ウマ娘 ~ダート・ダート・ダート!!~ 作:フジキセキ
朝は誰にでも平等に訪れる。
違いがあるとすれば、その朝が当人にとってどんな朝であるか。
彼女にとってはついに出走の日である。
やけにすっきりとした目覚めを迎えたアンドレアモンはベッドから抜け出すと、カーテンを開け放つ。
部屋に差し込む日差しに目を細め、一息吐けばようやく起きてきた緊張がアンドレアモンの気を張りつめさせる。
「トレーナーも言ってた、緊張するのが当たり前、だから、大丈夫…」
言い聞かせるように呟けば、肩の力が抜けていくような感覚を得る。やれるだけのことはやった、準備は万全だと、何度も何度も震える体に言い聞かせた。
「…よし!」
脱衣場で寝巻きを脱ぎ、シャワーを浴びる。髪を乾かし、すき、制服を着る。毎朝毎朝、何度も繰り返した行為だが、なぜか新鮮さを感じていた。
鞄に白と赤を基調とした簡易的なレース用の服と、靴を丁寧に入れる。
電気を消して、ガスの元栓を閉じ、戸締まりを確認したアンドレアモンは胸を張って部屋を出た。
*
トレーナーとの練習は驚くほど順調に消化された。
つい先日におこなった追いきりのタイムも悪くない。
万全を期した調教によるものなのか、もともと砂路への適性があったのか、そこまではトレーナーには判断できなかったが、間違いなく次のレースで連対に入ることは確信していた。
「そう、だから大丈夫だ。気張らずに走ってこい」
「簡単に言いますけど…」
競馬新聞片手に笑うトレーナーとは対照的に、レースまでの猶予が減っていくごとにアンドレアモンはナーバスな気分になっていた。
とはいえトレーナーも気にはしているようで、チラチラと腕時計を覗いている。
「なぁ、アンドレアモン。一つ教えてくれないか?」
「なんでしょう?」
「君は…どうして走る?」
「え?」
トレーナーの放った言葉はアンドレアモンの心に何度も反響した。
なぜ、との問いへの答えはいつまでたっても思い付かなかった。
とても長い時間考えていたような気持ちだったが実際にはものの数秒だったようで、慌てたトレーナーの声がアンドレアモンを現実に引き戻した。
「あぁいや!トレーナー試験を受けるために何人かのウマ娘とは接してきたんだが、みんなファンのためにみたいな答えをするからさ、アンドレアモンもそうなのかなって」
「あぁ…そうですね。応援してくれるファンのために走る、とても大事なことです。学園でもそう習いましたし」
でも、と言葉を続けようとしたがノックの音がそれを遮る。控え室に入ってきたのはー
「レース前に失礼する、トレーナー殿は…あぁいらっしゃるな」
トレセン学園生徒会長、シンボリルドルフだった。
「シンボリルドルフ、先輩…?」
「これは生徒会長、自分に何か?」
「先日のお話の件で、正式に認可が降りましたのでご通達に」
「直々にどうも、生徒会長を使い走りにするなんてとんだ怖いもの知らずですね」
「なにを隠そう、リギルのトレーナーの…」
「…怖いもの知らずは私の方か、今のはオフレコでお願いします」
「ふふ、面白い御仁だ。貴方があたらしくチームを作ってくだされば、学園もより活性化するでしょう。こちらとしても大変ありがたいのです」
シンボリルドルフはトレーナーに茶封筒を手渡す。アンドレアモンはその会話を黙って見つめてることしかできなかった。
「では、私はこれで失礼します」
「どうもありがとう、会長さん。これからよろしく」
「えぇ。…アンドレアモン」
シンボリルドルフとトレーナーが握手を交わす。トレーナーは先だって控え室の扉を開けてシンボリルドルフを待った。それに会釈で返した生徒会長はアンドレアモンに向き直って声をかけた。
「は、はい!」
「レース、頑張りなさい」
「…はい!」
微笑みを残すとシンボリルドルフは部屋を去った。
トレーナーが声をかけるまで、アンドレアモンはしばし放心していた。
「おーいアンドレアモン、生きてるか~?」
「は、はい!…と、トレーナー!聞きましたか?!頑張りなさいって!」
「はいはい、良かったな。ったく会長の求心力も考えものだな…。じゃあ期待に応えるためにもレース、勝つぞ?」
「はい!」
今から思えばこれが皇帝と彼女の初遭遇と言っても良いだろう。
よくも悪くも、この出会いはトレーナーの問いへの迷いをアンドレアモンに忘れさせた。
レースはすぐ目の前。