ウマ娘 ~ダート・ダート・ダート!!~ 作:フジキセキ
アンドレアモンは寮までの道のりを、ひどく重い足取りで歩いていた。
桜並木にぽつぽつと花が咲き始め、あたたかな日差しの中で揺れている。その景色すら、今は自分をあざ笑っているかのようだった。
「はぁ…」
零れたため息は体の奥底に降り積もり、斥量のようにのしかかる。
ふと空を仰ぎ見ると、今の心持ちとは裏腹にどこまでも広がる快晴の空だ。
「ここまで、なのかなぁ」
アンドレアモンは青森にその生を受けた。
フランスの父と日本の母の間にウマ娘として生まれるが、その血筋に興味を持ったことは多くはなかった。だからこそトレセン学園への入学が許されたとき、彼女自身は驚きの方が強かったことを覚えている。
調べてみればその祖先にはイギリスで実績を重ねたウマ娘を持ち、会った記憶こそ希薄ではあるが親戚に天皇賞経験をもつウマ娘さえいた。
そうして自らに流れる血について知れば知るほど、体に迸る「走ること」への欲求に納得できてしまうのだった。
故郷の五戸という町は海にも山にも近く、彼女は暇さえあれば常に走っていた。弧を描いて水平線が広がる太平洋を望みながら、ただひたすらに砂浜を走った。風が火照る肌を撫でていく感覚がたまらなく好きだった。
トレセン学園への入学の話が持ち上がれば、両親の後押しもありとんとん拍子に事が進んだ。あっという間に手続きが進み、気が付けばパンパンのボストンバッグとともに電車に詰め込まれ上京していたような気さえする。
町民全員に見送られ踏み出した新たな門出は、順調なもののように思えた。
しかしトゥインクル・シリーズへの挑戦は恐ろしいほどに険しい道のりだ。
勝つために走り、走るために勝つ。
今まで勝ちに拘る競争をした経験のないアンドレアモンにとって、トレセン学園での日々は困惑することばかりであった。体の使い方、コースの走り方、レースの戦い方。目新しさ溢れるそれらに完全に適応できたかといえばウソになる。
名家出身のウマ娘たちのなかには英才教育を施されてきたとの話や私塾に通っていたなどと聞くこともあり、更なるプレッシャーに苛まれることもあった。
結果を急げば急ぐほど、焦りが着順に現れてくる。その悪循環を断てないまま一年が経ってしまった。
そして残り5か月との宣告。
彼女が途方に暮れるのも仕方のないことだろう。
「はぁ…」
何度目かわからないため息を吐き出したアンドレアモン。ふと顔を上げるとどうやら気づかないうちに坂路コース脇の土手沿いまで歩いてきていたようだった。
ウッドチップが醸し出す香りが鼻をくすぐる。
芝に腰を下ろし何度も走った道を目前にしていると、春の陽気と日差しも手伝って睡魔に襲われる。数分もすれば船を漕ぎ始め、いつしかアンドレアモンは傾きだした日差しの下で眠りについた。
*
「…い、起…ろー…」
「ん…」
陽はすっかり落ち、辺りはすっかり闇に包まれている。
昼間の気温は上向き始めているが、帳が落ちてしまえばまだまだ肌寒い季節だ。
「おーい、そろそろ寮に帰らないとまずいんじゃないのかー?」
「あと5分…」
「随分とまぁお約束な返しを、でも寮の門限過ぎてんじゃないのか?」
男がそう言うと、アンドレアモンの長い耳がわずかに脈打つ。
「りょう…?門限…っ!」
「いってぇ!」
その二語が覚醒の引き金となったのか、彼女は文字通り飛び起きた。となると当然、顔を覗き込むようにしていた男と額を勝ち合わせることになるわけで。男は情けのないうめき声をあげながら芝の上を転がりまわる。同じく額を赤くしたアンドレアモンは平謝りである。
「あ、あの!ごめんなさい!すいません!」
「いてて…あぁいやこっちこそいきなり声かけちまって悪かったな」
額をさすりながら男は答えた。腰を上げて土を払うと、彼女に向って手を差し出した。
その手を恐る恐る掴むと、アンドレアモンも引き起こされる形になった。
「キミ、ここの生徒だろ?」
「え、はい…一応」
「やっぱり。丁度よかった、道を案内してもらえないか?明日から赴任する予定なんだが、肝心の宿舎の場所もなにもかもわからなくてさ」
「でもその…門限が」
「新しく赴任してきた人に道案内していましたっていえばいいさ、それなら君も咎められないだろ」
「それはそうかも…。えーと、赴任…ですか?」
アンドレアモンが首をかしげていると、苦笑しながら男は答えた。
「明日から俺も、この学園のトレーナー、ってわけ」
「トレーナーさんだったんですか、すごいです!」
「はは。まだペーペーだけどね」
他愛ない会話とともに、アンドレアモンは先導して校舎のほうへ歩みを進めた。
空には星が瞬く夜。
これがアンドレアモンとトレーナーの運命の出会いだった。
ちなみにトレーナーの名前を聞き忘れたアンドレアモンは、言い訳が通じずこの後寮長に滅茶苦茶怒られた。