太陽と月に背いても   作:ゴルト

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嵐の前に

「いやー、遊んだ遊んだ」

 

 夕暮れの商店街を練り歩きながら、弓美がぐっと伸びをしながら呟く。

 それぞれの新生活にも慣れた彼女たちは、休日を生かしてカラオケにショッピングにと大いに羽を伸ばしていた。

 

 そうして、一通り遊びきった後、このまま解散するのも何となく惜しいと、意味もなく商店街を練り歩いていたのだ。

 

 休日ということもあり、日が傾き始めた時間帯でも商店街は活気に溢れ、チラホラと見知った顔もいる。

 弓美達も知り合いに出会う度に挨拶をし、ちょこちょこと世間話を交わしたりしている。

 

 だが、そんな中1人だけ別次元の交友を繰り広げている人間がいる。

 

 そう、響である。

 

 犬も歩けば棒に当たるならぬ、街を歩けば感謝に当たる。

 そこかしこから、やれあの時は助かっただの、この前はありがとうだのと、ひっきりなしに感謝の言葉が飛んでくる。

 ついでとばかりに、商店街ではちょっとした惣菜だの菓子だのがお礼の言葉ともに手渡され、一時期はあわやお礼の品で埋もれるかという状況だった。

 

「それにしても、相変わらずあんたは人気ねぇ」

 

 あちこちから飛んでくる感謝の言葉に、驚きを通り越して呆れの言葉を弓美は響へ投げかける。

 

「人気、なのかな?」

 

 そんな言葉に、よくわからないとばかりに惚けた返事を返す響。

 モゴモゴと串カツを齧りながら、プラプラ歩く姿に常の凛々しさはなく、こうしていれば年相応なのになぁなどと、自分の年齢を棚に上げて弓美は思った。

 

「その鈍感っぷり。アニメじゃないんだからどうにかしなさいよ。いつか、刺されるわよ?」

 

「ビッキーはもうちょっと自己評価を上げたほうがいいよ。自分に自信を持ってさ」

 

 相次ぐ2人の言葉に、響は少しばかりばつの悪そうな顔になる。

 しかし、そんな2人に待ったをかける人間がいた。

 

 そう、最近では響の保護者となりつつある詩織だ。

 

「そうやって偉ぶらない所も、立花さんのナイスな所ですよ。だから、立花さんは立花さんらしくいるのが一番です」

 

「私らしく……」

 

「でも、これだけは覚えておいてくださいね。誰かを助けるのは尊い行いですけど、そのために自分を犠牲にするのはナイスだとは言えませんよ」

 

「……そうだね。私も、そう思うよ」

 

「きっと、立花さんはそういうつもりじゃないって言うでしょうけれど。それでも、私は信じてます。あなたの行いは、いつか報われるって」

 

 神妙な顔で詩織の言葉を受け取る響と、それを慈母のような表情で見つめる詩織。

 きっと、感動的な場面なのだろう。弓美も、創世も、響に報われてほしいと思う気持ちは一緒だ。

 

 バッドエンドなんて、アニメの中だけで十分だ。

 現実なんて、陳腐なハッピーエンドが一番いい。

 

 だが、それはそれとして。

 

(餌付けしてなきゃ、感動出来るのになぁ)

 

 会話中もせっせと響の口許へと食べ物を運ぶ詩織と、律儀にもそれを残らず口に入れる響。

 会話が一段落した今、詩織の運搬スピードが上がった事により、響の頬はパンパンに膨れている。

 

「テラジもその辺にしといたら? ビッキーが太っちゃうよ?」

 

 見かねた創世が止めに入る。

 

「いや、私このくらいじゃ太らないから大丈夫」

 

 そんな創世に何処かずれた返事を返す響。

 詩織も、そんな響の言葉に驚き思わず手を止めてしまっている。

 

「嘘でしょ!? あんた、今全世界の女子を敵に回したわよ!」

 

「いや、食べた分だけ消費すればいいだけの話じゃ……」

 

 その言葉に、弓美と創世は顔を見合わせ、そして思い出す。

 普段、響がどれだけ無駄に過酷な運動をしているのかを。

 

「ごめん、私が間違ってた。好きなだけ食べていいわ」

 

「ビッキー、もっと食べる? 私の分も食べていいよ」

 

 手のひらを返したかのように、お菓子を押し付けてくる2人に目を白黒させながら、なんだかんだでせっせと食べていく響。

 

 結局の所、なにか食べてる響が一番しっくり来る。あるいは、流石に物を食べてる時は誰かのためだとかそういうこともなく、ただ美味しそうに食べてるからそう見えるのかも知れない。

 何となくだが、詩織が響にせっせと餌付けする理由が分かった気がする2人だった。

 

「それにしても、今日は中々に濃い一日だったわ」

 

「やっぱり、ビッキーがいたからじゃないの?」

 

 せっせと貰い物の山を崩す響と、それを甲斐甲斐しく補佐する詩織を眺めながら、弓美と創世は今日一日を振り返る。

 

「まあ、響が遊びに付き合ってくれたのが一番意外と言えば意外だったけどね」

 

「ビッキー、忙しそうだからねぇ。最近は特に」

 

 普段から、人助けのためにあれやこれやと東奔西走している響だが、ここ数日はそれに輪をかけて忙しそうにしていた。

 授業中に、突然何処かへ行くことすらあったのだから、如何に常軌を逸した事かが分かる。

 

 教員が特に何も言わないことを見るに、何かしら事情なりがあるのだろうが、むしろそちらの方が心配だ。

 響は、あくまで学生で弓美達の友人なのだから。都合のいい”英雄”として、使い潰されるなんて結末は真っ平御免だ。

 

 一度、教員達に響が何処へ行っているのか、行き先を問いただしたことがある。

 結果は、答えられないという答え。

 

 一体、響は何をしているのか? 何に巻き込まれているのだろうか?

 

「心配だなぁ」

 

「アニメじゃないんだから、自己犠牲なんて流行んないわよ今どき……」

 

 顔を見合わせて、ため息をつくも、特に打開策が浮かぶわけでもなし。

 そもそも、響自身が望んでやっていることなのだ。外野の自分たちがあれやこれや言う資格はないと言われてしまえばそれまでかもしれない。

 

 けれども、それでは余りにも寂しいではないか。

 何もかも、全部1人で背負い込んでそれでお終いだなんて。

 

 詩織と一緒に、菓子やら惣菜やらを食べてはこれが美味しいだの、あれが好みだの言い合っている響。

 いつまでも、こうしていられればいいのにと思うけれど、それでも彼女は困っている誰かの事を見捨てられないのだろう。

 

「今日のカラオケの時だけどさ。歌ってるビッキーの姿を見てどう思った?」

 

「どう、って言われても……」

 

 突然の創世の言葉に、今日の昼に行ったカラオケ屋での事を思い返す。

 

 意外と言うべきか。普段は余り我を出さない響が、案外歌いたがりで、ノリノリだったのは記憶に新しい。

 

「響、結構ノリノリだったよねとしか」

 

「そうだよね」

 

 弓美の返答に我が意を得たりとばかりに頷く創世。

 

「それで、結局何が言いたいの?」

 

 見えてこない話の内容に、焦れったくなった弓美は早く結論を言えと創世を急かす。

 

「アニソン同好会、作ろうじゃないのさ」

 

「はぁ!?」

 

 確かに、結論を急いだのはこちらだが、返ってきた思わぬ返答に思わず驚愕の叫びを漏らす。

 

「ちょ、ちょっと! 声がでかい! ビッキーにバレちゃうじゃん!」

 

「え? これ、響には秘密の話なの!? ちょっと、そういうのは早く言いなさいよ!」

 

 グダグダな流れに思わずうめき声が上がる。

 

 一応、響と詩織の方を確認してみると、何やら2人は真剣な表情で額を突き合わせており、とてもじゃないがこちらの様子など眼中に無さそうだ。

 何を話してるのか少しばかり気になり、ちょっと耳を済ませてみた所、どうやらコロッケはメンチかポテトかで議論しているようだ。

 

(しょーもなっ!)

 

 思わずずっこけそうになった弓美だが、生憎とそんなアニメのお約束をやってやるほどの心の余裕は今はない。

 突然投げつけられた爆弾を処理すべく、創世に真意を問い詰める。

 

「で、アニソン同好会を作るのはいいとして、なんで響には秘密なのよ?」

 

「ビッキーがあなたの為に作りますって言われたらどんな反応するか、分からないわけじゃないっしょ?」

 

「あー……」

 

 返ってきた理由に納得する。

 

 確かに、響は響自身へと向けられる善意をあまり好ましく思っていない節がある。

 別に、善意自体を疎んでいるわけではなく、どうも自分なんかのために負担やら何やらを背負ってもらいたくないという思いが強いようだ。

 

 こうして、感謝の証としてちょっとして物を贈られる程度なら、受け取らないのも悪いときちんと受け取るのだが、これがある一定のラインを越えると話は変わってくる。

 例えば、重たい荷物を持ってくれと頼まれた時、本来なら響1人で十分な所を善意で手伝ってやった人間がいるとする。

 もちろん、響は手伝った人間に感謝するのだが、それ以上に自分を責めてしまうようなのだ。

 

「ほんと、なんであんなに背負い込むのかしらねぇ……。誰かを頼るのは別に恥じゃないと思うけど」

 

 実際、響自身も1人じゃどうしようもないことに関しては誰かの手を借りることがあるので手を借りるのが恥だとか思っているわけではないのだろうけれど。

 

「だから、手を貸すんじゃなくて、一緒に何かで楽しんだり出来ればなって思ったわけよ」

 

「なるほどね。でも、なんでアニソン同好会なの?」

 

「歌を歌ってる時のビッキーって、少しだけ、ほんの少しだけ表情が優しくなるんだよね」

 

 そう言われて、そういえばと思い出す。

 カラオケで響の歌を褒めた時、珍しく嬉しそうに照れていたなと。

 普段、どんなに褒められても、自分はやって当然の事をしたまでと受け取らない響が、だ。

 

「歌が好きって、いつだったか言ってたわね」

 

「でしょ? だから、思ったわけよ。アニソン同好会を作ってそこで一緒に歌を歌えばビッキーも少しは気が晴れたりしないかなぁって」

 

「後は、誘って入ってくれるかどうかね」

 

「そこに関しては大丈夫っしょ。あんま言いたかないけど、人数足りないから数合わせに名前を貸してくれって言ったら、多分ビッキー断らないよ?」

 

 響の善意に漬け込むようで少々気が引けるが、仕方ない。

 それはそうとして、まだ1つ、解決せねば成らない問題がある。

 

「でも、それでも4人よ。同好会とはいえ、結成には5人必要じゃないっけ?」

 

 なんだかんだ、自分自身で作ろうとしていたこともあり、その辺の事に関しては弓美も詳しかった。

 恐らく、同好会としてならアニソン云々も申請してしまえば割とすんなり通るだろう。教師受けのいい響もいることだから尚更だ。

 

 しかし、人数の問題は如何ともし難い。流石にいくら響が優等生だからといって、校則を捻じ曲げてまで同好会の設立が認められるとは思えない。

 

 ちなみに、2人の中に詩織が断るという選択肢は存在しない。あの、世話焼きがまさか断るはずもないだろう。

 

「あれ? そだっけ? 知らなかったわぁ……。まあ、適当に探せば見つかるっしょ!」

 

 思わぬ落とし穴だが、それでも創世は楽観的だった。

 実際、後1人探せばいいだけなのだから、そこまで悪い状況ではないだろう。

 

「でも、響のフォローのために作るんだから、そのへん考慮しないで適当に誘う訳にはいかないんじゃない?」

 

「あー、まあ確かにそうだね。下手に規模が大きくなってビッキーが責任感持っちゃうのもあれだし……」

 

 響の事だ、部員全員がなあなあならともかく、やる気のある人間がいるならそれに合わせてきちんと取り組もうとするだろう。

 響の息抜きの為に作ろうとしているのに、それで響の重荷を増やしてしまっては本末転倒だ。

 

「ま、今すぐやらなきゃ行けないってわけでもないし、ちょっと様子見でいいんじゃないの?」

 

「それもそっか。少しでもビッキーの支えになれればいいんだけどね」

 

 そこまで話した所で、突如警報が街に鳴り響く。

 周囲の喧騒が、先ほどとまでとはまた違った熱を帯び始める。

 

「この警報って……!」

 

「ノイズ!? 嘘でしょ! この前も出たばっかじゃん!」

 

 

 

 

 鳴り響く警報と、困惑する人々のざわめきが商店街を埋め尽くす。

 近場のシェルターを目指すべく、周囲の人々が我先にと駆け出す。

 休日で混み合っていた商店街は、そのまま熱狂の渦に巻き込まれるかに思えた。

 

「慌てないで!」

 

 周囲が混乱に陥ろうかというまさにその瞬間、1人の少女の声が響く。

 

「直近のシェルターは駅前の地下道内部です! 焦らずに避難して下さい!」

 

 いつの間にやら、建物の屋根から身振りでシェルターの方を指し示す響に誰もが目を向ける。

 

「もし、怪我人などの動けない人がいるなら余裕のある人が手を貸して下さい! シェルターの容量には余裕があり、ノイズの出現地点もここから離れています! 焦る必要はありません」

 

 なぜ、そんな情報を響が知っているのだろうか。

 当然、起こるであろう疑問を問いかける人は無く、皆が一斉に響の言葉に従って動き始める。

 

 手と手を取って、肩を貸し合い、シェルターへと移動する。

 他人を押しのける人間もなく、秩序だった避難が開始された。

 

「立花さんはどうするんですか!?」

 

 詩織が屋根の上の響へと呼びかける。

 避難を開始した人々を見下ろす響に動く気配はなく、少なくとも、一緒に避難する気がないだろうことは明白だった。

 

「私はやらなきゃいけないことがある! だから、先に避難して!」

 

 そう叫び返し、屋根の向こうへと駆け出す響。

 その背中を呆然と見つめる詩織に、声がかけられる。

 

「ほら、お嬢ちゃん! 彼女が心配なのは分かるけど、早く行くぞ!」

 

 声を掛けたのは商店街で八百屋をしている店主だった。

 呆然と立ち尽くす詩織の肩を叩き、避難を促すが、そんな彼の姿に詩織は思わず言い返す。

 

「あなたは心配じゃないんですか!? きっと、立花さんはまた無茶をします! 怪我で済むならいいです。もし、立花さんが……」

 

「心配さ。あんな少女に何もかも任せて、逃げるしか出来ない自分に反吐が出そうだ」

 

「なら……!」

 

「でもな、嬢ちゃん。そんな俺達を信じて、彼女はこの場を任せてくれたんだ。もし、俺達だけじゃ無理だと思ってたら、あの責任感の強い響ちゃんがこの場を離れると思うか?」

 

 確かに、その通りだ。

 響は決して出来ないことをやれというような人間ではない。絶対に出来ると確信していない限り、手を差し伸べてしまう甘い人間だ。

 

 その響が、この場を離れたという事は、この場の人間だけでどうにか出来ると信じているのだろう。

 

「でも、それが一体……」

 

 言わんとすることは分かるが、だから何だというのだろうか。

 結局、響の手助けには何一つ成れていないではないか。彼女を死地へと送り出して、のうのうと安全な場所へと逃げているだけだ。

 

「それにだ、仮に嬢ちゃんに響ちゃんの隣に並べるだけの力があるとして、だ。それで、一緒に危険な場所へと行くことを彼女が喜ぶと思うかい?」

 

「……思いません」

 

「だろう? だから、俺達は俺達の出来ることをするのさ」

 

 そう言って、八百屋の店主は辺りを指し示す。

 

 周囲では、地理に詳しい商店街の店主達が主体となり、避難が進んでいる。

 時折、親と離れた子供などが散見されるも、直ぐに誰かしらが声をかけ、手を引いていく。

 

 怪我人もなく、この手の事態につきもののパニックとも程遠い光景だった。

 

「こうやって、誰も欠けること無く無事避難するのが、一番彼女の助けになるんだよ」

 

「そうかもしれないですね……」

 

 確かに、ここで何かしらのトラブルが起こり、人が取り残されたり、迷子が出たりしたら。

 響は必ず救いの手を差し伸べるだろう。そして、自分を責めるだろう。あの時、何故離れてしまったのかと。

 

 決して、誰かのせいにはせず全部自分のせいだと思い込んで。

 

「ま、大人の考えってやつなのかもな。きっと、嬢ちゃんの方が正しいのさ。恩人が苦しんでるってのに、正論だからって諦めるのはきっと、年を取っちまったからだ。俺ももうちょっと若ければ……あいてっ!!」

 

 染み染みと語り始めた店主の頭を、通りがかった女性が叩く。

 

「馬鹿なこと言ってないで、早く避難を手伝いなさいな。女の子相手に管巻いてるんじゃないの」

 

「別に、そういうわけじゃないんだが……」

 

「いい年した大人が言い訳をしない! ほら、早く」

 

 そのまま女性に急かされ、店主は駆けていく。

 そして、そのまま避難誘導の列に加わったのを確認して、女性は詩織の方へと向き直る。

 

「難しく考える必要なんてないんだよ。ただ、帰ってきた時にお帰りって言ってあげて、美味しい料理でも作ってあげればいい。それがきっと、響ちゃんが一番喜ぶ事さ」

 

「そうですね。きっと、その方がナイスです」 

 

 帰ってきた響が何の憂いもなく、ご飯を食べられるようにする。

 それがきっと、今できる最良の選択肢なのだろう。

 

 響のやってきたことはきちんと芽吹いている。

 こうして、人と人がお互いのことを思いやれるようになったのは間違いなく響の影響だ。

 

 ノイズの襲撃では、人災による被害も大きいという事は()()()()が物語っている。

 そうした事を未然に防げているのも、偏に響の頑張りが実を結んだからだろう。

 

 そう、響は頑張っている。だから、頑張った分だけ報われてもいいじゃないか。

 詩織だって、ハッピーエンドが好きなのだから。





 今回は3人組のお話。
 ちょっと短めです。
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