太陽と月に背いても   作:ゴルト

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誰がための力

 朝の日差しに緑が舞い、生徒の笑い声が校舎に響く。

 つい先日、新入生を迎え入れた私立リディアン音楽院は活気に満ち溢れていた。

 新たに出来た友人と談笑をする新入生。部活動に入り、先輩と後輩という新たな関係で親睦を深める生徒。

 それぞれが学園生活のこれからに思いを馳せ、始業のチャイムまでの一時を思い思いに楽しんでいる。

 

「遅いなぁ、ビッキー」

 

 そんな中、廊下を覗き見る3人組の姿があった。

 

 今しがた発言した、灰の髪をショートに纏めた活発そうな少女、安藤創世。

 

「これは遅刻かな? 曲がり角で誰かとぶつかって恋の予感!? なんて、あの子に限ってそれはないか」

 

 心配そうな友人に冗談を飛ばす、茶髪のツインテールの少女、板場弓美。

 

「立花さんならぶつかる前に抱きとめそうな気もしますが……」

 

 心配しているかそうでないのか、何処かずれた事を口走る金髪の少女、寺島詩織。

 

 ふとしたきっかけで仲良くなった()()

 今日も今日とて、朝ののんびりとした時間を共有し、アニメがどうだの、あの場所のグルメがどうだのと他愛もない話をしていた。

 

 そして、アニメやグルメの話が彼女達の中で定番であるように、遅れてきた()()の話題もまた定番であった。

 

「あー、確かに。こう、さっと抱きしめて『大丈夫?』 とか言いそう」

 

 大げさな身振りで何かを抱きしめる仕草をする弓美。

 彼女の脳内では恐らく、キメ顔の響が美少女の顎に手をかけているシーンが流れているのだろう。

 

「いや、そんな馬鹿な。ビッキーはそういうの……いや、あれで抜けてる所もあるからなぁ」

 

 弓美の言葉を否定しようとするも、脳裏に浮かんだ光景がなんだか想像の中だけのものだとは思えなくて、思わず頭を抱える創世。

 

「でも、そうなったらいよいよ大変かもしれませんわね。立花さんのファンだって言う人、たまに見かけますし」

 

 そんな詩織の言葉に、2人は改めて立花響という少女のイメージを思い出す。

 

 ふわりとした明るい茶髪。

 スラリとした無駄のない引き締まった、それでいて傷一つ無い肢体。

 スッと細められた意志の強さを感じさせられる眼差し。

 聞くものを魅了する、良く響く低い声。

 一見クールなようで面倒見がよく、頼りがいのある性格。

 そして、その性格と時たま浮かべる儚げな笑みのギャップ。

 身体能力も群を抜いており、入学直後の身体測定では2位を大きく引き離していたのも記憶に新しい。

 

 まるで、女子の理想とする白馬の王子の具現化のようだ。

 

 東に迷子の子供がいれば、傍に行き手を繋いでやり。

 西に失せ物をした老人がいれば、一緒に探してやり。

 南で事故が発生したなら、救助のために駆け回り。

 北で子供が車に轢かれそうになれば、飛び出していく。

 リディアン周辺では、響に何かしら手助けしてもらったことのない人のほうが少ないのではないかという様相だ。

 

 唯一欠点を上げるならば、勉学の方はさほどでも無いということくらいだが、それにしたって中の上程度の物は持っている。

 

「うーん、本当にアニメの主人公みたいね……」

 

 改めて思い返した響のとんでもスペックに愕然とする弓美。

 

「私生活もストイックだからねぇ、ビッキーは。この前家に遊びに行ったじゃん?」

 

 創世の言葉に響の部屋を思い返す。

 トレーニング器具と最低限の私物に囲まれた部屋を。

 

「とてもじゃないけど、花の女子高生の部屋とは思えなかったわね……」

 

 何気なくクローゼットを開けたら、飾り気のない同じ色のパーカーがずらりと並んでいたのを発見した時は、3人で頭を抱えたものだ。

 ちらりと視界に入った、山積みの感謝状に至ってはもう意味がわからなかった。

 どれだけお人好しならば、あれだけの感謝状を貰えるのかと驚愕したものだ。

 

「そうそう、その帰りにさ。私忘れ物しちゃったんだよねぇ」

 

「そういえば、取りに戻るとおっしゃってましたね」

 

「んで、ビッキーの部屋に帰る途中でビッキーに会ったのよ」

 

「会うって、屋外でってこと? なんか用事でもあったの?」

 

 創世の言葉に疑問を呈す弓美。

 あの日、創世が荷物を取りに戻ったのは部屋を出てすぐだ。

 それなのに、屋外で出会うということは何かしらの用件で外出しようとしていたと考えるのが自然だからだ。

 

「いや、それが、三角跳びしてた」

 

「は? 三角跳びって、あの三角飛び?」

 

 返ってきた意味不明な単語に思わず聞き返す弓美。

 

「えーっと、三角跳びって言うと、確か、壁を足場にして高所へと駆け上がる走法? でしたよね?」

 

 意味を問いただすべく、三角飛びの定義を述べる詩織。

 

「それそれ。その辺の木を使って忍者みたいにヒュンヒュン飛び回ってるビッキーを見た時は、夢でも見てるのかと思ったね」

 

 返ってくる無慈悲な答え。

 なお、当の響本人からしたらトレーニングついでの見回り前のウォーミングアップのようなものだということを幸か不幸か、彼女達は知らない。

 

「私、あの子が人間なのか不安になってきたわ……」

 

「怪我とか、なさらないと良いのですけれど……」

 

「どうだろうねぇ……。ビッキー自身は『怪我してもすぐ治るからへいきへっちゃら』なんて言ってたけど……」

 

 3人で溜息を吐く。

 

 他人の痛みには人一倍敏感なくせに、自分の事となるとてんで気にしない。

 へいきへっちゃらと嘯きながらどこまでも他人のために尽くす。

 面倒見が良いと人気者の響だが、3人は諸手を挙げて喜ぶ気にはなれなかった。

 

「はい、朝のHRを始めますよー」

 

 そして、遂に担任の先生がやってきて始業の鐘がなってしまった。

 

「あちゃぁ……間に合わなかったかー」

 

「まあまあ。先生方も立花さんには多少甘いですし、多分大丈夫ですよ」

 

「そうだと良いんだけどねぇ……」

 

 

 

 

 

 午前の授業が終わり、昼休み。

 創世達3人と、あの後遅れてやってきた響を入れた4人は中庭で昼食を摂っていた。

 

「よく食べるわねー、あんた」

 

 あぐあぐと山盛りの白米をかきこんでいく響に、弓美が呆れた声をかける。

 

「ん?」

 

「もう、ほっぺたにご飯粒がついてますよ」

 

 顔を上げた響の頬についた米粒を詩織が手でとり、そのまま口許へと運ぶ。

 

「ああ、ありがとう」

 

 それに対して、照れた様子もなくサラリと礼を述べると、また白米へと向き直す響。

 そんな響を詩織はニコニコと眺めている。

 

「なんか、やけに嬉しそうだね」

 

「人助けをしてる立花さんもかっこいいですけれど、私としてはこうやって美味しそうにご飯を食べてる立花さんが一番ナイスだと思うんです」

 

「まあ、そうかもねぇ。ビッキーももうちょっと自分を大事にしたほうがいいよー?」 

 

 詩織の言葉に頷く創世。

 身を削って誰かのためにと働き回るよりも、こうしてただ食事を共にするような穏やかな時間を過ごしてもらいたい。

 それが、友人としての3人の共通の思いだった。

 

「大丈夫。全部、私自身のためだから」

 

 だが、返ってきた答えはやはりというべきか。

 響は人助けをやめるつもりは早々ないようだ。

 

「えーっと、そのさ」

 

 静かだが、力強く答えた響に対して、弓美がやや聞きづらそうに聞き返す。

 

「なんで、そんなに人助けに拘るの?」

 

 それは、3人の共通の疑問だった。

 確かに、困っている人を見かけたら助けるのは良識ある人間としては当たり前の事だろう。

 創世達だって、そういった事をした覚えくらいあるし、積極的にやろうと思うくらいの人間性は兼ね備えている。

 

 だが、響のそれは一般人の思い浮かべる人助けとは常軌を逸する。

 私生活も何もかもを誰かのためにと捧げる生き方。

 まるで、贖罪をする罪人かのようだ。

 

「憧れ、かな」

 

「憧れ?」

 

 響から返ってきた答えにオウム返しする弓美。

 確かに、答えの内容としては割と納得のいく類だ。

 ヒーローに憧れるのはまあ、女子はともかく男子ならそれなりに覚えのある話。

 かくいう弓美自身もアニメの影響でヒーローの真似事をしようとしたことは1度や2度ではない。

 

「うん。私を守ってくれた人。私を立ち上がらせてくれた人。私に生きる意味をくれた人。その人達に、胸を張れる私にならないと」

 

「きっと、とてもナイスな方なんでしょうね」

 

「うん、そうだね」

 

 詩織の言葉に、柔らかな笑みを浮かべる響。

 今まで見た中でも一番の笑顔に、3人はその”憧れの人”の存在が響にとってどれだけ大きいのかを察する。

 

「守るだけじゃ、ダメなんだ。皆が笑顔でいてくれなきゃ」

 

「そうですよね。笑顔が一番ナイスです」

 

「あ、もしかして。ビッキーがリディアンに入学したのってその皆を笑顔にってため?」

 

 続く響の言葉に、創世がずっと気になっていた胸の内を打ち明ける。

 人助けを至上とする響と、音楽を学ぶリディアン。その組み合わせがどうにもしっくりこなかったのだが、こうして響の目標を聞くと自然なものと思えたのだ。

 

「……そう、だね。うん、そうなんだ。歌が、好きだから」

 

 創世の疑問に、照れてしまったのか、俯きがちに小さな声で答える響。

 そんな響の背中をパシパシと叩きながら、弓美が声をかける。

 

「何よー! それなら早く言ってよね! さあ、私と一緒にアニソン同好会を作って、世のちびっこ達を笑顔にする仕事に取り掛かろう!」

 

「いや、ビッキーはもっと真面目に言ってるのであって……」

 

 我が意を得たりとばかりに響を趣味のアニソンの道へと勧誘しようとする弓美をたしなめる創世。

 

 そんな2人をなんとも言えない表情で眺める響へと、詩織はふと問いかける。

 

「そういえば、立花さんのナイスな人ってもしかして風鳴翼先輩ではないのですか?」

 

「なんで、そう思うの?」

 

 思わぬ問いかけに目を丸くした響が問い返す。

 

「うーん、なんでと言われると微妙なんですが……」

 

 こてんと首を傾げ、少々考える詩織。

 

「なんだか、立花さんが風鳴先輩を目でおってる気がしたので」

 

 実際、多いんです。あの方のファンは、などと告げる詩織。

 そんな詩織に、響は1つ溜息を吐くとこう告げた。

 

「秘密にね」

 

「はい、もちろんです」

 

 その一言に何を感じ取ったやら。

 キャーと頬を赤く染めてそう返事をする詩織に、響はもう1つ溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 わいのわいのと騒ぐ親友を傍目に、響は1人思考する。

 

 風鳴翼。

 あの時、響達をノイズから守ってくれた恩人の片割れで、響の憧れの人。

 

 太陽になりたかった。

 でも、輝き方を忘れてしまった。

 

 だから、輝く人を探し求めた。

 

 そして、見つけたのが彼女だった。

 

 人知れずその力でノイズから人々を守り。その歌で人々を笑顔にする。

 どちらも、響には出来なかったことだ。

 

 だから、真似しようとした。

 

 何度も何度も、あのライブ会場で見た彼女達の動きを思い返した。

 記憶の中の未来を守った気になっていた自分に自己嫌悪しながら。

 何度も何度も、その動きをトレースした。

 

 最初は、どうにも上手くいかなかった。

 走ればノタノタと。飛び跳ねればすぐに転び。腕力は細腕相応。

 

――これじゃ、何も守れない。

 

 強く望んだ。

 強く願った。

 護るための力を。

 もう、何も失わないために。

 

 いつからだろうか、走れば自転車を追い越すようになった。

 いつからだろうか、塀を飛び越え、木々の間を駆け回れるようになった。

 いつからだろうか、握りこぶしでコンクリートを割れるようになった。

 

 どれだけ動き回り、どんな怪我をしても翌日には普段通りに戻っていた。

 

 自分の中の何かが変わっていくような感覚はあった。

 これが、只事ではないという事は響にだって分かった。

 

 けれど、後悔は無かった。

 

 がむしゃらに誰かのために働いた。

 苦手だった勉強だって、必死に取り組んだ。

 幸い、体が変化してからは睡眠時間を削っても体力が持つようになったから、深夜にひっそりと取り組んだ。

 

 たくさんの感謝を貰った。

 たくさんの笑顔を守れた。

 

 けれど、まだ足りない。

 

 この手の届く範囲は、余りにも狭すぎる。

 拳だけでは、救えない人もいる。

 力だけでは、人を笑顔に出来ない。

 

 そんな響に進むべき道を示してくれたのは、やはり未来の言葉だった。

 

 『例え住む世界が違っていても、歌でなら分かりあえる』

 

 力では、どうやったって響1人の所で世界は閉じてしまう。

 どれだけの笑顔を守っても、それは手の届く範囲でしか無い。

 

 けれど、歌でなら。

 声は、何処まででも響かす事ができる。歌が聞こえる人数に制限なんて無い。

 そして、歌は誰にだって歌える。特別な力なんて、何一ついらない。

 人と人が歌で分かりあえるなら、きっとその先の世界に響の望むものが有るはずだ。

 

 そして、気がついたのだ。風鳴翼が、なぜ歌姫なのかを。

 その剣は、誰かを護るために。

 その歌は、誰かを笑顔にするために。

 

 舞い歌うその姿に憧れて、響は今日まで走り続けてきた。

 

 

 

 

 

「あ、翼さんだ!」

 

 近くから聞こえてきた叫び声に響の思考が戻ってくる。

 顔を上げれば、自分たちの直ぐ側を風鳴翼が横切るところのようだ。

 

「はー、やっぱオーラが違うわねぇ」 

 

 呑気な事を言う弓美とは裏腹に、響の心境は穏やかではなかった。

 

「ごめん、ちょっと席外す」

 

「急にどうしたの?」

 

「折角会えたんだから、挨拶しに行ってみましょうよ!」

 

 キャーキャーと黄色い声に囲まれている翼へと、ミーハー丸出しに突撃しようとする2人。

 折角だからと、声を掛けてくるがそれを響は断った。

 

「まあまあ、立花さんにだって事情が有るでしょうし。無理に誘うのはナイスでは無いと思いますよ?」

 

 何やら勘違いしたままの詩織も、援護射撃を出してくれた。

 やたらとキメ顔でウインクしてくるのにちょっとばかりイラっとしながらも、一応響は頭を軽く下げて感謝の念を伝えるとその場を後にした。

 

「変なビッキー」

 

「あの子が変なのは、今に始まったことでも無いと思うけどねー」

 

「大丈夫です、立花さん。ライバルは多いですけど、私は応援してますから!」

 

 

 

 

 

「このままじゃ、ダメだ」

 

 1人になった響はそう呟く。

 遠くから聞こえる喧騒とは裏腹に、周囲に人影はない。

 

 都合よく見かけた木の上に飛び乗り、腰を下ろす。

 ここなら、誰かに見つかることもないだろう。

 

 リディアンに入るのは、2人の目標で、夢で、憧れだった。

 ただ無邪気に、何も背負うことなく目指した眩しいもの。

 

 今は、違う。

 リディアンに入るのは、打算だ。

 風鳴翼と接点が持てるかも知れない。

 何より、あの時のノイズと戦っていた力。あれについて、何か分かるかも知れない。

 

 かつての未来の言葉を思い出す。

 

 『翼さんが歌いながらノイズと戦う夢』

 

 なぜ、あの時の自分は笑い飛ばしてしまったのか。

 今でも響は後悔をしている。あの時、自分が翼達に目を向けることなく真っ直ぐ逃げていればと。

 言葉に気を取られて、その事が未来を思いつめたのは間違いないだろう。

 

 だからこそ、今度は間違えない。

 歌いながら戦う風鳴翼が通う、音楽を専科とする学院。

 何か、裏があると考えるのが自然だった。

 

 入学自体は楽だった。

 リディアンの門出は広く開け放たれており、以前の響でも楽に入れそうなレベルだ。

 ましてや、今の文武両道の響にとっては赤子の手をひねるようなものだ。

 

 入学してからも、概ね問題はなかった。

 歌うことは、やはり楽しかった。

 友人だって出来た。

 

 けれど、心の穴だけは埋まらなかった。

 

 どれだけ歌っても、隣で一緒に歌ってくれるあの声は聞こえなくて。

 どんなに仲のいい友人が出来ても、あの笑顔は見れなくて。

 

 そして、そんな事を考える自分が一番嫌だった。

 未来の好きな歌を汚しているようで。

 大切な友人たちを蔑ろにしているようで。

 

 だから、風鳴翼に声をかけることが出来なかった。

 あそこで声をかけてしまったら。

 あの日、未来と語り合った夢が、憧れが、今の響に汚されてしまうように感じたから。

 

「進まなきゃ。前に」

 

 それでも、響は立ち止まる訳にはいかない。

 あの日の夢や憧れには、もう戻れないのだから。

 

「でも、どうしようか……」

 

 とはいえ、決意したからと言って問題が解決するわけでもない。

 よしんば、先程響が話しかけたとしても、それで何かが進展するとは思えなかった。

 

 風鳴翼はトップアーティストであるというのは周知の事実であって。

 この学園には彼女に会うために入学したという生徒も多々いる。

 今更響が話しかけたとしても、多数いるファンの内の1人として、認識されるかすらも分からない。

 

 かといって、馬鹿正直にノイズとの戦い方を聞くわけにもいかない。

 あの日の出来事は、箝口令を敷かれている。必然的に、翼側も話せないだろう。

 そこに突然衆人環境で問いかけるなど、響にとっても翼にとっても碌な結末にならないはずだ。

 

「後は、切っ掛けか」

 

(そういえば、今日は翼さんの新曲の発売日だったな……)

 

 CDにサインなどをねだってみるのもあるいは手かと考える。

 話の切っ掛けという打算半分と、純粋にファンとしての欲望半分の案だが、現状出来ることとしてはそこまで悪いものではなく思えた。

 

(今日の放課後、買いに行ってみるか)

 

 サインならば失敗しても大したことにはならいだろうし、何より自分の名前を覚えてもらえる確率はそれなりにある。

 唯一の懸念は、同じ考えの人間がたくさんいそうだということだが、そればかりは風鳴翼のネームバリューの都合どうしようもない。

 

(未来の分も、貰えるといいな)

 

 熱烈なファンであった未来のため、という体裁を取りながらも、結局は自分自身への免罪符である考えに思わず自嘲する響。

 だが、やるしかない。

 

(ごめんね、未来)

 

 謝罪を声に出すこと無く、胸のうちに秘めたまま、響は木から飛び降りた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん。私、死んじゃうの?」

 

「大丈夫。私を信じて?」

 

 胸に抱えた少女に微笑みかけ、響は人気のない山道を走り抜ける。

 日はすでに翳り、辺りは薄暗い闇に包まれつつ有る。

 

(視界のせいで下手に道を外れられない……!)

 

 この薄闇が何よりも厄介だった。

 街灯の無い脇道へそれようものなら、暗がりでの不意の接触でそのまま灰になる恐れがある。

 

(かといって……)

 

 チラリと後ろを振り返る。

 そこにいるのは、こちらへと殺到する無数のノイズ。

 これを引き連れたまま、人気のある場所へ逃げるわけにはいかない。

 

 状況は手詰まりだった。

 とはいえ、響の身体能力ならば少女1人を抱えた程度ならば逃げ切れる目処はある。

 

 問題は、このノイズたちがいつ消えるかということだ。

 

 

 

 風鳴翼の新曲を購入した帰りに、降って湧いたノイズ達。

 灰になった人々の山の中で、響がようやく見つけた唯一の生存者が胸に抱く彼女だった。

 

 本当ならば、彼女だけでも安全な場所へ送り届けてやりたかった。

 しかし、後ろから迫るノイズがそれを許してはくれない。

 

 万が一にも彼女を送り届けた先がノイズに襲撃されたら。

 そして、彼女が生き残ったら。

 

 待っている未来は、第2の小日向未来の再来だ。

 

 彼女に罪をかぶせる訳には行かない。

 彼女を死なせるわけにも行かない。

 

 だから、響は走り続ける。

 いつ終わるとも知れない、死のレースを。

 

「少し揺れるから、しっかり捕まって!」

 

「う、うん」

 

 少女へと声をかけ、進行方向から現れたノイズを道路脇の森の中へと入りやり過ごす。

 あまり深くに入りすぎると、逆に視界がなくなり不意の事故の恐れがあるから、あくまで道路沿いを。

 木から木へと飛び移り、移動していく。

 

 どんどんと減っていく人の営みの後とは裏腹に、ノイズは周囲から次々に集まってくる。

 逃げるのが困難になるのは困りものだが、逆に考えれば周囲のノイズが響へと集中することで助かる命があるかもしれない。

 しかし、響はよくても少女にとってはそんな物は関係ない。

 続々と集まり続けるノイズに恐怖が収まらないようだ。

 

(このままじゃまずいな……)

 

 一向に消えないノイズに、響も焦りが出始める。

 現状、逃げ切れているのは響の身体能力に依るところが大きい。

 

 だが、その身体能力を発揮できるのも、少女の意識がはっきりしていて大人しくしがみついていくれるからに過ぎない。

 何かの拍子にパニックに陥ってしまえば、暴れる少女という重しのついた響ではノイズ達から逃げ切ることは不可能となるだろう。

 よしんば、少女が冷静でいたとしても、この極限状態で何時までも体力が持つとは思えない。

 そうなれば、響の動きは制限され逃走確率はグンと落ちるだろう。

 

(何処か、人のいない所でこいつらを撒かないと)

 

 遮蔽物が多く、それでいて視界がある程度確保出来ている場所。

 遮蔽1つ無い、ポツポツと街灯がまばらに立つだけの山道は、ノイズからの逃走という点では最悪のロケーションだった。

 

 道がちょうど山頂へと差し掛かり、眼下の視界が開けた。

 

「お姉ちゃん、あそこ」

 

 少女の指差す先には、閉鎖されたと思しき工場跡が見える。

 

「あそこまで、頑張れそう?」

 

 頭の中で逃走のプランを練りながら少女へと話しかける響。

 

「うん!」

 

 響の表情から事態が好転したことを感じ取ったのか、少女の返答も先程までとは打って変わって明るいものとなった。

 

「よし、行こう」

 

 抱きしめる腕に力を込めて、響は駆け出す。

 もう2度と、失いはしないと決意を込めて。

 

 

 

 

 

 人工の明かりに照らされた無人の工場を人影が駆け抜ける。

 パイプの上を駆け、壁を蹴り上がり、屋根から屋根へと飛び移る。

 その後ろをノイズ達が続くも、立体的な動きを前に、翻弄され、大きかった集団も分断されてしまっている。

 

 ノイズの視界を逃れ、動き回っていた人影が停止する。

 

「大分、撒けたかな」

 

 物陰から周囲を伺い、響が呟く。

 先程まで周囲をうろついていたノイズも、ある時を堺にフッと姿を見せなくなっていた。

 

(私達を見失ったから、他の場所へと移動した……?)

 

 考えはするものの、ノイズの習性は人間に無差別に襲いかかるということくらいしか知らない響。

 考えても無駄だと思考を打ち切り、ここからの脱出ルートを考える。

 

 先程までの大立ち回りで、大体の地理は掴んでいる。

 問題は、ノイズといかに出くわさないかということだけだ。

 

「頑張って、お姉ちゃん」

 

「うん、ありがと」

 

 少女の応援を糧に、響は立ち上がる。

 ノイズの数が目に見えて減り、追われる恐怖から開放されたからか、少女の様子もかなりマシになっている。

 

 これなら、逃げ切れる。響はそう、確信していた。

 

 周囲をもう一度伺い、ノイズの様子を確認する。

 

 パイプの陰や、建物の窓、屋根の上などにも、ノイズの姿は見えない。

 

(何かわからないけど、チャンスだ!)

 

 前傾姿勢からそのまま踏み出し、トップスピードにのって壁を蹴り、屋根へと駆け上がる。

 そして、そのまま屋根の上を駆け抜ける。

 

 足場に気をつけ、なるべく音を立てないように気を使いつつも、周囲から警戒は怠らない。

 今まで以上に気を使いながら走る響だが、そのおかげか横目に、広場へと集まったノイズ達の姿を捉えた。

 

(何をやってるんだ?)

 

 疑問に思う響だが、その答えは直ぐに結果となって響の目の前へと現れる。

 

 ノイズ達が積み重なり、溶け合わさり、融合していく。

 

「ひぃっ」

 

 胸に抱いた少女が悲鳴を上げる。

 それは、まさしく絶望だった。

 

 ノイズ達が融合して生まれた、工場の煙突すらをも超える巨躯。

 その巨体が、響たちへと向かって跳躍してくる。

 

「クソッ!!!!」

 

 悪態をつき、思い切り横へと飛ぶ。

 

 その直後、凄まじい轟音と共に、先程まで響達が走っていた建物が崩れ去る。

 降り注ぐ瓦礫から少女を守り、這々の体でなんとか着地をする。

 

「大丈夫?」

 

 胸の内の少女へと安否を問いかける。

 

「う、うん……。お姉ちゃんは?」

 

 どうやら無事のようで、ホッと息を吐く。

 

「大丈夫だよ。だから、ちょっと目をつむってて」

 

 響はそういい、目の前の光景へと思考を移す。

 

 崩れ去った工場の上に居座る、巨人のようなノイズ。

 そして、その巨人ノイズから生まれ落ちて、響達を包囲する小型のノイズ。

 

(さっきまでは、あれが普通のノイズだったのに)

 

 知らず”小型”ノイズなどと称している自分に気が付き、響は自嘲する。

 

 今までのノイズが赤ん坊に見えるほど、その大型ノイズの姿は絶望的だった。

 

 ノイズは基本的に、人類の手では倒せない。

 だが、何事にも例外はある。

 ノイズが人類に接触するまさにその瞬間。

 その一瞬のみは、こちら側からの干渉が可能となる。

 

 故に、人類は飽和攻撃でその一瞬を捉える事をノイズへの対抗手段へとしてきた。

 

 だが、この巨大ノイズの前にはそれすらも無意味だろう。

 立花響の虚しい抵抗など、何一つ意味をなさないと試すまでもなく理解できる。

 

(だとしてもッ)

 

 それでも、立花響は諦める訳にはいかなかった。

 

(力が欲しい)

 

 今の身体能力では、この包囲網を飛び越えることは不可能。

 ノイズの中へと虚しく落ちることになるだろう

 

(大切なものを護るために)

 

 足がかりになる建物も、先程の一撃で崩壊してしまっている。

 

(もう、何も失わないために)

 

 そして、小型ノイズを避けたとしても大型ノイズが小型ごと攻撃してくれば、動きの制限された響に避けるすべはない。

 

(もっと、今まで以上の力がッ!)

 

 もし、この場から無事に生還する方法が有るとすれば。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(私の全てを捧げてもいい)

 

 巨大なノイズが手を振りかぶり、それに合わせて包囲していたノイズ達もこちらへと殺到してくる。

 

(だから)

 

「Balwisyall」

 

(私に)

 

「Nescell」

 

(力を寄越せッ!)

 

「Gungnir tron!!!!」




 戦闘シーンまで入らなかった……。
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