「はぁッ!」
「踏み込みが甘い!」
響の繰り出した右の拳が、弦十郎のミットによりはたき落とされる。
負けじと同じく右足で防御の薄くなった箇所を狙い撃つも、こちらも難なく躱される。
「攻めが甘いぞ! そんな気持ちの籠もっていない拳で俺を倒せると思うな!」
「うあッ!?」
そして、攻めに転じた弦十郎によりあっさりと吹き飛ばされ、響の今日の実戦訓練は終了となった。
「……」
シンと静まり返った道場の中、響は1人瞑想をする。考えるのは、先程の訓練の事。
力に振り回されないように、力を制御できるように。そのためにと頼み込んで始めた訓練だ。
未来とのやり取りは既に知られているのだろう。こちらを過剰に気遣う2人に、それでも響は頼み込んだ。
忙しいだろうに、以前交わした約束通りにきちんと修行を付けてくれる2人には感謝しかない。
(拳に想いを乗せるか……)
弦十郎に修行のはじめに言われた言葉を思い返す。
――戦いとは、ただ徒に傷つけ合うだけのものではない!
――互いの信念、思想、感情。それらをぶつけ合う場なのだ!
――故にこそ、怒りや憎しみなどに囚われたまま戦えば、それはそのまま相手を傷つける為の刃となる。
(怒り、憎しみ……)
――なぜ、私でなくてはならない?
――なぜ、未来を苦しめたこの世界を守らなければいけない?
胸の奥底に問いかければ、あの時の黒い感情は確かにそこにあった。仕舞い込んで、見ないようにしていただけで。
これと向き合わなければ、響は前に進めないのだろう。
――来ないでぇ!
脳裏に浮かぶのは、再会した未来の顔。近寄るなと必死に叫ぶあの姿。
(本当は分かってるのに)
だが、響は確信していた。あれは、決して自分に怯えていたわけではないと。
今でも記憶に残っている、幼い頃の記憶。幽霊だなんて周囲から遠巻きに囃し立てられ、それを受け入れていた幼い未来。
ゴーストナイトと名付けられ、人々から厄災として恐れられる今の未来と同じだ。
きっと、諦めてしまっているのだろう。未来は何故だか自分が他人と違う異分子だと思い込んでいる節がある。小さい頃から、妙に大人びた子供だったからだろうか?
だからといって、はいそうですかなどと響も諦められるはずもない。やっと帰ってきた響のお月さまなのだから。
あの柔らかな微笑みも、呆れたようにこちらを叱る言葉も、少しはにかんで言ってくれた大好きの言葉も。全部きっと、取り戻してみせる。
(でも、今の私に出来るんだろうか……)
意気込みとは裏腹に、響は自分に自信を持てずにいた。
子供の頃は良かった。何も考えず、我武者羅に手を伸ばして、未来の手を掴めたのだから。
今は違う。考えねばならないことばかりで、我武者羅になれるほど世界に希望を抱いているわけでもない。そして、伸ばした手は誰かを傷つけてしまいそうで。
(あの頃に、戻れたらな)
幽霊じゃない証明に、足があるとスカートを捲りあげた当時の自分は、今思い出しても赤面物だ。その後、叩かれたことも未来の心情を考えれば致し方なしだ。
ゴーストナイトの
あの時と違うのは、善意で手を伸ばした幼い響に対して、内に秘めた激情のままに手を振りかざしたのが今の響だということだ。
だからこそ、響は前へと進めない。心の奥底では、あの頃のように手を差し伸べるのが最善なのだと分かっていても、それによって未来を傷つけることを恐れているから。
――自分自身と向き合うとはなんだ?
――具体的にどうやって乗り越える?
――そもそも、自分の中からこの思いは消えるのか?
止め処なく溢れる自問自答に、うんうんと頭を唸らせていると、突然背後から背中を叩かれた。
「わひゃっ!?」
突然の事に思わず飛び上がった響だが、すぐに今が訓練中であり、思考の余り周囲への注意が疎かに成っていたことに気がつく。
「す、すみません師匠……?」
大方、注意散漫な自分へと注意を促すための緒川の仕業だろうと振り向きながら謝罪する響。
「ふっ、私はお前の師ではないぞ? まあ、そう呼ばれて悪い気はせんがな」
だが、頭上から聞こえてくる声は、緒川のものとは全く違う女性の声。
そして、その声は少し前まで響にとって馴染みのあるものだった。
「翼さん!? 退院したんですか!?」
「ああ、お陰様でな。私のいない間、苦労をかけたな」
そう言って頭を下げる翼に、響は慌てて座るように勧める。
「そういえば、瞑想中だったか? 邪魔をしてしまったな」
「いえ、心を落ち着けながらも常に周囲に気を配る訓練ですから……。むしろ、あそこできちんと翼さんに気がつけないといけなかったんです」
弦十郎がフィジカル面での訓練を主に付けてくれたのに対して、緒川はメンタル面での訓練を担当してくれている。
デュランダルによって暴走したことで響が気に病んでいる事に気がついた緒川は、こうして瞑想をして常に心を落ち着かせられるようにしようとしたのである。
もちろん、戦闘中に深く瞑想なんてしようものならそのままタコ殴りにされるだけなので、あくまで心を無にするほど深くではなく、平静を保ちつつ、周囲に気を配る余力を残せるようにというレベルでの訓練だ。
弦十郎ならば、心を無にしても反射だけでも戦えるのだろうが、生憎と響はそこまで武道を極めている訳でもないし、極めるつもりもなかった。
とはいえ、部屋に入ってきた翼に気が付かず、あまつさえ背中に触れられて漸く気がつく在りさまでは、とてもではないが訓練は順調とは言えないだろう。
「心を落ち着けるか……。今にも死にそうな顔をしている人間が言うことではないな」
「そんな顔、してましたか?」
「平気なふりをしなくてもいい。辛いことは辛いときちんと表に出すべきだ。私で良ければ、話し相手になろう」
ここで話さないほうが、翼は心配をするだろう。
そもそも、共に肩を並べて戦う相手に隠し事をし続けるというのも失礼だ。
そう考えた響は、翼へと胸の内を語ることを決意した。
「……実は」
(なるほど。これは根が深そうだな……)
響自身が最近漸く自覚したという心の闇。それを聞かされた翼にさほど驚きはなかった。
むしろ、そう思って当然なのだ。理不尽に親友を奪われ、何も思わないほうが人としてどうかしている。そういう意味では、こうして思う所があると言ってくれたほうがありがたかった。
なにせ、響が未来を失ったのは元を正せば自分たち二課の人間の責任なのだから。そのせいで、怒ることすら出来ないほどに人間性を損なってしまっていた日には、最早どう償っていいのか翼には分からなかった。
(まっこと、自分勝手な話だ)
怒ってもらえたなどと、身勝手な事で喜ぶ事に罪悪感を覚える翼。
だが、響自身の中にある怒りや憎しみなどで、誰かを助けることを躊躇っているというのならば、話は早い。
何故ならば、翼はそんな矛盾を抱えながらも、誰かのために歌い続けた片翼を知っているからだ。
「……そうだな。昔話をするとしよう」
「昔話?」
突然の提案に話の筋が読めない響を置いて、翼はそのまま語りだす。
「昔々、ある所に1人の少女がいた。考古学者の両親を持つ少女は、両親とともに古代の遺物の発掘に携わり幸せに毎日を過ごしていた」
「しかし、そんな少女の生活はある日突然失われることとなった。いつものようにでかけた発掘の現場で、ノイズに襲われたのだ」
「ノイズにより両親を失った少女の心に残ったのは、復讐の一念のみ。自分から最愛の家族を奪ったノイズを殺し尽くす。ただそれだけが、それからの彼女の生きる理由だった」
「ノイズへの復讐……」
思う所があるのか、ポツリと声を漏らす響。
きっと、似ていると思ったのだろう。話の中の少女と自らが。
「そうして、復讐の道へと足を踏み入れた少女は、幸運にもある組織へとたどり着く。秘密裏にノイズと戦うその組織は、正に少女が求めたものだった」
「それって……」
「特異災害対策機動部二課。当然、ただの少女にそんな特殊機関への伝手もコネもあるはずがない。少女が選んだのは、忍び込むという手段だが、何の技術も持ち合わせない彼女が見つからないはずもなく、あえなく御用となった」
「だが、天は彼女を見捨てなかった。対ノイズ兵装であるシンフォギア。その装者としての適性があることが分かったのだ」
「少女の扱いはモルモットと大差がなかった。適合係数の低い人間にギアを纏わせる。そのための体のいい実験体だった。それでも、少女は構わなかった。望んだ力が、ノイズを殲滅するための力が手に入ったのだから」
「そうして、ひたすらノイズを倒し続ける少女だったが、ある時助けた人間に感謝の言葉を貰う。もちろん、当時の少女に誰かのためになんて気持ちはなく、ただ自分のためにノイズを殺している過程でその人間を助けただけに過ぎなかった」
「その後も、ただ戦って戦い抜いて、何度も人を救って、何度も感謝の言葉を貰って。もちろん、助けられた命の数と同じだけ、救えなかった命も有った。それでも、戦い抜いたその先に、彼女は遂に戦う意味を見つけたんだ」
「誰かが明日へと羽ばたく手助けと成ること。そのために、生きることを諦めないでほしいと。そう願った彼女は、戦いの道具でしか無かった歌で、誰かの救いと成るために新たな戦いを始めた」
「たとえ、きっかけが憎しみであっても、誰かを救うことは出来るんだ。お前はそうではないと思うか? 立花」
「……ずるいですよ。翼さんは。だって、奏さんは私の……」
俯き、声を震わせる響。
「ああ、そうだな。私はいつまでもこうやって奏に頼ってばかりだ」
そんな響の肩に手を置いて、翼はゆっくりと抱きしめる。
「でもな、立花。頼ることの何が悪い? 確かに、誰かに寄りかかり依存することは良くないことだ。だが、誰かの力を借り、共に力を合わせることは素晴らしいことだぞ? 私と奏、ツヴァイウィングはそうして活動をしてきた。お前はそれを間違っていると思うか?」
「……思いません。思えるわけ、無いじゃないですか。ツヴァイウィングも、奏さんも、そして翼さんも。みんな、私の憧れなんですから」
「そうか。そう言って貰えるなら、私達も頑張った甲斐が有ったというものだ」
「……頼ってもいいんですか?」
「何度も言っているだろう? 喜んでと」
「きっと、迷惑をかけます」
「迷惑だなどと思うものか。奏に手を焼かされた事を考えれば可愛いものだ」
「私が誰かを傷つけてしまうかもしれません」
「その時は、私が止めてやる。仲間とはそういうものだろ?」
遂に、響からの反論の言葉が止んだ。
しかし、胸の内で震える響がこちらの言葉に納得したとも思えない。
(ふ……。結局、最後まで奏に頼りっぱなしか)
最後の最後まで相棒を頼りにしてしまうことに、少しばかりの情けなさを感じながらも、翼は響へと語りかける。
「奏の事を思い出しているのか?」
胸の内の響の震えが強くなる。どうやら図星のようだ。
「そんなに私は頼り……無いだろうな。先日まで病院にいた身で言うセリフでもないな」
我がことながら、思わず苦笑してしまう。
どこの世界に、つい先日自分を庇って盛大に自爆した人間に頼ってくれと言われて頷くやつがいるだろうか。
「ち、ちがっ! あれは、翼さんのせいじゃなくて!」
自虐のセリフに反応して、響が顔を上げる。
涙に塗れたその顔が、恐らく先程まで面を上げなかった理由だろう。
「そうやって、何でもかんでも自分で背負おうとするな。それは、傲慢でもあるぞ。お前の事だから、安易に責任を背負うななどという陳腐な忠告はいらないと思うが、それでもだ」
「挫折とは、前へと進むための材料でもある。それを安易に奪ってはならない。たとえ、どれだけ苦しんでも本人が乗り越えなければならないものがこの世にはあるんだ。お前には分かるだろう?」
それが、翼にとっての奏の喪失であり、響にとっての未来の喪失である。
どちらも、両者にとって忘れることの出来ない過去であり、それなくして今の2人はいないだろう。それが幸か不幸かはさておいてだ。
「もちろん、お前が甘やかすばかりの人間ではないと私は信じている。けれどもだ。自分が絡むとお前はすぐに冷静でなくなってしまう」
「うっ……」
自覚が有ったのか、気まずそうに響が言葉に詰まる。
「気にするな、などとは言わない。私だって、お前のように自縄自縛で周囲が見えずに暴走していた時期があった」
「翼さんが、ですか……?」
信じられないと言った様子でこちらを見上げる響に、少しばかりの面映さを感じる。
何ともまあ、彼女の中の”風鳴翼”は美化されているようだ。
「私だって、間違えもするさ。その度に、誰かにそれを気付かされて、そうやって少しずつ前に進んできた」
「私を頼れとはもう言わない。ただ、私と一緒に戦ってくれないか?」
「私1人では、また間違えるかもしれない。そうなったら、お前が私を止めてくれ。私1人では敵わない相手が現れるかもしれない。その時は、お前に手を貸して欲しい」
暗に、逆もまた然りだと告げる翼。
そんな翼の言葉に、響は少しの間考えた後、頷いだ。
「分かりました。少しでも、翼さんの力になれるように頑張ります」
抱きしめた体からは、いつしか震えは消えていた。
「全く、強情な後輩を持ったことだ」
「つ、翼さんだって人の事を言えますか? 急に抱きしめたりして……というか、いつまで抱きしめてるんですか!?」
からかうように笑う翼に、ムッとしたように響が言い返す。
少しばかり遠慮のなくなったその物言いが、距離が縮まった事が実感できて翼は嬉しかった
「ははは、立花は体温が高いな。健康そうで何よりだ」
「放して下さいー!」
あーうーと唸りながら、こちらを引き離そうとする響。
かつて、奏に同じようにからかわれたことを思い出し、少しばかり興が乗ってしまった。
響の身体能力を考えれば、引き剥がされないのはこちらを気遣って向こうが手加減しているからだろう。
それを知っている翼は、ある程度響の体温を堪能した後に解放した。
「少しはましな表情になった」
「なんだか、素直に喜べません……」
翼の言葉に、珍しく不平で返す響。
だが、確かにその表情は、翼が道場に入ってきたばかりの時の今にも自殺しそうなものと比べると、天と地ほどの差があった。
「さて、気を取り直して特訓としようか! 私も一緒に頑張らせてもらおう!」
「いえ、翼さん。気合を入れてもらった所悪いんですが、時間切れです」
そうして、可愛い後輩とさあ特訓だと意気込んだ所で、横から割り込んできた声に機先を制される。
「お、緒川さん!? どうしてここに!?」
「どうしてもなにも、誰が響さんに修行を付けてたのか、忘れたんですか?」
少し呆れたように投げかけられた言葉に、ハッと翼は思い出す。
「す、すみません。失念していました……」
「翼さんらしくもないですね。可愛い後輩に浮かれてしまいましたか?」
「師匠、その辺にしてあげて下さい……。翼さんは私のために」
先輩のためにと、擁護をする響。
そんな響に、慎次は優しげな目を向ける。
「もちろん、分かってますよ。……表情が大分良くなりました。響さん1人では、こうも簡単にはいかなかったでしょう」
「面目ないです……」
分かっていることとはいえ、師と仰ぐ人間に面と向かって1人じゃ無理と言われれば響も多少は落ち込む。
「落ち込むことは無いですよ。響さんが悪いとかではなくて、単純にお二人の心が通じ合ったからこその結果です」
「そういう事だ、立花。そこは我々の絆を喜ぶべきだぞ」
響を励ます2人。
そんな2人の言葉に、響も顔を上げて頷く。
「そうですね……。折角、翼さんが来てくれたのに落ち込んじゃダメですよね」
「その意気だ!」
今までのように引きずることなく、すぐに気持ちを切り替えることの出来た響に、翼も満足気だ。
しかし、翼の良い気分はすぐに打ち消されることとなる。
「ふふ、後輩の前で格好つけるのもいいですけど、嘘は良くないですよ翼さん」
「……な、何のことですか?」
慎次から飛び出した言葉に、翼はギクリと固まる。
「嘘? 翼さん、何か無理してたんだすか!?」
そして、そんな翼の逃げ筋を当の可愛い後輩によって塞がれていく。
ここで誤魔化してしまえば、折角響との間に築けた信頼関係に罅が入ってしまうかもしれない。
「あー、いや、その、大した事ではないんだがな?」
そうは分かっていても、知られたくないと思ってしまうのが人情か。
自分で聞いても胡散臭いとしか思えない言い訳を響にしながら、必死で目線で何か適当に誤魔化すようにと慎次へと頼む。
「はい、大した話じゃないですよ」
どうやら、こちらに話を合わせてくれたようだ。翼はほっと胸をなでおろす。
「先程の話だと、まるで翼さんが奏さんの面倒を見てるかのようでしたけど、実際は奏さんに弄られっぱなしだったってだけですから」
「ちょっと!?」
残念ながら、敵だったようだ。
頼れる先輩として、隠しておきたかった事実を暴露され、落ち込む翼。
「弄られキャラ……? 翼さんがですか?」
「はい。泣き虫翼なんて呼ばれて、実際よくやり込められて泣き顔になってましたからね」
いやはや懐かしい、などと宣う慎次と、信じられないと言った目でこちらを見つめる響。
そのどちらもが耐えられず、翼は少し泣きそうになった。
「つ、翼さん! 大丈夫です! 翼さんは頼れる先輩だって、私知ってますから!」
響の必死のフォローが心に痛い。
「ふ、ふふふ。そうか、立花は優しいんだな……。」
「翼さーん!?」
ガクリと項垂れた翼へと、響が駆け寄ってくる。しかし、翼にはその優しさこそが一番辛かった。
できれば、1人にしてほしい心境だが、そうは卸さない問屋がここに1人。
「誰にだって、隠したい過去はあるんです。その事を恥じる必要なんてありません」
「師匠……」
もちろん、慎次が嫌がらせなどでこんな事をしたわけではないことは分かっている。
響はそもそも翼にある種の崇拝の様な感情を抱いている。先程の翼の言葉で幾分かは薄れただろうが、それでも本人の言葉だけだと謙遜だと受け取るかもしれない。
だからこそ、第三者であり、なおかつ翼より立場が上の慎次がこうして翼の弱い部分を曝け出したという事だろう。
理屈は分かるし、その事には理解を示すのだが、やはり、やられる方としては堪ったものではないとしか、翼には言えなかった。
「今でこそ、こうして防人として肩肘を張った生き方をしていますけれど、翼さんだって年頃の女の子なんです。良かったら、響さんも一緒に遊びに行ったりしてあげてください」
「は、はい。頑張らせてもらいます!」
最後に、まるで保護者のようなセリフを置き土産に、慎次は去っていった。
後に残されたのは、隠しておきたい秘部を暴露されて項垂れる翼と、それを前にオロオロとする響だけだった。
「……なあ、立花」
「な、なんですか? 翼さん?」
それからしばらくして、漸く立ち直った翼に響は話しかけられた。
「今から、どこかに遊びに行かないか?」
「あ、遊びにですか!?」
とてもではないが、翼から出たとは思えない言葉に、驚愕する響。
「ふふふ……。この風鳴翼、売られた喧嘩を黙って泣き寝入りする様なことはせん! 私がきちんと年頃の女性らしく遊べることを緒川さんへと証明するのだ!」
「は、はぁ……」
直感で、これダメだなと確信する響。
そもそも、態々証明しないといけないと言っている時点で、普段から遊び慣れていないということだ。それに加えて、学校での翼の評判などを考えると、失礼ながら友達が多いとも思えない。
(私がなんとかしなきゃなぁ……)
翼よりは、一応遊び慣れている響がエスコートしなければいけないのだろう。それも、翼のプライドを傷つけずそれとなく、だ。
(大変そうだなぁ)
そんな思いと裏腹に、響は感謝をしていた。
こうして、情けない姿を見せるのも、偏に響のためを思ってなのだから。
遠慮しがちな自分のために、何もかも曝け出してくれた憧れの先輩。
確かに、想像の中のように何から何まで完璧な人ではなかった。失敗もするし、情けないところだってあった。
けれど、響は失望なんてしていなかった。それどころか、ますます魅力的になったとすら思っている。
(本当に、私は幸せものだ)
もう、こんな自分なんかにとは思わない。
きっと、未来も同じ様な気持ちだったのだろう。聖遺物に乗っ取られた自分は、誰かに助けられるわけにはいかないと、そう思い込んでしまっていたのだろう。
「前へと進めない者に、誰かを救うことなんて出来ない、か」
かつて翼に言われた言葉が、今ならすんなり受け入れられた。
今までの響は、未来と同じ場所にいたのだ。手を繋ぐことは出来ても、手を伸ばす事は出来なかった。
でも、今なら。こうして、みんなと一緒に歩む今なら。きっと、未来に手を伸ばせると、そんな気がした。
「よし、行くぞ立花!」
「はい、翼さん」
翼に差し伸べられた手を響は自然と手にとることが出来た。
その顔に、いつぶりかの自然な笑みを湛えて。
遅くなってしまいました……。
キャラに違和感を持たせないようにするのが中々大変でした……。
漸く、話が明るくなって来た所で、一旦区切り。次回は未来の方の話です。
感想、ご意見お待ちしております。