太陽と月に背いても   作:ゴルト

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黒に包まれて

 

「右後方からノイズ2体! 来ます!」

 

「あそこの路地に入るわ! 舌噛まないようにしっかり捕まっててね!」

 

 甲高い音を響かせながら、コンパクトワゴンが鋭角を描きながら狭い路地へと突入する。

 それに乗車している響は、どうにか踏ん張り、背後に張り付いていたノイズが壁を避けきれずすり抜けて何処かへと消え去るのを確認しながら、何故こんなハチャメチャカーチェイスに巻き込まれることになったかの元凶へと思いを馳せた。

 

 事の発端は、先の防衛大臣暗殺に端を発する極秘命令。デュランダルを政府のお膝元へと護送するというものだ。

 恐らくは、二課が力を持ちすぎる事を恐れる政府上層部へのパフォーマンス兼敵対者の炙り出しの為の物であっただろうその作戦も、防衛大臣暗殺に揺れる現状の上層部を考えると些か以上に不安が残るものであった。

 

 とはいえ、二課が国の所属機関である以上、上からの命令は絶対だ。

 ただでさえ不安定な情勢の中、どのように護送をすべきかと頭を捻った結果、出来上がったのが防衛大臣暗殺にかこつけて行動を封鎖し、そのまま一直線に突っ切るという力業の作戦だ。

 

 確かに、諜報に於いては完全に相手方に上手を取られている現状で、下手に少人数で極秘に移送など行っても、そのまま補足されて奪取される恐れは高いだろう。

 

 だからこその、現状出しうる最大戦力である響自身がデュランダルを持って最短ルートで突っ切る作戦だ。

 運転手が了子である必要性があるのか? と響としては思わなくもないが、日本が唯一保持するデュランダルに万一があっては困ると、護送の際は必ず了子がそばで待機しているようにと命令されていたからには仕方ないのだろう。

 

「ふぅ! 私のドラテクはどうかしら? 響ちゃん」

 

「自慢もいいですけど、前! 前からノイズが3体!」

 

 運転席の了子のミラー越しのドヤ顔に思考が戻される。

 無駄に眼鏡をクイッと押し上げる暇が有るのならば、もっと運転に集中してくれと言う不満を飲み込み、響は了子へと注意を促す。

 

「了解!」

 

 響の思いが届いたかはともかく、忠告自体はきちんと聞いてくれたらしく、再び勢いよくハンドルを捻り、前方から突進してきたノイズたちを躱す。

 

「それにしても、このままじゃジリ貧よ! こうなったら、一気に郊外まで突っ切って振り切るわ!」

 

 延々続く鬼ごっこに業を煮やしたのか、アクセルを思い切り踏み込み、車を加速させる了子。

 一旦ノイズを振り切り、視界外から仕切り直そうという目論見だが、それに待ったをかける人物がいた。

 

「いいや、この先に薬品工場がある! そこへ逃げ込むんだ!」

 

「はぁ!? 正気なの!?」

 

「向こうの狙いがデュランダルだからこそ、敢えて危険地帯へと逃げ込む事で攻め手を封じるんだ!」

 

「勝算は!?」

 

「思いつきを数字で語れるものかよ!」

 

 無線から聞こえてくるの無茶苦茶な理論に、了子は尻込みしているようだ。

 虎穴へ入らずんば虎子を得ずとは言うものの、いざ自分が入る立場になってそれでも躊躇いなく突入できる人間は中々いないだろう。

 

「私も、出来る限りやってみせます! だから、行きましょう!」

 

 そんな了子へと、響は声をかける。

 今までは、何処までも敵の手のひらの上で転がされている状況だ。この現状を打破するためには、敢えて突拍子もない策を取る必要がある。そう思ったからだ。

 

「……はぁ。ま、デキる女は熱血もこなせないとね! 今度も飛ばすわよ!」

 

 響の言葉に覚悟を決めたのか。力強い言葉とともに、了子はハンドルを切り直す。

 再び後ろへと着けてきたノイズ達を尻目に、響を載せた車は砂煙を巻き上げながら工場へと一路向かって行った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「もう少しよ!」

 

 後ろから来るノイズ達の動きに集中していた響は、了子のその言葉でチラリと前を見る。

 すると、道路の向こう側に工場の煙突と思しき物が見えてきており、どうやら目的の場所へ順調に近づきつつ有るようだ。

 

 それに慌てたであろうはノイズ達だ。

 今まで一定の速度でこちらを追っていたノイズ達が、逃げ込まれては困ると言わんばかりに、急加速でこちらへと突撃してきた。

 

「了子さん、後ろのノイズ達が一斉に来ます!」 

 

「ふふ、私の愛車を舐めてもらっちゃ困るわね! 一気にいくわよぉ!」

 

 その言葉と同時に、了子の車の速度が一気に上る。

 今までとは比べ物にならないその加速は、つい先程までこちらへ追いつかんとしていたノイズすらをも引き離し、みるみるその姿を小さくしていく。

 

「やりました! 了子さん! 作戦成功です!」

 

 更に、工場が近づくにつれ、追跡を諦めたかのように速度を落とし、何処かへと去っていくノイズ達の姿に響は思わず歓声を上げる。

 

「まずいわ……! 響ちゃん! 何かに掴まって!」

 

「え……?」

 

 しかし、返ってきたのは作戦成功と言うには余りに切羽詰まった言葉。

 何が起こったのかと前を向くと、目の前に迫るのは廃棄された工場の設備。

 どうやら、ノイズを振り切るために出したスピードで制御を失ったのだと響が気がついたのは、車が思い切り横転し停止してからだった。

 

「ってて……。大丈夫ですか? 了子さん」

 

「ありがとう。ごめんなさいね、しくじっちゃったわ」

 

 何とかギリギリの所でデュランダルと了子を庇うことに成功した響は、そのままギアのパワーに任せて強引に車の扉をこじ開ける。

 身の安全こそ確保できたものの、車は完全に横転し、虚しくタイヤを空回りさせてしまっている。

 

「これ、走れそうですか……?」

 

「……余り、お勧めはしないわね」

 

 一応、今の響ならば横転した車を元通りにすることは出来る。

 とはいえ、ここまで盛大にクラッシュした車が走るのかどうか、響には判断がつかなかった。

 それらしい知識の有りそうな了子へと質問してくると、返ってきたのは限りなく否定に近い意見。

 

 ただでさえ、ギリギリの現状で無駄な不確定要素を抱えてカーチェイスをするのは無謀にすぎるだろう。

 つまり、響はこの場での迎撃を余儀なくされたのだ。

 

「よーやっと追いついたぜ。散々手間かけさせやがってよ」

 

 何より、のんびり協議している暇はないのだ。敵は待ってくれないのだから。

 

「了子さん、デュランダルをお願いします。私が、絶対に守ってみせますから」

 

「無理はしないようにね。幸運を祈るわ」

 

 了子へとデュランダルを手渡し、車の陰に隠れて貰う。

 状況は限りなく最悪に近いが、弦十郎の策のおかげで向こうの手も限られているはずだ。

 

 後ろにノイズを従え、こちらを見据える少女へと響は歩み寄る。

 

「後ろのブツを渡してくれるなら、見逃してやるぜ?」

 

 前回同様の不遜な態度で、響へとそう促す少女。

 

 もちろん、はいそうですかと渡すわけには行かない。

  

 相手は要人の暗殺すら辞さないテロリストだ。現状ですら、ノイズという災厄を従えているというのに、そんな相手がデュランダルを手にしたらどのような事が起きるのか、想像もしたくない。

 

「なるほど。まあ分かりきっちゃいたが、ソッチのほうがあたしとしてもやりやすいぜ」

 

 自らと了子の間へと、立ち塞がるように響に対して、交渉の余地なしと判断したのか、早々に言葉を切り上げ、ノイズへと指示を出し始める少女。

 対する響も、構えを取り、こちらへと殺到してくるノイズの群れを迎え撃つ。

 

 本音を言えば、少女と戦うことはまだ怖い。しかし、戦わないことで誰かが傷つくことも怖いのだ。

 

 仮に響がここでデュランダルを大人しく渡したとしても、今度は守る側と奪う側が逆転するだけで、争いは止まらない。

 そして、例え少女を捕らえる事ができたとしても、デュランダルが健在である限り、それを狙う第二第三の勢力は現れ続けるだろう。

 

 守るための戦いで誰かを傷つけ、守るために得たはずの力が新たな争いの火種となる。

 

(だとしても、私がやらなきゃいけないんだ……!)

 

 ぐちゃぐちゃな心の内を押し殺して、響は目の前のノイズたちへと拳を振りかざした。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

(ふむ……。これならいけるか)

 

 目の前でノイズ達との大立ち回りを演じる響を眺めながら、フィーネは作戦の成功を確信していた。

 

 唯一こちらをチラチラと伺うクリスの様子だけは頂けないが、そもそもこちらはデュランダルの奪取を目論んでいるのだから怪しまれる事もないだろう。

 作戦前に見せていた無駄な負けん気を出すこともなく、淡々とノイズの操作に専念している。

 

 後は、適当なタイミングでフィーネ自身がノイズを呼び出し、それをクリスに操らせてお仕舞いだ。

 生身でありながら、自在にノイズを呼べるフィーネの能力。多用すれば怪しまれるだろうが、ソロモンの杖という隠れ蓑がある今ならばこそ、この無駄に使い所の限られた能力が活きてくる。

 

(ふっ……。使い所に困ると思っていたが、物は使いようだな)

 

 手に入れた当初はどうしようもないゴミのような力だと思っていたが、ソロモンがあれば話は別だ。

 とはいえ、ソロモンの杖が有るならば、そもそもそちらで全てやってしまえばいいというのも事実なので、こういった場面でしか結局は役に立たないのだが。

 

 弦十郎発案の突拍子もない作戦には少しばかり焦らされたものの、依然として手札はこちらのほうが圧倒的に上回っている。

 こちらを振り回した事への意趣返しとして、今度はあちら側のお人好しさを精々利用させてもらうとしよう。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「きゃぁっ!?」

 

「了子さん!?」

 

 突如として背後から聞こえてきた悲鳴に、響は振り返る。

 悲鳴の源へと視線をやると、そこにはなんと、ノイズに詰め寄られ腰を抜かす了子の姿が有るではないか。

 

「そんな! いつの間に!?」

 

 少なくとも、響は1体足りともノイズを後ろへと通してはいない。つまり、あのノイズは新たに呼び出されたものだということだ。

 確かに、そう考えると今までのぬるま湯の様な攻めにも納得がいく。ただただ湯水のようにノイズを垂れ流すだけの無意味な攻めを繰り返す一方だった少女。負けん気の塊のような少女の性格からも、この様な攻めを態々するとは思えない。最初こそ、周囲の環境に配慮しつつ響の消耗を狙っているのかとも思ったが、そもそも時間はこちらの味方だ。

 それら全てが響の意識を一時的にでも了子から逸らすためだったとするならば、納得できる。

 

 しかし、そもそもノイズを好きな場所に好きなように出せるならば、こんな回りくどい事をする必要なんてないはずだ。

 先程のカーチェイスにしても、車の進行方向直前に直接ノイズを出してしまえば、とてもではないが避けきれなかっただろう。あるいは、二課の内部に直接出現させればその時点でデュランダルの防衛など言ってる場合ではなくなっていただろう。

 

(けど、今はそんなことよりも!)

 

 しかし、それらの疑問は全て隅においておかねばならない。

 

 了子の周りにいるノイズはたったの数体だ。響の全速力ならば、ギリギリ間に合う距離である。

 

(でも……)

 

 しかし、了子はノイズを避けた拍子にでも転んでしまったのか、腰を抜かしておりデュランダルもその拍子に放り出してしまっている。

 ギリギリの状況だ。とてもではないが、デュランダルと了子を同時に確保する手段はない。

 

「響ちゃん! デュランダルを!」

 

 こちらへと叫ぶ了子に響の表情が歪む。

 デュランダルを確保するということは、了子を見捨てるということだ。

 

(そんなの、認めない!)

 

 了子の言葉を無視し、駆け寄りノイズへと拳を振り下ろす。

 誰かの命よりも大切な物なんて、この世に有るはずがないのだから。

 

「響ちゃん!?」

 

 なんとか了子へとにじり寄っていたノイズ達を粉砕した響だが、残念ながらデュランダルは既にノイズの手に渡ってしまった。

 

「諦めてなるものかッ!」

 

 それでも、響は諦めない。

 返す刀でデュランダルを確保したノイズへと駆け寄っていく。

 

(あと、少し! 後少しで!)

 

 限界まで腕を伸ばし、ノイズを捕まえようとする響を嘲笑うかのように、ノイズはするりと身を翻し、主人である少女の元へと駆け出していく。

 

「残念だったな! こいつは貰って」

 

 得意げにこちらへと語りかける少女の言葉が、突然の轟音に遮られる。

 

「……嘘でしょう」

 

 響の背後から、呆然と了子が呟く声が聞こえてくる。

 

 少女の元へと走るノイズを叩き潰し、空から現れた新たな存在。

 ゴーストナイトがこの場に現れていた。

 

 その無機質な兜で周囲を見渡したゴーストナイトは、先程の衝撃で放り出されたデュランダルを見つけると、そちらへと向かって歩き出す。

 

「クソッ! 漁夫の利でも得ようってのか!? させるかよ!」

 

 当然ながら、面白くないのはネフシュタンの少女だ。

 後少しで自らの物と成るはずだったデュランダルを突然現れた輩に渡すわけにはいかないと、猛然と駆け出していく。

 幸か不幸か、先程までの響との攻防でノイズを大分消耗したため、ノイズではなく自らの手で止めにかかったのだろう。

 

 そして、当然ながら響も駆け出す。

 少女にしても、ゴーストナイトにしても、デュランダルはどちらの手に渡っても危険な代物だ。

 運良くゴーストナイトによって窮地を脱したが、だからといってゴーストナイトが響たちへと返すためにデュランダルを拾うとは考えられない。

  

 つまり、響にとっても少女にとっても新たに敵が1人増えたという事に成る。

 ゴーストナイトも、どちらかに肩入れするということが考えにくい以上、この場は三つ巴の戦いとなったのだ。

 

「うおおおおおお!!」

 

 叫び声とともに、少女が鞭を振るう。

 何の変哲も無いただの振り下ろし。特に危なげもなくそれを避けるゴーストナイトだが、それによりデュランダルへのデッドヒートは少女にアドバンテージが生まれる。

 

「させるか!」

 

 だが、そうなってもらっては困るのが響だ。

 地面に向けて拳を勢いよく叩きつけ、少女の頭上へと瓦礫の山を降らせる。

 

「ちょっせぇ! 邪魔すんじゃねぇよ!」

 

 お返しとばかりに少女の鞭が飛んでくるが、それを躱しつつ、先をゆくゴーストナイトの背中へと飛び蹴りを放つ。

 

 気が付かなかったのか、はたまた避けるまでもないと思ったのか。

 響の蹴りを食らったゴーストナイトは勢いよく吹き飛び、工場の外壁へと激突する。

 

 蹴りを放った響を見て、好機と思ったのか残り少なくなったノイズ達が一斉に飛びかかってくる。

 たかだか数体のノイズに今更やられる響ではないが、足止めとしては十分だ。

 

「今度こそ、お先に行かせてもらうぜ!」

 

 その間にと、デュランダルへと走る少女。

 

「させないッ!」

 

 響も慌ててノイズを始末し、駆け出す。

 

 足止めによって状況は少女の方へと傾いている。

 このままではまずいが、デュランダルに近づきすぎていて下手に攻撃することが出来ない。弦十郎の策によって逃げ込んだこの廃工場もマイナスに影響していた。守る側ならば優位に働いたこの状況も、一度攻守が入れ替わってしまえばその恩恵は当然ながら相手が受けるものと成るからだ。

 

(こちらのほうが足が速い。一旦奪われてからでも取り返せるか……?)

 

 既に、奪われることを前提として作戦を脳内で組み立てる響。

 デュランダルは確かに強力な聖遺物だが、現状では起動すらしていない。つまり、奪われた所で今すぐ致命的な自体に陥る訳ではない。

 持ち去られる前に、取り返すことが出来るのならば問題ないとも言い換えられる。

 

 そして、ネフシュタンの少女は防御、攻撃ともに優れてこそいるものの、速度や瞬発力は然程でも無い一方で、響には脚部ジャッキと腰部のブースターによる爆発的な加速が有る。

 加えて、先程の足止めで向こうのノイズは一時的に弾切れだ。補充こそいずれ行われるだろうが、この様子からして直ぐ様とはいかないのだろう。

 

 つまり、現状でもまだチャンスは有るということだ。

 

(チャンスは彼女がデュランダルを手に入れた瞬間……!)

 

 相手の最も気の緩むであろう瞬間を狙い、一気に加速することに決めた響。

 

 だが、1つ見逃していたことがあった。

 

 ここまでの思考は全て、デュランダルを危険に晒せないため、自分も相手も強引な手段に出られないという前提の元に組み立てられている。

 

 だが、この場に於いて敵とはネフシュタンの少女のみではない。

 ゴーストナイトもいるのだ。

 

 そして、ゴーストナイトの狙いは()()()()()()()()()()

 

 その証拠に、崩れ落ちた瓦礫の山の吹き飛ばし、ゴーストナイトが飛び出してくる。

 

『オアアアアアアアアアア!!!!』

 

 雄叫びをあげ、両腕を振りかざすゴーストナイト。

 

「おいおいおい、嘘だろ!?」

 

「そんな、まさか!?」

 

 驚愕で足が止まる2人へと向かって、両腕に纏った炎をそのまま放つゴーストナイト。

 

 周囲の工場の廃材や薬品に引火し、爆発を巻き起こしながらこちらへと向かってくる炎の渦に、必然的に2人の足は止まる。

 そして、一際大きな爆発を起こし、3人の姿は爆炎の中に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、どうして貴方は戦うの!?」

 

 爆炎から何とか逃れた響は問いかける。 

 全てを巻き込み、何もかも破壊せんとする暴力。彼女達が求めているのはこれなのだ。

 

 一体、そんなもののために何故?

 響の心に疑問は募っていく。

 

「まだそんな臭ぇ事を言いやがるか! ヘドが出るんだよ! ちんちくりん!」

 

 だが、響の言葉はネフシュタンの少女には届かなかったらしい。

 同じく、爆炎をその自慢の防御で耐えきった少女から返ってきたのは罵倒の言葉だった。

 

『ソレガ、ワタシノツミダカラ』

 

 そして、意外な事に答えを返したゴーストナイト。

 罪とは一体何なのか。罪のために罪を重ねるのか?

 

 響には分からなかった。

 

 三者三様の主張をしながらも、開けた広場にてお互いに向き合い、隙きを伺っている。

 周囲の廃墟には視認は出来ないがまだ危険物がある可能性もあり、あまりに派手な動きをすれば、確保対象のデュランダルも巻き込む可能性がある。

 

 だが、デュランダルを気にしてまともに戦えない2人とゴーストナイトでは訳が違う。

 

『ラチガアカナイ。サイショカラ、コウスレバヨカッタンダ』

 

 そう呟くと、悍ましい咆哮を上げるゴーストナイト。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!』

 

「ぐぁ!?」

「きゃぁ!」

 

 凄まじい音圧に、周囲の瓦礫が吹き飛ぶ。

 音の壁とでも言うべきその衝撃に、響と少女も思わずたたらを踏む。

 

「ッ! 了子さん!」

 

 直ぐ様受け身を取った響は、急いで了子の元へと駆け寄る。

 ゴーストナイトは未だに咆哮を上げており、少女は崩れた体勢を立て直せずにいる。

 

 響を止めるものこそ無かったものの、背を向けて駆け出すその姿は少女の堪忍袋の緖をズタボロにしたらしい。

 

「ッ! アタシを無視するのか! どこまでも、馬鹿にしやがってッ!!!!」

 

 背後から飛んでくる怒声と咆哮を無視し、了子の元へと駆け寄る響。

 

「了子さん! 無事……そうですね!」

「えぇ! それより、アレを!」

 

 運良く無事だった了子にホッと胸を撫で下ろすも、続く指摘に響の表情は凍りつく。

 

「デュランダル!? ここで起動したの!?」

 

 了子の視線の先にあったのは、宙に浮かび光を放つデュランダルの姿。

 その様子と、何よりデュランダル自身から放たれるオーラは、聖遺物のことなんててんで分からない響からしても、起動したと確信させるだけのものがあった。

 

『デュランダル、ダッタカ』

 

 呆然とする響達を尻目に、咆哮を止めたゴーストナイトがまず動く。

 

 先ほどまでののっぺりとした黒い騎士の様な姿から一転、歪な手足にそこから伸びる身長ほどもあるブレードや頭部から生える角に細く長い尻尾まで生えたその姿は、もはや悪魔と言った方が相応しいだろう。

 

「な、その姿は!?」

 

『……ミニクイワタシノホンショウダ』

 

 昆虫の様な細い脚と裏腹に、凄まじい跳躍で飛び出したゴーストナイトに背後から飛んできた鞭が追いすがる。

 

「行かせるかよぉ!」

 

 ネフシュタンの鞭をその細腕で掴み、投げ返すゴーストナイト。

 もちろん、少女も自分の鞭でやられるような愚は犯さない。

 

 しかし、一連の攻防で見逃したものがあった。

 

 ネフシュタンの少女は、目の前のゴーストナイトの変貌への動揺から。

 ゴーストナイトは、そもそもデュランダルへの関心が余り高くないことから。

 

 2人の脇をかすめるように飛び出した響に気がついたときには既に、手遅れだった。

 

「渡すものかぁ!」

 

『マニアワナイ、カ』

 

「しまった!?」

 

 慌てる2人を尻目に、響はデュランダルの柄へと手をかける。

 

「やった……ぁ?」

 

 だが、その瞬間、響の脳内に莫大な感情が流れ込んできた。

 

「ぐ、あ”あ”ぁ!?」

 

――なんで、私がこんな事をしなきゃいけないんだ。

 

 脳内で語りかけてくる声。

 それは、確かに響自身の声だった。

 

――苦しんで傷ついて。それで守ったものにどれだけの価値がある?

――未来を苦しめた奴らをなんで守る必要がある?

――皆が求めているのは立花響()じゃない。立花響(英雄)だ。誰も、私を見てくれてはいない。

 

(違う……)

 

 否定の言葉は、弱々しく、次第に響の思考は黒く染まっていく。

 

――力が欲しかった。失わないために。守るために。

――力なら有る。この腕で、この剣で、私から大切な者を奪う奴等を薙ぎ払え。

――目の前の奴等は、天羽奏を殺し、あのライブ会場の襲撃を企てた奴らだ。何を躊躇う必要がある?

 

――未来の、仇だ。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁ!!」

 

(そうだ、もう何もウシナイタクナイ! ダレニモ、ワタシカラウバワセナイ!)

 

――いま、こうして傷ついてまで守っても、争いはなくならない。

――だったら全部、消えてしまえばいい。

――争いの火種なんて、この力で全部消してしまえば!!

 

 

『ワタシノツミ。ウケイレヨウ』

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!!!!!」

 

 本能の赴くままに、デュランダルを振るう。

 最後に、ゴーストナイトが何かを呟いた気がしたが、響にはその意味は理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……私、一体、何を?」

 

 極光の斬撃を放った後、唐突に破壊衝動から解放された響はペタリとその場に座り込んだ。

 辺りには先程の攻撃の余波で粉塵が舞っており、とてもではないが、周囲の様子は伺えない。

 

「さっきまでの私……。一体どうなって……」

 

 先程まで、自分を突き動かしていた感情にブルリと背筋を震わせ、響は自分の手を見つめる。

 デュランダルを握った時に感じた衝動。あれは、間違いなく響の内から出てきたものだった。

 デュランダルに操られたのではない。あくまで、主体は響にあった。

 

 自分の中に眠る衝動、それに恐れ戦く響。

 

「ッそうだ! 了子さん! 無事ですか!」

 

 だが、震えて縮こまってはいられない。

 ぼんやりとした思考の片隅で、ネフシュタンの少女が退避していたのは捉えていた。

 つまり、この場に残っているのはゴーストナイトと了子だけのはずだ。

 

 あの攻撃を食らって無事にいられるとは思えないが、ゴーストナイトも聖遺物だ。

 デュランダルの一撃すら耐える可能性は否定しきれない。

 

「…………ぅっ……」

 

 必死に瓦礫の山を漁る響の耳に、微かな呻き声が聞こえてきた。

 女性の声、つまり、了子の声だと判断した響は急いで声の元へと駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 慌てて駆け寄った響の目に映ったのは、瓦礫に埋もれたゴーストナイトの姿だった。

 悪魔のような変身は解け、装甲のあちこちに亀裂が入っている辺り、最後の響の攻撃で大分ダメージを食らったのだろう。

 先程までの圧倒的な威圧感も消え、瓦礫と埃にまみれ、傷だらけのその姿は、今にも消えそうな幽霊を思わせる。

 

「おーい、響ちゃーん。無事ー?」

「了子さんは無事だったか……。待っててください、今助けますから」

 

(この辺りから声が聞こえたと思ったんだけど……。気の所為だったのかな?)

 

 遠くから聞こえてきた了子の声に返事を返し、ゴーストナイトを救助すべく瓦礫へと手をかける。

 複雑な感情こそあるものの、ここまで傷ついた相手を見捨てることは響には出来なかった。

 

「やっぱり、響はやさしい、ね。こんな風になった私にも、手を……差し伸べてくれるんだもの」

「……嘘、だよ、ね?」

 

 しかし、今までのくぐもった声ではない、ゴーストナイトの肉声と思しき声に響の動きは止まる。

 

 それと同時に、ゴーストナイトの甲冑がボロボロと崩れ落ちる。

 その中から出てきたのは、響もよく知る少女。綺麗な黒髪も。吸い込まれるような緑の瞳も。優しげに細められたその目も。

 

 何もかもが、記憶の中の小日向未来そのものだった。

 

「ごめんね、響……」

「嘘でしょ!? 返事をして! ねえ! 返事をしてよ!」

 

 だが、響の問いかけに応える声はなかった。

 

「未来ーーーーーーー!!」

 

 

 

 





 やっと、オープニングの場面まで進めました……。
 これから徐々にオリジナル展開に入っていきますので、これからも楽しんで頂けたら幸いです。

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