太陽と月に背いても   作:ゴルト

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明日へ羽ばたく為に

「暖かいもの、どうぞ」

 

 控室のベンチに腰掛け、俯く響へと頭上から声がかけられる。

 顔を上げると、そこには湯気の上がる暖かそうなココアのカップを両手に持った緒川の姿があった。

 

「緒川さん……」

 

 だが、今更合わせる顔があるだろうか。なんと言えばいいかも分からず、響はただ黙り込んでしまう。

 

 そんな響の様子を見て、少し困った様子で緒川が口を開く。

 

「もしかして、冷たいほうが良かったですか?」

 

 最近暑くなってきましたからね、などと言い出す緒川。このままでは交換してこようかと言いかねない。

 流石にそこまで厚かましくはなれなかった響は、そうではないと首を振り、恐恐と差し出されているカップを受け取った。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 口を付けないのも失礼かと、思ったよりも熱かったカップに苦戦しながら何とか一口。

 

「お口に合ったようですね。幸いです」

 

 いつもの癖で、そのままほっと一息つき、放心してしまった所を見られ、思わず響は赤面する。

 

「す、すみません……。こんな事してる場合じゃないのに」

 

 響の謝罪に答えず、緒川はそのまま隣へと腰掛ける。

 

「まあ、まずはこれを飲んでしまいましょう。中途半端に冷めてしまったココアほど美味しくないものも無いですから」

 

 そのまま、ココアを飲みだす緒川。

 なんともいたたまれない気持ちの響だが、どうすることも出来ずこちらもココアに口を付ける。

 

 暫しの間、狭い室内に2人のココアを飲む音だけが響く。

 暖かい飲み物が身体を芯から温め、余裕の無かった心がほんの少しだけ落ち着いた気分になれる。

 

 心の中の焦りが消えたことで、緒川がどことなくこちらの様子を伺っていることに気がつく。

 

「落ち着きましたか?」

 

 実際に声に出されてそう聞かれれば、響も自分が平常でなかった事を認めざるを得ない。

 

「すみま……いえ、ありがとうございます。ココア、おいしかったです」

 

 再び謝ろうとしたところで、緒川の少し責めるような視線を感じ、慌てて感謝の言葉へと言い直す。

 

「いえ、お構いなく。どうせ受け取るならば、謝罪の言葉よりも感謝の言葉のほうが嬉しい。響さんもそう思いませんか?」

 

 ね? と問いかける緒川に、響も頷く。

 確かに、今まで人助けをしてきた中でもなんだかんだで一番嬉しかった瞬間は、助けた人から感謝の言葉を貰ったときだ。

 逆に、こちらが申し訳ないほどに謝罪の言葉を送ってくる人もいたりしたが、そういった時はこちらも何処と無くいたたまれない気持ちになったりもした。

 

「そうですね」

 

「陳腐な言葉ですけど、元気の源は笑顔ですから。だから、響さんも翼さんには笑顔でありがとうと言ってあげて下さい。それがきっと、一番の薬になりますから」

 

「それで、いいんでしょうか?」

 

「もちろんですよ。翼さんが、謝罪じゃなくて感謝の言葉を受け取ったからってへそを曲げるような人だと思いますか?」

 

 緒川の言葉に、響は首を振って否定の意を示す。

 翼はいつだって響の事を気にかけてくれていた。その手を振り払っていたのは、響の方だ。

 

 なおも、顔色の優れない響へと緒川が声をかける。

 

「なにか、悩みが有るなら僕で良ければ聞きますよ。翼さん相手では、言いにくい事なんてのもあるでしょうし」

 

「……」

 

 押し黙る響の脳裏に、翼が放った言葉が突き刺さる。

 

(手を取ることを怖れるな、か……)

 

 共に手を取り、前へと進む。

 昨日までの響では、失うことを怖れる余り振り払っていたそれを翼は怖れるなと言った。

 

 だが、心で分かっていても実際に行動に移せるかと言うと別だ。

 

「そうですね、折角ですしここでデブリーフィングでもしましょうか。この前はバタバタしていて出来ませんでしたからね」

 

 なおも口を開かない響を慮ってか、緒川の方から話題を振ってきた。

 

「デブリーフィング……ですか?」

 

「響さん自身が納得をしないと、こういう事は前に進めないものです。だからこそ、一旦立ち止まって振り返ってみましょう」

 

 緒川の提案に、響も納得し実際に先日の振り返りをする。

 

「最初に、装者を2手に分けたこと。これ自体はあの時点ではなんとも言い難い状況でしたね。元々、ノイズ自体が同時に多方面に湧くことも無かったので、広まってしまったノイズへの対処のノウハウはあっても、最初から複数箇所に出現した場合の最善手というものが確立されていませんでした。我々後方人員の今後の課題とも言えるでしょう」

 

 響へと説明するように、緒川が語る。

 確かに、これに関しては仕方がない。見捨てるという選択肢が最初から無い以上、2手に分かれざるを得ないだろう。

 

「次は、その後の対応。翼さんの方は特に問題ありませんでしたので、響さんの方ですね」

 

 次なる緒川の言葉に、響はビクリと身を震わせる。

 あの時、厳密に言えば待機命令は解除されていなかった。それを翼が来ないからと勝手に突入したのだ。

 

 1人でも出来ると証明したかった。

 何もかも背負えるように、少しでも他の人の負担を減らせるように、頼って貰いたかった。

 そうして、勇み足の結果がこれだ。

 

「我々の調査不足が明確に現れてしまっていましたね。その後の無線封鎖も含めて、全てに於いて我々が後手に回っていました。響さんに満足行くサポートが行えず、もうしわけありません」

 

「え……」

 

「なにか、疑問に思う点などがありましたか?」

 

 まさかの緒川からの謝罪。

 思わず漏らした声に、緒川が反応する。

 たまらず、響は堰を切ったように緒川を問い詰める。

 

「あれは、私が待機命令を破ったからです! 二課の、緒川さんの責任ではありません!」

 

「いいえ、違いますよ」

 

「違いません! 私が、私のせいで……翼さんは……ッ!」

 

 感極まり、思わず涙する響。

 無力な自分が情けなくて、誰かに助けられる自分が不甲斐なくて。

 そして、今もこうして大人に守ってもらっている自分が許せなくて。 

 

「響さん、貴方の気持ちは分かります」

 

 そんな響へと、緒川は優しく声をかける。

 

「自分にもっと力があればと、そう思う気持ちは僕にもありますから」

 

 そっと目線を下げ、響と同じ視点になり緒川は語る。

 

「本来なら、貴方も翼さんも別の道があったはずなんです。我々大人の不甲斐なさのせいで、貴方達の道を歪めてしまっている。その事を本当に申し訳なく思っています」

 

「違います! これは、私の選んだ」

 

「本当に、そうですか?」

 

 珍しい緒川の強い言葉に、響は二の句が継げなかった。

 

「あのライブ会場での惨劇。それが、貴方の道を歪めてしまった。選んだのではなく、我々のせいで選ばされてしまったんです」

 

「……私が選んだのはこの道です」

 

 何も、否定は出来なかった。

 あのライブ会場での事故さえなければ、響は未来と一緒にいて、こんなふうに身を削って戦うなんてことはしていなかっただろうから。

 

 それでも、戦う事は自分で選んだ選択肢なのだと告げる。逃げることは出来たはずなのだから。例え、歪んでしまっていてもこれが響の歩むべき道なのだ。

 

 そんな響へ、複雑そうな視線を送る緒川。

 彼からしてみれば、響がそう言うこと自体が悲しい事なのだろう。

 

「それでも、です。我々が貴方を”戦わせている”事に変わりはない。だからこそ、我々二課は貴方を全力でサポートする義務があるんです」

「我々にも、背負わせてくださいよ。貴方は、世界に1人ぼっちじゃないんですから」

 

 緒川の言葉に、響が恐る恐るといった様子で口を開く。

 

「……本当に、良いんでしょうか」

 

「もちろんですよ。響さんが誰かを助けたいと思うのと同じように、私達も響さんの助けに成りたいと思ってるんです」

 

「でも、そのせいで翼さんが……」

 

「先程も言ったように、今回の戦闘で響さんが責任を負うべきことなんて何もありません。報告されたギアの不調に関しても、本来ならば我々が把握しておくべき事項。響さんがなまじ戦えるからと、訓練も早々に実戦にだしたこちらの責任です。その実戦も、翼さんという先達と共にノイズという格下を相手取るだけのもの。これでは、限界なんて」

 

「違う……違うんです」

 

 響に責任はないと、懇切丁寧に説明する緒川を遮るように、響は話し始める。

 

「あの時……、ネフシュタンを纏った少女と戦った時、私、躊躇ったんです」

 

「躊躇った、とは?」

 

「……最初、向こうはこちらを侮っていたみたいで、一回だけ優位に立てたんです。そこで、一気にケリをつけてれば、翼さんはこんな事に成らず、この事件も終わってたかもしれないのに……私は!」

 

「落ち着いて、ゆっくりでいいですから、話してみて下さい」

 

 興奮して、泣きそうになる響を緒川が宥める。

 

「……私、戦いたくなかったんです」

 

 響の独白に、緒川の表情が歪む。

 今しがた、戦ってほしくないと言った相手に面と向かって戦いたくなかったと言われれば仕方ないだろう。

 

 そんな緒川に申し訳なく思いながらも、響は話を続ける。

 

「ノイズと戦うことは嫌ではなかったんです。でも、相手が同じ人なのに、戦うことになって……」

 

 そう、響は人助けは何度もしたことが有るが、あくまで個人の範疇でしか無い。

 銀行強盗相手に大立ち回りしたり、テロリスト相手に無双したことなんて有るはずもない。対人戦闘経験なんて無いのだ。

 精々が喧嘩の仲裁くらいで、それも響の身体能力からしたら戦闘とも呼べないものだ。

 

 なまじ、戦闘センスがあるために勘違いされがちだが、あくまであれは翼と奏の模倣でしかない。

 

「戦うっていうことは、誰かを傷つける事で。でも、戦わなくちゃ他の誰かが傷ついてしまう」

「この手を汚したくなくて、私を太陽だって呼んでくれた未来に恥じない自分でいたくて」

「だから、話そうと思ったんです。どうして戦うのか、その理由を」

 

「対話、ですか」

 

「怖かったんです。何もわからないまま戦うことが。知らないままに、誰かを傷つけてしまうことが」

 

「それは……」

 

 響が言うのは、恐らく小日向未来の事だろう。

 世間の好き勝手な噂に翻弄され、命を絶った親友。それに救われた身として、その言葉にどれほどの思いを載せているのか。

 

「でも、彼女に私の言葉は届かなかった……。私、間違っていたんでしょうか。戦うためには、もっと非情でなければいけないんでしょうか」

「分からない……。分からないよ、未来」

 

 俯き、そう言葉を漏らす響の姿からはいつもの何処か凛とした雰囲気は消え、意気消沈した年相応の少女そのものだった。

 

「こう言ってしまうのはなんですが……」

 

 緒川の言葉に、響は絶望したような表情で顔を上げる。

 やはり、戦えもしない装者はいらないのだろうか。散々、戦えるなどと嘯いておきながら、いざ実戦となったらこの有様では仕方ないのかも知れない。

 

(やっぱり、私は太陽には成れないのかな……)

 

 心残りは、亡き友との約束を果たせないこと。それだけを気にしながら、響は沙汰を待つ罪人のような心境で続く言葉に意識を傾けた。

 

「貴方がそういう人で良かった」

 

「え……」

 

 しかし、響の想像とは裏腹に、返ってきたのは感謝の言葉。

 顔を上げてみれば、緒川は穏やかな顔でこちらを見つめている。

 

 どうしたことかと不安気に首をかしげる響へと、静かに緒川は語りだす。

 

「力を持った人は、容易く驕ります。職業柄、僕はそういう人を多く見てきました」

「正しく力を恐れる事の出来る人の元に、ガングニールが渡った。その事を僕は嬉しく思いますよ」

 

「ガングニール……」

 

「奏さんも、翼さんも。最初から強かったわけでは有りません。いろんな人の手を借りて、いろんな事を2人で乗り越えたからこそのツヴァイウィングだったんです」

 

「翼さん達もですか?」

 

「ええ。ふふっ、知ってますか? 昔の翼さんは案外泣き虫だったんですよ?」

 

「えぇっ!? 翼さんが!?」

 

 秘密ですよ? などと笑いながら言う緒川。

 先程まで、死人のように暗い顔をしていた響も、緒川のジョークにより少しずつ調子が出てきたようだ。

 

「折角ですし、響さんには話しましょうか。ツヴァイウイングの話を。歌で宙を目指した、2人の少女の話を」

 

 

 

 

 

 

「貴方に、奏さんの代わりになれとは言いません。でも、翼さんと一緒に羽ばたいてあげて下さい。それが、風鳴翼のマネージャーとして、そして友人としての僕からのお願いです」

 

「私に、成れるでしょうか? 翼さんの片翼に……」

 

 緒川の話を聞き終えた響は、改めて翼の意志の強さに感服する。

 聞けば、奏を失った直後からの翼は大分荒み、頑なな所が強かったという。それに加え、奏も元々は家族を失った復讐のために装者となった経緯を持ち、響と何処か被る所が有る。

 

 相棒の忘れ形見を身に着けて、かつての相棒のように振る舞う赤の他人。

 それが、どれだけ翼の心に負担を掛けた事だろうか。

 

 今にして思えば、最初に会った時にやけに当たりが強かったのも頷ける。

 響だって、未来の形見を身につけた未来そっくりの言動の人間が今日からクラスメイトでルームメイトになる、などと言われた日には冷静でいられるかどうか。

 

「成れますよ、きっと。そうやって悩む貴方だからこそ」

 

 こちらを優しい眼差しで見ながらそう告げる緒川。

 

「そうですね。私が私を信じなきゃダメですよね。私、頑張ってみます」

 

 その緒川の言葉に、響も漸く前向きな言葉を返す。

 

「その意気です。僕も、微力ながらお手伝いさせてもらいますよ」

 

「ありがとうございます。緒川さんってどんな人かと思ってましたけど、翼さんとすごく仲が良いんですね」

 

「翼さんとは付き合いが長いですからね。この前の影縫いも、実は僕が教えたんですよ」

 

 暗に今まで人物像を掴みきれていなかったと言われたも同然の緒川だが、大人の余裕かはたまた聞かなかったことにしたのか、その表情に変わりはない。

 それでも、自分が翼の師匠であると教えたのは彼なりの見栄なのかもしれない。

 

 そんな緒川の言葉は響に凄まじい衝撃を与え、思わず絶句してしまう。

 まあ、シンフォギアの不思議パワーによる金縛りだと思っていたものが、何処からどう見ても一般人の緒川にも使えると言われればその衝撃もかくやというものである。

 

(あれ? 緒川さんもシンフォギア装者……? でも、了子さんの説明だと女性にしか使えないって……。シンフォギア以外の聖遺物のおかげ? でも、それなら翼さんに教えるなんて出来ないし……)

 

 大混乱の響の脳内で幾多の討論の結果出された結論は、気にしないというものであった。

 敵ならともかく、味方だしまあ、いいか! という響にしては珍しい丸投げで強引に思考を打ち切った

 

 そして、以前の響ならしなかったであろうお願いを言う。

 

「あの、私翼さんの戦い方を真似てるんですけど……今度、訓練を見てもらってもいいですか?」

 

 響の珍しいどころか、始めての頼み事に緒川は一瞬面食らったかのように固まった後、すぐに返事をした。

 

「もちろん、僕で良ければ喜んで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、響と細々とした世間話をして分かれた慎次は、1人になり少したった所で携帯を取り出し、電話を掛け始めた。

 短く簡素なコール音が数回響いた後に、相手が通話を取る。

 

『もしもし、俺だ』

 

「はぁ……。いい加減、その俺だっていうのやめて下さいよ」

 

『はっはっは。俺とお前の仲だ。気にすることは無いさ』

 

「僕が気にするんじゃなくてですね……。まあ、戯れるのもこの辺にしておきましょうか」

 

『それもそうだな』

 

 電話の相手は、弦十郎であった。

 ひとしきり挨拶代わりのやり取りを交わした後、お互い本題へ入る。

 

「彼女なら、心配の必要は無いと思います。翼さんが快復すれば、それで万事解決でしょう」

 

『そうか。お前には損な役回りをさせてしまったな』

 

 弦十郎の言う損な役回りというのが、響の相手をするということでは無いことを慎次は知っている。

 彼の言う損とは、今回のフォローで場合によっては慎次と響の関係性が悪化するかも知れないという事だ。

 

「この程度、損の内に入りませんよ。響さんも、心根の優しい方ですからね」

 

 慎次は忍である。当然、汚れ仕事などで今更気に病むような軟な精神をしてはいない。

 もちろん、そんな事は弦十郎も分かっている。だが、それでも部下に嫌な思いをなるたけさせたくないと考える。

 弦十郎はそんな、甘い人間であった。

 

「本当に、我々のせいで戦場に駆り出してしまっていることが申し訳なくなるほどのいい娘ですよ。力に溺れず、他人を傷つける自分にこそ恐れを感じる。これが、成人して真っ当に採用された新人だったなら、諸手を挙げて喜べたんですがね……」

 

『いつだって、大人のしわ寄せは子供にいく。やりきれんものだな……』

 

 2人して溜息を吐く。

 綺麗なだけではやっていけない世界に身を置く2人だが、それでもやりきれない思いは募っていく。

 

 そんな空気を振り払うように、弦十郎が話題を切り替える。

 

『それで、もう1つの方はどうだった?』

 

「手がかり無しです。ネフシュタンの足取りはある地点でパッタリと途切れています。ノイズのせいで無闇に捜索出来ないというのが辛いですね」

 

 あの場から逃げたネフシュタンを纏った少女だが、ある地点までは追跡が出来ていた。

 しかし、呼び出したノイズを撹乱に使う素振りを見せたために、追跡は中断されたのだった。装者2名が共に行動不能の状態で、ノイズによる破れかぶれの反撃などさせようものならどれほどの被害は出ることだろうか。

 やはり、ノイズを操るというのは唯一にして無二のアドバンテージだ。そのアドバンテージを敵が握っているというのが最悪だが。

 

「ゴーストナイトの方は全くです。そもそも、いつ消えたのかすら分かっていません。響さん曰く、多数の能力があるとのことなので我々の知らない能力を発揮した恐れもあります」

 

『何が分からないか分からないか……。一番厄介なパターンだな』

 

「とはいえ、悪い情報ばかりではありません。ネフシュタンは響さんにこう言ったそうです”出来ると聞いている”と」

 

『つまり、誰かしらから響くんの情報を貰ったと』

 

「はい。その後、無傷で連れ帰れと言われているとも」

 

 ここまでくれば、相手の目的も多少なりとも見えてくる。

 

『狙いは響くんの身柄そのものか……』

 

 装者の誘拐。櫻井理論の流出や、貴重な戦力の喪失など、色々な懸念が考えられる。

 だが、何よりも、拉致された装者が、その後どのような扱いを受けるか。それを考えると、今回の事件を何とか未然に防げた事への安堵が湧き上がる。

 

『翼はお手柄だな。それと、病院の方の警戒も密にせねばならんな……』

 

「そちらは、風鳴の手の内でも最上の者達を配備しています。ゴーストナイトの襲撃も懸念されていますので……」

 

『そっちもか……』

 

「えぇ。奏さんを殺したのは自分だと、翼さんに言ったそうです。言動からして、翼さんに何かしらの執着が有るものと思われてますので、襲撃の可能性は高いかと」

 

 悪夢のような情報に、電話の向こうの弦十郎が眉を潜めたであろう雰囲気が伝わってくる。

 いかに風鳴の防諜陣が優れていると言っても、異端技術を扱う人物2人に同時に襲撃を受けて耐えられるか? と聞かれると甚だ疑わしい。

 

「唯一の救いは、ネフシュタンとゴーストナイト。その両者が別段連携を取っているわけではなく、個々の目的で動いているものと思われることです。事実、あの場に於いても最初は両者でぶつかり合っていたとの事」

 

『敵同士が牽制し合ってくれることを祈るしかないとは……。なんとも、情けないことだ』

 

 装者2人が命がけで掴んだ情報。それを上手く活用できない無力さを弦十郎は嘆く。

 

『近々、広木大臣と話し合わないとな。このまま、後手後手に回ったままでいられるものかよ』

 

 電話の向こうからパン! と力強い音が伝わってくる。

 大方、景気づけに拳同士をぶつけ合わせたのだろう。

 

 漸く調子の出てきた弦十郎の様子に、慎次の表情も少しだけ晴れやかになる。

 

「柄にもなく後ろ向きな事を言うから心配しましたよ。その意気でないと、我々もやる気が出ませんからね」

 

『心配をかけたか? すまんな。だが、これ以上響くん達ばかりに押し付けるなどあってはならない。なんとしてでも、奴らの足元に食らいつくぞ!』

 

「もちろんです。それでは、僕はこれで」

 

 俄然騒がしくなった電話の向こうを尻目に、慎次は自らの仕事をこなすべく通話を切る。

 

(翼さんと響さん。お二人に、これ以上の負担を掛けさせるわけにはいきませんからね)

 

 柄にもなく、自分が熱くなっていることを自覚している慎次だが、たまにはそれもいいかと感情に身を任せる。

 翼と響。共に止まっていた2人の時間が、今漸く動き出そうとしているのだ。それを無粋な輩に邪魔させる訳にはいかない。

 

 これは、子どもたちを守る、1人の大人としての使命であり、そしてなにより、立花響と風鳴翼の友人としてのお節介でもある。

 

 ふっとニヒルに笑った慎次の姿は、そのまま夜の闇の中に溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「それにしても、今日はびっくりしたねぇ。ビッキーから相談を持ちかけられるだなんて」

 

「あの責任感の塊みたいな娘がねぇ……。意外だったわ」

 

「まあ、それだけ立花さんと打ち解けられたんでしょうし、ナイスなことだと思いますよ」

 

 放課後にしては少し遅い時間の通学路を姦しく3人の学生が歩く。

 響の友人の弓美、創世、詩織だ。

 

 朝に、響から放課後に時間が有るかどうか? と聞かれた時は心底驚いた3人だったが、いざ放課後に顔を突き合わせてみると、内容が相談であったことに更に驚いた。

 

「相談の内容もびっくりだよねぇ。ビッキーも悩みとかあるんだ」

 

 持ちかけられた相談の内容とは、人に頼るにはどうすればいいかというもの。それだけならば、人付き合いが苦手で笑って済ませられる話なのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「まさか、親友を亡くしてたなんてね……」

 

 響の原点であると言える小日向未来の話。

 予め、重い話だから断ってもいいと言われて聞いた話だったが、弓美達の想像の数倍は重いものだった。

 

「立花さんの今までの人助けも、全部亡くなった方との約束、贖罪のためだったんですね……」

 

 なんとも、救われない話だ。

 ライブに行った先で事故にあい、親友を庇って大怪我を負う。やっとの思いでリハビリから復帰したら、当の親友は自殺済み。そして、親友を自殺に追い込んだ相手からの英雄だという称賛を浴びながら過ごす日々。 

 

 まるで、生き地獄ではないか。

 

「でも、こうして話してくれたってことは、きっとビッキーが前に進もうとしてるって事だと思うよ」

 

「確かにそうかもね。こんな事、唯の友人には話せないもの。そう考えると、私達も少しは前進できたのかも」

 

 他人にはとても聞かせられないような話ではあったものの、逆に言えばこれを話して貰えるほどの信用を響から受けているとも言える。

 響の事を気にかけ、やきもきしていた3人からしてみれば、それは有り難いことだった。

 

「これで、立花さんの肩の荷が少しでも軽くなってくれれば良いのですけど……」

 

「まあ、無理でしょうね。簡単に楽に成れるのなら、あんなふうに苦行僧みたいな生き方しないわよ」

 

 相談してる最中も、しきりにこちらに申し訳無さそうな態度を取っていた響の姿を思い出す。

 自らの辛い記憶を掘り起こして、話している最中だと言うのに、それで不快な思いをさせていないか、重荷になっていないかとしきりに気にする様は逆にこちらが申し訳なくなるほどだった。

 

 もちろん、それで居心地の悪さを感じようものならば、響が更に気にするという負の連鎖に陥るのは想像に難くない。

 なので、3人は辛く重い話を落ち込みすぎず、かといって喜ぶわけでもない絶妙な心境で聞くことを余儀なくされたのだった。

 

「でも、ビッキーをアニソン同好会に自然に誘えたのは良かったね」

 

「そうねぇ。今日一番の収穫と言っていいわ!」

 

 創世の言葉に、元気を取り戻した弓美が声を上げる。

 一緒に何が出来ればという響に対して、アニソン同好会で人手が足りないと語れば食いつくのは火を見るよりも明らかだし、実際にその通りになったのだから弓美の喜びもひとしおだ。

 

 一応、強引に頼み込むつもりではあったのだが、何事も双方の望ましい形であるに越したことはない。

 同好会の設立に響に人助けの一環で入ってもらうよりも、一緒に何かをやりたがっている響と新しく同好会を作るという方が気持ちがいい。

 

「結局、最後の1人は立花さんに任せたんですよね。大丈夫でしょうか?」

 

「まあ、ビッキーが連れてくるなら人柄とかは大丈夫でしょ。その辺はしっかりしてるし」

 

「どんな娘を連れてくるのか、全く想像がつかないのが困りものと言えば困りものだけどね」

 

 それもそうだと、3人で笑いながら歩いていると3人の前方に、道端で蹲る人影が目に入った。

 

 全身をすっぽりと覆うコートで身を隠した姿は、いよいよ夏の気配が近づきつつ有る今の季節には些か不審だ。

 

「どうしたんだろう、あの人」

 

「ずいぶんと厚着ですけれど……。まさか、熱中症でしょうか!?」

 

 まだ、夏本番の日差しではないとは言えまるで冬のような服装をしていれば、流石に万が一も考えられる。

 慌てて駆け寄った3人の目に映ったのは、死んだように目を閉じた少女の姿だった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 詩織の声に反応してか、少女がもぞもぞと身を動かす。

 

 見た所、詩織達と同じくらいの年ごろだろうか。肩ほどまで伸ばされた黒緑色の髪とぼんやりと開かれた緑の瞳が特徴的だ。

 だが、それ以上に何故か暑く着込んだ服装が一番目を引く。特に、右腕は骨折でもしているのかというほどにブカブカだ。何かしらの包帯でも巻いているのだろうか。

 

「えっ、と。ここは?」

 

 開口一番に、記憶喪失のテンプレのようなことを言い出す少女に、3人は目を見張る。

 まさか、アニメのように本当に記憶喪失じゃあるまいと、弓美が取り敢えず返事をする。

 

「えっと、リディアン音楽院の近くだけど……。大丈夫です?」

 

 詩織の言葉に、しばらくリディアン音楽院の名前を反芻していた少女だったが、すぐに合点がいったのか、先程までのぼんやりとした様子から打って変わって、はっきりとした口調で返答をしてきた。

 

「ああ、リディアンか……。思ったより近くまで来てたんだなぁ」

 

「もしかして、リディアンに用事なの? 良ければ案内しようか? 私達、生徒だからさ」

 

 どうやら、リディアンのことは知っている様子の少女に、創世が案内を申し出る。

 流石に、こんな珍妙な服装をした人間が同じ学院にいたら噂になるだろうし、外部の人間だろうと思っての事だ。

 

「ううん、大丈夫。それよりも、この辺りで人の来ない山奥みたいな所ってないかな?」

 

 ところが、返ってきた答えは斜め上のもの。

 リディアンともなんの関係もないものだ。というか、この辺りは別に登山スポットでも何でも無い。

 確かに、山自体は有るものの、人の手の入っていない里山であって、登山が楽しめるかと言うと甚だ疑問だ。 

 

「や、山? 登山が趣味ってこと?」

 

「まあ、そんなところかな」

 

「でも、この辺りの山には何もありませんよ? 道もありませんし……危険なのでは?」

 

 そして、詩織の言うように、道すらもない。

 万が一の遭難の事を考えると、安易に案内して良いものかと不安になる。

 

「大丈夫。そういうの、慣れてるから。出来るだけ人のいない、静かな所に行きたいの」

 

 なんとも、仙人のような事を言う少女である。

 だが、自信満々にそう言われると、何も言い返せなくなるから人間とは不思議なものだ。

 一見珍妙に見えた服装も、登山のためのように思えてくるのだから。

 

「そ、そうなの? 人の入らない山っていうのなら、リディアンの裏手辺りにいくらでもあるけど……」

 

 教えて良いものかと迷いながらも、何だかんだで人のいい創世がついつい教えてしまう。

 

「ありがとう。それじゃあ、急ぐからごめんね」

 

 創世の大分曖昧な返答に満足したのか。足早にこの場を立ち去ろうとする少女。

 その背中に、せめて注意くらいはと弓美が声を投げかける。

 

「えっと、最近は夜になんか危険な人物がうろついてるって言うから! 気をつけてよ!? 何なら、やめたほうが良いと思うけど!」

 

 直近で言えば、公園の近くの雑木林で起きた火事。それに、頻発するノイズの出現。

 幽霊騎士なんていう都市伝説も出回っているし、本格的に物騒に成りつつあるリディアン周辺で、山奥に少女1人というのは些か以上に不用心が過ぎると思う弓美達だが、少女はそうは思っていないようだ。

 

「大丈夫。知ってるから」

 

 こちらへ振り返り、まるで感情の抜け落ちたかのような表情で、そう言い放った少女に、3人は何も言い返すことが出来なかった。

 何処か、後味の悪い空気が流れる中、遠ざかる少女の後ろ姿を見つめる3人。

 

 そして、遂に少女の姿が見えなくなった時、漸く詩織が口を開いた。

 

「行って……しまいましたね」

 

 呆然、といった様子で呟く詩織に、他の2人も同意する。

 

「なんか、すごい訳の分からない娘だったね……。途中までは丁寧だったのに、最後とか何ていうんだろう? こう……」

 

「人が変わったよう?」

 

「そう、それ! 何だったんだろう、あの感覚……」

 

 振り返った少女の表情を見た時、3人の背筋を伝った謎の悪寒。

 自分1人ならば、気の所為で片付けたであろうそれも、他の2人も感じたようだということが分かってしまうと、なんとも気色が悪い。

 

「でも、放っておくわけにはいかないよね……」

 

 気乗りし無さそうな創世の言葉に、2人は頷く。

 確かに、何処かおかしな少女ではあったが、だからといって本当に事件に巻き込まれでもしたら、それこそ後味が悪い。

 

「警察に言う……?」

 

「相手にされないでしょ。そもそも、相手の名前も知らないし、実際に山に入ったかも分からないんだから」

 

「……立花さんに相談してみましょう」

 

 詩織の口から出てきた名前に、それしかないかと残る2名も溜息をつく。

 

「取り敢えず、明日でいいかな? あたしたちだけじゃ、山に入るなんて無理だし」

 

「そうですね……。それに、今日は立花さんもお疲れでしょうからそっとしておいてあげましょう」

 

「面倒なこと背負い込んじゃったなぁ……。ビッキーはこれが日常だって言うんだから驚きだよー」

 

 ただでさえ疲れた1日の最後に放り込まれた特大の不発弾。

 その処理に、気を重くしながら重い足取りで3人は家路へと着くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 やっと、プロローグに追いつけるところまで来ました。
 次もなるべく早く書き上げますので、楽しみにお待ちいただければ幸いです。

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