太陽と月に背いても   作:ゴルト

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 一時期日刊に入っていたようで感謝感激です。
 評価を入れてくださった方、感想を送って頂いた方、皆様に心よりのお礼申し上げます。


哀しき守り手

 その時、特異災害対策機動部二課は驚愕に包まれた。

 

「高エネルギー反応を検出! これは……!」

 

「アウフヴァッヘン波形!? でも、これって……」

 

 そんな周囲の反応を風鳴翼は呆然と眺めていた。

 モニターに映し出される波形パターン。

 学術的な知識のない翼にも一目で分かるそれは……。

 

(そんな、だって、それは……)

 

「ガングニールだとぉ!?」

 

 行かなければ。

 弦十郎の声を契機に、弩にでも弾かれたように駆け出し、司令室を後にする。

 

 背後から投げかけられる声を全て無視し、外へと飛び出す。

 

 兎に角、ひと目でも確かめたかった。ひと目でいい、会いたかった。

 

 その声を。歌を。もう一度聞かせてほしかった。

 

 ありえないことだとは分かっている。それでも、求めてしまう。

 

 希望(絶望)という()を。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 思ったよりも、違和感は無かった。

 自らの身体から無数の機械が飛び出し、蠢くのをどこか冷静な頭で眺めながら響は蹲る。

 

 吹き出す蒸気で、ノイズ達が吹き飛ばされたのは幸運だった。

 薄靄に包まれた中。体内のそこかしこが得体の知れない何かへと置き換わっていく感触に表情を歪めながらも、響はそれを受け入れていた。

 

「お、お姉ちゃん? 大丈夫? 痛くない?」

 

 胸に抱いた少女が不安げにこちらを見上げている。

 無理からぬ事だ。響だって、友人がいきなりこんな謎の現象に見舞われたら心配どころか、生命の危機だと判断するだろう。

 

「へいき、へっちゃら」

 

 だから、そっと頭を撫でて微笑みかける。

 変わりゆく自らの体が、少女を傷つけないように精神を集中しながら。

 

 腕の先へと出来上がりつつあった、槍。

 あの時、響達を守った人が手にしていた武器。

 

 けれど、拳を握りしめ、それを掻き消す。

 愚かだと言われてもいい。傲慢だと言われてもいい。たとえ、どれだけ変容したとしても、この手の平だけは空けておきたかった。

 

 立花響に残る、最後の太陽の温もりが逃げてしまわないように。

 この両手こそが、小日向未来との絆の証なのだから。

 

 未来の言葉を思い出す。

 この手を温かいと言ってくれた、あの言葉を。

 だから、救ってみせる。

 今度こそ、この手で誰かを。

 

 何かを倒すための力はいらない。ただ、誰かを守れるだけの力が欲しい。

 

 深く息を吸い込み、呼吸を整える。

 体を覆う、白黒にオレンジのアクセントのスーツ。耳を覆うアンテナのようなイヤホン。背中から翼のように突き出た機械。腕に備わった回転するする篭手。腰から伸びるチューブ。足を覆うジャッキのついたプロテクター。

 

 1つ1つが、響へと組み込まれて、その姿を変えていく。

 

 しかし、ノイズはそれを待ってはくれない。

 先程弾き飛ばされた大型ノイズが体勢を立て直し、こちらへ猛然と殴りかかってくる。

 

「ひぃっ!?」

 

 少女が、恐怖のあまり息を呑む。

 

「大丈夫」

 

 そんな彼女に、響はただ短く声をかける。

 少女を抱き上げ、優しく抱きしめる。

 

「私が守ってみせる」

 

 足に力を込め、高鳴る心臓の音に耳を澄ませる。

 作り変えられていく自分の身体に意識を集中する。

 

 胸の奥から、懐かしい歌が聞こえた気がした。

 

 いつか、何処かで聞いたその歌を口ずさみながら、まっすぐ前を見据える。

 

 アームガードで胸の中の少女を守り、腰部のバーニアを始動させる。

 脚部のジャッキを限界まで伸ばして、腰を低く構える。

 

 迫る巨大な拳を前に、恐怖も緊張も無かった。

 

「うおおおおおおおおお!!!!」

 

 目の前へと迫った拳を脚部のパワージャッキを作動させることで大きく跳躍して躱す。

 そのままノイズの腕へと()()し、駆け上がる。

 

 振り落とされるよりも早く、一直線にノイズの首元を目指していく。

 

 もう片方の腕が、響を振り払わんと迫るが、先程のストレートに比べれば緩慢なそれを食らうはずもなく。

 そのまま飛び上がり、もう一度腕を足場にしてノイズの頭上へと飛び乗る。

 

 そして、先程作動させていなかったもう片方のパワージャッキを作動させる。

 

「もう、誰も。私の前から奪わせない!」

 

 渾身の力を込めて、ノイズの頭を踏み抜く。

 

 凄まじい衝撃とともに、ノイズの頭部が凹み、響達は空中へと投げ出される。

 

 腰部のバーニアで姿勢を制御し、脚から一直線の着地体勢を取る。

 グラリと傾き倒れていくノイズを横目に、地面を見てみると、響達の着地点へと目掛けてノイズ達が殺到してくるのが見えた。

 

 だが、響に恐れはない。

 胸の少女をしっかりと抱きしめて、彗星の如き勢いでノイズたちへと突っ込んでいく。

 

「絶対に」

 

 爆音と地響き。

 凄まじい砂煙が響達とノイズの群れを包み込む。

 

 一瞬の静寂が辺りを包み込む。

 しかし、一陣の風が静寂を突き破り、吹き抜ける。

 砂埃を吹き飛ばし、視界が開けた先に見えるのは、拳を振り抜いた響と、それを中心に出来た巨大なクレーターのみ。

 

 先程までいたはずのノイズたちは、全て跡形もなく消え去っていた。

 

「絶対だ!」

 

 拳を突き上げ、そう宣誓する響。

 

「お姉ちゃん、すごい! ヒーローみたい!」

 

 キャッキャと胸の中ではしゃぐ少女の無邪気な言葉。

 いつか、どこかで聞いたその言葉に心の何処かがチクリと痛むのを響は感じた。

 

――この力が、もっと前にあれば。

 

 頭に浮かぶ暗い思いを無理やり振り払う。

 

 まだ、巨大ノイズは倒れていないはず。

 思考を切り替え、目線を先程飛び越えた建物へと移す。

 

 崩壊音が轟き、視界の先で工場が崩れ、その合間から巨大な手が覗く。

 倒れていた巨大ノイズが、起き上がったのだ。

 動くだけで建物を崩壊させながら、少しずつ響たちの方へとにじり寄ってくる。

 

「大丈夫」

 

 目の前の驚異を見据えながら、今度はしっかり少女へと声を掛ける響。

 微笑みかけて、胸から湧き上る歌を口ずさむ。

 

 少しでも、彼女が笑顔になれるように。

 少しでも、彼女の勇気になれるように。

 

 願いを込めて、思いを込めて、歌を歌う。

 

「わぁ……!」

 

 響の歌声に、聞き入る少女。

 目の前には、既に巨大ノイズが迫っているがそんな物は最早目にないようだ。

 

 しかし、状況はそこまで好転していない。

 確かに、小型ノイズを蹴散らし動きの緩慢な巨大ノイズのみとなった今ならば、少女を助けることは余裕だろう。

 

 だが、その後あの巨大ノイズがどのように動くのか。それが問題だ。

 

 万が一にも、あの巨体が市街地に突入でもしようものなら、その被害はあのライブ会場の悲劇にも勝るものと成りうるかもしれない。

 

(取り敢えず、一度この子を安全な場所へ……)

 

 とはいえ、あの巨体はそこまで俊敏ではない。

 響が決死の覚悟で、人気のない山奥まで誘い込んだおかげもあり、人のいる場所へ移動するにしても大分時間がかかるだろう。

 

 そう判断した響が、一先ずその場を離れるべく行動を移そうとした次の瞬間。

 

 戦場に声が響いた。

 

「離れなさい!」

 

 突如、空から響いた声と、降り注ぐ蒼い剣の雨。

 ノイズの体を削り、動きを止めるその雨に、思わず響は歌うことを止めてしまう。

 

 そして、気がつく。

 

「これは、歌……?」

 

「歌ってるの、お姉ちゃんの仲間なの?」

 

 聞こえてきたのは懐かしい歌。

 あの日、あの時、響を地獄からすくい上げた憧れの歌。

 

 唐突に剣の雨が止み、代わりに空に長大な剣が現れる。

 柄の部分から火を吹き、猛烈な勢いでノイズを刺し貫く。

 貫かれたノイズは、ピクリともせずにそのまま灰へと変わっていく。

 

「わぁー、お姉ちゃんも、お姉ちゃんの仲間も、皆すごーい!」

 

 少女が無邪気に勝利を喜ぶ。

 これで、周囲にノイズの気配は無くなった。

 

 つまり、晴れて立花響は、この小さな命をノイズの驚異から守りきったということになるのだ。

 

「やった……」

 

 全身から力が抜け、その場へへたり込む響。

 

 

 

 そんな響へと、翼が少しずつ近づいてきていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 あの後、挨拶もそこそこに諸々の後処理を現地の部隊に任せた翼達は、現在リディアン校内の教師棟にあるエレベーター内にいた。

 

「響さんは、何か質問などはないんですか? あんまり緊張などしなくても大丈夫ですよ」

 

 ここに来るまで言葉少なな響を気遣ってか、緒川が声を掛ける。

 いきなり訳の分からない現象に見舞われて、ノイズと戦ったと思ったら、その後は碌な説明すら無くやってきた自衛隊に拘束されて連行されたのだ。

 今まで普通の女子高生だった響にはさぞ応えただろうと考えての行動だろう。

 

 しかし、そんな響と緒川の会話を聞いていた翼は、次の言葉に耳を疑った。

 

「大丈夫です。何となく、気が付いてましたから」

 

 まさか、本部が有るとまでは思っていなかったなどと曰う響に翼と緒川は愕然とする。

 

「え、ええっと。なんでそう思ったんですか?」

 

 思わぬ答えに問い返す緒川。

 二課の情報は厳重に規制されており、一高校生に過ぎない彼女では知りえないはずだった。

 

「以前、助けてもらったんです。翼さんに」

 

「まさか、あの時の……!」

 

 響の言葉に、ある少女が頭に浮かぶ翼。

 ライブ会場の惨劇で、天羽奏に救われた2人の少女。

 その片割れが立花響という名前だったはずだ。

 

「あの時、歌いながら戦う翼さんの姿を覚えていたんです。だから、翼さんの通う、この音楽学校も何かしらの関係はあるかなと思ってました」

 

「歌からですか……。まあ、確かに特徴的ですからね」

 

 緒川は響の言葉に溜息をついて、何やら頭を悩ませている。

 大方、今後の防諜だとかどうだとかを考えているのだろう。

 

 だが、翼は違った。

 

(なぜ、お前は戦うんだ……!)

 

 奏が守り抜いた日常の象徴。

 それが、こうして戦いの中に身を投じるということに強い怒りを覚える翼。

 

 守られたのだから、その日常を大切に生きて欲しい。

 守られるべき人間に、戦場へと入ってきてほしくはない。

 

 その日常は、もう翼達には手に入らない物なのだから。

 

 

 

 

 

 

 ようやくたどり着いた本部。

 しかし、翼達はなぜか司令室ではなく、普段は使用していない空き会議室へと案内された。

 

 この時点で、嫌な予感のしていた翼だが、部屋の扉を空けた瞬間にそれは確信へと変わった。

 

「ようこそ! 特異災害対策機動部二課へ!」

 

 弦十郎の歓迎の言葉と共に、歓迎のクラッカーが一斉に放たれ、何処からかファンファーレまで響いてくる。

 流石の響も、この熱烈歓迎っぷりにはたじたじのようだ。

 

 翼が隣の緒川を睨むと、困ったように苦笑いしてそっと輪の中へと入っていくではないか。

 

(図られたか……)

 

 溜息を付きつつ、翼はいつの間にか連れ出され、もみくちゃにされている響へと歩み寄る。

 

 視線の先では、なぜかパーティハットを被った弦十郎が手品を披露しながら、響を歓迎している。

 部屋の天井からは、熱烈歓迎! 立花響様! などと書かれた横断幕が垂れ下がり、その周囲をリボンで彩られている。

 あまつさえ、花輪まで設置されており、テーブルの上には軽食まで用意されている。

 完全にパーティーさながらにくつろぐスタッフ達を尻目に、翼は事の元凶へと物申すために進む。

 

「はぁーい、折角ですし、記念撮影もどうかしらー?」

 

 横から聞こえてくるシャッター音に目を向けると。

 先程まで、弦十郎のすごいようでしょぼい手品におざなりな拍手を送っていた響は、次は了子に捕まったようだ。

 パシャパシャと、肩を並べて自撮りをする了子に、響は目を白黒させている。

 

「はぁ……司令も、櫻井女史も。その辺にしておいてもらいたい。今は、もっと重要な話が有るはずです」

 

 響の助けを求める視線に、不承不承助けを出す翼。

 常に張り詰めているだけでは、どんな刀もいつかは折れてしまう。

 こういった緩むところは緩める二課の雰囲気を翼はそこまで嫌っていないが、それにしても時と場合くらいは考えてほしかったというのが正直な気持ちだ。

 

 これでは、まるでお笑い芸人の集まりか何かのようではないか。

 憤慨する翼に、弦十郎が苦笑しながら謝ってくる。

 

「はは、すまんすまん。少々手荒なエスコートになってしまったからな。緊張を解そうかと思ったんだが……」

 

「い、いえ。私は、その、嬉しかった? ですよ?」

 

 苦笑しながら弦十郎へと答える響。

 実際、戸惑ってはいるものの、拒絶している様子はないのでそこまで嫌がっていないと言うのは本心だろう。

 

「そうねぇー、私も、響ちゃんと会えてとーっても嬉しいわ」

 

 未だに肩を組んだままの了子もそう言う。

 彼女の会えて嬉しいが、果たして一般人と同じ意味なのかは甚だ疑問ではあるが。

 

 現に、響を見る目は新しい玩具を与えられた子供のようだ。

 

「そうだな、我々がこれからも良い付き合いを続けていけるように、そろそろ自己紹介といこうか」

 

 流石に、見かねた弦十郎も手をパンパンと叩き、周囲の注意を促す。

 今まで、談笑をしてくつろいでいたスタッフ達も、姿勢をただし、話を聞く体勢を取る。

 

 翼は、ようやくかとばかりに溜息を吐いた。

 

「先程述べたように、我々は特異災害対策機動部二課。旧陸軍の特務機関を出自とする……わかりやすく言えば、秘密組織だ」

 

 簡潔に、自分たちの所属を説明する弦十郎。

 

「そして、俺は風鳴弦十郎。ここの責任者だ」

 

 自分の胸元に手をやり、そう自己紹介する弦十郎。

 

 最も、パーティーハットとマジックステッキを持った姿では締まるものも締まっていなかったが。

 

「私は櫻井了子。この二課で出来る女と言えば、私のことよ。覚えておいてね?」

 

 ウインクと共に、こちらも自己紹介をする了子。

 眼鏡をくいっと押し上げ、キメ顔をしている。

 

「私は、立花響です。よろしくおねがいします」

 

 そんな2人とは対象的に、簡潔な自己紹介で済ませる響。

 

「さて、響くんに今日、ここに来てもらったのは理由があってだな」

 

「理由、ですか」

 

「ああ、我々に協力を」

 

「分かりました」

 

「……して貰いたいと言いたかったんだが」

 

 さあ本題にとばかりに話を始めた弦十郎だったが、響のあまりの即答っぷりに毒気を抜かれる。

 翼も断るとは思っていなかったが、まさかここまでの即答だとは思わず、驚愕する。

 

「あー、と。要請しておいてなんなんだが、そんなに簡単に決めてしまっていいのか? 今日の出来事で分かるだろうが、危険な事も多いぞ?」

 

「元から承知の上です。私に、やらせて下さい」

 

 彼女自身の身を案じての問いかけにも、断固とした口調で同じ答えを返す響。

 その姿に、弦十郎は神妙な面持ちとなり、言葉を返す。

 

「……そうか、君の覚悟は良く分かった。そういうことならば、我々としても協力は惜しまない。これから、よろしく頼むよ」

 

 手を差し出し、握手を交わす響と弦十郎。

 

 そんな2人をじっと見つめている翼に、了子が近づき耳打ちをしてくる。

 

「なんていうか、あの感じ。奏ちゃんを思い出すわね」

 

「ッ!」

 

 翼の脳裏を過る、かつての相棒の姿。

 ただ、ノイズを殺すためだけに生きていた幼い少女。

 

(違う! 彼女は、奏では……!)

 

「覚悟があるのか?」

 

 思わず、響と弦十郎の間に割って入る。

 

「翼、お前……」

 

 面食らったような弦十郎を尻目に、響へと詰め寄る翼。

 

「戦場に出るということが、どの様な事なのか。本当に理解しているのか?」

 

「……分かりません」

 

「ッ! ならば」

 

「だとしてもッ!」

 

 覚悟もなく、何も知らないままに、戦場へ踏み込もうとした愚か者へ説教をしようとした翼。

 しかし、響の叫びに機先を制される。

 

「私は戦わなければいけないんです! それが、私の託されたものだから!」

 

「奏はそんなことの為に、お前を助けたわけではない!」

 

「それでも、私は助けなきゃいけないんです! どれだけ傷ついても、どんな過酷な事が待っていても、逃げるわけには行かない!」

 

「一度踏み入れば、最早元の世界へは戻れないのだぞ!?」

 

 翼の啖呵に、響の表情が歪む。

 

「……私に、お日様の下を歩くような資格なんて無いんですよ」

 

「……何!?」

 

「もういい、そこまでだ2人とも!」

 

 弦十郎の叫び声が、2人のヒートアップした口論を遮る。

 

「翼! 善意の協力者に、お前は何を言っているんだ!」

 

「申し訳ありません……」

 

 熱くなってしまった自覚もあり、素直に反省する翼。

 

「ですが、いくらなんでも素人をそう簡単に……」

 

 それでも、譲れないものはあると、意見を呈する。

 

「まあ、確かに性急だったかもしれんな……」

 

 1つ、溜息を付き響へと向き直る弦十郎。

 

「すまないな、響くん。翼も、悪気が有ったわけではないんだ。ただ、君のことを心配してだな……」

 

「……分かってます。確かに、私も軽率でした」

 

 こちらも、シュンとして答える響。

 

「ですが、私の覚悟に嘘は有りません。私は、この力で、誰かの助けになりたい」

 

 しかし、直ぐに顔を上げ、弦十郎に強い目線で意思を示す。

 

「確かに、私は素人です。戦場がどの様な物かも知れません」

 

 今度は、翼に顔を向け話しかける響。

 翼も、今度ばかりは遮ることなく耳を傾ける。

 

「足を引っ張るかも知れません。役に立てないかも知れません」

 

 胸に手を当てて、真摯に語りかける。

 

「それでも、私は成らなきゃいけないんです。皆を救える、太陽に」

 

「……何が、お前をそこまで駆り立てるんだ」

 

「それは……」

 

 翼の問いかけに、顔を歪める響。

 話しにくい内容なのかも知れない。しかし、翼は知らねばならない。

 敢えて黙ったまま、続きを促す。

 

「もう、女の子がそんなこわーい顔しないの」

 

 しかし、そこに横から了子が割りんでくる。

 

「櫻井女史……。今は」

 

「もう、折角の歓迎パーティーなのに主賓をあまり困らせるものじゃないわよ?」

 

 いきなりの横槍に苦言を呈そうとした翼だが、了子の目配せに気がつく。

 その視線の先、弦十郎の方を見やると、翼に話があるというサインが送られてきた。

 

「そうですね。申し訳ありません」

 

 仕方なしに、話を打ち切る翼。

 結局、響の戦う理由を聞くことは出来なかったが、司令直々の呼び出しとあらば仕方もない。

 

「さ、響ちゃんはお姉さんと女子トークでもしましょ?」

 

「え、えぇ」

 

 突然の事に、戸惑う響に目も向けずに、翼は会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ、呼び出したのですか?」

 

「あのままじゃ埒があかんからな。ただでさえ、彼女はなれない戦闘の後で疲れてるんだ。お前の心配も分かるが、今日はこれ以上の負担を掛けてやるな」

 

「うっ……。それは、そうですが」

 

 熱くなるあまり、響の疲労を考慮していなかった自分を思い出し、翼は恥じ入る。

 翼は防人として、守られるべき人間に戦ってほしくないだけなのだから。

 別段、立花響という個人に恨みつらみがあるわけでもない。無駄に苦しめる気は無いのだ。

 

「あのまま響くんと一緒にいたら、頭も冷えないだろ? ちょうど、情報調査室から連絡が入ったからな。いいタイミングだと思って、お前を呼び出したんだ」

 

「調査室からですか? 一体何が?」

 

 二課の情報調査室は優秀だ。それこそ国内の情報ならば大凡仕入れられないものは無いだろう。

 そんな部署からの呼び出しなのだから、何かしらの事件の前触れかと意気込む翼。

 

 そんな翼に、弦十郎は肩を落として告げる。

 

「あまりこういう事は好きじゃないんだがな……。響くんのパーソナルデータだ」

 

「ッ! そうですか……」

 

 仕方のないことだ。翼もあまり気乗りはしないが、二課は国家機密の塊。

 万が一にも、響の背後に怪しい陰がないか、調べるのは当然の備えと言えた。

 

「疑いたくはないんだがな……。二課の存在を知っても動じず、戦う事にも何ら躊躇を見せない。怪しくないとは言い切れないんだ」

 

 やり切れんとばかりに首を振る弦十郎。

 

「必要なことですから。力には、責任が伴う。責任なき力など、野放しには……」

 

 他人のプロフィールを勝手に盗み見ることに罪悪感を覚えないわけではない。

 ましてや、それがつい今しがたまで顔を合わせていた人間となれば尚更だ。

 

 しかし、だからといって確認を怠っていいものではない。

 もし、立花響が何かの弾みでその力を無辜の民に向けるような人間ならば……。

 

 その時は、翼がその剣を振るうことになるかも知れない。

 

 それが、翼の背負う責任と覚悟なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上が、リディアン入学までの立花響の主な生い立ちとなります」

 

 つらつらと、文章を読み上げこちらが理解できているかと伺う情報スタッフの顔を翼は呆然と眺めていた。

 先程まで述べられていた響の半生。

 

 序盤は、ごく普通のありふれた少女の記録だった。

 それが崩れ去ったのは、あの惨劇からだ。

 

(奏の守った少女は……死んでいた?)

 

 天羽奏が命を賭して守った2人の少女。

 その片割れは、自ら命を絶っていた。

 

 どうしてだ、と思う反面それを受け入れている自分に気がつく。

 

 なぜ、知らせてくれなかったのだと言おうとして、翼は気が付いた。

 

 少女が命を絶ったのは、事件のしばらく後である。

 

 その時、翼は何をしていたか?

 

(そうだ、あの頃の私は奏を失って自暴自棄に……)

 

 周囲を顧みずに、暴走していた当時の翼に、そんな事を知らせるはずもない。

 翼自身も、ニュースなど見るはずもなく、ひたすら鍛錬と戦闘に明け暮れていた。

 

 それだけが、何も失わないために、誰かを守るために必要な事だと思っていたから。

 

 呆然とする翼を余所に、話は進む。

 

「そうか……。リディアン入学後はどうだ?」

 

「はい、志望動機は当たり障りもなく、歌が好きだから。入学後も進んで他人を助ける姿が多数目撃されています」

 

「そうか……」

 

「ああ、そうだ。これは、特に関係ないかも知れないですけれど」

 

「なんだ?」

 

「彼女は翼さんのファンだそうで、翼さんみたいに歌で誰かを笑顔にしたい、と言っていたそうです」

 

 良かったですね、翼さん、などとスタッフが笑いかけてくる。

 恐らく、話に入ってこない翼を気遣ってのことだろう。

 だが、翼はその言葉を喜ぶ気にはなれなかった。

 

(私にとっての歌は……)

 

 奏を失ってからの翼にとって、歌とはただ義務で歌うものだった。

 もちろん、歌う以上手を抜いてはいない。だが、それで誰かを救うなどと、考えたこともなかった。

 

 自分は剣なのだからと。剣に、余分はいらないと、削ぎ落としてきたから。

 

 いつか、奏が言っていた戦いの裏にある守るべきものという言葉。

 

 それが、きっと重要だったのだ。

 戦いしか知らない自分では、守れなかったもの。

 

 守った気になっていた。

 守ったのだから、戦場に足を踏み入れてほしくなかった。

 

 しかし、違うのだ。

 

 結局の所、彼女達に二課の不始末を背負わせただけに過ぎない。

 上っ面だけを見て、守った気でいただけだ。

 

「我々が、彼女に背負わせてしまったんだろうな……」

 

 弦十郎の力ない声。

 

 かつての奏を思い出す。

 ノイズに日常を奪われ、戦うことに、復讐にしか生きる意味を見いだせず、ここに乗り込んできたあの姿を。

 ひたすらに、戦うための力を求めていたあの姿を。

 

 響も同じだ。

 ノイズに日常を奪われ、救うことでしか、自分が生きる意味を見いだせていない、悲しい少女。

 ひたすらに、守るために力を求める少女。

 

 報告書を捲る。

 響は、人並み外れた身体能力を持っていると記されている。

 あの時、あの場ではそんな力は持っていなかった。

 

 身につけたのだろう。奏と一緒で、血反吐を吐きながら。

 

「私が……」

 

 奏へと誓う。

 

「私が、彼女を救ってみせます」

 

 響が背負った十字架を降ろさせてみせると。

 

「翼……お前」

 

 贖罪をすべきは、彼女ではなく、自分なのだから。

 

「違うな、お前が彼女を救うんじゃない」

 

 そんな翼に、弦十郎が否定の言葉を投げかける。

 キッと弦十郎を睨みつける翼だが、続く言葉に思わず言葉を失う。

 

「俺たちが、彼女を助けるんだ」

 

「それは……」

 

「俺たちは1人じゃない。いつだって、誰かを頼っていいんだ」

 

 その言葉に、回りのスタッフ達も頷き同意する。

 

「響くんにも教えてやろうじゃないか。君は1人じゃないと。君だけが頑張る必要なんて無いんだと」

 

「はい、必ず」

 

 奏の言葉を思い出す。

 ピンと張り詰めているだけでは、剣も折れてしまうという言葉を。

 

(私は、とんだ鈍らだったのだな……)

 

 手入れを怠った剣など、恐るるに足らず。

 誰かに手入れをしてもらって、初めて剣とは使い物になるのだ。

 

 そんな基本も忘れてしまっていた自分に呆れ返ると共に、その事をどう響に伝えるべきか。

 

 今までのように、闇雲に剣を振るうだけでは何も伝えられない。

 

 翼は頭を悩ませるのであった。




 
 文字数を分割して投稿ペースを上げるべきかどうか。
 迷ってます。


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