太陽と月に背いても   作:ゴルト

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見えぬ未来・後

 新しい朝が来た。

 いつぶりかも思い出せないくらい久しぶりに目覚まし時計で目を覚ました響。

 いつもは未来が起こしに来てくれるのだが、退院したばかりで未来はまだ響が帰ってきていることに気がついてないのだろう。

 

 だから、()()()()

 

 そう、自分を納得させて手早く身支度を済ませる。

 いつもなら未来が色々世話を焼いてくれるので、ちょっと適当で済ませてる身だしなみも、少しだけ気をつけて行う。

 とはいえ、なるべく手早く終わらせて部屋を出る。

 ただ、荷物が見つからないけれど、部屋を探すのがなぜだか()()()()()()そのまま放って行ってしまった。

 

「おはよー」

 

 何やら3人で話し込んでいる父と母、祖母に話しかける。

 いつもこの時間は家にいない父がいることから、どうやら今日は休みのようだ。

 

「おはよう、響」

 

 どこか、元気のない母と祖母。そして、返事の返ってこない父。

 なんだかおかしいな? と思いながらもそれ以上思いを馳せることもなく朝食を口にする。

 

「……」

 

 いつもなら、何かしらおしゃべりをしながら進む食卓。

 けれど、おかしなことに今朝は皆黙ったままだ。

 

 何か喋ろうと思う半面、不思議と響の口も動かない。

 

 結果、無言のまま朝食の時間は過ぎていく。

 

「ごちそうさまでした」

 

 珍しくおかわりもせずに朝食を済ませた響は、そのまま部屋へと戻ろうとする。

 

「なあ、響」

 

 そこに、父の呼び声がかかる。

 

「え、っと、あっ、学校に遅れそうだから、後でいいかな? ごめんね、お父さん」

 

 だが、それに応じることなく響は部屋を後にする。

 今日は()()()()未来がいないから念には念を入れて早く家を出ようと咄嗟に考えたからだ。

 

 急いで部屋へと戻って、適当に荷物を掴んで家を出る。

 忘れ物があるかもしれないけれど、今日は未来がいなかったからドジを踏んでも()()()()()

 

 

 

 通学路を1人で歩く。

 いつもなら伝わってくる繋いだ手からの温もりが、今日はなくて。

 冷たく空っぽな右手を意識しないよう、ぐっと握りしめて学校を目指す。

 

 学校へと早く行かなければ行けない。

 だから、()()()()小日向家を通らないルートをゆく。

 

 ()()、学校で未来に出会ったら謝らなきゃな。

 

 そんな事をぼんやりと思いながら、校門をくぐるのであった。

 

 

 

 ようやく着いた学校も何だか様子がおかしかった。

 まず、全体的に雰囲気が暗い。まるでお通夜のようだ。

 何やら張り紙を読んで暗い表情でひそひそとささやきあう生徒がやけに目立つ。

 

 響自身は()()()()その掲示を読む気にはならなかったが、それでも何か起こったのだということは理解した。

 

 誰かに聞いてみようかな? とも考えたが、何だか遠巻きに観察されてるような気がしてやめた。

 恐らく、入院していた人間がいきなり戻ってきてどう接するべきか悩んでいるんだろう。そう、()()()()()()()()

 

 

 

 教室は校内に輪をかけて変だった。

 学校がお通夜のようと評したが、こちらはまるで葬儀会場のようだ。

 

 誰も彼もが下を向いている。

 たまに見かける話している生徒も、ボソボソと囁くような音量だ。

 

 何より、誰も彼も響の視線がそちらに向かうと怯えたようにビクリとする。

 

(何か、私やったっけなぁ?)

 

 入院していたのだから、物理的に不可能なのだが。

 それでも、一応ライブ前を思い返してみる。

 流石に、そんなに前の話となると割と記憶も怪しいし、そもそもそんな以前の話でここまでの影響を及ぼし続けるなんて魔王か何かかという話だ。

 

 とにかく、()()()()()()()()()()()()()様子見をすることにする。

 

 変といえば、未来の机も変だ。

 響の通っている学校は古くもないが新しくもない普通の学校。机もそれ相応に古びていたり、傷がついていたり、落書き跡があったりする。

 なのに、未来の机は一度も使われたことがないかのようにピカピカだ。机の上には、花が

 

 

 

 いつの間にか、午前の授業も終わり昼休み。

 結局、未来は学校には来なかった。きっと、何か用事があったに()()()()

 用事なら忙しいだろうし、帰りに未来の家に行くのは辞めたほうがいいだろう。

 

 そう自分を()()()()、食事をしようとする響だが、弁当を持ってくることを忘れてしまっていた。

 朝、余りにも()()()()()()()受け取るのを忘れてしまったようだ。

 

「どうしよっかなぁー」

 

 つぶやいた言葉の余りの掠れ具合に発した響自身が思わず驚く。

 思えば、朝から誰かと話しただろうか?

 授業の際も不思議と先生から指名されなかったし、本当に今日は無言のままかもしれない。

 仮に、先生から指名されたとしても未来がいない今の精神状態では答えられたかもわからないが。

 

「えっと、お弁当どうしたの?」

 

 余りにもあんまりな響の状況を見かねてか、クラスメイトが声を掛けてきてくれた。

 確か、サッカー部のマネージャーをしていた子だと響は記憶している。

 

「うーん、お弁当忘れちゃった」

 

「えぇー? ごはんが何よりも大好きで、楽しみで楽しみで仕方ない響にしては珍しいね」

 

 ()()()()()()()()こちらをからかう彼女にから笑いで返す。

 ()()()()、いつもなら出てくるへいきへっちゃらの言葉も出てこなかった。

 

「えぇっと、よかったら食べる?」

 

 コンビニで買ったと思しきオニギリを1つ差し出される。

 彼女自身は残ったもう1つを食べるつもりのようだ。

 

「たったの2個しかないのに、悪いよ」

 

 なけなしの昼ごはんを差し出してきた彼女の善意に感謝しつつも、流石に飢えさせる訳にはいかないと感謝を示しつつも断りを入れる響。

 しかし、そんな響に対して彼女はため息を1つ吐くとおにぎりを無理やり押し付けてきた。

 

「あのね、普通の女子は響みたいに山盛りのご飯を食べたりしないの。正直、2個でもちょっと多いくらいよ」

 

 1個半くらいだとちょうどいいんだけどねなどとどこかぎこちなく笑う彼女にお礼をいい、おにぎりを受け取る響。

 

「ありがとう。いただきます」

 

 軽くお礼を言って、おにぎりを食べる。

 とは言え、所詮はおにぎり1つずつ。あっという間に食事タイムは終わり、なんとも言えない沈黙が場を支配する。

 

「……」

 

「そ、そういえば、ライブの事故で響が怪我を負ったって聞いたんだけど本当?」

 

 沈黙に耐えかねたのか、こちらへそう質問してくる彼女。

――白々しい 

 言えない事も多々有るが、別に答えても問題ないだろうと判断して答えてやる響。

 

「うん、そうだね。ちょっと、リハビリとかしてたんだ」

 

「そうなんだ。命に別状がなくてよかった。後遺症とかは大丈夫なの?」

 

「うん、お医者さんのお墨付き」

 

 こちらを心配してくれている彼女。なのに、()()()心が落ち着かない。

 

「えっと、小日向さんも一緒に行ってんだよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

――お前が、その名を 

 その名前に、響の心のざわめきが強くなる。

 表に出さないように、そっと胸の奥底から湧き上がる思いを鎮める。

 ()()()()()()()()()、そうしなければいけない気がしたから。

 

「その、小日向さんが言ってたよ。響に守ってもらったんだって」

 

「そう、なんだ」

 

 拳を握りしめて、話を聞き続ける。

 ()()()()()()()席を立って、この場を離れたい。

 そんな理由は、ないはずなのに。

 

「ライブ会場って酷いことになってたんでしょ? そんな中でも、誰かを助けられるなんて、響らしいね」

 

「そうかな」

 

――私らしさって、何なんだろう。

 

 何故か、やたらと持ち上げてくる彼女に戸惑う響。

 

「そうだよ! 私だったら絶対無理だなぁ。ね、あなたもそう思うでしょ?」

 

「うんうん。誰かのために一生懸命になれるのって響のすごい所だと思うよ」 

 

 彼女が周囲に同意を求めたのを皮切りに、口々に響を褒めそやすクラスメイト達。

 

「やめてよ。そんなのじゃ、ないって……」

 

「謙遜しなくてもいいのに。私達は響が英雄だと思ってるんだから!」

 

 拒絶の意思を見せれば一応引いていく姿勢を見せる彼女達。

 けれど、彼女達は響を英雄だと言うことを撤回はしなかった。

 

 まるで、そうでなければ困るかのように。

 

「なんで、今更……」

 

 ――一番守りたいものは、もういないのに

 

 ずきりと、頭に鈍痛が走った。

 何かを忘れているような気がする。

 

 病院帰りで、まだ疲れているのかもしれない。

 

「ちょっと疲れちゃった。保健室に行ってくるね?」

 

 そう言い残し、教室を後にする。

 口々に大丈夫か? 送っていこうか? と提案してくるクラスメイトを断りながら。

 

 今は、一人きりに成りたかった。

 

 

 

 カーテンを締め、白いベッドに横たわる。

 教室でクラスメイトに再開したときよりも、この無機質な保健室の光景の方に懐かしさを感じる。

 こうして、真っ白なベッドで真っ白なカーテンに囲まれていると、まるで入院していた頃に帰ってきたようだと響は思った。

 

 あるいは、まだ自分はあの病院のベッドで眠り続けているのではないだろうか。

 

「……寝よう」

 

 目をつむる。

 夢から、醒めないと。

 

 ただ、そう願いながら。

 

 

 

 どれくらい眠っていただろうか。

 鳴り響く本鈴の音で響は目を覚ました。

 

(ここは……)

 

 一瞬、病院へ戻ってきたのかと()()()()響であったが、すぐに自分が今いる場所が保健室だと認識する。

 

(やっぱり、夢じゃないんだ)

 

 時計に目をやれば、既に5時間目が始まってしまったようだ。

 ぐっと息を吸い込んで、気持ちを落ち着ける。

 なるだけ、心を無にして、何も考えず、ただ今日を終わらせることだけを意識する。

 

 そうしないと、今にも崩れ落ちてしまいそうだから。

 

「行かなきゃ……」

 

 のそのそとカーテンに手をかけ、教室へ戻ろうとする。

 だが、その前に誰かが保健室へ入ってくる音がした。

 

 今は、誰にも会いたくない気分だった。

 よって、響は再び布団の中へ潜り込むことにした。

 カーテンが締まってるところをわざわざ開けるとも思えないが、余計な面倒は今は避けたかった。

 

「あー、やっと着いた。保健委員様ー、さっさ消毒してー」

 

「はいはい、今出すからそこに座ってて」

 

 ガサゴソと何かを探す音が静かな室内に響く。

 どうやら、体育か何かで怪我をして、その治療にきただけのようだ。

 

 これなら、直ぐに帰るだろう。

 響は胸をなでおろす。

 

「そういえば、あの話聞いた」

 

「あの話って?」

 

「ほら、あのライブの」

 

「あー、あれね」

 

 ビクリと響の肩が震えた。

 包まった布団の端を強く掴み、自分ごと包み込むようにして強く抱き込む。

 出来れば、自分の想像と違う話であって欲しい。

 しかし、響のそんな思いとは裏腹に、2人の噂話は想像通りに進んでいく。

 

「なんか、もう1人の方が今日学校に来たんだって」

 

「へー、それで皆ざわざわしてたわけね」

 

「あれは酷かったもんねぇ」

 

「確かに、やりすぎだったかもねー」

 

 軽い調子で話す2人とは裏腹に、響の拳に込められる力はどんどんと強くなっていく。

 

「でも、今日来た娘の方はなんでも相方を庇って入院してたんだってさ」

 

「へぇー、すごいじゃん。私はあんたが襲われても逃げ出しそうだわ」

 

「まあ、普通は自分のことで一杯一杯だよねぇ。すごいと思うわ」

 

「英雄的だねぇ。私も人生で一度くらいはそんくらいかっこよく行動してみたいわー」

 

「でもねぇ、折角庇ったっていうのにねぇ……」

 

「あー、それは確かに思うわ」

 

「小日向さんだっけ? 何も、()()()()()()()()()()()

 

「本当に。もうちょっと頑張れば良かったのに」

 

 そこから先、2人が何を話していたのか。

 響の記憶にはない。

 

 ただ、気がついたら誰もいない保健室で1人、ベッドに横たわっていた。

 

「未来……」

 

 今日、初めて声に出して呼んだ大切な人の名前。

 掠れた声は、無機質な部屋の中に吸い込まれ、消えていった。

 

 なぜだか、涙が溢れてきた。

 どうしようもない気持ちが胸の奥から溢れ出てくる。

 

――未来はもういない

 

 頭を強く振って浮かんだ思いを掻き消し、起き上がる。

 カーテンを開け、外に目をやると既に終業時間を回り放課後となっていた。

 

 

 

 教室へと荷物を取りに戻った後、響は真っ直ぐにある場所を目指していた。

 

 草木をかき分け、目的の場所へと一歩一歩近づいていく。

 視界の端に、見覚えのある背中が見えないかと期待しながら。

 

 ふと、視界が開けた。

 鬱蒼とした森の中、少しだけ日の差す小さな広間。

 傾いた日差しが一条の陽光となって差し込んでいる。

 

 それだけの空間。

 響の他には誰もおらず、ただ風のそよぐ音だけが聞こえる。

 

「やっぱり、いないよね」

 

 初めて2人が出会った思い出の場所。

 ただ、思い出だけが残る場所。

 

「全部、夢だったらいいのに」

 

 それでも、一抹の希望に縋りたかった。

 腰を下ろし、木に背中を預け目を閉じる。

 

 虫の声と梢のさざめきだけが耳に入ってくる。

 懐かしい歌声が聞きたくて、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 歌が聞こえる。

 

「未来?」

 

 夜空に浮かぶ月に、声をかける。

 聞こえてきた歌声が、余りにも懐かしかったから。

 

――ごめんね。

 

 返ってきたのは、謝罪の言葉だった。

 響の心がざわつく。その先を言わせてはならないと、矢継ぎ早に話しかける。

 

「ど、どうしたの未来? 謝る事なんて何もないよ? ほら、いこ?」

 

 空に浮かぶ月へ手を伸ばすが、空を切る。

 手の中の熱がどんどん冷めていく。

 

――ダメだよ。私は、そっちにはいけない。

 

 どんどん沈んでいく月。

 少しずつ、端から欠けていくその姿に否応なく響の焦りは増していく。

 

「なんで……なんで、未来が全部背負わなきゃいけないの!? どうして、私なんかのために」

 

――なんかじゃ、ないよ。

 

「それって……」

 

――響はいつだって私の太陽だった。私を照らしてくれた。

――この手の温もりは全部響がくれたんだ。

――だから、返すだけだよ。いつも、私を助けてくれた響に。

――私には、こんなことしか出来ないから。

 

 響の脳裏に、あの時交わした約束がよぎる。

 今度は、未来に助けてもらおうなんて、何気なく言った一言が。

 

「違う! あの時言ったのは、そんなことじゃ……! 私は、未来がいれば!」

 

――やっぱり、響は優しいね。

――最期に、声が聞けて良かった。

 

「最後って!? 嫌だよ! 未来! まだ、言ってないことがたくさんあるのに! だって、私はまだ!」

 

 必死に夜空の月へと手を伸ばす。地平線へと沈むその前にと走り出す。

 だが、どれだけ走っても、どれだけ手を伸ばしても、どれだけ声を張り上げても。

 響が(小日向未来)へと辿り着くことはなかった。

 

――生きることを諦めないで。

――私の、太陽。

 

 その言葉を最後に、周囲は闇に包まれる。

 歌声も止み、泣きじゃくる響の声以外は最早何も聞こえなかった。

 

 

 

「……未来」

 

 響が目を覚ますと、そこは元の広場だった。

 日はとうに沈み、空は墨色に染まっている。

 

 月は、雲に隠れて見えなかった。

 

「もう、いないんだね……」

 

 目を背けていた現実と、今ようやく向き合う。

 

「……」

 

 立ち上がる気力は湧かなかった。

 生きることは諦めていない。

 でも、なんのために生きるのか?

 何を支えに、これから生きていけばいいのだろうか?

 

 それが、分からなかった。

 

「英雄、かぁ」

 

 本当に自分が英雄ならば、未来はなぜ死んだのだろうか?

 汚い部分を全て未来に押し付けて、自分だけがのうのうと褒め称えられる。

 

 響に庇われた未来が悪だと言うなら、天羽奏に庇われた自分はどうだというのだろうか?

 同じ罪を背負ったはずなのに、未来だけがそれを償わされるのか?

 

 いっそ、皆に言えば楽になるだろうか。

 立花響のせいで、天羽奏は死んだのだと。

 そうすれば、自分も未来と同じところへ行けるのだろうか?

 

「こんな所にいたのか、響」

 

「お父さん……」

 

 考え込む響の隣に、いつの間にやってきたのか父が座り込む。

 

「どうしてここが分かったの?」

 

「いつだったか話してくれただろ? 秘密の場所があるって」

 

 確かに、響は父にその様な事を話した覚えはある。

 だが、秘密の場所が有ると言っただけで、具体的に何処とまでは言っていないはずだ。

 

「いつだったか、響がボロボロになって帰ってきた時、在っただろ? あの時の事をなぜだか思い出してな」

 

「そうなんだ」

 

 そんな昔のことを思い出してまで、自分を探してくれていたのか。

 確かに、父の姿はあちこちに草や葉、擦り傷等が見え大分苦労して響を探したであろうことが伺えた。

 

「ありがとうね。お父さん」

 

 そんな父の姿に、感謝の念を伝える響。

 

「まあ、お前の父親だからな。これくらい」

 

 それを当然と受け流す父。

 

「いつ、知ったんだ?」

 

 主語のない父の問いかけ。

 その問に響は携帯の画面を見せる。

 

「ああ、そうだよなぁ……どんなに隠したって、今はそれがあるかぁ」

 

 響の携帯の画面には【まだ終わらない!? 遂に出た! 風評被害による自殺者!】【あの会場で何があった!? 生存者迫害の裏側へ迫る!】【天羽奏死亡! あの会場で何があった!?】などと言ったセンセーショナルな文面が所狭しと載っていた。

 

「やっぱり、気になっちゃって。自分で調べたんだ」

 

 ぽつりと、響が言葉をこぼす。

 

「散々好き勝手言ったのに、未来がいなくなった途端こうやって言うんだもん。ずるいよね」

 

 その言葉からは、怒りと悔しさが滲んでいる。

 握りしめた拳を見つめながら、響は言葉を紡いでいく。

 

「皆さ、私のことを英雄だって言うんだ。小日向未来を救った英雄だって」

 

「未来は、もういないのにね」

 

 学校で称賛されるたびに、響の心の奥底に溜まっていたドロドロとした黒い感情。

 それを吐き出していく。

 

「本当は逆なのに」

 

「未来が、私を守ってくれたんだ」

 

「未来が死んだから。私は英雄になれたんだ。許されたんだ」

 

 響とて馬鹿ではない。

 級友たちが口々に響を褒めそやすのが本心からだとは思っていない。

 もちろん、中には本気でそう思っている人間もいるだろう。だが、大半の人間にとって立花響とは免罪符だ。

 小日向未来を追い詰めてしまったことを立花響という都合のいい英雄(偶像)に縋ることで忘れようとしているだけ。

 

 彼らはただ、許してもらいたいだけなのだろう。

 そして、許してもらった気になれるのだろう。立花響という、小日向未来の親友と繋がることで。

 

 別に、響の行いが評価されている訳ではない。

 ただ都合が良かっただけだ。

 小日向未来という暗闇を隠すのに、立花響という太陽は。

 

「響……」

 

 そのようなことを語る響を悲痛な面持ちで見つめる父。

 

「分からないんだ」

 

「何?」

 

「わからないの。この後、どうしたら良いのか」

 

「どうって、お前……」

 

「ただ、未来に笑っていてほしかった。でも、もう……」

 

 自らの両手を見つめ、黙り込む響。

 そんな響に、父が声をかける。

 

「なあ、響。父さんもな、一緒なんだ」

 

「え?」

 

 父の突然の発言に目を丸くする響。

 

「知ってたんだよ。小日向さん家がどうなってるかなんて」

 

「それ、は……」

 

 響が考えようとしなかった事。

 当然の話だ。小日向家と立花家は、家族ぐるみの付き合いで。たとえ、そうでなくても近所なのだ。

 気が付かないほうがどうかしている。

 

「俺は、何もしなかった。何も、しなかったんだ」

 

 吐き出すような父の言葉を響はじっと聞く。

 

「母さんのためとか、響が帰ってきたときのためとか、色々考えてたんだけど、違うんだ」

 

「俺は、自分がかわいいだけだったんだ」

 

「怖かったんだ。日常が壊れるのが」

 

 父の懺悔とも言うべき言葉。

 響は、なんと声をかけるべきか分からなかった。

 

「俺も、お前のクラスメイトと変わらないんだろうな。こうして、お前に弱い部分を見せることで、許された気になりたいんだろう」

 

「仕方、ないよ」

 

 響の口から出たのは、使い古された陳腐な言葉だけ。

 当然、父もそんな物が響の本音だとは思わなかったらしく、悲しそうな、けれど優しそうな目でこちらを見ている。

 

「優しいんだな。響は」

 

 響の頭をそっと撫でると、父は立ち上がり言った。

 

「罰が当たったんだろうな。父さん、単身赴任することになったんだ」

 

「え……?」

 

 寝耳に水の話だ。

 

「取引先のお偉いさんの娘さんがな、どうもライブで亡くなったらしくてさ。それで、魔女狩りみたいな事が始まったんだ」

 

 私のせいだ。

 それが、響が咄嗟に感じたことだった。

 いっそ、あそこで死んでいればよかったのだ。

 そうすれば、未来も死なず、天羽奏だって死なずに済んだかも知れない。

 

 俯いて、涙をこぼす響を父の声が呼び起こす。

 

「泣くなって、響。お前のせいじゃないさ」

 

「……」

 

「お父さん、良い上司に恵まれてな。匿ってもらえるってわけよ」

 

 響の頭をグリグリと撫でながら、空元気で笑う父の姿。

 そんな父の姿に、響も顔を上げる。

 

「なあ、響。1つ、約束してもらってもいいか」

 

「約束?」

 

 かがみ込み、響と目線を合わせた父が言う。

 

「ああ。俺を嫌いになっても良い。学校のクラスメイトを嫌いになっても良い」

 

「ッ……」

 

 思わず、歯を噛みしめる。

 心の奥底にしまっておいた感情。それが、暴かれてしまった。

 

「でもな、自分を、世界を、嫌いにならないでくれ」

 

「お前が、誰かのために一生懸命になれる人間だって父さんは知ってる」

 

「響の手は、きっと誰かの助けになれるんだ」

 

「だから、精一杯生きてくれ。それが、父親としての俺の願いだ」

 

「精一杯…生きる」

 

 父の言葉を反芻する響。

 生きるという言葉を噛み締めながら。

 

「……わかったよ、お父さん。私、頑張ってみる」

 

「……そっか、良かったよ」

 

 小さく、けれども、しっかりとした声で父に返事をする。

 その返答に、安堵の表情を見せて父は踵を帰した。

 

「俺は、帰るよ。響も一緒に帰ろう?」

 

「うん、分かった。でも、もうちょっとだけ1人にさせて?」

 

「……分かったよ。出た所で待ってるからな」

 

 そう言い残し、その場を後にする父。

 その背中を見送りながら、響はじっと考えていた。

 

 生きる意味を。

 生かされた意味を。

 

――生きることを諦めるな!

――響は、私の太陽だから。

――精一杯生きてくれ。

 

「重い、なぁ」

 

 父に届かぬよう、ポツリと呟く。

 響はもう、1人ではないのだ。

 いなくなった2人も含めて、3人分を生きなければならない。

 

「でも、生きなきゃ」

 

 それでも、響は生きなければいけない。

 約束したから。託されたから。

 そして何より、そう在りたいから。

 

 天羽奏からは、生きる意志を。

 父からは立ち上がる気力を。

 そして、小日向未来からは生き方を。

 

 それぞれ受け取った。

 成らなければならない。

 3人の思いに恥じない自分に。

 

 成し遂げねばならない。

 それが、生き残った自分の責任だから。

 

 

 

 この日、立花響は太陽になることを決意した。




 これで、導入は終わりです。
 ようやく原作の時期に突入します。

 何か、ご指摘等あったらお気軽に感想して下さい。
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