び始めた。
酷く籠もっており、老若男女の区別もつかないが、その声は確かに人間の物だった。
「な、てめぇ喋れたのか!?」
「嘘……」
響とネフシュタンの少女が驚愕している様子から、恐らく喋ったのは今が初めてなのだろう。
だとすれば、それが自分自身の名前であることは、何かしらの意味を持っているはずだ。
「貴様、何者だ? 何が目的でこのような狼藉を働いている」
ゴーストナイトとは、あくまでこちらが勝手に付けた仮称だ。故に翼は、真意を問いつつ誰何する。
『ワタシト、タタカエ』
そして、告げられたのは簡潔だが、不明瞭な答え。
「何故私が貴様と戦わねならない? 貴様は何が目的だ」
元より戦うつもりではあるが、それは置いておいて再び目的を問う翼。
なんと言っても、相手は正体不明の大量殺人鬼だ。取り逃す可能性も考えれば、今後の追跡の為にも出来るだけ情報を得ておきたい。
『タタカエ……。ソウシナケレバ、イケナイノダカラ……』
しかし、返ってくるのはやはり、意味をなさない言葉のみ。
所詮は狂人かと、戦う構えに入ろうとして翼の耳に、驚くべき言葉が飛び込んできた。
『ソウダ、ワタシガコロシタンダ。アモウ……カナデヲ……』
「なんだと!?」
「はぁっ!?」
翼の記憶が確かならば、奏の死因はノイズの数の暴力に依るもの。そこに、ゴーストナイトの姿は無かった。
だが、そもそもゴーストナイト自体が不明瞭な存在なのだ。
あの場に
もしくは、単純に隠れて裏から手を引いていたとも考えられる。
「どうやら、お前に聞くべきことが増えたようだな」
「さっきからアタシを無視してベラベラと……。いい度胸じゃねぇか」
蚊帳の外にされて業を煮やしたのか、ネフシュタンから鞭の野次が飛んでくる。
刀で軽くはたき落としてやって、そちらへと向き直る。
「ふ、火事場泥棒が吠えるではないか」
「ぐっ……」
翼の言葉に反論できず、苦虫を噛み潰したかのような顔で黙り込む少女。
翼の預かり知らぬ事ではあるが、そもそもネフシュタンの少女――クリス――は、フィーネから鎧を渡されただけでどのように手に入れたかなどは詳細に知らされていない。
ただ、基礎知識として二課で保存されていたが、ツヴァイウイングのライブの事故のどさくさに紛れて盗み出したと知っているだけだ。
故に、反論することが出来なかったのである。
「あーもー! 御託はもういい! さっさとぶっ飛ばしてやるよ!」
遂に堪忍袋の緒が切れたのか、ネフシュタンの少女は最早話し合う事を放棄したようだ。
それに伴い、ゴーストナイトも刃を身体の前に構える。
「翼さん! そっちの女の子はノイズを操って、ゴーストナイトは炎と氷と電撃を使うみたいです! 気をつけて!」
「なるほど。助言、感謝するぞ立花。直ぐに助けてやる」
いざ、戦端が開かれんとする中、響の忠告が飛んでくる。
初見の敵の情報を入手できた事は非常に大きく、翼は感謝の言葉を響へと返す。
「……すみません、私のせいで」
「何、気にするな。先達として当然の事をするまでだ。それでも気にすると言うなら……そうだな、二課の休憩室で飲み物でも奢ってもらおうか」
穴があったら入りたいという様子の響へとフォローを入れる。
とはいえ、気にするなと言って気にしない性格でもないだろう。
(ふっ……。私とて、人のことを言えたものでもないか……)
少し前までの自分を思い出し、心の中で自嘲する。
何はともあれ、先輩としてこの場を切り抜けなければ。
「さあ、ゆくぞ!」
思い切り踏み込み、ネフシュタンへと斬りかかる。
当然、そんな簡単な攻撃に引っかかる訳がなく、あっさりと躱されるが、それは想定の内。
「せいッ!」
斬りかかった勢いのまま前転し、そのまま脚部の刀でもう一度斬りかかる。
「ちぃッ!」
たまらず一歩下がるネフシュタンへと追撃すべく、そのまま1回転し、もう一度斬りかかろうかというところで今度は翼が後ろへと下がる。
ゴウッという音共に、先程まで翼がいた場所を炎が一閃する。
「そう拗ねるな。そちらの相手もしてやるとも」
視界の隅に映る、刃を振り切った姿勢のゴーストナイトへと言葉を送りながら、再びこちらへと襲いかかった鞭を剣で叩き落とす。
小賢しくも、剣を巻き取ろうとした鞭を蒼ノ一閃の要領で刃を巨大化させることで不発させる。
そのまま蒼の閃刃をネフシュタンへと向け放とうとするも、横から再び飛んできた紫電を躱すべく姿勢を崩したため、射線がずれてしまった。
轟音とともになぎ倒される木々を尻目に、今度はネフシュタンが両の鞭でもって左右から挟撃をかける。
「お疲れだろ!? そろそろ休んだらどうだ!」
「生憎だが、断らせてもらおう!」
思い切り後ろへ跳躍し、それを躱す。足元を鞭が掠め、土が抉られていく。
三度翼を狙って放たれた炎刃を刀で切り払いながら、なんとか地面へと着地する。
(ゴーストナイトの狙いが私に集中している……。流石に、これは少し厳しいか……)
三つ巴ならば、なんとかする自身はあるが、流石に2対1となると、翼をして少々辛いものがある。
幸いなのは、あくまで翼を狙っている1と1がいるだけで、両者に連携が存在しないことだろう。
(だが……)
更に、翼が不利な理由に、これ以上下がることが出来ないということが有る。
だが、当然ながら敵はお構いなしにこちらへと攻撃してくる。
降り注ぐ鞭の雨をいなしつつ、飛んでくる種々様々の刃を叩き伏せる。
「あぁん? 急におとなしくなったじゃねぇか」
防戦一方に成りだした翼を訝しんだのか、ネフシュタンが攻撃の手を緩めぬままにこちらの様子を伺う。
そして、その
「なるほどなぁ。確かに、足手まといがいちゃそっから動けねぇよな! ははっ! こいつは傑作だ! 散々助けるだの何だのほざいた挙げ句、自分が助けられて足引っ張ってるんだからよ!」
「くっ……」
哄笑する少女に、響が力なく俯く。
「ははは! その足手まといごと時代錯誤なお武家様をふっ飛ばしてやるぜ!」
少女が頭上で鞭を振り回し始め、その上に、エネルギー球生成されていく。
あからさまな大技の予備動作だが、こちらへと飛んできたゴーストナイトの攻撃により、翼はそれを妨害することは叶わなかった。
(かくなる上は!)
防ぐことは不可能と判断し、次なる一手の為の布石を打つ翼へと響が声をかける。
「翼さん、私のことはいいです! だから、逃げてください!」
自分の身を顧みず、翼へ逃げろと必死に懇願する響。
だが、なんてことはない。立場を変えて見てみれば翼のやっていることも変わりないではないか。
「結局、似た者同士なのだろうな」
「え……?」
「最期の別れは済んだか? じゃあな!」
ネフシュタンの手を離れた光球がこちらへと飛んでくる。
分裂し、四方から襲いかかる光球へと刃を振るう。
1発目は、蒼ノ一閃で相殺した。
2発目は、そのまま刀で切り裂いた。
3発目も、なんとか刀身で防ぐ事が出来た。
だが、続く4発目と5発目を防ぐ手立ては無かった。
その場を飛び退けば、あるいはなんとかなったかもしれない。それでも、守るべきものを後ろに背負った戦いで、背を見せることは出来ない。
「う、あああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
剣を地面へと突き刺し、吹き飛ばされないように必死でしがみつく。
果たして、土煙が晴れそこには息も絶え絶えの翼が立っていた。
周囲の地面は抉れ、木々はなぎ倒され攻撃の激しさを物語っている。
けれど、そんな周囲の光景とは裏腹に、翼の真後ろ――響のいる場所――だけは無傷のままであった。
「よく耐えるじゃねぇか。まあ、もう虫の息みてーだけどな」
価値を確信してか、少女は満面の笑みを浮かべている。
「それは……どうかな?」
「あぁ? まだ減らず口が叩けるのか。なら、その口を黙らせて……!?」
翼の反応が気に触ったのか、今度こそ翼を始末するために動こうとした少女の顔から笑みが消え、驚愕が代わりに浮かび上がる。
「何だこりゃ!? 体が……」
まるで貼り付けられたかのように動かない少女の体。
それもそのはず、先程の攻撃の土煙に紛れ、翼は上空へと短刀を放り投げていたのだ。
「緒川流忍術ー影縫いー。勝ったと思ったその油断が、貴様の命取りだ」
「ぬ、ぐぅ……」
ゴーストナイトとネフシュタン、両者を一時的にとは言え完全に動きを封じることが出来たのは大きい。
翼が大技でやられたと、両者が思った隙を突いたからこその大戦果だった。
とはいえ、影縫いも万能無敵の技ではない。
現に、ゴーストナイトの方に刺さった短刀は既に半分程度抜けてしまっている。
(私も、奏の事を言えないな)
自分がこれからやろうとしていることの残酷さに、翼は思わず苦笑する。
「なあ、立花。私のことでお前が気に病む必要なんて、無いんだ」
「翼、さん?」
突如として話しかけられた響が困惑したように返答する。
「私もお前も、同じだ。片翼を失い、空を目指せなくなった」
違いは、翼には二課の仲間がいて、響にはいなかったことだろう。
(そんな仲間を少し前までの私は蔑ろにしていたのだがな……)
響と出会うことで漸くわかった自分の歪み。
それを今度は響へと伝えたい。そう願って言葉を紬いでいく。
「弱いならば、強くなればいい。手が届かぬなら、誰かと手を繋げばいい。1人では成し遂げられないことでも、2人でなら、皆となら羽ばたける」
気力を振り絞って立ち上がり、剣を構える。
「喪失の悲しみで、共にある喜びを塗りつぶされてはいけない。未来はいつだってその先にあるのだから」
「私の、未来……」
「救うというのはな、共に歩むということなんだ。過去に囚われ、前へと進めない者に誰かを救うことなど出来はしないんだ」
そう、結局の所誰かを救うには、まず自分が前へと進まなければいけないのだ。
誰かへ手を差し伸べるには、自分が前にいなければいけないのだから。
「だから、私は歌おう。今日の命を燃やし、明日を共に生きるために」
「歌うって……翼さん、まさか!?」
「歌うつもりか!? 絶唱を!」
2人の驚愕の声を尻目に、翼は歌い始める。
「ダメです! なんで、そんな! お願い、止めて!」
響の悲痛な叫びが聞こえてくるが、ここで止める訳にはいかない。
響を守るためにも、そして何より、これ以上この2人による犠牲者を出さないためにも。
「Gatrandis babel ziggurat edenal」
(全く、やっと気が付いたのか)
翼の脳裏に、奏の声が響く。
(ごめんね、奏。大分、遠回りしちゃった)
(翼の事だから、いつまでもウジウジしてると思って心配したんだからな?)
「Emustolronzen fine el baral zizzl」
(うん、そうだね。私もまだまだだ)
(上手く1人で歌えるのか?)
(大丈夫、あの時の奏よりは上手く歌えるよ)
「Gatrandis babel ziggurat edenal」
置いていかれた事を少しの皮肉に込めて非難すると、面食らったかのように、奏の声は一瞬止まった。
(へぇ、あの泣き虫翼が言うようになったじゃないか)
(誰かさんのせいでたくさん泣かされたからね。その仕返し)
「Emustolronzen fine el zizzl」
(さて……それじゃあ、やるか)
(うん、行こう。奏)
翼は1人ではない。
二課の仲間たちがいて、響がいて、そして何より胸の内にはいつだって奏がいてくれる。
だから、恐れるものは何もない。
「翼さん!!!!」
「クソ、があああああぁぁぁぁ!!!!」
そして、翼は光に包まれた。
「嘘だ……そんな、翼さん……翼さん!」
光が晴れ、漸く視界が戻った響は、直ぐに翼の元へと駆け寄った。
絶唱の余波により、周囲は完全に更地となっており、それにより響を拘束していた元のノイズが消えたのか、いつの間にか響を地面へと縛り付けていた粘着液も消えていた。
「ち、っくしょう。覚えてろよ……」
捨て台詞と共に、深手を負ったネフシュタンの少女も何処かへと撤退していく。ゴーストナイトは、吹き飛ばされたのか逃げたのか不明だが、既にその姿は無かった。
今後のことを考えれば、追うべきだったのかも知れない。
だが、響は翼へと一直線に駆け寄った。今は、翼の安否以外は頭に無かったのだ。
奏の時のように、灰になることもなく、翼はその場に佇んでいる。
「良かった、翼さん、無事だったん……ッ!?」
少なくとも、翼が生きているということに一瞬安堵しかけた響だったが、振り返った翼の状態を見て絶句する。
両目と口から血を垂れ流し、全身がズタズタになったその姿は、控えめに見積もっても瀕死そのものだ。
「たち……ばなか。すまんな、あれだけ……大口叩いて……。この、ざまだ」
それでも、響を安心させるべく、無理に軽口を叩こうとする翼。
だが、どう考えても強がりでしかない。
『響君! 翼! 漸く通信が回復した! そちらの状況はどうなっている!?』
そして、ネフシュタンが撤退したからか、回復した通信機から弦十郎の声が聞こえてくる。
「翼さんが! 翼さんが、絶唱を!」
『何!? 分かった! 直ぐに病院を手配する! 響君はすまんが、翼を連れて指定するポイントまで運んでやってくれ』
「分かりました!」
通信機へと、位置が送られてくるのを今か今かと待つ。
その間に、翼を運ぶべく、抱き上げると、翼はこちらへと申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「世話を……かける、な」
「大丈夫です! こんなの、世話のうちにも入りません! だから……だからッ!」
漸く送られてきた合流ポイントを確認し、響は一目散に駆け出した。
今度こそ、失ってなるものかと。
ビッキー、悲しみの空気回。
遅くなりましたが、今までの感想や誤字報告、誠にありがとうございます。
今後も、何か感想やご意見がありましたらお気軽にお寄せください。