太陽と月に背いても   作:ゴルト

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見えぬ未来・前

 

「ふぅ~。この部屋とも今日でお別れかぁ」

 

 ぐっと伸びをして、周囲を一瞥する少女。

 

 殺風景で、いい思い出が有るわけでもないただの病室。

 それでも、辛いリハビリを終えた少女――立花響――をいつも迎えてくれた部屋だ。

 長居したいとも、居心地が良いとも思ったことは無いけれど、去るとなるとそれはそれで一抹の寂しさを感じるものだ。

 

「忘れ物チェックよし! 掃除よし! 今までお世話になりました!」

 

 最後にもう一度、部屋の確認をして退出する響。

 

(お父さんとお母さん、もう来てるのかな? 未来も一緒に来てくれてたりしないかな?)

 

 ライブ事故の後、なんとか一命をとりとめた響だったが、その代償としてリハビリを余儀なくされた。

 持ち前のポジティブさで腐る事なくリハビリは乗り越えたものの、話し相手も禄にいない病院にすし詰めというのは立花響という思考の全てが前向き一直線な少女をもってしても、中々応えたようだ。

 

 漸く訪れた退院日。父と母が迎えに来てくれているはずだが、そこに一番の親友の姿を期待してしまうのも無理からぬ事だろう。

 

 

 

 響から見た小日向未来という少女は、何処か掴みどころのない少女だった。

 いつも1人でぼーっとしていて、たまに話しかけられても何処か上の空。

 そんなせいで、幽霊なんて失礼極まりないあだ名を付けられてもいた。

 

 響自身も、そんな未来とどんな風に接して良いのか分からず距離を測りかねていた。

 

 その印象が変わったのは、歌が切っ掛けだった。

 

 ある日、下校中にふと見かけた未来の姿。

 人気のない雑木林の中にフラフラと入っていくその後姿に、心配と好奇心を半々に後を付けた。

 

 しばらく後を付けていくと、少しだけ開けた場所へとついた。

 開けたとは言っても、少しばかりスペースが有り、頭上から光が差し込んでいる程度。

 

 薄暗い森の中、木立から顔だけ出して未来を観察する響の姿は、まごうことなき変質者であった。

 幸か不幸か、未来は気がついていないが。

 この場所に辿り着くまでにも、ガサガサと割と音を立てながら後を付けてきた響。しかし、それにも未来は気が付かなかった。

 

 これだけ集中して、一体こんな場所で何をしようというのか。

 固唾をのんで見守る響の目の前で、未来は大きく息を吸うと、歌い始めた。

 

 薄っすらと差し込む光の中、目を閉じて静かに歌う未来。

 その全てに、響は魅了された。

 

 静かだけど、透き通って響き渡る歌声。

 風にそよぎ流れる、烏の濡羽色の髪。

 そして何より、今まで見たこともない柔らかな笑み。

 

(なんだろう、この気持ち)

 

 響の胸に湧き上がってきた、今までに感じたことのない感情。

 楽しくて、嬉しくて、それでいてどこか悲しい。

 

 未来の歌を聞くと、胸が弾む。

 未来の笑顔を見ると、心が暖かくなる。

 

 なのに、心の何処かにチクチクとした痛みが走る。

 

(うーん、おかしいなぁ?)

 

 響は昔から、単純明快直情直線女子だ。

 曲がったことが嫌いで、いつだって真っ直ぐに前を向いて生きてきた。

 

(そうか! 分かったぞ! こうやってこっそり覗いてるから駄目なんだ!)

 

 だから、当時の響がこんな頓珍漢な回答に行き着くのも仕方なかった。

 

 3曲目に突入した未来の歌をBGMに、響は考える。

 

(うん、そうだ。こっそり覗き見なんて良くないよ)

 

 そうは思うものの、ここで飛び出して未来の歌が止まることは惜しいと、じっと息を潜める響。

 

 結局、その後30分ほど歌うと、満足したのか未来は去っていった。

 

「よし、明日から頑張ろう!」

 

 その後、響は散々森で迷って服をボロボロにした挙げ句、家に帰るのが遅れてしこたま怒られた。

 

 

 

(あの後、最短で最速でまっすぐに一直線に、未来と仲良くなりにいったっけ……)

 

 病院の廊下を歩きながら昔を振り返る響。

 

(未来のスカートをめくって怒られたなぁ)

 

 友達になってからも、未来は不思議な子だった。

 変に知識が多くて、まるで大人みたいなものの見方をするところがあった。

 だというのに、響と一緒になって馬鹿みたいにはしゃぐ事も多かった。

 

 響が無茶をするといつも叱るけれど、その後必ず「頑張ったね」と褒めてくれた。

 そして、恐る恐る頭を撫でてくれるのだ。

 逆に、未来が歌を歌った後に、響が頭を撫でてやると、恥じらいながらも嬉しそうに身を預けてきたり。

 

 人付き合いを怖がるくせに、響にはべったりで。

 一緒にいると姉のように世話を焼くにの、ちょっと離れるとすぐ泣きそうになる妹みたいな面もある。

 

 響が誰かと笑っていると、それを少し離れて寂しそうに、けれども、微笑んで見ていてくれる。

 響が泣きそうになったり、挫けそうになったら、そっと傍で支えてくれる。

 

 明るい時には控えめだけれど、暗闇の中ではしっかりと照らしてくれる。

 どこかちぐはぐで、フワフワしたお月さまみたいな少女。

 

 そんな未来が、響は大好きだ。

 

 最近では、自分から聞かせてくれるようになった綺麗な歌声も。

 夜空のような綺麗な黒髪も。

 優しく細められた、透き通るような翡翠の眼も。

 繋いだ手から伝わる体温も。

 

 そして何より、響にだけ向けてくれる花開くような笑顔が。

 

 あの胸の痛みに答えは出ていない。

 けれど、それでも良かった。

 この胸の痛みも、未来と共に一緒にいるという事実なのだから。

 

 そっと、手のひらで胸元の傷痕に触れる。

 医者からは、一生残るだろうと言われた傷痕。肌を大切にする女性としては、致命的なのだろう。

 だが、響にとっては勲章だ。未来を守りきったという、何物にも勝る。

 

 傷痕を見た未来はどんな反応をするだろうか?

 きっと、自分を責めるに違いない。あの日もあれだけ気にしていたのだから。

 

 ――でも、これで。未来の心の中に私がずっといられる。

 

 ふと、思い浮かんだあまりにも悍ましい考え。

 相手の心の弱みに漬け込んで、取り入ろうだなんていう、普段の響なら思いもよらない考え。

 

(未来と会えなくて、思ったよりも参っちゃってるのかな。こりゃ)

 

 頭を振って、その考えをどこか遠くへと飛ばす。

 これから、折角の快気祝いだと言うのに。

 馬鹿な事を考えてるよりも、楽しいことを。そう思い直して、ようやくたどり着いた待合室のベンチへと腰を掛ける。

 

(帰ったら一杯未来に好きって言わなきゃなぁ)

 

 あの時交わした約束を思い返す。

 思えば、一杯一杯の状況でよくあんな恥ずかしいことが言えたものだ。

 あるいは、あんな状況だからこそとも言うべきか。

 

(一杯甘えて、一杯頼ってやろうっと)

 

 けれど、そのおかげで未来に色々やってもらえると考えれば役得ってやつかと考え直す。

 響自身、恨んでいたりは一切いないし、見返りも求めてはいないが、それでも何かご褒美があるかないかでは有るほうが良いに決まっている。

 

 小狡い考えにちょっとだけ嫌悪感を抱くも、逆に遠慮なんてしたほうが未来は気に病む質だなと思い返して、まあいいかと結論付ける。

 

 

 

「おーい、響!」

 

「あ、お父さん!」

 

 しばらく待っていると、聞こえてきた父の声。

 響は急いで駆け寄る。

 

「おい、そんなに走ったりして大丈夫なのか?」

 

「うん、へいきへっちゃら! もう飛んだり跳ねたりだってできるよ!」

 

「本当か? 何か、痛いところとかがあったらすぐに言うんだぞ?」

 

 そんな自分を心配する父に、自然と響の表情も緩む。

 明るくて、頼りになって、でも、どこか抜けてるところがある大好きな父。

 やっと、いつもの日常へ帰ってこれた気がした。

 

「ほら、お父さん。病院の人に迷惑だから行こう?」

 

「あ、あぁ。どうも、すみませんね」

 

 あれやこれやと響を心配するあまり、周囲の人目を引いていた父の手を引いて、病院を後にする。

 待合室の人へとペコペコと頭を下げる父の姿が何だかおかしくて、クスリと思わず笑みがこぼれた。

 

「な、なんだよ響。笑うことはないだろ?」

 

「うん、ごめんね。お父さん」

「それで、お母さんは?」

 

「いや、その……。一緒に来たんだけど、早く響にあいたくてな? お父さん走ってきたんだ。それで、その、な?」

 

「はぁー……」

 

 変な所でダメっぷりを発揮する父に今度はため息が出る。

 それだけ自分を心配してくれていた事を感謝するべきか、それとももっと周囲に気を使うよう注意すべきか。

 

「全く、お父さんは。私やお母さんがついてないとダメなんだから」

 

「ははは。響や母さんがいてくれるから俺は幸せものだなぁ」

 

 分かっているのかいないのか。響のダメ出しに笑顔で応える父。

 

(分かってないなぁ、こりゃ)

 

 内心ではそう思うも、父の幸せそうな表情を見てそれもまたいいかと思う。

 

 響がいて、父がいて、母がいて、祖母がいる。

 それが、立花家なのだ。

 それぞれが支え合っていけば何も問題はない。

 そうやって、これからも暮らしていくのだから。

 

 後は、未来がいれば全部元通りの日常へと帰れる。

 

 そう思いながら、響は父とともにようやく見つけた母へと走り寄った。

 

 

 

 家に帰り着いた響は、家族とともにささやかなお祝いをした。

 時間が遅いこともあり、ひっそりとしたものだったが、それでも響にとっては何よりも暖かく、嬉しいものだった。

 未来はいなかったが、流石に日付を跨ごうかという時間帯に誘おうなんて考えるほど、響も常識知らずではない。

 

(未来なら呼ばなくても来そうだけどなぁ……)

 

 ただ、一抹の寂しさを抱えたまま祝賀会は終了した。

 

 

 

 その夜、響はふと目をさました。

 喉が渇いたのか、退院の興奮のあまり目が冴えてしまったのか。

 

(案外、病院のベッドになれ過ぎちゃったかな?)

 

 しょうもないことを考えながら、ベッドから降り、何をするでもなく自分の部屋を眺める。

 何か出来るような時間帯でもないし、寝直すにしても当分は難しそうだ。

 

 母が片付けてくれた自分の部屋。つい先日までは、物が散らばり生活感に溢れていた。

 しかし、今は完全に整理整頓がされ、そこかしこに混ざっていた未来の私物もいつも何か無くなっていた。

 本来あるべき立花響の部屋としては正しいのかも知れないが、何処か他人の部屋のように思えてしまう。

 

(病院の部屋の方がなんだか落ち着いたなぁ)

 

 罰当たりなことを考えながら、明日から何処に未来ゾーン(命名・響)を作るか頭をひねる。

 

 いそいそと家具や荷物を弄りスペースを作り出していく。

 お気に入りのクッションだとか、小物だとかを並べ、少しでも前の状態に近づけていくが未来の私物の分だけスペースが空いたままの部屋は無性に響の心を苛立たせた。

 

(はぁ……。やっぱり、未来がいないとダメダメだなぁ、私)

 

 なんとも収まりのつかない心に、小日向未来がいない立花響とはこうもダメなものかと苦笑する。

 

(ちょっと、水でも飲もうかな)

 

 このまま部屋で悩んでも、どうしようもないと思い、気分転換でもしようと部屋を出る。

 

 

 

 何か飲み物でもと思い台所までやってきた響。

 だが、扉を開けようとした時に中から何やら話し声が聞こえることに気がついた。

 

(こんな夜中に……お父さんとお母さん?)

 

 聞こえてきたのは父と母の声。

 だが、その声色は昼の喜びにあふれたものから一転して暗く重い。

 

(私が入院してる間に何かあったの……?)

 

 入院していたために、世間からは切り離されていた響。

 もしや、自分の知らない所で家族に何かがあったのではないか?

 

 幸いにも、両親は響がいることに気がついていないようだ。

 昼間に何も言わなかったということは、自分には言いにくいことなのかもしれない。

 そう考えた響は、悪いとは思いながらもこっそりと聞き耳を立てる。

 

「でも、どうするの? いつまでも隠し通せるようなことじゃないのよ?」

 

「……俺だって、分かってるさ。でも、今だけは喜んでもいいはずだろ」

 

「あなたのそれは、逃げているだけよ!」

 

「じゃあどうすりゃいいんだ!? あの子はもう十分苦しんだ! もう、たくさんだ!」

 

「それは……」

 

 ただ事ではなさそうだ。

 いつでも、間に入れるように響は構える。

 折角返ってきた日常をあっさりと失いたくはないから。

 

 けれど、日常は響の思いもよらないところで、既に失われていたのだ。

 

「大の親友が自殺したなんて、どの面下げて伝えればいいんだ……」

 

「えっ……?」

 

 思わず漏らした声に、扉の向こうから驚いたような声が聞こえた。

 だが、響にはそんなこと関係なかった。

 

 まっすぐに玄関へ向かい、靴を引っ掛けて暗い夜の住宅街へと走り出す。

 

 焦燥と共に真っ暗な道を駆け抜ける。

 明かりもろくにない道。それが、まるでこの先に待ち受ける物を暗示しているようで不安が更に募る。

 

 未来の家へはすぐに着いた。

 もとより、2人の家はさほど離れているわけでもない。

 なんども、未来に連れられ、未来を迎えに訪れたいつもの場所。

 

 そのはずだった。

 

「なに、これ……」

 

 久しぶりに見た小日向家は、見るも無残な惨状であった。

 

 割れた窓ガラス。

 ほうぼうに放置されているゴミ。

 到るところで目に付くビラや落書き。そのビラや落書きには「人殺し」「税金泥棒」などの文字が並んでいる。

 

 一目見て異常だった。

 人の気配もなく、小日向未来がここにいないということは明らかだ。

 

「響!」

 

 呆然と立ち尽くしている響だが、すぐに父が追いついてきた。

 

「お父さん……」

 

 何を言っていいのか分からず、立ち尽くす響。

 

 この惨状について聞くべきか?

 未来の安否について聞くべきか?

 

 だが、響は何も聞けなかった。

 聞いてしまって、答えが返ってくるのが怖かった。

 聞かなければ、このまま家に帰って寝てしまえば。

 明日、朝起きた時には総て元通りになっているかもしれない。

 病院から帰ってきて、そのまま寝てしまって。疲れから見ている悪夢かもしれない。

 いや、もしかすると、自分はまだ病院から帰ってきていないのかもしれない。

 終わらない入院生活のせいで、こんな悪夢を見てしまった。

 

 そうだ。

 きっと、そうに、違いない。

 

「おい、響? 響!」

 

 父の静止を振り切り、よろよろと家路につく。

 夢から醒めるために、もう一度夢の中へと向かうために。





 遅くなってしまい申し訳ありません。
 かなりの難産で、2回ほど書き直した上で長くなりすぎて前後に分けることになってしまいました。
 何か、作中の言動で違和感などがあったらご指摘下さい。
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