太陽と月に背いても   作:ゴルト

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黒き獣

 青の剣閃が戦場に煌めく。

 右、左、また右。時には遥か空にさえも、その刃を煌めかせ風と成って駆け巡る。

 

 そんな刃の輝きを背後からノイズが強襲する。

 一瞬前に、上空と左右からの挟撃を捌き切ったばかりの翼には、その対処は不可能かのように思えた。

 

 しかし、そんな不埒者に黄色い閃光が飛びかかる。

 

「せぇッ!!」

 

 ノイズを蹴りぬいた勢いそのままに、翼の視界の隅へと着地する響。

 戦い始めてから今まで、響は常に翼のフォローに回っていた。

 

 まさかここまで出来るとは思っていなかったが、それ以上に何処か覚えのあるその戦い方に翼は違和感を覚える。

 

 しかし、今それを追求するわけにもいかない。

 残る敵を片付けるべく、翼は響の方へと向き直る。

 

「大方、片付けました」

 

 当の響は、戦いの疲れを微塵も見せず、冷静な口調で戦況を告げてくる。

 

「ああ、残るは大将首だけだ」

 

 翼もその報告に頷き、最後まで残していた大物へと向き直る。

 

 視線の先には、先日の工場地帯で戦ったのと同じ大型タイプのノイズが2体、こちらの様子を伺っていた

 

「前に使った、技はどうですか?」

 

「天ノ逆鱗か? そうだな……」

 

 油断なく構えながら、作戦を立てていく。

 

「あの技は隙きが大きい。飛び上がり、姿勢を制御した後に、剣を出して一直線に加速という手順が必要となる」

 

「なるほど……。加速動作中に迎撃される恐れがあると」

 

「ああ、その通りだ。一応、剣をそのまま出すことも出来るが、自由落下くらいしかさせられん。そんなものではあのサイズのノイズには通用しないだろう」

 

「自由落下ですか……」

 

「どうした、立花?」

 

 翼の言葉に、何か思うことがあるのか考える素振りを見せる響。

 

「合図を出したら、私の真下に剣を出して下さい」

 

 そう言い残し、駆け出す響。

 

「あ、おい! 待て!」

 

 駆け出す響を追うべきか、それとも彼女の言葉を信じるべきか。

 一瞬の判断を迫られる翼。

 

――信じてあげなよ。あの子のこと。

 

(奏……!?)

 

 脳裏を過る、かつての相棒の声。

 

――翼が辛い時は、あたしが支えてやる。だから、翼は……。

 

(ああ、そうだな奏)

 

 前をゆく響へと視線を移す。 

 ただ、ひたむきに走るその背中を。

 

(今度は、私が支える番だ)

 

「ゆけ、立花!」

 

 跡を追い、いつでもフォローが出来る体勢へと移る。

 

 響が近づいたせいか、遂に2体の大型ノイズが動き出す。

 勢いよく右のノイズへと近づく響のフォローをすべく、左のノイズへと蒼い剣閃―蒼ノ一閃―を打ち込む。

 

 倒し切ることは出来ずとも腕を防御へと回し、たたらを踏んだその身では、響の妨害をすることは叶わない。

 

 響の方を見ると、ひらりひらりと拳の嵐を躱し、ノイズの体を駆け上がる所だった。

 

 そのまま空中へと躍り出る響。

 しかし、空中ではその跳躍力も活かせない。腰部のバーニアも点火されている様子はなく、これではただ処刑を待つだけだ。

 

「翼さん!」

 

 ノイズの拳が猛然と迫る中、怯む様子もなく響は翼へと叫ぶ。

 

「相わかった!」

 

 ノイズに挟み込まれるように位置する響と、限界まで引き絞られた腕部と脚部のジャッキ。

 そこから、響が何をしようとしているのかを察した翼は、その足元へと剣を出現させる。

 

「せぇ、やッ!!」

 

 そして、響はその剣を足場に、思い切り跳躍する。

 

 足場にされた剣は、作用反作用の法則のままに、迫る拳ごとノイズを引き裂いていく。

 

 だが、それで終わりではない。

 同じく、蹴り飛ばした反動そのままに飛んでいく響の目の前にはもう1体ノイズがいるのだから。

 真っ直ぐに飛んでくる響を迎撃すべく、腕を振り上げるノイズ。

 このままでは、拳が届く前に響の体は地面へと叩きつけられるだろう。

 

 だが、そんな事を許すはずがない。

 

「ニノ太刀ッ!」

 

 響の進行方向へと、再び剣が現れる。

 

「撃ち抜け! 立花!」

 

「はぁッ!」

 

 響は腕を引き、その柄へと思い切り拳を叩きつける。

 爆音と共に、半分砕けながら吹き飛んでいく剣と、反動で減速し落下する響。

 

 落下する響へとノイズの拳が迫るが、それよりも早くその体は剣で串刺しになり、後方へと崩れ去る。

 

「あまり、ヒヤヒヤさせてくれるな」

 

 崩れ落ちるノイズ達を尻目に、響を抱きとめて、翼は周囲の気配を伺う。

 大型ノイズ2体は既に灰と崩れ去っており、敵影は見た所無さそうだ。

 

 それでも、常在戦場の心構えのままに、残心をする。

 目を瞑り、一種の瞑想状態と成るものの、新たな敵はどうやら現れないようだ。

 

「ッ!? どうした、立花! 息が荒いぞ!」

 

 集中した世界の中で、腕の中の響がやけに息が荒いことに気がつく翼。

 腕に伝わる鼓動もやけにはやい。

 

「あっ、いえ、大丈夫です。それより、早く下ろして下さい……」

 

 顔も赤く、言葉もやけに歯切れが悪い。 

 しかし、それも不思議ではない。響にとってはこれがはじめての任務なのだ。

 一応、戦闘経験はあるとは言え、それでもそう簡単に慣れる事などないだろう。

 

 初めての戦闘では極度に昂ぶっていたためむしろ感じなかった恐怖などをこうして改めて戦場に出たことで感じたのかもしれない。

 

 あるいは、純粋に何処か具合が悪い可能性もある。

 ギアを纏う事は、人によっては多大な負荷になる。事前の検査では、その点は特に問題なしとの結果が出ていたが、データだけを信用した者は戦場では長生きできない。

 こういう、些細な予兆を見逃さないことも防人として戦うためには必要な事だ。

 

 何はともあれ、すわ一大事かと慌てて本部へと翼は走り出す。

 

「ちょ、ちょっと、翼さん! 下ろして! 下ろしてってば!」

 

 響の虚しい叫びだけが、誰もいなくなった戦場にこだましていた。

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 殺風景な休憩室を気まずい沈黙が包み込む。

 あの後、直ぐに救護室へと運び込まれ、検査をされた響だが、その結果は特に異常なしであった。

 

 多少の体温の上昇は見られたものの、平時から体温が高めだという本人の申告と激しい運動後であることを顧みて、安静にすれば特に問題はないだろうとの事だ。

 

 休憩室で、結果を待っていた翼はその報告にホッと息をなでおろし、次いで戻ってきた響とお茶をしながら話でもしようかと誘ったまでは良かったのだが……。

 

(こういうとき、どういう話を切り出せばいいんだ……?)

 

 悲しいかな、彼女には()()の会話が思い浮かばなかった。

 奏が生きている頃は、他愛もない話をなんともなしに切り出せたはずなのだが、いつの間にか身も心も防人となってしまったのか。

 思い浮かぶ話題は仕事や戦闘の話ばかり。

 

(そうだ、趣味! 趣味の話をすればいいのだ!)

 

 流石に、いくら翼が仕事人だからとはいえ、この程度の常識はある。

 早速、自分の中の趣味を切り出そうと考えた翼だったが。

 

(刀の話をして、立花は喜ぶのか……?)

 

 そう、翼にも常識はある。

 刀の話が世間一般の女子高生の趣味嗜好から離れているというのも翼は知っていた。

 

 もちろん、こちらの趣味から切り出してそこを取っ掛かりとして会話を広げるのも悪くない手だろう。

 

(だがなぁ……)

 

 ちらりと、響の方を見ると、ふいっと目を逸らされてしまった。

 

 そう、先程からどうにも響は翼と目を合わせてくれないのだ。

 なんだか表情も気まずそうで、そんな相手に自分だけの好みの話をするのは気が引けてしまう。

 

(うーむ……。分からん……) 

 

 諦めて、もう仕事の話でもいいんじゃないか? と翼が開き直り掛けてきた頃。

 ようやく、響のほうが翼へと話しかけた。

 

「あの……」

 

「む、どうした?」

 

 気まずい空気が打破されたことを喜びながらも、平静を装って翼は応える。

 

「えっと、その先程は心配を掛けてすみません」

 

「なんだ、その事か。気にする必要はない」

 

 どうやら、響は戦場での不調を恥じていたようだ。

 

「勘違いされがちだが、戦いの後に体調を崩す事はなんらおかしな事ではない」

 

 そんな響へと翼は諭す。

 

「剣と一緒だ。どんな名刀も、使い続ければいずれは歪み、刃こぼれしていく。大事なのはどんな状態でも切れる技量ではない。きちんと異変に気が付き、それを正せる姿勢なのだ」

 

(かくいう私も、少し前まではとんだ鈍らだったのだがな……)

 

 心の内で自嘲しつつも、響へと滾々と語る翼。

 自分のような過ちを犯してほしくないという思いを言葉に乗せて。

 

「あ、いや、その。違うんです。別に、何か体調が悪かったわけじゃないんです」

 

「うん? 別に、無理に取り繕わなくてもいいぞ。何ら恥じることではないのだからな」

 

 なおも否定する響へと、優しく語りかける翼。

 

 奏が血反吐を吐きながらでも戦う姿を見て、翼も一時期不調を隠して戦った事があるのだ。

 結果、見事なまでに足を引っ張り、弦十郎と奏の両者からこっぴどいお叱りを受けた。

 

「もちろん、我々にも責任がある。時には不調を押してでも戦う必要が、無理を押し通す必要が出てくるときもあるだろう。だが、冷静に考えるんだ。その無茶を今する必要が」

 

「あ、あのっ! そうじゃなくて! は、恥ずかしかったんです!」

 

「……は?」

 

 翼の語りを遮って、真っ赤な響が叫ぶ。

 

「えっと、その、動悸が早かったのも、顔が赤かったのも、全部、恥ずかしかったからで……」

 

「恥ずかしいとは何がだ? お前の戦いっぷりは見事だったぞ。何も恥じることなど無かった」

 

「そ、その……」

 

 恥ずかしそうに、響は翼を指差す。

 その顔は羞恥に染まっており、今まで貼り付けたように決まった表情ばかりだった響がこんな表情もするのかと、翼は呆然としながら思った。

 

「つ、翼さんに抱きしめられるのが……」

 

「そ、そんなことでか?」

 

 てっきり、何もかもを削ぎ落とした求道者の様な人間だと思っていた響の思わぬ一面。

 あれだって、単純に落下する響を保護するためにやっただけの行為で、彼女ならそういうものだと割り切って居ると翼は思っていたのだが。

 この様子だと、意外とそうでもないようだ。

 

「えっと。実は私、昔から翼さんに憧れてて……」

 

「そ、そうなのか。ありがとう」

 

 よくよく思い返せば、以前に響の個人情報として聞いた事でもある。

 どう反応すべきか迷った翼は、とりあえずお礼を言っておく。

 まさか、こうやってはずがしがっている彼女に「実は知っていました」なんてトドメを指すほど翼も鬼ではない。

 

「この間も会った時は、興奮してて何も感じなかったんですけど……。今日、こうして戦い終わった後に、ふと冷静になった瞬間に翼さんの顔が眼の前にあって」

 

「それは、そのすまないな……」

 

「あ、いえ! 翼さんが謝る必要なんてありません! 次からはきちんと私1人で着地してみせますから!」

 

「そ、そうか。別に抱きとめるくらいは大した負担でもないのだが……」

 

「大丈夫です!」

 

 やけに強く言い切る響に押され、翼は一応納得しておく。

 実際、先程の場面でも翼が受け止めはしなくとも響はきちんと着地しただろう。ただ、親切心で一応受け止めただけに過ぎない。

 本人がいいというなら必要以上に気を配る必要もないだろう。

 

「しかし、立花の戦いはやけに洗練されていたな。何処かで武道でも習っていたのか?」

 

 これ以上この話題を続けるのも、申し訳ないと別の話題を振る翼。

 

 戦場での響の動きは、歴戦の兵である翼の視点からしても、よく練られた物だった。

 何かしらの戦いの心得のあるものに師事したかのようだ。

 それでいて、何処か見覚えがある戦い方でもあった。

 

「私も武術に関しては詳しいんだ。良き師がいるようだったら教えてくれ」

 

「翼さんと奏さんです」

 

「なるほど、翼と奏というのか」

 

 一旦納得し、脳内で翼と奏という名前の候補を割り出し始めた当たりで翼は気がつく。

 

「翼と奏……?」

 

 自分自身を指さしてみると、響はこくりと頷いた。

 どうやら、聞き間違いや同名の別人などではないようだ。

 

「しかし、どうやってだ……? 私も奏も、お前を指導した事なんてないぞ?」

 

「見ましたから」

 

「見た、だと?」

 

 先日の戦いでは、翼の戦闘は一瞬で終わったため、見る事など叶わなかったはず。

 そして、今日の戦いで見たことを反映するなんて時間を遡りでもしない限り不可能。

 つまり、響が翼の戦う場面を見たというのは……

 

「あの、ライブ会場か」

 

「はい」

 

 自然、表情が暗くなる2人。

 

「馬鹿な。あの時、そんな時間も余裕も無かったはず……」

 

「忘れるわけ、ないですよ。あの背中を。私達を守ってくれた、あの歌を」

 

 翼の疑問に、そう答える響。

 

「ずっと、追いかけてたんです。あの日見た背中を」

 

 自分の手のひらを見つめながら、そう語る響。

 

(お前の心は、まだあの日に囚われているのか……)

 

 そんな響に、翼はなんと声をかけるべきか迷う。

 

 翼自身、あの日の出来事を乗り越えられているかというと否なのだから。

 弱かった自分に憤りを覚えなかった日はない。

 ただ、がむしゃらに強さだけを追い求めていた自覚もある。

 

 響の姿を目の当たりにして、少しだけ冷めた頭でようやく理解できた自分の感情。

 だが、それすらも信用はできない。

 

 ともすれば、自分は響を奏の代わりにしようとしているのではないか? という疑問が鎌首をもたげる。

 

 奏を失った現実から逃れるべく、奏に似た境遇の響で人形遊びをしているだけなのではないか?

 この感情が向けられているのは響なのか? それとも、奏なのか?

 ただ、自分の償いのために響を利用しているだけなのではないか?

 

(救いとは、何なのだろうな……)

 

 見えぬ答えに、悩む翼。

 響を救いたいという感情に嘘は無い。

 しかし、その感情が何処から湧き出るものなのか。

 

 それが、分からなかった。

 

 けれど、それでもいい。

 

「良かったら、これからは一緒に鍛錬でもしないか?」

 

「え? でも、迷惑なんじゃ」

 

「迷惑なものか。お前は、私”達”の仲間だ」

 

 響へと届くように、手を差し出しす。

 

「弦十郎おじさまだって、緒川さんだっている。いつだって、お前は私達を頼っていいんだ」

 

 そう、翼には頼るべき人達がいるのだから。

 1人ではどうしようもないことでも、支え合えば乗り越えられる。

 

 奏と2人なら何処へでも羽ばたけたように。

 

 奏はもういない。

 けれど、地に伏せている訳にはいかない。

 

 今度は、自分が誰かの”翼”になる番なのだから。

 

「でも……」

 

 なおも渋る響の手を取り、強引に隣に立たせる。

 

「これも仕事の内だと思え。次の予定の空いている日に、風鳴の家で特訓だ!」

 

 バシバシと肩を叩き、そう告げる。

 

 少々強引か? と思わないでもないが、遠慮しがちな響の事だ。

 こうでもしないと来てはくれないだろう。

 

 それに、仕事だと言ったほうが彼女の遠慮も多少は晴れるだろう。

 

「そ、そういうことなら……」

 

 戸惑いながらも、承諾する響。

 その姿に、一歩前進したかと思う。

 

 まだ、どうすればいいか具体的な案は浮かんではいない。

 

 しかし、皆で共に知恵を出し合えば悪いことにはならないだろう。

 

 漠然とした楽天的な思考だが、それでもいいかと翼は思った。

 この感覚は決して悪いものではない。頼れる仲間がいる証なのだから。

 

「翼さん、ここにいたんですか」

 

 休憩室の扉が開き、マネージャーの緒川が顔を出す。

 

「む、どうかしましたか?」

 

「そろそろ、次のスケジュールの調整をしたいんですが……。お取り込み中でしたか?」

 

 響と翼の姿を見て、出直すべきか問いかけてくる緒川。

 

「いえ、大丈夫です。丁度、一段落ついたところですから」

 

 隣の響にすまないと謝罪をし、部屋を後にする。

 

 響との特訓の事を緒川達とも相談したいと思っており、渡りに船でもあった。

 

 ぺこりと頭を下げてこちらを見送る響を尻目に、翼と緒川は退室していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼ってくれ、か……」

 

 1人きりになった休憩室に、響の呟きが木霊する。

 

「まだ、足りない」

 

 頼ってくれとはつまり、自分が頼りないということだ。

 響はそう考える。

 

 今日の戦いも、響は翼のおこぼれを狩るだけ。

 きっと、響抜きでも翼なら何の問題もなく切り抜けただろう。

 

 最後の場面にしても、翼の協力があって初めて大型ノイズを倒すことが出来た。

 

 結局、響1人では何も出来ていなかった。

 

「もっと、もっと強くならないと」

 

 頼る訳にはいかない。

 自分の弱さを誰かに背負わせる訳にはいかないから。

 

「遠いなぁ……」

 

 あの日から、何度も何度も繰り返し思い浮かべていた翼の姿。

 

 その刃の鋭さに。美しく舞う姿に。何度羨望を抱いたか分からない。

 必死に追いすがって、少しは近づけたかと思っていた。

 

 けど、違った。

 

 振るう拳は、刃の鋭さには遠く及ばず。

 駆ける身体は、流れ舞うその身の後を追うばかり。

 

 こんなはずではなかった。

 自分が奪ってしまった片翼を埋められるくらいには成らなければいけないのに。

 

 何度も繰り返してきた、奏の動きを脳内に思い浮かべる。

 

――代わりになんて、成れるはず無いのに。

 

 分かってはいる。

 それでも、やらなければならない。

 

 あの時、奏に救われたのは()()

 

 響が償わなければ。

 この罪を未来に背負わす事になるのだから。 

 

「誰にも、何も、背負わせない」

 

 大事な人に、全てを背負わせてしまった。

 だから、これからは自分が全てを背負ってみせる。

 

 そのためにも、強くならなければいけない。

 

 そういう意味では、今回の誘いは渡りに船でもあった。

 弦十郎と翼の2人なら、きっと響を更に強くしてくれるだろう。

 

 そのために、2人に負担を強いてしまうことは心苦しいが、仕事の内なのだから仕方ないともいえる。

 

「はぁ……」

 

 どんどん滅入っていく気を晴らすべく、気晴らしに飲み物でも買おうかと自販機へと近づく。

 そういえば、秘密組織の秘密基地に飲み物を卸す業者とはどんなものなのだろうか? 

 そんな、しょうもない疑問を浮かべ、思考を切り替える。

 

 どれにすべきか、特に意味もなく悩んでいると、休憩室のドアが再び開き、翼が顔を出した。

 

「すまんな立花。呼び出しがかかった。今、大丈夫か?」

 

 申し訳なさそうに、こちらへと問いかける翼。

 

「ええ、大丈夫です」

 

「何か、考え込んでいたように見えたが。悩み事か?」

 

 目敏くそう問いかける翼に焦りが芽生える。

 どうすべきかと、一瞬逡巡するものの、直ぐに先程までぼんやりと考えていたことを口に出す。

 

「この自販機の搬入とかって、どうやっているのかなって思って」

 

「なんだ、そんな事か」

 

 特に疑問を抱いた様子もなく、翼は納得する。

 

「ここに来るときに乗ってきたエレベーターがあるだろう? 実は、あれ以外にいくつか有ってな。その内の1つがかなり大型になっているんだ」

 

「入り口って1つじゃなかったんですね」

 

 少し意外に思い、そう問い返す。

 秘密基地と言えば、入り口は1つだけという固定観念のような物が有ったからだ。

 

「少ないとはいえ、それなりに人の出入りはあるからな。エレベーター1つで一々順番待ちをするのも馬鹿らしいし、何より緊急時に取り残される人間が出たら事だろう?」

 

「言われてみれば、そうですね」

 

「そういうわけで、2課へと行くためのエレベーターシャフトは全体としてみるとかなりの大きさになっているんだ」

 

 櫻井女史からの受け売りだがな、と話を締めくくる翼にうなずき返し、心の奥でほっと一息吐く。

 

 余計なことを突っ込まれてボロを出してしまわないか心配だったが、どうやら翼は納得してくれたようだ。

 椅子に腰掛けたままだったら流石に怪しまれたかもしれないが、気分転換に飲み物を買おうとしたのが功を奏したようだ。

 

 救いの神である自販機に感謝をして、響は翼の後に続いて休憩室のドアを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む、来たか2人とも」

 

 相変わらず、なんだかよくわからない機械やモニターに囲まれた司令室で、弦十郎が2人を出迎える。

 その隣には了子もおり、こちらも相変わらず胡散臭い笑みを浮かべていた。

 

「はぁーい。待ってたわよ」

 

「用件はなんですか?」

 

 ひらひらと手を振る了子を無視し、話を切り出す響。

 この短期間になんどもからかわれた経験から、響の中での了子の扱いは割とぞんざいになっていた。

 

「んもぉ~、つれないんだからぁ」

 

 そんな対応に不平を述べつつも、なんだかんだできちんと資料を手元に用意する了子。

 自称の出来る女というのは伊達ではなく、なんだかんだできちんと仕事はこなすからこそ、彼女は二課の技術主任という立場にいるのだ。

 

「例の”黒騎士”が出たらしい」

 

「ゴーストですか?」

 

「ああ、今回も取り逃しだ」 

 

 苦々しげにそう言い捨てる弦十郎。翼の表情も暗い。

 どうやら、喜ばしい類の話題ではなさそうだ。

 

「今回が初めての響ちゃんのためにも、このわ・た・し、櫻井了子が解説してあげるわね」

 

 そのために呼んだんだものといいながらが、資料を響へと手渡す了子。

 

 渡された資料をペラペラと捲って目を通すと、意外にもしっかりした丁寧な作りだ。

 

(普段からこのくらい真面目に仕事してくれたらなぁ……)

 

 自分が半分玩具にされてる自覚のある響。

 心の中でため息を吐いて、了子の説明を待つことにする。

 

「まあ、資料全部説明すると長くなっちゃうから、後で読んでもらうとして。大事な所だけ話しましょうか。これは、不明聖遺物”ゴーストナイト”。1年と少し前から現れて、無差別に襲撃を繰り返している、非常に危険な存在ね」

 

 モニターに画像が表示される。

 

 あまり鮮明ではないその画像は、恐らくどこかしらの監視カメラが偶然捉えたものだろう。

 

 炎の中に、真っ黒な人影が立っているのが見て取れた。

 

「騎士……? 甲冑……?」

 

「その通り。見たまんま騎士みたいだからナイト。で、神出鬼没だからゴースト。簡単でしょ?」

 

 了子の言葉に頷いて、もう一度画面を注視する。

 その背景は、どうやら倉庫街のようだ。

 

「幸いにも、今の所は住宅街や商店街のような人の多い場所には出てきてはいないし、出現時間も深夜帯だから、被害者もそれほど多くはないわ」

 

「それほどってことは……」

 

「まあ、そうね。少なからず死傷者は出てるわ。ゴーストナイト本人の手によらず、二次災害の火災による被害も結構なものね」

 

 その言葉に、眉間に皺を寄せる響。

 とてもではないが、看破できるものではない。

 

「この火災が厄介物でね。救助や消化に手を割かれるせいで、肝心の本体の追跡まで手がまわらないのよ」

 

「口惜しいが、私も捜索に関しては門外漢だからな……。捕捉して戦場に到達するまでに逃げられてばかりだ」

 

 悔しそうな翼の言葉に、響は資料の出現地点を見る。

 

 確かに、出現地点はどれも本部からそれなりに離れており、翼の言うことも仕方ないだろう。

 

「予め人員を配置しておく事も考えたんだがな。どう考えても、あれは異端技術だ。通常の人員では太刀打ち出来ん」

 

 弦十郎が口を挟む。

 

「だが、後塵を拝するのもこれまでだ。これを見て欲しい」

 

 弦十郎の言葉とともに、モニター上の地図にいくつかのマーカーが現れる。

 

「これは……。リディアン近郊の地図ですか?」

 

「そうだ。そして、マーカーがノイズの出現地点となっている」

 

「……多いですね」

 

 本来、ノイズとは10年に1度の災害と呼ばれている。

 通り魔に出会うようなもので、世界範囲で見ればそれなりの出現情報はあるものの、個人としてみれば、一生を通して出会わない人のほうが圧倒的に多い。

 

 それが、リディアン周辺では無数に出現している。

 明らかに異常だ。

 

「そうだ。そして、こちらがゴーストナイトの目撃情報」

 

 モニター上にもう1種類のマーカーが上書きされる。

 

「これは……」

 

 現れたマーカーは、徐々に二課のある地点へと近づきつつあった。

 

「時系列順にすると、更にわかりやすいな」

 

 切り替わっていく画面。

 そこからが、ノイズが増加し始めた初期と同時期に、ゴーストナイトも少しずつ移動を始めているのが見て取れた。

 

「つまり、ノイズとゴーストナイトには何らかの相互関係があると?」

 

「そこまでは言い切れん。それぞれが別の思惑で、ここを狙っている可能性もある」

 

「二課が狙われていると?」

 

「今はサクリストDもある。時期が時期だけに、油断は出来ん」

 

 弦十郎の言葉に、硬い面持ちで頷く翼。

 

「現在、二課の情報部の方で作戦を立案中だ。とはいえ、作戦行動中の突発的な遭遇もあり得る。頭に入れておいてくれ」

 

「了解です」

 

 弦十郎からの注意に返事をする響。

 

 だが、その脳内ではある思いが渦巻いていた。

 

(正体不明のゴーストナイト……。私だけで撃破出来たなら、少しは頼ってもらえるようになるんじゃ……)

 

 今まで、捕捉すら出来ていない未知の相手。

 恐らく、簡単にどうにか出来る相手ではないだろう。

 

 だが、だからこそだ。

 

 そんな危険な相手を翼に任せるわけには行かない。

 

 目の前の資料を読み込むべく、響は司令室を後にした。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 暗闇から意識が浮上する。

 目を開けば、飛び込んでくる最早見慣れてしまった光景。

 

 力なく横たわる人だった物と、それを照らす煌々たる炎。

 悪夢か何かだと思いたい。

 けれど、頭にこびりつく記憶と赤黒く染まった腕が、それを許してはくれない。

 

 自分が自分でなくなっていく。

 ヘドロのようなドス黒い思いが、私の中で渦巻いている。

 

 いくつの罪を重ねただろう。

 目がさめる度に、自分の罪の証が積み上がっている。

 

 背負った罪の数だけ、この身は暗く黒く染まっていく。

 

 変身が解け、生身へと戻る。

 

「そっか、もう戻らないんだ」

 

 どこか、感じた違和感。

 右の腕を見れば、そこだけが黒く染まり硬質な輝きを放っていた。

 

 もう、人ではない。

 

 いや、既に人では無かったんだろう。

 

 異形の腕を隠すべく、目の前の人だった物から布を剥ぎ取りながらぼんやりと考える。

 

 こうして、人を殺めても。

 それどころか、追い剥ぎのようなことをしても。

 

 心はもう、何も動きはしない。

 

 思考が塗りつぶされるたび、私の中の大事な何かが失われてゆく。

 以前は、そんな自分も怖かった。

 今は、それすらもない。

 

 摩耗しきった思考のどこかで、私の残骸が警鐘を鳴らす。

 これが、許されるざる行為だと。

 

 前に、止めなきゃと思った事を覚えてる。

 だから、止めないと。

 

 でも、もう自分では自分を制御できない。

 

 どうすれば、いいんだろう。

 

――誰かに止めてもらえばいい。

 

 定まらない思考の中、何処からともなく声が聞こえる。

 以前は耳を貸してはいけないと思ったけれど、なんでだろう?

 

 声の言うとおりなんじゃないだろうか。

 

 誰か、私を止めてくれる人。

 でも、そんな人いるんだろうか。

 

 自分が最早、化物だということくらいは理解できる。

 常人では、私を止めるどころか時間稼ぎにも成りはしない。

 

 この身体は、銃や刀程度では傷もつかず、いつからか飲食すらも不要になった。

 疲労すら、最後に感じたのはいつか分からない。

 

 本当に、どうにかなるんだろうか。 

 

――きっと、いる。よく思い出せ。

 

 思い出そうにも、靄がかかったような頭では何も出てこない。

 

 取り敢えず、移動しながら考えようと思い、足を進めた所で足元に新聞紙を見つけた。

 

 見出しには、ノイズの被害について書かれている。

 

 ノイズ。人を殺す悪魔。

 

(私と一緒だな)

 

 どこかシンパシーを覚え、ぼんやりと新聞の文字を目で追うと、なんでも一部の地域でノイズが異常発生しているらしい。

 

(ノイズなら、あるいは私を)

 

 人を灰にする化物なら。

 化物の私も灰にしてくれるかもしれない。

 

 そこまで考えた所で、ふと頭に記憶が思い浮かんできた。

 

 血まみれの女の子を抱いて泣きじゃくる私と、それを守る槍を携えた女性。

 

 きっと、大切な記憶だっただろうそれも、最早ただの映像としてしか思い出せない。

 

 槍の女性はどうやら死んでしまったみたいだけど、記憶によるともう1人残っているようだ。

 

 彼女なら、あるいは。

 私を止めてくれるかもしれない。

 

 なぜだか、そんな気がした。

 

 でも、どうやったら彼女に会えるんだろうか。

 

 記憶によると、ノイズと戦っていたようだから、ノイズが異常発生しているという街に行けばいいんだろうか。

 

 でも、それでも出会えなかったら?

 

――殺して殺して、殺し尽くせば。いつか出会える。

 

 響く声にその手が有ったかと納得する。

 

 確かに、出会う人間全て殺せば、いつかそのうち本人に辿り着くだろう。

 

 取り敢えずは、ノイズの出る街へと向かって、それから考えよう。

 私が私である内に、少しでも近づかなければ。

 

 いつか、太陽の光が私を焼き滅ぼしてくれることを願いながら。

 翳った思考のまま、私は歩き出した。

 

 

 

 

 




 仕事が忙しくて遅刻してしまいました。
 申し訳ありません。

 今日からはちょっと休みが続くんで次は早く投稿できるようにがんばります。
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